plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

139 / 140
episode5 奮闘

 

 

 

 

 

 振武を含めたまだ肝試しに出発していなかった生徒達が(ヴィラン)に遭遇する中、既に出発していたメンバーも混乱の只中にいた。

 

「出来るだけ大量に創りはしましたが、正直これが限界でした。

 もし誰かと会ったら、こちらを皆さんに渡してください」

 

「ああ、了解だ。悪いな」

 

「いいえ、お互い様ですから」

 

 毒ガスが霧のように広がる森の中で、百はガスマスクを鉄哲に渡していた。

 この場には他にも、すでに毒ガスの影響で気絶しているB組の塩崎茨や、周囲で警戒している泡瀬洋雪と、使い魔を周囲に飛ばしている魔女子がいた。

 当然、両者ともガスマスクを付けている。この場で付けていないのは、魔女子の使い魔だけだ。

 幸い……とこの状況で言って良いのか分からないが、使い魔は毒ガスの影響を受けない。攻撃を受けた際のフィードバックはあっても、毒ガスならば自由に行動が出来る。

 もっとも、夜なので普段使っている九官鳥ではなく、夜目が利く鼠と梟を放っているのだが。

 

(……ちょっとまずい状況ですね)

 

 誰かが火を放ったのか、森の一部が燃え始め、また別の場所では毒ガスが発生している。まるで宿舎に周囲を囲んでいるように。

 かなり計画的な匂い、バラバラになっているタイミングでの奇襲。

 魔女子の頭の中にはすぐに内通者の存在が浮かんでいたのだが、それはこの際どうでも良いので無視する。

 今この状況で1番大事な事は全員が上手くプロヒーロー達と合流する事。ヴィランの退治を優先するのではなく、逃げる事を前提とする。

 相互情報交換に九官鳥を使えば良いのかもしれないが、夜なので無理。動物特有の能力を発揮出来る使い魔達は、だからこそ個々の動物のデメリットを強く受ける。

 現状では情報を集め、一刻も早く全員にテレパシーで連絡出来るマンダレイと合流すれば活かせる、くらいしか考えられない。

 下手に戦闘や誘導に首を突っ込んでは、迷惑が掛かるのは目に見えている。

 

(ですが……良くも悪くもヒーロー科。何名かは逃げるよりも戦う事を選んでしまう可能性が高い)

 

 爆豪勝己や緑谷出久、B組のメンバーは殆ど話した事がないので行動予測が難しいし、何より魔女子の友人である動島振武。

 今は集合場所にいるが、絶対彼は誰かを救けようと動くだろう。その行動予測まで含めると、

 

「魔女子さん、大丈夫ですか? もしかして使い魔にも毒ガスの影響が?」

 

 考え込んでいる魔女子を心配する百の声に顔を上げる。

 

「いえ、そういう訳では……ちょっと、弱ったなと思いまして」

 

 情報収集と分析、そこからくる作戦立案と指示。

 塚井魔女子の最も得意とする部分が、今回のような状況では十全の機能を果たさない。

 

「皆さんがバラバラですから……魔女子さん、現在どれくらいの鼠を?」

 

「100匹ほど放っています」

 

「状況はどうなっているか分かりますか?」

 

「ここからそう離れていない場所が毒ガス発生のポイント、宿舎周辺が火災、ここら辺はヴィランの所為です。集合場所にヴィランらしき人が2名、他にもいるというのは分かりますが、確認はし切れていません。遠くに隠れてしまえば、私も探しようがありませんから。」

 

 上空に飛ばしている梟と、地上を走らせている鼠達の情報を統合しての言葉に、百は冷静に頷く。

 

「ここからスタート地点、あるいは宿舎に戻る事は可能そうですか?」

 

「……スタート地点には行かない方が良いですね。ヴィランとの交戦中のようですから、足手纏いになりそうです。

 森を突っ切っていけば宿舎には行けそうですが、まだ隠れている敵がいないとも限りません」

 

「なぁ、他の連中にガスマスク配りに行くのは無理そうなのか?」

 

 近くで警戒していた泡瀬の言葉に、魔女子は首を振る。

 

「それは今回に限って言えば下策でしょう。私達はこの土地の地理に詳しくなく、全員の正確な場所を把握し切れていない……この状況で私達が目的地もなく動くのは、論外です」

 

 森は広く、道から外れた場所まで捜索範囲に入れようと思えば、様々な障害が存在する。そんな中、この3人だけで移動し続ければ良くても迷子、悪くてヴィランに遭遇。

 

「指示もありましたし、1番良いのは、やはり宿舎に一度戻る事です。集めた情報は相澤先生などに渡せば、マンダレイさんに伝えて頂けると思いますし、私達のような未熟な人間が、この計画された作戦の中で考えなしに動けば、状況を悪化させる事にもなりかねません」

 

「そ、そうだよな、悪い……なんか、凄いな。

 そこまで考えているなんて、」

 

 泡瀬の言葉に、魔女子はガスマスクの中で苦笑する。

 

「今の状況で頭が回っても、しょうがないですがね」

 

「取り敢えず、魔女子さんは情報収集を限界まで続けていただけますか?

 泡瀬さん、でしたっけ? 申し訳ないのですが、魔女子さんは全力で“個性”を使い始めると体の方が疎かになってしまう所があるので、歩くのを手伝って頂けると嬉しいのですが……」

 

「ああ、俺の“個性”は今回役に立ちそうにもないしな。背負うのでいいか?」

 

「お手数おかけします……」

 

 魔女子の申し訳なさそうな声に、「気にすんなって」と気楽に言いながら魔女子を背負う。

 

「……百さん、動島くんの現状は、」

 

 頭の中で浮かんだ、百の想い人の名前を口にすると、百はハッキリと首を横に振った。

 

「それより、今は全体の状況把握に専念してください。

 ……あの人なら大丈夫です」

 

 不安がないと言えば、嘘になるのだろう。

 この状況で、振武の事を心配するなという方が、無茶な話だ。

 だがトップクラスの戦闘能力を持っている振武が負けるはずがない。そう思って、百は何も魔女子には聞かなかった。

 

「……強くなりましたねぇ」

 

「えっと、魔女子さん? 私達一応同い年なんですが?」

 

「いえ、なんとなくで、」

 

 いつも通りの軽口。

 不安を拭う筈のお喋り。

 だがその途中で、魔女子は使い魔から手に入れた情報に眉を顰める。

 目にした物を疑う。これが本当に人間なのか、それとも単なる化け物なのかと。そうでないとおかしい形。余計なものを混ぜ合わせられた異形が、鼠の視界から見える。

 何本を生えている腕には、チェインソーやドリル、金槌といった工具が無理矢理癒着されるように取り付けられている。

 機械的なマスクが目を口を覆い、意味不明な言葉を口走り続けている。

 そして何より――露出した脳味噌が、嘗て見た存在を思い出す。

 アレが此処にいるという事は、今回の敵は前と同じ。

 冷静に考える頭脳とは裏腹に、魔女子の口から絶叫にも似た声が上がる。

 

「……百さん、泡瀬さん、右方向から敵接近!! すぐに回避してください!!

 

 

 

 脳無です!!」

 

 

 

 その魔女子の絶叫虚しく、右側の木々が倒れ、その姿を表した。

 気色悪い緑色の肌、異形の姿。

 

『ネホヒャン!!』

 

 意味不明な言葉を発し、そのチェインソーを振るいあげる。

 標的は、前にいた――百。

 

「百さん!!」

 

 脊髄反射だった。

 一瞬で生み出された使い魔は、まるで百に体当たりするようにぶつかり、その横っ腹にチェインソーの一撃を食らった。

 

「ギッ!?」

 

 泡瀬の背中で痛みに身を捩らせる。

 傷ついていない腹から、ひりつくような痛みを感じ、脂汗が流れる。

 

「っ、走ります!」

 

「お、おお!!」

 

 少しの時間、まるで動揺しているかのように制止する脳無を尻目に、百と泡瀬、そして背負われた魔女子は宿舎に向かって走り出していた。

 脳無という化け物からの逃走劇が始まった。

 

 

 ◆

 

 

 

「ご機嫌よろしゅう雄英高校!!

 我ら(ヴィラン)連合開闢行動隊!!」

 

 トカゲ頭が、手を広げ堂々と名を名乗る。

 敵連合――その名前に、振武だけではなくその場にいるクラスメイト全員が反応した。

 一学期に自分達を襲い、ステインとも関係を持っていた組織の名前だったから。

 

「敵連合……!?

 何でここに……!?」

 

 尾白の言葉は、このクラス全員の心の声だった。

 相澤の説明によれば、ここを知っているのは極少人数、学校側とプッシーキャッツのメンバーだけだった筈だった。

 なのに、現に今襲撃を受けている。

 しかも、どうやら用意周到な計画を用意して。

 

「ふふっ、この子の頭潰しちゃおうかしら……ねえ、どう思う?」

 

 挑発なのか、それとも本気なのか。長髪のオネエ言葉を使う男が、まるで鉄材のような武器を気絶しているピクシーボブの頭の押し付ける。その言葉と行動に、虎は一瞬怒りを発し行動しようとするが、トカゲ頭が手をかざす。

 

「待て待て早まるなマグ姉! 虎もだ、落ち着け。

 

 

 

 生殺与奪は全て、――ステインの仰る主張に沿うか否か!!」

 

 

 

 その言葉に、今度は振武が憤った。

 

「……赤黒に感化された奴か」

 

 そういう人間がいるのは、聞いてこなかったわけではない。

 ステイン……赤黒血染と話せば分かるが、彼の信念は強く、その強さは精神的なものから来る。緑谷に言ったように、言葉1つ1つに重みがある。

 その重みは人を感化させ、賛同させるには十分なものだ。

 だが会敵するのは、これが初めてだった。

 

「アァそうそう、お前、君だよ、名前は知ってる動島振武だ!

 保須市にてステインの終焉を招いた人物。ステインが認めた男! 会えて光栄だ!!

 俺の名はスピナー――彼の夢を紡ぐ者だ」

 

「――気に入らない」

 

 刃物を何重にも束ねた歪な大剣を構えるスピナーと名乗った男を睨みつける。拳につい力が入る。

 感化されるのは別に良い。

 影響されるのも個人の自由。

 だが赤黒の信念を笠に着て、他人傷つけて好き放題言っている人間に、苛立ちを覚える。

 自分の内から生み出していない信念を被って、こんな行為に及んでいるソレは――赤黒を馬鹿にしているのと、変わらない。

 

「待て、動島」

 

 あと一歩踏み出せば拳を振るいそうになった振武を、前にいる虎が制する。

 

「なぜお前が怒っているか知らんがな、あれは我の敵だ」

 

 振武よりもずっと大きな怒りを押し殺した声。

 

「ピクシーボブは、最近婚期を気にし始めててなぁ、女の幸せ掴もうって、良い歳して頑張ってたんだよ」

 

 仲間を傷つけられた怒り。

 理不尽な信念を振るう敵。

 その全てに怒りを感じ、言葉1つ1つに力が入る。

 

 

 

「そんな女の顏キズモノにして、――男がヘラヘラ語ってんじゃあないよ」

 

 

 

 それに振武が踏み込める筈もなかった。

 

「……俺の分まで、預けます」

 

「任せておけ」

 

 虎に話したのはそれだけだった。

 それだけで十分だと思ったから。

 

「ハッ、ヒーローが人並みの幸せを夢見るか!!」

 

 その言葉が気に入らないのか、スピナーの嘲笑が響く。

 全員に緊急連絡をしていたマンダレイも、虎と同時に構えを取り、口を開く。

 

「虎、「指示」は出した! 他の生徒の安否はラグドールに任せよう! 私らは2人でここを押さえる!!

 皆は行って! 良い!? 決して戦闘はしない事!

 委員長、引率!!」

 

「承知しました!

 皆、行こう!!」

 

 その言葉で、飯田を先頭に皆が宿舎に移動し始める。

 振武もそうだ。

 ここで下手に動いても、状況は悪化するだけだ。それが分かっていたからこそ、飯田について行こうとした。

 ――立ち止まった出久を見なければ。

 

「? 緑谷?」

 

 顔を覗き込む。

 緊張と恐怖だけではない。そこに映っていたのは、覚悟のようなもの。

 

「……飯田くん、先に行ってて」

 

「緑谷くん!? 何を言っているんだ!?」

 

 飯田の制止するような言葉にも、出久は振り返らない。

 その視線は、真っ直ぐマンダレイに向けられていた。

 

「マンダレイ!!」

 

 普段であれば考えられないほど、緑谷の声は大きく、力強い。

 

 

 

「僕、知ってます(・・・・・)!!」

 

 

 

 その言葉に一瞬迷いを浮かべるマンダレイだったが、直ぐに頷いた。

 ……その一連の流れを見て、理解する。

 昨日の夜、出久は1人どこかに消えていた。その間に洸太と話していたのだとしたら……今洸太がいる場所も知っている。

 そしてそれを知っているのは――この中で緑谷出久だけという事だった。

 

「流石、緑谷だよ――飯田! 俺は緑谷と動く!! お前らは先行け!!」

 

 誰にも聞こえないように、小さく呟いてから飯田に叫ぶ。

 

「動島くんまで何を言っているんだ!!」

 

「1人で行動させるよりずっとマシだろう!? ヤバい時は引きずってでも帰るから、お前らは先生と合流してくれ!!」

 

「っ……無事に戻ってくれよ!!」

 

 問答している時間すら惜しい。

 そう判断したのか、飯田は想像したよりもあっさり引き下がり、他のメンバーを連れて移動し始めていた。

 

「走るぞ、緑谷!!」

 

「う、うん!!」

 

 振武は振動を、出久はワン・フォー・オールの力を纏わせ走り始める。

 森の木々を避け、出久が前に出るように調整しながら。スピナーと名乗った男と、マグ姉と呼ばれていた男は、虎とマンダレイに引き付けられて追って来る事はない。

 焦げ臭さを鼻に感じながら、必死で走り続ける。

 

「動島くん、良かったの?」

 

 出久の言葉は少ない。

 馬鹿な事をしているという自覚があるのか、その声は心配そうだ。

 その言葉に、見えないだろうが笑顔を浮かべる。

 

「良いんだよ、この状況で1人で行動するのがヤバいって言っただろう!

 どこに何があるか分からないんだ、2人いれば何とかなる!!」

 

 敵は何人いるか分からない状況、1人で行動してもしそれに出会えば、殺される可能性だけではない、どんなに結果が良くても多くの時間を浪費する。

 1秒、1分でも遅れて、その間に洸太が誰かに襲われれば……考えたくはないが、その可能性がある以上考慮しておかなければ行けない。

 ここで敵に遭遇しても、最悪振武が足止めしていれば、出久だけでも先に行かせる事が出来るのだから。

 

「でも、あんまり無茶してくれるなよ!

 お前そういうのやりたがるからな!!」

 

「動島くんに、言われたくないよ!」

 

 普通の人間では出せない速度で走り続ける。

 1秒でも、早く。

 1分でも、速く。

 洸太救う為に、走――、

 

 

 

「――動島流刀術《聖断》」

 

 

 

「――っ」

 

 時間としては1秒にも満たないかもしれない一瞬、足を止める。

 声が聞こえてから、まるでつんのめるような急ブレーキ。しかしそのお陰で、出久と振武の間を両断するように振るわれた斬撃を、寸での所で回避した。

 

「っ、動島くん!!」

 

 背後の斬撃に振り返った出久に、振武は叫ぶ。

 

「止まんな!! 行け!!」

 

 洸太を救けられる出久を、ここで立ち往生させる訳にはいかない。

 なにより、

 

 

 

「こいつらは――俺の客だ」

 

 

 

 構えながら、攻撃が来た方向を睨みつける。

 夜空の輝きの中に、2人の人影があった。

 1つは、自身の身長ほどの刀を構えた少女。

 もう1つは、霧のような砂鉄を纏わせた少年。

 

「お迎えに上がりました動島振武様。

 どうやら脳無とはお会いにならなかったご様子。少し無駄をしてしまいました」

 

「………………」

 

 この場に削ぐわない丁寧な言葉で話しかけてくるオートマーダーと、前回と同じく濃厚な殺気を込められた眼光を向ける鉄雄が、振武に答え言葉に答える。

 

「っ、でも、」

 

「良いから行け!! 洸太の居場所知ってんのはお前だけだろうが!!

 時間稼ぎと逃げだけなら、俺1人で何とかなるから!!」

 

 未だ足を止め続ける出久を叱咤する。

 

 

 

「頼む、緑谷!! 救けられる奴を救けにいけ!!」

 

 

 

 今の状況で洸太を救える緑谷出久を先に行かせる。

 それは、振武らしい判断だった。

 

「……無理しないで!!」

 

 一瞬悩むように顔を歪めたが、出久はそれでも振武の言葉に押されるように駆け出した。

 あっという間に森の中に消えていき……残すは、振武とオートマーダー、そして鉄雄だけだった。

 2対1。

 状況的には、圧倒的に不利。

 

「……随分、簡単に逃がしてくれたもんだな」

 

 出久の時間を少しでも稼ぐ為に、振武は平静を装って口を開く。

 

「てっきり、2人とも相手にする! みたいなノリになるかと思った」

 

「それはあり得ません。此方達の目的はあくまで振武様。他の方に構っていられる余裕は御座いません」

 

 それに対してオートマーダーは、いつも通り抑揚のない不思議な話し方で話し続ける。

 

「まぁ、そうだろうな。

 そいつもいるって事は、前回のリベンジって認識して良いんだよな?」

 

 顎で鉄雄を指し示す。

 待てと命令されている猛獣のように、殺気はあっても動く気配がない鉄雄。その存在は、やや不気味と言ってもいい。

 前回は誰の制止も気に留めず振武を殺そうとしていた鉄雄が手を出さないというだけで、一回しか会っていない振武でも異常だと思う。

 そんな振武に対して、オートマーダーは首を振る。

 

「いいえ。今回は少し事情があります。

 もし振武様が認めてくださるのであれば。ここで1つの血も流さず。我らはこの地を離れても良い程です」

 

「……ハァ?」

 

 意味が分からない。

 てっきり先ほど名乗っていた開闢行動隊というチームの一員か、あるいはその助っ人だと思っていた振武にとって、予想外の答えだった。

 

「裏も表も御座いません。全て事実です。

 私達は知念様の命令に従っているのみ……もし条件を飲んでくださるのであればではありますが」

 

「条件?」

 

 

 

「――我々に同行して貰います。知念様がお呼びです」

 

 

 

 ………………………………つまり、

 

「今回のあんたらの狙いは……俺の誘拐か」

 

 馬鹿にしている……と思いたいが、そうとも言い切れない。

『お前には用がある。私がやりたい事は残っている』と言って目の前から消えた知念。それが今回だというならば、説明自体はつけられる。

 話をしようと、誘いに来たのだ。

 同行要請は形だけ。ここで振武は断ったからって簡単に帰らない、何が何でも振武を連れて行こうとするだろう。

 普通に考えれば誘いに乗るのは、最悪の選択。ヴィランの要求に従うなんていうのは論外。

 だがヴィラン2人を退場に出来るという利点がある。たった2人と言っても、総数が何人いるか分からないこの戦場で、効果は未知数。

 むしろ不利な状況での投降は合理的判断とも言えるだろう。

 おまけにこっちが傷を負っていない状況だったら、監禁されても逃げられる可能性は高い。

 

「返答を。どちらも傷を負わずに同行するか。それとも一戦交えるか」

 

 オートマーダーの無機質な声が森の中で響く。

 戦いの音はここにいても聞こえてくる。

 皆戦っている。

 皆、自分と仲間の命を守る為に必死で行動している。

 その中で、振武はどうすれば良いのか。

 理性と感情、どちらを優先させるか……いや、そうではない。

 答えは出ている。

 だがそれが合理的判断かと訊かれると難しい。

 きっと相澤だったら赤点だろう。

 魔女子辺りは呆れるだろう。

 焦凍辺りは賛同してくれるかもしれない。

 ……百には、心配させるだろうな。

 頭の中で色々な事が駆け巡り、思考が混ざり合い、

 

「――断る」

 

 その言葉を口にした。

 

「……もう少し合理的な判断が出来る方かと思っていました」

 

「合理的だ。感情を挟んでいないって言えば嘘になるけどな」

 

 この2人が約束を守る可能性も、自分が捕まった状況から逃げられる可能性だってそう高くはない。そもそも誘拐され、人質になった時点で他の人間が手を出し難い結果になってしまったら意味がない。

 そして何より、

 

 

 

「俺の信念が許さない」

 

 

 

 (ヴィラン)を救う。

 市民を救ける。

 そして自分を守る。

 その3つが振武の指針、信念の支柱。

 どれか1つ欠けても、動島振武は動島振武ではなくなってしまう。

 なら答えは簡単だ。

 

「俺は俺を、テメェらの手から守る!!」

 

「……ほら、やっぱり無理だろうが。律儀にお誘いしてんじゃねぇよ。

 アイツが素直にこっちに来るはずがない、そうだ、そうじゃなきゃ俺がここにいる意味が無い」

 

 返事を返したのは、というより、振武の言葉の後に続いたのは、鉄雄の同意の言葉だった。

 その顔には、喜びの感情。

 相手と戦っても良いんだという免罪符を得た、獣の顔。

 

「殺すのはNGだが、痛めつけてやる分には了承得てるんでなぁ。

 ――この前の借り、返させてもらう」

 

「……では。同行して頂く為の交渉を始めます」

 

 砂鉄がザワザワと音を奏で、武器を作り出す。

 オートマーダーが刀を構える。

 

 

 

 振武の、自分を守る戦いの火蓋が、切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりに更新です!
楽しんで頂ければ幸いです!!


さて、私事ではありますが、今日から別サイトにてオリジナル小説の連載を始めました!
あまり此方とごっちゃにしたくはないので、一度だけ宣伝を……人来ないの怖いですしね!

『《勇者》ト《眷属》ノ物語』
http://ncode.syosetu.com/n0608du/

もしご興味あれば、読んでいただけると幸いです。

@kamatasyousetu

一応、オリジナルとはTwitterアカウントも割れているので、そちらも、フォローして頂ければ。
あくまで、興味を持ったらで!!
勿論、オリジナルを始めても、こちらも頑張りたいと思います。
応援、どうか宜しくお願いします。



次回! 意外な助っ人登場! お楽しみに!!


感想・評価心よりお待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。