plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode6 賑やか周囲と報告を

 

 

 

 

 

「あの、振武さん」

 

「なんだ、百」

 

「その、私ずっと気になっている事があるんですの」

 

「気になる?」

 

「はい。その、日曜日、お出掛けしてから次の日から、今日までずっと」

 

「なんだ? はっきり言ってくれていいぞ」

 

「で、では、

 

 

 

 ……なんで、ここ数日、振武さんのお弁当はお赤飯なんですの?」

 

 

 

「……うん、気になるよね」

 

 百とデートをして、お互いの気持ちを知って、未来への約束をしてから三日が経っている。

 どんなに振武のプライベートで目紛しい変化があっても、学校はやってくるし、訓練は行われる。

 時々2人の距離感に2人で照れあったり、何故か魔女子に睨まれたり(本当に何故か分からない)、焦凍が微笑ましそうに振武と百を見たりと不思議な事はあったものの、お互いちゃんと決めたからか学校で変な空気になる事もなかった。

 ……唯一の変化といえば、先ほど百に指摘された食事についてだ。

 視線を下げて手元の弁当箱を見れば、本来白米が詰まっているはずの場所には小豆色に染まっている米と小豆、小分けで入っていたごま塩が振りかけられ彩が増している。

 まごう事無き、お赤飯だ。

 

「日曜日、家帰ってからずっとこんな感じなんだよ。

 弁当だけじゃないぞ? 家の食事もお赤飯だからな?」

 

「何故そのような事に……何かお祝い事でもあったんですの?」

 

 百の不思議そうな顔に、振武は複雑な顔をする。

 

「お祝い事、と言えばそうなんだろうな……少なくとも、父さん(あのひと)にとっては……」

 

 デートを終え、百を家の最寄り駅まで送り届けて(家までは丁寧に断られた)から帰宅して最初に出迎えてくれたのは父である壊だった。

 

『おかえり〜振武〜、デートどうだっ……スンッ、スンスンッ』

 

 帰宅の挨拶も聞かずに、あからさまに鼻を鳴らして振武の服の匂いを嗅ぐ。

 まるで麻薬犬のように執念深い匂いの嗅ぎ方に、もう少ししてもまだ続けるようならぶん殴ろうと思っていた矢先、壊は嗅ぐのをやめ、真面目な顔でこちらを見た。

 

 

 

『振武……どこまでイッタ? キスくらいはしたんだろうね男の甲斐性として』

 

 

 

 ……技を使わなかっただけ、ありがたいと思え。

 息子のプライベートをあっさり匂いで看破する父親というのは、嫌なものだ。その後悶絶しているのも気にせず証言させると、『うちで使っている柔軟剤とは違う匂いを感じた』だそうだ。

 過干渉で親馬鹿で子供離れ出来ない父だが、恋人が出来るのは大いに嬉しい事だったらしい。まるで誕生会でも開いているのかという豪勢な食事と、何故か横断幕まで作ろうとしていた。

『ねぇねぇ振武、『ハジメテ卒業おめでとう』と『初彼女おめでとう』とどっちが良い?』と言いくさった父とまた一悶着あったのは別の話だ。

 というか、上手くいく事すら決まってなかったのに料理の仕込みをしていた時点で、親馬鹿ここに極まれり。

 

「あの日に馬鹿みたいに赤飯炊いてなぁ……それ以来、ずっと赤飯だ。

 俺、あんまり好きじゃないんだけどなぁこれ」

 

 どっちかと言えば、普通の白米の方が好きな振武にとっては少し苦痛だ。

 

「それは大変でしたわね……でも、良いじゃありませんか。とても喜んでいらっしゃるみたいで。横断幕などはやり過ぎだと思いますが。

 ――そ、それに、お義父様に認めて頂けているようで、何よりですし、」

 

「百……」

 

 百の言葉に、振武は少し嬉しそうにする。

 視線が交差する。

 

「……あの、ちょっと、2人だけの空間作らないで頂けます? 私達も居ますからね? お邪魔でしたら私達お暇するんですけど」

 

「そうだな。蕎麦を食いたい」

 

「焦凍くんは蕎麦を食べたいだけでしょう」

 

 机を並べて一緒に食事をしている魔女子と焦凍が冷やかす……いや、冷やかしているのは魔女子だけだったが。

 

「じゃ、邪魔なんて事ありませんわっ」

 

「そ、そそそそうだよ余計な事を言うんじゃねぇっ」

 

「2人とも思いっきり取り乱していますが……やれやれ、どうしてこれだけ良い雰囲気出しておいてお付き合いを保留なのか分かりません。

 誰かー、爆破の個性をお持ちのお客様いらっしゃいますかー、口を開けばなんちゃってヤンキーっぽい言葉しか出ない爆破の個性をお持ちの方いらっしゃいますかー?」

 

「誰がヤンキーだこのクソ鳥女!! あと人を面倒クセェ空気に巻き込むんじゃねぇ殺すぞ!!」

 

 近くの席で鋭児郎と一緒に食事をしていた爆豪が菓子パンを投げ出さんばかりに怒鳴る。

 

「いえ別に爆豪さんの事を言った訳ではないのですが、自覚がお有りだったんですね……ところで、火鍋は美味しかったですか? あそこは特に辛いようでしたけど」

 

「テメェに礼なんざ言わねぇぞゴラァ!!」

 

 どうやら美味しかったようだ。

 にしても、

 

「なんで爆豪が食った食べ物の感想を塚井が聞くんだ?」

 

 不思議に思って振武が聞くと、魔女子は少し考えるような仕草をしてから、

 

「……ノーコメントで」

 

 と答えた。

 あからさまに怪しいのだが、魔女子が言外に「突っ込まないでください」と言っているように感じて、振武はそれ以上追究出来なかった。

 

「まぁまぁ爆豪、落ち着けって。めちゃくちゃ辛かったけど美味かったしな、火鍋!

 それに、お前らがくっ付い……てはいないんだっけか? ややこしいけど、両思いだってんなら良かったじゃねぇか! 俺は応援するぜ!」

 

 いつも通り苛立っている爆豪を押さえつけながら、鋭児郎は笑顔でそう言ってくる。

 ……出来るだけそういうのは学校では秘密にしよう、面倒くさいからと決めたはずだったのに、結局学校の連中には初日でバレてしまった事も、この数日のイベントの1つだろう。ニヤニヤしながら、

『まぁ、なんていうか、』と葉隠。

『今更だよねぇ』と芦戸。

『むしろ交際していなかったのか?』と常闇。

『ようやっとあの無自覚激甘空間から解放か……いや、結局甘いのかちくしょう』と瀬呂。

『私は応援する! うちのクラスのベストカップルやね!』と麗日。

『2人なら仲良くやれそうだし、俺は良いと思うよ』と尾白。

『お、おおおおお付き合いって凄いね! 僕は全然……』と出久。

『うちじゃ頼りないかもしれないけど、なんかあったら言いなよ』と耳郎。

『リア充爆発しろ』と上鳴。

『うぜぇコロス』と爆豪。

『ヤオヨロっぱ――』と言い切る前に峰田は蛙吹に攻撃されていた。

『訓練や成績に響かなきゃプライベートで俺が言う事はねぇ……でも、過度なのは控えろ』と相澤先生。

『トトカルチョの結果が出ないからとっとと付き合って』とマイク先生とミッドナイト先生は言っていたが、言った瞬間相澤先生に首根っこ掴まれてどこかに連れていかれた。

『ハーハッハッハッ、結婚式のスピーチは大丈夫! 私がしよう!!』と気の早いオールマイト。

 などなど……。

 祝福してもらえたのは嬉しい。嬉しいが、

 

「どんだけうちの学校は噂広まんの早いんだよ!! さっきなんてあんま話してない発目にまで祝いの言葉貰ったわ!!」

 

「有名税と、なんやかんやでお祭り好き幸せ好きの方々が多いのもあるんでしょうけどねぇ。

 良いじゃないですか、馬鹿にされたり、悪口言われるよりもずっとマシですよ」

 

 振武が頭を抱えていると、魔女子は呑気にサンドイッチを食べている。焦凍も、その隣でパックの牛乳を飲んでいた。

 

「まぁ、良いじゃねぇか。幸せで」

 

「そりゃあそうかもしれないけど……そもそも、何でこんなに簡単にバレたんだ? 俺も百も気をつけてたんだけどなぁ」

 

 距離感を守っていたし、いつも以上に変に緊張しないように気を使っていたのに。

 そう言うと、口の中に入ったサンドイッチを一度飲み込んでから、魔女子は小さく溜息を吐く。

 

「それが逆効果だったんです。普段から距離感がおかしくフレンドリーなボディータッチが多かったお二人がいきなり止めるとか、『私達は何かありました』と喧伝しているようなものです。

 しかも、何時もだったら照れない所で照れたり慌てて距離を離したり……あれで隠せていると思っているところが、お二人が純情でちょっとおバカさんな証明ですね」

 

「で、気付いた女子達が百に聞き出した、と……まぁ元々騒がれたくないからってだけだったから、俺は別に良いけどな」

 

 そう言いながら、チラリと横目で百を見る。

 

「み、皆さんに祝福されるのはとても嬉しいですが『どこまでいったの』『どこまで済ませたの』と言う系統の話はお門違いでまだ正式にお付き合いするのはもう少し先ですしそういう事を恋人になっていない段階でするのはヒーローとしてというより人として倫理的にアウトと申しますか私達まだ未成年ですししかもオールマイトにけけけ結婚なんて言葉を嫌ですわまだ気が早過ぎます結婚をするならばまず婚約と親との顔合わせと結納から」

 

「あぁ、ダメですね。オーバーヒートしています」

 

 乙女心エンジンは常にフルスロットルである。

 

「訓練や授業は皆真剣だし、こっちも意識している余裕ないから普段通りだが……なかなか、上手くいかないもんだな」

 

「でしたら、とっとと付き合ってお互い落ち着ける状態に、」

 

「「それはダメ」」

 

「……2人とも、一度決めると頑固ですねぇ本当に」

 

 オーバーヒートしていた百と声を揃えて言った言葉に、魔女子もそれ以上何も言わない。

 普通とは違うし、そういうのを否定したい人もいるだろう。だけどそれが俺の考えた答えだったし、百もそれを理解して受け入れてくれた。

 それを付き合いたいから、他人から言われたからと言って変えて良いとは思わない。

 

「まぁ、1年みっちり、ヒーローになれるようにとりあえず努力する!

 俺と百なら大丈夫さ」

 

「心配はそこまでしていませんけど……これで片方落ちたら大爆笑して差し上げますハハハッ」

 

「一言多いな相変わらず!」

 

 幸いなことに。

 こういうことがバレたからと言って、態度を変える奴が殆どいなかった事だろう。からかう奴はいても、悪質な事を言う奴はいない。他のクラスではどうだか知らないが、少なくともうちのクラスの中ではかなり好意的だ。

 時々峰田の怨念にも似た目線が突き刺さるが、あいつのめちゃくちゃな言動・行動は普段通りと言えば普段通りだったので、振武も勘定に入れない。

 この学園の連中はお人好しばっかりか……まぁヒーロー科のクラスなのでそんなものか、と振武は笑みを噛み殺しながら思う。

 

「そういえば、話は唐突に変わるのですが。

 皆さん、来週の日曜日はどうしますか?」

 

「? 何かあるのか?」

 

 食事を終え、丁寧にゴミや空の弁当箱を片付けながらそう聞くと、魔女子は小さく頷く。

 

「先ほど響香さんや芦戸さんから聞いたのですが、合宿前に必要なものを買い揃える為、皆で買い物に行こうと言う話だそうです。

 私も誘われて行く事になっているんですが、皆さんはどうなのかなと思いまして」

 

 合宿。

 期末テストで良い結果を出せなければ合宿に行けないと言われていたが、いつも通りの相澤先生の合理的虚偽だった。つまり結果、全員で合宿に行くわけだ。

 どこでどのような事をするのか。唐突に変更されたその内容を振武が知るはずもなく、何を持って行けば正解なのかも分からない。

 ならば、皆で必要になりそうなものを見繕いに行こう、と言う考えだろう。

 

「私もさっき誘われましたわ。皆さんでお買い物というのも楽しみですし、当然ご一緒しますわ」

 

 百はそもそも「友達と普通のお店で買い物」という経験がないからか、どこか楽しそうだ。

 

「俺はパスだな。病院に用がある」

 

 言葉少ない焦凍の言葉だが、今一緒にいる3人はその内容に差はあれど、皆事情は分かっている人間なので、その事に特に何も言わない。

 

「では、焦凍さんはまたの機会に、というより、4人でいつか遊びに行くのも良いでしょう。

 で、振武さんはどうでしょう?」

 

 魔女子の言葉に、百もこちらを見てくる。

 きっと一緒に行きたい、と思ってくれているのだろう。その事に嬉しく思いながらも、

 

「あ〜すまん。俺もちょっと用事入れちまったんだ。

 別に変更出来ないわけじゃないんだけど、この機会を逃すとちょっと先になりそうだしな」

 

 申し訳なさそうに言う。

 

「そうですの……ちょっと、残念ですわね」

 

 言葉通りにシュンとする百に微笑む。

 

「またの機会に、だな」

 

「はい……にしても、外せない用事というのは、お家の御用ですか? 動島流関係とか、」

 

 質問した百にも、特に意図があった訳ではないんだろう。何とは無しに、という感じで聞いてきたので、少し答えるのに困る。

 悪い事をする訳ではないし、別に気にしなければ良いのだと自分でも思っているのだが、わざわざ言って暗い雰囲気にさせてしまうかもしれない、と思うと躊躇われた。

 ……もっとも、その考えはすぐになくなる。

 この連中なら、きっと何も言わないだろうと、

 

 

 

「――いや、ちょっと墓参りに、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間はあっという間に経って、ヒーロー科唯一の休日、日曜日。

 

「ねぇねぇ振武ぅ、本当に1人で行くのぉ、僕も行きたいなぁ、行きたいなぁ」

 

「父さんは下手すりゃ月一回は1人で行ってるんだから別に良いだろう。

 今日は仕事溜まってんだろう。とっとと消化する」

 

 玄関でソワソワしている壊に、振武は靴を履きながらそう答える。

 

「そうだけど、そうなんだけど……あ、ちゃんとお供物持った?」

 

「持ったよ、父さんの手作りケーキ……っていうかいつも思うんだけど、何でお供物にケーキなんだよ、もうちょい供えやすい物にしてよ」

 

「それじゃないと、あの子拗ねるから。振武だってお父さんのケーキ好きでしょう?」

 

「まぁ、好きだけどさぁ」

 

 基本的に既製品よりも父手製のお菓子を食べていたから、そりゃあ慣れているが。

 紙袋の中に入っている入れ物を確認し、崩れないように慎重に持つ。ホールケーキじゃなかった事を喜ぶべきなのかどうなのか少々迷いながら立ち上がった。

 

「じゃあ、夕方には帰ってくる。今日は一緒に食べられる?」

 

「炎司とのパトロールで何事もなければねぇ。

 

 

 

 じゃあ、いってらっしゃい。あの子に……覚ちゃんに、よろしくね」

 

 

 

「……うん、いってきます」

 

 

 

 

 

 

 

 動島家の菩提寺は、繁華街が密集している土地から少々離れた小さな山間にある。

 元々は動島家が治めていた場所だったのだが、繁華街から行くと電車とバスを乗り継いで2時間ほど。行くのには少々不便であるものの、大きな敷地を持っていて、動島家の墓を預けるには十分だ。

 動島家と、動島流初代から続いている血縁者の殆どを弔っている動島家の墓は、かなり大きい。

 歴史が長いから、というのは当然あるが何せ初代の頃は戦乱の時代。そんな中では戦場で死ぬ者も多かったので、自然と墓も多くの者を弔えるようにと少しずつ大きくなって行く。

 結果として、普通の墓5つ分は占領していて、墓石も3つ。普通の家に比べれば随分立派な墓だろう。

 いつも通り住職に挨拶をし、手土産を渡して少し談笑してから、墓の方に向かう。

 山の斜面に作られたそこは景色も良く、暖かく晴れている今日は青々とした木を遠目から見る事が出来て、気持ちが良い。

 

「よいっしょっと」

 

 墓石の手入れをする為に備え付けてある掃除用具を片付けてから、自分の家の墓に近づく。

 

「ごめん、遅くなっちゃったね。いや、墓が多いと結構掃除大変で……あ、いや、別に文句言っている訳じゃないんで許してもらえると嬉しいですご先祖様達」

 

 立派な墓の中には、歴代動島流師範にして動島家の当主達も眠っている。

 うっかり余計な事を言って夢枕に立たれでもしたら、夢の中でフルボッコだ。流石に何十人も自分より強い人間と戦いたくはない。

 手を合わせ、ゆっくりと頭を下げる。

 

「お盆以来です、ご先祖様方

 

 

 

 ……それに、母さん」

 

 

 

 その強いご先祖様の中には、振武の母……動島覚も眠っている。嫁に行ったわけではなく壊が婿に入った形なので、納骨したのは当然動島家のお墓だった。

 

「って言っても、父さんが月一で来てちゃ、うかうか寝てられないかもしれないけど。分かっているとは思うけど、父さんも祖父ちゃんも元気だよ。

 ほら、今日もケーキ持って来たよ。父さん、朝から張り切って作ってたから」

 

 紙袋から取り出した入れ物をお墓の前に置く。

 振武は少し立ったまま墓を感慨深げに見つめていたが、ゆっくりと口を開く。

 

「本当は、もっと早く来たかったんだ。

 母さんの母校に入ってヒーロー目指しているよとか、友達の事とか、初めての実戦の話とか……話したい事、話さなきゃいけない事が沢山、あったんだ」

 

 雄英に入学してからは、忙しい毎日過ぎてこちらに顔を出す事は出来なかった。

 壊が何回もここに訪れているので、もしかして父の口から聞いているかもしれない。そう思いながらも、自分でも話し始める。

 

「雄英は凄いね。母さんでも苦戦していたって話を聞いたけど、気持ち分かるなぁ。割と無茶苦茶するんだもん。

 でも、毎日充実しているよ。まぁ今年は何が特別なのか、ちょっとヴィランに襲われたりもしたけど……あぁ、大丈夫、ちゃんとオールマイトが片付けてくれた。

 俺なんて、殆ど役に立たなかったよ」

 

 まるで、目の前で母が優しい笑みを浮かべて聞いてくれているような。

 そんな安心感を胸に抱きながら。

 

「友達も出来たよ。……まぁ、すったもんだあったけど。

 殴って殴られて、理解しあって受け入れて。

 母さんも、似たような事してたの知ってんだから。本読んだんだから、文句言われてもしょうがないからね」

 

 もしも、彼女がいまでも生きていてくれていたら。

 そんな事を考えない日はなかった。

 今はもう悔やんではいない。あそこで自分に出来る事はなかったし、それは振武の所為ではない。悲しい事実ではあるが、それでももうそれで追い立てられる事はない。

 でも、それでも。

 やっぱり生きていて欲しかったと思う。

 

「父さんと、初めての喧嘩もしたよ。だいぶ殺伐としている感じだったけど。

 父さんにも分かってもらえたし……俺の答えも見つかった。母さんの信念とは少し違うかもしれないけど、俺も大事な物を守れるように、頑張っている」

 

 父は、自分と戦う時にここに来たんだろうかとふと思う。

 来たんだろうな。

 涙もろいあの人の事だ、きっと泣きながら謝って、それでも実行したんだろう。

 自分の家族はそういう人ばかりだ。やるべき事は基本変えない。母もそうだったんだろうなぁと思い、振武は笑みを浮かべる。

 

「あ、一個文句。母さんのやった事の余波っていうか。

 いったいリビングライフと何があったのさ。聞こうとしても「無駄話をするくらいならば少しでも勉学に励め」とか言って一方的に電話切られるし、自伝の2巻目も見つからないし。

 あれ、絶対母さんの影響受けてるんだよねぇ、悪い意味で。

 関係ないとは言えないけど、にしたってあれは酷い……母さんの事だから、問答無用だったんだろうし」

 

 リビングライフと覚の確執。

 いや、そもそもなぜ父がヒーローを一時的にでもやめる事になったのか。

 大筋は父から聞いていても、どうもはぐらかされるような内容。気になってしょうがないのだが、聞こうにものらりくらりと躱される。

 それほど聞かれたくないような事をしたの、母さん。

 

「それから……その、この前、初めてデートしたんだ」

 

 今日の本題。

 誰もいないけど、目の前に母がいるように少し恥ずかしくなって、照れ隠しに頬を掻きながら話す。

 

「覚えてる? 母さんが最後に救けた女の子。八百万百。あの子と今、一緒にヒーロー目指してる。

 付き合い……は、仮免取るまでお預けって事になるけど、でも俺は百が好きだし、百も、好きって言ってくれた」

 

 実際目の前にいたら、覚はどういう反応をしていただろう。

 女親で、しかも壊に負けず劣らず親馬鹿だったから、一緒にお祝いしていたのだろうか……いや、案外「振武は私のなの。私を倒せる子じゃないと認めない!」とか無茶な事を言い出していたのかもしれない。

 想像してみると、かなり変だが、少し微笑ましい。

 

「母さん。俺は今、すっごく幸せです」

 

 貴女の息子は幸せです。

 産んで、育てて、守って救ってくれた息子は、躓きながらもなんとか前に進んでいます。

 

「母さんに言われた通り、なりたい自分を見つけて、その為に頑張っています。

 かなり茨の道だけど、とりあえず足は止めていません、今の所」

 

 母の背中は、近づいているんだろうか。

 それとも、まだまだ遠いのか。

 今となっては分からない。想像の中の背中をいくら追いかけても追っている気持ちにはなれないから。

 でも少なくとも、その姿を見て恥と思われないように頑張る。

 

「……だから、見ていてください。

 いつか母さんが守れなかった分も守れるように。救えなかった分も救えるように。

 俺、頑張るから」

 

 天国というものが、死後の世界があるのか。

 転生したものの、いかんせんそんな記憶はどこにもない振武には分からない。

 でも、どこかで見てくれているだろう事を信じて、もう一度母の前で誓う。

 誰も彼も漏れなく救えるように、

 

 

 

「――ハッ、お綺麗な話だな、ヒーロー」

 

 

 

 そんな言葉(ちかい)を、斬り払う男がいた。

 

 

 

 

 

 





次回! 百がまたもじもじするぞ! お楽しみに!!


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