plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode5 お説教は諭し気味、罰は苛烈気味

 

 

 

「えっと、聖灰洲さん? 我が家の人間っていうのは、どういう……」

 

 唐突の登場も含め、言葉の意味が分からず困惑する振武に、聖灰洲は静かに頭を下げる。

 

「はい、なんと言ったらよろしいか。

 今回動島様と轟様がここに閉じ込められましたのも、魔女子様の弟君でいらっしゃる塚井役丸様が、上鳴様と芦戸様を焚きつけたようでして……確かに上鳴様も芦戸様も些かお戯れが過ぎたご様子ですが、今回の件の8割、いえ、9割ほどは役丸様に原因がありまして」

 

「――おい、轟、知ってたか?」

 

 正直先ほどまで怖がったり怒ったりして、そんな風に考えつかなかった。

 振武がそう聞くと、轟は呆れたような表情を微妙に浮かべる。

 

「弟とまでは断言出来なかったがな。

 こんな大掛かりな事をあの2人が出来るとは思えなかったし」

 

 ……言われてみればそうだ。

 いくら上鳴と芦戸が悪戯に異常なほど情熱を注ぐタイプだったとしても、この別館の鍵を開けたり人形を用意したりする事は難しいだろう。

 最初の段階で気付かなかったのがおかしいくらいだ。

 

「まぁ、お前は怖がっていた、しな」

 

「焦凍、お願いだからその目やめて。そのちょっと哀れむ目やめて」

 

 泣きたくなるから。

 2人の会話が終わるのを見届けてから、聖灰洲はもう一度頭を下げる。

 

「今回の件、当家を代表いたしまして深くお詫びいたします。私有地とはいえ個性を不正利用し、剰え当家のお客人であるお二人に大変な御辛労をおかけしました。

 お詫び出来るならば、如何な事でもこの聖灰洲、全身全霊を以ってお受けいたします」

 

「いや、そんな、聖灰洲さんが頭を下げる事じゃ……それに、その、多分上鳴と芦戸の無茶振りに弟さんも巻き込まれたんだと「いえ、それはないかと」……」

 

 断言されてしまった。

 一応でも庇うのかなぁと思って放った振武の言葉を、聖灰洲は真っ向から打ち返してきた。

 

「……この塚井家で生まれ育った方々は、人を使う事に関して非常に素晴らしい才能をお持ちの方が大半でございます。そしてお恥ずかしい事に、その才能を面白半分で使ってしまう方もまた多いと申しますか。

 言葉を選ばずに言わせていただきますならば――頭の良い悪戯好きと申しますか、なんと申しますか、その才能を無駄に使ってしまう場合が多々ありまして、」

 

 振武と焦凍はお互いの視線を合わせる。

 お前、心当たりあるだろう?

 そういうお前もな。

 以心伝心、というよりも同じ人間が思い浮かんだ。

 頭が良いけど一周回って馬鹿なのだ。人の動きというものを精査し答えを導き出す事は得意でも、やってる事がそもそも間違っている。計算式も答えもあっているがそもそも計算をする事そのものが間違っているような。

 やはり、魔女子の弟もそのタイプらしい。種別はちょっと違うが。

 

「ですので今回上鳴様と芦戸様が……失礼な言い方ですが、1番乗せ易く操りやすかったという側面がないとは言い切れず……」

 

「あぁ、聖灰洲さん、良いです良いです。なんとなく分かります」

 

 きっと1番騙くらかして協力させやすかったのだろう。元々振武がオカルトの類が苦手だと知った時に1番楽しそうにしていたのが彼らだ。そういう意味でも、ちょっとあいつらの枷を外してやれば動かしやすい。

 遊びという区分けさえ用意してあげれば、人間大概の酷い事がやれてしまう。

 感情先行型の人間は特に。

 

「まぁ、どちらにしろ弟さんにも事情を聞かないと分かりませんけど……元々、大事にするつもりはないです」

 

 な、と振武が同意を求めると、焦凍も黙って頷く。

 焦凍はそもそも怖がっていなかった、というより、逆に振武の反応を見てちょっと面白かったくらいだろう。

 振武は振武で……シャレにならないくらい怖かったのは本当だからガチ説教をやめる気は無いが、最初から悪いようにするつもりはない。

 確かにやった事は最悪だが……まぁ、悪ふざけが行き過ぎたと考えれば大した事はない。

 

「それは、ありがとうございます。

 しかし、当主様からも後で謝罪と、何か私共に出来る事がありましたら、遠慮なく仰って頂ければと思います」

 

「いや、俺は別に、」

 

「……優しいお方だというのは重々承知。

 しかし、こちらも何もしないという訳には参りません。役丸様に今回の事の大きさを知っていただく為にも、多少大きな願いをして頂きたいのです」

 

 自分のやった事により、自分の家全体に問題が起こっている、不利益が起こっている。

 のちのち当主になる役丸にはそういう現実的な部分もしっかりと突きつけるべき……という所だろう。

 しかし、

 

「弱ったな……本当にないんだけどなぁ」

 

 お金も物も十分満たされている、そもそも大きな願いというのがないのだ。

 わざわざ他人の力を借りて願う夢などない。自分の中に収まっている夢なんていうのは自分で叶えないと意味がない事ばかりだ。

 

「焦凍、なんかあるか?」

 

 助けを求めるような振武の言葉に、焦凍は苦笑しながら首を振る。

 

「ない。そもそも俺はちょっと時間拘束された程度で、大きな不利益は被ってないからな。

 お前が決めろ」

 

「あぁ、さいですか、欲のない奴だなぁ……えぇ〜、本当に?」

 

 出来るだけ自分の心のうちをひっくり返してみるが、そういう即物的なものがない。

 ……一応、長期的に考えるとあるにはあるが、これはお願い出来る事ではない。

 

「取り敢えず、思いついたなら口に出してみては如何ですかな? 私の一存で全てを決める事は出来ませんが、旦那様もきっと快く受け入れてくれるかと」

 

 まるで心を読んでいるかのように、今の振武の心情に1番ぴったりな助言をしてくれる聖灰洲。

 いや、執事とはこういうものなのかもしれない。人間の心情を多少なりとも察しなければ、家の中で他人が彷徨いている状況を受け入れられる人間はいないだろう。

 

「えっと……一応、2つ思い浮かびましたけど、正直俺にとっちゃ別に叶えてくれなくてもなんとか出来ると思いますけど。

 ……この先、俺はヒーローになります。遅かれ早かれ、なります」

 

 決定事項という意味ではない。

 どんな障害があっても絶対にそうなると決めている覚悟のようなものだ。

 

「でも、ヒーローやっていけば、段々人の下に付いているのは辛い状況になってくるんだと思います、特に俺は、その……頑固だから」

 

 加害者も、被害者も、自分自身も救い続ける。

 きっとその夢は他の人との反発が大きいものなのだろう。もし相棒(サイドキック)として誰かの下で働いていては、必然的にその人の言葉を、命令を優先しなければいけない。

 そうなるとどうなる? 命令無視をするか? そうすれば、すぐに切り捨てられるのはこちらだろう。

 フリーという手だって考えられるが、安定して活動を続けるには誰かのバックアップがどうしても必要になる。何より、相棒を雇い次代に繋げていくというのも、またヒーローの務めでもあるのだから。

 しかし――そうなってくると、今度は実務がややこしい。

 

「はっきり言えば、俺は脳筋って言われる部類の人間で、戦ったり、前線で常に敵と直接触れ合っている方が性に合っているんだと思います。

 でも、もし個人で活動したり、独立したりしたら、そういうのだけって訳にはいかないのが現実です……だから、もしそういう話があった時に、塚井の家に手伝ってもらいたいんです」

 

 その言葉に、聖灰洲は頷く。

 

「資金提供など、そういうお話ですかな? でしたらやはり当主様に相談してからご返答を、」

 

「友達の実家から金借りようなんて趣味悪い事しません!

 ただ、そういう実務関係の知識が豊富な人材を、その時になったら紹介してください」

 

 全部を押し付けるのではない、経理や経営などで上手い人間をアシスタントとして此方が雇えば良い。自分1人でやるより、ずっと効率が良いだろう。

 しかしその場になって探してもしいなかったら厄介だし、この前読んで知った覚の過去の話ではないが、厄介な人間を雇って此方が手痛い思いをするのは嫌だ。

 だが塚井カンパニーという人を見て、適材適所を与える仕事をしている人間が選んだ人ならば、信用出来るはずだ。

 

「……つまり、その、なんですかな?

「その時になったら人材を紹介する」……だけ(・・)でよろしいのですか?」

 

「だけって言うとショボく聞こえますけど、結構大事な事です。

 俺には、出来ない事が沢山あるから、誰かに手伝って貰わないとって話です。自分の非才を露呈させるようで、ちょっと恥ずかしいですけどね」

 

 出来ない事は誰かに頼る。

 丸投げとか押し付けはいけないが、多少頼るくらいはむしろ良い事だろう。

 なんて言ったって、人が1人で出来る事など雀の涙なのだから。

 

「……なるほど。お嬢様が貴方を尊敬する訳です」

 

「……ん? つか、あ、いえ、魔女子さんが、俺を?」

 

 動揺すると、聖灰洲は微笑んで頷く。

 

「はい。人に頼る……それはそれで、一種の才能なのでございます」

 

 特に日本人は、自分で抱え込む事を美徳とする節がある。

 自分で何とかしなければ、自分だけで何とかしなければ……そう思えば思うほど人間は追い詰められ、破綻する。

 しかも根底では人に押し付け合う事も珍しい事ではない。ある意味、ヒーローもその中の1つだろう。理不尽をヒーローという存在を頼って消し去ろうというのだから。

 だが、彼はどうやら根本からそんな考えを持ち合わせていないらしい。

 人に頼るを良しとし、人に頼られる事を良しとする。

 これはこれで、得難い才能だ。

 

「――承知いたしました。旦那様にお話ししますが、おそらく大丈夫ではないかと。

 さて、ではもう1つのお願いとは?」

 

「意外とあっさり……えぇっと、そうですねぇ

 ――聖灰洲さん。貴方格闘技やってますよね?」

 

 その言葉に、聖灰洲は眉をピクリと動かす。

 振武はそれを肯定と受け取って話を続けた。

 

「足技……でも、多分普通の人がやるようなもんじゃない。もっと実戦的なものです。それに手のタコを見るに、短刀などを使っての戦闘を得意としてます。

 外れてるなら外れてるで全然言って貰っても構わないんですけど」

 

「……いいえ、正解でございます」

 

 足技をメインとして使う軍隊格闘技、ソバットとナイフの扱いには自信がある。

 その身一つで戦場を渡り歩いたのだ、自信がないわけがない。

 その言葉に、振武はホッと安心したように息を吐く。

 

「良かった、見立てが間違っていたらどうしようかと

 ――貴方との手合わせを望みます。今日とは言いませんが、出来れば近々。

 これは趣味と実益を兼ねてと申しますか……強い方とは手合わせしたくてしょうがない。特に貴方のように実戦を経験している格闘家はヒーロー以外ではお目にかかれません。

 ぜひ、御指南を」

 

 ……偶にいるのだ。

 こういう人間はどこにでも現れる。

 戦いというものを好き、それが故に強い相手と戦う事を念頭に置いている。普通は勝つ事を大前提にして出来るだけ弱い相手をと考えるものだが、その常識は彼らには通用しない。

 より高まる為に。

 より強さを磨く為に。

 その為に自分より強い相手を望む。

 戦場では正直危険な存在だ。それを前面に押し出されてしまえばその軍は敗北する。当然だ、勝てないという事は死ぬと同義だ。戦場では無用な享楽など不要。

 だが極たまに自制をし、その渇望を制御し上手く使う人間もいる。自分の成長の糧とし、見る見る内に一騎当千と言っても問題ないレベルの兵士に成長する人間がいるのだ。

 そういう奴は、味方であれば頼もしいが敵であれば恐ろしい。

 その場で殺し損ねると、次にあった時には此方が殺されるから。

 飽くなき向上心で、障害を飛び越えていくから。

 

(――もう既に強いのに、それでも高めようとする。

 なるほど、お嬢様が言っていたのはこういう所ですか)

 

 体育祭で見た限り、彼の戦闘能力は学生であるにも関わらず相当なものだ。きっと血反吐を吐くような特訓をしてきたのだろう。

 それでもまだ足りないと、貪欲に求め続けているのだ。

 自分が世話をし、娘のように思っている少女が嘗て言った。

『動島さんは止まりません。いえ、止まれないんです。コースの形そのものは変わったりしますけど、それはちょっと行き方が変わっているだけで、速度だけは変わらない。

 時々コースアウトしそうで、こっちが心配になってしまいます。追いかけるのにも、一苦労です』

 ゴールなんていうものは、おそらく無いのだろう。

 自分が走って走って、死ぬその一息で辿り着いた場所が結果だろう。

 その時納得出来るのか、まだ走りたかったと言い捨てていくのかは、きっと彼の道行次第だろう。

 そしてその道行の一枠としてこのような老体が入り込めるのであれば、それほど愉快な事はない。

 何より、

 

「承知いたしました。それに関しては私の裁量権のうちです。

 いつでも、何度でも私はお相手しましょう」

 

 自分も、動島振武とあまり変わらない。

 年甲斐もなく、将来有望な少年と戦えるならば、これほど楽しい事はないだろう。

 そう思い、笑顔を向けた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「こりゃあまた……凄い状況ですね」

 

「悪い事は悪い。そう知って頂かなければいけませんから。当然の事で御座います」

 

「当然……だが、」

 

 別館からようやくの脱出を果たした振武達が正面エントランスに来てみれば、そこにはちょっと非現実的な光景が広がっていた。

 まず、エントランスの硬い床に直接正座させられている3人。上鳴と芦戸、そしてその間に挟まるように座らされているのが、魔女子の弟の役丸だろう。

 想像したよりも小さい子供に少し驚いたが、3人の顔があまりにも悲壮感に染まっているので年齢云々はすっ飛んでしまった。

 その周囲には、件のメイドさん達が取り囲むように立っているが、その1人がまるでこの世全てに春が訪れたのではないかというほど恍惚とした笑みで話し続けている。

 

「人を苦しめて悦に浸るなんてそれは(ヴィラン)の所業、役丸様もお客人お二人もヒーローになりたいという気持ちを持っているにしては随分腐った心をお持ちで。何でしたら敵のお仲間になられては如何ですか? その方がきっと大成いたします。

 それで新聞の一面を飾っては如何でしょうか、『間抜けな敵、ヒーローに捕まる』、うん、素敵な見出し。きっと映えますわぁ。

 貴方方に救われるくらいでしたら私自決いたしますぅ。知ってます? 心が腐っている人間って腐臭がしますのよ? 鼻ではなく心で感じる腐臭ですけどねぇ。

 あぁ〜、臭いますわぁ、まるで卵が腐ったような臭いがしますわぁ、臭い臭い」

 

 ……なんだろう、当事者ではないはずの振武と焦凍の心を抉ってくるタイプの内容は。

 3人とも最早言葉すら返せないほど憔悴し切っている。

 

「彼女は四ツ辻というメイドで御座います。

 諜報、コミュニケーションの達人でして、人を籠絡するのも精神を壊すのも自由自在で御座います。人の悦を知るという事は、人の苦も知るという事で御座いますから」

 

「さらっと言っていますけど、それは酷い……」

 

 心ぶっ壊されて立ち直れなくなったらどうするんですか。

 その言葉に、聖灰洲は笑みを浮かべる。

 

「ご安心を、彼女はそこの辺りの手加減も心得ております。

 ただ……生粋のサディストですので、何やら興が乗ると対象者を面白いくらいに叩き壊してしまいますが」

 

「あの顔はどう考えても興が乗ってます乗りまくりです!!」

 

 だって満面の笑みだもん、大波を華麗に乗ってるよ!!

 慌てて階段を降りて、四ツ辻と呼ばれたメイドと上鳴達の間に割って入る。

 

「ちょ〜っとメイドさん後はこっちでやるので、それくらいで!!」

 

「えぇ、そうですかぁ?」

 

 心なしか……というか、ハッキリと顔に残念ですという感じを露わにする四ツ辻。

 

「そういう形でボロボロにするのは本意ではないんで!!」

 

「あら、そうですの……あ、でしたら、今晩泊まっていかれませんか? お詫びに私が夜伽をしますよ? 得意ですが?」

 

「よとっ――結構です!!」

 

 お願いです胸を寄せないでください危ないです!!

 

「四ツ辻、控えろ。お客人に無礼だぞ」

 

「――失礼いたしました」

 

 聖灰洲の言葉にそれだけ返すと、四ツ辻は静かに礼をして他のメイドと同じく脇に控える。

 溜め息を吐いてから、振武は上鳴達の方に振り返る。

 

「さて……とりあえず、今は上鳴と芦戸はいい。お前らは個人的に説教とお仕置きな」

 

「「……はい」」

 

 もう四ツ辻にボコボコにされて返す気力もないのだろう。素直に頷く2人が地味に怖い。

 

「さて……で、役丸くんで良いんだっけ?

 君にお説教したいけど、正直君がなんでこんな事をしたのか分からないんだよ」

 

 俯いている役丸に、振武は出来るだけ優しい声で話す。

 ……そもそも、役丸とは今初めて会ったのだ。振武も焦凍も初対面。そうすると、ここまでされる理由が分からない。

 おそらく焦凍を巻き込んだのは上鳴達からではなく、役丸のアイデアだろう。この馬鹿2人なら、振武1人を標的にしたはずだ。

 ならばその動機、目的を聞かないと話にならない。

 

「……ぼ、僕はお前らが嫌いだ!!」

 

 開口一番、役丸が叫ぶ。

 その顔は、嫌いなものを見る目と悔しさと……羨ましさが混じった複雑な目。

 

「お前らが姉ちゃんを変えた!!

 姉ちゃんはずっと、笑顔なんて浮かべなかったし、友達なんてものいなかった!! 天然で言葉も選ばないし、人付き合い下手で正直10歳の僕から見てもどうかなぁって思うくらい変だ!!」

 

「おい、それは流石に、」

 

 振武が暴言を止めようとすると、後ろに立っていた焦凍が肩を叩いて止める。

 最後まで聞いてやろう。

 そういう思いで止めたんだろうという気持ちを察して、振武はしょうがなさそうに黙った。

 

「お姉ちゃんは、お姉ちゃんは、今までずっと寂しそうで、でも大丈夫って言えちゃうほど強かったんだ――でも、お前らと会って変わった。

 学校の話なんて全然しなかったのにお前らの話が増えて、笑顔も増えて――体育祭が終わった後なんて、人が変わったみたいになった。今まで全然気にしなかったのに、オシャレの雑誌とか見るようになったし、自分の事ばっかりだったのに、他の人の話が沢山沢山増えて、」

 

 体育祭。

 それは焦凍にとっても、百にとっても、魔女子にとっても……そして振武にとっても、大きな変化があった日だった。

 表面上で変わった事もあれば、内面が変わったかもしれない。

 でも、あの経験を経て、振武達は今の振武達では居られなくなった。

 

「――狡いよ。

 僕が、変えてあげたかったんだ。僕がヒーローになって、姉ちゃんを笑わせられるような人間になりたかったんだ!!」

 

 自分は母の記憶がない。

 まるで時間が止まってしまったかのように眠っている母以外知らない。だから、本当の意味で姉と同じ感覚は持てない。母から姉が何を託されたかも知らないし、姉がどう思っているかも分からない。

 全ては彼女の心、彼女の気持ち、彼女の信念なのだから。

 でも、救えると思っていた。

 自分を大切にしてくれる姉を、自分自身の手で救える。

 彼女が救えるように、自分自身が強くなると。

 ……だが蓋を開けてみれば。いともアッサリ、姉は救われてしまった。どこの馬の骨とも知らない人間に。

 狡いじゃないか。

 僕の方がずっと姉ちゃんを想っているのに、横から知らない人間が、長く時を過ごしていない人間が救うなんて。

 

「僕はお前らが嫌いだ!! 姉ちゃんを僕から取っていったお前らが嫌いだ!!」

 

「……なるほど。嫉妬か」

 

 焦凍が口を開く。

 

「自分だけに優しくしてくれる姉ちゃんが俺らに取られたように思ったわけか……ガキだな」

 

「っ、僕の方が姉ちゃんとずっと一緒だったんだ、当然だろう!!

 お前らなんかより、僕の方がずっと大事にしているんだ!!」

 

「――おい、ガキ。勝手に決めつけるな」

 

 振武が止める間も無く、焦凍が役丸の胸ぐらを掴む。

 睨みつけてくる役丸の目から、その視線をそらさず、真っ直ぐに見つめながら。

 

「……言いたい事は分かる。俺は人の事を言えない。

 ギリギリまで、俺はあいつの事を理解しようとしなかった」

 

 体育祭までの自分はどこまでも自分本位で、他人の事なんて見ている暇はなかった。

 振武の事も魔女子の事も、浅い表層の部分しか理解出来ていなかった。だから、魔女子の事を大切に出来ているのかと聞かれれば、ハッキリとしていると断言は出来ない。

 そもそも、彼女との関係性すら明確化出来ていないのだから。

 

「だけど……今は、大事にしたい、と思ってる。

 お前より上、とは口が裂けても言えねぇけど……お前と同じくらい、俺はお前の姉ちゃんが好きだからな。正直、この好きがどういう好きなのか、俺にも分からないが」

 

 自分が傷ついても良いから、救われて欲しい。

 行動は間違っていても、そう思ってくれた魔女子を、今は大事に思っている。焦凍は言葉足らずで、鈍感で、こういう事には不向きで、未だに自分の中にあるこの温かい気持ちを、なんと表現したら良いかも分からないが。

 

 

 

 報いたい、と思っている。

 

 

 

 

「だけど、お前から姉ちゃんを取る気は無い。

 なんだかんだ言って、魔女子はお前の事好きだぞ。しょっちゅう話に出てくる」

 

 2人で話している時も、4人で話している時も1番彼女から話題に上る事が多いのは弟についてだった。個性がどうとかいう話はわざわざする事もなかったので聞かなかったし、魔女子もしなかったが。

 何が好きで何が嫌いで、最近どんなヒーローにハマってて、なんていう日常の断片を切り取るように曖昧な話だったが。

 焦凍に弟の事を話す魔女子は、常に楽しそうだった。

 

「だから大丈夫だ、お前の姉ちゃんは、ちゃんと今も、これからも、お前の姉ちゃんだ」

 

「……取ったり、しない?」

 

 役丸は、涙目になりながら聞く。

 このようにしていれば、なんでも無い。何処にでもいる、普通の子供の顔だ。なまじ頭が良くて勘違いしやすいが、大仰な事をしても子供は子供だ。

 

「ああ、大丈夫だ。ただ、俺にとっても大事だからな。少し借りたりはするかもしれない。

 それと、――」

 

 笑顔でそう言うと、焦凍は拳を握り込み、

 

「あいたっ!?」

 

 役丸の頭に振り下ろす。

 結構良い音鳴ったな、と聞いていた振武は思った。

 

「やった事はやった事だ。

 俺にはどうって事ねぇが、振武にはシャレになんなかったし……えぇっと、メッ、だ」

 

 痛みで悶絶している役丸に、本当に子供にするような怒り方をする。

 流石天然だなぁ、と振武は思いながら周囲を見渡せば、あまりにもあんまりな行動に、メイドさん達が必死に笑いを堪えている。

 良い話の後にゴチンッ、じゃまぁそうだろうな。しかもメッって……。

 その言葉のインパクトが強かったからか、振武は笑いをかみ殺すのをやめた。

 

「アハハ!! 焦凍ひでぇ!! ここまで来てゲンコツ!! しかも「メッ」て!!」

 

「? いや、ガキの怒り方ってこうするもんなんだろう? よく知らねぇけど」

 

 末っ子だったからか、焦凍のちょっと的が外れているのか合っているのか分からない行動に、笑いが抑えきれない。

 

「いや、間違ってねぇけど……あぁ〜、ちくしょー、言いたい事全部殆ど言っちまいやがって、俺が怒る暇もねぇ」

 

「なんか知らんが、すまん」

 

「謝んなっての……おい、役丸!」

 

 ようやく痛みがおさまったのか、頭を撫でながら、役丸はこちらに顔を上げる。

 よほどゲンコツが嫌だったのだろう、その目にはちょっと怯えが含まれている。

 

「安心しろ、ゲンコツ2発以上はただの暴力だ。そういうの、俺は嫌いだしな。だが、言いたい事は言わせてもらう。

 ……良いか、役丸。人間っつうのは面倒くさい生き物でな。真っ当じゃねぇ事すると、さっきのメイドさんの話じゃないが性根が腐っちまうんだよ」

 

 正道だけでは人は自由が効かなくなる。

 かといって邪道一辺倒では、人はその道のように歪む。

 つまり状況次第、ちゃんとバランスを取って生きていかなければいけないという話だ。

 

「お前の気持ちは、まぁ酷いもんだが分からんでもない。大好きな姉ちゃん取られんのは嫌だよなぁ。俺兄弟姉妹いないけど。

 でも、もし俺らが間違っていると本当に思ったんだったら……こんな回りくどい真似をせずに、正々堂々喧嘩を売りに来いよ。

 こいつは説教じゃない、これからのお前に先輩としてアドバイスだ」

 

 自分が間違っていないと思うならば堂々とすれば良いのだ。

 それは自分の考えすら貶め、逃げ道を作ってしまうやり方だ。ヒーローを目指すなら、それだけはやってはいけない。

 自分の心に言い訳を抱いてはいけないのだ

 

「……じゃあ、僕が決闘を申し込めば、戦ってくれたの?」

 

「決闘って、随分厳しい言葉を、本当に10歳かよ……まぁ、俺は構わない。割とそういうノリ好きだし」

 

 役丸の頭を撫でる。

 

 

 

「まぁようは、男ならガチンコ勝負! って事だ」

 

 

 

「……脳筋」

 

「あの〜、弟を動島色に染めようとしないでください、弟はバトルマニアではないですから」

 

「振武さん……時々そんな感じはありましたけど、やっぱり、ちょっと、力技ですわね」

 

「まぁ動島だもんなぁ……」

 

「尾白くん、私も言いたい事があったらグーパンで良いのかな?」

 

「葉隠さん真似はしないでね、あの理論が通じるの多分、動島だけだから……」

 

「時々凄いガッキガキだよねぇ、動島」

 

「お前ら好き放題言うんじゃねぇ!! って言うかいつからいたんだよ!?」

 

 いつの間にか自分と役丸を取り囲むように、勉強会のメンバー全員が集まっていた。

 

「はい、振武くんが大笑いして「おい役丸!」の所から」

 

 つまり、振武が役丸に話した全てを聞いていたようだ。

 なんて惜しい連中だ……焦凍の話を聞けなかったなんて。そう思って焦凍を見れば、さも何もありませんでしたと言う澄まし顔で立っている。

 くそっ、あとで覚えておけ……。

 

「それにしても役丸。

 やった事は悪い事ですが……そんなにお姉ちゃんが好きだったなんて。感動です。

 何でしたら、今日は同じベッドで眠りましょう」

 

「なっ、何でそうなるんだよ!?」

 

 魔女子のどこか嬉しそうな言葉に、役丸は顔を赤くする。

 

「良いじゃないですか、久しぶりに姉弟水入らずで仲良くしましょうよ。ささ、こっちに、お姉ちゃんが久しぶりに抱っこして差し上げます、あぁそんな遠慮せずに」

 

「遠慮とかじゃないから、こんな所で何を言っているのさ恥ずかしい!」

 

「おや、では皆さんが帰ってからに、」

 

「そういう問題じゃないから!!」

 

 何処かの猫とネズミのように、塚井姉弟の追いかけっこが始まる。

 

「アハハ、ある意味あの公開処刑の方が効果あるんじゃねぇか?」

 

「かもな。俺のゲンコツなんかより、ずっと良さそうだ」

 

 焦凍と顔を合わせて笑う。

 まぁ怖い怖いと思っていた時は、正直許せる気はしなかったが……何でもない、微笑ましい嫉妬出会ったならば、多少許してやる度量くらい持ち合わせている。

 何より、ちゃんと説教を終え、ゲンコツ1発与えたのだ。これ以上は、やり過ぎというもんだ。

 

「うんうん、大団円ですなぁ」

 

「いやぁ、良かった良かった」

 

 

 

「…………お前ら、何立ってるんだ? まだお前らへのお説教は終わってないんだぞゴラァ」

 

 

 

 まるで全て丸く収まりましたとでも言わんばかりに皆と一緒に笑っている上鳴と芦戸の首根っこを掴む。

 役丸は確かに許した。塚井家大団円というものだ。

 しかし、振武はこの2人を何一つ許していない。

 

「で、でも動島さん!? ほら、暴力の訴えちゃダメかなぁと思うんだよ!! いくらそれなりの年齢を重ねている同級生だったとしても、さすがに振武の拳を受けたら俺ら死んじゃうって、な!?」

 

「そ、そうだよ、女の子を殴るようなそんな酷い事、動島くんはしないって私信じてるぅ」

 

「うわぁ汚ねぇ!! 自分だけそうやって!!」

 

「ふふーん、逃げた方が勝ちなのだよ明智くん!!」

 

 振武に首根っこを掴まれながらお互いに助けあわない精神で喋っている2人に、呆れてものも言えない。

 だが、確かに一理ある所はある。

 暴力で分からせてもどうしようもない。一過性のものでは意味がない。また同じような事にならないようにしなければいけないと考えるなら、もっと別の方法がある。

 何せ振武は苦手なもので攻撃されたのだから、

 

「……目には目を、歯には歯をだな。

 お前達の為にもなる素敵な罰を、俺は今思いついたぞぉ」

 

 振武のまるで悪魔のような笑みに、上鳴と芦戸は震え上がる。

 

「「……それは、どのような?」」

 

 

 

「――勉強祭りだぁ。2人とも祭りは大好きだろう?」

 

 

 

 現代国語、英語、理科、社会、その他各種筆記試験で必要であるものもない物も含めて試験まで勉強漬けにしよう。

 しかも百のように優しい教え方ではない。動島流スパルタで行こう。その方が知識もしっかり身につくというものだ

 

「俺はギリギリの睡眠時間と最低限の食事やトイレの時間以外は全部鍛えなければいけない物に当てたりとか、一晩中何かやらされる系の鍛錬良くやったんだよなぁ。今もたまにやるけど。

 まぁ今回は勉強だ、肉体じゃないから思考力と書く力さえ残っていれば何とでもなる。食事は適当で良いかもなぁ。

 ちゃんと寝れて食事も取れる、おまけに成績も上がるなんてなんて良い事尽くしの罰なんだ、もはやご褒美じゃね?

 さて、場所はどこでやろうか」

 

「それならばうちでやらせましょう動島くん、24時間監視出来ますし、場所は空いています。なぁに、1人や2人人が増えたくらいでうちの財布は全く痛みませんからご安心を」

 

「では、私が問題集を作りますわ。お馬鹿さんお二人でも解けるように、分かり易く難解に。これでお馬鹿さんがお馬鹿さんで無くなりますわね」

 

「じゃあ、ウチ学校で上鳴と芦戸が眠りそうだったら爆音で起こすわ」

 

 勉強会メンバー総協力の「地獄の勉強祭り」の開催が決定された。

 

「いやいやいや、流石に無理でしょ!? 実技訓練もあるのに無理だって!!」

 

「そ、そうだよ、私たちの頭じゃスポンジのように吸収してスポンジのように吐き出しちゃうから無駄だってぇ!!」

 

 ジタバタと必死で逃げようとする2人を、それぞれ片手だけで振武は引きずっていく。

 

「大丈夫大丈夫、苦しみを伴った技や知恵は中々忘れないって。

 

 

 

 それに――お前らが楽しくちゃ、罰にならねぇだろうが!!」

 

 

 

 ――のちに勉強会に参加した全員が語る。

 あの時の動島振武の笑顔ほど怖いものはない、と。

 

 

 

 

 

 

 

 その後筆記試験が実施されるまでの間、ハードスケジュールの中で叩き込まれた知識のおかげで、筆記試験で上鳴と芦戸の点数は大きく向上したそうな。

 もっとも、流石の相澤も「お前ら大丈夫か?」と心配する程の窶れた顔だったそうだが。

 

 

 

 

 

 




さて、次回から演習試験です!!
ここからまた長そうなんだよなぁ(遠い目)
どうかお楽しみに。


次回! 校長先生がヌルリと出るぞ!! お楽しみに!!


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