plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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これから多分レポートやテストと、リアルでの事が多くなりそうなので、早め早めにあげておきます。
まぁ、何だかんだ息抜きとして書いていくので、途切れるという事はないと思いますが。


それでは、本編をどうぞ!


episode2 想いと怒り

 

 

「え、本当に、あのももちゃん?」

 

「はい……改めまして、八百万百と申します」

 

 動揺している振武の前で、百は上半身を傾け、礼儀作法の例にしたい程綺麗に頭を下げる。

 

「驚いた、こんな所で会えるなんて……雄英の生徒になったんだね」

 

 自分と同じ校章があしらわれている制服を見てみると、百は少し恥ずかしそうに首をすくめる。

 

「はい、今年からですわ。動島さんは……その制服の感じから見ると、私と同学年ですのね。

 驚きましたわ。昔の印象だと、てっきり私よりも年上だと」

 

「同い年と思ってなかったってのは、俺も同意見かな」

 

 前世の感覚が残っていた事もあり、あの当時は自分と同い年くらいの子供でも「同世代なんだろうけど少し年下」だという認識が強かった所為か、ここで再会できるとは思っていなかった。

 もう一度八百万百を見る。

 10年という時間は人を変えてしまうのには十分な時間だ。特に泣いている姿と子供らしい笑顔しか見たことがない振武にとって、百の成長はかなり大きい。

 

(轟もそうだし、まぁ俺も人の事は言えないが……この世界の10代って成長が早い気がする)

 

 前世では172cmだった身長が、今は中学生の段階で175cmを超えてしまった。大人でも高身長で運動能力が高い人間も多い。個性に関係なくだ。もしかしたら、超人という存在は個性如何に関わらず、身体能力が底上げされているのかもしれない。

 彼女……八百万百も、振武が想像していたよりもずっと成長して、「少女」から「女性」にかなり近くなっている様に見える。顔はあどけなさが残るが、十分美人と形容できる。

 あの頃の彼女とは違うのだな、と改めて思わせられる。

 

「え、えぇっと、動島さん。そんなに見られたら、居心地が悪いですわ」

 

 心なしか顔が赤くなっているのを見て、「わ、悪い」と言いながら思わず視線を逸らす。

 何なのだろう、この気まずさ。お互いが成長したからか、昔出会った時の様な距離感で話すのが難しい。

 

「え、えぇっと、八百万はクラスどこになったんだ?

 ほら、後から送られた書類に書いてあっただろう?」

 

 気まずさを払拭するために、何とか話題を見つける。

 合否発表通知のあと送られてきた書類には、多くのものが記載されていた。制服と、被服控除(実技訓練で使用するコスチュームの要望だ)のための書類を送付する手続きや、事前に所属するクラスを指定されていた。

 至れり尽くせりだな、とその時には思った。

 

「私はAクラスです。

 そ、それと、私の事は百で結構です。10年以上前とはいえご縁がありますから」

 

「おう、じゃあ俺の事も振武で構わないから。

 Aか、ならこれから3年間は一緒に切磋琢磨出来るって事だな」

 

 書類を見た時は嬉しかったなぁ、と振武は改めて思う。

 そこに入れる時点で、焦凍と同じクラスなのは確かで、試験会場であった緑谷とも同じクラスだ。届いてすぐに来たメールでは、魔女子も同じAクラスだったそうだ。

 ここで百も同じクラスなのであれば、幸先はいいだろう。知らない人間ばかりでは、流石に振武も気後れしてしまうというものだ。

 

「それは良かった。正直、知り合いはいらっしゃらないかと思っていましたので。

 ところで、振武さんはここで何を? 私が遠目から見た時から、誰かをお待ちしているようでしたが……」

 

「ああ、中学校の友達をな。

 そいつらも同じく雄英高校の1—Aだ。そろそろ着くだろうから、仲良くしてやってくれ」

 

「そうだったんですの……それはもしかして、水色の髪をした女性と、白と赤の髪の毛をしている殿方ですか?」

 

「うん、そうそう――って、何でわかったんだ?」

 

 もしかしてどこかで会ったことがあるとか? などと思っていると、百は少し困ったような顔で振武の後ろを控えめに指差す。

 その指と同じように控えめにゆっくりと振り返ると……そこには焦凍と魔女子が立っていた。

 魔女子は呆れ半分、少し喜び半分といった様子だが、焦凍の眼は「おいおい何やってんだこいつ」と言わんばかりの目で振武を見ている

 

「――なっ、なんだよ、なんか言いたい事でもあるのかよっ」

 

 その目に居た堪れなくなって少し大きな声で言うと、焦凍は相変わらず反応しなかったが、魔女子は小さく咳払いをして、すっと振武と百を指差し。

 

 

 

「動島くん。流石に朝からナンパは如何なものかと」

 

 

 

「してねぇよ!!」

 

 理不尽に付けられた謂れのない冤罪に、思わず異議申し立てをしてしまう。

 

「え、でもその方は雄英の生徒、しかも制服を着慣れていない様子を見るに、私達と同じ新入生ですよね?

 恐らく「新入生? 実は俺もなんだよね」と軽く声をかけ、中学校生活とは違い高校生活には花を添えようと……そういう魂胆なのでは?」

 

「お前の中での俺は、どんだけチャラい設定になっているんだ」

 

 そもそも、何だその安いナンパテクニックは。

 振武だって女性に対して耐性がない訳ではないのだからもっと上手く出来……るのだろうかと一瞬だけ迷った事は表には絶対に出さない。

 絶対にだ。

 

「だいたい、そりゃ百にだって失礼だろ。悪りぃな、百」

 

 振武がそう言うと、百は少し恥ずかしそうな困ったような顔をする。

 振武の記憶が正しければ、確か彼女はかなり大きな家のお嬢様だったはずだ。こういう話には耐性がないのだろう。

 

「い、いえそんな……あ、申し遅れました、私、八百万百と申します。

 動じ、いえ、振武さんとは昔一度会っていますの。たまたまお見かけして、私の方からお声がけさせて頂いたんです」

 

 桃が振武にした時と同じように丁寧に頭を下げる。

 

「ご丁寧にどうも。私の名前は塚井魔女子と申します、ぜひこれから仲良くしてください。

 私の隣にいる方は、轟焦凍と言います。この通り表情に乏しい方ですが、とても良い方ですので此方とも仲良くしていただければ幸いです」

 

「いや、お前にだけは言われたくねぇ。

 ……轟だ、よろしく」

 

 魔女子はそれに丁寧に礼を返すと、相変わらず一言多い言葉で焦凍を紹介する。焦凍は苦い顔をしながらも、彼にしては多少礼儀正しく、小さく頭を下げた。

 

「はい、こちらこそ。お二人ともヒーロー科のA組なのでしょう? 振武さんからお話は伺っていますわ。私もそうなので、これから話す機会も多いでしょう」

 

「それは奇遇ですね。入学初日に女性の友人が出来るのは嬉しい限りです」

 

 百の言葉に、魔女子は少し嬉しそうな様子だ。

 考えてみれば、振武は魔女子が女子と一緒にいる所を見かけた記憶はあるにはあるが、それはあくまでクラスメイトとしてといった様子。親しげな女友達と一緒に、というのは振武の記憶する限りはなかった。

 あの事件以降、焦凍と振武と一緒にいる時間も多かったので、もしかしたら女子の友人には恵まれていなかったのかもしれない。

 ……それを振武の方から聞くのは、少し躊躇われた。

 

「おい、もう良いだろう。行かねぇなら先に行くぞ」

 

 魔女子と百の話が長くなりそうだと察したのだろう。焦凍は少し面倒くさそうに歩き始める。

 相変わらず、振武の方は見ない。いや、見てはいるんだが、目が合うとすぐに逸らされた。きっと焦凍なりの、振武への抵抗なのだろうと思っているが、それでもあからさまにされれば、振武も良い気分ではない。

 しょうがないと、分かっていてもだ。

 

「あぁ待ってください、私も行きますから。

 それでは八百万さん、動島くん、私達……というより轟くんが先を急いでいるので、私はこれで。また後で教室で会いましょう」

 

 そう言いながら、魔女子も轟に着いて行く。

 こちらとも一瞬だけ目があうが「早く仲直りしろやこのやろう」と面倒臭さと呆れが混じり合った様な複雑な感情が浮かんでいて、それが振武の心を突き刺していった。

 まるで関係のない魔女子に迷惑を掛けている事だけが、ある意味1番の問題だろう。

 

(ごめん塚井。こればっかりはどうしようもないんだ)

 

 心の中で謝りながら、2人を見送る。

 

「……あの轟さんという方と、仲があまりよろしくないんですの?」

 

 振武と同じく2人位を見送る百が、少し心配そうに聞いてくる。

 ……仲が悪い、というのも少し違う様な気がする。確かにお互いの主張が合わずにこうなっているが、振武は別に轟の事が嫌いなわけではなかった。

 向こうがどう思っているか分からないが、振武は轟の事を「友達」と思っているからこそ、このような状況になっているという方が合っているだろう。

 これが全くの赤の他人だったら、こうはならなかったかも知れない。

 轟の歪みに気づかず、「そうか、頑張れよ」と気軽に応援出来ていたかもしれない。最初の約束がなければ、こんな風に場の空気を悪くしてまで、振武は自分の感情を押し通すことはなかったのだろう。

 だが、そうではない。

 すでに赤の他人ではなく、その歪みに気づき、約束をしたのだ。

 相手にどう思われているか、その歪みがどれほど大切か、子供の頃の約束がどれほどちっぽけか。

 他人から見て、それが如何に大した事ではないかは、何度も考えて理解している。

 ――理解しているからといって、それをしない、諦めるという事には、絶対にならない。

 

「あ〜、仲が悪いとかじゃなくて、今はそうだな〜……冷戦状態?」

 

「泥沼ですね、下手な喧嘩よりタチが悪いですわ。

 今日知ったばかりの私には分かりかねますが、出来るだけ早く仲直りする事をオススメします。出来る事があれば、私も協力しますから」

 

 ピッと振武の目と鼻の先に指を突き出す彼女は、まるで保育園の先生のようにも思える。

 そうすると、振武と焦凍は幼児になる訳だが……女性からすれば、男性などそう感じるものなのかもしれない。

 

「……おう、そん時はお願いするわ。

 じゃあ、まず最初のお願い」

 

「はいっ、私で宜しければ何でもどうぞ!」

 

 生真面目な表情で返してくるところは、いくら成長しても変わらない部分なのかもしれない。微笑ましく思いながら、

 

 

「一緒に登校しながら談笑しよう。

 お互い10年も会ってなかったんだ。思い出話は積もりに積もってるしな」

 

 

 と言った。

 振武のその言葉に目を見開くようにして驚いた百だったが、すぐに表情は笑顔に変わった。

 

 

「はい、私で宜しければ、いくらでも」

 

 

 お互いに照れくさそうに笑いあうと、学校に向かって歩き始めた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 1回目は、通り過ぎそうになった。

 2回目は、「そんなまさか」と思って見た。

 こんな所で、あの人に会える訳がない。そう思っていたからだ。

 しかし最終的に抱いた思いは、喜びだった。

 黒く短い髪、鳶色の切れ長の目。体は引き締まっていて、昔感じた大人らしさが、今や自分とは比べるべくもない程「大人」のように感じた。

 

『驚いた、こんな所で会えるなんて』

 

 話しかけて、喜びはさらに膨れ上がった。

 変わっていなかった。記憶の中に大切にしまわれている〝彼〟と同じように、目の前で話している〝彼〟は、優しい声色をしていた。

 思い出は美化されるというが、自分の記憶はどうやら等身大だったようだ。

 八百万百の中では、その事実だけでも嬉しい事だった。

 

 

 

 10年前。

 八百万百は誘拐された事がある。

 後になって分かったが、犯人もまた事情があったようではあるが、当時の百にはそんな事は関係なく、ただただ怖かった。

 成人男性の怒声と力というものは、子供にとっては理不尽な程大きい。

 百は何も出来ず、ただ言う通りにしか出来なかった。薄汚い廃工場の中で手を縛られ、男と2人きりでいた時の記憶は思い出したくもないが、今もまだはっきりと覚えている。

『きっと大丈夫だよ』

 自分と犯人しかいなかった空間に突然連れてこられた少年は、何て事ないと言わんばかりに優しい声で、百を励ましてくれた。

 男が激怒し、個性を振るっても、怪我を負いながら守ってくれた。

 その時からだろうか。

 自分の中で曖昧で漠然としたものだった『ヒーローになりたい』という夢が、はっきりと形になった。

 ……少年と話したのは、その時と、お礼を言いに行った時だけ。

 時間から見れば、合計で20分にも満たない短な時間。

 だけどその時初めて、男性を意識したように思った。

 彼のようになりたい、彼のそばにいたい。

 

 

 

 彼の……動島振武に近づきたい、と。

 

 

 

 

 

 

 それが恋心だったのか何だったのかは、百の中で答えは出なかった。

 思い返す機会は何度もあったし、印象の強かった記憶はなかなか消え去らないものだった。結局10年間、1回も忘れた事はない。

 だが目の前にいない人の事を考え続けるというのは、現実的ではない。ヒーローを目指す上でも必要な事は多々あった。その努力をしてきたからこそ、あの雄英高校に推薦入学を許されたのだ

 忘れはしなかった。ただ頻繁に思い返さなくなっただけ。

 だから結局、動島振武への気持ちが恋心だったのか、羨望だったのかは、分からなかった。

 今までは。

 

「……百、考え事か?」

 

 振武の声に、百の思考は現実世界へと引き戻される。

 ハッとして顔を上げてみれば、どうやら歩く事だけは忘れていなかったようで、それほど遠くない所に学校の門が見えてきている。

 隣で歩いている振武は、少し困ったような顔で言う。

 

「考え事するのは結構だが、歩きながらはやめておいた方がいい。転ぶとまずいしな」

 

「っ、す、すいません、そうですわね」

 

 もしかしたら、振武さんの事を考えていたのを見抜かれたかしら、などと思ったが、そうではなさそうだ。単純に百を気遣ってくれただけらしい。

 意識を飛ばしていた気恥ずかしさと、心配してくれた事の嬉しさで少し頬が熱くなるのを感じながら頭をさげる。

 話していて分かったが、動島振武という男は鈍感なようだ。

 これだけ嘘や隠し事が苦手な自分の事を、そういう子なのだろうなと納得している節がある。

 そういえば、と考えてみれば。先ほど百が紹介を受けた塚井魔女子という人も言っていたように思う「中学校時代とは違い高校時代に花を添えようとしている」と。

 自分が花だという事には異議ありと叫びたい衝動に駆られるが、それは置いておいて。

 少なくとも振武には、そういう、恋愛という意味での経験はなかったと推測は出来る。

 周りの女性は見る目がなかったのかしら。

 と思うと同時に、

 良かった。

 と何故か心の中で安堵する自分を知る。

 自分もそういう経験は皆無だった。何もなかったわけではない。ラブレターや告白を貰った事は何回かあったし、お付き合いをしようと思えば出来たのだろう。だが、どうしても出来なかった。

 いつも、目の前の男性と、振武を比べてしまっていたから。

 

「にしても、本当にでかくなったな。身長なんて俺と変わらないな」

 

 そんな百の気持ちを察せていない振武は、自分と百との身長を比べるように手を出す。優しげな表情は昔と変わらないが、その動作はどこか子供っぽさを感じる。

 昔は、本当に大人なのではないかと思えるほどに感じたその人は、少し大人びた、自分と同じ年齢の少年のように感じる。

 嫌悪感はない。

 むしろ前よりずっと親しみやすいくらいだ。

 

「そ、そうでしょうか、5センチというのは、かなり大きな差だと思いますが

 ……それとも、身長の大きな女性はお嫌いですか?」

 

 思わず。口が滑ったというのはこの事なのだろう。本当はそんな事を言うつもりはなかったのに。こんな男に擦り寄る、自分のあまり好きではない種類の女性が口にするような言葉が、不安に押し出されるように口から出ていた。

 一瞬彼は、なんの事を聞かれているのか分からない、と言ったような顔で驚いていたが、

 

「え、あ、いや、全然! 良いと思うけどな、俺は!!」

 

 と少し頬を赤らめながら答えてくれた。

 女性とあまり縁がなかったようなので「このような聞き方で動揺させてしまったのだろう」と思う。そんな申し訳なさと同時に、心の底で脈動している喜びは、さらに一段階強く跳ねる。

 お世辞だったとしても、その言葉はとても嬉しい。

 ……やはり、これは恋なのだろうか。

 少し高い位置にある振武の顔を見ながら、百は思う。

 ……それとも、ただ思い出が美化され、それに踊らされているだけなのか。

 百の中で湧き上がってくる疑問の感情は、答えも出ずに溜まっていく。

 

 

 

 

 一緒に過ごしている内に、答えが出ると嬉しい。

 いつもは簡単に動揺しない自分の心が、騒めくのを感じながら。

 百は小さく願い続けた。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ……百との会話は、とても楽しいものだった。

 振武も女友達が少ないので少し緊張したのだが、10年間という溝があるとは思えないほど、短い時間に沢山のことを話した。

 お互い10年間どのような事があり、どのような事をして今に至ったのか。

 笑い、驚き、時には怒って(これは振武が一方的に怒られた)、いつも以上に口達者になったように思える。

 ……時々、まぁ、ドキッとさせられる事はあったものの、「いやいや落ち着け動島振武、相手は昔の恩人だから親しくしてくれているだけだ、勘違いすんな」と冷静な自分に語りかけられて何とか耐える事が出来た。

 男とは、なんだかんだ言って単純だ。

 美人に笑いかけられればそれだけで恋に落ちそうなほど。

 だがそこで勘違いして痛い目を見た男達(同志)を沢山見てきたのだ、同じ轍は踏まない。

 楽しい時間を過ごして、2人で校舎の中に入って教室を探す。書類の中に地図が同封されていたのだが、一応だと言って2人で案内板を確認してから向かった。

 受験の時に雄英の校舎は見たが、教室を見るのは初めてだ。これからここで、ヒーローとしての下地を学んでいくのかと思うと、振武も百も興奮を隠しきれないと言わんばかりに、辺りをキョロキョロと見渡し、あれはどういう場所なんだろう、こんな所にこんなものが、と話した。

 そうしてそれほど長い時間を掛けずに、1年A組の教室に着いたのだが、

 

 

「ドア、でかいな」

 

 

 見上げながら、振武は小さく呟いた。

 何せドアの端が振武の頭を軽く飛び越えている。3メートルくらいの身長にでも対応出来るのではないかと思えてくるほどだ。

 

「様々な個性の方がいらっしゃいますから。そういう所にも配慮しているあたり、流石雄英といった所でしょう」

 

 百もさも当然という風に話しながらも驚いているのか、視線は振武と同じように上に上がっている。百自身も、一般生徒が使っているような教室は初めてだったのだ。

 それを横目で見て少し可笑しそうに笑うと、振武は意を決して扉に手を掛ける。大きさの割に、重さをそう感じない。すうっと音もたたずに、扉はあっさりと開いた。

 

 教室に特に変わった所はない。

 勿論ヒーロー科とは言えあくまでここは高校だ。それほど珍しいものが置いてあるわけではないのはそれこそ当たり前だったが、少し残念な気持ちになる。

 本来登校するべき時間までまだ時間があったからだろうか、教室の中にはそう多くの人間はいなかった。だいたいクラスメイトになる人間の半分ほどが来ているといった印象だ。まだ席順も決まっていないからか、思い思いの席に座っている。まだ皆初対面だからか、談笑している声も少なかった。

 ――これが、これから自分が通う教室。

 そう考えると、嬉しくてつい口角が上がる。

 

 

「ん?……おぉ! 動島じゃねぇか!! 遅かったな!!」

 

 そう言って振武の所に駆け寄ってきたのは、切島鋭児郎だった。

 何度かメッセージのやり取りはしていたが、直接会うのは入試以来だ。

 

「俺が遅いんじゃなくて、お前が早すぎるんだよ。

 まだ時間まで20分以上はあるぜ?」

 

 その言葉に、鋭児郎は豪快に笑い飛ばしながら頭をかく。

 

「いや〜来るのが楽しみ過ぎて、つい早く来ちまったぜ!

 お前だって楽しみだからこんな時間に来たんだろう?」

 

「まぁ、否定はしないけどな」

 

 登校前日は興奮の所為か寝つきは悪かった。お互いそうだったのか、可笑しそうに笑い合う。

 すると、袖が控えめな力で引っ張られる。

 

「振武さん、旧交を温めあう事はあとでも出来ますわ。

 今は先に、席に座って荷物を置いてしまいましょう」

 

 真面目な表情の百の言葉に、「おう、そうだな」と言ってもう一度辺りを見渡してみる。

 ……魔女子と焦凍が座っている場所は、窓側中ほどの場所。そこで前後ろに座り、何やら熱心に話している。といってもこちらから見れば一方的に魔女子が話し、焦凍が冷めた表情でリアクションをしているようにしか見えず、実際内容もそんなものなのだろうと振武は思っている。

 ようやく話に区切りがついてこちらに気付いたようで、こちらに手を振る魔女子に軽く振りかえす。

 

「あそこに座っちまおう。百もそれで良いか?」

 

「えぇ、私は構いませんわ」

 

 さぁ、早く行きましょう。と言わんばかりにグイグイ袖を引っ張っている百は、どこか子供らしさを感じられる。きっと彼女も新しい教室に、心なしか気持ちが上向きになっているのだろう。

 新しいものというものは人のテンションを上げるものだ。むしろ、大人っぽい印象を受ける百がそのような態度を見せると、ギャップでつい微笑ましく見えてしまう。

 それに何も言わずに一緒に席に、

 

 

 

「おい、ちょっと待てよ。

 てめぇが動島か?」

 

 

 

 行こうとしたが、妙にドスの利いた声がその動きを止める。

 ちょうど教室の真ん中にいる男子生徒から発せられた声は、まるで最初から振武を敵と見なしているかのように、怒りを孕んだものだった。

 ……四方八方に爆発したように自己主張する金色の頭。その紅く鋭い眼光は、見ただけで敵を威圧させるのには十分な鋭さがある。そんな彼は堂々と机に足をかけながら、振武を睨みつけるようにして見ている。

 ――爆豪勝己。1巻しか読んでいない振武にも分かる、緑谷の幼馴染にして天も突くレベルのプライドの高さを持っている男。

 正直、振武が最も嫌いなタイプの男だ。

 

「……だったらなんだよ」

 

 嫌な気持ちが影響したのか、少し低い声が出る。

 その事そのものは気にも留めていないのか、ハッと振武を小馬鹿にしたように笑う。

 

「俺と同じで入試1位になった奴がいるって聞いてたが、大した事なさそうだなぁ」

 

 ――おいおい、その話かよ。爆豪に気付かれないように、ゆっくりと溜息を吐く。

 入試1位という言葉を考え直してみた時、最初に思い浮かんだのは「爆豪と同じ順位」だという事だった。オールマイトは誰とは明言しなかったが、爆豪が本編と同じように調子を落としていなければ、間違い無いだろう。実際1位はもう1人いるというのは、確定だったのだし。

 その時は、それほど対した事では無いと思った。

 1巻を読んだ限りでは確かにプライドが高く完璧主義者の気はあったが、流石に見知らぬ他人に喧嘩を売るほどではないと思っていたし、そもそも自分にも同列1位が誰かは言われなかった。自分に対してもそうだったのだから、流石にオールマイトも言わないよね〜HAHAHA〜。

 

 

 

 ……そう思っていた時期が振武にもあった。

 あっさり言ってんじゃんオールマイト!! おい個人情報保護とかどうなってんだ!

 

 

 

「……へぇ、そうか。大した事ないとお前が思うなら、それで良いんじゃねぇの?」

 

 こういう相手への対処法は、まともに取り合わない事だ。

 謝れば余計に付け上がり、喧嘩腰で行けば此処ぞとばかりに殴りかかってくる。それならば、自分はそもそも興味がないといった態度を取るのが最善だろう。

 そう思い、視線を逸らして少し心配そうな百に「大丈夫」とだけ言いって、今度は百の手を引いて席にまで近づく。

 

(あんなのは無視だ無視。いくら実力あるからって、あんな態度の奴気にしてたってしゃあねぇ。これがクソガキだったら、鼻っ柱折るぐらいするんだがなぁ。

 まぁ学校初日だし流石に問題起こすのも、

 

 

 

「ハッ、ヘラヘラ女に愛想振りまきやがって。

 どうせそうやって他に愛想良くして、ポイント分けてもらったんじゃねぇか? この弱腰野郎がッ」

 

 

 

 ――なんとか怒りを押しとどめていた思考が、フリーズする。

 ……今こいつ、何て言った?

 弱腰? 愛想振りまいてポイント分けてもらった?

 おいおい、マジか、そういう事あっさり言っちまうかコイツ。

 

「し、振武、さん?」

 

 横に立っていた百が、不安そうに腕を掴む。先ほどまでの心配そうな顔ではなく、その顔は不安なものに変わっている。振武は再び、今度は爆豪にも聞こえるように大きく溜息を吐いてから、百に自分の鞄を渡す。

 

「ごめん百、これ適当な机に置いといてくれ」

 

「で、でも、「大丈夫だから、頼む」……分かりましたわ」

 

 振武に遮られた言葉を飲み込んで、おとなしく鞄を受け取る。

 そのまま振武はくるっと真反対に振り返り、ちょうど目の前にいる爆豪を見る。

 

「んだその眼はよぉ、喧嘩売ろうってのか? あ゛ぁ゛!?」

 

 自分の思い通りの展開になっているからか、爆豪は楽しそうに罵声を浴びせてくる。

 きっと爆豪の今までの人生の中では、そういう人間ばかりだったのだろう。いかにも餓鬼大将といった態度だ、きっと周りの人間も逆らわなかったし、その姿に格好の良さを感じた人間もいたのかもしれない。

 振武だって、別の側面から見れば、爆豪の性格は嫌いではない。

 絶対のプライドとはある種の強さだ。いつも何かが足りないと感じ、それを埋める事に必死だった今までの振武にとっては羨ましくさえ思う。

 

 

 

 だが、先ほどの言葉は気に入らない。

 自分がやった事で得られた成果に、ケチ付けてくる人間は、

 

 

 

 

 

 

 

 

「……プライドばっか高い野郎がなに粋がってんだクソが。

 表出ろや。どんだけてめぇが弱いか証明してやっからよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶対に、許さねぇ。

 

 

 

 

 

 




……いえ、まさかヤオモモがこんな風になるとは思いもしませんでした、いや本当に。
書いていてこれほど「いやお前らもう付き合ってんだろ」とツッコんだ事はないです。
ヤオモモ、轟、切島、そしてかっちゃん(え)と沢山の人が喋っていて、今回もちょっと地の文が少ないなぁと心配ですね。あと口調、八百万超難しい……。

そしてここから、「ヒロインは未定」から「ヒロインは八百万」に変更させていただきます。
他のキャラが好きだ! と仰る方もいらっしゃるでしょうが、これからも宜しくお願いします。


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