plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode6 轡を並べ

 

 

 

 

 

 何重にも砂塵の刃が降り注ぐ。

 

「震振撃・四王天――乱打!!」

 

 その砂塵の刃を振り払う為に放たれた攻撃は、その雨の如き刃を晴れさせるには十分な威力だった――威力だけは。

 

「――っ」

 

 拳に痛みが走るのを感じて、顔を顰める。

 拳をいくら鍛え“個性”でいくら強化しようとも、その拳は常人のそれ。刃を直接叩けばダメージは入る。触れた瞬間に破壊しているおかげか皮膚一枚で済んでいるが、拳はそれだけでも血に塗れた。

 だが、それを慮り止まる連中ではない。

 

「動島流刀術――籠ノ鳥」

 

 前に受けたものよりも完成に近づいている斬撃の籠が、振武に襲い掛かってくる。

 鼻を削がれると思えるほどギリギリの隙間を通り抜け、回避する。

 

「俺がいる事を忘れるな、動島振武ゥ!!

 

 

 

――動島流槍術(・・・・・)、竹衾!!」

 

 

 

 丁度振武が攻撃を回避した着地点から、砂鉄で作られる槍が生える。何本も、鋭い切っ先を持った竹が一斉に芽吹くように。

 回避は、――無理。

 

「震振脚――狂い独楽!!」

 

 左足を軸に体を回転させ、周囲の槍を半ばから叩き崩す。

 一瞬での思考を繰り返す振武の頭の中は、冷静な部分と動揺している部分に別れていた。

 ――鉄雄が動島流を使った。

 知念の下で動いているのだから当然と思うだろう。だがほんの少し前まで、足捌きや基礎そのものは習得していても、まだ鉄雄の技術は動島流と名乗れるレベルに達していなかった。

 自分の“個性”に誇りを持ち、それだけで戦おうとしていた程だった。

 しかし今の彼はどうだ。あの襲撃からそう日にちが経っている訳でもないのに、既にその技が形になっている。振武や他の習得者、まだ未熟とも言えるオートマーダーにも劣っているが、それでも。

 鉄雄は異常と言えるレベルの速度で成長している。

 振武が数年掛かりで辿り着いた場所に、1ヶ月、いや、下手をすればもっと短い期間で辿り着く。通常でも血反吐を吐く鍛錬を、凝縮する――生半可な覚悟や執念でどうにかなる話ではない。

 

「……笑えないな」

 

 血の溢れる拳を構えながら前を向く。

 鉄雄とオートマーダーはそれを悠長に見守ってた。この状況は振武が圧倒的に不利。むしろ簡単に連れ出すという目的の為ならば、このまま振武が失血して気絶してくれれば儲けもの程度に思っているのだろう。

 既に戦いが始まって15分。先ほどマンダレイの「戦闘許可」が出てから数分としか経っていないのにこの状況は、最悪と言えるだろう。

 

「――投降していただけませんか振武様」

 

 オートマーダーの無感情な声が響く。

 

「……言っただろう。投降はしない」

 

振武の言葉に、それでもオートマーダーは表情を変えない。

 

「この状況がもう既に逃げるも何もない事は分かっているはずですが? 此方も彼も以前貴方と対決した時の技量ではない。おまけに増援は期待出来ない。救けを求める手段もない。

そんな状況で無理に戦い命を縮める理由はないでしょう」

 

 ……確かに。

 なんて思ってしまうくらいに、この状況は宜しくない。

 周囲の音を聞けば分かるが、戦闘は激化の一途を辿っている。山火事も毒ガスもまだ収まっていない、其処彼処から戦闘の音が聞こえる。それは出久を向かわせた方向でも同じ事。

 皆自分を守る為に必死で戦っている。

 この状況で救けを期待する方が無理だろう。

 しかし、勝算がない訳でもない。

 

「……概ね同意だけど、最後のやつは違うんじゃないか?」

 

「――最後のやつとは?」

 

「そりゃあお前、命を縮める(・・・・・)ってやつだよ。

お前らの目的が誘拐だっていうなら、俺を殺す事は絶対に出来ないだろう?」

 

 その言葉に、オートマーダーは相変わらず表情を変えないが、振武が見ているのは鉄雄の表情だ。ほんの僅かではあったが、忌々しそうに顔を顰めたのを見逃さなかった。

 ……目の前の連中の目的はあくまで俺を半死半生だろうとなんだろうと〝生かして〟連れて行く事だ。

 つまり最初から殺す気なんかない。むしろ殺してしまえば、知念から何を言われるか分かったもんじゃないから、殺せない(・・・・)

最低限、手加減しないといけないって事だ。

 どんなに有利でも、これは隙になる。一瞬相手が殺さないようにと躊躇している隙に逃げる事は可能だし、その隙を狙って倒す事だって出来るかもしれない。

 勝算はある――諦める段階じゃない。

 

「……なるほど。それは考えていませんでした。うっかりしていたと言っても良いでしょう。

ですが。それならば対処の余地があります」

 

「へぇ、どんな対処が出来るって言うんだ?」

 

 自分の体力を少しでも回復させる為に。

 少しでも時間を稼ぎ、プロヒーローが此方に来れる時間を稼ぐ為に。

 話を聞くフリをする。

 

 

 

「はい――もし貴方が逃げたら、他の生徒を殺します(・・・・・・・・・)

 

 

 

「――――――――――は、」

 

 何も言葉が出なくなる。

 こいつは何を言っているんだ。

 

「此方達の任務はあくまで貴方の確保。しかしそれと同時に此方達は(ヴィラン)連合の助っ人でもあります。ならばこの行動は非常に理に叶っていると判断出来るでしょう」

 

「お前らの目的は、俺だろう! そんな話が、」

 

「なります。どうやら貴方は少し疲れているご様子。思考がそこまで追いつかなかったのですね。ここは戦場。

誰を殺すのも私達の自由です(・・・・・・・・・・・・・)

 

「――ッ」

 

 正直に言ってしまえば、目の前の2人は振武だけを見ているものだと思っていた。

 オートマーダーはその性格上、作戦以外の事をしようとはしないし、鉄雄は振武の事をを恨み、視野が狭まっていると思ったからだ。

 ――しかし目の前の奴らは、もう前の連中とは違う。

 目的の為ならば、文字通り手段は選ばない。

 

「貴方の信念は知っています。敵も味方も無辜の民も。そして自分自身も殺させない。誰もを漏れなく救い切る。

 

 

 

だからこそ――貴方は人質に弱い(・・・・・)

 

 

 

 自分の命を掛け金にして振武(じぶん)を殺しに来る(ヴィラン)

 犯人に同調し襲い掛かって来る市民。

 自分の命か他者の命、どちらを天秤に掛けなければいけないかと言う選択。

 そして――自分が逃げれば誰かが死ぬと言う状況。

 振武が今の信念を持ち続ける限り、これらの苦悩から逃れる術はない。それを理解して、オートマーダーは脅している。

 逃げたら動島振武の信念を殺すと。

 

「……なんだよ、随分(ヴィラン)らしくなったじゃねぇか」

 

 言葉と表情は冷静に……その内心は動揺に満ちていた。

 何故って? 当然だろう。

 訓練で疲れているとはいえ、危機的状況だったとはいえ、

 

 

 

 自分がそんな事を見逃して余裕ぶっていた事に、苛立ちを覚えていたから。

 

 

 

 そうだ、目の前の2人ならば平気でやるだろう。

 命令されれば死すら気に留めない女と、振武を苦しめる為ならばどんな事でもする男。こいつらが振武の仲間を狙わない理由がない。

 

(ちくしょう、失敗した――俺は、)

 

 目の前の敵を縛り付けようとして、自分が縛られていた。

 

「さぁそれでは戦いを再開しましょう。私達はギリギリまで貴方を捕まえる事を諦めはしません」

 

 刀の音が響く。砂鉄同士が擦れ合う音が聞こえる。

 他の敵連合が、逃げるか任務完了するまで捕まらなければ振武の勝ち。

 逆に、そのいつ訪れるかも分からない制限時間内に捕まれば――振武の負け。

 最低なチキンレースが、再開する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 口から生み出される、枝葉のような刃。

 歯とは思えないほど頑丈なそれは、幻想的な幾何学模様を生み出しながら突き進む。

 

「ッ、退がれ爆豪!!」

 

 その進行を阻むように、氷壁が形成される。普段であれば尋常の攻撃であれば貫通させるどころか、簡単な傷さえ作れない絶対の防壁。

 ――だがこの世界に確かな〝絶対〟など存在しない。

 通常のエナメル質以上の硬度と切れ味を誇っているその歯の刃は、枝分かれさせるように矛先を変え、氷壁を貫通させるものもあれば、横に回避するように壁の内側に潜り込んで来る。

 

「――クソがぁああぁああぁ!!!!」

 

 向かって来る刃に、爆炎がちらつく。

 B組の円場を背負っている焦凍を守るように、爆豪の爆破が猛烈な音と共に刃を破壊しているのだ。

 そんな爆豪の炎を嫌がってなのか、それとも気まぐれなのか。両手を縛られた(ヴィラン)――ムーンフィッシュはその伸びている刃を足の代わりにし、華麗に移動する。

 

「チッ、まどろっこしい!!」

 

 ムーンフィッシュの動きに、爆豪は苛立ちを込めた言葉を吐き捨てる。

 森という、炎を扱う爆豪と焦凍には不利な状況。

 地形を利用し、明らかに此方よりも経験値が高い敵。

 おまけに此方には、気絶している仲間が1人。

 状況は最悪にも近いものだった。

 

「交戦を避けろ、はもう守れなくなっちまった、なっ!」

 

 牽制の為に氷結の“個性”を使い続ける焦凍の言葉を、爆豪は鼻で笑う。

 

「ハッ、他の奴らだって戦ってんだろう! ガタガタ抜かしてんじゃねぇよ半分野郎!」

 

「そういう意味で言ったんじゃないが……それに、」

 

 背後をちらりと見る。

 そこには水で出来ているというのはあまりにも毒々しい色合いの霧が立ち込めていた。

 毒性のガス。どこまで致死性が高いのかは分からないが、それほど時間もかけず、今焦凍が背負っているB組生徒を昏睡状態にする程だ。弱いとは口が裂けても言えない。

 そして遠目から分かるほど、別の場所で炎が広がっているのが分かる。これも敵の仕業だと考えられる。

 USJの時や、保須の時とは違う計画性。

 しかし、それを推察するのは、今やるべき事ではない。

 目の前の敵を無力化、もしくは自分達が逃げ、少しでも早く全員が集合する事だ。もし魔女子や他のメンツはそう考えている者も多いだろう。

 

「――おい、半分野郎。

 テメェ、何考え事してんだゴラァ」

 

爆煙を放ちながら、爆豪が隣に立つ。

 

「こんな時でも余裕ブッこいてんのか、この手加減野郎ッ。人の心配してる場合じゃねぇだろうがアァ!?」

 

怒号が激しく耳朶を打つ。

見てみれば、余裕などない。戦っているからというだけではないだろう、額に汗を浮かべ、敵の攻撃をいなしながらも、その目は血走っている。

だが、笑みだけは浮かべている。

出久も、爆豪も、そして振武も共通する。

危険であっても、命がかかっている状況でも笑っていられる。理由はそれぞれ違うものでも、共通する特徴。

 

 

 

「――手伝え(・・・)、俺だけじゃ逃げんのも難しい」

 

 

 

……意外だった。

傲慢と言えるほど自分に自信がある爆豪が難しいと言った事も、

相手を倒す事しか考えていない爆豪が逃げる事を第一に考えている事も、

――自分に手助けを求めている事も。

 

「……お前、本当に爆豪か?

いつの間にか入れ替わってたりしないか?」

 

「上等だあいつと一緒に頭爆散させんぞゴラァ!!」

 

 右から来た歯の刃を爆散させながら、爆豪が叫ぶ。

 

「――全員、ここで終わるわけにはいかねぇんだよ。

俺は、調子に乗ってるクソデクも、いけすかねぇテメェも、余裕綽々なクソつり目も、全員この手でぶっ飛ばす、1番だって事を証明するって決めてんだよ!

 

 

 

 だからこんな所じゃ終われねぇ――これからテメェらに勝つ為なら、どんな事だってしてやらぁ!!」

 

 

 

 ……そんな爆豪の言葉を聞いた焦凍が真っ先に思いついた言葉は、「なんてこいつらしいんだろう」だった。

 誰かを守る為に、救ける為に生き残ろうというんじゃない。

 自分の目標、自分が倒したい相手を倒す為に、他の何者にも負けないという、ヒーローにはあまりそぐわない……でも、焦凍にはない熱量。

 羨望と、いつも通りのクラスメイトへの安堵感。

 

「……ああ、分かった。今回限りの共闘って事か」

 

「共闘じゃねぇ! 俺に傅けって言ってんだよこのクソ半分野郎が! ついでに死ね!!」

 

「傅かないし死なないけど……それでも、一緒に戦おう」

 

 肩を並べる。

 振武や百、そして魔女子がどうしているのか心配しながら、今は目の前の敵に集中することに決めた。

 爆豪が見せた数少ない妥協に、応える為にも。

 

 

 

 

 

 

 一方、森の中を必死に駆ける3人がいた。

 ガスマスクを被り、先導するように前を走る百。それに追いていかれないように息を切らせながらも足を止めない泡瀬。そして、幻痛に必死の形相で耐える魔女子の3人だ。

 

『ネホヒャン!!』

 

 背後には多腕の悪鬼――脳無が、意味不明な言動を続けながら追い縋ってくる。

 その足を妨害するように、鼠が、梟が、そして魔女子にとって親しみがある狼達が襲い掛かるが、文字通りの鎧袖一触。腕につけられたチェインソーやドリルといった凶器で、その体が散り散りになり、その度に幻痛は痛みを増していく。

 

「魔女子さん、魔女子さん! もう使い魔で牽制しないでください!! このままでは貴女の身体が保ちませんわ!!」

 

 既に魔女子の顔は青ざめ、寒くもないのに身体が震える。少しでも動けば傷ついていない身体が悲鳴をあげる。

 昼間の訓練での疲労も相まって、その消耗は普段より激しい。

 そんな百の言葉に、魔女子は必死で首を振る。

 

「ダメ、ダメです、私を背負っている分くらいは稼がないと、追いつかれます」

 

 体を動かせない魔女子を背負っている泡瀬は、残念ながら増強型の“個性”ではない。そんな彼が、小柄とはいえ同年齢の女性という重荷を背負って走っているのだ。そのスピードは、普段以下。

 何もしなければ捕まる。捕まれば、きっと脳無は容赦はしないだろう。あの悪辣な凶器で攻撃した時も、躊躇や手加減を感じなかった。

 確実に殺しにきている。

 そんな相手に余裕で挑んでいる状況ではない。

 

「このままでは明らかにジリ貧……いえ、下手をすれば他の皆さんを危険に晒す可能性だってあります、」

 

 このままのペースを維持出来れば、逃げる事は難しくはない。

 ――だが、このまま逃げ切れたとしたら。先生の元に、皆が合流しているだろう宿舎に行ったらどうなるだろう。

 きっとこの脳無はそこまでついてくるだろう。そして標的を自分達以外に変える――仲間の命が危うくなる。教師が戦ってくれるだろうが、そうすれば他の(ヴィラン)への対応が遅れる事になる。

 では、何が必要なのか。

 痛みの中で必死に考えた答えを、言えばきっと百も泡瀬も反対するだろう。それでも、言わなければいけない。

 

 

 

「百さん、泡瀬さん――私を囮に使ってください」

 

 

 

「そんな――、」

「お前、」

 

 2人が絶句するのも気にせず、話を続ける。

 

「私が脳無を引き付け続ければ、お二人は脳無を引き剥がして逃げる事が出来ます。逃げる事が出来れば救援を呼ぶ事も可能です。そうすれば、私が生き残る目もあります」

 

 簡単な計算だ。

 自分を抱えている状況で2人が生き残る確率はかなりギリギリだが、魔女子を引いてしまえばその確率も跳ね上がる。さらに仲間を危険に晒す事はなく、

 

 

 

 最悪、犠牲は自分1人で済む。

 

 

 

(――ごめんなさい、皆さん)

 

 魔女子を諭してくれた振武に。

 魔女子が好きになった焦凍に。

 隣で走りながら顔を歪める百に謝る。

 結局変われませんでした。性根は変わりませんでしたと。

 考えても考えても、答えが出ないのだ。どう考えても自分は足手纏いで、この状況で全員が逃げ切り、誰の命も危険に晒さずにこの脳無をなんとかする術が考えつかないのだ。

 出てくる答えは、自分を犠牲にする、皆が辞めろと言ってくれていた筈の考え方。

 自分(最小限)を切り捨て大切な人々(最大限)を救けるという考え方。

 時間が少なかったのかもしれない。

 根が深かったのかもしれない。

 でも、現時点での塚井魔女子は変わっていない。結局こういう答えしか出せないのだから。

 

「だから、お願いです――私を使ってください」

 

 そう言って、泡瀬の背から降りようとした。

 ――出来なかった。

 足の下に回している泡瀬の腕は解ける事がなく、2人とも足を止める様子がない。

 

「何、しているんですか、早く、私を、「――ちょっと黙っておいてください」

 

 魔女子の言葉を遮り、百が振り返って手を伸ばす。

 襲い掛かる脳無に向かって、

 

 

 

「時間が掛かるんですの――大きいものを作るのは」

 

 

 

 巨大な蜘蛛の巣のようなネットを放つ。

 

『ネホヒャン!?』

 

 動揺して硬直する脳無をネットが搦めとる。

 本来であれば、そんな物一瞬で斬りふせるなり、払い除けるなりできるだろう。だが遠目から見ても分かる。それには異常な硬度と粘着性を持っていた。

 文字通りの蜘蛛の巣。

 

「合成金属と、瀬呂さんから教えてもらった粘着性の合わせ技。暫く時間も稼げるでしょう。

さて、魔女子さん――、」

 

 もがく脳無を背にして、百は魔女子に近づいて――その額にデコピンをぶつける。

 

「いたっ」

 

 そう強いものではないが、幻痛の痛みも相まって思わず声を上げる。

 いきなり何をするのか。額を抑えながら顔を上げると……百の顔は、今にも泣きそうだった。

 

 

 

「冗談でも、本気でも、二度とそんな事を仰らないでください」

 

 

 

 有無を言わさない言葉に、魔女子は目を見開く。

 

「貴女の考えた作戦は、このまま私と泡瀬さんが何もしなければ(・・・・・・・)という話でしょう。

ならば簡単です、3人でこの脳無を押し止めれば良いだけです」

 

「――無理、です」

 

 いつまで抑え込めば良いのか。そもそも制限時間があるのか。このままでプロヒーローの救援が来るのか。

 それすらも分からないこの状況で、3人でこの化け物を抑え込める筈がない。

 

「3人だけで、何時間も抑え込めるはず、」

 

「……魔女子さん。振武さんに影響を受けたのは、貴女だけじゃないんですの。私も、振武さんの口癖が移ってしまいました」

 

 手から長柄の槍を作り出し、脳無に向かって構える。

 

 

 

「――私も、無理無茶無謀と言われたら、やりたくなってしまいますの」

 

 

 

 ……ああ、そうだ。

 すっかり忘れていた。

 あの、真っ直ぐで大胆不敵で、時々天然な向こう見ずは、他人を変えてしまう天才だった。痛みも忘れて、思わず笑みが溢れる。

 

「でも、それは私と魔女子さんの都合。泡瀬さんは、救援要請をしに行って頂いた方が良いかも知れませんが、どうですか?」

 

 百の笑みに、泡瀬は何かを言おうとして口を何度も開けたり閉めたりするが、結局音にならず、盛大な溜息が出て来る。

 

「ダァ〜、あんたらだけ置いていけるかよ! 俺だって雄英高校ヒーロー科だ! 手伝う、手伝いますよ!!」

 

「お気遣い感謝します――さぁ、始めましょう」

 

 既に半分ほど拘束を解いている脳無を睨みつける。

 本当なら、逃げるのが1番合理的なのだろう。しかしこの状況で逃げるのが良い事ではないという魔女子の意見にも賛同できる。

 ここで少しでも時間を稼ぐ。

 もし出来れば――脳無を撃退する。

 

「さぁ、私達の正念場ですよ」

 

 緊張で震える手を押さえ込んで、百は真っ直ぐに敵と対峙する。

 

 

 

 

 

 

 血が抜けていく感覚を無視して構える。自分の血で滑る拳を無理やり握りしめる。

 この信念を抱いた時から分かっていた。既に動島振武に退路なんかない。

 真っ向から相手にぶつかっていくしか能がない。

 

「――動島流刀術、聖断」

 

 自分の体を両断する刃を回避し、瞬刹で相手の懐に入る。

 振動を拳に纏わせ、それをオートマーダーの腹に叩き込もうとして、

 

「させぇねぞ、動島ァ!!」

 

 砂鉄の壁がそれを阻む。水面を打つのに似た感触を手に感じ、感じた瞬間にそのバックステップで距離を取る。

 予想通り、壁から無数の刃が触手のように振武を追い、それを一本一本破壊しながら下がり続ける。

 

「逃げんな!!

 動島流槍術――突槍!!!!」

 

 壁が晴れ、そこから鉄雄が突進して来る。

 突撃槍(ランス)のような円錐状に砂鉄は変化し、一気にこちらに詰め寄って来る。常に流動的な砂鉄の槍はさながら、巨大な切削工具。この体と装備の無さで防ぎ切ることは出来ず、避ければ後方にいるオートマーダーが斬撃を飛ばして来るだろう。

 防御も回避も出来ないなら、

 

「前に、進む!!」

 

 右腕に振動を集中させる。

 拳を痛めている状況で最大火力を出せば自殺行為。もう1人敵がいる状況では下策。

 なら、上手い事方向を決めれば良い(・・・・・・・・・)

 

「震振撃――破槌!!」

 

 拳を少し曲げながら、突撃槍と正面衝突する。

 刹那の抵抗感と貫かれる痛みの後、砂鉄の繋がりで作られたそれを切っ先から崩し、突き出された腕を避け、予想以上に硬い腹にぶち当てる。

 

「っ――」

 

 おそらく砂鉄でも腹に仕込んでいたのだろう。相手にダメージがないのは、しめたという笑みを浮かべている鉄雄の顔でも分かる。

 しかしそれで良い。

 狙いはこいつを倒す事じゃない。

 

「――吹っ飛べ(・・・・)!!」

 

 拳に乗った衝撃が、そのまま鉄雄の体を弾丸に変える。

 吹き飛ばされた場所には、刀を構えるオートマーダー。

 

「しまっ、」

「っ!?」

 

 何が起こっているのかを判断する前に、鉄雄とオートマーダーは衝突し、体勢を崩す。

 ――予想通り、2人は連携に慣れていない。1人で戦い、技を極め、自分の武の事しか考えていない連中が、2人で本当の意味での連携を取れるわけがない。

 攻撃はタイミングを合わせているだけの単調なもので、位置取りも精細さに欠ける。だから、こういう風に二つ同時に妨害する事が出来る。

 これでは倒せない、振武にも分かっている。

 だが負ける事はない。

 

「っ――」

 

 思考も足も止まらない。

 この戦いがタイムリミットを迎えるまでは、

 

 

 

「――――止マレ――――」

 

 

 

「ッ――ハ、」

 

 体がほんの一瞬、本当に一瞬だけ静止する。

 だが数秒という時間が命取りになる戦闘という場。誰も助けてくれないこの状況で――それは致命的な時間だった。

 

「お返しだ――吹き飛べ!!!!」

 

 横合いから衝撃が走る。

 粒子で作られた鉄槌が、体の事もまるで度外視して振武を吹き飛ばす。

 

「ガッ!?」

 

 息が詰まる。

 全身の骨が粉々になったのではないか、そんな錯覚を覚えるほどの激痛。踏ん張る事も出来ず、そのまま森の中に投げ出され、木も草も薙ぎ払って地面に投げ出される。

 軽い脳震盪と出血で、視線が定まらない。歩く手足を動かしてみると、動きはするが激痛が走る。

 それでも、体は動く。

 起き上がらなければと、無意識に手足が力を入れる。

 

「もはや満身創痍。いいえ状況的にはまだ戦えるでしょうか。ですがここで拘束すれば手間は省けます」

 

「ア゛? 良いじゃねぇかもう少し嬲ろうぜ。俺はまだこいつをボコボコにし足りないんだよ」

 

 少し離れた場所から2人の声が聞こえる。

 焦燥が頭の中で反響し、焦るように手足が動くが、どんなに焦っても体は回復しない。フラフラになってる手足も脳も、振武の挙動を遅らせる。

 

「ダメです。いくらドクターが治療してくれるとはいえ知念様は対話を望まれています。傷つけ過ぎれば知念様に折檻をくらいますよ」

 

「――テメェ、俺があのババアにビビってるっていうのか?」

 

「誰もそのような事は言っていません。命令には従うべきだと言っているのです」

 

「ハッ、んなもん関係ないな。死んでなきゃそれで良いじゃねぇか――ほら、奴さん立ち上がるぜ。もう少しぐちゃぐちゃにしないと逃げられるかもしれない、だろ?」

 

 サラサラと砂鉄が動く音がする。

 自分の周りに大きな針の様な武器が生み出されているのが気配でわかる。

 早く、早く、早く。

 両足を、両腕を急き立てながら、顔を上げ、震える手で構えを取る。

 正直、これ以上戦っていられるのか。この攻撃を防げるのか分からない。

 それでも、動かなければ。振武はここで動かなければと、心の中の自分が叫び続ける。

 戦い続けろ。

 争い続けろ。

 それが俺が、

 

「ハハッ、腕一本くらいは無くなっても良いよなぁ!!」

 

 俺がしなければいけない、事、

 

 

 

「――〝バブルショット・トルネード〟」

 

 

 

 その言葉と同時に、振武の周りを取り囲んでいた砂鉄が()によって崩されていく。

 ――その“個性”に見覚えがあった。

 隣に人の気配を感じて、視線を向ける。

 青いショートボブ。こんな緊張感溢れる場所でも、気怠げな表情を見れば、気が抜けるというより安心してしまう。

 

 

 

「――手助け、いる?」

 

 

 

 体育祭の一回戦で自分と戦った、泡使い。

 泡吹崩子が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです!
長い間更新滞っていてすいません、ありがたい事にオリジナルの方も何とかひと段落着いて、こちらにも早速更新させていただきました。
長く待て頂いた方ありがとうございます! そしてマジすいません!
これからもまだこの物語は続いていきます、どうかお楽しみに!!


次回! 磁石って意外と強力だね! お楽しみに!!


これからもこの作品を応援していただけると幸いです。

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