大きなホールのような場所。
そこの廊下で、塚井魔女子と常闇踏影は必要最低限の戦闘を行いながら前に進んでいた。目の前には完全に同一の姿をした先生が何人も、こちらに迫っている。
二人の試験官であるエクトプラズムの個性《分身》は自分の口からエクトプラズムを吐き出し分身を生み出す個性。
中距離戦は得意でも近距離戦が苦手な常闇を、魔女子が個性で生み出した狼達が彼を守るように立ち回る。だが戦いを見る限り、基本的に彼女の使い魔達が先行しているように見え、あくまで常闇はフォローに徹していると、エクトプラズムは分身から見える視界を確認して思った。
狼が3匹、1匹は常闇の護衛、1匹は魔女子の護衛兼身体能力不足を補い(狼の体が普通の生き物より大きく、魔女子の体が普通の女子高生より小さいから出来る芸当だ)、1匹が先行して道を開いているようだ。何匹か視界に入るネズミは索敵用だろう。
(塚井魔女子ノ弱点、彼女ハソレヲ超エル事ガ出来ルノカ……)
塚井魔女子の課題。
作戦立案に長け、要領よく様々な事を最低でも平均点を叩き出せる彼女は、蛙吹梅雨と同じように優秀のように思える。
だが、彼女の欠点が一つ存在する。
それは仲間を信頼する事。
ヒーローと敵とのタッグ及び集団戦において、必然的に求められるコミュニケーション能力。これは彼女の得意とする事だろう。
だがそのコミュニケーションと作戦は常に彼女が重要なファクターを握っていると言う点だ。
どうしても大事なところは自分でやらなければ気が済まない、いや、安心出来ないという精神構造。ある意味、体育祭などで露呈した「危険な事・汚い事を自分で引き受ける」という答え。それはそれで素晴らしい事だが、無理に自分が得意ではない分野でも出しゃばってしまう。
サポートに徹する事が出来るかどうかというのは、彼女の今後を考えるととても大事だ。
何せ彼女は直接的な戦闘能力がない。
創った使い魔に影響を受ける彼女は最前線に立って戦う事が出来ない。彼女の本領はそこではないのだから当然だ。
対して常闇踏影は確かに近接戦闘の不得手という欠点を持っているものの、戦闘能力という点においての才能は素晴らしいものを持っている。
本来ならば、ここで常闇を先に出して、彼女がルート検索と彼の近接戦闘での弱点を補う動きをした方が有効なのに、彼女はそれを選択しない。
不安になるからだろう。
ヒーローは即席であっても、信頼とは言わずとも信用して共闘しなければいけない。
根底の部分でそれが出来ていない魔女子は、
(簡単ニ、足元ヲ掬ワレル)
そう思いながら、エクトプラズムは分身を操作し、彼女達を自然に誘導していた。
「……参りましたね、これ」
索敵に回しているネズミたちの視界を見ながら、狼の背中に乗って魔女子は考え込んでいた。
エクトプラズム先生の個性の場合、様々な場所に分身を配置し、本体はゲートを守るという作戦だろうと魔女子は見た。冷静な先生のことだ、きっとゲートには大きめの罠を仕掛けているだろうと。
だが、それだけではなかった。
1体の分身ならば狼の力で何とかなるが、2体3体と増えていくと彼の体術に翻弄されて狼のダメージが……ひいては自分のダメージが増えるだけだった。
そうなると自然と迂回するしかないが、そうなると自然とゲートがある場所から遠い場所へ、もしくは大きく迂回して時間を取られる事になる。
ジリ貧。
このまま行けば制限時間でこちらの負けだ。
(狼2匹を連れて私が先行……いいえ、それでは常闇さんの護衛が疎かになりますし、そもそも私が出たところで本格的な戦闘に入った場合勝てない。
体育祭で使ったネズミの大群……ダメですね、あれをやると私自身が動けなくなります、先生を倒そうとするのはいい事だとは思えない。
良い考えを、良いアイデアが何かあるはず)
頭を回転させる。
常闇がどこまで動けるか、そこは同じクラスにいて一緒に訓練を行っているのである程度知ってはいるが、危険な賭けに彼を巻き込む事は出来ない。騙眩かすにしても常闇踏影というある意味誠実な性格の持ち主が先生を騙し切れるとも思えない。
ならば重要な部分を魔女子が担った方がより確実に勝てる。
(……そうなのか?)
手に持っているハンドカフスを握り締める。自分が預かったものの、自分ではこれを相手にかける事は出来ないし、数多くの分身を生み出せる相手の隙を縫って逃げる事も難しいだろう。
というか、無理だ。
魔女子は頭が良い。個性は汎用性が高い。
それだけを聞けば自慢のように聞こえるだろうが、実際はそれだけの人間だ。決定力を持っている誰かがそばに居なければ成立しない。
今までは焦凍や振武が居てくれたから安心して任せる事が出来たが……、
(……何も変わっていませんね、私は)
結局根本的な部分で誰かを信頼するという事に慣れていない。
だから自分には限界がある。
「……おい、塚井。何となくではあるが、お前の考えている事が分かるぞ。
俺が信頼出来ないのだろう?」
「――え、」
隣に立った常闇の言葉に、魔女子は驚く。
なんで、私の考えを、
「心を読む個性は持ってはいないが、俺もどちらかと言えば感情が悟られない方なのでな、何とは無しに分かるのだ。
これぞ、同族だからこそ、だがな」
表情が分かりづらい鳥の顔で、常闇がこちらを見る。
「あまり話した事はないが、お前の行動理念は分かっている。
信頼していない、だけではない。お前は闇を全て背負いこむ性分なのだろうと、体育祭などで分かっている。
それは、……常人で為せる事ではない。素晴らしい事だと俺は思う」
辛い部分、怖い部分、汚い部分。
それを一身に背負い、前に進もうとする気持ちは、凄い。どんな人間であれ、そんな事は頼まれたってやりたくないだろうに。
「だが、もう答えは得ているのだろう。動島振武とは一度の共闘のみだが、それでもあの男がどれ程の愚者であると同時に賢人である事を俺は知っている。
彼奴に何かを言われ、お前は変わったのだろう? 明らかに立ち居振る舞いが違う」
自分から距離を離し自己犠牲をする。
そういうのをやめた彼女は、とても強かで、だが真っ直ぐになり始めている。まだまだ荒いが、絆を結ぼうとしている。
「であるならば――俺とも絆を結べ、塚井魔女子。お前の全力の策に、俺も全力で応えよう。
光を表し、道を示せ、塚井魔女子」
彼女の作戦として必要なファクターを握れるならば、多少の事はともに背負う。
信頼するとは一方通行ではいけないのだ。
相互だからこそ信頼なのだ。
「……相変わらず、芝居掛かった言い回しですねぇ、常闇さんは」
彼がそんな事を言うタイプの人間だとは思っていなかったので、少し可笑しくなって笑ってしまう。らしくないと言うより、物珍しさからくる微笑ましい気持ち。その顔を見て、常闇も眉間に皺を寄せる。
「なんだ、可笑しいか?」
その言葉に、首を振る。
可笑しいと言うより、嬉しい。
彼が全幅の信頼をおいてくれている事が。
自分が作戦を立てると、何かを画策すると、大半の人間は良い顔をしなかった昔より、随分変わったものだ。
「――ならば、そうですね。
まず、常闇さんには大いに働いていただきます。戦闘と私に出来ない動きを担当、私は撹乱と貴方の行動を全てサポートします。それで宜しいですか?」
先行してる狼をこちらに呼び戻しながらそう言うと、常闇は大きく頷いた。
「ああ、存分に事を為せ、塚井魔女子。
俺はお前に付き従おう」
人と人が相互に信頼し合う、何処かこそばゆい、だが優しい感覚に、魔女子は目を細めた。
◇
対して、焦凍と百のペアは大きな住宅街のような試験会場を歩いていた。
「このまま逃亡……そして、相澤先生が奇襲してきた場合には、出来れば轟さんは視界を遮るように、壁を作っていただけませんか? 大きいものでなくても構いません。
出来なかった場合は、今私が作って渡した発煙手榴弾で視界を塞ぎます。普通の物より煙が出ますので、そのまま2人で相澤先生を押さえましょう」
「……ああ、」
「そうですわね、具体的に言えば、轟さんには氷結で足を凍らせて頂いて、私が直接ハンドカフスを付けます。そうすればきっと、」
「なぁ、八百万。お前なんか焦ってないか?」
歩きながら話していたのに、その言葉で百の足が止まる。
「……何をおっしゃっているんですか?」
「そのまんまの意味だ。
普通に考えりゃ、お前じゃなくて俺の方が良いんじゃないか、直接戦うのは」
相澤の個性《抹消》は確かに協力で事前に物を作っておける八百万が相手にすると言うのは有効なようにも聞こえる。焦凍の個性は強力だがその分細かい操作が難しい、相澤を直接倒す大火力を出すのは危険だし、それを消されれば隙が生まれる。
だが、肉薄する必要性はないのだ。
個性が影響を受けない遠距離攻撃の出来る物を創り、それで視線誘導をしている間にハンドカフスを付けるのだって良い。
いや、もっと言えば完全に逃げる事に徹すれば、汎用性の高い百と即座に視界を遮断できる焦凍のコンビは勝てるとも思っている。
だが、彼女は逃げるという作戦であるように仕立ててはいるが、逃げれるとは思っていないし、むしろ、
「お前、なんか接近戦したがってないか?」
「………………」
焦凍の言葉に、百は返事をしないどころか、こちらに顔を向ける事もしない。
図星だったからだ。
「……振武、の影響だろう?」
ピクリと、体が震える。
事実だから。
振武は近接戦闘で戦うのだから、彼の隣に立つならば当然そういう戦い方が望ましいと思ったから。
後ろで立っているだけでは嫌だ、守られるだけでは嫌だ。
何がしかちゃんとした形で彼の事を、彼の前に進む背中を、守ってあげたい。
そういう願望から、体を鍛え、近接戦闘の腕を磨いてきた。理想にはまだまだ遠く、とても追いつける気がしない。鍛えれば鍛えるだけ、彼が積み重ねた努力と輝く才能を、自分は持てない、持っていないのだという事実だけが蓄積される。
でも、もしここで結果を出せば、
そうすれば、自分だって出来る、彼の隣に立つ資格があると実感出来る。
「……何を焦っているのか、俺はわからねぇ。振武の気持ちだって聞いていないから、断言しちゃいけねぇのかもしれねぇけど……振武は、それを望んでいるのか?」
「っ、どういう、意味ですの?
私が隣に立とうとしても、振武さんが喜ばないって事ですの?」
……そうかもしれない。
彼は自分の信念に対して手伝ってくれ、とは言ったものの、隣に立ってくれと言ってくれなかった。
それは、しょうがないのかもしれない。自分はまだまだ未熟で、彼と同じ次元に立つ事は難しい。
そんな事は分かっていたし、コンプレックスは克服しても、それでもやはり、
「あー、いや、そうじゃねぇ。そういう意味じゃなくて俺は、」
「――試験中にお喋りとは、お前ら悠長だな」
「「――っ」」
唐突に聞こえた相澤の声。
焦凍も百も、その反応は早かった。即座に腰に下がっていた発煙手榴弾のピンを外し、周囲にばら撒く。
一瞬でその一角が煙に包まれる。
「……なるほど、煙幕で俺の視界を塞ぐか」
ゴーグルをつけているおかげで眼がやられる事はないものの、不鮮明になってしまった視界で周囲を見渡す。
「だがな、俺が視界ばっかに頼っている男だと思ったら大間違いだっ!」
そう言った瞬間、ヒラリと上空に飛び上がり、焦凍が凍結した道から近くの民家の塀の上に飛び上がる。
凍りつく音というのは、その規模が大きくなればなるほど響く。別にどこからどう来るなどと精査する必要はないし余裕はない。道を凍らせるならば上への注意も逸れるし、この煙幕ではそもそも相手も見えていないだろう。
そして焦凍がここで道を凍りつかせているという事は、
「襲って来るのは八百万だ」
そう言った瞬間、煙幕の中から百が剣を持って飛び上がっていくる。
足の裏にバネを生み出し、それで凍結を回避すると同時に自分に襲いかかる威力を作った。考えは分かる。だが、
「甘い」
剣をギリギリのところで避け、百の腕を掴んでそのまま道の向こう側にある塀にぶん投げる。躊躇なくそんなことを行われた事に動揺して、百はそのまま塀に衝突した。
「ぐっ!?」
幸い、背中だったから無事だったものの、背中に衝撃を受けて息を詰まらせる。
だが、その隙もまた、相澤にとっては好機だった。
「八百万、どういう前提で挑んできたかは分からないが、俺に近接で戦おうって考え方そのものが間違いだ」
捕縛武装である布が百の体を搦め捕り、まるで蜘蛛の巣のように電柱を支えにして釣り上げる。それだけではない。その真下に大量のマキビシを放り、百がそこから逃げられないように拘束する。
一瞬の攻防は、本当に一瞬で決着がついてしまった。
「轟は……逃げたか。良い判断だ。
それにしてもお前、そのスタイル、動島を真似ているだろう?」
「っ……はい、そうですわ」
ゴーグルを外し、既に煙幕が殆ど晴れている周囲を一度見渡してから言われた言葉に、百は悔しそうに頷く。
「……ハッキリ言おう、お前はそれに向いてない。何より、隣に立とうって考え方がそもそもの間違いだ」
「どういう意味ですの?」
「そのまんまの意味だよ。憧れているのか何なのか知らねぇが、そういうのはこの場じゃ御門違いなんだよ」
相澤が顔を上げる。
いつも力の抜けているような顔をしている彼の顔は、
「お前はヒーローになりに来たのか? それとも、男追いかけに来たのか。後者なのであれば……ヒーローになる見込みなしだぞ、お前」
そう言いながら、相澤は背中を向ける。
「どっちにしろ、動島が2人も3人もいちゃ敵わない、そういうのは即刻やめとけ。憧れる人間に近づきたいってのと、憧れる人間になりたいじゃ、全然違うからな」
最後まで言い切らず、相澤は焦凍を追うために駆け出した。
……何も出来なかった。
必死で振武に追いつく為に考え方が、鍛えたものは本物には通用しなかった。
しかも、振武の親友である焦凍に、担任である相澤に、自分の積み重ねたものは無意味だと否定された。
「……じゃあ、私はどうすれば良いんですの?」
1人釣り上げられている状況で、百の言葉が寂しく響く。
ではどうすれば良いというのか。動島振武に近づくというのを必死で考えた末に出て来た答えを否定されてしまったら、
自分はどうやってあの人に近づけば良いのか。
◆
対して、動島振武と蛙吹梅雨は、
「う〜ん……」
「ケロ……」
スタート地点の部屋に戻って来て、考えていた。一応、無線は耳から外している、何を言われるか堪ったもんではないからだ。
通路はトラップの山。
一階ロビーではリビングライフが手ぐすね引いて待ち構えている。
壁を突き破って外から移動は恐らく難しい。用意周到で性格の悪いリビングライフの事だから、外にだってトラップを仕掛けている可能性がある。
ならば一番近くから、振武が地雷やトラップを踏まずに済む踏空で移動してゲートに行くか、もしくは蛙吹が舌を伸ばしてゲートに速度を付けて移動するか。
何にしろ、普通に考えると一階の出入り口から出ないといけない。
「結局、リビングライフとの直接戦闘は避けられそうにないな。蛙吹ちゃんなら、壁に張り付いて移動出来るんだろう?」
「出来るけど、リビングライフさんの事だから、壁にも何かしらトラップを仕掛けている可能性があるわ。私の事も資料で知っているだろうし」
「だよなぁ、……う〜ん」
この粘着質的悪辣な発想は、どうも自分の父を思い出す。
精神的、肉体的に追い詰め、行動を制限し誘導する。だが、問題はその度合い。
甘いのだ。動島壊、つまるところ分壊ヒーロー《ブレイカー》の手段には及んでいない、甘さ。
ここが雄英という公共の場で、これが試験で、しかもやる事が多少制限されている……ということを差し引いても、自分達ではこれを超えられないだろうと考えている。
舐められている。
「見返してやりたいが……実際、こういうのが苦手なのは確かだ」
振武の戦い方では目の前に敵がいないと意味がない。
拳が届かない相手は殴れない。
当たり前の事だが、こんな風に遠くからチクチク攻撃されては自分も苛立ちが増えていくだけで何も進展しない。
形として、振武を完封出来る形に仕上がっているのは確かだ。
だが、それだけだ。
「一番自由が効くのは、多分蛙吹ちゃんなんだよ、この場合」
「ケロ? 私?」
小首を傾げる蛙吹に、振武は頷いた。
「あぁ〜、聞いてて分かると思うけど、俺はあの人と多少縁がある。そんで何でか知らないが、嫌われている。
そこが逆にあの人の誤算だと思うんだよ」
一対一、リビングライフと動島振武とのサシの勝負であれば話は違ったかもしれない。この封鎖はより完璧なものになっていただろう。
しかし今の振武は1人ではない。
蛙吹梅雨という強い味方がいるのだ。
勿論対策は練っているとしても振武に対してのソレとはグレードが下がるだろう。
「蛙吹ちゃんは多分、あいつの計算の中に入ってない。そこを突くような事を考えるしかないんだけど……あぁ〜!! こういうの苦手なんだよなぁ確かに!!」
初日の戦闘訓練からこっち、色々頭を使う戦い方というのを考え、学んではいるものの、向き不向きはどうしても出てくる。
そういう事に関しては焦凍にも劣ってしまう部分があるのだ。
「まぁ、動島ちゃんが頭良かったらもはや完璧超人だし……多少そういう部分がある方が、私は良いと思うわ」
ケロケロと笑みを浮かべる蛙吹に振武は苦笑いを浮かべる。
「ありがとう蛙吹ちゃん。そう言ってくれるのは嬉しいけど、今はちゃんと考えなきゃダメなんだと思「多分、それはダメなんだと思うわ」……ダメって?」
振武の言葉を遮って、蛙吹は話を続ける。
「私は動島ちゃんとリビングライフさんの事情も知らないのだけれど、もしかしたらリビングライフさんはそういう「らしくない事」をさせたいんじゃないかしら。
例えば、私を全く頼りにせず1人で戦うとか、私を囮にして1人逃げるとか、」
動島振武は真っ直ぐで、正義感に溢れている。
もしリビングライフは表面上でしか彼を理解していなかったとすれば、仲間を囮にしたりするのはある意味信念への裏切りで、1人で戦うというのは仲間や他人を省みていない証明になる、と考えているのではないか。
つまり、自分で自分を裏切らせたい。
それが彼の狙いなのではないか、と。
「……ありそうで怖いなぁ」
向こうはこちらの信念、考えに逆らった行動をさせたがり、人の精神を逆撫でするような事を盛んに言っていた。
蛙吹の言っている言葉は当てはまっている。
「うん……でも、そこでも考察の甘さが出ているんだと思うわ。だって動島ちゃんは、仲間と協力しようって考えが全然苦にならないタイプだもの……爆豪ちゃんをDisってる訳じゃないけれど」
「そうだな、爆豪の事は全く関係ないけど」
お互いそう真剣な顔で言って見たが――「一緒に頑張ろうぜゴラァ!!」とか言って仲間と協力体制を整えている爆豪勝己を想像して、思わず吹き出す。
同じタイミングで蛙吹も吹き出したので、考えている事は似たり寄ったりだろう。
「だから……動島ちゃんは動島ちゃんらしく考えて戦うのが、一番あの人を驚かせられるし、予想出来ないと思うの。
私は、その為に動島ちゃんをフォローするわ」
蛙吹の笑顔に、こちらも心が暖かくなって、笑顔になる。
「ありがとう、蛙吹ちゃん。蛙吹ちゃんって結構良い女だな」
「あら、そんな事言って百ちゃんに怒られちゃうわよ」
「……お前ももしかして、俺と百が付き合ってると思ってんの? そういう関係じゃないからな、俺ら」
「さて、どうかしらね、ケロケロ♪」
……蛙吹の言葉を入れて、もう一度自分の頭を整理する。
相手の策に乗らない。
動島振武らしい戦い方。
考えれば考えるだけ、それは形になっていく。形になっていくと、やっぱり自分はこういう方向なのかと笑えてきてしまう。
やっぱり、自分は馬鹿なのだ。
考えたところで、魔女子や百のように緻密な作戦を練れる訳でもない。出久や爆豪のようにトリッキーな戦い方が出来るわけでは無い。
動島振武なりの、振動ヒーロー《ヘルツアーツ》なりの戦い方は、
「正面から近づいてぶん殴る――あぁ、最初っから俺はこれで貫き通してきてんだったわ」
◇
「……無線を使う事は辞めたか。まぁ、当然だ。敵と話す必要性はない、作戦が筒抜けになるくらいならば、話すのを止めるだろうな」
ヘルメットに付いている無線からノイズ音しか聞こえないのを確認してから、リビングライフは狙撃銃を撫ぜる。
そろそろ問題を精査して動き始めている頃だろう。ヘルメットの正面に表示されている時計を見れば、もう試験が開始して多少時間が経っているのが分かる。
罠の巣を正面突破するにしても、回避するにしても此処からは向こうを悠長にしていられないだろう。確実に焦れてくる。
そうすればきっと、あの少年の本性も、
『――……あ、あー、聞こえますかリビングライフ。こちら動島振武、いや、アンタに対しては振動ヒーロー《ヘルツアーツ》って名乗った方が良いのかもしれないな』
いきなり入ってきた無線の言葉に、リビングライフは少し動揺してからも、言葉を返す。
「……驚いたよ。君はもうこの無線を使わないと思っていたが、想像以上に馬鹿だったか。それとも、もう方針は決まったのかな?
あの蛙の個性を持っているクラスメイトはどうした? これを聞いているのか?」
『聞いていないんじゃねぇかなぁ、アンタと喧嘩するのは俺1人だけで十分って話になったからよ』
――置いてきたか。
どこかぞんざいに話されるその言葉で、振武が自分の想像通りの行動をしていると判断し、笑みを噛み殺しながら答える。
「ほう、君1人で……そうだな、それが正解だ。
足手纏いになる人間は要らない。まぁ、君の考えが矛盾しているというのは、笑えてくるがね」
『……そればっかなんだな、アンタ。他に言う事ないの?』
「ない。俺はお前の歪んだ信念を正しにきたんだ。
そもそも、全ての人間を救おうなんて言う考えはマトモな人間の考えじゃない。ペテン師か聖人の考え方だ。そしてお前は聖人ではない。全てと言いながらお前は区別するからだ」
センシティもそうだった。
人の心を守りたいと嘯きながら、救いたい人間と救いたくない人間を区別した。もし本当の意味で人の心を救いたいならば、受ける仕事を選ぶ事はしない。どんな仕事でも全てやって見せれば良いのだ。
出来ないだろう? 当然、人間は出来ない事の方が多い。
ならばより効率良く、そして分かりやすい明暗を作り、それで区別していくしかない。
それを否定しながらそれを行うなど、愚かだ。
『……なんだかなぁ。
アンタの言ってる事って、正しいけど、おかしいな』
「受け入れられないか、その時点でお前の信念は『そう言う意味じゃない』……」
リビングライフが黙ると、どこか不思議そうな声色で振武が話し続ける。
『アンタの言ってる事、正しい部分もあるんだけど、なんか変だ。どう言えば良いか……そう、文字通り取って付けたような、まるで免罪符みたいに言ってるように感じんだよ、アンタのそれは』
俺のやっている事は間違っていない、正しいんだと。
周囲に喧伝する為に言われる、ちょっと言い訳がましい言葉。
『アンタさ――もしかして、もっと別の理由があって俺が、母さんが嫌いなんじゃないの?』
「――――――だとしたら、なんだって言うんだ」
『いいや、なんも言わない。理由もなく気に入らないってのは、よくある話だし、理由があったとしても、それは俺がどうにか出来る問題じゃないかもしれないしな。
でもさ、話すりゃ分かるって事もあるんじゃないかなって思ってさ』
心の中に鋲を突き立てるように、言葉が突き刺さり、皮のように心を包み始める。
『アンタの信念の根底には、圧倒的に対話っつうのが欠けている。
話せば分かるっつうのは、コミックじゃ良く悪役が使う言葉だけどさ、俺は真理だと思うんだよ。話してもいない、相手を理解しようとしない上での言葉なんざ、そんなもん言い掛かりや文句と大差ない。
そりゃあ、不毛だ。なぁんも生まない。納得も何もあったもんじゃない』
「……それで? だからなんだと言うんだお前はっ。
お前が納得出来るかどうか、俺が納得出来るかどうかなど、なんの意味がある!!」
こいつも、あの女と同じだ。
耳障りの良い言葉、相手の心情を慮る事もせずに放たれるその言葉が人を虜にする。煽動する。その先に這い上がる事も難しい崖があったとしても、こいつらは前に進み、それに付き従って他の人間まで進んでしまう。
止めなければいけない。
こんな歪んだ信念、狂騒に走らせる信念を、
『――俺が気に入らないんだよ。あんたも俺を気に入らないんだよ
お互い話し合って喧嘩すんのに、そんな大仰な理由付けなんか要らないだろうが!!!!』
ドンッと、建物全体が鳴動する。
地震ではない。下からの鳴動ではなく、上からの振動と音が響く。
『口先ばっかで目の前に顔も出さねぇ、』
ドンッ、と2回目の振動と音が訪れる。
埃と欠けて降ってくる小さな石コロ達に、リビングライフは顔を上げる。先ほどより、ほんの少しだけ近づいたと思いながら。
『喧嘩吹っかける割には、遠目でぐちぐち言うだけ、』
ドンッ、ドンッ、と3回、4回と鳴動する。
音はどんどんこちらに降りかかってくる。
『そんなもんがヒーロー? 俺が正義だってか?
笑わせる……もしテメェが間違ってないなら、胸張って堂々としてろよ!!』
ドンッと5回目の音が鳴った瞬間、――ロビーの天井が崩れ落ちてきた。
「――っ」
天井近くの場所に即席の狙撃場所を作っていたリビングライフは、狙撃銃も何も持たず、地面に回避する。幸いリビングライフがいた場所に大きな瓦礫は降ってくるような位置にはなかったが、それでも大きな瓦礫にぶつかれば危険な状況だった。
瓦礫が落ちた場所のトラップが、その振動と重さを感知し、小さな瓦礫を吹き飛ばす。連動して作動してしまったそれらは、なるほど確かに人が掛かっていれば強力な一撃になっただろう。
だが、それは結局、瓦礫を吹き飛ばすだけで終わってしまった。
残っているのは、僅かなトラップと壁に張り付いて動ける蛙吹梅雨用のトラップのみ。それでは、意味がない。
「あぁ、やっぱここのトラップは最低限にするよな。何せアンタ自身がここにいるんだ、自分で自分のトラップに引っかかる可能性があるんだから、多少の手加減はするだろう」
瓦礫の中から、崩れてきたそれにより発生した土煙の中から、人影が立ち上がる。
黒いコスチューム。その中で熱によって鈍く、しかし紅く光を放つ鋼鉄の籠手。マスクで顔半分を隠していても分かる、気に入らない顔。
「さぁ、話をしよう、リビングライフ。
俺は、アンタの事が知りたい」
動島振武が、
振動ヒーロー《ヘルツアーツ》が、
そこに立っていた。
またも視点が……見せたいところが多すぎるとこうなってきますねぇ。
次回もお楽しみに!!
次回!! リビングライフが舞うよ!! 蝶のように蜂のように☆
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