plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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善悪表裏編
episode1 コーディネートは


 

 

 

 

 

 服というもの定義する時、人間は様々な言葉を使う。

 まず1つ、人類が進化してきた証、人間が人間たらしめる根拠と言っても良いだろう。

 キリスト教の聖書の記述では。

 禁断の知恵の実を食し理性と知性を獲得したアダムとイブは、自身が一糸纏わぬ姿である事に羞恥心を覚え、一枚の無花果の葉で股間を隠した。

 これが、人類が初めて身につけたもの、服の起源と言えるだろう。

 服を着ようとする生き物は人間だけだ。まぁたまにペットなどに服を着せている飼い主もいるが、あれは人間のエゴでしかない。ペットの方は服を着る必要性はない。毛皮という天然のコートを着ているし服を着ていない事に羞恥心を感じる事もない。

 その他、寒暖から自分の身を守る為というのもあるし、毛皮を失った代わりの防御機構だと言う人間もいるだろう。

 しかし今回焦点を当てて欲しいのは、それは目に見えて自己を主張するツールの1つだという点についてだ。

 人間の心は、当然の事だが目に見えるものではない。自分の内面や好き嫌いというものを表現する為には言葉を尽くさなければいけない。

 しかし服装というものを整えれば、自分がどういう立場の人間か、あるいは自分がどういう人間かを紹介出来る。

 スーツを着れば、礼儀正しく見えるだろう。着方にも寄るが。

 往年のロックスターのような格好をすれば「この人はきっと激しい性格、もしくはそういう反骨精神の持ち主なんだろうな」と思われるだろう。

 清楚な印象を受ける服を着れば清楚に見えるものだ。

 自分の好きなキャラクターをプリントしているTシャツなどを着れば、それだけで「このアニメのこのキャラが好き」「オタク」などなど、様々なパーソナルデータを視覚情報として相手に与える事も出来るだろう。

 さて、それではこの作品の主人公、動島振武の服装を見てみよう。

 Tシャツ、ワイシャツ、ジャケットやパーカーなど上半身に着るものも様々な物が揃っている。下半身に着るものを見れば、スラックス、カーゴパンツ、デニムとこちらもそれなりに種類が多い。

 だが種類は多くとも、共通項が致命的に存在する。

 

 

 

 ……全部、黒い。

 

 

 

 多少の濃淡の違いはあれど、黒い。

 このまま服を着れば頭の先から(帽子はないが髪の毛は黒い)爪先まで(靴も、ついでに言えば靴下も黒い)真っ黒になる。

 そのまま歌舞伎で裏方をしても問題ないレベルで、黒い。

 

「………………」

 

 その服の山を見て、振武は小さく溜息を吐いた。

 ……他人に見られる事を一切意識しない服飾生活を送っていた自分が、まさかここまで困るとは思ってもいなかった。

 服の良し悪しなんて一切分からず父のように様々な着こなしを生み出せるほどセンスもない、祖父のように着物で過ごす度胸もない(あれはあれで周囲からの目線が辛いのだ)振武は、一応服を自分で選んで買っている。

 黒は好きだ。

 着ていると落ち着くし、白や派手な色なものよりも汚れが目立たない。だから好きな色、汚れが目立たない色というのを考え続けると……結局全身黒に落ち着いてしまう。

 自分でも不思議に思うのだが、これはもうどうしようもない。

 きっと魂が黒という色を求めているのだろう。

 

「これでデート、は流石にないよなぁ」

 

 あり得ない。

 誰が喜ぶ、そんな喪服野郎と一緒にデートして。

 普段の自分を棚に上げて絶望する。

 いや、普段は良い。格好そのものが普通であれば別に色を気にする人間はそうはいない。友人には「いや何でだよ」と突っ込まれるがそれくらいだったら別に問題はない。

 でも、もう数日後に迫っているデートの相手は自分が好いている……かもしれない女の子。

 デートと言ったからには、向こうもこちらもお互いの姿を意識し続ける事になる……いや、向こうはさておき少なくとも振武はそうだ。

 そんな時、相手に「何故こんな黒子のような人とデートしているのだろう」などと思わせてはいけない。相手のことを見定める前にまず自分が見定められて赤点をつけられては本末転倒。

 つまり黒いいつも通りの服ではいけないのだ。

 

「……でも、いつも通りじゃないって、どうすれば良いんだろう」

 

 まず、黒い服しかない。

 新しい洋服を買わなければいけない。物欲が薄い振武は小遣いを殆ど貯金しているので、資金的には十分。むしろちょっとしたブランド物だって買えるだろう。

 しかし、1人で買い物に行ったらどうなると思う?

 また黒一色になるに決まっている。いつも通りの気分で行ってはダメだ。

 かと言って、じゃあ誰かと一緒に行く、という事もいまいち想像できなかった。

 

「他人にどうこう言える立場じゃないが……皆、微妙なんだよなぁ」

 

 頭の中で候補に挙がっている人間を精査してみる。

 まず焦凍……は、姉に服を買ってきてもらう以外に自分で選んだりしないので微妙。

 魔女子……は、女性だというのもあるが、彼女にデートをすると知られたくない。100%ひやかすに決まっている。

 切島……は、趣味がかなり男臭いというか、ヤンキー臭い。流石にそういうのもどうかと思う。

 尾白……は、尻尾という普通と違う部分があるので、振武とは選択基準が違う。もしかしたらそれで齟齬が生まれる可能性が高い。

 上鳴……は、デートの事を知ったら高確率で他の人間にも広める、情報漏洩の危険は避けたい。芦戸や葉隠も同じ理由で却下。

 飯田……は、真面目な服装が多く悪くはないが、そもそもデートという言葉に「学生が男女交際とは!!」と説教を貰いそうだ。

 緑谷……は、論外だ。「アンダーシャツ」と書かれたTシャツを着ている時点で、振武とどっこいだろう。

 爆豪……は、センスは極めて良さそうなイメージだが、きっと振武の頼みを聞く前に爆破してくるだろう。黒焦げは嫌だ。

 

「今の所頼めそうなメンツは全滅だもんなぁ……普段だったら百に頼みそうだけど、デートに行く相手にデートに行く服を選んで貰うってのもなぁ」

 

 流石の振武もそんな事は出来ない。

 

「誰かいないかなぁ。適度に服飾に詳しい人間……オシャレな人……デートに慣れている人間……」

 

 少なくとも近しい友人にはいなそうだ。

 

「しゃあない。取り敢えず1人で行って、黒にならないように気をつけるしかないか」

 

 今日は学校が終わってすぐに帰ってきたので、まだ時間はある。店は開いているだろう。

 善は急げだ。そう思って立ち上がって、襖を開けると、

 

「……父さん、何しているの?」

 

 壊が立っていた。

 何故か廊下の壁に背を預け、ちょっと格好良い風に立っていた。部屋の中では不要なハットまでかぶって。服装は、どこか西部開拓時代を意識しているようだが、現代風にアレンジされてとてもオシャレだ。

 さっき会った時はもっと別の格好だったのに、いつ着替えたのだろう。

 

「フフフお困りかいお兄さん。なに、服の事で困ってるって?」

 

 振武は一言もそんな事は言っていない。

 呆れ顔でただ生物学上、社会上父と定義されている目の前のアホを見ているだけだ

 

「おいおい、それならここに居るじゃないか。

 副業としてファッション誌で軽くモデルをやったり、監修をしている男がさぁ――そう!! この動島か「店閉まっちゃまずいし行くわ。遅くなるかもだけどご飯は家で食うから」待って待って無視しないで振武ぅ!!」

 

 無視して玄関に向かおうとしたら腰の辺りにしがみ付かれた。

 少し、いやかなり面倒臭そうに溜息を吐いてから、情けない顔をしている父を見る。

 

「なに、父さん? 俺今から買い物行くんだけど」

 

「分かってるよ! 分かっているから止めているんでしょ!

 ここにファッションセンスがある人間がいるんだから聞けば良いじゃない!」

 

「いや、父さんに頼むと絶対ややこしい事になるからね」

 

 もう10年以上この父と過ごしているのだ。

 きっと自重しない。動島壊には、動島振武に関わる事柄に関してのブレーキが存在しないのだから。

 壊れているのではない。仕様なのだ。

 

「ややこしい事にしないから! 僕夢だったんだよ! いつか服一緒に選んで買いたかったんだよ! 可愛い服とかオシャレな服とか選びたかったんだよ!」

 

「えぇい女子かアンタは!!

 父親と嬉々として服買いに行く息子がどの世界にいるんだよ!!」

 

 必死にしがみ付いてくる壊を引き摺りながら玄関に向かう。

 

「良いじゃん振武ぅ、今日なら平日でお客も少ないし、知り合いの店なら閉店時間後も占領出来るからぁ」

 

「ほらもう自重してない!! ややこしい事になってる!!」

 

 店1つ貸切などというブルジョワを振武は許容出来ない。

 そもそもお店の方にもご迷惑だ。

 

「大丈夫だよ!! その人とは仲良しでね! 振武の写真とか見せたら「イケメンですねぇ、コーディネートしたい」って言ってたから!」

 

「なに人の写真勝手に見せてんだ!!」

 

「今日はお義父さんも遅くなるっていうし、久しぶりに2人でご飯食べに行こうよ! 美味しいイタリアン知ってるんだよ! 2人で話でもしながら美味しいパスタ食べようよぉ!」

 

「だから女子か!!」

 

 

 

 

 ……結局、玄関に辿り着くまでしがみ付き、終いには「一緒に行くって言ってくれない限り離れない」という、もっと別の所で見せて欲しかった強い意志を見せ、結局一緒に行く事になった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「………………うぅん」

 

 そんな時、八百万百は、自室で食い入るように自分の服を見ていた。

 様々な種類、色合いの服がショーウィンドウのように飾られている今の部屋で、百は1時間ほど同じことを繰り返していた。

 

「……う〜ん」

 

 手近にある服を手に取り、繁々と眺めてから、

 

「……うぅ〜ん」

 

 また唸って元に戻す。

 この繰り返しである。

 ……自分の好いている人からデートに誘われる。

 どんな人にとってもそれはとても嬉しい事だろう。百にとってもそうだ。だからこそ、最高の1日にしたいと思っているし、向こうもそう思っている事だろう。

 で、あるならば。

 まずはその日一日着ている服について考えなければいけない。

 普段私服というものをあまり見せない、基本的には制服でしか会わない相手に対して出来れば良い意味でびっくりして貰いたい。

 そう思って服を次から次へと引っ張り出して見たものの……どれを着れば彼が喜んでくれるか、百には分からなかった。

 彼がどんなのが好みなのか聞いていないというのは痛いだろう。正直デートなどまだまだ先の事だと高を括っていたのだ。

 

「……あぁ、決まりませんわ! そもそも振武さんも急ですわ!

 あんな、あんな場面で、デデデ、デートなんて!!」

 

 頭の中で、デートに誘われた時の記憶が再生され、頬に熱を感じて大きなベッドの上で悶絶する。

 文句のように聞こえるだろうが、顔はにやけっぱなしだ。

 どこに行こうか。そう言えば何処に行きたい、と先ほど振武からもらったメッセージにも「考えておきます、明日にでも言いますわ」などと言ったものの、何処に行けば良いかも自分には分からない。

 遊園地?

 水族館?

 映画というのも良い。最近の流行作は何だろう。

 何処に行っても、振武と2人で過ごせるというだけで楽しいだろう。

 今までこんな経験をしてこなかった自分を勿体無いと叱りつけたい気持ちもあるし、振武に出会えた喜びに打ち震えている。

 何時まで一緒に居られるのだろう。

 もしかしたら夕食を一緒に取れるかもしれない。

 もしかしたら、一緒に夜景を見て、そのまま良い雰囲気になって、そのまま、そのまま、

 

「チューしちゃうかも、ですか?」

 

「きゃあ!?」

 

 いきなり掛かった声に、百はベッドの上を転がって落ちる。

 慌てて顔を半分ベッドの影に隠すように覗けば、呆れ顔の魔女子が立って居た。

 

「まっ、魔女子さん!? いつから!?」

 

「貴女がウンウン唸りながら服を選んでいる間に入らせていただきました。ノックはしましたよ? 気付かなかったのは百さんです。

 しかも自分で呼んでおいて忘れるのはいけません」

 

 そう言いながら、魔女子はまだ湯気が立っているティーカップが置いてあるテーブルに座る。魔女子が1人で持ってくるとは思えないので、使用人が持って来たのだろう。

 つまり、使用人にもあの姿を、

 

「い、言ってください!」

 

「言っても自分の世界に入って聞いていない人には無駄です。ノックとして失礼しますと言った使用人の方の声にも気付かないのですから、手の打ちようはありません。

 まぁ、唯一有難いと思ったのは、私を呼ぶ用事をここで聞き出さなくて済んだという所でしょう。一度家に帰ってこちらに来るという手間を惜しまなくて良かった、と心から思います」

 

 カップを手に取り、ゆっくりと暖かい紅茶を飲んでいる魔女子の言葉に、百は首を傾げながら向かい側に座る。

 

「えっと、仰っている事がよく分からないのですが……」

 

「やはり、それも気付いていませんでしたか。

 百さん、貴女は最初っから最後まで心の声を全部口に出していたんですよ?」

 

 全部、

 口に、

 出してた?

 

「……〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

 もはや唸り声にもならない絶叫を上げながら、ベッドに身を投げる。

 このベッドが海だったら良かったのに。

 そのまま溺死したいほどの羞恥心だった。

 

「まぁ、喜んでしまうのもしょうがないですね。

 何せ、あの朴念仁の動島くんが一念発起して百さんをデートに誘ったんです。私も焦凍くんに誘われたら、きっと嬉しくて飛び跳ねます」

 

「このまま消えて無くなりたい……」

 

「その気持ちも分かりますが、無くなってしまってはデートが出来なくなりますよ」

 

 ベッドの上で浜辺に打ち上げられたイルカのようにしている百に、魔女子は冷静に言う。

 

「さて、では今日はここ、百さん宅百さん自室で『第4回恋愛戦略会議』を始めましょう。

 今日は百さん動島くんとのデートがあるというので、特別ゲストをお二人お呼びしております」

 

「それはぁ、どなたですのぉ」

 

 何とかベッドから這い上がって来た百が席に着いたのを確認してから、魔女子はドアの向こうで待機している2人に「どうぞお入りください先生方」と声をかける。

 そうすると、入って来たのはメイド服を着た女性と、お淑やかそうな女性。

 切れ長の目に百と同じくらいナイスなプロポーションなのが、メイド服の上からでも分かる、茶色のショートボブの女性。確か名前を、四ツ辻。人心、特に男心を弄ぶプロフェッショナルだ。

 百と似た顔立ちをしながら、どこかおっとりとした目をしている女性。立ち姿も慎ましいが、ちょっとボ〜ッとしている印象が強い女性。説明される必要もない、百の母だ。

 

「今日はうちのメイドの四ツ辻さん、百さんのお母様にもお手伝い願い、『チキチキ☆振武くんに可愛い百さんを見て貰ってさらに好印象作戦』を開催したいと思います」

 

 作戦名が長すぎる。

 母がノリノリ過ぎる。

 そもそも何がしたいか謎。

 その多くのツッコミ所を、百は何とか飲み込んだ。

 

「……ちなみに魔女子さん、このメンバーの選定基準は?」

 

「四ツ辻さんは言うに及ばず、そして百さんのお母様は百さんの事を良く知っていらっしゃる人物。その方からのアドバイスは非常に大事かと。

 あと、なんかこのメンツ面白いなぁって」

 

 絶対最後の理由が大前提だろう。割合にして9割程であるに違いない。

 

「百ちゃん、動島さんのところの振武くんとデートするならお母さんにも言ってくれなきゃ! 私、貴女達2人の仲だったら全力で応援するわ」

 

「お母様、お願いですからあまり頑張り過ぎないでくださいね」

 

 百の母は、ベッタベタなドジっ子属性で天然。

 頑張り過ぎると痛い目を見る典型だ。彼女は頑張り過ぎないようした方が平和なのだ。

 

「あら、百様、ミニスカートなどはお好みではありませんか?

 男性は胸に興味津々な方が多いのは確かですけど、足にも結構視線がいくものですわ。特にタイトなミニスカートは見えるか見えないかという非常に大事な技巧を使えるので、」

 

「四ツ辻さんはいったい私に何をさせたいんですの!?

 そ、そういうのはまだ私には早いです!!」

 

 別に百は振武を悩殺したいわけではない。出来るだけ好印象を受けるようにしたいだけだ。

 魔女子の家に行った時に何度か話はしたものの、この人とはどうも致命的に考えが違うように思えてきている。

 

「ほほう、〝まだ〟ですか……」

 

「フフフ、〝まだ〟ですわよねぇ」

 

「あらあらまぁまぁ、その〝まだ〟はいつ来るのかしら……お母さん、孫の顔が早く見たいわ」

 

「勘繰らないで頂けますかお願いですから!!」

 

 あぁ、このままでは流されてしまいそうだ。

 

「と、とにかく!

 その、私、出来ればその、清楚で可愛らしい感じが良いんですが……アドバイスを頂けるならば、その方面でお願いしたいのですが……」

 

 百の言葉に、母は笑顔で、四ツ辻はどこか残念そうに、魔女子はいつも通りの無表情で「「「は〜い」」」と同じタイミングで返事をする。

 四ツ辻と魔女子はさておき、母はいつの間に息が合うほど仲良しになったのだろう。

 

 

 

 

「……魔女子ちゃん、ありがとう」

 

「どうしました、百さんのお母さん。私は別にお礼を言われる事はしていません。

 そうですねぇ、まぁあれだけ取り乱して頂けると見ていると楽しいので、これは観察のようなものです」

 

「ふふっ、そうじゃないでしょう?

 あの子、ああ見えて緊張し過ぎると変な風に失敗しちゃう子だから……心配して、気を紛らわせてくれているんでしょう?」

 

「……さて、何の事やら」

 

「素直じゃないのねぇ。……うん、貴女が百ちゃんのお友達でいてくれて、嬉しいわ。

 このまま、末長く、あの子に付き合ってあげてね」

 

「……いえ、こちらこそです。

 デートの方も、しっかり見守っていこう(・・・・・・・)と思います」

 

「あら、それって……邪魔なんかしちゃダメよ?」

 

「当然です、邪魔など絶対にしませんよ」

 

 四ツ辻の穿ったセンスに翻弄されている百を見ながら、2人で微笑みあった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ほら、これなんか似合うんじゃないかな?」

 

「あら♪ 流石壊ちゃん素敵♪」

 

「振武の体って結構筋肉質だから、体のラインが出過ぎるものより、カーゴパンツやなんかで良いと思うんだ。あとは上着と合わせる小物だなあ」

 

「各種取り揃えているわよ壊ちゃん♪」

 

「相変わらず、ミントのセンスは良いなぁ、種類も沢山あるし、ありがたいよ」

 

「良いのよ♪ いつもご贔屓にして貰ってるお・れ・い♪

 壊ちゃんがファッション誌に紹介してくれたお陰で売り上げ3割り増しですものぉ♪ それに、貴方と同じで息子ちゃんもイケメンだしぃ♪」

 

「あはは、だろう!? うちの子は格好いいのにセンスがないからなぁ、僕がフォローしてあげないと」

 

「まぁ♪ 親の鑑ねぇ♪」

 

 誰か助けてください。

 そんな世界の中心で何かを叫びたい(もっともあれは別に世界の中心で叫んでいる訳ではないが)衝動を必死で押さえつけながら、今振武は絶賛マネキン状態。

 先ほどから目の前の()二人組に着せ替え人形の如く様々な服を着ては脱がされているが、1時間以上経ってようやく履いて行くパンツが決まった。

 ……そう、男だ。男二人組だ。

 今壊と楽しそうに話している彼は女性口調だが、誰が見ても男。まるで筋肉の鎧でも着ているのでは無いだろうかという程筋肉質な2メートルを優に超える男性が、壊と楽しそうに振武の服を選んでいる。

 源氏名をミント。本名を薄荷(はっか) 発太郎(はつたろう)という、元プロヒーローだそうだ。

 自分の本来の姿を押し込め、自分の本当にやりたい事から目を逸らし、個性に全く関係の無いところで鍛えた筋肉を活かしていたそうだ。両親がヒーローだったので、遠慮したんだとか。

 だがある日その我慢も限界に達し、自分の願望どころか欲望やら性癖やらもフルオープンしながら男性向けの洋服やアクセサリー、靴まで取り扱うお店を開いた。

 今では雑誌やテレビで紹介されるほど有名だ。

 ちなみに、個性は《ミントフレーバー》。汗からミントの香りを漂わせるそうな。汗をかけばかく程戦いの場にミントの香りが広がり、敵をリラックス……させてからぶん殴っていたそうな。

 ……あんまり想像は、したく無い。

 

「あら♪ どうしたの浮かない顔して♪ 折角のデートの準備なんだから♪ もっと楽しまなくちゃ♪」

 

「あぁ、はい、そうですね……」

 

 今は丁度選んで貰ったカーキ色のカーゴパンツを身につけているだけで上半身は裸の状態だ。

 ……選んで貰えるのは大変嬉しい。実際父も彼も話を聞いている限り、そして選んでいる限りとてもセンスが良い事が分かる。

 

(分かるけど……さっきから視線が怖い!! ミントさんの視線が怖い!!)

 

 まるで筋肉の筋一本一本を舐め回すように見つめてくるのは、もう恐怖だ。

 しかも巧妙に、壊が見ていない時を狙って見てくるのだ。もはや確信犯。しかもボディータッチが激しい。

 幸い、と言って良いかは分からないが、まだダイレクトな部分は触られていないものの、怖いものは怖いのだ。

 

「ウフフ♪ 写真見せて貰った時から思ったけど♪ 本当にイイオトコねぇ♪

 あ♪ でも安心して♪ ワタシノンケは食わない主義だし♪ お相手がいる人には手を出さない主義だし♪……でもタマンねぇなオイ」

 

 さらっと本音漏れてる!!!!

 最後だけ声が野太い!!!!

 

「こ〜ら、ミントちゃん、あんまり振武をからかわないでね。この子はそういう耐性無いんだから」

 

「ウフ♪ ごめんねぇ♪ あんまりに可愛い反応するからつい♪

 じゃあ、私奥で在庫探してくるわねぇ♪」

 

 そう言ってミントは内股でスキップしながら(どうやっているのだろう)店の奥へと消えていった。

 

「振武、そんな顔しちゃ失礼だよ。まぁたまにシャレになってないのを、あの子分かってないみたいだけど」

 

「……父さんがちょいちょい女口調になった理由がなんとなく分かった気がする」

 

「うわぁ、酷いなぁ。

 でも僕はああいう趣味はないよ。許容はするけど、僕がそうなるかは別だし。そもそも世界で1番に愛しているのが女性だしね」

 

 並んで掛けてある服を見ながら、壊は苦笑する。

 

「にしても、デート、デートかぁ。

 振武もそういう年頃になったんだねぇ」

 

「無理やり聞き出しといて笑うなっつうの」

 

『そういえば、なんで服装気にし始めたの? 今まで興味なかったよね?』という壊の言葉を綺麗にスルー出来れば良かったのだが、そんなに上手くは行かず。

 結局壊の押しとミントの視覚的圧力に負けて全てを話してから、ずっとこんな調子だ。

 不貞腐れるように言う振武に、壊は首を振る。

 

「ううん、馬鹿にしている訳じゃないんだよ?

 むしろ、あぁ、そんなに大きくなったんだなぁって、微笑ましくなっただけ」

 

 壊からすれば、つい最近までミルクを飲みハイハイしていたような子供が、もう異性を意識し、デートに行くまでになったのだ。

 今までそういう事がなかったので、「もしかしたらそういうのに興味がないのか」と心配になっていたが、ここへ来て急展開を迎えたことに、驚いたり喜んだりと、壊の頭の中は大忙しだ。

 

「嬉しいなぁって思ってる……ちなみに、相手の子って、あの子でしょ。

 八百万百ちゃん」

 

「なっ!?」

 

 頑なに相手のことを言わなかったはずなのに、見透かされた。その事に動揺して振武が叫ぶ。

 隠しきれていると思っていたのだろうが、実際は全然だ。授業参観の時に様子を良く見ていれば分かる。あぁ、振武はあの子の事が気になっているんだなぁと。

 大人としての勘、というよりも、親としての勘なのだろう。

 振武が幼少期に救けようとし、そして覚が結局救けた女の子。

 あの頃は可愛らしい子だなぁと思う程度だったが、今では立派な女性に成長している。美人さんだし礼儀正しい子だと思う。頭も悪くない。

 

「良い子じゃないか。ちょっとキツそうな所が覚ちゃんに似てるね」

 

「……別に、そう思って気になってる訳じゃない」

 

 真剣な顔の振武に、壊は可笑しそうに笑う。

 

「アハハ、そういう意味じゃないって!

 なんやかんや、親子の好みのタイプは似るのかなぁって……まぁ、覚ちゃんよりしっかりしてそうだったけど。覚ちゃんはあそこまで考えるタイプじゃなかったしね」

 

 どちらかと言えば猪突猛進。考えるのは壊の役割だった。

 

「……なぁ、父さん。どうやったら、デートって上手くいくんだろう。

 俺、今までそういうのなかったし、その……心配で」

 

「上手くいく、か……う〜ん、難しいなぁ。

 父さんも、覚ちゃんとお付き合いってしてないからなぁ。結婚した後は何度か2人で出掛けたりしたけど」

 

 交際という過程をすっ飛ばして結婚してしまった壊と覚には、今回の振武と百のような嬉し恥ずかしなデートというのは経験がない。

 愛し合ってはいたものの、なんと言うのだろう、甘酸っぱさよりも甘ったるかった。

 

「まぁ、最初から最後まで、2人が笑い合っていれば、良いデートだったって言えるんじゃないかな?」

 

「……なんか雑だなぁ。もっと、ここに行くべきーとか、こうすべきーとか、無いのかよ」

 

「無いねぇ。そういうのはその人の趣味にも依るし……それに、お互い楽しむ事が大事だよ。あんまり肩肘張らずにね」

 

 迎える側でも迎えられる側でもないのだ。

 適度に肩の力を抜き、2人で楽しめるならば、どんな事をしたってどんな風に過ごしたって上手くいくものだ。

 

「肩肘張らずに、ねぇ……上手く出来る自信ないや」

 

「最初から自信がある人間はいないものさ。頑張りなさい、若人」

 

 クスクスと笑いながら、選んだ服を振武に手渡す。

 

「まぁ、まずは君の服飾センスをなんとかしないとね〜」

 

「さらっとひでぇ事言いやがる」

 

「自覚あるでしょうが。ほら、着替えた着替えた……あ、上手くいったらうちに連れておいでね。

 ほら、お嫁さんに来るなら結婚の前に顔合わせを「早過ぎるわ!!」はいはいすいませ〜ん」

 

 息子の微笑ましい反応に顔がにやける。

 好きかどうか見定める、なんて言っているが、息子よ。

 

 

 

「結婚」の言葉に対して「まだ早い」と言っている時点で既に君は惚れているよ。

 そう言いたい気持ちを、いやいや本人がちゃんと自覚しないとね、と堪える壊だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




服飾に関する知識はまるでありません!
あと、作者本人センスがありません!
そして、百のお母さんは想像上のものです! 本編に出てないしね!


次回、振武がソワソワするぞ! ソワソワして待て!


感想・評価心よりお待ちしております。

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