plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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最新話です!
ようやっと書けた……楽しんでいただければ嬉しいです!!


episode5 不恰好な終焉

 

 

 

 

 ゴウッ!!

 

 豪炎が、振武の横を通過する。

 避ける事は簡単だ。

 避けるだけならば。

 

「オラオラどうしたどうした!! さっきまで偉そうにしてたのは虚勢ですかってんだ!!」

 

 大柄の青年……燃盛(もえさかり) 熱波(ねっぱ)の体が、その名前の通り燃え盛っていた。体の表面はまるでまだ熱が冷め切っていない鉄のように赤く、ひび割れた箇所からガスが生まれ、それに引火し続け彼の体を燃やす。

 そんな姿だが、彼は熱に悩まされるどころか、気分が高揚したかのように楽しそうだ。

 対して振武は、軽やかに避けているものの、苦々しい顔をしている。

 

「炎系……って言うより、ガスに引火してるだけか?

 火の出し方も人によるっていうが、面倒だ」

 

 振武はまた飛んできた火の玉を避けながら、小さく溜息を吐く。

 自分の敵である熱波は、かなり強力な個性だった。焦凍と同じように複合型なのかもしれない。皮膚は硬く、本当にマグマのような熱を持っている。おまけに体の周辺には炎と熱を持った空気が纏われるように滞留している。

 

「――ハッ!!……ぐぅ」

 

 ガツンッ!!

 

 振武の拳がぶつかった瞬間、鉄板を打ち付けるような鈍い音。その音の通り、まるで大きな鉄の塊でも殴ったかのように手応えがありすぎた。そして、その膨大な熱量。

 焼け爛れてはいないものの、肌は赤くなり、見る人間によっては痛々しさを感じる者もいるだろう。

 振武の体はその摩擦熱を処理するために、熱にはかなり強い。しかしそれは筋肉や骨などを振動させるために必要な体の内部の強さであり、皮膚などは特別熱に強いわけではない。

 素手である振武の拳では、個性による破壊は出来てもダメージを受けてしまう。破壊した所で体から出しているガスなどがどう反応するのかも分からない以上、気軽に攻撃するわけにもいかない。

 ここで自身の拳が使い物にならなくなってしまうと、まだ残っている主犯の人間を確保する事が出来ない事だってありえる。先の事を考えると、手傷は最小限にしたい振武にはやり辛い相手だった。

 

「――こっちも、少々厄介だ」

 

 戦っている過程で、振武と背中を合わせるように戦っている焦凍も同じようにどこか苦々しい表情を浮かべていた。

 

 ガンッ! ガンッ!! ガンッ!!!

 

「ヒヒッ、遅い遅い!! なんでこんなに遅いんだぁイケメン!!」

 

 小柄の少年……或真(あるま) 慈郎(じろう)の体も、その個性によって普通のものとは違うモノになっていた。それを一言で言うならば――鋼鉄の甲羅を持ったアルマジロのような姿をしていた。

 体を丸めてバレーボールよりも一回りか二回りの大きいサイズになり、弾丸のように駆け回る。勢いがついたボーリングの玉よりも勢いがある慈郎の攻撃は、壁を破壊し、廊下を陥没させる。

 それを彼は痛がりもせず、楽しそうに焦凍に攻撃を続ける。

 焦凍も回避し、防ぎ、攻撃を続けているが、芳しくない。

 

「こっちは速すぎて捕まらねぇ。こっちも俺と同じ複合みたいだが……それにしたって、動物の個性持っている奴が、それ以外の個性も持っているってのは妙だな」

 

 そう言いながら焦凍は脇腹を押さえながら敵を睨みつける。

 アルマジロは弾丸すら防ぐほどの外殻を持っている。それが人間大の大きさを持っているのだからそれなりの効果を持っているのだろうが、しかしそれにしてもその動きはあまりに速すぎる。脇腹に攻撃を食らった時は、呼吸すら出来ず、少しの間動きが鈍ったほどの勢い。

 そして焦凍の攻撃は中々通用しない。細やかな操作や高威力の攻撃は得意だが、少なくとも慈郎の速度に対応できてはいない。何より、狭い廊下というのがいけなかったのかもしれない。

 倒せないわけではない。狭い範囲での高威力攻撃は先の事を考えると良くはない。校舎を壊して人質がいる教員室にも影響があるかもしれないからだ。

 まるで別の個性を使っているかのように(・・・・・・・・・・・・・・・)速すぎる。

 

「個性が二つあるってのか? お前みたいに複合型って言うなら別だが、普通ありえねぇだろ」

 

 個性とは、常に1人につき一つしか持てない。

 複合型という、二つ以上の特性を持つ個性というのは存在する。焦凍の〝半冷半熱〟もその一種である。そのようなものは、良くあるとは言い切れないが、ないわけではない。

 だが、その特性がお互いまるで関係のないものであればどうだろう?

 それは混ざり合い別の形になるか、どちらか一方が引き継がれるか、まるで関係ないものが生まれる。勿論遺伝というものが存在し、探してみれば両親と関係のない個性でも、親族にいたりする。

 しかし、その中でも或真慈郎の個性は奇妙であったし、その違和感は燃盛熱波にも言える事だった。

 あまりにも、複合している個性が違うように、思えたのだ。

 

「お互い厄介な奴を引いちまったな」

 

「自分でのっといたとは言え、な――くっ」

 

 ドンッ!!

 

 焦凍の言葉を遮るような攻撃を、苦悶の表情を浮かべながら回避する。

 戦闘中で感覚が鋭敏になっているのか、肋骨にヒビでも入っているのか。意識を持っていかれるほどではないが、鈍い痛みが焦凍を苛む。

 

「ヒヒヒヒ、なに余裕ぶっこいてんだイケメン!」

 

「あぁあぁそうだ!! てめぇもだぞ、拳野郎!!」

 

 ゴウッ!!

 

「おっと!」

 

 間髪入れず、まるで散弾のように放たれるのを、振武も回避する。

 実力だけ言えば、振武も焦凍も負けてはいない。

 他の者とは地力が違う。今までの戦闘を見ればわかる通り、そこら辺のチンピラに負けはしないし、そこそこのヴィラン相手でも戦える。目の前の敵は確かに強いが、ここまで一方的な戦局になる事がそもそもありえない。

 問題は相性。

 お互いがお互いの相手に対して、相性は良くなかった。

 

「――っ」

 

 振武の足は止まらない。

 動かせば動かすほど、体の動きはより機敏になっていく。

 熱波の炎を避け、隙あらば攻撃を入れ続ける。

 しかしジリ貧。

 自分の個性では倒し切ることが出来ない。

 

「っ……」

 

 対する焦凍も変わらなかった。

 まだまだ自分の許容量にも余裕があり、思考も冴えていく。

 慈郎の攻撃を氷の壁で防ぎ、隙あらば凍りつかせようとする。

 しかし難しい。

 自分の個性では捕まえることが出来ない。

 

 

 

「――こりゃ、ダメだな」

「あぁ、そうだな――」

 

 

 

 背中を合わせながら振武がそう言うと、焦凍も間髪入れず返す。

 そんな状態だから、お互い顔が見えない。しかしネガティヴな言葉でありながら、彼らの表情はその真逆だった。台詞を付けてしまえば「やれやれ」といった呆れと余裕の笑み。

 この程度で危機に瀕しているならば……そもそも、ヒーローなど目指していない。

 

 

 

「余裕ぶっこいてんじゃ、」

「ねぇえぇえぇええぇえ!!」

 

 

 

 廊下を焼失してしまいかねない猛火と、

 先ほど以上に勢いのました体当たりが、

 放たれた直後、

 

 

 

「「――交代だ」」

 

 

 

 2人はまるでコインをひっくり返すように、立ち位置を入れ替えた。

 

「「なっ――」」

 

 熱波と慈郎の絶句する声が響くが、2人は全く動じない。

 

 

 

「見た所促進剤代わりにガス使ってるみたいだが……その時点で、お前は俺には勝てねぇよ」

 

 早送りしたように放たれた炎は氷の塊になり、床に落ちていく。

 

「くっ、このお坊ちゃんが!!」

 

 ゴウッ!!

 

 熱波はすぐに自身の体に豪炎を纏わせる。

 周囲の風景が熱で屈折する。激しく燃え盛るそれは、炎で作られた人形のようだ。

 今日最高の火力。

 水は蒸発させ、自分の力でも鎮火することが出来ない程、制御の限界を超えたものだ。

 勝てる。

 熱波はそう思った。

 だが、

 

 

 

「火力は確かに立派なもんだ――だが、クソ親父に比べればロウソク程度だ。

 その程度の火力で俺を燃やし切れるなんて思うなよ」

 

 

 

 勝負は一瞬で決まってしまった。

 

 ピキピキビキッ!!

 

「――なっ」

 

 焦凍はそのまま、炎ごと凍りつかせた。

 ――燃盛熱波の火力は素晴らしいものだった。決して熱波の個性が弱いわけではない。

 しかし個性は強くても戦闘経験が薄く、個性の制御も非常に雑だ。個性の特異性を引いてしまえば先ほどのチンピラ達と大して変わらない。いや、個性を完全に制御しきれていない分、チンピラ達より劣っていたのかもしれない。

 そんな人間に、トップヒーローに鍛えられた轟焦凍が、負ける訳がない。

 

 

 

 そして――それは振武にも当て嵌まる事だった。

 

「ハァッ!!」

 

 ガヅンッ!!――ビキッ

 

 振武の拳と慈郎の体が衝突する。

 慈郎の体は鋼鉄に近い。弾丸をも弾くそれにただ拳を打ち付けるだけなら、壊れるのは拳の方だ

 ……本来は。

 

「ギッ!?」

 

 慈郎は今まで感じた事のない痛みを感じ、叫びそうになるのを歯を食いしばって耐えながら拳の勢いを利用して相手と距離を空ける。

 自分では確認出来ないが、今も続いているその痛みではっきりと理解した。

 ヒビが入ったのだ。自分の、弾丸も防げる甲羅に。

 

「なっ、なんで!? さっきまで熱波の体に傷すら付けられなかったてめぇが、なんで、」

 

「お前は戦いを楽しんでたみたいだから、気づいてなかったんだな」

 

 恐怖と疑問に染まっている慈郎の言葉に、振武は体をほぐしながら答える。

 

「別に傷つけられなかった訳じゃない。あの熱に対処出来ず、攻撃しすぎりゃガスがどう作用するかもわからねぇ。そんな中で本気なんか出せる訳がないだろう?

 こっちが我慢して手加減(・・・)してやってたんだろうが」

 

 熱もなく、攻撃して周囲に被害を及ぼす可能性もない。

 ただちょっと速い程度。

 ただちょっと硬い程度。

 

 

「その程度なら、お前はそう強くねえ」

 

 

「っ――キエエェエェエェエエェエエェェエ!!」

 

 慈郎は奇声を上げながら、再び体を丸めて突貫する。

 ただ突っ込んでくる訳ではない。

 壁に、天井に、床にぶつかり、ピンボールのように縦横無尽に飛び回る。当たれば当たるほど勢いを増し、威力を増していく。

 慈郎にもギリギリ制御できる速度。

 相手にぶつかるだけだからこそ出せる最大威力。

 その勢いでぶつかれば、ぶつけられた人は死ぬだろう。何せ一瞬の速度であればバイクなどにも負けない。交通事故レベルの速度でぶつかる物体に、人間は反応できない。

 ……普通ならば。

 

 

 

「確かに速いけど……祖父ちゃんの刀に比べればハエが止まるレベルだ。

 その程度で俺を倒せると思ったなら、考えが甘い」

 

 

 

 ドガンッ!!!!!!

 

「――グヴァッ!?」

 

 振武の拳は、慈郎の体を貫き、簡単にその甲羅のような体表面を砕いた。

 ……或真慈郎の攻撃は、今までの中で最高のものだった。決して個性が弱い訳ではない。

 だが燃盛熱波と同じく、或真慈郎も所詮チンピラ程度の力しかなかった。熱波より個性の扱いはそれなりに上手かったが、それは単純に速度を上げるものだったからこそだ。経験も鍛錬した量も、振武に勝てるはずもない。

 そんな輩に、祖父に10年間鍛えられた振武が、負ける道理はなかった。

 

「……おい、本当にこんな奴に手間取ってたのか? 速いってそれほどでもないじゃん」

「……ステゴロ馬鹿のお前と同じにするな、お前こそ、あいつの火力は大した事なかったぞ」

「こっちは素手で殴りつけてたんだぞ、凍らせるだけのお前と一緒にすんなよ」

「俺だってあの速度に反応出来る訳がないだろう。お前と一緒にするな」

 

 お互いボロボロの姿になりながらも、目を合わせずに話し始める。

 内容は相変わらず憎まれ口の応酬のようなものだったが、その表情は明るい。

 2人で、何かを一つ達成できた高揚感と爽快感。

 お互い訓練を続けていたが、しかし2人とも自分達の実力に届かんとする人間と、本物の戦いを行うのは初めてだった。

 それ故に、勝った事による気分は晴れやかだった。

 

「……まぁ、とりあえず」

「あぁ……」

 

 ここでようやく、顔をあわせる。

 少し疲れたような色を見せながらも清々しい笑顔の振武と、

 相変わらず表情が大きく変わらないものの、どこか嬉しそうな焦凍は、

 

 

 

「「ひとまずお疲れさん」」

 

 

 

 パンッ!

 

 どちらともなく、手を上げてハイタッチする。

 ……これだけで終わるのであれば、振武も焦凍も気持ちが良かっただろう。このままヒーローの到着を待っていても、問題はない。

 だが、

 

「じゃあ、行くか……脇腹どうだ? 動けないならここで待ってても良いぞ」

 

「馬鹿言うな、それこそありえない。ここまで来たら、最後までやる。

 お前こそ、火傷の方は大丈夫なのか?」

 

「ちょっと赤くなってるだけだ。火傷って言うほどじゃねぇよ」

 

 お互い少し気遣いあいながらも、2人で歩き始める。

 燃盛熱波はガスの出入り口が氷で塞がれているせいで抜け出す事は出来ず、或真慈郎は完全に気絶し目覚めたとしてもこの怪我で動けるはずがない。

 完全勝利の状態で、2人はそのまま教員室に向かった。

 

 

 

 

 

 中は異様な静けさだった。人の気配はするものの、普段教師同士の会話ややって来た生徒との会話、そうでなくてもパソコンのキータッチの音や何かしらの物音がするものだが、今日の今この時に限って言えば図書館の中にいるような静けさだ。

 

「中の様子は?」

 

「……このガラスじゃうまく見えないが、少なくとも扉の前に固まってるわけじゃなさそうだな」

 

 焦凍の言葉に首を横に振る。窓には覗き込み防止のシールの所為で曇りガラスのようになっていて、確認できるのは少しの人影だけだった。それでも何とか人質が集められている場所くらいは把握できる。

 魔女子がいてくれれば……という考えが振武の頭に浮かんだ。

 彼女がいれば使い魔の鼠でこの教室の中を探ってくれていただろう。今言っても仕方ないし巻き込む気は最初からなかったが、悔いが少々出てしまうのはしょうがないだろう。

 

「しゃあない、突っ込むしかないか。

 焦凍、ドアぶっ飛ばせるか? そのまま俺が入って一気に倒す」

 

「教員室全体を凍らせる事は出来ないのか?」

 

「犯人だけだったらそれも考えたんだけど……この状況じゃあなぁ」

 

 もし教師の誰かが、あるいは瀕死の状況だったら。焦凍の氷結でトドメを刺しかねない。

 それでは本末顛倒だ。

 

「……確かに。分かった。3数えたら吹っ飛ばす」

 

「了解っ」

 

 焦凍の言葉を聞いて、すぐに振武は扉の前でクラウチングスタートのように体を低くする。

 獲物に遅いかかる獣。振武の姿を見て、焦凍はそんなイメージを幻視した。

 

「……3、」

 

 振武の足と腕の筋肉に力が入る。

 

「……2、」

 

 足に微細な振動が走る。

 振動の威力をそのまま推進力にする。

 

「……1、」

 

 すぐに周囲の状況を把握するために、目をしっかりと見開いた。

 

 

「――いけっ!!」

 

 

 バコーンッ!!

 

 足から伝わった冷気は、振武の進行方向を邪魔しない、しかし扉をあっさりと破壊する氷塊を生み出した。

 刹那。

 振武が人と思えない速度で教員室に入った瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 世界は揺れた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「ぐっ、あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛!」

 

 勢いを殺しきれず、振武の体は教員用のデスクに勢い良くぶつかる。

 しかしその痛みを感じている余裕は存在しなかった。

 視界がブレて、まるで世界が歪んでいるようにグニャグニャと視界に入るものが形を変える。

 耳には大きな耳鳴りのような金属音が反響し、それを聞いているだけで吐き気を催す。

 足が震える。腕に力が入らない。

 何が起こったか、状況を処理しようとしても、強烈な酩酊感のようなもので思考することすら放棄させられる。

 何だこれは!? 何が起こった!?

 そんな恐怖感に似た漠然とした疑問しか頭の中には浮かばない。

 

「ははっ、調子こいて来るからだ、馬鹿だなぁ。

 なんでもっと情報収集しないのか。まぁお前らみたいな低脳ならしょうがないけどさ」

 

 振武の目の前には、反田響が立っていた。

 振武にはその人を蔑んでいる声は聞こえないが、反田には関係がない。

 彼にとっては、自分が喋っているということが大事なのだ。

 

「聞こえないだろうけど教えてやるよ。そいつは俺の個性の所為だ。

 明滅する光と特殊な音波で人を酔わせる。どんな奴も、どっちかには効果がある。全員がヘレンケラーみたいな連中じゃないんだ。

 まぁ、指向性に難ありなんだけどね。外にいる奴も無力化しないといけないから、しょうがないよなぁ」

 

 反田がチラリと破壊された扉の向こうを見れば、焦凍も振武と同じように謎の酩酊感でその場にうずくまっていた。

 焦凍だけではない。拘束された教師達も、反田の仲間であろう少女も、その酩酊感に苦しんでいる。

 反田の個性〝酩酊〟。人間が認識できないレベルの光の明滅と音波で相手の三半規管や脳に影響を与え、強力な酩酊感を与えるものだ。

 それ自体に攻撃力はない。しかし耳と目を持っている人間には、どんな者にも効果を発揮する。敵を無力化するのであれば、これほど強力な個性もそう多くない。

 無差別な攻撃。

 そもそも、連れてきた者達も、そばに控えていた者達も、全て反田の中では仲間という認識ではなかった。

 使える手駒、という認識だった。少し前までは。

 

「まぁ、お前ら程度の奴らにやられるような奴、使ってやっても意味がないしなぁ。

 まったくどいつもこいつも……俺の計画通りに動ける奴はいないのか!?」

 

 ドカッ!

 

「……っ」

 

 いきなり感情を露わにした反田は、振武の腹を蹴り上げる。

 感情的とはいえ、鍛えてもいない人間の蹴りくらいであればいくら受けてもダメージになりはしない。しかし酩酊感と吐き気に苛まれている振武にとって、それは痛みよりも苦しみを増幅させていた。

 

「なんでだ! なんで上手くいかない!? 俺の思い通りにならない!?

 簡単だ! 皆雑魚で無能だったからだ! あのチンピラどもも、俺のそばで群れてた奴らも、外にいる奴も、お前も!!」

 

 何度も何度も何度も。

 振武の腹を蹴り上げながら、自分の不満を垂れ流す。

 

「無能なら無能なりに、低脳なら低脳なりに!! 優秀な俺の邪魔すんなよ!!

 全員して俺の邪魔ばっかりしやがって!! ちくしょうちくしょうちくしょう!!!」

 

 ――反田の怒りは収まらない。

 振武が死ぬまで、いや死んでも蹴り続けるだろう。

 邪魔が入らなければ。

 

 

 

「――あぁ、やっぱり光と音でしたか。

 予想が当たって何よりです」

 

 

 

 その声とともに、二体の水色の狼が教員室に駆け込み、反田に襲いかかった。

 

「――くっそ!!」

 

 反田はすぐに対応しようとした。

 彼の個性を発動させる為には両手を打ち合わせる、所謂拍手をしなければ効果を発揮出来ない。

 他にも方法はあったはずだったが、まだこの個性に慣れていない反田には親しんだ動作でしか発動出来ない欠点があった。

 だがすぐに手を打ち鳴らせば良いだけ。時間としては数秒程度のものだ。

 だが、それも止められる。

 狼達はそれを心得ているようで、まるでその両手を封じ込めるように、その手首に牙を突き立て、反田を引き倒すようにその場に倒した。

 

「……発動条件が明確で良かった。ノーモーションで行われていたらどうしていたか。

 でも少し残念です。ちゃんと準備してきたものが無駄になってしまいました」

 

 廊下から焦凍に肩を貸して扉から入ってきたのは……塚井魔女子だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「塚井、さん、なんで、」

 

「決まっているでしょう。あなた方が心配で追いかけたんです。

 学校周辺はプロヒーローの方々が集まっています。もう少しで救援にやってきますよ」

 

 なんとか酩酊感が治まってきたのか、振武が途切れ途切れに聞けば、魔女子は焦凍をゆっくり振武の隣に下ろしてから、こちらに微笑みかけた。

 

「まったく、男の子というのはどうしてこう無茶が好きなんでしょう。本当に馬鹿です。しかも最後にはやられそうになってるじゃないですか」

 

「あ〜、そりゃ、悪かった。

 あんな個性持ってるとは思って、なくてな」

 

 残った酩酊感を振り払うように頭を振る。

 思考はまだが掛かっているが、普通に話しているだけならば問題ない程度にまで治まっていた。

 

「ちゃんと警戒してやらないとダメです。そこら辺は轟さんも動島さんも得意な部類だと思っていたのですが中学生男子の無茶苦茶っぷりには脱帽です。

 案外、お二人ともまだまだ子供ですね」

 

「そこは面目ない……で、塚井さん」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「……なんでサングラスなんかしてんだ?」

 

 視界がクリアになって改めて見てみれば、何故か魔女子の顔には彼女には不似合いなサングラスがかけられていた。女性向きのものではない、レイバンと呼ばれる、とある映画でも有名になったレンズの大きなサングラスだ。

 

「あぁ、これですか?

 偵察段階で彼が光と音で何かしているのではないか、という推察をたてまして。勿論推察ですから断定は出来ませんが、何も用意せずに突撃するのも如何なものかと思い、サングラスをお借りしました。ちゃんと耳栓も用意したんですよ? 様子を見る限り使う必要性を感じませんでしたが」

 

「どうだ、偉いだろう?」とでも言わんばかりに、サングラスとポケットから取り出した耳栓をこちらに見せる。

 ……沈黙が流れた。どうやら酩酊感が解けた焦凍も微妙な顔をしている。

 

「――は、ハハハハハ!! なんだよそれ、し、しまんねぇ〜」

 

 数秒の沈黙の後、振武の口から漏れたのは、気の抜けた笑いだった。

 横目で見てみれば、焦凍も震えている。笑いを必死でこらえているのは、漏れてくる息で分かった。

 

「? 光と音ですから、予防としてはこれが最善の行動だと思ったのですが?」

 

「に、にしても普通探してくるかよ! わざわざ!

 なぁ、轟もそう思うよな?」

 

「っ……お、俺に話題をふる、ブッ、なよっ」

 

 振武の言葉に、焦凍も必死に笑いをこらえながら答える。

 事件が無事解決して気が抜けたのか。

 締まらない展開だったからこそだったのか。

 どこか優しい空気が流れている。

 ……1人を除いて。

 

「くそくそくっそ!! この雑魚ども、何笑ってやがる!

 放せよ! これじゃ個性使えないじゃないか!!」

 

 反田はバタバタと暴れ狼たちの拘束を解こうとするが、狼2匹の力に非力な人間が敵う事はなく、縫い付けられたようにビクともしない。

 

「ロボ、ブランカ、プロヒーローの皆さんがいらっしゃるまでそのままでいてください」

 

 狼2匹――ロボとブランカは了承するようにパタリと一回尻尾を振る。

 

(ロボ……あぁ、シートン動物記か。らしいちゃあらしいな)

 

 その名前を聞いて思い当たり、魔女子らしいと少し思って笑みを浮かべる。

 

 

「なんで、なんで邪魔すんだよ!! お前らには関係ないだろう!

 俺は教師たちに復讐したいだけだ、何だったらお前らだって見逃したって良かったんだ、なのに邪魔しやがって!」

 

 

 悔しさと憎悪で、振武達を睨みつける。

 ――一瞬、どう返していいか分からなかった。

 自分達がやった事は、褒められるべきことではない。危険で、向こう見ず。現に魔女子が来てくれなければ、どうなっていたか分からない。

 犯人の事情も知らない。

 やる意味も、なかったように思える。

 

(こんな時、母さんなら――)

 

 少しだけそう思ってから、そのワードを頭から振り落とすように頭を掻く。

 

 

 

 これは、自分がやった事だ。振武自身の意思だ。

 母親は……センシティは……動島覚は。関係ない。

 

 

 

 ゆっくりとした動作で立ち上がる。まだ抜けきっていないと思っていた酔いは覚め、立ち上がる事は苦にならなかった。歩くのも、問題ない。

 魔女子が気を使って振武を支えようとするが、それを身ぶりだけで断り、反田の所までやってきて、ちょうど反田の頭の横にしゃがむ

 

「なっ、なんだよ、説教か!?

 お前なんかに、何を言われても、俺は間違ってない!!」

 

 何も言わない振武に不安が増したのか、さも全く恐怖していない風に虚勢を張る。

 ……この事件が起こった時。

 怒りを覚えた。こんな事をする犯人に。

 義憤に駆られた。犯人を退治してやろうと思った。

 だが今は、そのどちらも感じなかった。

 

「俺は、――」

 

 まるで彼は、

 助けを求めるように見えた。

 だから振武は、

 

 

 

 バチーンッ!!

 

 

「いったーーーーーーーーー!?」

 

 とりあえず、思いっきりデコピンをした。

 個性どころかまともに力も入れていないが、かなり鍛えられた人間の握力や指の力は強い。つまり、普通にしてもかなり強いのだ。

 

「あらあら……」

「おいおい……」

 

 振武の脈絡のない行動に、デコピンを受けた反田も、それを端から見ていた焦凍と魔女子も、何が起こったか分からず呆然としていた。

 

「……はっきり言えばさ。お前が正しいかどうかっつうのは、俺は分からない。そもそもお前の名前すら知らないんだぞ? 事情なんか論外だ、論外」

 

「じゃあ、――」

 

 反田が反論しようとするのを、食い気味に止める。

 

「だけど、お前のが正しいとしても、他人を巻き込んでいいなんて理屈、おかしいだろ。

 それは、どうあっても俺は許せねぇ」

 

「そ、れは、………………」

 

 そこで何も言えなくなる。

 分かっているからだ。自分の理屈は自分の理屈で、それを他人に押し付けたって意味がないと。もしかしたら、最初から心の中にあったのかもしれない。

 それを考えられないほど馬鹿ではないし、それを想えないほど外道でもない。

 さっきまでの姿を見て、なんとなくそう思ったからこそ、振武は話しかけたのだ 。

 

「俺はヒーロー志望だ。誰かが自分の近くで傷つくのが見たくねぇ、それだけでこの事件に首突っ込んだだけだ。お前に恨み辛みはねぇよ。

 ……というか、そういう意味じゃ俺らも大して変わらない。自分の正しいと思った事をしたんだからな」

 

 そう言うと、振武のはゆっくりと立ち上がり、反田に背を向けて焦凍と魔女子の元に歩く。

 

「――まぁ、少なくとも、そのデコピンで俺はもう許す。おあいこって事で」

 

 反田は、振武のその言葉に何も言い返さなかった。天井を見上げているその顔は、どこか釈然としない、しかしホッとしたような顔をしている。

 ――反田響がどのように考えているのか。

 自分のやった事を反省しているのか。

 振武の事を恨めしく思っているのか。

 心が読める訳でもなく、話したのは1分にもならない時間。そんな事で彼を理解出来るわけがないし、本当は振武が言う資格はない。

 自分が脊髄反射的に、感情的に思った事をぶちまけただけだ。

 

 

 

 

 

 でも、少なくとも。罪の意識のほんの少しでも救えるのであれば。

 振武は出来るだけ、例え敵だったとしても救いたいと思った。

 

 

 

 

 

 

「……最後は私が助けたのに。動島さん、随分偉そうです」

「だな。おい動島、俺らが手伝わなきゃこうは行かなかったって事、忘れんなよ」

 

「……最後くらいもっとマシな事言えないのかよお前ら!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 良くも悪くも。

 事件は解決した。

 後悔は山積みで、出来なかったことは多い。

 無様に格好悪く、大きなお世話を勝手に行う。

 ヒーローにもなりきれないヒーロー未満の少年少女には、ある意味相応しい終わり方だったのかもしれない。

 だが、

 自分の力で初めて誰かを救えたことは確かで、

 自分が1人ではないという事が自覚できて、

 

 

 とりあえず、前に進める目標を見つけた。

 

 

 その気付きと充足感だけでも、振武にとっては多いなる成果だった。

 

 

 

 

 

 こうして、

 動島振武が関わった初めての事件は、幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと性急な終わり方だったかも、と後悔。
でもこれ以上やるとダラダラしそうだったので、こんな感じです。

事件は終わっても、まだ少し余談のような話は残っております。
それが終わってから、振武くんが特訓始める!?

では、また次回。

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