plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode8 焦りと終焉

 

 

 

 

 

 母を、目の前で殺した加害者(おとこ)の、

 自分の目の前で死んだ被害者(おとこ)の、

 息子。

 

「――ああ、その目が気に入らない」

 

 砂鉄の剣を持ちながら、砂川鉄雄が怒りを噛み締めながら口にする。

 

「ヴィランの子供、犯罪者の息子、自分が悪い事をしている訳でもないのに罵倒され侮蔑された可哀想な奴……とでも思っているんだろう?」

 

 砂鉄の擦れ合う以上に響き渡る、歯軋りの音。

 何もかもに絶望し怒りを露わにしている目は、昔見た鉄雄の父親と同じ目。

 

「違う、俺は可哀想じゃないし、だからヴィランになった訳でもない。

 俺はお前を憎んでいるんじゃない……お前も含めた世界が憎い!! だから俺がお前を殺して、お前を倒して、ちゃんと正しい事を証明する!!

 俺も親父も間違っていなかった(・・・・・・・・・・・・・・)ってな!!」

 

「……………………」

 

 彼の言葉は、間違っていない。

 口に出さず、声にせず、振武は砂川鉄雄の言葉を肯定する。

 目の前にいる男の父親だって、別に間違っているなどとは思わなかった。あの時はただただ自分の不甲斐なさと弱さを悔いただけで、一度だってあの男の事を恨んだ事はない。

 だってそうだろう?

 世界に、社会に見捨てられた男が、もうああするしか道が残っていなかった男をどう憎めというんだ。支えだった家族の1人も欠けて、頑張って来たのに否定されて。

 それを恨む権利は……いや、気持ちはない。

 恵まれて育って来た自分に、何もいう権利はない。

 

「……ふざけんな」

 

 けど。

 それでも。

 何か言わなければならない。

 憤らなければいけない。

 

「あ?」

 

 砂川と名乗った男の目を睨みつける。

 そうだ、動島振武は納得出来ない。

 目の前の男が自分を殺して復讐を終わらせて、それで今度は世界に暴力で喧嘩を売り始める……そんな事は当然ダメだ。

 

 そしてなにより、

 

「ふざけんな。勝手にブチ切れて殺しにきてんじゃねぇよ、阿呆」

 

 

 

 そんな悲しい理由で、

 目の前で怒りをぶちまけながら泣いている奴を、救えないなんて気に入らない。

 受け入れられない(・・・・・・・・)

 

 

 

「お前とお前の親父の言葉ってのは、気持ちってのは、憤りってのは、こんな汚いやり方しながら言って良いもんじゃないだろう。

 もっと堂々と、胸はって「テメェらが間違っている」と叫べない時点で、お前は間違ってる――やり方が間違ってる(・・・・・・・・・)

 

 杭で縛られた腕がギチギチと肉を軋ませ、痛みは臨界点をとっくに超えている。

 そんな事はどうでも良い。

 

「違う……俺はそんなもの認めない。

 誰かを傷つけて、ぶっ殺して証明出来る思いなんて、主張なんて冗談じゃないっ、お前も他人も犠牲にして達成される信念なんざ糞食らえだっ」

 

 伝えなければいけない事があるんだ。

 話さなければいけない事があるんだ。

 救わなければならない人が、目の前にいるんだ。

 救うんだ。

 

「俺もやってやる。お前みたいな奴も誰でも彼でも、どんな奴もきっと一緒にいられる世界になるようになってやる!!

 だから今のお前は認めない。今のお前をぶっ飛ばして救い尽くして、これからも悲しむ奴が目の前にいりゃ救い切ってやる!!」

 

 杭に刺さっている腕がゆっくりと動き、腕が抜ける。

 向こう側が覗けるのではないかと感じる穴が空いているが、杭といっても大きかった訳ではない。

 傷は後でも治せる。

 だから今は目の前の男を――救ける。

 

「だから今ははっきり言ってやる――ふざけんな(ノー)だ。

 お前のやり方も今の立場も、一個も納得なんかしてやらねぇ!!!!」

 

「――ああ、そうだ。お前に納得も理解もして貰いたくはない。

 だから、死ね。死んでくれよ、なぁ」

 

 砂鉄の剣が伸びる。鞭のようにしなって振武を襲う。

 防御……無理。防いだら防御ごと殺される。

 回避……無理。血が足りな過ぎる。

 だから、少しでも生き残れる確率を上げる為、振武は鉄雄との距離を詰める為に足を前に出、

 

 

 

「ああ、そりゃあダメだ。

 私もこの結果は受け入れられない」

 

 

 

 ――せなかった。

 言葉と共に降り注いだ、無数の武具。

 刀、槍、棒、矢、様々な武器が檻のように重なり合い、拘束具のように目の前の鉄雄を取り込んでいく。

 相手の手どころか使い手の姿すら見えない、透明の人間が操っているにしてもあまりにも数の多過ぎるそれは、鉄雄に何の反撃も許さないほど速く的確だった。

 

「がっ……ババァ!!!!」

 

 首を落とされる為に座り前屈みになっているような姿勢で叫ぶ鉄雄の声に呼応し、生み出された砂鉄の斬撃。

 しかしそれも、

 

「動島流槍術――槍衾」

 

 無数の槍の無数の刺突で掻き消される。

 その土煙の中に、人が1人立っていた。

 銀色で、襟足だけ伸ばされた髪。こちらに半分だけ顔を晒しているが、紅い目とその凛々しい姿、スーツを着こなしている姿に、一瞬男かと思った。

 だが、その声の高さから察するに、女性なのだろう。

 

「無駄な足掻きをしてくれるなよ、鉄雄。お前が今の段階の動島振武を殺してしまっては都合が悪い。

 おい、操子。私が話している最中にそこの馬鹿が動くようなら遠慮はいらない。その言葉遣いの悪い口から顔を半分にしなさい」

 

「――拝命しました。何かあれば即座に斬ります」

 

 いつの間にかそこにいたのか。刀を構えているのは、ステインと戦った時に戦った、

 

「《自動殺戮(オートマーダー)》……っ!」

 

「名前を覚えて頂いて幸いです。お久しぶりです動島振武様」

 

 相変わらずと言って良いのか分からない、魔女子とは少し違う純粋で無機質な無表情でこちらに会釈をする。

 

「ぐっ……テメェ操子っ、チクりやがったな!?」

 

「誤魔化せという指示は受けていません。そもそも私が師匠に対して嘘を吐ける訳もなく」

 

「このロボット女ぁ!!」

 

 鉄雄の絶叫を無視して、女性はこちらに向き直る。

 物騒な事をしておきながら、その顔には友好的に思われようとする笑顔で満ちていた。

 

「すまないね、うちの弟子が大変失礼した。

 いや、本当はもう少し見ていても良かったんだがね……相手の動揺で取れる勝ちもまた勝ちではあるが、それでも私はまだ君に期待している。そう簡単に死んでもらっては困るのでね。

 それに何より、君のさっきの言葉は非常に興味深い。あの死ぬかもしれない状況で啖呵を切る姿は見事……あ、いや、やり込めていないから啖呵とは言わないか。

 だが、君の精神力は素晴らしい。そんなに血を流しても前に突き進もうという考えは、まさしく『動島』だね」

 

 目の前の女性が興奮したようにまくし立てるのを見ながらも、振武の頭の中は冷静だった。頭にのぼっていた血が腕の傷から出ていったのだろうか。

 弟子……という事は鉄雄を育てている本人。しかも、あの《自動殺戮(オートマーダー)》からも師匠と言われている。

 

「……アンタが、動島知念か」

 

 振武の言葉に、女性は笑みを消さない。

 むしろ、より濃く深める。

 

「ああ、そうさ。私が動島知念。君の祖父の姪っ子にして、君にとっては……はて、この場合どう言い表せば良いのだろう……まぁ呼称など問題ではないか。

 君にとってはちょっと離れた親戚程度に思って、ぜひ「知念お姉さん」と呼びなさい。あそこの馬鹿弟子のようにババァなどと言ったら、言った舌を千切りにしてあげよう」

 

「ああ、そうかい……で、知念お姉さん。ちょっと聞きたい事があるんだけど?」

 

「ああ、良いよ、質問だね。いくつか答えられない事はあるけど、なんでも質問してくれ」

 

「ソイツを焚きつけたのは、あんたなのか?」

 

 刀を首に添えられているせいで暴れる事が出来ない鉄雄を指差す。

 知念はさも申し訳なさそうに眉を顰める。

 

「とんでもない! まだちゃんと敵か味方かも判断出来ていない人間を殺せとは言わない。

 私の目的は殺しじゃない。手段ではあるがね。今回の件は彼の独断専行だよ。師として弟子の手綱を握りきれていなかった事は、申し訳ないと思っている」

 

「……じゃあ、何でここにいる? さっきから人が来ないのも、あんたの仕業なんだろう?」

 

 いくら繁華街からかなり離れた山間とは言え、これだけ堂々と戦闘をしていれば当然誰かが来る。だが、人どころか寺の住職すら顔を出していない。

 

「私が頼んだ事だよ。

 ……ああ! もしかしたら一般人の犠牲のことを考えているのかい? 安心しなさい、無駄な殺生はしない主義だ。ちゃあんと生きているさ。ちょっと細工をしてもらっただけ」

 

「ああ、そうかい。じゃあ、最後の質問だ。

 

 

 

 その嘘くさい笑顔と人当たりの良さは見てて吐き気がするんだが、趣味か?」

 

 

 

 敵意を込めた振武の視線と言葉を、

 

「――いいや、全然。

 笑顔は私の常だが、気を使うというのは趣味じゃない。やめても良いならやめたいね」

 

 躊躇する訳でもなく動揺する訳でもなく、冷静に笑顔で答えた。

 さっきからの態度も言葉も全部作為的な臭いしかしない。肉食獣が獲物である草食獣をもてなす様な異質な違和感。

 喋っているだけで、目の前に立っているだけではっきり分かる。

 今まであったどんな人間より、目の前の女は危険だ。

 

「怖がらなくても良いんだよ振武。これでも血縁だ、大事にしないとね」

 

「……さっきまで手助けしなかったくせに、よく言うよ。

 説明して貰えるんだろうな? アンタがなんでこんな事をしているのか」

 

「ああ、話そう。だがまだ早い。こういうのはちゃんと段取りをして、2人でゆっくり話せる様な状況を用意しないと。折角初めて会った親戚同士だ。また会えるから、焦る事はない。

 それに……今は先に済ませなければいけない事がある。少し待っていなさい」

 

 知念はそう言って最後にウィンクすると、鉄雄の方に向き直った。

 

「さぁて鉄雄。やらかしてくれたね。

 まったく、これは私に対してどころか、君の恩師である〝先生〟にも申し訳がないとは思わないかい?」

 

「思わない」

 

 知念の言葉を、鉄雄は即座に否定する。

 

「俺の目的はこれだけだ。〝先生〟もお前もその為に利用してやったに過ぎねぇ。

 それを横からピーチクパーチク……テメェらの段取りや計画、目的なんざ知ったこっちゃねぇ!! 俺は動島を殺す!! 世界をぶっ殺す!!」

 

「やれやれ……君のそういう純粋さは好きだが、今回はちょっとやり過ぎだ。

 さすがに私も庇えないし、許すつもりもない。〝先生〟ならば「自主性に」どうたらこうたら宣うのだろうが、興味がない。

 

 

 

 師に逆らうという事は、処断される事も覚悟しなければいけない」

 

 

 

 散っていた槍の一本が浮遊し、知念の言葉に従う様に、その穂先を鉄雄に向ける。

 

「武家の者が釈明の為に自刃する事はままある事だ。

 どうだ? 自分で間違いを認めて死ぬ気はないか? それなら君は私に殺される事はない訳だが」

 

「……おい、やめろよ、」

 

 血が足りなくなってきたのか、クラクラする頭で必死に止めようとする。

 

「アンタら、仲間なんじゃ、ねぇのか?」

 

「仲間だ。だからルールを破る者は処断する。当然だろう?

 表社会だって法律を守れなければ死刑になるんだ。それと大して変わらない」

 

 鉄雄を見ている知念の顔はこちらから見えない。

 それでも、振武には容易に想像出来る。

 自分に向けている笑みと同じ様な笑みを浮かべて、この女は弟子を殺そうとしていると。

 

「で? どうする? 自分から死ぬと言うならば拘束を外してやっても良いが?」

 

 その言葉の答えは、

 

 

 

「だまれクソババァ――俺は間違ってない」

 

 

 

 振武が先ほど言った物と同じ――ふざけんな(ノー)だった。

 

「ああ、そうかい……なら、豚の様に悲鳴を上げろ」

 

 槍は、その眉間を穿つ為振るわれ――、

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ねぇ、百は動島のどこが好きになったの?」

 

 隣で商品を一緒に見ていた耳郎の言葉に、百は一瞬だけ固まった。

 

 

 

 ショッピングモールで、クラスメイトの大半とお買い物。

 中学校ではなかなかこういう事に恵まれなかった百はこの時間がとても楽しい。

 もっとも全員でぞろぞろ移動するのではなく、目的のものを購入する為に皆が散り散りになっているが、それでも仲の良い耳郎や魔女子が一緒なので、「お友達とお買い物」という百の中で念願の夢だったそれは叶った訳だが。

 

「き、ききき響香さん!?

 いきなり何を言っていらっしゃるんですの!?」

 

 思わず展示されている靴を取り落としそうになりながら叫んだ百に、耳郎は苦笑を交えつつ話し始める。

 

「いや、深い意味はないよ。

 振武って割と顔良いし、実家は有名だし、おまけに頭良い。性格だって良い……って言い始めると、結構もうヒーロー云々差し引いたって凄い奴だけどさ。

 でもそういうパッと見える「良い所」で百が好きになったようには、どうも思えなくてさぁ」

 

「ほうほう、響香さんなかなか鋭いですね。私も常々そう思っていたのです」

 

 近くで同じく靴を見ていた魔女子が近づいてくる。

 

「百さんは昔から振武さんのお知り合い。

 なかなか聞く機会がありませんでしたので聞きませんでしたが、百さんから見た動島振武はどういう人間なのか、そしてどこを好きになったかは、興味があります」

 

「ありますと言われましても……別に、変わった事はありませんわ。

 昔、心細い状況だった私を励まして救けてくれたから、じゃあダメですの?」

 

 子供の頃誘拐された時に救われた。

 あの頃から好きなのだから(今にして思えば、だが)間違いではないはずだが、それに魔女子と耳郎は微妙な顔をする。

 

「それはきっかけですよ、百さん。

 そこから好きになった要因が確かに存在するはずなんです。じゃなきゃ、『子供の頃の憧れの人』で終わっていたでしょう」

 

「そうそう。昔と今じゃだいぶ違うんだし、今の動島を好きな理由があるんじゃないかなって。

 そこが興味あるんだよ、私達」

 

「お、お二人共、ずいぶん楽しそうですわね」

 

 グイグイと迫ってくる2人にそう言うと、

 

「「恋バナが嫌いな女子なんか「いない」「いません」

 

 と2人仲良く声を揃えてきた。

 いつの間にこんなに仲良くなっていたのだろう……ちょっと悔しい。

 

「どこを好きになったか、ですか……そうですわねぇ、フフッ沢山あって困りますわ」

 

「あ、はいはい、そういうの良いから、モジモジしないで、お腹いっぱいだから」

 

「全く羨ま……けしからんです」

 

 2人の言葉に、恥ずかしくて気付かぬうちに動いていた体を止める。

 

「……でも、そうですわね。もし一つを上げるなら。

 私はあの人の「分け隔てなく救ける」所が好きなんだと思います」

 

「分け隔てなく?」

 

 耳郎の言葉に、百は大きく頷く。

 

「あの人は、一般の人だって仲間だって、それに敵だって救けるし、守ろうとします。

 それはきっと、あの人の愛が大きい証明です。1人に向けるには大きすぎる情が厚い人なんだなぁと」

 

 人を否定せず、受け入れ、守る。

 口で言えば簡単な事でも、それを元に行動するのは難しいし辛いだろう。だが、「難しいし辛い」というのを理由にして、振武がそれをやめた事は一度もない。

 どんなに困難で苦痛が溢れていようとも、情を持ち続ける。

 優しさと強さを兼ね備えるというのは、そういう部分なのだろう。

 

「……別に、百が良いなら良いけどさ。

 でも、それってなんかちょっと、 寂しいよね」

 

 その言葉に、耳郎は少し眉を顰める。

 

「うちだったらさ。好きな人には、私だけを見ていてもらいたい。

 何があっても、私を1番に考えて欲しい……ヒーロー相手にそう言うのは良くないんだろうけど、もっと独占していたいなぁって」

 

「……そうですわね。私も、最初はそう思っていました」

 

 独占、という程ではなかったかもしれませんけど。展示されていた靴を元の位置に戻しながら微笑む。

 

「でも、思ったんです。あの人は確かに分け隔てなく人を守るし、愛しますけど。

 別に一緒くたにされている訳ではないのだろうなぁと」

 

 周囲にいる人間を「周囲にいる人間」で一括りにする訳ではない。

 相手を尊重し、その人に合った対応をする。不器用だ不器用だと口では言っているが、彼はそういう所が器用だ。誰1人として雑には扱わない。

 

「私だって女です。愛する人から私だけを見て欲しいと思わない訳ではない。

 けど、あの人の中で、もう私はちゃんと『特別』なんです。もうそれだけで……私、凄く嬉しいですわ」

 

 仲間で、

 友達で、

 おまけに、恋人という名前だって近々貰える。

 この先一緒に過ごしていれば、もしかしたら家族や妻にだってなれるかもしれない。そんなにいっぱい1人の中で兼任出来る事は、なかなかないだろう。

 振武を愛しているからこそ、得られる特権だ。

 

 

 

「それに、……どこかの歌じゃありませんけど。

 愛している人に好きだと言われただけで、女としては誇り……その人に何があっても、側にいようと思えてしまうものです」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 穂先は、鉄雄の眉間を貫く前に止まった。

 

 

 

 ……間に入った振武に、刺さるか刺さらないかという位置で。

 

 

 

「――何をしている、振武」

 

 知念の顔から笑みは消えていた。

 感情という感情を無くし、無表情にただ動島振武を睨みつけている。

 

「――――――――――」

 

 何をしている?

 そう聞かれたが、振武は答える事が出来ない。

 自分でも、本当に何をしているのか分からない。

 でも、ダメだ。

 心の奥底に仕舞い込んだナニカが、ダメだと叫んでいる。

 絶対にダメだ、認めない、それは許されない(・・・・・)と慟哭の声を上げる。

 

「ダメだ、絶対にダメだ、俺は絶対に見捨てない、絶対に救けるっ」

 

 おかしいな。

 確かに信念としてそれを掲げて、それを大事にしてきた。

 この行動だって別に悪い事だと思ってはいない。

 いつも通りのはずなのに。

 でも、おかしい。

 不自然だ。

 

 

 

 なんで動島振武(おれ)は、こんなに焦っている。

 なんで『殺させない』ではなく『救わなきゃ』なんだ。

 

 

 

「……なんだそれは。

 おい、お前、何を思い浮かべている(・・・・・・・・・・)?」

 

 知念の言葉の真意が分からず、何も答えられずにただただ鉄雄を庇う。

 

「……いや、ここで話すには少々時間が足りないか。

 お前のソレは時間を作って話そう……幸い、罰にはなったようだしな」

 

 振り返れば、鉄雄は動揺と絶望を混ぜたような、この世の終わりだと言わんばかりの顔をしている。

 自分が殺そうとした人間に守られる。

 復讐相手に救われる。

 動島振武に……生かされる。

 それがどれほどの苦痛なのか、彼にとってどれほど大きいものなのか、振武には分からなかった。

 

「どけ、もう殺しはしない。私達は帰る」

 

「え、うおっ――!?」

 

 いきなり襟首を掴まれ、先ほどまで自分が立っていた場所にまで投げ飛ばされる。女の膂力とは到底思えない勢い。

 

「振武。お前にはまだ用がある。私がやりたい事は残っている。

 だが、そうだな……今のお前はなんだ? ソレはなんだ? どういう事が起こればソウなれるんだ

 ?」

 

「なに、を、」

 

 振武が言い返そうとすると、知念は何の表情も浮かべない。

 ただ見ている訳でも感情を込めている訳でもない、観察するような目で振武を見ていた。

 

「自覚なし、か……まぁ、それも良い。

 後々分かる事になるだろう」

 

 突き刺さっていた武具達が綺麗に整列すると、何もない空間から黒い靄が溢れ出す。

 USJ襲撃の時にも、ステイン逮捕の場にも現れた、空間移動系の〝個性〟の持ち主。

 

 

 

「じゃあな、動島振武。

 また会える日を、楽しみにしているよ」

 

 

 

 最後に、本当にただの親戚のように人懐っこい笑みと言葉を残して。

 3人は文字通り、煙のように消えていった。

 

 

 

 

 

 





次回! 壊が泣くよ! またハンカチ持て!!


感想・評価心よりお待ちしております。

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