plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode11 勘違いは時として

 

 

 

 

 

 多少の怪我は覚悟の上、今は一刻も早くこの拘束から逃れなければいけない。幸いマキビシは相澤がザッと放ってくれたからか、穴がない訳では無い。

 そこにうまく着地しよう。

 そういう考えからか百は必死に体をモジモジと捩らせるが、これは炭素繊維を編み込まれた特殊装備。とてもでは無いが百の力だけで解けるものではない。

 刃物の刃だけを体から創り出し捕縛装備を切る事も出来るが、その場合狙った場所に着地するとまではいかないかもしれない。

 ……そもそも、自分は果たして此処から逃れたところで、轟焦凍との合流が行えるのだろうか。そんな迷いで、必死に身を捩っていた動きを止める。

 おそらく焦凍の事だ。1人で相澤を牽制しながらゲートを目指している事だろう。自分を救ける為に近くにいるとは考えづらい。

 ならば自分はそれに近づき、相澤の妨害か、焦凍と一緒に打破する事を考えなければ――こんな時、振武だったら、

 

『憧れる人間に近づきたいってのと、憧れの人になりたいのは、違う』

 

 相澤に言われた言葉が潮騒のように頭の中で引いては寄せていくる。

 当然だ。だって八百万百は八百万百でしかないのだから。どんなに努力をしても動島振武と同じになれるはずもない。

 ならどうしたら良い?

 振武の隣に居続ける為には一定の力量と胆力が必要になる。それを手に入れる方法を、百は知らない。

 だから模倣した。振武のスタイル、思考を模倣していけば、力量と胆力を鍛える上でとても有効なのではないかと。

 ……結局、それは相澤のいう通り上手くいかなかった。

 

「では、どうすれば……どうすれば、ヒーローとしてあの人を、」

 

 

 

 支える事が出来るんですか?

 

 

 

「……別に、お前はお前のまんまで良いんじゃねぇか」

 

 空気に溶けるように消えて言った言葉に、返事をする人間がいた。

 

「っ――轟さん!?」

 

 いつも通り表情に乏しいながらも、百を見ながら頷く。

 足から凍気が生まれ、まるで一つ一つを丁寧に包み込むように氷を形成する。マキビシの尖っている部分だけを無効化する。そうする事で、怪我をする危険性はグッと下がった。

 

「良いぞ、八百万。そのまま降りろ」

 

「え、あ、はい!」

 

 想定していた場面とは違う現状に呆然としていた百は、焦凍の言葉で慌てて肘に刃を創り出す。ただの刃ではなく、高周波ブレードというものだ。振動で切れ味を増した、ある意味振武が自前の個性で模倣した物で、拘束から脱出した。

 

「轟さん、どうしてこんな所に!?

 ゲートに向かったのではないんですの!?」

 

「そう見せかけた(・・・・・)だけだ。俺1人で逃げた所で相澤先生に拘束されちまうのがオチだ。

 それなら、お前を救出して2人で対応した方が確実だ」

 

 相澤は普段はあれだけズボラだが、ヒーローとして……否、敵として動けばかなり強力。個性を消し、近接捕縛では右に出る者がいないと言っても良い。

 1人で逃げるのはあまりにも愚策だ、と焦凍は判断した。

 

「そ、そうですの……で、では作戦を、「その前に、さっきの話の続きだ」……はい」

 

 慌てて準備しようとした百を、焦凍は止める。

 

「……なぁ、お前の中で、アイツはそんなに薄情な奴なのか?」

 

「急に何を、アイツって、振武さん、ですよね?」

 

 唐突に何を言い出すのか。

 百の動揺した言葉に、焦凍は頷く。

 

「自分と同じような戦い方……つうか、近接だな。物理的に側にいないからって、アイツは八百万が隣に立ってない、同じ立場にいないって言っちまうような、器の小さい奴なのか?」

 

「それは、」

 

 ありえない。

 彼はとても優しいし、そんな細かい事を気にする人ではない。

 何せ敵の言葉にだって同意を示し、救おうとしてしまうような人だ。そんな人が、同じような強さを持っていないからと言って否定するような事は――、

 

「あ……、」

 

 そうだ。

 何を言っていたんだ自分は。

 自分が弱い、側にいたい。全部自分の思いで、同じ強さにならなければそうなれないと思ったのも……自分じゃないか。

 振武なんて全然関係ない、自分のエゴだ。

 

「気付いたか……お前と振武って、案外似た所あるから。自分の頭の中でぐるぐる考え込むと、分かりやすい出口だって見失っちまう奴だから。

 俺もそこは、まぁ、人の事言えないけど」

 

「……馬鹿ですわね、私。

 側にいたいと思うあまり、振武さんの事も、自分の立場も忘れそうになっていました」

 

 自分はヒーローになりにきたのだ。

 振武の側にいたい。これは本心だけれども、彼に依存しなければ、彼の真似事をしなければ立っていられないほど弱い女ではない。いいや、そうあってはならない。

 もし本当の意味で彼に近づきたいのなら、ちゃんと自分の足で立って歩かなくては。

 

「……それだけじゃねぇよ。

 お前は振武に近づきたいのからそうしたんだろうけど、あいつの本音を言えば、

 

 

 

 お前らしいお前が、多分振武は1番好きだぞ」

 

 

 

 真面目で、勉強が出来て、皆に公平に接する事が出来、ちょっと天然で価値観合わない部分があっても、そこがまた良さで、冷静に分析し、考え、様々なアイテムを含めて理知的に行動出来る。

 動島振武が信頼しているのは、彼女らしい彼女。

 そのままの、自然体で強い八百万百だ。

 そう、振武なら答えるだろう。

 

「――ありがとうございます。ちょっと目が覚めましたわ」

 

 信頼してくれる自分でありたいと思うあまり、自分そのものを少し見失っていたようだ。

 その言葉をかけてくれたのが、振武の1番の親友だという事に、少し嬉しさを感じる。

 

「でも、轟さん! 振武さんが私の事を、す、すすす好きだなんて、もうちょっと言葉を選んでください! 誤解してしまいますわ!」

 

「? 俺は思った事を思ったまま言っただけなんだが……なんかすまん」

 

 百はいつも通り、焦凍の天然な言葉選びで出たんだろうと思っているが、実際のところは違う。

 ……多分、動島振武は八百万百が好きだ。近しい人間としてという意味だけではなく、女性としても。

 轟焦凍は自分の事を、天然でそういう感情に疎い人間だというのは自覚しているが、鈍感ではない、と思っている。

 普段2人で話している時でも、目で追う機会が多いのは八百万だ。

 感情的に見えて心の奥底でちゃんと理論が立っている男が、唯一そんな理論を構築出来ないほど自然に、1番感情的に接している相手。

 その相手を好きではないというのは、あり得ない。

 

「何でしょう、今無性に轟さんに『お前がいうな』と言いたい衝動が……」

 

「?」

 

「あ、いえ、分からないのであればそれで良いですもう……そうですわね、でしたら私らしく策を弄しましょう。取り敢えず必要になるものを、」

 

 百の言葉と共に、体の中からある物体が作り出される。

 

「……マトリョーシカ、だっけ?」

 

 どこか百に似ているロシアの民芸品、マトリョーシカ。

 

「はい、そうです! これは個性を最初に練習したもので、結構上手く出来るんですの」

 

「あぁ、……うん、」

 

「事前に作っておいた方が簡単ですしね! そこから先の作戦は走りながらで」

 

「それを、投げつけるのか」

 

「ええ、そうですけど……あぁ! 普通のマトリョーシカではありませんよ、これは外側だけですわ」

 

「……そうか」

 

 何がどう違うのか明確に大声で説明しないのは、相澤が近くにいた場合の警戒なのだろうというのは分かっている。

 分かってはいるのだが、マトリョーシカを相手に投げつける、というのがいまいち焦凍にはピンときていなかった。

 ……最近八百万の作戦に対する強引さと説明不足感が、少し魔女子に似てきたように思える。相手に遠慮がないという意味では良い変化なのかもしれない。

 

「では、参りますよ焦凍さん!!」

 

 そう言ってゲートの方向に駆け出す百の背中を、薄い苦笑を浮かべながらも追いかけた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……チッ、逃げたか」

 

 焦凍を見逃した相澤はもしかしたら百のいる場所に向かったのかもしれないと思って戻ってきてみれば、凍らされているマキビシと切断された自分の捕縛装備。

 焦凍は、こちらが想定している以上に冷静になっている。

 入学当初感じていた頑なさはどこかに消え去り、冷静な判断が出来るようになったのだろう。個性に頼りきっている部分はまだ抜けきれていないため、今回はもう少し頭脳プレーを期待したのだが、思いの外上手い。

 

「……だとするなら、後は八百万だな」

 

 憧れている人間への追従と、それが上手くいかない事への焦りというものは相当に厄介だ。

 ヒーローのスタイルというものは十人十色だ。それは男女の違いや本人の基本的資質がどうのというわけではなく、起点とする個性が明確に違うからだ。

 個性それぞれによって戦い方は自然と変化して行く。

 振武のように、個性ではない部分を強化し、個性がそれに合わさるようなものだったというのは奇跡に近い。たまたま、という事だ。

 そして残念なことに、八百万百の個性と動島振武のような近接戦闘とはあまり相性がよろしくない。ダメというわけではないが、何でも創造出来る彼女の個性の良さを殺してしまう事になる。

 それは最高どころか最善にも程遠いだろう。無理矢理そんなスタイルを踏襲した所で意味はない。

 ならばそこからの脱却、憧れる人間を憧れるだけで近づくのではない、もっと別の方法で近づく手段があるはずだ。

 そもそも、自分の明確なスタイルというのを提唱しなければ、ヒーローというのはやっていけない。

 オリジナリティ。

 どんな事においても必要になって来る事だ。

 

「……見つけた」

 

 壁や民家の屋根を飛び跳ねるように移動していた相澤の視界に、2人の影を捉える。

 だがそれは、本当に黒い影のようなものだった。スッポリと黒い幕で姿を隠している。なるほど、相手を視界に入れなければ成立しない相澤の個性において、それは順当な対抗策と言えるだろう。

 だが、

 

「デメリットの方がでかいだろう、それ」

 

 一気に空中から背後に回り込み、捕縛装備で2人同時に捕縛する。

 しかし、人間ではあり得ないどこか硬い手応えに、相澤は小さく笑みを浮かべた。

 

「マネキンかい」

 

 黒い布が剥がれるそこには、片腕でマネキンを生み出し、もう片方は後ろに引いている機械に触れている。

 カタパルト。上には相澤が今操っている捕縛装備と同じ布の塊。

 

(ありゃあ……効力は分からないが、)

 

 相澤がそう判断している間に、百は間違えることもなく、カタパルトから放たれた布のはその影響で相澤の周囲に広がる。

 

「轟さんお願いします、地を這うような炎熱を!!」

 

 その瞬間、隣の黒い布から炎が立ち上がり、一瞬で地面を這う。

 

「……あぁ、そういう事か」

 

 周囲の布のギチギチという金属質な音を察して、相澤は熱が張った直後の地面に降り立つ。そもそも火炎は確かに強かったがアスファルトを鉄板のように熱くするほどの熱量ではなかった。

 先ほど相澤がいた場所に、散らばった布が磁石で吸い寄せられたように収縮する。熱で変化する形状記憶合金を使ったのだろう。昔センシティの元で戦っていた時、似たような事をした敵がいたのを、相澤は思い出していた。

 これで、2人を捕縛して終わり。

 そう少しだけ気を緩ませた瞬間、視界に飛んで来るナニカを条件反射的に捕縛装備で払いのける。

 

「――マトリョーシカ?」

 

 その姿に一瞬訳が分からず、それを見てしまう。

 マトリョーシカはロシアの民芸品。一体目を中程に入っている切れ込みに沿って外せば2体目が出て来るという人形。

 だがその中には、2体目の人形ではなく、まるで手榴弾のような形をしたものが入っていた。

 

「――しまっ」

 

 防御姿勢をとるがもう遅い。

 それは小さな爆発を引き起こし、その何倍もの閃光を周囲に撒き散らし、近くにいた相澤の目にも影響を与える。

 白くとばされてしまったその視界では、百や焦凍の像どころかどこに何があるのかさえ判別出来ない。

 つまり、――相澤の個性は発動出来ない。

 

「轟さん!!」

 

「ああ!!」

 

 八百万の言葉と共に、相澤の足に冷たい感触が走る。

 まるで自分の足が凍りつくような……いや、まるでという言葉は間違っている。まだ見えてはいないが、きっとそのまま文字通り、相澤の足は凍りついているのだろう。

 個性を消すだけ、身体能力はあってもそれほど強くはない相澤では、この氷結を解除する術はない。

 チェックメイトだ。

 

「……二段構えか。驚いた。

 さっきまでの意固地なお前じゃ、もう少し直接的な作戦で来ると思ったんだがな、八百万」

 

「何故、私の作戦だと?」

 

 百の言葉に、相澤はそっと目を開ける。

 まだ顔は見えないが、百と焦凍の顔がどこにあるのかくらいは分かる。

 

「轟は優秀だが、こういうある意味相手の裏をかくってのに向いてない。なまじ個性が強力な分正面から戦う考えが染みついている。

 だが、この作戦は正面から相手を倒すのではない、最初の攻撃が通用しなかった時の保険もキッチリ抑えている、言っちまえば細かい。そういうのは八百万の方が向いている」

 

「あまり、褒めてらっしゃるように聞こえませんわ、先生」

 

「十分褒めている。お前らしい、良い作戦だった」

 

 真正面から突っ込むのは、格好良いが愚かだ。

 どこまでも愚直なのは良い面と悪い面がある。柔軟に思考できる人間というのは非常に貴重だ。何より、猪武者を制御する上で重要だ。

 彼女が彼女らしくいる事が、結局は動島振武の隣に立つに足る資質となる。

 気付いているかどうかは分からないが、気付いていなかったとしても、さっきまでの執着を捨ててこのような作戦を立て、自分の立ち位置を理解出来ているならばそれで良い。

 

「……ありがとうございます、ご迷惑をおかけしました」

 

 そうペコリと頭を下げてから自分にハンドカフスを掛ける百に、相澤はいつも通り、仏頂面で頷く。

 心の中に、少し安心したような笑みを浮かべながら。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「まったく、なんだかんだ甘い男だこと……『轟・八百万チーム、条件達成だよ!』」

 

 画面を見てどこか呆れたような微笑ましいような顔をし、試験会場全体に放送をかけるリカバリーガールの隣で、振武は微妙な顔をしていた。

 何故だろう。

 百の悩みが解消されたようで良かった。さすが焦凍、俺の親友!

 そう思う気持ちがあるはずなのに、どこか釈然としない。心の奥底でもやもやする。

 出来れば自分が話を聞き、自分が彼女の支えになりたかったのに。そう言う自分がいる。悩んでいる事を解決出来る事に、手段は問わない。それこそ大事な人間が笑顔になれるなら何でも良い。

 そう思っているはずなのに。

 

「……微妙な顔だねぇ。あの子の悩みを聞いてあげられなかった、いや、もうちょっと違う事で悩んでいるね」

 

「……なぁ、お婆ちゃん。何でかな。よく分からないんだ」

 

 昔、公園で会ったあの頃のように親しげに話しながら、振武は自分の胸元を握り締める。

 

「百が笑ってくれて良かったって思うんだよ。百が苦しまなくて良かったって思うんだよ。

 でも、何で何だろう……悔しいって思うんだよ」

 

 胸が苦しい。

 何でこんなに苦しいんだろう。

 前世でもこんな経験はなかった。人を見て、人の笑顔を見て羨ましいと思う事はあっても、こんな風に胸が締め付けられるような思いは味わった事がない。

 これは、いったいなんて言う名前なんだろう。

 

「あそこに、俺がいないのが……悔しい」

 

「……お前さん、ハァ〜、本気かい?

 いや、アンタだったらあり得るねぇ。今まできっと、誰に対してだってそういう気持ちを抱かなかったんだろう。普通の人間は挫折やなんかすりゃ、似たような感覚を味わうんだけどねぇ。

 アンタ、倒れても他人の所為にする性格じゃないし、他人に悪感情向けるタイプじゃないからねぇ」

 

 リカバリーガールの呆れるような声に、振武は顔を上げる。

 

「お婆ちゃん、これはいったい何なんだ? 答え知ってるなら教えてくれよ。

 俺、なんか病気かな?」

 

「まぁ病気って言えば病気だねぇ。

 そいつの名前はね、嫉妬って言うのさ」

 

「……しっ、と?

 嫉み妬みの?」

 

「嫉み妬みの、だよ。

 安心しな、そいつはある気持ちの副作用。どんな聖人君子だって持つ感情なのさ」

 

「副作用? なんの?」

 

 

 

「そりゃああんた――恋に決まっているじゃないか」

 

 

 

 ………………………………。

 

「え、あ、ハァ!?

 恋!? ちょっ、話が突飛すぎないか!? 俺は百が安心出来た事を素直に喜べないのがダメって話を、」

 

「突飛もトンビもないよ。

 お前さんのそれは、誰が何と言おうと、お前さん自身が認めなかろうと恋なのさ。

 男女間の恋愛っていうのはね、多かれ少なかれ独占欲ってもんがあるのさ。束縛しようがしなかろうが、多少は相手を自分1人のものにしたいって気持ちがあるんだろうよ。

 つまり、お前さんはあの八百万が好きで、出来りゃああの子に1番に自分を必要としてもらいたいのさ。「特別頼られたい」って気持ちはそれだよ」

 

 そう言えば。

 動島振武は……前世であっても現世であっても、人に嫉妬した事はない。

 羨ましい、尊敬するやなんかは抱いた事はある。別に悪感情がないわけでもない。よく怒るし、悲しむ。

 だが嫉妬という事に関しては中々なかったように思える。

 特に、恋愛観的な意味での嫉妬なんていうものは、まるで経験してこなかった。

 

「え、いや、でも、えぇ!?」

 

「あんた本当に気付いてなかったんだねぇ……全く、何でこうなっちまったんだか、自分にも他人にも鈍いというか」

 

 ホウッと溜息を吐く。

 

「まだ納得出来ないようだから、テストしてみようか。

 まず、そうだね……仲の良い女友達を思い浮かべてみな、八百万じゃなくて、他の女友達だよ」

 

 女友達……塚井魔女子にしておこうか。

 頭の中で、どこか天然なのか策略なのかいまいちわからない女友達を思い浮かべる。

 

「その子がいきなりアンタと……そうだね、手を繋いできた。

 振武、あんたそれをアンタどう思う?」

 

 どう思う……もし、魔女子がいきなり手を掴んできたら。

 きっと、何か考えがあってやるだろう。理由があってそんな事をする人間じゃないし、そもそも彼奴は焦凍の事が好きだ。軽い女じゃないし、気まぐれでそんな事をしない。

 やるとすれば、

 

「気まぐれで悪辣な悪戯を思い浮かんだに違いない。絶対に何か裏がある。

 無表情ながら心の中でニヤニヤしてんのは分かってんだ、さっさと吐かせる」

 

「……その女友達も哀れだと思うが、まぁ友達だからこその気安い冗談ってやつだろうね、そりゃ。

 じゃあ、その相手をその女友達じゃなく、八百万百で考えてみな」

 

 百で、それを――、

 きっと、柔らかいんだろうな。抱きしめた時は実際そう思ったし。きっとあいつは、心底恥ずかしいといった感じでいるに違いない。手を繋いで歩くとしたら、緊張しすぎて変な歩き方になるだろう。

 自分もきっとそうだ。あの子が横にいて、あの子が手を握ってくれて、一緒に歩くだけで、きっとめちゃくちゃ恥ずかしくて、めちゃくちゃ幸せな……、あれ?

 

「あれ? あれー?」

 

 おかしい。

 だってこんな事今まで一度も考えなかった……事は、無くもないものの。

 それにしたって、振武が百に抱く感情は親愛や尊敬、仲間としてのそれであって決して男女として見ているなんてことは、

 

「良い加減にしな。あんたはあの子に惚れてんのさ。

 何でそれに気付かないかねぇ」

 

「いや、でも……」

 

「デモもヘチマもありゃしないよ。

 何を気にしてんだか知らないが、周囲から見りゃ、あんたは普通に八百万って子が好きだよ」

 

「そうは言っても……ん? 周囲からって」

 

 顔を上げる振武に、リカバリーガールは苦笑いを浮かべる。

 

「そりゃあ私も含めた全員さ。

 アンタと八百万は、割と噂になってるよ……ちなみに、職員室ではあんたらが今年中にくっ付くかどうかでトトカルチョしてるよ、マイクが胴元で。

 まぁ大半の連中が参加してないけどね。なんだかんだ真面目な奴が多いから」

 

「ハァ!!??」

 

 トトカルチョってなに!?

 くっ付くってなに!?

 

「クラス内の話は知らないけど、割と噂になってんじゃないのかねぇ」

 

 ……知らぬは本人ばかりなり、と言えば良いのだろうか。そこまで自分が露骨に態度を表した事はない。というより、今初めて自分の気持ちが恋なのではないかとだんだん思い始めているくらいだ。

 

「フフフ、案外他所から見てりゃ分かる事もあるもんさ。特にあんたらは自分で自分の気持ちに気付いていない分、無意識に出てんだろうね、そういうオーラが」

 

「……………………ええ〜」

 

 どうしよう。

 まず最初に浮かんだのはその言葉だった。

 前世ではそりゃあ経験がなかったわけではなかったが、何と言えば良いのだろうか。本当にこれが恋だ! 相手に惚れている!! という感じで付き合った事はなかったなぁ。

 いつも何となくか、周囲の雰囲気に流されて付き合って、別れる時も非常にアッサリしていたような記憶しかない。

 現世では……そもそも恋愛なんていうものにうつつを抜かしている暇はなかった。鍛錬とヒーローになる事で頭がいっぱいで、女子との交流はあったが深いものはない。

 ……そうか、これが惚れるという事なの、か?

 

「……ダメだ、全然実感が湧かない」

 

「まぁいきなり言われてもそうだろうねぇ。

 あんたの場合今の今まで自覚しなかったって事は、初恋なんだろうし」

 

「……ちょっと、確認してくる!」

 

「は? あ、ちょいと!!」

 

 立ち上がった振武を慌てて止めようとするが、間に合わなかった。

 

「ムムッ!? おや、動島少年!! そんなに急いでどこに行くんだい!?」

 

 試験会場から今戻ってきた所なのだろう、気絶している爆豪と疲れている出久を抱えて出張所に入ろうとするオールマイトに声をかけられるが、振武は足を止めずに、

 

「ちょっと恋心を確認してきます!」

 

 たった一言それだけを言って、駆け出して行った。

 

「……青春だなッ!!

 だが、確認とは何だったのだろう?」

 

 気絶している爆豪は元より、疲れ切って聞いているような聞いていないような微妙な状態の出久は反応しないものの、オールマイトはどこか不思議そうな顔でそう言った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「はい、つうわけで、試験は終了だ。お前ら、怪我していないようだし、そのまま更衣室に行って構わねえ、終わった奴から帰って良いシステムだしな」

 

 俺は帰って寝る、とだけ言い残して去って行く相澤の背中を見て、百も焦凍も苦笑する。

 

「取り敢えず、お疲れさん。どうする? 振武だったら多分出張所にいるんじゃねぇか?」

 

「ですわね……魔女子さんでしたら、きっと教室で待っているんじゃないでしょうか」

 

 百のさり気ない言葉に、一瞬フリーズしたように(氷結の個性が使える彼としてはらしくはあるが)動きを止めてから、「そうだな」と言って、更衣室の方に歩いていった。

 ちょっと早足なのを確認して、微笑ましくなる。

 彼も自覚出来てはいないものの、魔女子に対して悪いようには思っていないのだろう。もし興味がなかったら、彼のような手合いの場合、話しかけられても無視が基本だったりもするし。

 友人の恋に進展があるかしら、そう思いながら出張所に足を、

 

「百!!」

 

 その言葉と、その姿に、足を止める。

 試験が始まる前にあった時より、ちょっとボロボロだが、それでも元気そうな姿に安心する。その笑顔に、癒される。

 

「振武さん、お疲れ様です! お互い、無事試験合格して良かったですわね!」

 駆け寄ってくる彼にそう言うと、振武は桃の正面に立つように止まる。

 

「ああ、本当にな。ちょっとヒヤヒヤしたけど、何とか合格したよ。百も、お疲れ様」

 

「はい! ちょっとブレてしまいましたが、最終的には上手くいきましたわ」

 

 振武の掛ける言葉一つ一つに嬉しさを覚える。

 あぁ、やっぱり自分は振武が好きなのだなぁと改めて実感すると同時に、恋心とは厄介だと再認識した。

 振武を思うあまり、自分はやや精彩さに欠ける部分がある。

 これからはしっかり、この恋心という謎の感情に手綱を掛けなければ。

 

「ところで、そんなに急いでどうなさったんですか? 何か私に用事でも?」

 

「え!? あぁ、うんそうね!! 用事ね、あるある!!」

 

 振武の言葉に、少し違和感を覚える。

 ぎこちないというか、緊張しているというか……こんな振武はなかなか見れない。そんな顔を少し嬉しく思いながらも、不思議に思う。

 振武はその場で何度か目紛しく表情を変えてから、一度大きく深呼吸をして、真っ直ぐに百の顔を見る。

 

「なぁ、百、今度の休み……は、俺が用事があるんだった。

 次の次の休日は、空いてるか?」

 

「次の次と言いますと、来週ですわよね? えぇっと……」

 

 頭の中にある予定表を覗き込む。

 空白。予定はない。なかなか休みのないヒーロー科において重要な休みだ。貴重なものだ。

 

「大丈夫です、空いてますわ。

 どうかなさいました? もしかして、自主訓練に付き合って欲しいんですか?」

 

 生徒も申請すれば、休日の施設を教師の管理のもと利用出来る。たまに振武は、焦凍や魔女子、そして百を誘ってたまに自主訓練を行うのだが、今回もそれなのだろうか。

 そう思って言って見たものの、振武は小さく首を振った。

 

「あぁ、いや、違う……何ていうのかな、その、〜」

 

「? 要領を得ませんわね。どうしました? 何か問題でも?」

 

「あぁ、いや、問題はない、ないんだが……えぇっと、さ」

 

 振武は言いづらそうに、だがいつも通り真っ直ぐに百の目を見て、

 

 

 

「その日、もし良ければ、俺とデートしないか?」

 

 

 

「ええ、ですから構いませんと…………………………………………え?」

 

 想像していなかった言葉が一瞬百の脳内をスルーしてから、もう一度戻ってくる。

 デート。

 男女が日時を定めて会うこと。

 同義語としては逢引、逢瀬、………………。

 

「えぇっと、嫌なら良いんだからな? 無理しなくて「行きます行きたい行かせていただきます!!!!」は、はい!! よろしくお願いします!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 恋心という暴れ馬は、そう簡単に手綱を掴ませてくれないのだ。

 

 

 

 

 

 

 




……はい、衝撃のラストですねぇ。
ちなみに、このデート回は次の章でやりますから!! お楽しみに!!


次回! 振武くんと赤黒さんが……、お楽しみに!!


感想・評価心よりお待ちしております。

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