plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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10万UA突破記念の番外編です。
活動報告でも言いましたが、正直言ってこんなに早く10万という数を突破出来るとは当初は考えていませんでした。
自分の小説を気に入って読んでくださる方がこんなにいるとは、思っていなかったからです。
ですが今は多くの方にこの小説を読んでいただけていると思うと、嬉しさと同時に緊張しております。
これからも当作品を応援してくださると幸いです。

では、10万UA突破記念番外編、どうぞお楽しみください。



※ギャグもあり、ある種のお祭りのように書きました。
苦手な方は読まないことをお勧めいたします。





10万UA突破記念番外編 塚井魔女子の休日

 

 

 

 

 

 お久しぶりです動島くん、一週間ぶりですね。

 学校は3日前から再開していますが、5日間会いませんでしたね? 何かあったんですか?

 まさか、学校占拠事件で怪我でもしましたか?

 ――え? 5日間土蔵に篭って修行して、1日爆睡していた?

 ……随分変わった事をしますね。趣味ですか?

 ――あぁ、そうですよね、それが趣味だったら今後の友人付き合いを考え直す所でした。

 私ですか? えぇ、素敵な休日でした。

 普段3日間連続で休める日というのは中々ありませんでしたから。

 聞きますか?……いえ、聞いていただけると幸いです。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ――朝日とはかなり眩しく感じるものです。

 特に夜更かしをして本を読んでいたら、より強くそう感じる事でしょう。

 

「ん……もう少し、だけ、」

 

 誰にとも言わず……強いて言えば、目の前で時を刻んでいる時計に私は言いました。

 短針は7を指し、長針は12の所にあります。窓の外が春らしい暖かな陽気に照らされている事からも、夜と思う方はいらっしゃらないでしょう。

 ですが出来れば夜であって欲しかったと思います。何せ昨日父様に『時間があるならこの本を読んでみなさい、とても面白いから』と貸していただいた書籍はとても興味深い物で、ついついのめり込んでしまいました。

 まぁ英語で書かれていたので余計に時間がかかりましたが。しかもイギリス英語です。

 全く父は、私がいくら英語が読めると言ってもスラスラとは行かないのですから、あまりそういう無茶振りはしないで欲しいのですが……良い時間潰しにはなりましたけど。

 ですがだからこそ、今日は眠くて眠くて仕方がありません。

 学校がある日ならこうならない様に注意するのですが、今日も昨日と同じくお休み。そして学校側からの連絡では明日もお休みです。

 学校が占拠されるなんて事態から3日で状況を整理し、生徒が登校出来るようにするというのは、職員の方々は相当苦労されたでしょう。

 勿論、被害にあった生徒が心の安寧を取り戻しているかと考えれば分からないため、初日は登校を義務にしていないあたり、流石です。

 前置きが長くなってしまいましたが……夜更かしして、眠いです。

 目は一応覚めていますが、とてもでは無いですが、頭の怠さと眠気で体を起き上がらせる事が出来ません。

 出来ませんったら出来ません。

 

 コンコン

 

『お嬢様? 朝食の時間でございます』

 

 扉の向こうから、ノックと聖灰洲の声が聞こえます。

 ……無視します。

 一応言っておきますと、いつもはこんな事しないんですよ? 私はこれでも優等生です。規則正しい生活を行っています。ですがたまにはそう言う日があります。弘法だって筆を誤ります。優等生ではない時だってあります。

 

 ……ガチャ

 

「お嬢様、お嬢様……もう朝の7時でございます。いつもならば起きる時間でございましょう?」

 

 ドアが開いた音と、足音と人の気配。

 このような言葉を遣うとまた聖灰洲に怒られそうですが……とても不快です。

 目を開けないようにしましょう、それが唯一の抵抗です。

 

「……休みの日ぐらい良いじゃないですか、今日どころか明日もお休みです。

 明日は次の日の為にちゃんと早く起きるので、今日くらいは「ダメですお嬢様」……」

 

 早い。私のセリフに被せてきました。

 これが俗に言う「食い気味」という事でしょうか。酷い話です。

 

「……せめて、最後まで言わせて欲しいんだけど……」

 

「ダメですお嬢様。お嬢様は塚井家ご令嬢です。規則正しい生活を心がけて頂きます。

 それにほら、素が出ていらっしゃいます。「母様のように誰に対しても敬語を遣う」と幼少の頃言い出したのはお嬢様ですよ」

 

「そうだ……ですけど、聖灰洲は家族のようなものじゃないですか。それに一応、私は貴方の主人ではあると思いますけど……」

 

「私の主人はお嬢様ではなく旦那様です。

 それに奥様は、我々使用人に対しても常の礼節を持って接する心優しい方でございました。それにひきかえお嬢様は、」

 

「あぁ、もう分かりました分かりましたから、朝から枕元でお説教はやめて下さい、起きます、起きますから」

 

 そこで私はようやく目を開けて、上半身を起こします。

 ……私の部屋の説明は必要でしょうか? 必要ですね、でないと小説としての体裁が保てませんから。

 私の部屋は一言で言い表せば……とても、乙女です。

 フリフリのレースの付いたカーテン、足が埋まるレベルの可愛い色合いの絨毯、少し装飾華美なのでは? と感じるような衣装ダンスや机やソファー、そしてまるでお姫様が寝るような天蓋付きベットと、同じくお姫様が着るようなフリルと刺繍がこれでもかとあしらわれたパジャマ……。

 を着る私。

 ……起きて必ず思うのですが、母はなぜこのような趣味だったのか理解しかねます。

 私も幼い頃は皆と違う(一般家庭で自分の部屋にソファーを持っている方はいらっしゃいません)という事が酷く苦痛でしたが、ここまで成長してしまえばもう慣れました。

 ですが、この趣味はどうにかならないでしょうか。

 

「……ねぇ、聖灰洲さん。いい加減私の好みのものに調度品を変えようと思うのですが。

 幼少期ならばさておき、流石にこの部屋の趣味は女子中学生には合わないと思うのです」

 

「ですが、奥様のご意向ですので。

『魔女子ちゃんにはいつまでもお姫様でいてもらいたいんです、幾つになってもずっと』、と」

 

「そんな何年も前から更新されていない意向に一体どんな意味が「奥様のご意向ですので」……

 」

 

 どうやら変えてくれないようです。

 今ならば普段は使わない悪辣な言葉がスラスラと言えそうです。

 

「……分かりました。取り敢えず朝食にしましょう。

 お父様と役丸はどうしていますか?」

 

「旦那様は早朝から役員会議がありますので、早めにご出席です。

 役丸様は、今食堂でお嬢様をお待ちになっておいでです」

 

 まだ朝食を済ませていなかったんですね……あぁ、そう言えば役丸も学校の創立記念日

 で休みでしたか。

 まったく、最近反抗期だと思いましたが、やはりまだ小学生。お姉ちゃんと一緒にご飯が食べたいと思っても不思議ではなく、そしてキュートです。

 先日のタコサヴァイヴァーのキーホルダーの事は許していただけたので、今日は大手を振って話しかけられます。

 

「それでは着替えます」

 

「では、メイド達を呼ん「いえ、いつも言っていますが自分で着替えますので結構です」……かしこまりました」

 

 二回も台詞を全て言い損ねたので、仕返しです。

 ざまーみろとはこの事です。

 

 

 

 

 

 着替えて食堂にやってきます。

 食堂は私の部屋とは違い、かなりシックです。そもそもお屋敷と言っても大所帯が暮らすように出来ているわけではありません。多少のパーティーが出来るようになっていますが、それは別の所にあります。

 ここはあくまでプライベートな場所ですから、流石に漫画などで登場するような長ったらしい食卓はありません。それでも3人(4人前提の造りではありますが、それにしても)では大きいと思いますが。

 そこには、1人が席に座っていました。

 男の子とはいえまだ10歳です。私よりも一回りほど小さい体で、少し浮いた足はブラブラと退屈そうに揺らしています。父と同じ茶色の髪ですが、サラサラなのはお母様譲り。私よりも深い青色の目はどこか伏目がちになっていて、テーブルに並べてある食事を見ています。

 塚井役丸。私の愛しい弟です。

 私を待っていて、お腹が空いているのでしょう。申し訳ない事をしてしまいました。

 

「役丸、お待たせしました」

 

 私が入り口から歩きながら声をかけると、役丸は私に笑顔を――、

 

 

 

「遅いんだよ姉ちゃん。もう待ち疲れちゃったよ」

 

 

 

 ……向けてはくれませんね。

 どころか凄く不機嫌そうです。私が待たせたのは確かに悪いですが、最近反抗期なのか、私に対してのみ口が汚いです。お父様に対しては普通なのに。

 男の子の思春期は難しいものです。

 

「すいません、昨日本を読んでいましたので、なかなかベットから起き上がれませんでした」

 

「本って、父さんから貰ったやつ?

 えっと、なんか動物の、」

 

「図鑑です、しかも玄人向けなのか専門用語が多く、解読するだけで随分手間取ってしまいました。

 ですがとても有意義な時間でしたよ? 私の知識の幅も、作れる使い魔も増えました」

 

 弟に胸を張って答えます。

 知識を蓄えるという事は悪い事ではありません、むしろ大変良い事だと私は思います。どんな知識にも無駄はありません。もしかしたら何かの機会にその知識を活かせるかもしれませんし、活かせなかったとしても自分を深めることが出来ます。

 ところが、弟は苦い顔をします

 

「いや、そもそも普通の図鑑で良かったじゃん。父さんもなんで英語のものなんて……」

 

「でも休日を過ごすのは有意義でした。英語の勉強にもなりましたよ」

 

「覚えた専門用語は、英語のテストで出てくる機会はあるの?」

 

「……恐らくないでしょうね」

 

「なんでちょっと悲しそうなんだよ……まぁ、良いけどさ

 それよりご飯食べよ」

 

「そうですね、そうしましょう」

 

 私も自分の席に座って、2人揃って手を合わせます。

 どんなに言い争いをしても、何をしても、この習慣だけは変わりません。母様の方針ですからね。

 曰く、

 

 

 

「「いただきます」」

 

 

 

『挨拶全般はしっかりしましょう』だそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 お腹いっぱいです。今は役丸と一緒に食後のお茶を楽しんでいます。

 私はミルクティー、役丸はコーヒー……小学生にしては大人びたチョイスですが、顔色1つ変えず飲んでいるのは、流石私の弟です。

 さて……今日はどうしましょう。父様から頂いた本は昨日1日で読み切ってしまいましたし、一応学校からは「学校が休みだからといって午前中は遊びに行かないように」というお達しがありますので、この時間は出かける事も出来ません。

 もっとも出かけても1人で遊べる所はありませんし、友人達を誘うのは気が引けます。何だったら轟くんと動島くんを誘うのですが、お二人の連絡先を知りません。

 自分から訊くのは気恥ずかしいので

 勉強の復習予習は夜にやると決めていますし……いけませんね、本当に何もする事がありません。

 

「役丸、今日はどう過ごすんですか?」

 

 ふと役丸はどうするのだろうと思い訊いてみれば、役丸はコーヒーを飲んで経済新聞を読みながら(本当に10歳の子供なのか確認したくなる程、その所作は様になっています)、憮然とした表情をする。

 

「今日は新しく届いた人形を試してみようと思ってるんだ。

 3ヶ月前に工房に頼んだ物が完成してさ」

 

 あぁ、またですか。役丸はちょっと金銭感覚がおかしいです、いつも人形を作ってもらって。

 いや、もしかして、

 

「役丸は人形フェ「姉ちゃんそれ以上言ったら一生口きかないからね」……はい」

 

 また食い気味に言われました。今日はそういう日なのでしょうか。

 低学年の時に言われてからというもの、役丸は人形フェチという言葉にひどく敏感です。大丈夫ですよ役丸、ジョークですジョーク。

 役丸の個性は〝使役(コントロール)〟と呼称されています。

 内容は無機物を操り動かす事。私と同じように人形と視界や音を共有出来る上、私とは違い痛みは共有しないという、とても良い個性です、しかし稼働しないようなタイプのものでは動かす事は出来ませんし、普通の人形などでは可動域に限界がありますので、特注の人形などを作ります。

 これがヒーロー科であるならばサポート会社に依頼するのですが、それは違法な為、現在は父が懇意にしていらっしゃる人形工房へ発注しています。

 ちなみに父様の個性は『使徒』。父が空想し想像したモノを実体化し操る個性です。ヒーローになってもおかしく無いほど強力ですが、ヒーローよりも会社経営に興味があったようで、結局現在の職に就いてらっしゃいます。

 あぁ大丈夫ですよ、本編で私の父様が活躍する機会はありませんから、えぇありませんとも。

 

「それにしても、そうですか、充実しているようで羨ましいです。

 私は今日1日やる事がありませんので、少しのんびりしようと思います」

 

「そりゃあ事件に遭遇したんだし、休むのは当たり前だろ。全く姉ちゃんはそういう所図太い……そうだ、暇なら僕に付き合ってよ、折角だし他の人に見てもらっている方が良いし」

 

 新聞を閉じながら、役丸は私へ笑顔を向けます。

 ……いけません、あの類の笑顔をした時の役丸はろくなことを考えていないんです。経験でわかります。

 

「お断りします。ついこの間も付き合って酷い目に遭いました」

 

 そう、あれは先々週の事でしょうか。

『姉ちゃん、ちょっと実験に付き合ってよ。大丈夫、危険な事は何も無いから』と言ってやってきたのは別館。現在は住んでいる者もいませんし使われていない別館は、何故か遮光カーテンが全ての窓につけられ真っ暗でした。

 別館の中をグルッと巡って入り口に戻ってくるだけ。

 ただそれだけなら良かったのですが、それだけではありませんでした。

 出るんですよ、ジャパニーズホラー系の不気味なお化け……を模した人形が。

 今の役丸では同時に操れる人形は三体が限界ですし、ただ仰け反って走るだけという単純な事しか出来ませんが、それでも懐中電灯1つで暗い別館の中を歩いている私からすれば、恐ろしいなんて言葉では形容出来ないレベルの恐怖を感じました。

 泣きじゃくり、喉が枯れるほど叫びながら別館を駆けずり回る私を、視覚共有で見ながら大爆笑していた役丸。

 出てきた時に、私は恐怖と涙と全力ダッシュで疲労困憊、役丸は笑い過ぎて呼吸困難に陥っていました。

 本当に、酷い目に遭いました、全く。

 

「今回は大丈夫だよ、怖がらせるような事は無い。庭でやるんだし、安全だよ。

 僕も初めての試みだからちょ〜っと不安だけど、まぁ何も問題無いって」

 

「いえ役丸、その言葉で余計に不安になりました」

 

 初めての試みってなんですか、安心出来る要素0じゃないですか。

 

「とにかくお断りです。もう面倒事はいやですから」

 

「ふぅ〜ん、そういう事言うんだ」

 

 役丸は少々下品な(まるで消費者金融の取り立て屋のようです。見た事はありませんが)笑顔を浮かべ、胸ポケットから茶色い封筒を……って、

 

「お姉ちゃん一昨日言ったよね? 『お詫びに何でもする』ってさ」

 

 ……本当に消費者金融の取り立て屋そのものですよ、弟よ。

 

 

 

 

 

 

 一昨日。学校での事件当日の夜。

 タコサヴァイヴァーの限定キーホルダーを無くした事に、大変ご立腹でした。お詫びに買ってきたシール付きチョコでもその機嫌は直らず、何を言っても構ってくれませんでした。

 だから思わず言ってしまいました。

 

『お詫びに、役丸のお願いをどんな事でも1回聞きますので、勘弁してください』

 

 それを聞いた役丸の行動は実に迅速でした。

 即座にパソコンを起動、先ほど私が言った発言を書類として3枚ほど制作、それに私と役丸が1つずつサインし、一枚は役丸、一枚は私、そして一枚は聖灰洲にそれぞれ持たせました。

 まるでやり手弁護士のように全てを行ってから『約束だよお姉ちゃん』と昔のように満遍の笑みを浮かべている役丸を見て、『この子は本当に私の弟なのでしょうか』と疑ってしまいました。

 いつの間にこんな事を覚えたのでしょう。頭が良いのは知っていますが、まさか家族の口約束を法的に有効な書類を作ってまで守らせようとしているのは、小学生らしい微笑ましい行動の範疇では無いと思います。

 それともそれ程私は信用されていないのでしょうか。

 ……とても心外です。

 しかしやはりお子様。一体どんな無理難題を要求してくるかと一昨日の段階ではヒヤヒヤしていましたが、この程度の頼みで使ってくれたのは幸いです。

 

 

 えぇ、少なくともそう思っていました。

 

 

「これはまた……随分大きなものを作っていただいたんですね」

 

 中学校の校庭並みの大きさを誇る我が家の庭で、私は上を見上げます。

 そこには私達が暮らしている3階建ての本館と同じくらい大きな……厳密に言えば、10メートルほどの大きな人形がそこに座っていました。

 もはや人形ではなく、像……いえ、それ以上の存在です。

 顔や体つきがデッサン人形のようですね。関節部分を見るとマネキンに使われているものと同じような球体関節ですから動くには動くのでしょう。

 

「大きな人形を動かした時っていうのを考えてなかったからね。

 動かすだけならって事で強度はそれほど拘ってないし、自重も見た目ほどじゃない。動かせるとは思うんだけど、これを動かすとなると感覚がね」

 

「これほど大きな人形をどう作ったかも激しく気になりますが……そもそも何を想定してこんな大きな物を?」

 

 日常生活では全く必要無いと言っても過言ではありませんが。

 私がそう言うと、役丸『そんな事も分からないのかよコイツ』とでも言いたげな顔をします。

 

「良いかい姉ちゃん、ヒーローってのはどんな事だって出来た方がいいんだよ。

 もちろん向き不向きがあるから一概には言えないけど、(ヴィラン)との戦闘や災害救助と、種類が多い。僕の場合重要なのは人形のスペック。そして人形を変えれば様々な事が出来るというバリエーションの多さだ。だから今の内にどんなものが操作出来るのか検証しないといけない」

 

 なるほど、今の内に様々な人形を操ってみて、何が出来るのか把握しておこうという話ですか。

 確かにこれほどの大きさであれば、大きな瓦礫を撤去したり、怪獣化などの個性を持っている敵にも効果が見込めるでしょう。

 

「そこまで考えて今の内に研鑽する……流石私の弟です。いい子いい子」

 

「気安く頭撫でないでくれない?」

 

 私が頭を撫でたら、手を払われてしまいました。顔を赤くするほど怒るとは……男の子はなかなか難しいです。

 

「で、私は何をすれば良いんですか? 出来る事など殆どないように感じますが」

 

「俯瞰的に見てくれる人が欲しかったんだよ。これだけ大きな物だと僕も集中しないといけないからね。動きを観察していられるような余裕がないんだ。

 姉ちゃんの個性と違って、僕は動かすものの感覚を理解できるわけじゃないからね」

 

「分かりました、それではお手並み拝見といきましょう」

 

 そう言いながら私は人形と距離を離します。

 

「じゃあ行くよ――起動」

 

 ゴリッ……ゴゴゴゴゴ

 

 役丸が手をかざすと、人形とは思えない重苦しい音を立てて立ち上がる。

 ……立ち上がって見ると、もはや人形と言うよりロボットですね。もしくは巨人ですよ巨人。まぁあの漫画に登場するものよりも無個性なので、恐怖は感じませんが。

 それでも自分の体より大きい物が立ち上がるというのは滅多に見れない光景ではありますし、壮観と言っても良いのではないでしょうか。

 

「じゃあ、歩か、せるね」

 

 これだけ大きなものを操るのは流石に未経験な為、役丸の顔は少し辛そうですが、これ位ならば自分で個性の練習をしている時はよく見かける顔ですので、私もそこで止めには入りません。弟は大事ですが、過保護ではありませんから。

 

 ズンッ……ズンッ……

 

 役丸の言葉を受けて、人形が歩き始めます。広いと言ってもこれほど大きな存在が歩く事を想定して作られているわけでは無いため、自由にとまでは行きません。ですが真っ直ぐ歩いてターンしてまた歩くという動作には問題が無いです。

 初めてにしては凄くスムーズです。

 

「とても綺麗な動作をしています。問題無いと思いますよ」

 

「うん……でもちょっと、やっぱ重いよ。これでどれ位動けるのか検証しない、と」

 

「えぇ、そうですね。頑張ってください、応援しています」

 

 しばらく、大きな人形が歩いている姿を観察します。

 動かし続けていると段々と慣れてくるのか、役丸も徐々に辛そうな表情が解けていきます。やはり個性も身体能力の延長、使えば使うほど、という事です。

 

「……動くは動きますが、やはり動作が鈍いですね。球体関節の可動は出来ていますがぎこちない。実戦でこれを使うには難しいでしょう」

 

「これを実践で使うわけじゃないからね。ヒーロー科に入ったらそれこそサポート会社にこういう道具は申請できるだろうし、今は動かせる事が出来るってだけで十分だよ。

 ……なぁ、姉ちゃん」

 

「なんでしょう、役丸。

 あ、ちなみにこれであの書類の効果は切れますからこれ以上のお願いは何でもとは言えませんよ?」

 

「そういう事じゃなくて、その……」

 

 もう既にこの大きさの物に慣れてきたのか、表情を変えて会話する余裕が出てきているのは良い事です。

 しかし何でしょう、どこか言い辛そうな顔をしています。

 

「……姉ちゃん、ヒーローなんてならなくて良いんじゃない?」

 

 ……随分いきなりですね。ぶっ込んでくるタイミングも少し可笑しいですが。

 

「父様から聞きましたか。それは別に構いませんが。

 ですが、何故そんな事を言うんです? 私の決めた事を応援してくれないんですか?」

 

 だとしたら少し悲しいです。しかし、役丸は首を振ります。

 

「違う。姉ちゃんが決めた事なら別に気にしないし、どんな事だって好きにやれば良いって僕も思うよ。僕だって、ヒーローと社長業両方やりたいってワガママ言って応援してもらってるからね。

 けど、ヒーローって危ないじゃん。女性のヒーローって多いけど、やっぱ自分の姉ちゃんがなるって言いだしたら……ちょっと、心配だよ。怪我も、最悪死んじゃうかもしれないんだよ?

 

 

 ……僕は、お姉ちゃんにお母さんみたいになってほしくないんだよ」

 

 ――役丸は、母様の事をほとんど覚えていません。

 何せあの事故が起こったのは、役丸はようやっと覚えているか覚えていないかの頃です。姿は毎日見ていても、声や、仕草や、話す内容を殆ど覚えていません。

 ……もし私が母様のようになってしまったら。そう思うと不安で、心配なんでしょう。

 やはり役丸は、口は悪くても優しい子です。世界で1番の、私の弟です。

 私は少し微笑ましくなって、隣に立つ弟の頭を、出来るだけ優しく撫でます。

 

「……心配してくれてありがとうございます。

 でも役丸。私は私の目指す道を見つけたのです。これは誰にも止める事は出来ません」

 

「それは……ヒーローじゃなきゃダメなの?」

 

 人形の足を止めて座らせてから、役丸は真っ直ぐ私の目を見ます。

 役丸は同年代の子供たちと比べれば賢く、大人っぽいところがあります。ですがまだ10歳の子供だとこういう時にこそ実感します。

 縋るような目。不安を孕んだ目を私に向けていると、年相応です。

 こんな事を言ったら怒られそうですから、口にはしませんが。

 

「そうですね。2つの理由の内1つは、別にヒーローで無くても出来るでしょうね」

 

 世界中を旅して回っても良いでしょう。

 どんな職業についても、世界を見て、識る事は出来るでしょう。

 ヒーローが善を象徴している存在なのは確かですし、他の職業に就ては見えないものも見えるのは確かですが、どうしても、という程の理由にはなりえません。

 

「ヒーローになるのは、もう1つが大きいの?」

 

「……そうですね、役丸には話しても良いでしょうね。

 

 

 

 ――目標とする人達が出来たんです。とっても大事な方々なんですよ」

 

 

 

 彼らはブレません。真っ直ぐと目標に突き進みます。

 どんなに辛くても、どんなに高い壁も乗り越えて行きます。とてもカッコ良いです。

 私にはないガッツとストイックさ。勿論それだけではありません。

 ヒーローになるという人はそれこそかなり多いですが、あれほど力強く真っ直ぐにヒーローという物を見ている人間はいないでしょう。

 強迫観念にも近い、危なっかしい程の前傾姿勢。

 一見危険なようにも見えるその必死さに、私は思わず魅了されてしまいました。

 私も。

 私もあんな真っ直ぐに、世界を見たい。

 

「その方々に追いつく為にも、私はヒーローになります」

 

 ……ヒーローを目指す動機としては、些か不純でしょうか。

 不純と断じられても、私の中では大きな問題なので、誰にも邪魔させる気はありませんが。

 

「……姉ちゃん、頑固だな。そういう所。

 まぁ良いけどね。そうなったらそうなったで、面白いし」

 

 役丸は私をじっと見つめると、すぐに呆れたような笑みを浮かべます。

 弟にそんな顔をされるのは、なにか姉の威厳的なものが崩れる気もしますが、自分でも変わっているのは自覚していますので、しょうがないと諦めましょう。

 

「じゃあ、お姉ちゃんを追い越す為にも、頑張らないとなっ」

 

 役丸がそう言うと、人形がゆっくりと起き上がります。

 最初立ち上がった時よりもよりスムーズです。成長が早いのは、さすが我が優秀な弟、といった感じです。

 

「頼もしいですね、頑張ってください」

 

「うんっ……それにしても、お姉ちゃんが目標にする人達なんて、随分変わった人なんだろうね」

 

 役丸の言葉に、私は隣に立ちながら大きく頷きます。

 

「えぇ、本当に変わった方々です。

 轟くんと動島くんと言うんですが、大人っぽさと子供っぽさを兼ね備えた殿方でして、」

 

 グイッ

 

 っと、私の服が掴まれ、引き寄せられます。

 ちょっ、役丸、苦しいです、その掴み方は脇腹付近の筈なのに奇跡的に気道が締まっています。

 

「――ね、姉ちゃん。目標にしてるやつって……おとこ、なの?」

 

 役丸は信じられないといった顔です。

 失礼な、人を男の子と縁がない女のように。

 

「え、えぇ、そうです、そうですから服を掴むのよやめ「ダメだよ姉ちゃん!」すいません聞いてください」

 

 私の言葉を無視して役丸は必死な形相で話し続けます。

 

「ね、姉ちゃんは世間知らずなんだ。本読んで知ってる気になってるけど社会の常識から30㎝くらいズレてるんだ! そんなお姉ちゃんがお、男の人と関わると、大変な事になっちゃう!

 もしその男が賭け事をやるクソ野郎で、二股とかし始めるクズだったらどうするんだ!!」

 

 役丸、また変なドラマを観ましたね。影響を受けやすいんですからあまり見ないでと言ったのに。あと貴方の中で中学生という存在がどれだけ大人なんでしょう。

 

「お、お二人はそのような方々では、」

 

「お姉ちゃんはその男共に騙されてるんだ! お姉ちゃん妙に人を信用しちゃうんだから!!

 こ、今度僕が確かめるから家に連れてきてっ」

 

「お家にお招きする程まだ親しくは……と言うより、役丸」

 

「なんだよっ!!」

 

 

 

「人形が倒れそう……というか、倒れますよ、あれ」

 

 

 

 ギ、ギギギギギギギギ――ドォーン!!

 

 私の話を聞いて操作を忘れていたのでしょう、大きな人形は先ほどまでは奇跡的なバランスを保っていたのですが、とうとうそのまま倒れてしまいました。

 私たちの方向に倒れるような位置に立っていなかったので、ちょっと気にしていた程度ですが……。

 人形は派手な音を立てて倒れ、腕がひん曲がって再起不能な形に変形しています。

 庭の芝生は荒れ、クレーターのようなものも出来ています。

 アウトです。

 これは聖灰洲に、確実に怒られます。

 人形を操っていた役丸と、監督を怠った私も同罪です。ダブル説教です。

 そして、

 

「――っ、あ、へっ、」

 

 せっかく完成した人形を壊してしまった事も相まって、役丸の顔は顔面蒼白という言葉がピッタリな程白くなっています。

 

「……あ〜、集中力を乱したのがダメでしたね。まだまだ修行不足ですよ、役丸」

 

「――ね、姉ちゃんが変な事言うからだろ! というか、1番最悪なのはその男達だよ! 男の話なんて出てこなければ僕がコントロール出来なくなる事もなかったんだ」

 

 役丸、それは流石に理不尽です。

 轟くんも動島くんも流石にそこに責任は持てませんよ。

 

「無茶苦茶です、だいたい何故私が男の人と関わってはいけないのか理解出来ません」

 

「う、で、でも姉ちゃんがもし傷ついたら困るもんっ。そいつらに悪さされたら、」

 

「お二人とはそのような関係ではありません。そもそも、悪さって何ですか悪さって」

 

「そ、それは……ち、チューとか」

 

「発想が流石に小学生ですね。ですからそういう関係ではありませんよ」

 

「わ、分かんないだろうそんなの! 無理矢理されるかも!」

 

「彼らはそんな男性ではありません。かなり失礼ですよ」

 

「姉ちゃんの方が大事だもん!!」

 

「……嬉しい言葉ですがそういう問題では――」

 

 

 

 

 

「お嬢様、坊ちゃん。

 口論は結構ですが、このような事になってどうなるか、まさか分からないという事はございませんよね?」

 

 

 

 

 

 ――今1番聞きたくない言葉に、私と役丸は同時にブルッと体を震わし、ゆっくりと2人で声がした方に振り返ります。

 そこには、聖灰洲が立っています。

 いつも通り執事服には一切の汚れなく、靴もピカピカ。ダンディーなお髭でナイスミドルといった印象を受ける彼は、笑顔でした。

 えぇ、笑顔でした……青筋さえ浮かんでいなければ、本当に完璧な笑顔なんですが。

 

「……お二人とも、応接間にお越し下さい。

 ここは業者の者に片付けさせますので、今すぐで結構です」

 

「で、でもですね聖灰洲、」

 

「で、でも姉ちゃんが、」

 

 

「問答無用です」

 

 

「「……はい」」

 

 私と役丸は、そのまま応接間に行きました。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「そこで私はコンコンとお説教を受けました。時間としてはやり始めたのが9時頃、その後お昼まで3時間。最長記録です。

 以上が、私の休日でした。微笑ましいと同時に苛烈。まさに人生のようですよね?」

 

 私は前の席に座っている動島くんに言いました。

 回想とは違って、動島くんに話して良い事と悪い事は選別して話しました。憧れ云々の話をしてしまいますと私も流石に恥ずかしいからです。

 さて。

 これだけ面白い話をしたのです。きっと動島くんは「そりゃあ凄い! なんて素晴らしい休日だったんだ」と拍手を送ってくれる事でしょう――

 

「いや、大きな屋敷とかファンシーな自室とか執事とかメイドとか巨大ロボっぽい人形を操るとか、インパクトがデカ過ぎるワードがてんこ盛りで、全然内容が入ってこなかった。

 なんで家の敷地内に本館と別館があるんだよ。うちは無いぞ」

 

「なんと」

 

 そんな風に受け取られるとは思ってもみませんでした。

 

「動島くんのお家は、戦国時代から続く家系ですから、珍しくはないかと思いましたが」

 

「うちは歴史があるってのと土地が広いだけで、稼ぎは言うほどじゃない。そもそも金に頓着する家系じゃないから」

 

「そういうものですか」

 

 残念です。他の方は分かってくれませんが、結構面倒なんですよこの生活。動島くんのお家の事を聞いて共感を得られると思いましたが、本当に残念です。

 

「それに勝手に塚井さんの弟には敵意持たれているみたいだし、なんかちょいちょい第4の壁超えてるし、話長いし。とてもじゃないけど「うわ〜微笑ましいなぁ」とはならないと思うぞ」

 

「そうですか……つい最近とあるヒーロー物の映画を観たので、参考にしてみたのですが、意味がありませんでしたね」

 

「頼むからその映画には影響されるなよ」

 

「大丈夫です、下品ですので殆ど参考になりませんでした。

 ところで話は変わりますが、今度轟くんと一緒に我が家に遊びに来ませんか? 弟が会うのを楽しみにしているんですが」

 

「その話の流れで何で了承して貰えると思ったんだよ! もうちょい流れとか考えて話そうよ!」

 

「確かに。私と動島くんはまだ親しいという程ではありませんからね。

 ではまずは――携帯番号とメールアドレスを交換してからで」

 

「それは良いけど……家には行かないからな」

 

「……絶対ですか?」

 

「絶対です!!」

 

 むぅ、それは残念です。

 弟も本当に楽しみにしていて、お気に入りの人形を手入れしていたのに。

 ……ですが、こうやって動島くんと仲良く話せるのは、ある意味僥倖と言えるでしょう。

 中学校生活もまだまだ長いです。これからも、動島くんだけではなく轟くんとも仲良くしていけるように、頑張ろうと思います。

 

 

 

 

 では皆さん、また本編でお会いしましょう。

 更新日時は未定ですが、作者さんのノリとテンション次第でいくらでも早く「だから第4の壁超えるな!」……理不尽です。

 

 

 

 

 

 

 






塚井魔女子という存在は、当初「中学校編だけの登場人物」という認識でした。
ちょっと(かなり)天然が入っているけど、頭が良い女の子。自分の中ではそれなりに気に入っていましたが、言い方は悪いもののこの場限りだろうなぁという認識でした。
しかし皆さんの反応と作者にとっても制御不可能なほど動き回る魔女子さんに自分も惚れてしまい、レギュラー認定になりました。
ヒロイン……ではありませんが、振武くん同様活躍する事でしょう。
これからも応援よろしくお願いします。

さて、次回から今度こそ本編。雄英入試が始まります。
振武くんはどう乗り越えていくのか、どう成長しているのか。次回更新をお待ちください。


これからもこの作品を応援してくださると幸いです。

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