plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode3 めくるめくデート風景

 

 

 

 

 

 映画の内容は、言ってしまえばお決まりのパターンだった。

 婚約者を失った悲しみで自暴自棄になる女性の目の前に、ある日やってきた青年。彼のまるで自分の事を知っているような行動に不思議と興味を持ち惹かれていくが、青年には大きな秘密があった。

 実は彼は死んだ婚約者が転生した存在で、嘆き悲しみ続ける彼女を放っておけず、超常的な存在に頼んで彼女の側にやってきたのだ。

 もっとも、そんな反則技でこの世界に長い時間留まれる筈もなく、彼は彼女に自分の秘密を打ち明け、その日一夜を共に過ごして消えていく。

『後ろを見ていないで、君は前を向いていてくれ』という青年の言葉を胸に、女性は前向きな人生を送る……のだが、最後の最後に青年がもう一度奇跡で彼女の目の前に現れ、2人は末長く幸せに暮らしたであろうと汲み取れるエンディング。

 ありきたりと言えば、ありきたりな物語だ。

 ……転生、という所が引っかからない事はないが。

 

「ぐっ、うぅ」

 

 ベッドシーンがあった時にはお互いに恥ずかしかったが、最後まで見てみれば隣で見ている百は号泣だ。滂沱のとはよく言ったもので、ポタポタと涙がエンディングからスタッフロールの間中泣いている。

 彼女本人が持っていたハンカチももう既にびしょびしょで役に立っていない。流石にまずいだろうと振武が持っていたハンカチを手渡すと「あ、あ゛り゛がどう゛ございまず……」と泣きながら受け取っていた。

 なんだろう。感動的な話だ、とは思うものの振武は特に泣けなかった。

 男女では感受性が違うとはいうのだが、ここまでなんだろうか

 

(にしても、……転生、か)

 

 映画のエンドロールを見ながら、振武は頭の中でその言葉を繰り返す。

 自分は転生者だ。超常的な存在に願ったわけでもなく、どういう原理でそうなったかは分からないが、前世から振武の記憶は続いている。

『死んだ人間が自意識を持って生まれ変わるのは、この世界の法則に反する。だって人生は一度きりだから生きられるのだ』と、映画の中の青年が言っていた。

 その言葉が、嫌に自分の心に響く。

 ならそんな反則技をした自分がここにいるのは、良い事なのだろうか。

 

「? どうしましたの、振武さん……ハッ、も、もしかして映画面白くありませんでした?」

 

 まだ上映しているからか小声で話しかけてくるが、こちらを気遣うような心配そうな顔。その言葉に、振武は笑顔で首を振った。

 

「ううん、面白かった。ちゃんとハッピーエンドになって良かった」

 

「そ、そうですね、本当に嬉しい……うぅ」

 

 振武の言葉に影響を受けて最後のシーンを思い出したのか、また涙を浮かべ始める。どうやら、百にはどストライクだったらしい。

 もう少しで映画そのものが終わる。泣きながら映画館を出ることにならなければ良いなぁと思いながらも、これはこれで可愛らしいと思ってしまう自分に、振武は溜息を零した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ずびっ……良がったですね、焦凍さん」

 

「それは2人が何事もなく映画を観終わったことか? それとも映画の内容か?」

 

 振武と百が座っている席から少し後ろの離れた座席に座っている魔女子と焦凍は、周囲の迷惑にならないように小声で話す。

 魔女子は先ほどから声を押し殺し、しかし映画からは目を離さずに泣いていた。まるでダムが決壊した後の川のようだった。焦凍と魔女子自身が持ってきたハンカチだけでは足りず、近くに待機していたメイドがタオルを渡してきたので、一応これでなんとかなっている。

 

「一度見たんじゃないのかお前……」

 

「め、名作は何度見ても感動するもの、ずびっ、です……」

 

 周囲の客に迷惑がかからないように、小さく鼻をすする音が聞こえる。

 ここまで何かに感涙している魔女子を見る機会はないので貴重ではあるが、ものには限度というものがある。

 

「ほら、涙拭けよ。これから館内が明るくなる、派手に泣いている奴がいれば注目集まっちまうぞ」

 

「わ、分かってますよ……」

 

 横で涙を拭いている魔女子に、焦凍は少し考えるようにしてから、

 

「……女っていうのは、ああいうのが好きなのか? 死んでも会いにきてくれる程の愛っつうか」

 

 と聞く。

 

「え? そうですね……まぁあれはあくまで創作物だからこその感動であって、現実ではどうでしょう。

 私は正直、愛しているという言葉1つで良いくらいなんですが」

 

 死んで、転生して会いにくるというのは、非現実的過ぎるため、こういう風に考えることしか出来なかった。

 そもそも魔女子は多くを望まない。

 そりゃあ焦凍とイチャイチャしたいし、恋人らしい事をしてみたいという欲のようなものはあるが、それよりもただ愛してくれているという証明だけで十分だ。

 自分が好きだという事が、まず1番。そこから相手が愛してくれるならば尚良しという程度でしかない。

 その言葉に、焦凍はまた少し考える素振りをしてから、

 

「そうなのか。ありがとう、参考になった」

 

 とだけ言った。

 はて、参考とはなんのだろう?

 疑問に思ってそれを口に出そうとするが、丁度スタッフロールも終わり、館内が明るくなり始めたので、慌てて顔を下に向けた。

 今はまず、見つからないことこそ先決と思いながらも。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 イタリアンレストランの小さな2人座り用の席で、振武と百は映画の感想に花を咲かせていた。

 映画館を出た後、お互いトイレに行ってから店に来たのだが、そのお陰かメイクもしっかり直っている。

 

「素晴らしい映画でしたわ! 特に2人が惹かれ合う描写がとても素晴らしい! 徐々に詰まって行く2人の距離感がはっきりしていましたわ」

 

「そうだな、2人とも名演技だったしな」

 

「ええ! しかももう帰ってこないという流れからのどんでん返し! やっぱり恋愛ものはハッピーエンドが1番です」

 

「まぁ悲恋よりはずっと良いよな。絡みも良かったし」

 

「かっ、からっ――し、振武さん! またからかってらっしゃいますね!?」

 

「いや、別にからかっちゃいない。いやらしさがなく表現出来てて、あれはあれで良い演出だったと思っただけだよ。ファンタジーな設定だったけど、あれでぐっと現実味が増したっていうか」

 

「むっ、それは……確かに、そうですけど」

 

 食事を待っている間の談笑というのは楽しいものだ。

 まさかここまで百が映画にはまるとも思っていなかったが。勿論、振武も楽しまなかった訳ではないが。

 

「振武さんは、やはり待っていてくれる女性というのが好きなのですか?」

 

「っ、なんだよ、藪から棒に」

 

 水を飲み込んでからそう答えると、百は遠慮しながら笑みを浮かべる。

 

「いえ、あの映画を見て何となく……やはり男性は隣に立つよりも、三歩下がって付いてくる女性の方が好印象なのかなぁ、と」

 

「三歩下がって、ねぇ……いや、俺はそういう風に考えたことはないな」

 

 自分の1番身近なカップルと言えば両親という事になるが、あの2人はそういう体系にはまるで当てはまらない夫婦だった。

 前に進む母と、それの道をフォローする父。どちらかと言えば、三歩下がっているのは父の方だったように思える。

 そしてその姿を、別に悪いとも不思議とも思った事はない。

 

「むしろ、俺はどんな形であっても一緒にいてくれる方が嬉しいかな。

 勿論、適性っていうもんがあるし、チームを組むならやっぱりお互いの弱点を補い合える方がずっと良い」

 

 同じ種類の人間が集まってしまえば出来る事が限られてくるし、何より個性が違う以上本当の意味で同じスタイルの人間はいない。

 人間が同じ形をしている人間はいないが、だからこそピースがはまり、それが何枚も合わさって一枚の絵になる。人間同士が協力するというのは、パズルのようなものなのだ。

 

「だから、あ〜、まぁ一緒にいる方が楽しいって事だ。距離を置きたいっていうならそりゃあ本人の自由だが、それでも出来りゃ近い方が良い」

 

「そう、ですか……でしたら私も、振武さんのお隣に立ちたいですわ。勿論、同じ形ではありませんけど」

 

 ふふっと笑う百に、振武も笑顔を浮かべる。

 

「ああ、そうして欲しい、お前さえ良ければ……ん? でも話の流れだと、普通に男女としてって話じゃなかったっけ?」

 

「……っ!!」

 

 一瞬自分が何を言ったのかを確認してから、百の顔はすぐに赤くなる。

 

「ち、違います、いいえ、違いませんけど違います!!」

 

「どっちなんだよ」

 

「い、いいえ、その、えぇっと、」

 

 百が慌ててくれて助かった。そう思いながら意地悪く笑みを浮かべるフリをする。

 百の言葉、受け取り方によっては完全なプロポーズだ……いいや振武が穿った見方をしているだけかもしれないし、こんな雑談の中でだ。本気にはしていない。

 していないが、無性に嬉しくなって顔がにやけそうになる。

 それを必死で堪えながら、話を、

 

「……ん?」

 

 視界に、どこか見慣れた色が見えたような気がして動きを止める。

 

「どうかしましたか?」

 

「あ、いいや、別に何でも。

 

 

 

 なんか知ってる赤髪と金髪が見えたような気がするんだが……気の所為か」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

「〜〜!! 〜〜〜〜!!」

 

「ーー!! ーーー!!」

 

「ふぅ、ギリギリ間に合いました……」

 

「ああ、そうだ、な」

 

 何とか振武と百がいるお店に入りそうになった2人――切島鋭児郎と爆豪勝己を拘束して溜息を吐く。

 店内に変装したメイドを配置し、自分たちは昼食をどうしようか。店の外から見守りながらそう話し合っている時に、偶然この2人がやってきたのだ。

 何とか店に入るギリギリで止め、現在ではまるで肩でも組むように焦凍に拘束されている。しかも口にはさっきメイドさんが用意した、穴が空いた謎の球体がついた拘束具で喋れないようにしてある。

 ちなみに、これを出したのは四ツ辻だ……この道具が何であるかは、想像したくはない。

 

「すいませんお二人とも少々事情がありましてこのお店に入る事は私達が許可出来かねます。

 と言いますか、何で男性2人でイタリアン食べに来ているんですか? しかもこのお二人とは、ちょっと意外ですよ」

 

「〜〜!!」

 

「あ、その状態では喋れませんでしたね」

 

 魔女子はそう言うと、切島の拘束具を外す。

 

「プハッ、ったくいきなりどうしたんだよ塚井。

 意外って言うなよ、俺は知り合いから美味いイタ飯屋があるって聞いて、1人じゃ入り辛いから爆豪と一緒に入ろうと思っただけだよ」

 

「簡単で状況が把握出来る説明ありがとうございます。

 あとイタ飯屋っていうと一瞬で雰囲気台無しです」

 

 それにしても、男子高校生2人でイタリアンレストランに入るというのは相当なものだ。ファミレスのような雰囲気ならいざ知らず、ここはそれなりに良い店だ。

 何故こんな所を振武が知っているのかと疑問に思ったくらいだ。

 

「いらっしゃったのに大変失礼ですが、今回は出来れば遠慮していただければ……」

 

「なんで? 誰かいるのか?」

 

 そう言って中の様子が見える――丁度振武と百が見える――窓から中を覗き込もうとした鋭児郎を、

 

「――二艘木」

 

「はいお嬢様「ぐはっ」失礼します「ちょっ、苦しいし胸!!」」

 

 近くに潜んでいたメイドにタックルを食らわされ転倒している隙に、何故か路上で袈裟固めを食らう鋭児郎。

 胸が顔に当たっていて天国かに思えるが、その細腕のどこからそんな力が出て来ているんだと思うぐらいガッチリと拘束されているので、喜んで良いのか悲しんで良いのかよく分からない状況になっている。

 

「申し訳ありません、事情はご説明出来ないんです。

 今日は私の顔に免じて、ここを引いて頂くわけにはいかないでしょうか」

 

 切島は……まぁ危険は危険だが、もう1人よりもずっとマシだ。

 爆豪がもしこの店で振武と会ったら9割の確率で喧嘩になる。そんな事になっては雰囲気ぶち壊しである。

 

「――ふざけんな鳥女、なんでテメェの言う事聞かなきゃなんねぇんだクソが!!」

 

 いつの間にか自力で拘束具を外している爆豪が叫ぶ。器用なものだ。

 

「わざわざ出て来てみりゃテメェに邪魔される謂れはねぇんだよ!!

 俺が食いたいもん食うのになんでテメェに止められなきゃなんねぇんだ、クソ鳥女!!」

 

「……口は相変わらず悪いですが、今日は私のワガママで行なっている事なので、言い返さないでおきましょう。

 ですが、何が何でも引いてもらいます。どんな手を使おうが、――五峠」

 

「はーい」

 

 魔女子がそう言うと、またもどこからともなく現れたメイドが、魔女子に封筒を手渡す。

 

「ハッ、んだそりゃ、金か?

 ヒーローのする事かこのクソが」

 

「貴方にヒーロー云々を説かれたくはありません……それに、そんな直接的な真似はしませんよ。

 これは、とある有名店の優待券……それも有名店中の有名店です。これと塚井の名前を出せば、素早く応対してくれるでしょう。これを差し上げる代わりに、今回は引いてもらおうと思いまして」

 

「あぁ? なんでテメェの施し受けなきゃなんねぇんだあ゛ぁ゛!?

 俺はもうここで飯食うって決めてんだよ!! テメェに何言われようが、」

 

「いいえ、貴方は必ずこれに乗って来ます。

 

 

 

 何故なら、これは有名な火鍋のお店ですから。辛い物好きな貴方は乗るはずです」

 

 

 

 焦凍の拘束を抜け出そうと暴れていた爆豪の動きが止まる。

 火鍋。

 中国など様々な地方で見られる激辛鍋。白湯スープもあるので辛いだけではないが、香辛料が入っているもう一方の方はかなりの辛味だ。

 ちなみに魔女子は辛いものが好きではないのであまり食べた事はないが。

 

「特にこのお店は、重辣と呼ばれる特別辛いものを出すそうです。

 きっと、貴方の味覚にあった極上の辛味を提供してくれるでしょう」

 

「重…辣……」

 

 胃痛を訴え大量吐血をした人間もいると言われる、火鍋の中でも上位の辛さのもの。きっと美味いに違いない……と、爆豪は思っているに違いない。

 自然と封筒に手が伸びる爆豪の手から、封筒を引く。

 

「テメェ……」

 

「これを受け取るという事は、今回は引いてくださるという事でよろしいんですね?

 あ、切島さんはどうでしょう?」

 

「もう俺はなんでも良い……」

 

 相変わらず袈裟固めを受けている鋭児郎は、半ば意識朦朧となっている。

 酸欠か、それとも思春期男子だからこその貧血かは分からないが。

 

「……チッ、今回だけだぞクソ鳥女! おら、離せ半分野郎!!」

 

 強引に魔女子の手から封筒を奪うように取ると、焦凍の拘束を振りほどく。それを確認してから、二艘木も鋭児郎への拘束を解いた。

 

「おらっ、行くぞクソ髮!! 鼻血出してんじゃねぇ!!」

 

「出してねぇよ誤解を受けるようなことを言うな!!

 あぁ〜なんなんだよ〜、塚井、貸し1だからな〜」

 

「分かっています。どうぞ火鍋を楽しんでください」

 

 苛立ったまま(つまりいつも通り)歩く爆豪に引っ張られるように歩いて行く鋭児郎の言葉に、魔女子は手を振りながらそう言う。

 

「……準備が良いんだな」

 

「たまたま貰った余り物を渡しただけです。それに誰に対応しても良いように準備は出来ていますから。

 さて、私達は引き続き見守っていきましょう。これからもこのような事が無いとも言い切れず「それより、俺たちの食事だ」……そうでした」

 

 爆豪と鋭児郎襲来というハプニングで、すっかり頭の中から飛んでいた。

 

「他の客の中に、メイドさん待機させてんだろう? なら、俺らが見張る必要性はない。

 むしろ、ちゃんと飯食った方が良い。四六時中見守ってるんじゃ、俺たちが疲れるし」

 

「むぅ……それは、そうですけど」

 

 魔女子のどこか残念そうな顔を見て、それでも焦凍は手を引いて彼女と歩き始める。

 手を、引いて。

 手を、繋いで。

 

「ちょっ、焦凍さん!? 手、手を繋いでいます!」

 

「? ああ、そうだな、それがどうした?」

 

 真っ赤になる魔女子に、焦凍はさも当然という顔をする。

 

 

 

「俺がしたいと思ったから……ダメだったか?」

 

 

 

 ……その聞き方はずるい。

 

「……いいえ、構いません」

 

「良かった。

 近くに、美味い蕎麦を出す店があるんだ。そこに行こう」

 

「……焦凍さん、相変わらずお蕎麦好きですね。動島くんも好きですが、そんなに毎日食べませんよ?」

 

「俺だってたまには食べない日がある……たまには、だが」

 

 そうやって手を繋ぎながら話をしている姿は、他人から見れば完全にカップルだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 食事を済ませ、再び談笑をしてから店を出た。

 時間は午後1時。すっかり話し込んでしまった。

 

「……で、本当にここで良いのか? もっと良いところもあるだろうに」

 

 目的地の看板を見ながらそう言うと、百は鼻息荒く話し始める。

 

「ヒーローの卵として、庶民の娯楽というのにも触れないといけませんわ!

 映画というのも勿論その象徴ではありますが、中高生が日常的に来ている場所というのはとても楽しっ……興味深いです!

 しかもこういう場が犯罪の温床になり易く、雰囲気を掴んで置くのは大事ですわ、はい!」

 

「……本音は?」

 

「ずっと気になってましたの!!」

 

 ダメだ、全く好奇心を隠せていない。

 

「でも、そうだな。俺もあんまり来た事が無いし、こういう所も良いかもしれないな」

 

 振武も現世では修行三昧であまりこういう場所に足を運ばなかったので、興味がある。

 もう一度視線をあげ、看板を見る。

 ピカピカと光り輝く……ゲームセンターの看板を。

 

 

 

 

 

 店内は騒然としていた。機体から流れる音楽やゲームセンター側がかけている有線などで、ちょっと大きな声を出さないと会話すらままならないほどだ。

 このゲームセンターはここら辺でも1番大きな店舗で、クレーンなどの一般的なゲームや対戦ゲーム、音ゲー、この世界でも女子に人気なプリクラ、メダルやアカウントを作って行うアーケードゲームなど様々な機体が置いてある。

 まさに街中にある小さなアミューズメントパークといった感じだ。

 

「想像以上に賑やかですのね!」

 

「あぁ、そうだなっ。でもちょっと賑やか過ぎやしないかっ?」

 

「ウフフ、それもまた魅力の1つですわっ。自然と距離が近くなりますものっ」

 

 お互い騒がしい音に負けないように声を出す。

 確かに百の言う通り、この距離感は良い。肩が触れるか触れないか、時々動いた拍子に触れ合うくらいの距離。

 振武の心臓をより高鳴らせる。

 

「では、何をしますっ? 私、皆さんが仰っていた人形を取れるゲームがやってみたいですわ!」

 

「クレーンか、良いよ。どれやる?」

 

 周囲を見渡せば、そのクレーンゲームも種類が多い。

 フィギアから大きなお菓子詰め合わせ、愛くるしい人形など様々な景品が揃っている。

 

「本当に、色々あるものですね……あら? これって、確か魔女子さんの弟さんが好きだと仰ってた……」

 

 百が目をつけたのは、1つの人形だ。ひと抱えに出来る大きさのその人形は、デフォルメされた人間の体に、首からタコの体を取り付けたような姿をしている。首元からその触手が生えているのだ。

 なんだろう、見れば見るほど趣味がよく分からなくなる。

 デフォルメされているからまだ良いが、これが生身で現れたらちょっと驚く。

 

「海鮮ヒーロー《タコサヴァイヴァー》だろう? このヒーロー、グッズ展開気合入っているからな」

 

 

 ヒーローに寄ってグッズ展開も違う。

 例えばオールマイトはグッズ展開数もNo.1。コラボも含めればそれこそ全てを集めるのは難しいと言えるくらい豊富だし、相澤……つまりイレイザー・ヘッドのようにグッズ展開など論外と言う人もいる。

 考え方は人それぞれだが、こういう部分で副収入を得る事も、ヒーローとして生きていく上で重要な面なのだろう。

 

「私達もプロになったら考えなければいけませんわね……でもこの人形、目がちょっと可愛らしいですわね」

 

 クリッとしている目に惹かれたのか、興味深そうに眺めている。

 

「……やろうか?」

 

「取れるんですの!?」

 

 百の言葉に、振武は小さく頷く。

 前世ではよくやっていたゲームだし、あまりやっていない今もそれなりに出来るだろう。

 何より、一体だけ丁度景品を落とせる位置にある。あれならば、引っ掛けるだけでも簡単に取れるかもしれない。

 もしかしたら、店員が事前に取れるように置いたサービス品かもしれない。取れないようにしていてはいつまでも客がやらないので、取れるような位置に置いてあるものも偶にあるのだ。

 

「本来なら、そんなに簡単に取れるもんじゃ無いけど、これくらいなら大丈夫だろう」

 

 財布から小銭を取り出し、投入口に落とす。すると軽快なメロディーを流しながら、ボタンが点滅し始めた。

 

「このボタンであのアームを操作するんですのね。興味深いですわ」

 

 繁々と振武の手元を眺めている百だが、その所為で振武に体を密着させている事に気付いてはいない。それを言おうかとも思ったのだが……結局何も言わずに、振武はボタンを操作する。

 丁度広がっている触手に引っかかるような位置にアームを移動させ、丁度良い場所でボタンを押すのをやめる。

 一度動かせばやり直しが利かない。そのままアームは自動で開いて下がって行き、狙った通りにその触手を掴む。

 もっともアームはそれほど強くは無いだろう。だが、引っかかりさえすれば良い。

 その想像通り、アームはその人形を揺するだけの力しかなく、そのまま上に上がって行った。そして人形はそのアームのおかげでバランスを崩し、そのまま穴の中に吸い込まれて行った。

 

「やった! 取れましたわ振武さん! 凄い、1発でしたわね!!」

 

「まぁ、サービス品みたいなもんだけどな」

 

 飛び上がって喜ぶ百に、取り出し口から人形を出し、百に渡す。

 

「ほら、やる」

 

「良いんですの? 振武さんのお金で、振武さんが取りましたのに……」

 

「俺がそんな人形部屋に飾ってどうするんだよ。

 それとも、いらなかったか?」

 

「いいえ! 是非もらいます!!」

 

 振武の言葉に首を振って、百は抱きしめる。

 何か小さな声で呟いたように見えたのだが、このゲームセンターの中ではよく聞き取れなかった。

 

「何か言ったか?」

 

「い、いえ、何も。

 それより振武さん、今度は別のゲームを見てみましょう! あれはなんですの!?」

 

「あぁ、あれはシューティングゲームだろう」

 

「シューティング……銃の形をしているコントローラーで、人を撃つんですの?」

 

「大概は……やるか?」

 

「はい、ぜひ!!」

 

 もう先ほどから大はしゃぎの百は、人形を抱きしめ駆け出していた。

 子供っぽいとは思っても、それを馬鹿にする気にはなれない。むしろ、それもまた彼女の魅力的な部分として映る。

 

「良い加減、自覚しなきゃいけないかもなぁ」

 

 今日は待ち合わせからずっと楽しい気持ちで満たされている。

 百の顔を見る度に、幸せとときめきのようなものがやってくる。

 ……でも、自覚してどうするんだ、という思いが無いわけでもない。

 振武が百の事を好きだったとしても、百が振武を好きであるかどうかは分からない。

 一定の好意はあるのだろう。デートだと言っても嫌がらなかったし、何より今日はいつも以上に明るい笑顔だ。楽しんでくれているのは間違いない。

 だが、2人ともまだ道半ば。

「ヒーローになる」という目標に対してまだまだ指先がかかった程度だ。

 そんな中告白して、悪い雰囲気になったら……ダメだ、耐えられる自信はない。もし付き合う事になったとしても、まともにデートするのだって大変だ。ヒーロー科の授業スケジュールはハードなのだから。

 そんな風で果たして良いのか。

 

「……でも、言わないってのは、無しだよなぁ」

 

「振武さーん!! 早くやりましょう!!」

 

 小声で小さく自分に言い聞かせると、百の声に引き寄せられるように歩く。

 今は難しく考えるのを止めよう。とりあえず、楽しもう。そう考えて。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……あの顔、明らかに余計な事考えてますねぇ動島くんは。

 やれやれ、変なところでネガティブと言いますか、妙なところで考え過ぎると言いますか。普段のバイタリティはどっから来るんでしょうか?」

 

「さぁ、なっ。でも、そう言うのも、振武の良いところ、だろう?」

 

「そりゃあ、相手の事を考えないよりマシですけどねぇ……おっとっと、焦凍さん今ぶつかりそうになりましたよ?」

 

「お前は、なんで、余所見しながら、出来るんだ!?」

 

 振武と百を見守りながら行なっているのは、レーシングゲームだ。ハンドルにアクセルとブレーキ、シフトレバーまで付いている本格的なアレである。

 慣れていない焦凍からすれば、何故チラチラと振武と百を見ながら行えるのか分からない。

 

「いえ、実は車の運転は出来るのでこの手のゲームは得意でして。

 多少のコースさえ見えていれば、問題はありません」

 

「お前、免許持ってないし、そもそもまだ年齢的に無理だろう?」

 

「おや、頭の良い焦凍さんがそんな事にも気付かないとは。

 確かに運転免許を持たなければ公道は走れませんが、私有地だったら大丈夫なんですよ?」

 

「そんな所で金持ちらしいというかなんと言うか……あっ」

 

 思わず魔女子を見て呆れ顔でそう言っている間に、焦凍の操る車は画面の向こうでコースアウトして電柱にぶつかっている。

 対する魔女子の車は、1周半はリードしてゴールしていた。

 

「……………………」

 

「ハハハッ、しかも私はこういうゲームは家でよく弟とやっているので得意なのですよ。

 と、これも言うのが遅れてしまいましたね〜ハハハッ」

 

 どこか自慢げに笑う魔女子を、焦凍は苦虫を嚙み潰したような顔で睨みつける。

 

「やります? もう一戦」

 

「……………………」

 

 焦凍は何も言わずに、新たにお金を投入し始める。

 ……そろそろ目的を見失いそうな勢いだった。

 

 

 

 

 

 




むむぅ、二つとも書こうとするとどうしても視点が二転三転。
精進しなければ。


次回! 上鳴が個性使ってねぇのにウぇ~~~~~イ!!


感想・評価心よりお待ちしております。

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