今回は普段とは別種で難産でした。
戦闘シーン(というか打倒シーン)が上手く書けたかかなり心配です。
それでは本編をどうぞ!!
大きさというのは、時にそれだけで恐怖心を抱かせる事がある。
自身が見上げなければ全容を把握できない、あるいは見上げても把握出来ないモノというのは単純に脅威だ。それがいくら無害だったとしても。
そんな巨大なものが動き、自分自身に危害を加えようとすれば、その恐怖も脅威も増す。倍以上になると言っても良いだろう。
勿論そんな事はなかなかない。怪獣化や巨大化の個性というのはそれなりに珍しい部類のものだし、それに襲われるとなれば滅多にない。
――ただ、その滅多にない事が目の前で起こっている。
「おいおい、雄英はどんだけぶっ飛んだもん作ってんだよ」
「同感……あんなの作れるとは、流石雄英だよな」
切島と振武は焦ったような顔をしながら0ポイント仮想敵を見上げる。
頭まで6、70メートルと言ったところだろうか。これが地表であれば、詰められない距離ではない。剃モドキでも100メートルは移動出来る。
だが平面を移動するのと、跳躍をするのとは違う。同じようにしても移動距離を稼げるのは、2、30メートルがせいぜい。月歩モドキも空間移動を目的で作った分移動距離を考えていないので、長くて20メートル。総計50メートルが最高高度だ。
微妙に届かない。少なくとも自分の素の力だけでは。
「ははは、男らしくねぇけど、こりゃあ逃げるしかない……って、」
少し後ずさりつつ言った切島と、それでもなお0ポイント仮想敵を睨みつけるように見ている振武の上から、巨大な拳が落ちる。
まるで巨大なミサイルでも降ってきたかのような勢いと轟音。切島の個性であれば問題はないが、何でもない人間が食らったら怪我なんて簡単な言葉では片付けられない。
「――っ」
「うぉ!?」
それを2人は回避する。両方とも小さな焦りはあるものの、その回避に危なげはない。
どんなに頭が混乱していようとも、体は自然と普段の鍛錬の成果を発揮する。
「くらったら俺でもやばそうだぜ、動島」
「んなもん見りゃわかる――もう1発くるぞ!」
避けるのを予想していたのか、すぐにもう1発の拳が近づいてくる。
鉄の塊で出来た隕石。衝突すれば跡形も残らなそうに思えるほどの攻撃。
切島は再び下り、振武は――敢えて前に出た。
「お、おい!」
切島の焦りがこもった制止の声を無視して、振武は0ポイント仮想敵の拳に向かう。
すっぽりと自分が埋まってしまうのではないかという巨大な拳。
だが振武はその拳の横に回り込むようにして回りこみ、
「震振撃、八極!!」
今朝振一郎に放った技を使い、0ポイント仮想敵の拳を横に吹き飛ばす。
機械の体が軋みをあげ、横にあったビルを崩しながら凭れ掛かる。
これで倒せるならば、と考えていたが甘かった。その拳も破壊しきれず多少の歪みを作り出すだけで、見ている限り動作に支障はない。
倒すのも難しい。なにせこれだけ大きいとそれだけ重さがあり、下も足はキャラピラだ。一撃で転倒出来るような構造ではなく、周りはビルが密集している、機体を支えるのには打ってつけだろう。
(やっぱただの鎧や他の仮想敵とは違う……本気で殴らないと完全破壊は難しいか)
その事実に思わず舌打ちを鳴らす。
壊す術はある。
この日のためにと用意した、震振撃の最上位。自分で言ってしまうのもなんだが、100%のワン・フォー・オールにだって負けはしない高威力だ。これで殴れば破壊出来るだろう。勿論、放てるのは1発のみ。それ以上放てば拳が回復するかも分からない。
しかしキャタピラを破壊して動かなくなるのか。腕を破壊すれば止まるのか。どこまでこのロボットがタフネスに作られているのか振武は知らない。
何せ原作では、出久が頭部に一撃で倒してしまったのだ。
それ以外の弱点を探っている余裕もくれなさそうだ。
「動島! お前なんて無茶しやがるんだ!」
先ほど回避のために後方に下がっていた切島が駆け寄ってくる。
「無茶じゃないさ。でかいし硬いが、あれはそう早く動けないみたいだ。
怪我をしていたり油断したりしなければ避けられるさ。げんに切島だってそうだろう?」
「そりゃあそうだが……って、そんな事言ってる場合じゃねぇ。流石にあれに挑むのは無謀だ!
とっとと引いて、残ってる仮想敵倒しちまった方が良いじゃねぇか!」
切島のその言葉に、振武は小さく頷く。
「極めて正論……なんだけど、お断りさせてもらうよ」
胴着に付いた埃を払って、振武は0ポイント仮想敵に向き合う。
鈍重な分体勢を立て直すのも一苦労らしく、まだ仮想敵はビルに手をついて立ち上がろうと所だった。まだ余裕はある。
「ちょ、なんでだ! あいつ倒したってメリットなんざねぇだろう! 無謀ってやつだ!!
確かに逃げるのは男らしくねぇけど、自分の身を守るのが1番大事だろうがっ!」
怒鳴る切島の言葉は、感情的な色合いがあるものの、正論だった。
相手は〝0ポイント〟仮想敵なのだ。
ここで倒せたとしても敵ポイントが入る訳ではない。救助ポイントを獲得出来るかもしれないと期待してはいるが、それだって絶対ではない。もしかしたら「ただの無謀なバカ」と映って1点も入れてもらえないかもしれない。
自分の身を守れずに他人の身を守れない。それもまた、今までの経験上嫌という程理解できている。自分を守ろうとしない人間が他者を守ろうとするなんて論外だ。
「……なぁ切島。ヒーローってどんな奴だと思う?」
「はぁ? お前いきなりなにを、」
「色々あるよな。誰にでも優しいとか正義を尊ぶとか、弱者の味方であるとか。
俺はその中の1つにさ、『絶対に逃げない』ってのが含まれていると思うんだ」
切島の言葉を遮りながら、思いの丈をぶつける。
理論も理性もなにもない、ただの感情論だ。
0ポイント仮想敵以上の敵に遭遇して、自分は尻尾を巻いて逃げてしまうのか?
「無謀だ」「勝てない」「自分の命も守れないで何がヒーローか」などと自分の心に言い訳しながら、守らなければいけない人が後ろに控えている時に逃げるのか?
もし逃げられない状況だったら? 守らなければいけない人を置いていくのか?
……ありえない。
そんな選択をする者は、振武にとってヒーローではない。
なにより、
「そんなの、格好良くない。俺は、胸張ってヒーローだって名乗りたいんだよ。
その為にも、ここは逃げちゃいけない」」
「――かっこう、よくない?」
「あぁ、格好良くないじゃん、そんなヒーロー」
誰かと比べるつもりはない。
母だったらどうか、振一郎ならどうか何て言うものでもない。
振武個人の美的意識でもない。
――格好良さとは、何も外見的特徴や行動から来るものではない。
何を思って、何をしたか。全てはそれに尽きる。
だとするならば、自己保身に走って逃げる姿はかっこ良いんだろうか。それで胸を張ってヒーロー志望ですなどと言って虚しくならないのだろうか。
振武はそう感じる。
そんな事をしたら、一生を生き抜いて、ヒーローになって、死んで、母に会ったとしても、胸を張って誇れない。
……0ポイント仮想敵の駆動音と他の生徒たちの声が聞こえてくるほど静まり返った場で、振武はしまったと思ってしまった。
馬鹿だと思われてしまっただろうか。いやこの切島のポカンとした顔は呆れているのかどうか分からない、少なくとも考えもしなかったという顔だ。
場違いな事を言っただろうか。いやしかし自分は間違った事は言っていないし、と振武の中に少し後悔が芽生えた時、いきなり切島は振武の肩に手を置いた。
置いたと形容するよりも、叩いたと言わんばかりの勢いだ。それなりに鍛えてなかったらそれだけで肩が外れそうなほど。
「――男らしいぜ、動島!!」
「……はい?」
予想外の言葉に、思わず振武の言葉が敬語になってしまうが、切島は一切気にせずバシバシと肩を叩き続ける。
「てめぇの流儀と格好良さを貫き通す! まさに男らしいじゃねぇか!!
さっきまで逃げようとか言ってた俺が恥ずかしくなるぜ!」
何故かよく分からないが上機嫌だった。
……こいつもしかして、〝男らしさ〟という琴線にさえ触れれば案外何でもオッケーな人間なんじゃないか? と思うが、ここであえてそんな萎えるような事を言わない程度の空気は振武にでも読める
「なら、俺も手伝うぜ!
ダチが逃げねぇのに俺が逃げちゃ、それこそ男らしくねぇ!!」
「いやまだ友達になったつもりはないんだが、……まぁいっか」
とにかく手助けを得られるならば僥倖だった。
そう言いながら、もう少しで立ち上がりそうな0ポイント仮想敵を見る。
倒すならば、確実に。頭部の撃破。
ここまで来たのなら、倒して行動不能などというせこい事を考えたくはない。だが現実問題、あの頭部のまで自分が飛び上がるのは難しい。
近くのビルの屋上に上がる?――ない。途中で崩されれば振武も巻き込まれる。流石に瓦礫の雪崩を回避するような速度も全てぶち壊すようなものもない振武には無理だ。
放たれた拳から機体そのものによじ登る?――それもない。剃モドキも月歩モドキもああ見えて繊細な技だ。足捌きや重心など事細かな部分でどうしても、不安定な機体の上で行えるものじゃない。普通に走ったら簡単に握りつぶされる可能性もある。
今の状況・出来る事、全て含めてどうすれば確実に倒せるか考える。頭の回転率が上がっているせいなのか、妙に考えられる時間が長く感じる。
「……なぁ、切島。お前の個性って硬化だよな?」
「ん? あぁ、全力でいけばあいつの拳だって受け止められるぜ!
したくないけどな!!」
「固めながら動く事って出来るか?」
「関節部分は頑くなんねぇ、まぁ手やらなんやら細かい部分は難しいがな」
「……で、筋力もそれなりにある、と」
「まぁ、お前にだって筋力だけなら負けないと思うぜ。技込み込みだと無理だがな!」
……1つ、馬鹿な案が振武の頭の中に浮かんだ。
こんな策を実行するぐらいならば素直に他の案にした方がまだ建設的な考えだと言えるレベルの、安易で、無茶苦茶な考え。だが先ほどの戦闘で見た限り、筋力はかなり高い。硬化や体のバネを利用できれば、出来なくはない。
そして協力して0ポイント仮想敵を倒せる。これは振武にとっても切島にとっても良い案なのかもしれない。
「……なぁ、切島。お前ちょっと、踏み台になってくれないか?」
「……はぁ!?」
振武の言葉に、切島は少し間の抜けた声を上げた。
振武の計画はある意味単純だ。
切島が腕などを硬化させながらしゃがみ、助走のままその腕に飛び乗った振武を打ち上げる。
ちょうどバレーのトスのようにだ。少し切島の動きを見ただけだが、彼の筋力と体捌きを見る限り出来ない訳ではない。
振武はトスをされる瞬間に剃モドキを使用する。衝撃や力などは余す事なく推進力に注ぎ込む、万が一の事があっても、硬化を使用している切島であれば大きな傷を負う事もないだろう。
人を1人打ち上げるのだから、どれだけ効率よく力を使ったとしてもそれで稼げる距離は最高で10メートル。
だが、それだけあれば足りなかった分が埋まる。
『残り時間、あと3分!! ラストスパートだ、焦れよリスナー諸君!!』
プレゼント・マイクの声が会場中に響き渡る。
その声がまるで合図かのように、切島と振武の目があった。
(本当にやんのか?)
(勿論。今更逃げんなよ、男だろ)
目線の中でそんな会話ができたように思える。
練習なしの一発勝負。助走のための距離を開いたが、すでに立ち上がって行動を再開している0ポイント仮想敵がこちらにやって来ているので、何度も行える事ではない。
失敗すれば時間の無駄だったというだけではなく、下手をすれば大きな怪我をする。あくまで入試試験、死なせるような事はしないだろうが、出来れば怪我なんてしたくないだろう。
一動作でも失敗すれば、振武と切島の雄英受験はここで終了だ。
(……そう考えると、馬鹿なやり方だよな)
頭の中で自嘲する。
そもそも〝
――地響きが近づいてくる。
――距離は十分。
――切島に目を見やれば、小さく頷いた。準備は万端だ。
――そして振武は走り出した。
いつも走る時とは違う。出来るだけ走った時の勢いを生かすため、ギリギリしゃがんでいる切島に飛び乗れるレベルの加速。だが周りから見ればそれでも陸上選手が見れば感嘆するほどの速さ。
切島と開いていた100メートルを一瞬で詰め、硬化で固まっている手に乗る。
「っ――でりゃぁあぁああぁああぁあぁ!!!!」
走ってきた勢いと振武の体重の掛かっている腕は硬化しているはずの腕を軋ませる。腕だけではない、しゃがんでいたのを無理やり立ち上がらせようとする足も、胴体も、硬化させているにも関わらず全身が悲鳴をあげる。
しかし、苦悶の表情を浮かべながらも切島はその勢いを殺す事はなく、バネのように振武を押す。その同時に、振武は剃モドキを使用する。
ドンッという小爆発のような音。振武が想像していた以上の加速が、今まで視界に入っていたものを下へ下へと追いやる。
(わりぃ切島――でも、ありがとな!!)
真っ直ぐに上だけを見ている振武には、切島の状況が分からなかったが、心の中で謝罪と礼を言う。
振武の体は徐々にスピードを落とす、まだ0ポイント仮想敵の胸の位置。
間合いはそう開いていない、あと本の少しで相手の手が振武を掴める距離にまで迫っている。
それを――、
「っ――月歩モドキ!!」
あえて斜めに放った月歩モドキでその距離を詰める。
腕を剃らせる。
足場はないが、力の循環は十分。足、腰、腕、の動きが拳に全て集中する。
振動音が振武の耳を打つ。
集中が極限まで高まっているせいか、その一動作一動作が酷く遅く、もどかしい。
しかしそのもどかしさを押さえつける。
まだ早い。
0ポイント仮想敵の頭部を完全に粉砕出来るような位置で拳を放つ為に、力をギリギリまで溜める。
ゆっくりと0ポイント仮想敵との距離が詰まった瞬間、
「震振撃――十六夜!!!!」
その拳を放った。
震振撃・十六夜。
個性を出力限界まで高め、それを震撃と合わせて放つ、最終奥義にも近いそれ。
それはまるで、熟れた果物が自分自身の発生させたガスで弾けてしまうように。
呆気なく、しかし轟音と共に、0ポイント仮想敵の頭部を破壊した。
「ぐっ――」
放った腕の痛みを必死で堪えながら、地面にゴロゴロと勢いに任せて転がる。
無様な着地の仕方だが、何メートル先から真っ直ぐに着地すれば足が壊れるのだから、しょうがないと言えるだろう。
「がっ……痛ってぇー!!」
必死で堪えている痛みを、言葉で無理矢理押さえつける。
着地した時の衝撃はそれほどではない。身体中擦り傷だらけだが、その程度の痛みなら今まで何度も経験した事で、声に出すほどではない。
問題は、腕だった。
――震振撃・十六夜を放った右腕は、内部の血管や筋肉の断裂のせいで、どす黒く変色し、人体ではありえないほど熱を持っていた。
幸い骨は折れていないが、骨が折れていないだけだ。指一本でも動かせば激痛が走る。
16万回の振動の力をさらに震撃で増幅させた結果起こった、筋肉の断裂と熱暴走。
「やっぱ、もうちょい使い易くしないとマズイかも」
毎回このような傷を負ってしまう技など、気軽に使えない。
強力であると同時に、まだまだ改良が必要だと、今日改めて思い知らされた。
だが、
「……倒せた」
そう呟いてから見てみると、振武からそう離れていない場所に0ポイント仮想敵だった残骸が転がっている。
頭部の完全破壊。そこに頭部があった事は分かるものの、そこに残骸と電気系統から出てくる火花しか存在しない。
まるで頭だけ取られてしまった人形のように間の抜けた姿。
さっきまでどう倒そうか悩んでいたのが馬鹿らしく思えてきてしまう。
『その技を使えば、どんな敵でも打倒し得るだろう。
だがよく考えて使え。過ぎる力を使えば、命を奪う結果になり兼ねない』
この技を生み出した時に振一郎に言われた言葉だ。
使えば絶対に倒せる技。
だが自分の腕と、相手の命を引き換えにする。
……使い勝手が良くない方が、むしろ良いのかもしれないと思えてくる。
「おい、動島! 無事か!!」
声に反応して首を回してみれば、ちょうど切島が走り寄ってくる姿だった。
どうやら、彼も無傷とは行かなかったらしい。その皮膚には罅のような裂傷が足から腕まで所々に出来ていた。
「……おう、なんとか。
悪い、やっぱ無傷じゃなかったみたいだな」
その言葉に、切島は振武を心配そうな目で見ながらも笑う。
「見た目は派手だが、それほどじゃねぇよ!
それよりお前の方がヤバいじゃねぇか、どんな技使えばそんな腕になんだよ! 腕紫色になってんぞ!」
その言葉に、振武も切島に苦笑を見せる。
「おう、おかげで右腕は使い物にならねぇや。
で、どうする? 他の仮想敵倒しに行くか?」
「体自体は平気だけどよ……見てみろ」
そう言われて周囲を見渡してみれば、もう仮想敵など殆どいない。
全てを見れる眼を持っているわけではないが、ここでそれほど敵を見かけないという事は、他の場所でも似たような状況なのだろう。
「……悪いな、もっとポイント取れたはずなのに。
こんな無駄な事に付き合わせて」
「ハハッ、俺が付き合うって言ったんだぜ!
それによぉ、」
切島は晴れやかな表情で言う。
「こんなでけぇ敵を俺らで倒せたんだぜ!
まぁ殆どお前のおかげなんだけど……素直に喜ぼうぜ!」
そう言いながら、切島は手をあげる。
振武の事を慮ってか、左手だ。
(ったく、どんだけ良い奴なんだよ、こいつは)
思わず笑ってしまった。
だが……こういう奴がいれば、きっと学校生活も楽しいものになるんだろう。
そう思いながら、
「おう、二人の成果だ!」
パンッと動く左手でハイタッチをし、
『しゅ〜〜〜〜〜〜〜りょ〜〜〜〜〜〜〜う!!』
雄英高校実技入試を終えた。
◆
「はいはい、お疲れ様お疲れ様、ドロップだよ、ドロップお食べ」
入試終了後、一人会場を回ってる老婆がいた。
リカバリーガール。雄英高校の養護教諭。このような無茶な入試・授業を雄英が行える理由である。彼女の個性は本人の治癒力を活性化させ傷を癒す事ができる、個性の中でも珍しい部類のものだ。
彼女は笑顔を浮かべながら、突然現れた老女に戸惑う受験生達にお菓子を与える。
「さて、怪我をしている者はいないかい、いたら直ぐ治してあげるからおいで」
「あ、うっす! こっちに2人います!!」
近づいて来たリカバリーガールに向かって、赤いツンツン髪の少年が声をはりあげる。
その青年は体全体に裂傷を負っている。しかし命に関わるほどの重症というわけではない 皮膚は裂けているが、筋肉は問題なさそうだった。
「はいよ、チューーーーーーーーッ」
リカバリーガールの口が注射針のように細く長くなり、少年の体に吸い付くと、見る見るうちに傷口は塞がっていく。
「っと、ありがとうございます!
それと、あそこにもう1人治してほしい奴がいるんですっ」
活性化による虚脱感からか少しふらついた少年だったが、すぐに礼を言ってから指をさす。
指をさされた場所には、もう1人の少年がいた。
黒い髪に、鳶色の目。体と顔つきは大分大人びたものになっているものの、その目の強さは昔と何1つ変わっていなかった。
「……あぁ、やっぱり来たんだね」
ここで再会できたことの嬉しさから、独り言を漏らしながら彼に近づく。
彼はすぐにはリカバリーガールに気づかなかったようだ。一瞬だけ不思議そうな顔をするも、すぐに驚き、そして笑顔を浮かべてくれた。
あぁ、覚えていてくれたんだね。
リカバリーガールの中でもさらに嬉しさが増す。
「お久しぶりです、お婆さん。ドロップ貰えますか?」
まるでこちらと試そうとするような、年齢に見合った子供っぽい笑みを浮かべる彼に、リカバリーガールは微笑んだ。
「あぁ、良いよ。
もっとも、あの時と同じ味が出るとは限らないけどね」
そう言いながら差し出された左手の上でドロップ缶を振る。
出てきたのはハッカ。あの時、リカバリーガールが食べていたものだ。
彼は、それを躊躇せずに口に放り込み、美味しそうに舐め始めた。
「お疲れさん、だいぶ無茶をしたね。
ヒーローになれるとは言ったが、こんな無茶をしろなんて言ってないよ?」
からかうようなリカバリーガールの言葉に、少し申し訳なさそうにする。
「すいません、どうにも考えが足りないようで。まだまだ、俺はあの頃のままです」
「ふふふ、ここまで来た時点で、そうでもないかと思うけどね。
チューーーーーッ」
振武の言葉に返事をしてから、リカバリーガールの口が先ほどと同じように変化をし、腕にくっ付く。その瞬間からまるで早戻しをしているように、皮膚の色は紫から健康的な肌色に戻っていった。
「はいよ、これで治っただろう?」
「……凄いな、流石リカバリーガールだ」
治癒による多少の疲れは感じているようだが、彼はすぐに立ち上がって右手を開いたり閉じたりしている。それを見る分には、骨も問題ないようだ。
「大丈夫そうだね……じゃあ、受かる事を楽しみにしているよ」
そう言って、リカバリーガールは足早にその場を離れる。
まだまだ自分が治さなければいけない受験生は多い。彼には話したい事が沢山あったが、今は自分の責務を全うしなければいけない。
そう思いながら歩いていると、背中から声がかかる。
「今度、保健室に挨拶に行きます!!」
……やれやれ、もう受かっている気でいるのかい? 最も、子供の頃の自信なさげなお前さんよりは、ずっと良いけどねぇ。
嬉しくなり、笑みが深くなる。
「あぁ、いつでもおいで。お菓子用意して待っておいてあげるさね」
少し大きな声でそう返しながら、リカバリーガールの歩みは止まらない。
「ふふふ、今年の1年生は、面白くなりそうだねぇ」
自分の四肢を傷付けながらも、0ポイント仮想敵を倒した少年。
無傷で仮想敵の山を作った少年。
そして、久しぶりに再会した少年。
面白い人材は集まっている。
彼らをこれから3年間見守っていけるかもしれないと思うと、リカバリーガールが楽しみで仕方がなかった。
如何でしたでしょうか、リカバリーガールをここで出さなきゃ、と思いこんな感じになりました。
0ポイント仮想敵を倒すシーンがちゃんと書けたかめちゃくちゃ不安です……う〜ん、戦闘シーンもそうですが、こういうシーンって難しいですね、まだまだ修行不足を痛感します。
さて、次回から新たな章で始まります。
どのように物語が進んでいくか、お楽しみに
次回! 振武が驚き喜ぶぞ!! なあなあで待て!!
感想・評価お待ち申し上げております。