plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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雄英入試話はじまりです!
ここからそう言って良いのであれば、雄英編開始です。
それでは、本編をどうぞ!


episode9 始まり始まり

 

 

 

 

 

 ――刀が薄明かりの煌めきを一瞬だけ写し込み振られる。

 ――拳が風を切る音をさせ対象に振るわれる。

 刀は空を切り、それは拳も同様。全てが予定調和のように、体が動く。

 キツいという感覚は振武にはない。

 戦いは、苦痛と痛みしか生まない。

 そう思っていたし、戦闘は楽しむためのものでは無い。実戦に近づけば近づけるほど、それは死と無関係ではいられなくなる。

 死は忌避されるものだ。人間が生きている限り。

 だが、だとしたならばこの感覚は、

 振武の中に沸き立つこの感覚は一体何なんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 入試当日の朝。時間は朝5時。

 空は白んでいるものの、冬という季節の中では1番寒い時間帯だろう。息は白くなり、少し立っているだけで手が悴んで震える程だ。朝露に濡れている森の中では、その寒さもいっそう強いものになっている。

 ――そんな中、動島振武が立っていた。

 去年の4月の頃より、少し顔が凛々しくなり、子供っぽさは抜けている。身体つきはそこまで変わったわけではないが、無駄な筋肉を付けるという訳でもなくしっかり元々の力を維持し、磨いてきたのだから、悪い事ではない筈だ。

 普段訓練で使っている胴着を着ているが、それだけしか着ていないし、言ってしまえば足は裸足だ。息も白い為振武の場所だけ暖かいという訳ではない。だが振武は寒さに震える事もなく、寒さなど全く感じないといったように振舞っている。

 木々生い茂る山の中にあって、振武の今いる場所は樹齢200年の大木だけを残して空き地のようにぽっかりと空いたスペースになっている。山に篭って修行をする時にはよく使われる場所だ。

 ゆったりと力を抜き、しかし隙はなく。そのような構えをとり、足に力を入れる。大木からちょうど100メートル離れた場所。少し遠いが、普通に駆けてもそう時間はかからず、振武の身体能力であるならば1分と掛からない筈である。

 その間合いを振武は、

 

「――よっ!!」

 

 タンッ――ポンッ

 

 刹那で埋める。凡庸な言い方をしてしまえば、まるで瞬間移動のような移動だ。大きな音もさせず、大木にタッチ出来る位置にまで移動した。

 

「…〜ん、一応出来るようになったけど、まだ同じ足で連続でってのは難しそうだな。

 まぁ出来るようになっただけでも儲けもんなんだけど」

 

 少し残念そう……と言うよりは、悔しそうに顔を顰める。今やっているのは入試前の調整を兼ねた新技の確認である。

 土蔵での震撃会得から、もう10ヶ月が経っている。

 この10ヶ月は、今まで振武が受けていた修行人生の中でも最も濃密で忙しい期間だったと言えるだろう。

 ただ震撃を使えるようになったというだけでは意味がない。感じた感覚を忘れてしまわないように反復し、様々なものに応用出来るようにならなければいけなかった。

 ――震撃とは、ただの拳技というだけではない。

 波紋と貫鬼はあくまで、本質を現実に表した形の一つだ。『力のコントロール』という本質はどんな物にも利用でき、どんな技をも生み出す可能性があった。

 そう教えられ最初に振武が思い浮かんだのは、昔再現しようとした漫画やアニメ由来の技だ。もしかしたら、この理論と個性を使用し、再現出来るものも存在するのではないか。

 そう考え始めてしまえば、振武の行動は止まらなかった。

 先ほど振武が行った、高速移動もその一つ。勿論元ネタは、前世で好きだった海賊漫画から来ている。

 漫画の中では地面を瞬間的に10回以上蹴っているという説明だったが、そんなに高速で足を動かす事は出来ない。そのような個性でもない。

 そこで考えたのが振動と震撃を利用する事だ。

 脚を振動させ(試した結果、8万回の振動が良いと言う結論になった)、そのまま地面を踏み抜く時に震撃・貫鬼を使用する。

 この時地面を貫通しないように土蔵の壁を吹き飛ばした時のように、〝自分の体を押す〟のだ。これにより瞬間的に爆発的に加速し、あの漫画で登場する移動法のようなものが出来た。

 ようなもの、というようにそれそのものでは無い。速度を上げているだけだから背中に回り込む事も出来ない。単純に間合いを詰めるだけの技だ。

 ……振一郎が鍛錬で似たような技を使っていて少し悔しく感じたのは、今ではいい思い出だ。

 

「もうこれじゃ剃じゃないもんなぁ。名前決めてやんなきゃな。

 月歩の方も、そのまま名前使うのはなんかやだし」

 

 いくら元ネタが前世の漫画だったとしても、ある意味それとは違う自分の技が出来たのだ。名前をつけたくなるのも仕方がないだろう。

 もっとも、入試には間に合わないだろうが。

 

「……ここにいたのか、振武」

 

 その声に振り返ってみれば、振一郎が竹刀袋を持って立っていた。体を動かす事に集中していたからか、振一郎が気配を消していたのか分からないが、どうやらやって来たのはついさっきではないようだ。

 

「……来るなら声かけてくれれば良いのに」

 

「お前が熱心にやっているからね、邪魔してはいけないと思ったんだよ。

 どうだ、体調は」

 

「バッチリだよ」

 

 ――パシッパシッ

 

 デモンストレーションのように拳を振れば、空気が弾けるような音が聞こえる。それを見て微笑みを浮かべる。体調どころではない、これから雄英の受験に向かうのだ。

 気分的にも、体調的にも、パーフェクトだ。

 

「そうか、なら良かった……それでは、振武。

 着替える前に、少しお祖父ちゃんに付き合って貰えるかい?」

 

 その姿に首をかしげると、振一郎は竹刀袋の紐を解き、ゆっくりと中身を取り出す。

 日本刀。何度か見た事があるそれは、祖父が練習用に使っている真剣だった。

 

 

 

「――実戦形式の手合わせだ。これで一旦、お前の修行の締めとする」

 

 

 

「……免許皆伝って事?」

 

 驚きつつ聞いてみれば、振一郎は苦笑を浮かべた。

 

「まぁ普通の武術ならばそういう事だ。

 お前は奥義を我が物にした。お前の個性と震撃を合わせたそれは、もはや本家の震撃を超えている。まさに上位互換と言えるだろう」

 

「そりゃあ、そうだけど……それ、開祖の思想とちょっと違う、よな?」

 

 意外というよりは、予想外だった。動島流の性質上、免許皆伝なんて言い方を許すとは思っていなかったからだ。

 振武が聞いた話では、動島流の原点は戦国時代まで遡る。

 ある1人の武士がいた。その者はとても強く、様々な武術武道を会得し、日ノ本に彼以上の猛者はいないとまで言われた存在だった。その武力を持ってすれば戦で功名を上げ、一国一城を手に入れる事すら夢ではなかった。

 しかし彼はそうしなかった。何故なら彼は強さ以外に興味がなかった。勝ち負けと名声には興味がなかった。強くなってより強い者と戦いたい。そういう一種の狂気じみた戦闘欲しかない男だった。

 強い者がいると聞けばどんなに遠くに居ても戦いに行った。新しい技があると知ればどんなものでも吸収した。それを繰り返していくうちに、彼に敵う存在はいなくなった。

 だが、彼にとっては不満だ。

 ずっと戦いたい。血湧き肉躍る手合わせを続けたい。

 考えに考えた結果、彼はこう思ったのだ。「そうだ、いないなら育てれば良い」と。

 自分の技術を、強さを再現した武術武道を編み出し、様々な者に教えた。一分野で、強くなりさえすればそれで良い。そう考えていたからこそ流派を分けたし、弟子が他の武術を取り入れるのを止めなかった。

 結局彼の夢は叶わず、最後まで彼に敵う存在はいなかった。

 しかし武術は残り、現代まで続いていた。

 それは動島流。

 つまり、開祖と同等の存在を生み出すため……だからこそ、その技術の研鑽に終わりはない。免許皆伝などなく、強くなる為に鍛え続ける。

 

「まぁ、そうなんだがな……これは終わりではなく始まり。言わばスタートラインだ。

 今日この日よりお前はヒーローの夢に一歩近づく。そういう意味でも、このタイミングでお前には師離れして貰わないとな」

 

 そう言いながら、振一郎は刀を抜く。

 抜いただけで斬られる、と錯覚してしまう剣気に、振武は即座に構えを取る。

 隙を見せた瞬間終わる。

 そんな戦う者の直感が働いたのだ。

 

「さぁ、振武。

 手合わせをしよう……私も、久しぶりに本気を出すから」

 

 そう言う振一郎の表情は、祖父の顔でも、師としての顔でもない。

 今まで見た事がない――戦いを望む武人の顔だった。

 

 

 

 

 

 

 動島振一郎。

 ヒーローや警察関係者に武術を教える、動島家当主であると同時に、動島流の流派全てを会得している人物。

 全ての技は開祖1人で生み出したものだ。だからこそ、動島流を全て会得したものは開祖に近い存在だと言えるし、実際の文献を紐解けば、どれも個性なしでも超人と言っていいレベルの人物ばかりだ。

 勿論そんなものを達成出来る人間は少なく、開祖から数えても両手で数える事ができる程度しかいない。

 堂島振一郎は、その中の1人だ。

 明治維新以降、唯一の全動島流武術を会得した男。

 現代で最も開祖に近い男。

 本物の剣鬼。

 ――その男と、今戦っていた。

 

 

 

「くっ」

 

 振一郎の鋭い一閃を、最低限の動きで回避する。

 目では追えない程速いそれは、10ヶ月まえでは避けきれず、あっさりと死んでいたであろうレベル。だが今は、何とか回避出来ていた。

 それだけでは終わらない。

 一撃回避出来れば、回避した先にはもう一撃が待ち構えている。

 剣撃の嵐。

 そう呼称することが出来る程の速さと鋭さを、振一郎の刀は持っていた。

 

「――ハッ!!」

 

 振武も弱いわけではなかった。

 振一郎の斬撃の合間を縫って、震撃を放つ。10ヶ月の間に震撃を意識しなくても使えるほど自然なものになっていた。動島流活殺術の真髄は、振武の中に染み付いていた。

 だからこそ放てる一撃。

 

「――フッ」

 

 しかし、振一郎はそれを弾く。

 刀を持った腕で、衝撃を纏った拳を体の外側に逸らす。

 川に流される葉が川の中の大岩を避けて流れていくように、震撃はあっさりと流される。

 だがそれも想定済みだ(・・・・・・・・・・)

 

「フンッ!!」

 

 引き戻された刀が上段から振り下ろされる。これだけ言えば極めて単純、だがその速度は単純に説明出来るものではない。

 瞬きでもすれば一瞬で体が半分になっている事が想像できる程の神速。

 だが、

 

「――ッ!!」

 

 振武はその刀に合わせるように、手を添える。

 刃に触れず、鎬の部分を少し横に押しながら、反対の方向に体を少しだけスライドさせる。

 力はほとんど加えていない。だがそれだけで刀は何も斬らず、真っ直ぐに振り下ろされた。

 だが、

 

 ――バゴォーンッ!!

 

 刀が振り下ろされた場所から真っ直ぐに、斬撃すら届かないであろう正面にある大木まで、真っ二つにされた。

 

「なっ――」

 

 規格外、という単語が思わず浮かんだ。

 大地の陥没はそう大きくない。だが今振一郎は個性を使っていない。もし使っていれば先ほど刀に触れた時に自分の手が腕ごと吹っ飛ばされていたのは間違いない。

 

「っ、個性なしでそれは頭おかしいだろ!!」

 

 そのままの体の流れを利用して体を回転させ、肘鉄を振一郎の脇腹へ。

 10ヶ月前の段階では、鍔で逸らされて柄頭で逆に脇腹を突かれた。

 だが、

 

「フッ――セイヤァッ!!」

 

 振一郎もそれを思い出したのだろう。一瞬だけ笑みを浮かべると、その時とほぼ同じ動きで肘鉄を逸らそうとする。

 振武は、

 

 ヴォン!

 

 肘鉄をせず、そのまま振一郎の顔に裏拳を放った。

 勢いを殺さず、まるで拳は跳ね上がるような動き。

 

「っ!?」

 

 一瞬何が起こったという顔をした振一郎だが、頭では理解できずとも体は自然と動く。

 

 バチィーンッ!!

 

 振武の裏拳と振一郎の刀を持った手がぶつかり合い、水面を弾くような破裂音が木霊する。

 多少流れが悪かったからか、威力はほとんど乗っていない。決定打になり得ない攻撃。

 だが、当たろうと防ごうと、一瞬だけでも隙が出来れば十分!

 

 

「――震振撃、」

 

 

 キーンッ

 

 耳に届く、超音波のような振動の音。

 軋む骨、しなる腕、全身から力が伝わる。

 自然と口角が上がる。

 馬鹿にしたわけでも、邪悪なものでもない。

 そうこれは――

 

 

 

「――八極!!」

 

 

 

 振武の必殺技は振るわれた。

 

 

 

 

 

 

 震振撃。

 振武が10ヶ月の鍛錬で辿り着いた答え。

 自分の個性である振動と、奥義である震撃の融合。

 震振撃・八極は、3つ出来た完成系の内の1つだった。

 完成した時に思った事は「気軽に人に向けられない」という事だった。

 単体でも鉄を破壊出来る震撃の威力を高めたのだ。相手を殺す事を前提としている戦闘でもない限り使うべきではなく、そもそもヒーローの仕事で人を殺すなどという事はありえない。

 だが、放つ事に躊躇しなかった。

 殺したかった訳でもない。

 傷付けたい訳でもない。

 ――使わなければ、勝てないと判断した。いや、正直使っても勝てないかもしれないと一瞬思うほど。

 

「――お前の勝ちだ、振武」

 

 パキピキッ……バキンッ!

 

 金属が砕ける音。振一郎の持っていた刀が、砕ける音がする。

 震振撃は確かに振るわれた。振武がそう断言してしまうのも傲慢に思われるかもしれないが、それは強く速い。普通の人間では防ぐ事も回避する事も間に合わず、耐える事すら許さない一撃。

 

 

 

 それを、動島振一郎ははっきりと防いだ。

 防いだ上で、合格と言ったのだ。

 

 

 

「……だぁーー!! やっぱ勝てないかこんちくしょう!!」

 

 本当に、心底悔しいという顔をして、振武はその場に座り込んだ。

 手は傷ついていない。試験前に壊してしまっては元も子もないが、そこは流石に気をつけていた。気を付けていたからこそ、最大威力の技を使わなかった。

 だが1番ではないとはいえ、今出せる全力の技。

 それを何食わぬ顔で防がれては意味がない。

 

「何を言っているんだ、ほら、刀壊しているじゃないか。

 これはあくまで手合わせ。相手を行動不能にまで追い込むものではないよ?」

 

「分かってる! 分かってるけど悔しい! ここで祖父ちゃんに勝って最高のスタートにしたかったのに!

 つかなんだそれ、なんで俺の技防げんだよ、刀壊れるだけで済むってどうやったんだよ! やってる事無茶苦茶じゃね!?」

 

「ハハハッ、まだまだ甘いなぁ振武は。

 そんなの、お前の拳を刀の柄で下に叩きつけたに決まってるだろう?」

 

「決まってるだろうって……」

 

 決まっていない。反応出来るって段階で凄いのに、振動している俺の拳を弾いた? 普通だったら弾かれるのは刀の方だから。などと思ったが、そんな現実味から外れてしまったツッコミをすると、振武自身も外れているように思えてくるので止めた

 

「まぁ、良いじゃないか。振武は確かに、動島流活殺術という点に関しては十分合格だ。むしろ、期待以上だよ。正直私も本気で倒されるかと思った。

 特に裏拳! あれは以前私に肘鉄が効かなかった事を逆手に取ったね。私はてっきり10ヶ月前の雪辱戦で、無理やり肘鉄を打ち込むと考えていたが、文字通り裏をかかれたね」

 

「……なんかギャグみたいだな、それ」

 

 振一郎の言葉に、振武は少し微笑む。

 振武にとって見れば残念な結果だが、しかし合格出来たのだ。それは喜ばしい。後は自身で鍛錬し、自身で壁を乗り越えていける。

 ある種の自立にも近いそれは、少しだけ振一郎に認められたという気をさせてくれる。

 

「でも、時々手合わせしてくれない? 学校でいつもこういう風に戦闘訓練が出来る訳でもないだろうから」

 

「おいおい、受験の前にもう受かった後の話をするのか? 不安じゃないのか?」

 

 振一郎の呆れたような(実際呆れているのだろうが)言葉に、振武は堂々とした笑みで答える。

 

「あったり前だよ、祖父ちゃんっ!

 こんな所で躓いてる暇なんざないのさ!!」

 

 もっと先へ。

 Puls Ultra(さらに向こうへ)だ。

 最初の最初だ、転んでしまわないように、これまで準備をしてきたのだ。それは振武の自信となって、確かに根付いていた。

 

「……あぁ、そうだな。お前はよく頑張ったよ。

 行ってこい振武。お前なら大丈夫だ」

 

 振一郎の優しい言葉に、さらに笑みが深まる。

 

「おう、任せろ!……ってまずい、風呂も入りたいから急がないとっ。

 先行くよ、祖父ちゃん!!」

 

 振武は慌てて走り出す。

 鞄の中身は準備したが、流石に手合わせをして汗だくになった胴着で受験に向かうのは流石にアウトで、実技試験もある以上朝食は絶対に抜かせない。

 

「あ、待ちなさい振武! ちょっと聞きたい事があるんだ!!」

 

 しかしその足は後ろからかけられた声ですぐに止められる。

 

「ちょっ、祖父ちゃん、なに、急いでんだけど」

 

 立ち止まる事すら我慢出来ないからか、その場で足踏みをしながら先を促す。

 振一郎はその姿に笑いを堪えるようにするが、すぐに真剣な表情になる。

 

「振武。お前は手合わせの最後、震振撃を放つ瞬間、笑っていたよね?

 どういう意図があったのか、説明して欲しいかな」

 

 ――あぁ、なるほど、心配されている訳か。

 心の中で妙な納得が生まれた。

 動島家。開祖から分かる通り、この家系は戦闘欲求の強い者が多く生まれる。戦闘狂というか、戦いマニアと言えば良いのか。

 そういう人種は、得てして戦闘を楽しむ。

 楽しんでしまうが故に、それは一歩間違えれば狂気に変貌する。時代が現代に移ってからは出てきてはいないが、侍や武芸者が当たり前のようにいた江戸時代より以前は、辻斬りや人殺しそのものに魅せられる者もいたらしい。

 もし振武が戦いそのものに楽しみを感じているのならば、諌めなければいけない。

 振一郎はそう考えているのだろう。

 

「――大丈夫だよ、祖父ちゃん。

 まぁ祖父ちゃんとの手合わせが楽しかったのは確かだけど、別にそういう意味じゃないんだぜ?」

 

 足踏みをやめ、真っ直ぐに振一郎の目を見て答える。

 

 

 

「祖父ちゃんっていう壁を超えるのが、楽しくてしょうがなかっただけさ」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「私という壁を超える事の楽しみ、か。

 まったく、あの子は本当に覚の子だよ」

 

 振武が着替えに戻ったあと、1人その場に残った振一郎は、笑みを抑える事ができなかった。

 壁を超える喜び、難しい問題に直面すればするほど笑みを浮かべる性質。動島覚(むすめ)からも感じた、武術を教えたヒーローの何人かからも感じた『ヒーローの本質的な欲求』。

 戦う事にでもなく、人を傷つける事でもなく。

 自分の成長そのものに、困難を乗り越える事そのものに喜びを抱けるそれは、どんなものでも上に立つ上で重要な素養だ。

 10ヶ月前はそれが強迫観念だった。

 今は純粋な喜びのようだ。

 それは振一郎(そふ)として動島家当主《ししょう》としても嬉しい事だった。

 

「だが、それにしても、」

 

 振一郎はぐるりと自分の周りを見渡してから、小さく溜息を吐く。

 

 

「『やってる事無茶苦茶』とはな。振武(お前)が言う事か……この状況でそれを言えるあたり、お前も動島の血筋だよ」

 

 

 

 

 振一郎がいたのは、大きなクレーターの中心だった。

 

 

 

 当然、こんなクレーターが最初からあった訳ではない。

 振武の技。震振撃・八極を逸らされて、衝撃が地面へ逃げた結果だ。

 広さは……振一郎の目算で10メートル近く。深さは立っている振一郎の首元にまで届いている。

 ――刀が壊れた程度で良かった、先ほどまで必死で誤魔化していた冷や汗を、胴着の袖で拭う。

 振一郎の本物の愛刀『怪刀・蘭丸』であれば壊れる事もなく、振武にもう一撃入れる事が出来ただろう。というより、振一郎が完全武装で本気で挑めば、今の振武に勝つ事は難しい事ではない。

 だが、

 

「……まだまだ超えられるつもりはないが、これは少し本気になった方が良さそうだ」

 

 成長した孫への嬉しさと、少しの寂しさが混じった言葉だった。

 この10ヶ月。震撃を覚えたからか、それとも自分の影との対面が振武を吹っ切れさせたのか。確実に壁を超えたように感じた。

 もし何も得られなかったならば、成長しなかったならば、何も変化がなければ。今の段階で動島振一郎の実力の片鱗を引っ張り出すまでに持ち込む事は、難しかった。いや、出来なかったと断言しても良いだろう。

 ――人間というものは、何かを極めようとする時にいくつかの壁にぶつかる。

 成長、才能、心の強さ、様々なものが原因で起こるそれを超えられなかった場合、その人間の成長はそこまでだ。老いや挫折で後退する事はあっても、それ以上の実力を手に入れる事は出来ない。

 だがそれを超える事が出来ると、今まで足踏みしていたのが嘘かのように急成長する時がある。恐らく振武にとってこの10ヶ月がまさにそれだったのだろう。

 

「私と同じ強さ、私と同じレベル。そのレベルの人間は正直そう多くはない。

 昔の盟友達が懐かしくなってしまう程だ……だが、」

 

 振一郎の顔が、振武との戦いで見せたあの表情に変わる。

 純粋な武人としての顔。そこには仄かな喜びの顔。

 

「……まったく、振武。こんな老骨に楽しみを与えるなんて、随分酷なことをする」

 

 久しぶりに高ぶった気持ちを鎮める為に、振一郎はその場で目を閉じ、ゆっくりと深呼吸を始めた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 風呂も入り、汗を流した。

 髪を乾かし、制服も着た。

 朝食を食べ、靴も履いた。

 これ以上やる事はない。鞄には忘れ物もなく、準備は万端。

 問題は、

 

「振武、ちゃんと準備は出来てる? 受験票とか…え、持ってる? でも偶に振武って考えすぎてポカやらかすからお父さん確認しないと…え、心配ない? でもでも、振武って小学校の遠足で真面目に準備したのにオリエンテーションで使う地図忘れた事があるだろ? まぁあの時はお父さんがついつい「振武がどんな所歩くのか知りたいっ」と思って勝手に借りちゃったのがそもそもの原因だけど、でもやっぱり気にした方が良いと思うんだ、だからもうちょっと別れを惜しんで」

 

「本音が出てるよ父さん」

 

 この玄関で駄々をこねる子供のようなことをしている父親を振り切る事だ。

 相変わらず、動島壊の愛情表現は重い。

 

「だいたい話が長い。まだ遅刻する時間じゃないけど、余裕持って行きたいんだから。

 なんなの? 出番久しぶりで張り切ってるの?」

 

「? 出番ってなんの事?」

 

「……いや、何でもない。ちょっと友達の癖がうつっただけ」

 

 あの事件以来魔女子と話す事も多くなった。意外と言って良いのか予想通りと思って良いのか彼女は筆まめで、何度かメールでの雑談もするのだから、仲良くなったと言えるだろう。

 だからこそあの、無表情で破茶滅茶な事を言い出したり、たまに第4の壁を超えている節がある言動や、かなり天然な部分も慣れてきたと思っていたのだが……まさかこんな所にその弊害があるとは、振武も知らなかった。

 

(引っ張られたら何か面倒だし、流石に気をつけよう)

 

 振武は固く心に誓うのであった。

 

「あぁ〜、とにかくもう出るから、話は後!」

 

 ガラララッ

 

 振武はそう言うと、振り返って玄関の扉を開ける。

 

 

 

「待って振武っ――頑張ってね」

 

 

 

 壊の優しい言葉を背中で受け取る。

 振り返りはしない。振り返るとややこしい状況になる。

 それに、壊からは沢山の応援を貰っている。今更わざわざ振り返って受け取るほどではない。

 ……その代わり、その言葉を背中に背負い、

 

 

 

「あぁ、行ってくるよ、父さん」

 

 

 

 壊から見えなくても笑顔を作りながら、家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





詐欺じゃないですよ? 会場に行くのは次回からですが。
これから本格的に原作キャラが増えていきます。
これからもこの作品を楽しんでいってくだされば、嬉しいです。


感想・評価お待ちしております。

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