plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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レポートなどで遅れてしまいました〜。
随分UA数、お気に入り、評価などが増えてまいりました。
否定肯定、良い悪い、皆さん様々あると思います。色んな言葉を聞き、頑張って成長していこうと思います。
それでは、楽しんでいこうと思います。


episode6 SecondPromise

 

 

 

 

 

 ――振武達が主犯である反田を捕まえてからプロヒーローがやって来るまで、5分もかからなかった。

 その間、倒した連中や反田にやられた仲間の少女などは、逃げるどころか起き上がる事も出来ず、呆気なく拘束され、そのまま警察に引き取られていった。

 学校の占拠、個性を無許可で使用した事も含めずとも大規模な事件だったはずだが、振武達の活躍が上手く作用したからなのか、たまたまなのか、結局何人かの怪我人のみで事件は解決してしまった。

 それを聞いただけで、振武も焦凍も魔女子も、安堵の溜息を吐き自分達の働きをお互い褒め合った。

 ……ほんの数分前までは。

 

「「「…………」」」

 

 ヒーロー達が安否確認や残党がいないかの捜索の拠点として作った仮設テント。

 そこで、振武、焦凍、魔女子の3人は座っていた。

 正座で。

 自主的にではなく、強制的に。

 お互いを褒め合っていた所を、「ちょっと事情を聞こうか」と怒っているヒーローに引っ張り込まれ、その体勢のまま事情聴取を受けているのだ。もっとも終始相手が怒っているので、事情聴取というよりはお説教の感覚が非常に近い。

 その怒っている当のヒーロー(まるで中国武術の達人のようなスーツを着ている)は、一通りの話を聞いてから、この世の厄介事をすべて引き受けたかのような苦々しい表情を浮かべる。

 

「……確認するぞ? 君らは〝勝手に〟犯人達と戦い、〝違法で〟個性と使って、〝運良く〟犯人達を倒してしまった。そういう事だな?」

 

「「「……ハイ、オッシャルトオリデス」」」

 

「いくら学校が占拠され自分の身が危なかったとはいえ、資格を持っていない君達が堂々と個性を使う事がまずい事だというのは、理解出来ているな?」

 

「まぁ、それは……」

 

「いやでもあの状況で何かしないってのは、「口答え禁止!!」……ハイ」

 

 ヒーローの言葉に言い返そうとした振武は、その一喝で黙り込んでしまう。

 結果としていえば、事件は解決した。

 したが、自分達の問題は残っている。

 ……個性を使用する場合、政府への届け出は絶対条件。ましてや戦闘行為に使用できる者は、ヒーローの資格を持っている人間のみ。今回のように事情があったとしても、基本的に例外は存在しない。

 そういう意味でも、振武達は反田達と違う部分などないのだ。

 事情はどうあれ、違法は違法だ。

 

「しかも、20名以上の犯人達相手にたった3人……いくら君達にその実力があったとしても、相手は人質をとっていたんだ。もし君らの所為で他の生徒や教師方に何かあったら、それは君らの責任になっていたんだぞ? それも、しっかり理解しているか?」

 

「「「………………」」」

 

 その言葉にお互い顔を見合わせる。

 何せ、それを自覚しながら動いたのだ。無意識やっていた人間よりもよりタチが悪い。作戦や考えが全くなかった訳ではなかったが、その危険性を十分考えて動いたかと言われてしまえば、

 

「すいません、」

 

「あの場でそこまでは、」

 

「考えてませんでした」

 

「お前らはアホなのか!?」

 

 3人で順番に言った言葉に、ヒーローが何とか堪えていた怒りを爆発させた。

 

「俺がありのまま報告すれば、君らは前科が付くんだぞ!?

 未成年でも容赦がない、職につくのも難しくなるし、ヒーローになれる資格だってなくなるんだ! ここまでの事が出来る奴らが、なんでそこまで考えがいかないんだよ!」

 

 説教をするヒーローの言葉に、特に振武と焦凍が反応する。

 ……ヒーローになれなくなる。

 それは、振武と焦凍の今までの人生を全否定される事に等しかった。

 

(あの時は全然考えられなかった。誰かを助けたいってだけで動いてた……だけど、)

 

 無謀で無茶な事だったのは確かだったが、それ以上に誰かを守る事を考えさせられた。

 それは最善の事だったし、振武の中では反省する事は山積みだが、やった事に後悔は一つだってない。あの頃と、子供の頃と自分は違う。

 だが、

 そんな自分の無茶な行動に2人を巻き込む事はできない。

 ここまで来て何を言っているんだと思われても、自分自身が責任を負いたい。

 

「……俺が勝手に突っ走ったんだ、殆ど俺がやったようなもんだし。

 だから、2人は関係ない。俺が無理矢理、巻き込んだ。処罰するなら、俺だけにしといてくれないか?」

 

 感情に押されるように言った振武の言葉に、焦凍も魔女子も俯いていた顔を勢いよくあげ、驚愕の表情を浮かべている。ヒーローはそれ程大きく驚いていないが、それでも意外そうな顔をした。

 

「……自分を犠牲にしようってか? 良いのか? もしその提案を受け入れちまえば、お前はヒーローになれないんだぞ?」

 

「気にしないって言えば、まぁ、嘘になるけど。

 でも実際俺がやった事だしなぁ。悪い事は悪いってのは、間違ってないし」

 

 戦おうと言ったのも、主犯を捕らえようと動いたのも、全て振武が発端だ。2人がどんな考えで振武に付き合ったのか、それはこの際関係がない。

 もし罰を受けるなら、動島振武1人だけで十分。少なくとも、振武本人はそう思っていた。

 

(――ごめんなさい、母さん。やっぱ俺はあんま成長してないみたいだわ)

 

 心の中で、そんな言葉が棘のように刺さる。

 母さんを助けきれなかった。

 あの時はしょうがなかったと散々言われ、実際そうだろうな、と最近になって思うようになっていた。あの時の振武が、あの場でいくら頑張ったところで結局上手くいく要素は一つだってない。

 でも今日は、初めて誰かを助けられた。

 友達を、先生を守れた。敵だって殴ったが、それでも誰の命も奪われなかった。

 奇跡が働いた分も大きかったが、それでも振武は誰の命だって損なわせなかった。しかしだからこそ、最後の最後にケチをつけさせるわけにはいかなかった。

 だが、

 

 

 

「ふざけんなよ、動島。こっちはこっちの意思でお前のプランに乗ったんだ。お前がどういうつもりでんな事言ってるのか知らねぇが、勝手な真似してんじゃねえよ」

 

「轟くんと同意見です。ここまで来といて、振武君だけカッコよく背負わないでください。

 死なば諸共、ここまで来たんです、最後まで付き合わせてください」

 

 

 

 どうやらそんなふうに考えていたのは、振武1人だけだったようだ。

 焦凍は、少し怒ったかのように。

 魔女子は、少し呆れたように。

 まるでそれが当然というように言った。

 2人とも、それ程仲が良いわけじゃない。片や昔約束をし今では他人になってしまった友人、片やただのクラスメイトだ。こんな風に自分を庇う必要性は全くない。

 ない、はずなのに、

 

「……2人とも、バカだなぁ。このままさらっとおっ被せときゃ良いのによ」

 

 それでも振武には、その言葉が嬉しくて、少し笑ってしまった。

 

「…………覚悟は出来ているな?」

 

 事の成り行きを見守っていたヒーローは、一区切りついたと判断したからか、真剣な表情でそう言うと、3人は小さく頷く。

 覚悟は出来ている。

 

 

 

「……って、事みたいですけど。どうします、ワープワーヴさん」

 

 

 

「……はい?」

 

 聞きなれた名前に、振武は思わず顔を上げる。

 変化はすぐに現れた。先ほどまで自分達と1人のヒーローしかいなかった仮設テントの中に、いつからいたのか2人の人間がいた。

 1人は、まるでカメレオンのようなスーツを着ているヒーロー。どこか困ったような笑みを浮かべている。そしてもう1人は、振武のよく知る人物だった。オレンジ色の髪に、同じ色合いのベストを着ている男。

 振武がよく知っている、ワープワーヴの姿だった。

 

「てっ……ワープワーヴさんっ! え、なんでここに!? 東京の事務所にいるんじゃ、」

 

「たまたま里帰りしている所でこの事件に行き当たってね。まさか振武君が巻き込まれているとは思わなかったけど、分かってからこっちは大わらわさ」

 

 転移ヒーロー〝ワープワーヴ〟。

 振武の母で彼の上司であるセンシティが亡くなってからは、独立し東京に事務所を構えている。トップ10に入る……とは言い切れないが、それでも現在では知名度もある人気ヒーローの1人だ。

 10年前知り合った時よりも少しだけ年齢を感じさせる容姿になっているが、それでも昔の好青年さを感じさせる好まれる笑顔は相変わらずだった。

 定期的に連絡を取ったり、メールのやり取りはしているものの、ワープワーヴの忙しさもあって、会ったのは実に5年ぶりだった。

 

「彼は俺のサイドキックでね。俺自身がお説教しても良かったんだけど、俺相手だと振武くんもやりにくいだろう? だから俺は隠れて彼に任せたんだよ」

 

「人に面倒事押し付けて、何言ってるんですか。

 どうせ自分じゃ説教?にならないからでしょ?」

 

「う〜ん、それは、あんまり否定できないんだけどね」

 

 小さく溜息をつくヒーロー……改めサイドキックの言葉に、ワープワーヴは苦笑しながら振武達の前に立つ。

 

「まぁとにかく……話を聞かせてもらった所、無茶で無謀だったことは事実だったけど、今回は本当に何かせざるを得ない状況だ。もし彼らだけで外に出て助けを求めるとしても、結局最低限の戦闘に巻き込まれた可能性は否定出来ない。

 というのが、今現場にいるヒーロー達と、警察のお偉方の意見だ。

 そもそもヒーロー志望の人間が2人もいてこの状況で「何もするな」というのはあんまりに酷だよ」

 

 そう言ってから、ワープワーヴは普段の人懐っこい笑みを引っ込め、真剣な表情になる。それに合わせて、振武も含めた3人は姿勢を正す。

 

「今回は情報を伏せ、君達の活躍は報道させないし、同時に君らの功績はなかった事になる。

 その代わり、個性の違法使用など諸々の問題は、今回は不問にする。というのが警察の決定らしい。

 ただ、肝に銘じておいてくれ。いつもこうはならないし、いつもこう上手く事が運ぶ訳じゃない……君らが、死んだ可能性だってある。勇気があるのはヒーローとしてとても良い事だが、だからと言って蛮勇である必要性はない。もう少しだけ賢く動けるようになりなさい」

 

「「「――はいっ!!」」」

 

 ワープワーヴの言葉が終わったとほぼ同時に、頭を下げる。

 称賛はされないが、先の道が消えて無くなった訳ではない。それだけでも十分だった。

 

(強さばっかり追い求めていたけど、これからはそれだけじゃダメって話、だよな)

 

 転生という特殊な条件によって得ている経験と知識が、今回は全く役に立たなかった。当然だ、戦闘における第三者目線の冷静な判断力を養った訳でもなければ、戦術論を学んだ事など一度もない。戦闘というものに関わったのは、せいぜいゲームをしたりした程度。

 それでも10年間の鍛錬で多くを学んだつもりだったが……まだまだ、実戦で役立つレベルに達していなかった。1人で戦う事は慣れていても、全体にとって何が最善なのかを思考していなかった。

 落ち込んではいない。反省しているだけだ。

 昔、それこそ母が亡くなるまではネガティヴだったが、少なくとも今の振武は、落ち込むより先に「これからどうすれば良いか」と先の事を考えるようになっていた。

 

「……まぁ、それでも君ら充分に凄いけどな!!

 えっと、轟焦凍くんと、塚井魔女子さん、だよね? 君らも本当に凄いよ。索敵、犯人の力の想定、戦闘、拘束、どれを取っても見事だった。多少の隙はあったけど、これから鍛えて行けば、トップヒーローも夢じゃない」

 

「……うっす」

 

「ありがとうございます、転移ヒーロー〝ワープワーヴ〟に褒めて頂けるなんて嬉しいです。

 あ、弟が貴方を好きなので、良かったら後で写真とサインを頂けるとありがたいのですが」

 

 短い返事を返しながらも満更でもなさそうな焦凍と、感謝の言葉を述べながらやはり自分のノリを変えない魔女子に、ワープワーヴは満足そうに何度か頷き、振武の方を見る。

 

「そして、振武くん。今回君がやった事は、褒められる事じゃない。危なっかしいし無茶苦茶だ。

 ――でも、ヒーローとして悪を見逃せない、理性より先に体が動くってのはヒーローとして結構大事な素養だ。少なくとも、俺は君のお母さん、センシティからそれを学んだ」

 

 ワープワーヴは笑顔を浮かべながら、振武の頭に手を置き、少し乱暴に髪をかき混ぜる。

 撫でるというには少し雑だが、振武は悪い気分ではなかった。むしろ先ほど緊張から解放された時と同じように、心の中に安心感が広がっていく。

 

「振武くんももう15歳だ。来年にはヒーロー科に入って、ヒーローを目指していくんだろう。

 出来るだけ、今日心に抱いた信念だけは手放さないようにしてくれよ……あ、でもこんな無茶はこれっきりだ。もし君に何かあったりしたら、振一郎師や、壊さんに申し訳なくなるし」

 

「……はい、もっと確実に安全にやれるように、精進します」

 

 10年前のあの出来事よりも出来ることが増えた分「自分に解決出来るのでは」という慢心感がなかったとは言い切れない。

 どんなに真剣に考えたとしてもどこかに感情が混じってしまい、過去の後悔を払拭したくなる。

 でも、それも勿論、今以上に上手く、誰も危険な目に合わせない程完璧に出来たらだ。

 自分はまだ、その点において言えばまだまだだった。

 

「う〜ん、まぁそういう意味だけでもないんだけどなぁ……まぁ、今はとりあえずそれで良い。

 俺に何か出来る事があれば協力するから、頑張ってくれよ」

 

「はいっ!」

 

 苦笑を浮かべているワープワーヴの言葉に、振武は頷いた。

 学ぶべき事は多い。改善点も多い。

 今はとりあえず、もっと出来る事を増やして、冷静に考えられる自分に成っていく。そう心に決めて、振武の再スタートは始まった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 ――その部屋は、奇妙なほど暗かった。時間としてはまだ陽も出ているが、その部屋だけは外とは別世界になっているかのようで、電気一つつけられていない。しかし、それでも部屋の中は明るかった。

 パソコンや各種医療用電子機器などが光を発していて、それだけで光源としては十分なほどだ。

 そこに3人の男がいた。

 1人は老人だ。もう1人に付き従っているように一歩後ろに立っているその老人の顔は窺い知れないが、医療機器の数値を確認し、その数値を書き込んでいる。

 対するもう1人は、椅子に座っていた。着ているスーツだけを見ればまるでどこかの社長やエリートであるように感じる上質なものだったが、その体には太さが様々なチューブが繋がれていて、その顔は上半分がすり潰されたのではないかと感じさせるほど大きな傷を持っている。

 そして最後の1人は――男というより、少年だった。画面に顔がくっ付いてしまいそうなほど食い入るその表情は見えないが、その鬼気迫る後ろ姿は見る者を怯えさせるに足る迫力を持っている。

 

「……良かったのかのう、〝先生〟。彼奴らをあんな簡単に捕らえさせて。

 脳無の素体にこそならなかったが、彼奴らは負荷に耐えられた特殊例じゃぞ?」

 

「構わないさ、〝ドクター〟。所詮彼らは死柄木弔の予備の予備さ。予備が予備として機能しなくなったから彼らを試してみたんだが……まぁ、彼ら程度ではこんなものだろうね。

 それに、あの程度の才能はそう少ない訳じゃない。また見つけてくれば良いさ」

 

 作業を続けながら話しかける老人――〝ドクター〟の言葉に、〝先生〟と呼ばれた傷を持つ男は興味がなさそうに答える。

 

「情報は最低限しか与えていないし、〝相手の記憶を操作する個性〟で僕達の記憶が自動的に消去されるように仕掛けた。何も問題はないさ」

 

「それなら別に良いんじゃがのう……問題は其奴じゃ。どうする気じゃ?」

 

 ドクターの視線の先は、機械ではなくパソコンのモニターを齧り付くように見ている少年に向く。自分の事が話題になっているにも関わらず、少年は相変わらずモニターを見続けている。

 

「予備としての役割は果たせない、そう結論付けたんじゃろ?」

 

「あぁ、その通りだ。

 だが、この憎悪は良い。死柄木弔とは別種であり、〝僕〟になり得る事はないが、彼には個人的に興味が湧いた。もしかすると、死柄木弔のポジションにはつけなくても、何か別の役割に使えるかもしれない」

 

 先生と呼ばれた男の口元が歪む。

 愉しむように、嘲笑うかのように。

 モニターを見ながら、憎悪を掻き立て続けている少年を見続ける。

 

「ドクター。すまないが、少し調べ物をしておいてくれないか? 彼の愛しの君の事を、僕も知っておきたいからね」

 

「……酔狂じゃのう、あんたも」

 

 ドクターと呼ばれた老人は、言葉とは裏腹に、愉悦の笑みを浮かべる。

 老人も男と同じく、人の悪感情や悪事を好む性質だ。面倒ではあるものの、より面白くなるのであれば否やはない。

 何せ、少年はそれ以外の意味においても、老人にとっては有用なのだから。

 ――少年の態度に変化はない。自分の話を大人達がしているにも関わらず、それに興味が全くない。

 それもそうだろう。

 何せ彼の興味は、関心は、憎悪は。

 終始、徹頭徹尾、画面に映っている1人の少年にあった。

 彼は血走った目で、画面に映っている少年の名前をつぶやく。

 

 

 

「――――動島(・・)ぁ、振武(・・)っ!!」

 

 

 

 ――運命の輪は、回り始めていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……疲れたな」

 

「……あぁ、そうだな」

 

 夕暮れという時間も残り僅かという時間帯。街全体を赤みの強いオレンジが染め上げている中を、振武と焦凍は歩いていた。

 ――説教をあれだけで終わらせてくれるほど、他のヒーローも警察も甘くなかった。

 世間に公表されない、公式資料にも載らないとはいえ、実際は違うのは確かなのだ。自分たちの話を再び聞こうと警察がやってきて、説教混じりの事情聴取。他のヒーロー達の賛辞と説教。

 3人とも戦いを終えた中でのそんな状況に、疲れは二倍三倍に膨れ上がっていた。

 その後3人で学校を出て歩いていた。3人とも疲れが滲み出て、殆ど雑談などしない静かな帰り道。魔女子はスーパーに寄ると言って2人とは別れた。

 結果、振武と焦凍は一緒に帰る事になったのは。少なくとも、駅までは。

 普段であれば帰宅も徒歩(あるいは走り)で行く振武だったが、今日も同じ事をすれば、疲労困憊で家に着いたら倒れる自信があった。

 初めての戦闘は、肉体的にも精神的にも、振武達に大きな影響を与えたのだ。

 

「――なぁ、ちょっと良いか。ずっと気になってた事があるんだ」

 

 振武の少し前を歩いていた焦凍の言葉に、振武は思わず嫌な声を上げる。

 

「おいおい明日にしてくれないか? 今日は疲れて何も疑問にお答えできねぇよ」

「ダメだ、気になる」

「……お前意外と頑固だな」

「お前ほどじゃない」

「おいそれどういう意味だ」

「そんなに喋れるなら、答えられるだろう」

「………………」

 

 何故か言い合いになってしまう。

 振武の中では、もう苛立ちの正体を知ってからそれほど焦凍に関して思うところがあるわけではない。解決してはいないというか、解決していかなければいけない事ではあるが、普通に喋る分には問題ない……はずなのだが、何故か言い争いのようになってしまうのは何故だろう。

 自分でも不思議だった。

 

「……なんだよ。駅までそう遠い訳じゃない、早く言わないと着いちまうぞ」

 

 振武が根負けするような形で先を促すと、焦凍は立ち止まって振り返る。

 相変わらず、表情を崩さない奴だな、と焦凍の顔を見て思う。だが、母親が同系統の人間だった所為か、多少だったら感情が見えるのだが、今の感情は良くわからなかった。

 何もないというより、あり過ぎて本分がどれだか解らない、という印象を受けた。

 

 

 

「――なぁ、俺は、お前と会った事があるのか?」

 

 

 

 ……振武が何も反応しないと、焦凍はそれでも話を続ける。

 

「最初に会った時から、既視感、みたいなものがあった。懐かしいというか、なんというか。

 お前、10年前亡くなった、武闘ヒーロー《センシティ》の息子だろう? どこかの集まりであった事があるのかな、と思ってな」

 

 どうだ、というように、焦凍は振武を見る。

 振武の頭の中には、小さな喜びと少しの残念さ。

 憶えている。片隅でも憶えていていてくれたのは嬉しい。だが結局、それは完全なものじゃない。自分の存在を少しでも憶えてくれているだけでも嬉しいが、

 

「……あ〜、説明が難しいんだが、そういうので会った訳じゃない」

「じゃあ、会った事は確かなんだな」

「……まぁな」

「なんで言わない? 言ってくれたら――」

「言っても思い出さないだろ? 馴れ馴れしく話して「誰だ」なんて言い出されたら恥ずかしいし」

「………………」

「まぁ、言わなかったのは悪かったさ」

「……俺達は、どんな知り合いなんだ?」

「お前が思い出さない限り、言う気はないよ。思い出話するほどの年齢じゃないだろう?」

「絶対か?」

「絶対、だ」

 

 ――どんなに懐かしんでも、昔は昔だ。

 昔の振武と今の振武は明らかに違うし。

 昔の焦凍と今の焦凍は明らかに、違う。

 約束は胸にしまっておくだけで十分だ。そう思っている振武は、わざわざ思い出させようとも思わないし、その為に話そうとも思わない。

 

「そうか……あんなアッサリ母さんの話をしてしまったからな。昔よっぽど親しくしていたのかと思っていた。

 ――ん、ちょっと待て。じゃあ何で怒っているんだ? 俺が憶えていなかったから、じゃないのか?」

 

 少し寂しそうな顔をしていた焦凍は、すぐに怪訝そうな顔ををする。

 

「あ〜……それは言わないとダメか?」

 

 少し気まずそうに振武が言うと、大きく頷かれてしまった。

 話す事は問題ではないのだが、内容は穏やかなものではない。自分勝手のワガママのような持論展開をしなければいけない。

 それは恥ずかしいし、相手にいうことでもないのだが……。

 そう思って焦凍の顔を改めて見ると、「ほら、早く言えよ」というような顔をしている。これで誤魔化したら後が面倒そうな顔だ。

 

「……あ〜、分かった分かった、言う言う。

 ――悔しかったんだよ」

 

「……悔しい?」

 

「あぁ、そうだよ」

 

 そう言いながら、振武は近くの塀に体を預ける。

 

 

 

「俺はさぁ、お前の過去とか、お前がそんなしけた顔してるのとか。

 全部含めて、何も出来なかった自分に腹たってるし、悔しいんだよ」

 

 

 

 ――もし、動島振武が、あのまま轟焦凍と関わっていたら。

 あのまま友人として一緒にいれば。

 もしかしたら、焦凍の母が苦しむ前に、自分の両親に何か伝えることが出来たかもしれない。

 もしかしたら、焦凍が自分を追い詰める前に、何か出来ることはあったかもしれない。

 もしかしたら、焦凍が歪んだ目でヒーローを見る前に、ぶん殴って目を覚まさせることが出来たかもしれない。

 もしかしたら言い出したら、キリがない。

 何か出来たかもしれない。それだけでも、振武が悔しさを覚えるのは十分だった。

 

「――なんだそれ、」

 

 振武の言葉に、焦凍は怒りの表情を浮かべる。

 

「ふざけんなっ、どんな事があったとしても変わんねえ。そんなに、お前が考える事じゃねぇ。大きなお世話だし、俺の考えが悪いみたいに言うんじゃねぇよ

 

「……そうだな、別にお前を否定する気もないよ。俺がいたって何か出来た訳でもないし、まぁガキだったしな。お前を哀れんでる訳でもない。だからってどうこうって話でもない」

 

 昔は昔だ。

 今思えば出来たことは、過去では出来ない事だらけだった。

 悲しい思いをして、辛い経験をして積み重ねてきた焦凍の信念を振武が否定する事は出来ない。むしろ、凄いと言えるだろう。そんな経験をして、立ち止まらなかった。むしろ前を向いて歩き続けているんだ、それは誰にも否定できない。

 だけど――、

 

 

 

「だけどな。俺は嫌なんだよ。

 お前が――あの頃の信念(ユメ)を忘れちまうってのは」

 

 

 

 事情があって、

 乗り越えて、

 争って、

 ここまで来た轟焦凍という存在を誰も、振武も、否定できない。

 ――では、過去の轟焦凍は?

『誰かを助けられるヒーローになる』。そう約束した、あの頃の轟焦凍は、あの頃の焦凍の願いは一体どうなる?

 他の人間も、本人すらも忘れてしまった約束。だけどそれは確かにあの時、振武にとっても焦凍にとっても〝原点(オリジン)〟だったはずだ。

 それもまた、ここまで来た焦凍を否定出来ないのと同じように、否定出来ない確かなんだものだった。

 それに、何より大事なのは。

 約束というのは、絶対に守られるべきものだという事だ。

 

「……まぁ、一応約束もしたしな。約束ってのは守られないといけない。

 とりあえずお前を超えてぶん殴って、その冷めた顔出来ないようにさせるって所だな」

 

「……意味が解らねぇ」

 

「解らなくてもいい。これは俺の一方的な決め事だ。お前が解らなくても良いんだよ」

 

 ――二つ目の約束。

 それはあまりにも一方的で、乱暴で。

 約束というより宣言のようなソレは、振武の心の中に確かに刻まれた。

 焦凍にとっては勝手で、理不尽で、理解不能なんだろう。

 そんなものは解ってる――解ってる上で、振武はやると言っているんだ。

 

 

 

 

「『大きなお世話は、ヒーローの本質』だからな。

 ――お前の目、覚まさせてやるよ、轟焦凍」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




書いていてまだまだだな〜と思うのは最早習性なんですけどね!

感想・評価などお待ち申し上げております。


次回は少しサイドストーリーを挟んでから、一回修行に入ります!
誰のストーリーを書くかは……次回を待たれよ!
それでは

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