plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode4 俺は――

 

 

 

 

 

「これ、想像以上に簡単ですわね! 本物の銃より重くないですし!」

 

「いや、俺はお前が、本物の銃を持った事がある方が驚きだっ」

 

「家族で海外旅行に行った際に射撃場に行ったんですの! その時やりましたわ!」

 

「良いなぁ、俺は海外旅行とか行った事ないから、羨ましいッ!」

 

「でしたら、今度、私と、振武さん、あと魔女子さんと轟さん、――伏せてくださいッ!

 ――4人で行くのも楽しそうですわ」

 

「あの学校にそんな長期休暇を許してくれる余裕があるならな……お、なんかランキング載ったぞ、一位だって」

 

「振武さんは拳銃の才能もあるのではないですか? 銃を扱う武術もあるのでしたわよね、一度やってみては?」

 

「断るよ。実際の拳銃じゃ個性を生かせないし……なにより、ちょっと銃術には良い思い出ないし」

 

「そうですの? まぁ、飛び道具を使い始めるのは、ある意味振武さんらしくないと言えばそうですけど」

 

 ……などと談笑しながら、2人はシューテングゲームのレコードを塗り替えていた。

 振武は射撃系はあまり得意ではないが、前世のゲーム経験から。

 百はゲームの経験自体は少ないものの、元々の要領の良さから。

 そして何より、2人のコンビネーションは周囲で見ていた他の客も驚かせる程だった。一心同体という言葉を使うと大袈裟に聞こえるだろうが、それぞれが求める所に必要な弾丸を叩き込むその姿は、まるで1つのダンスを踊っているようだった。

 こう表現すると色っぽく聞こえるかもしれないが、彼らがやっているのは画面上で次から次へと襲いかかるゾンビを撃ち殺し続けるゲームなので、色気などはないが。

 拳銃の形をしたコントローラーを所定の位置に戻すと、百は集中して少し火照った顔を手で扇ぐ。

 

「でも、ゲームというとあまり運動をしないイメージでしたが、意外と動きますわね」

 

「まぁ普通の家庭用ゲーム機よりも、場所取る分、体感型のゲームとか多いんだろうなぁ」

 

 時代は違っても、そういうゲームは生き残っている。

 細かい技術は発達したが、個性という超常能力が個人で得られるようになってから科学技術の進歩は停滞した。だからこそ振武も前世の知識を生かせている、というのはあるのだが。

 周囲を見渡してみれば、バスケットのゴール数を数えてその得点を競うゲーム、エアホッケーなどまだまだ振武が前世で見てきたゲームもある。

 

「? 振武さん振武さん、あれは何なんでしょう? 何やら機械を殴っているようですが……」

 

「殴ってる? 穏やかじゃない単語だな……って、あれか。あれはそういうゲームなのさ」

 

 不思議そうに指差す百の指先を追っていけば、何てことはない。

 ただのパンチングマシーンだった。オールマイトをモデルに作られているのか、機体名が書いている部分は黄色、しかもあの髪を模したであろう飾りまで付いている。

 

「あれでパンチの威力を出して、その強さを競い合う……というより、ストレス解消の一種だろうなぁ」

 

「ストレス解消、ですか?」

 

 人間生きていれば多かれ少なかれストレスを感じるものだ。

 その解消法の1つ、取り敢えずぶん殴るというのは、体を動かす事もあってかそれなりに有効だ。今でこそゲームセンターよりも自宅の方が殴れるものがあるのでやりはしなかったが、前世では偶にやった事がある。

 

「どうする? やってみるか?」

 

「今の所、何かを殴ってまで解消したいストレスはありませんわね。

 振武さんはどうですか? 挑戦してみます?」

 

「挑戦、ねぇ」

 

 こういうゲームでのパンチングマシーンとは果たしてどれくらい精度が高いのか気になりはする。

 しかし画面に表示されているランキングを見ると……結構前世ではあり得ない数値などが出ていたりする。異形型の個性の人間もいるし、そういう個性の人間は個性を使うなという方が無茶な話な場合も多い。

 普通に殴っただけでもかなりの記録になるのだろう。

 そういう人に対応しているからなのか、相当機械そのものもゴツくなっている。

 

「勿論ゲームですから正確な数値ではないのでしょうけど……振武さんのパンチ力は気になりますわ」

 

 横に立っている百をチラリと見て見ると、妙に期待した目で此方を見ている。

 どうやらやって欲しいようだ。

 

「……ハァ、個性なしでどこまで出るかは分からないんだから、あんま期待すんなよ」

 

「いいえ、振武さんならきっと大丈夫ですわっ」

 

 何が大丈夫なのだろうか。

 そう思いながらも、振武は硬貨を投入してからボクシングでも使われるグローブを付ける。籠手などはつけた事があるが、こういうグローブは初めてなので、その想像以上に厚みがあるのに驚く。

 人を傷つけないという前提なのは分かっているんだが、なんて頼りない。

 

『さぁ! 君のスマッシュで、(ヴィラン)を倒そう!』

 

「ってシステムの声までオールマイトかよ!」

 

 いつも授業で聞いている野太い声はHAHAHAとアメコミ風の笑い声をあげて、ゆっくりとサンドバッグのような形の部分が持ち上がる。

 オールマイト、本当に仕事を選ばない人だ。

 

『私が来た!』

 

「いや来たのは敵……まぁ、細かい事なんだろうけど」

 

 サンドバッグが完全に立ち上がった時に発した声にツッコミを入れてから、振武は構える。

 ……個性もそうだが、技も使わない方が良い。普段の動きから武術が染みついているので、全てを使わない訳にはいかないのだが。

 

「普通に――殴る!!!!」

 

 助走もつけずその場に立ったままの状態で、拳を振るう。

 グローブとサンドバッグの柔らかい感触を感じるが、それも直ぐに突き飛ばされ、先ほどサンドバッグが収まっていた場所に心配になるほどのけたたましい音を立てて収まった。

 点数は、

 

『Error! Error! Error!』

 

「……やばっ」

 

 画面にErrorの文字が現れると共に、警告音が鳴る。

 

「え、壊し……」

 

「いやいやいや流石にこんな機械個性も技も使ってないのに壊せないって!!」

 

 目を見開いている百に、振武は慌てて否定する。その間にも、何事かと驚いて見にくる野次馬は増えるばかりだ。

 

「はい、ちょっとごめんねぇ……あぁ〜、大丈夫大丈夫、機体そのものは壊れてないよ。

 計測不能な威力でエラーになってるだけだから、慌てなさんな」

 

 人混みを掻き分けて入って来た初老の男性店員が機会を見て、そう笑みを浮かべる。

 その言葉に、小さく安堵のため息を振武と百が同時に吐いた。

 ゲームセンターではしゃいで機械を壊したので弁償してくださいなどと言うお願いを、壊は……分からないが、振一郎が許すはずもない。

 どんな地獄の責めに合うのかとヒヤヒヤした。

 

「いやぁ、これを見るのは何年ぶりかねぇ。時々個性使ってでも最高得点狙おうって輩がいるが、そんな奴でも中々こうはならないんだよ。

 もう何十年も前に、女の子が似たような事をしてねぇ、あの時は驚いた。気の強そうな女の子が涙目になっててねぇ、逆にこっちが可哀想になったよ」

 

「…………その女の人って、もしかして動島って名乗ってませんでした?」

 

 嫌な予感を覚えてそう聞いて見ると、店員は笑みを深める。

 

「あぁそうそう! しかも確か、少ししてからトップヒーローになっちゃった子でねぇ。確か、雄英の子だったかな。

 何でも、日頃のストレスが溜まっているからつい、だそうだ。まぁ壊れたわけでも悪気があった訳でもないから許したけどねぇ。私、一応ここの店長だし、それくらいはね。

 そう言えば、君と目元が似ているなぁ。もしかして身内?」

 

 動島という苗字の女の子。

 雄英高校所属。

 トップヒーローになった。

 目元が振武に似ている。

 

 

 

 ……はい、息子(みうち)です。

 

 

 

 とは恥ずかしくて言えなかったので、何となく愛想笑いで済ませた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「クレーンゲームで景品をゲット。シューティングゲームでは2人でパーフェクト、パンチングマシーンではそもそも計測不明……このまま行けば、この店全てのゲームを制覇出来そうですね」

 

「いや、それが目的ではないんだけどな、彼奴ら」

 

 大きなプリクラの機体に隠れて様子を窺っている魔女子と焦凍は、今も順調に2人を見守っていた。

 やっている事はちょっと無茶苦茶ではあるものの、2人の楽しそうな姿を見て、魔女子も満足げに頷いている。

 

「時間は2時半……そろそろお茶をしに行こうと百さんが言いだすでしょう。恐らくここから1番近い、私が紹介したお店に行くのではないかと推測しています。

 もしその店では無かったとしても、私達以外に護衛が付いていますから見失うという事はないでしょうけど、気を抜いてはいけませんよ焦凍さん」

 

「ああ……もうここまで来たら最後まで見守ろう」

 

 いくらツッコミを入れたところで、この状況に慣れ麻痺してしまった焦凍の感覚と、魔女子の気合いは誰も止められない。

 ……もう焦凍は諦めの境地に入っていた。

 

「お、百さんがトイレに立ちましたね……なるほど、少し汗をかいて化粧が崩れている可能性もありますからね。振武くんもどうやら一緒に行くようです」

 

 この店のトイレがある場所に向かい始める振武と百を、こんな騒がしいゲームセンター内で足音を立てないようにしながら移動する。

 多少の音でもこの中では気付かないだろうとは思うのだが、ここは魔女子の真似をしておく。

 

「……っ! 焦凍さん、緊急事態です! 前方に上鳴さんと響香さんがっ」

 

「なに?」

 

 魔女子の指差した方向を見ると、言葉通り上鳴と耳郎がいた。トイレの出入り口付近に設置されている自販機で飲み物を買っているようだ。

 

「くっ、ここに来て見つかってはいけない最悪の人間その①が……仕方ありません」

 

「っ、魔女子、まさか個性を使う気か?」

 

 振武と百の進行方向に2人はいる。その接触を避ける為には先回りしなければいけないが、2人の目の前に姿を現わさないという前提がある以上、それは無理。

 だとするならば、あとは魔女子の個性で何とかしようと思っているのか。

 そう思って止めようとする焦凍に、魔女子は――笑った。

 

「公共の場での個性使用は厳禁、分かっています。

 なので、こうしましょう」

 

 スマホを取り出し、どこかに一回だけコールを入れる。ワンギリだ。

 

 

 

 そしてそれが行われた瞬間……上鳴と耳郎が煙のように消える。

 

 

 

 厳密には、物凄い速さの人影が2人を後方の物陰に引っ張り込んだ。

 と言っても推測だ。殆ど見えなかったし、振武と百のいる場所から察するに死角になっている場所だった。勘付かれもしないだろう。

 

「……おい、魔女子」

 

「なんでしょう、焦凍さん」

 

「……今のは?」

 

「聖灰洲です。一応と思って物陰に潜ませておきました。

 彼はナイフと格闘技を使った近接戦を得意としますが、それ以外にもああやって隠れて行動するのも上手いんです。幼少期は彼と隠れんぼをすると、面白くありませんでしたね。

 隠れるのも見つけるのも凄かったので」

 

「……そうか」

 

 もうこれは、俺達が見守っている必要性はないのでは?

 塚井家使用人集団だけで何とかなってしまうのでは?

 そんな前提をひっくり返してしまうような言葉を、焦凍はゆっくりと嚥下する。

 触らぬ神に祟りなしである。

 

 

 

 

 

「……はい、という訳で。急にこのような真似をして申し訳ありません。

 事情は、すいません説明出来ないです。上鳴さんには特に」

 

「あぁ、うん、魔女子の突拍子のないところって今に始まったところじゃないし、上鳴(バカ)がバカだって言うのはもう分かってるから」

 

「ちょっ、2人して酷くね!? あと耳郎! 上鳴と書いてバカって読んでるだろその呼び方!!」

 

 従業員の事務所に続く出入り口通路前、つまり上鳴と耳郎が引き込まれた場所で、それぞれトイレに入っていった振武と百を確認してから会う。

 

「まぁ何と言えば良いんでしょう、少々込み入った事情がありまして。勿論、謝罪の品もしっかり「いや、別に良いよ」……はい?」

 

 魔女子の言葉を、耳郎が遮る。

 

「魔女子がそこまでするって事は理由があるんだろうし、それにウチら友達でしょう? 別に謝罪の品とか要求するほど、ウチ友達に厳しくしないよ」

 

「……そ、そうですか」

 

「? 魔女子、顔が赤いぞ」

 

「気の所為なので見ないでくださいお願いします」

 

 耳郎のストレートな物言いに反応している魔女子は、少し顔を隠すように逸らしながら話を続ける。

 

「それにしても、一応理由がある私達はさておき、お二人で休日のゲームセンターにいらっしゃるとは……デー「違うから」

 

 最後まで言いそうになったのを真顔で完全否定する耳郎、そしてその言葉に少しショックを受けたような顔をする上鳴。

 上鳴は女の子と見れば基本口説かない訳にはいかないチャラ男なので、そういう(・・・・)事ではないんだろうと焦凍は納得した。

 

「くっ、でも俺は全然納得してないからな! そんなに隠すものなんて見たいに決まってんじゃねぇか!!」

 

「そうですねぇ。貴方はそう言うと思ってました。

 どうしてそう好奇心旺盛なのか。猫どころか貴方が死にますよ?」

 

 上鳴の目は好奇心で一杯だ。

 きっとこのまま拘束を解いたところで、その好奇心と無駄な行動力で何故魔女子達がこんな事をしているのかも探るし、もし答えに辿り着いたら全力でからかいに行くだろう。

 ストッパーに耳郎がいても不安は残る。

 

「……仕方がないです。聖灰洲、用意は?」

 

「はい、こちらに」

 

 そう言ってまたも何処から現れたのか、聖灰洲が大きな機械を背負って現れる。

 背中にある機械は……薄暗くてよく分からないが、まるで幽霊という名の謎存在を捕獲する会社が使っているあの機械に見た目はそっくりだ。

 だがそこから繋がっているのは銃のようなバキュームのような装置ではなく、コンセントだった。

 

「ちょ、まっ、なにその物々しい装置!!」

 

「最近仲良くなったサポート科の某発目さんから借り受けた発明品の1つです。

 その名も、『デンキヌク〜ノ』だそうです」

 

「いつの間に仲良くなったかとか某を付ける意味ないじゃんとかネーミングセンスが壊滅的とか、ツッコミどころ多すぎだろう!!」

 

「問答無用です。聖灰洲、お願いします」

 

「かしこまりました。失礼します上鳴様」

 

 尚も暴れ続ける上鳴を押さえ込み、機械から伸びているコンセントを……鼻に突っ込む。

 

「フゴッ!?」

 

 入ったのを確認してから、スイッチを容赦なく入れる。

 

「ウぇえぇええぇえぇええぇええぇえぇぇ!?」

 

 電気を吸い取られているからか、それとも出ている拍子になのか、地味に帯電して光りながらも、その光も徐々に薄くなって行く。

 文字通り電気を吸収するこの機械。電気系個性の敵を封殺し尚且つ電力を得る事が可能という発目明イチオシのベイビー。

 難点は多くの電気を蓄えなければいけない為小型化が出来ない事と、相手の鼻に突っ込まないと使えない所である。このままだとまともに実戦では使えない。

 だが、その機能は折り紙つきだ。

 

「ウぇえぇえぇええぇええぇ………………ウぇ〜〜〜〜〜〜イ」

 

 許容量を超えたのだろう。

 上鳴が個性を使わずにアホになった。

 

「すげぇもん作るんだな、その某発目って奴は」

 

「焦凍さん、某は私が勝手に付けただけで名前は発目さんです。

 これといくつかのサポートアイテムをお借りしました……まぁ才能がありましたし、塚井カンパニーのヘッドハンティングな意味もありましたけど」

 

 塚井カンパニーは現在人材派遣業を主としているが、他にも様々に手を広げている。サポートアイテムの制作会社もその1つだ。

 何人かの才能ある人間に出資しているだけなので、少し他のものとは毛色は違うが。

 体育祭の一件で謝罪して以降親しくさせて貰っているが、塚井カンパニーの名前を出したら「むしろ売り込みたい! 私のどっ可愛いベイビーを」とノリノリだった。

 

「響香さん、申し訳ありませんが我々は先を急ぎますので、上鳴さんの対応をお願いします。聖灰洲も付けるのでご安心を。

 今日のお詫びに、一緒に響香さんがオススメしてくれたバンドのライブ見に行きましょう。実は最前席のチケットがあるので」

 

「だから謝罪の品とか要らないよ……でもまぁそうだね、一緒に観に行こうね」

 

 そう言って手を振り合うと、魔女子と焦凍は歩き始める。

 

「……なんか、お前、凄いな」

 

 戦闘も悪戯も、もしくはこういう事にも万全に準備を済ませ、根回しも抜群。

 味方であればこうも頼もしいが、敵であったら……と少し考えるが、その考えもすぐに冷める。

 魔女子が敵に回るという状況も、今ではあまり考えつかない。体育祭から丸くなった(焦凍自身、人の事は言えないが)彼女であれば、裏切るなんていう事はないだろう。

 

「? 何ですか、いきなり褒めちゃって」

 

「……いや」

 

 暴走しないように、俺が見守ろう。

 そう固く心に誓いながら、焦凍は薄い笑顔を顔に浮かべて首を振る。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 楽しい時間はあっという間だという話は、何処にでもある。

 何かに集中していたり熱中していたりすれば、当然のように時間は無くなって行く。

 映画、イタリアンレストラン、ゲームセンター、少しオシャレな喫茶店、そしてウィンドウショッピング。夏も近づき日が差している時間が長くなってきたとは言え、それだけの事をしていれば空は段々と赤みを増し、黄昏時に近づいていく。

 もう時間も残り少ない。

 学生であり、しかも明日はまたスケジュールがギッシリ埋まっている学校。流石に夕飯を一緒に取ろうなんて贅沢は言えない。夜まで連れ回すのは、親御さんにも申し訳が立たない。

 だから、今着いた場所が、このデートの終着だ。

 

「わぁ、綺麗ですわねっ」

 

「夜明けには日の出が見られるんだぜ? まぁ、今は夕方だけど」

 

 百と2人で、赤く染まり始めている海辺を見る。

 出久がオールマイトから個性を受け継ぐ為の下地作りに使った海浜公園は、今でもとても綺麗だった。一度綺麗になってからは適度にボランティアなどが掃除に来ているらしい。

 綺麗になった海岸は確かに綺麗で、振武も何度かロードワークのついでに来たのだ。

 

「夏も近いしな。デートすんなら、ロケーション良いと思ってたんだよ」

 

「まぁ、振武さんもそういう事をお考えになりますの?」

 

 振武の言葉に、百は少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 今日何度かからかった事への意趣返しだろうか。

 

「まぁ、そうだな……正直今までは考えなかった、かな。

 でも百とデートするって決めた時に、最初に浮かんだんだ」

 

 2人で海岸を散歩だなんて、我ながら随分格好付けているなぁと思う。

 普通だったらもっと楽しい所に連れて行くのかもしれないが……振武は何となく、2人で一緒にゆっくり歩ける時間が欲しかった。

 目紛しく様々な物を見て、聞いて、遊ぶだけじゃなく。

 

「……嬉しいですわ。そう考えて貰えるのは」

 

 そう言いながら、百はサンダルを脱いで素足になる。

 

「砂でサンダルを汚したくないんです。散歩が終わって足が汚れてたら、水道がある場所まで連れて行ってくださいますか?」

 

「勿論、抱き上げて連れてってやるよ」

 

「……そうやって恥ずかしい事をさらっと言ってさらっと実行してしまう所が、振武さんの狡い所ですわね」

 

「なんだよ、狡いって」

 

「いいえ、何でもありませんわ」

 

 そう言って、百は波打ち際を歩き始める。

 流石に靴を脱ぐわけにはいかない振武は、波が来ない場所、百の少し後ろを歩き始める。

 距離はそう遠くない。むしろほんのちょっと歩みを早めれば簡単に隣に立つ事が出来るだろう。だけど振武はそうせずに、後ろから百の姿を見つめる。

 濡れた砂の上に足跡をつけながら歩いている百。時々やってくる波が足に触れるのが気持ち良いのか、海を見ている楽しそうな顔をこちらに向けてくれる。

 その顔に、何も言わずに笑顔を返す。

 ……どうしよう。

 何かを話したかったはずなのに、言葉が出て来ない。用意していたはずの言葉も質問も、波にさらわれてしまった様に消える。

 目の前にいる百があまりにも綺麗で、

 この光景が、まるで一枚の絵のように完成されていて。

 言葉が出ない。声が出ない。

 普通だったら小っ恥ずかしく思ってしまうような言葉が、頭の中を埋め尽くして行く。

 

「……振武さん。将来はどうしようか、考えていらっしゃいますか?」

 

 そんな振武の代わりに、百が最初に話し始めた。

 

「どうするって?」

 

「そりゃあ、何処にサイドキックとして入る、とか。

 それとも、もしかして卒業して直ぐに事務所を立ち上げたり、フリーで活動したり、大学進学、という道もありますわね」

 

「あぁ、そういう事か……そうだな、正直今はあんまりちゃんと考えてないかもな。百も、皆も、そうなんじゃないか?」

 

 百の上げてくれた例はどれもしっくり来なくて、思わずそう言う。

 正直、クラスの中でもまだ先の事を考えている人間は少数だろう。

 目の前に積み重ねられた〝超えなければいけない壁〟は、高く、大きい。それを目の前にして、余所見出来るような余裕がある人間というのは。

 

「爆豪辺りは考えてるだろうなぁ。みみっちいつうか、几帳面な所あるから。

 先の先まで予定が詰まってそうだ」

 

「それは、あり得ますわね。爆豪さんには申し訳ありませんけど」

 

 そう言って、2人で笑い声をかみ殺す。

 

「……私、正直雄英に入るまでは、ヒーローっていうものが漠然としていましたの。

 振武さんと、振武さんのお母様に救われて、あんな怖い思いをする誰かを救けたいって……でも、そんな曖昧な考えなんて吹っ飛ぶほど、ヒーローという仕事は難しいものでした。

 学べば学ぶほど、実感していきます」

 

「……ああ、そうだな。俺も、雄英に入ってから、苦難の連続……というか、挫折や、鼻っ柱折られる事が多かった」

 

 自分達が想像していた物より、世界は広く現実は厳しい。

 夢を目標にした瞬間に付き纏ってくるそれは、きっと1人だったなら立ち上がれない程大きなものだった。

 

「特に俺達は……1年A組は、自分で言うのも何だが、結構な受難続きだ。

 こりゃ、なんか祟られてるんじゃないかなって思うほど」

 

 担任教師(あいざわ)は厳しく、

 USJでは命のやり取りを実体験、

 体育祭ではクラス内での競い合い、

 職業体験では父親が敵顔負けの活躍、

 期末試験ではその子分が文句を言いに来た。

 

「振武さんのそれは、特にですわね。多分、思い浮かべている「大変な事」の半分以上は振武さん限定か、振武さんが自分で首を突っ込んだものですわ」

 

「……人の考えている事を読むな。変なとこばっか塚井の影響受けやがって」

 

「ふふっ、すいません、ついつい」

 

 百は足元に打ち寄せる波と戯れるように、クルリとこちらを振り返り、後ろ向きで歩き始める。

 

「コケるぞ」

 

「大丈夫です。

 ……そうですわね、今まではあまり悩まなかったのに、ここ最近は悩む事が増えましたわ。振武さんは、話さなくても分かって頂けると思いますけど」

 

「……なんとなく、な。何で話してくれないんだろうって、少し寂しかった」

 

 振武の言葉に、百は苦笑いを浮かべる

 

「今思うと、私もそう思いますわ。

 貴方に話せば、きっともっとスンナリ解決出来たんだろうという悩みばかり。

 でも、それでも言えませんでした……話せば、きっと頼ってしまうから。甘えて、振武さんを逃げ道にしてしまう。しかも、きっと振武さんは、それでも私を許してしまいそうだったから。

 それに、」

 

 百は、そこで歩みを止める。

 振武も、それに合わせて足を止める。

 2人の視線はお互いの視線にぶつかり、捉えて、離さない。

 

「なんでそう思うか。

 そこは、振武さんも分かっていらっしゃらないでしょう?」

 

「……そう、だな。

 俺はお前をちゃんと対等だと思っている。俺に出来ない事をお前が出来る、お前に出来ない事を俺が出来るだけで、ちゃんと、同じ位置にいる存在だって、思ってる。

 なのに、何でそんなに焦っているのか、俺には分からない」

 

「そうでしょうね……私も最初は分かりませんでした。

 振武さんは憧れの存在です。私を救けてくれたヒーロー。今も、私の事を見てくれている、気にかけてくれる人。

 でも、私は――とっても欲が深いんです。

 それじゃ、足りないんです」

 

 振武が持っている縫いぐるみが入った袋が、ガサリと風で音を立てる。

 髪を少し揺らす。

 それでも、振武も、百も、微動だにしない。

 今この世界には、2人しかいなかった。

 

 

 

「私――振武さんが好きですの。

 人間としても、仲間として――1人の、異性としても」

 

 

 

 ……静寂が、世界を支配する。

 風が吹き、潮騒は聞こえているはずなのに、音として耳が拾ってくれない。

 ただ頭の中では、百の言葉が反響する。

 胸の中に、衝動が駆け巡る。

 たった1つなはずなのに、複雑に色が混ざり合って、一枚の絵を作り上げるような複雑で単純な感情。

 不思議だ。初めての状況で、初めての感情だったはずなのに。その正体に覚えがある。一度味わった事がある。

 嘗て、母が愛してくれていたんだと知った時のように。

 嘗て、父が自分を慰め、優しくしてくれた時のように。

 あるいは……いや、これが正解なのかもしれない。

 嘗て、目の前の女性が少女だった時に、動島振武の心を救ってくれた時と同じ感情。

 

 

 

 それは、幸福だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――俺、」

 

 

 

 

 

 

 





次回! 魔女子さんが地団駄踏むぞ!! 地ならしか!?


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