plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

118 / 140
episode7 罠の巣

 

 

 

 

 

 各々の演習場に移動するバスの中で、緊張する百といつも通り冷静な焦凍を見ながら、相澤は小さな疑念を抱いていた。

 目の前にいる自分の教え子2人に対してでは無いし――小さいとは言ったものの、それほど過小に考えて良い問題でもないのかもしれないが。

 

(リビングライフ……打ち合わせの為に何度か会ったが、その度に思わされる。あの人は俺らと同じヒーローなのかと)

 

 リビングライフ。

 元ブレイカー事務所所属、ブレイカーが長期休職を余儀なくされてから様々な事務所を転々と移籍し続ける。しかし結局安住の地は見つからず、そのままフリーに。

 その後は誰も相棒に付けず誰の相棒にもならず、1人で標的を狙い1人で捕まえる。しかも狙うのは、グレーゾーンと判断されて警察や正規のヒーローが手を出しあぐねている要注意人物など。

 ブレイカーの再来。

 そう影で噂されるものの、ブレイカー程の情報調査能力とコネがない為、活動は極めて小規模で強引。おまけに戦い方もかなりトリッキーとくれば、ヒーロー社会ではあまり良い顔をされない。

 結果人気も出ず(本人が出す気はないようだが)、アングラ系ヒーローとして細々と活動しているそうだ。

 ここまでは資料で見た情報。

 実際にあった感じを言えば……あれは巨大なからくり仕掛けのような男だった。

 隙間など一つもなく、全て鉄で作られたそれは音も立てず、ただ目的の為に動き続けるだけの存在。相澤も合理主義だが、相澤の場合、合理的に事が運ぶならば非合理的な事もする。生徒の為になるならば多少感情的になる。

 だが、あれはそういうものすらない。

 冷静に冷徹に、目的の為の最短コースを選択するだけ。

 そのような印象を受ける。

 

(まぁ腐っても……いや、この場合硬質化しても、ヒーローはヒーロー。

 あまりにも酷い事をする事はないだろうがな……)

 

 試験は常にリカバリーガールが見ているし、何よりこの中は雄英敷地内。もし違法スレスレの事をしようものなら即刻バレて断罪される。

 それこそ非合理的だ。

 さらに言えば、これは彼の得意な捜査と確保ではなく、試験だ。生徒を試す為に用意された舞台での経験がない彼ならば、慎重に事を運ぶはずだ。

 おまけに、その見張っている人間の中に身内(・・)がいるのだから、余計に厄介な事は出来ないだろう。

 それに……、

 

(これはこれで、必要な事だ)

 

 自分に反感を持っている敵。

 理不尽にこちら側の信念を、心を挫こうとする輩は必ずいる。脅して諭し、肉体で倒す前に精神を殺そうとする輩。ブレイカーのそういう遺伝子を最も受け継いでいると言っても過言ではなく、戦闘面でも振武の苦手とする戦い方を持つリビングライフ。

 きっと、振武の糧となるはずだ。

 

 

 

 相澤は、そもそも振武が折れる事などまるで考えていなかった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 5階建てのそれなりに大きなビル一棟。もっとも、1階は2階分のスペースを使った吹き抜け構造になっているので、実質6階建に近い構造をしている。1階以外は恐らく大きな部屋が三つと、複雑に入り組み妙に天井の高い廊下。壁や床の基礎はコンクリートだが、床にはタイルのようなものがあり、所々剥がれている。

 階段は手前と奥に交互に設置され、一回で入口付近にあった階段は、二階では建物の奥にある。つまり登って行くのも降りて行くのも、その階を横断していかなければならない。おまけに窓もないから、廊下では一瞬迷子になってしまうのではないかという不安さえ覚える。

 建物の外には少し距離を置いてフェンスがあり、フェンスを越える為には、ちょっと派手なEnterGateと書かれている小さなアーチを通る以外に方法はない。

 この廃墟風の建物が、振武と蛙吹が試験を受ける会場だった。

 もっと構造を把握しようとしていたら、「キョロキョロするな、真っ直ぐ前だけを見ろ」と怒られたので、詳細に見る事は出来なかった。

 

「さて、説明を始めよう。

 制限時間は30分。事前に渡しておいたハンドカフスを私にかけるか、君らのどちらか1人がステージから脱出すれば、君らの勝ちだ」

 

 5階の1番奥の部屋で、渡されたハンドカフス……というより、これは強力な手錠とでも言えるような形のものを見る。

 確保したら勝利。なるほど、これはその通りだろう。だが、

 

「逃げるのが勝ち、しかも1人でも良いっていうのは、どういう事なのかしら、ケロケロ」

 

 蛙吹が正確に振武の言いたかった事を口にする。リビングライフは、ヘルメットでは推し量れないその顔で何度か頷く。

 

「疑問はご尤も。だが今回、私は君達にとっての敵だ。

 もし敵が自分達では勝てない強敵だった場合、1人でも逃げて増援を呼ぶ事がもっともベターと言えるだろう。つまり、」

 

「誰か1人でも逃して増援を呼んでもらえれば、最終的にはこっちの勝ち、って事ですか」

 

 勝てない相手と2人で戦い続けて、全滅するか。

 それとも1人でも増援を呼びに行き、最終的には敵を確保するか。

 現場での合理的判断、即決力みたいなものを要求されているという事だ。

 現場の仕事を直接感じ、ステインという強い存在と会敵した事があるからこそ分かる。あの場は何とかなってしまったが、もしステインを倒せず、オートマーダーが逃げの一手を決めていなかったら、轟と振武が頼んだ増援に救ってもらう形になっていたかもしれない。

 生き残るという最低限必要なものを守る為に、必要な事なのだろう。

 

「……そうだ、ようは戦って勝つか逃げて勝つか。その程度の差でしかない。

 だが、こちらは一応プロのヒーローで、君達はまだ卵だ。戦闘というものを視野に入れようとするのは、多少の無理がある。

 そこで、私達敵役を担当する試験官には、当然ハンデが与えられた」

 

 コートの裾をまくると、まるでゴツいリストバンドのようなものが登場する。

 

「超圧縮おもり、というものらしい。装着者の体重の約半分の重量のものを装着する。これで、我々試験官は動きが鈍くなると同時に、体力を削られる」

 

 戦闘を視野に入れさせる為の救済措置というものか。

 ……しかし、どうにも目の前の相手の戦い方や実力が見えてこないのは、少し不安だ。

 相手のロングコートは、しっかりと足元を隠して歩き方で武術を使える、つまり近接格闘系なのかも分からないようにしてある。姿勢はしっかりとしているが、ヒーローともなれば割とそういう人間が多い。

 おまけにヘルメットで表情も見れないとくれば、カマをかけてみても情報の正否が分からない。

 最初からそういうスタイルなのか、もしくは今回の為の準備したのかは分からないが。

 狙撃が得意なのは母の回顧録で知っているものの……この建物内で長距離狙撃は出来ないだろう。1階でやるのが精々。

 だとするともっと別の戦い方をしてくるはずだ。

 

「……それと、これは私の戦い方に関わってくる所なんだがね。

 本来であれば、このような事を試験官の方から言うのは申し訳ないんだが、2人ともこれをつけて貰えるか?」

 

 そう言うと、リビングライフはポケットから何かを取り出す。

 配線の付いていないイヤフォンのような形のもの。しかも形的には片耳にだけ付けるのが2つ出てくる。

 

「これは?」

 

「超小型無線機だよ。これで相互連絡を取れるのだが、私は相手の無線を傍受し、相手を撹乱する為に偽情報を流したりする事も戦略のうちでね。この無線の会話は私のヘルメットにも届くし、私の言葉も君達に聞こえる。

 チームアップする過程で通信を共有する事もあるだろう。だがそれが乗っ取られ、相手の言葉に揺り動かされる可能性も、あり得なくはない。よってそういうのも含めての試験。君らの心がどれだけ強靱か、という話さ。

 だが試験のルール内のものではない。これを受け取るか受け取らないか、好きにしなさい」

 

 そう言われて、蛙吹と顔を見合わせる。

 迷うほど広いわけではないが、逸れた時に通信が取れるというのはありがたい。

 傍受され、しかもこちらに揺さぶりを掛けてくる、というのは無視できないデメリットではあるが……、

 

「動島ちゃんはどう? 私は、そういう経験も必要だって意味ならば、悪くない話だと思うのだけど」

 

「……まぁ、そうだな」

 

 蛙吹の言葉に納得する。

 リビングライフが言ったようにそういう敵は必ず現れるし、自分達の都合の良い状況だけで戦っていても成長はない。

 多少は無茶をしないと。

 

「決まったならば、この部屋がスタートラインだ。合図があるまで、あまり動くなよ。

 では、……また後で(・・・・)

 

「? えぇ、はい……」

 

 何故か含みのある言い方で颯爽と去っていくリビングライフに首を傾げながら、無線機を付ける。

 

「あ、あーそっちはどう、蛙吹」

 

「『大丈夫、聞こえているわ。あと、梅雨ちゃんと呼んで』」

 

 蛙吹の言葉に、苦笑する。

 

「女の子の名前をあっさり呼べるほど、俺は上鳴みたいにチャらくはないよ?」

 

「あら、百ちゃんの名前は呼べるのに?」

 

 ……目ざとい奴だ。

 

「あれは、まぁ、昔馴染みだから。

 せめて、蛙吹ちゃん、じゃダメ?」

 

「そうね、良いわ動島ちゃん。

 動島ちゃんがチームで良かったわ、これで爆豪ちゃんだったりしたら、大変だもの」

 

 その言葉に、ちょっと失礼かもと思いながらも頷いてしまう。

 ここ最近の爆豪……いや、いつもの爆豪でだってチームで行動出来る人間は切島くらいなものだろう。出久は哀れに思うが……大丈夫かな?

 

「俺もだよ。俺の場合、ちょっと冷静じゃない所とかもあるし、個性によっちゃ相性が悪い奴もいるからな。蛙吹ちゃんで良かった」

 

 そう言うと、振武は拳を突き出す。

 30分という短い時間だが、ただ1人の味方だ。こういう事くらいしておいても良いだろう。

 

「あら、女の子に拳を合わせようなんて」

 

「あぁ〜、ダメだった?」

 

「ううん、それはそれで格好いいと思うわ」

 

 満面の笑みでそう言ってくれると、拳を優しくぶつけてくれる。

 

「よろしくな、蛙吹ちゃん」

 

「えぇ、こちらこそ、動島ちゃん」

 

 

 

『皆、位置についたね。それじゃあ今から雄英高1年、期末テストを始めるよ!レディイイ――――…ゴォ!』

 

 

 

 その言葉で、振武と蛙吹は歩き始める。

 

「ゴールは出入り口、あそこを通れば勝ちっつう事は、当然あそこで待ち伏せかな」

 

「多分ね。私が斥候する?」

 

「いや、出来るだけ2人離れない方が良いだろう。通信は本当にまずいと思った時に使うのが良いと思うんだけど、どうかな?」

 

「良いんじゃないかしら、こっちはこっちでブラフにも使えそうだし」

 

「お、意外と黒い事考えるねぇ蛙吹ちゃん」

 

「ケロケロ、魔女子ちゃん程ではないけれど」

 

 そう言いながら、振武は先に部屋から通路に続く、すでに扉が無くなってしまったドアを出ようとして、

 

 

 

 いきなり視界が逆さまになり、高くなった。

 

 

 

「っ、動島ちゃん!?」

 

 蛙吹の言葉に、自分がロープで吊られたという事に気づいて顔を上げる。

 まるでコンクリートに同化するような色合いのロープと、廊下の妙に高い天井の影になっている部分に隠れるように設置してある仕掛け。

『キョロキョロするな、真っ直ぐ前だけを見ろ』

 あの言葉はそういう意味だったのか。

 

「大丈夫! すぐ降りる!」

 

 腰からナイフを取り出し、腹筋の要領で状態を起こして、振動で切れ味を強化したナイフがワイヤーを切った。

 そのまま、垂直に地面に降り、

 

 

 

 瞬間、足元のタイルが弾けた。

 

 

 

「――っ!?」

 

 タイルの下から爆発し、しかも一瞬で部屋の中に戻った振武は、無傷で済んだ。

 済んだが、

 

「トラップ、か……」

 

 恐らく罠はこれだけではないだろう。

 いくら見渡さないように注意されたからと言っても、トラップがあからさまに置いてあれば普通に気付くものだが、そうではないならよっぽど上手く隠したものと、彼が下がって行く時に準備したものと二種類あるはず。

 

『――……気に入ってもらえたかな? トラップを踏むという経験は流石に初めてだろう?

 怖気がするだろう、どこから何があるか分からないというものは』

 

 渡された無線機から、どこか冷徹な声が聞こえてくる。

 リビングライフの声が。

 

「……随分怖い真似してくれますね。死んだらどうするんですか?」

 

『こちらは敵だぞ、相手に死んで欲しくてこんな事をするのさ。勿論、試験用に作られたものしか使っていないがね』

 

 ……そうか、試験の内容が分かってきた。

 ようは、生徒達の欠点・弱点を指摘し、その弱点を克服するか、そうでなくても状況を乗り越えられる力を試す。それが今回の期末テストの狙いだろう。

 蛙吹は、パッと考えても弱点らしきものがない。自分でも思ったが、組んでくれてありがたいと思えるくらいの万能性がある。

 ……だとしたら、この戦い方は振武に合わせているものだ。

 道理だろう。

 

 

 

 振武の拳は、目の前にいる敵にしか届かないのだから。

 

 

 

『言い忘れていたが……私は全力で君達を潰す。

 そちらも、遠慮せずにかかってくると良い』

 

「遠慮せずにって……先生は、随分皮肉な事は言うんですね」

 

 リビングライフの言葉に、蛙吹はそう返す。

 

『私を先生と呼ぶな。便宜上呼び方がなかったとしても、私は君達に何も教えるような事はしない。

 ……動島振武。君ならば私の戦い方が分かるんじゃないか?』

 

 その言葉に、振武は憮然とした表情を浮かべる。

 

「……生憎、父からお話は伺っておりません。狙撃が得意ってのはなんとなく」

 

『ハッ、狙撃ねぇ……まぁそれが私の一側面でしかない事は分かっただろう。さぁ、時間はないぞ、進みなさい』

 

 その言葉に、蛙吹に向かって頷いてみせる。

 そもそもこの部屋から出ない事には、勝つも負けるもないだろう。

 

「私が壁伝いに先に進んでみる。動島ちゃんは慎重に来て」

 

「悪いな、廊下の様子次第でちょっと方針を考えよう」

 

「分かったわ」

 

 それだけを簡潔に話すと、蛙吹は壁伝いを歩き始める。

 壁には地雷だって何だってつける事は難しいだろう。壁を移動する前提のトラップが数多くあるとは思えない。

 

『――……友達に斥候をさせるか。彼女が犠牲になっても良いのかな?』

 

 人の神経を逆なでする言葉に、振武は眉を顰めながらも声にその感情がこもらない様に何も返さない。

 

『ほう、……ブレイカーの言った通りかもしれないな。

 他人の犠牲を許容出来る、か。君の信念も随分隙があるな』

 

 ドアを出て、慎重に一歩ずつ歩く振武の足が、不意に止まる。

 

「何を上機嫌になってるのか知りません、犠牲犠牲って随分大仰ですね。

 あいつは、俺が守らなきゃいけないほど弱くはない……そもそも、アンタが俺の何を知ってるっていうんですか?」

 

『知っているさ。色々調べさせてもらった。

 全てを守るんだろう? 誰も死なせないんだろう?……論外だ、と私は思うがね』

 

 足を動かしながら、リビングライフの目的を考える。

 そもそもこれは撹乱だ。こっちの集中力を途切れさせ、トラップに上手くはまるように仕掛ける策だ。

 だが、それだけではない、ように感じた。

 まるで粘着するようにこっちに語りかけてくる彼の言葉には他意がある。

 

『敵も、被害者も、自分も? 愚かだ。どんなに守った所で敵は敵。守る価値はない。もっと他に守るべきものがある』

 

「へぇ、どんなもんですか、それって」

 

『――『法』だよ、ヘルツアーツ。法を守るからこそ人間は人間であれる。

 法を守らなかった時点で、そいつはすでに人間ではない。社会というコミュニティを破壊するただの外道……道を外れた者を守る道理がどこにある? 救う道理がどこにある?』

 

「――ふざけんな」

 

 法を守らない。

 確かに悪い事だ。だが法を破ったという事だけが敵という事にはならないはずだ。

 生活が苦しくて、辛くて、信念をこの社会では貫き通せなくて、この社会の中にある小さな穴からこぼれ落ちてしまった人達だっている。

 

『……悪の道に走るしかなかった人間がいる、か?

 そうしない選択肢だってあっただろうに、それを選ぶ時点で既に「悪い」よ――そうなる前に、そいつらは死ねば良かったんだ』

 

「――――っ」

 

 落ち着け。

 冷静になれ。

 こいつは振武の心を崩そうとしているだけ、動揺し激昂させたいだけだ。ここで怒ったって何の益にもならない。

 

『ほう、頑固だね?

 でも既に話を聞いているだけで、君は俺の術中だ』

 

 リビングライフの言葉が終わった瞬間、自分の歩いている通路の先で、連続する破裂音が響いた。

 

「っ、蛙吹!!」

 

 何が仕掛けてあるかも分からないまま、振武は走り出した。

 地雷や普通のトラップだけならば何とか出来ると考えて走ると、振武が曲がった通路のすぐ先に、蛙吹が立っていた。

 

「蛙吹、大丈夫か!?」

 

「ちゃんを付けて、動島ちゃん……大丈夫、怪我はしてない。

 けど、ちょっとこの先は危ないわ、顔を覗かせるだけで撃たれたわ」

 

「撃たれたって……この先に、リビングライフがいるのか?」

 

 振武の言葉に、蛙吹は首を振った。

 

「いいえ、いないわ。

 

 

 

 自動で撃ってくる機関銃以外は、なにも」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 廊下に設置したのは、ブローニングM2重機関銃が2つ。これを赤外線などのセンサーやカメラをつけ、自動で追尾・射撃出来るように改造されているものだ。

 超常黎明期から科学技術はその発展速度を急激に落としたものの、それでも新技術というのは日夜開発されるものである。

 あの機関銃は、廊下の天井まで撃てるようにしてある。センサーが動きを感知し、そちらに銃口を向け引き金を自動で引いてくれる。人要らずの兵器だ。

 弾丸は雄英に支給された特殊弾を使っているので、正直ダメージはかなり抑えてあるが、それでも当たれば痛いし怯む、撃たれ続ければ怪我をするだろう。

 怪我をして、だからどうした、という話ではあるが。

 

「やはり、甘い」

 

 必ず引っかかるトラップに真っ先に引っ掛かれば当然慎重になって時間をかける。そこで時間稼ぎ、さらにそこから前に進めないと思わせる為に機関銃を設置し彼らの動きを縫い止める。

 窓もないから外に出る事は難しい。出来ないわけではないが、穴をぶち空けて地面に降りたとしても、そこには雄英体育祭の障害物として使われた地雷が大量に埋まっている。動くのは難しい。

 勝つためには正面から出て真っ直ぐにゲートに向かうしかないわけだが、ゲートに辿り着く為には1階まで来なければいけない。

 そこまでには似たようなトラップなどが大量にあり、おまけに1階の中ではトラップだけではなく、リビングライフ本人が待ち受けている。

 甘い、緩い。

 それは相手だけではなく自分にも言える事だった。

 正直、もし相手を勝たせないために本気を出すならば、自分であればあのゲートを破壊する。ゲートを通らなければ勝利とはならないならば、相手が勝利を勝ち取れる根本を破壊する。

 だが、一応でも試験という体裁を保っていなければいけないこの状況では難しいだろう。このビル全体を爆破する事も難しい。

 だが道は制限出来た。

 彼がもし自分の知っているセンシティと同じなのであれば、あの蛙吹という生徒はどんどん荷物としての要素が強くなっていくだろう。

 1人で戦った方が都合が良いと考えている……ある意味自分と同質の答えに行き着いた考えならば。

 

「荷物を捨てて自分だけ逃げろよ、動島振武……それが答えだ」

 

 守るものを捨てて自分が逃げれば、振武1人だけであるならば出来る事は大量にある。成績を見た限りにおいて確かに蛙吹梅雨は優秀だが、彼が本来の全力戦闘を行うのであれば、サポート出来るレベルではない。

 だが守るもの、仲間をある意味捨てる決断は難しい。

 何故ならば、センシティと同じく彼にも余分なものが多いから。

 直接リビングライフに戦う事になったとしてもその信念を捨てない限り、リビングライフには勝てないだろう。何せリビングライフは絶対に倒れない。倒れたとしても再び立ち上がれる力を持っているんだ。

 殺しきらなければ殺せない。

 そういう風に出来ているのだから。

 

「勝ちたいならば、敵の事を慮っている余裕なんてないぞ……ヘルツアーツ」

 

 ヘルメットの中で呟いた言葉とともに浮かべた表情は、まるで鉄仮面を被っているのではないかというほど冷たい嘲りだった。

 だがその瞬間、通信端末が鳴り始める。

 こんな時に誰だと思って見てみれば……驚いた。この学校に何度来ても話しかけて来ようとしなかったあの人からの電話ではないか。

 

「……もしもし」

 

 一時的に無線を遮断し、ヘルメットを取って通話に出る。

 

『随分、悪辣なやり方じゃないか。音声まではこっちに届いてないけどね』

 

「……試験中に監視している人間が連絡を入れるというのは如何なものかと」

 

『見ているからこそだよ。アンタ、ちょっとやり過ぎだよ。

 報告入れていない仕掛けもあるだろう、これ』

 

 その言葉に、リビングライフは苦笑を浮かべる。

 そもそも自分にも動島の話をしてきたのは彼女だろうに、それで不利益になったらこれとは、情に溢れている人間は、これだから厄介だと。

 

「俺はルールの範疇でやっているつもりだよ? 貴女が止めないのが、その証拠だろう?

 少しでも気を抜きたくないんだ、説教なら後でやってほしいね」

 

 そう言いながら通信端末を切ろうとした時、

 

『あの子は、恐らくあんたのやり方が通じる子じゃないよ』

 

 最後にその言葉を残して、あちらの方から通話を切った。

 

「……どうかな? 世の王道は邪道には勝てないよ。王道だからこそ、ね」

 

 そう言って、通信端末の電源を完全に落とし、ヘルメットを被り、狙撃の姿勢に戻る。

 さぁ、来るなら来い。

 どちらにしてもお前を終わらせる。お前の信念を叩き壊す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――蘇生ヒーロー《リビングライフ》。

 公式にも、殆どの人間に知られていない本名は……修繕寺(しゅうぜんじ) 療自(りょうじ)

 彼は、自分の信念を証明しようと必死だった。

 

 

 

 

 

 




……はい、伏線ないように思ったでしょう? まぁちょっと入れ忘れたと言うのもないわけではないですけどね、これはこれで唐突なら面白いかなと思ってこうなりました!
まぁ他にもまだ出ていない設定はありますが、今回の章で全部出ると思います。
リビングライフさんのプロフィールは、この章が終わる頃ぐらいに出しますのでお楽しみに。


次回! 魔女子が考え込むぞ!! お楽しみに!!


感想・評価心からお待ちしています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。