筆がのった結果ではありますが、次回からも最低限これくらいの文章量書けるように頑張ります!
では、本編をどうぞ。
「…………」
ペラッ……ペラッ……。
「…………」
――季節は春。この体になってから、まだ2週間。父親である動島壊と話をして、少しだけ家族に心を許しても良いかなぁ、と思った今日この頃。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
……なんて、心の中で言ったところで、誰に聞いてもらえる訳でもないよ。そもそも声を出した所で聞いてくれる人間は1人だけだし、その人のリアクションなんて期待出来ないと理解しているから、声に出して言わない。
まぁ内容的にも言えないんだけど。
でも察してくれ、心の中のその他大勢。こうでもしないと俺の平静は保てないんだよ。
「………………」
ペラ……カリカリカリ……ペラ……。
「………………」
……沈黙とは、時に武器になり、人を傷つける。
これでも25年分の人生を持っている俺は、今までの経験上理解していたはずのものを、再び再認識しているように思える。
頭痛が痛い級に日本語として間違ってるけど、そうなんだからしょうがないんだよ。
ここは我が家、つまり俺の家のリビングだ。
我が家は、パーセンテージ的に大きな割合を占めている母のヒーローとしての収入と、父の在宅業(内容は教えてもらっていない)の稼ぎのおかげで経済的に恵まれているようで、それなりに大きな一軒家。そして立派なリビングを持っている。
本当なら広さを説明しなければいけないんだろうけど、そこら辺の知識に疎い俺には難しい。だがちょっとしたホームパーティー位なら余裕で行えそうな広さで、前の実家に比べればずっと広い。つうか、下手したら前の実家すっぽり入るなこれ。
シックで落ち着いたインテリア、柔らかそうな4人掛けソファー、大きなテレビ、少し目を遠くに向ければ、4人座れるテーブルと、ダイニングキッチンが見える。
ゆったりとした午後。こんな過ごしやすそうなリビングにいるなら、のんびりと昼寝するなりテレビを見るなりして
……寛ぎ、たかった。
しかし目の前にいる女性のおかげで、俺は寛ぐどころかガチガチに緊張している。
――世間一般的に言えば、彼女は「可愛い」というより「美しい」が該当するんだろうと思える容姿をしている。少し緑の混じった黒髪と、俺と同じ切れ長で、でも色だけは俺とは違う、藍色の眼。人形のようなという褒め言葉はあるが、たぶんこういう人に贈られる言葉なんだろう。
手足はスラッとしていて、どこかのモデルのような感じだ。とてもあの手足で数多のヴィランをボコボコにしてきたようには見えなかった。
武闘ヒーロー《センシティ》。
武闘派ヒーローでも1番と囁かれる、トップクラスのヒーロー。
本名――
俺の、この世界での母親である。
『長期休暇をもらう事にしたのよ。
しばらくは、振武の傍にいたいと思っているの、どうかな、壊くん』
今日の朝、朝食を悠々と食べている母を見て父が「仕事遅刻しない?」と言った時に、何でもない風に母が言った言葉がこれだ。
俺はヒーローの就業形態を知らないのもあって、「へぇ、そんな簡単に取れるもんなんだ。ヒーローって案外優良職なのかもなぁ」なんて思っていたが、洗っていた皿を盛大に割り、早朝とは言えないもののまだ早い時間だったにもかかわらず絶叫に近い驚きの声を上げていた父を見る限り、かなり珍しい事だったようだ。
ちなみにその間、母は眉一つ動かさなかった。
割った皿を片付け、濡れた床を拭き、何とか落ち着いた父は勿論、母の決定に賛成した。そもそも父の母への溺愛っぷりを考えれば、反対なんてするわけもないんだが。
そんなこんなで俺は母の長期休暇に合わせて保育園を休み、母と一緒の時を過ごすことになった。
俺の意思確認は一切されずに。
もう一度言おう。
俺の意思確認は一切されずに。
はっきり言う。俺はこの母親が非常に苦手だ。
何せ表情が基本的にピクリとも動かない。先ほど人形のようなという形容詞を使用したが、そのものずばりだった。何が起こっても基本的に動揺しない、もしかしたらしているのかもしれないが、こっちの認識レベルが不足しているようで、俺には全く表情の変化が解らないんだ。
父は母の表情の変化が解っているようだが……あそこまでのレベルに到達するのに、果たしてどれほどの時間を要するのか。さすが夫婦って感じだ。
それに、いまいち実感が湧かない事による不安感も、あるんだと思う。
ヒーロー。しかもNo.10のヒーローが自分の母親だというのは落ち着かない。俺がこの世界で標準的な子供だったならば、誇らしかったり、自慢だったりするのかもしれない。
だが、5歳児の体を持っている俺は、この世界とはまるで違う世界で生きた25歳の男なんだ。ヒーローというものを生活の一部として受け止めるには、まだ2週間という期間は短すぎた。
映像や紙媒体の資料で何度も(父が)見ていたので、ヒーローとしての母の姿はもう見慣れたと言っても良いのかもしれない。
シャープなデザインのフルフェイスヘルメット。それと武骨な篭手以外は、出来るだけ動きを制限しない最低限の防具を身に着けるだけで、強力な“個性”を持っているヴィランに立ち向かう。
その動きはまるで全方位、上下前後左右に眼でもあるのかという程の感知能力と、“個性”で発揮されたものではないはずの武術の技。拳は一瞬消えたと思えば敵の厚い装甲を粉砕し、蹴りは何人もの敵を一度に薙ぎ払う。
まるで現実味のないその姿を受け止めるのは難しかったが、受け止めてしまえば素直に尊敬の念が胸の中に沸き上がった。
カッコいいんだよ、単純に。
でも、それで余計に、目の前のこの人が〝母親〟だという前に〝ヒーロー〟だってのを、強烈に実感させられた。自分と一緒にいるのが当たり前、とはどうしても思えないんだ。
努力は、しようとした。
したんだ、けど、
『おかあさん、いっしょにテレビみようよ』
『うん、そうしたいけどゴメン、この書類だけ片付けさせて』
『……このしょるいって、どのしょるい?』
『全部よ』
『え』
『全部よ』
『………………』
そういって母は、まるでアニメで出てくるような、膨大な、タワーのようになっている書類と格闘し始めた。
流石にそれを邪魔しようとは、俺も思えなかった。
そして昼過ぎの現在に至るまで、書類仕事は続いていた。休暇という言葉を1回辞書で調べ直そうかとも思ったが、5歳児が広辞苑なんぞ引いていようものなら流石にうちの両親も困惑する……よね?
ちなみに、昼食の時は父が母にあーんして食べさせていた。全て。
……バカップルはタヒってしまえば良いと俺思うんだ。
「…………」
ペラ……カリカリ……ペラ……。
先程まで父が母の世話を焼いていたが、仕事の打ち合わせがあるとかで、ついさっき外出した。この家には俺と母しかいない。といってもやる事は特に変わらない訳で、結局母の書類仕事を観察するしかない訳だけれど……
(それにしても、すごい集中力だな)
朝から集中していると言っても、ここまで一度も手を止めていないあたり、彼女が真面目な性格というだけじゃなく、有能な人間なのだろうと解る。実際リビングに備え付けてある大きなテーブルに何とかギリギリ収まっていた書類達は数を減らし、もう小一時間でもすれば無くなってしまうほどだった。
現場職(と思われる)ヒーローでも書類仕事に追われることはあるのだろう、彼女のようなトップクラスのヒーローであるならば尚更だ。
聞けば、ヒーローは事務所の資金を確保する為に副業としてCM出演や番組へのゲスト出演を引き受ける事も多いようだ。母も数こそ少ないものの、いくつかの番組とCMへ出演している他、広告などにも登場していた。これも例に漏れず父に見せてもらったのだが。
……ヒーローは予想以上に大変なものだった。
想像していた大変さとは、種別が違うが。
……そういえば、俺は母親という存在を、あまり強く認識した事はなかったような気がする。
前の世界での母親は、何と言うか、非常に自己主張が薄くて、淡白な人だったように思える。
良妻と言えばそうなんだろう。父の言う事は厳格に守っていたし、家事なんかも完璧だった。料理なんてそれこそ、そこら辺のお店よりも美味しかった。
でも、それはあくまであの人の中で、仕事のようなものだったように思える。
愛を深く感じた、なんていう事はない。
物心ついた時には、父は子供らしい甘えを許さなかったし、母もそれに追従した。
母の言葉で一番記憶に残っているのは、『お父さんの言う事をちゃんと聞きなさい』だった。
別に嫌ってはいないけど、好いてもいない。子供が母親に対して向ける感情としてはどうかと思うが、それでもそう感じてしまうのは、しょうがない。
もしかしたら。
彼女に対して父親以上に距離を感じてしまっているのは、それも要因の1つなのかもしれない。
「……ごめんね、振武」
「えっ……」
そろそろ自分の部屋にでも戻ってしまおうか。
そう思っている矢先に彼女が発した言葉に、俺は驚いた。
見れば、先程まで書類に向けられていた切れ長の綺麗な眼は、そこから離れて俺の方に向けられていた。無表情に近いものだったが、眼は申し訳なさそうな色を宿している。
「お母さん、せっかく長期休み貰ったのに、こんな風に書類仕事ばっかりで。
本当は、構ってあげたいんだけど……別に作業しながらでも話せるから、黙ってなくても良いのよ? これが終わったら、一緒に外に出かけたって良いわけだし」
「えっ、でも、おしごと、」
「溜まってた書類はこれで全部。そうしたら、本当に完全なお休みだから」
そう言って、彼女は小さく口元に笑みを浮かべた。
初めて、笑った顔を見た。
今までの無表情に近い顔が嘘のように。
「え、あ、……うん」
――しまった、柄にもなく照れてしまった。
これは父のことを馬鹿にできない。こんだけの美人に微笑まれるなんて、男にとっては一生自慢出来る事だ。基本あんまり表情が変わらない分、余計レア度が高い。
「――じゃあ、おかあさん、お話し、していいかな?」
照れてしまった事そのものへの羞恥心と気まずさから話しかけてみると、母は先程の笑みを引っ込め、再びいつもの無表情に近い顔つきに戻してしまった。
なんかちょっと残念な気持ちはあるけど、あれを常時向けられたらまともに会話できなかったかもしれない。
「えぇ、良いわよ。仕事しながらで申し訳ないけど」
「ううん、いいよ……ねぇ、ヒーローって、そんなにいっぱい、しょるいがあるものなの?」
先程から気になっていた疑問をぶつけてみると、書類に向けられている母の眼に少し困ったような色が浮かぶ。
「そうねぇ……私の場合、ヒーロー事務所の代表もやってるから、その書類も多いわね。
細かい仕事は事務で雇っている方とかサイドキックの子たちに任せちゃってるんだけど、やっぱり私が決めなければいけない事とか、眼を通さなきゃいけない事って結構多いのよ」
ふむ、やっぱりヒーローって言っても、漫画の中みたいに自由気ままにヒーロー活動するわけにはいかないのか……やっぱり現実って難しいなぁ。
「本当はそういうのも、全部他の人に任せて私は現場にずっといたいんだけど……なかなか良い人が見つからないの」
「いいひとって、しゃちょうになってくれる人?」
「そうよ。
……どこかにいないものかしら、私の方針を全部丸のみにしてくれながら面倒事だけ引き受けてくれる人」
母さん、さらっと本音出てるよ。しかも案外テキトーだよ。
でも、そっか。プロのヒーローで、簡単にヴィランを倒してしまうような強い人だけど、そういう人にでも、俺の理解できる悩みがあるんだ。
……少し、親近感を抱けるような気がする。
「ねぇ、おかあさん……なんで、ヒーローやってるの?」
この質問は、ずっと気になっていた事だった。
先週父と話して、この世界でのヒーローが正義の心や勇気だけで成り立っている訳じゃないという事は解った。
けれど、じゃあ彼女は。
目の前にいるトップクラスのヒーロー……《センシティ》は、どうしてヒーローという仕事を選んだんだろう。
確かに、彼女は強い。映像を見ている限りでは、“個性”を使用していなくても一角の人になっていたであろう強さだ。でも強くたってヒーローにならない人はいるし、強さだけでヒーローをやっていけるわけじゃない、はずだ。
動機と、意志の強さ。
それを見れば、もしかしたら俺の「諦めの良さ」を、治してしまえるかもしれない。
「う~ん、そうねぇ……」
彼女は書類から顔を上げて(俺と話している間にも、残っていた量の半分はなくなっている。凄まじい)、少し誇らしそうに話を続ける。
「……昔は、憧れが強かったのね。私の子供の頃から、ヒーローって存在はもう、子供の人気が高い職業だったから。私のクラスの女子の中では、お花屋さんと看護士さんを抜いて、人気1位だったくらいだし。
私は家も古い武家で武術を習っていたから、戦うって事にそれほど抵抗感はなかったわね」
あ〜、うん。
振動する刀で鉄をぶった切っちゃうようなお祖父ちゃんがいるお家だもんね、それに修行つけられたお母さんも、そりゃあ戦う事に抵抗感なんてなくなってるだろうさ。
「でもヒーローになってからは、あんまり良い仕事だとは思えなかったわ。
危険だし、戦っているだけじゃいられないのは、今も見ての通りだけど。賞賛は貰えるけど本当の所で苦労を理解してくれる人はいないし、私の場合、徒手空拳で戦っている分、男の子には全然モテないし……正直、もうやめてやる〜って何度も考えたわ」
……ヒーローってのは、思ったより大変だった。俺の想像していたものとは、違うけど。
皆に羨望を向けられ、褒めそやされればされるほど、影は強くなる。特にヒーローのような、危険を常に孕んでいる職業だと、本人が抱えるストレスだって相当大きい。
彼女はそれを1人で抱え込んでいるんだ。
……俺の表情から何かを悟ったのか、彼女は口元に小さな笑みを浮かべる。相変わらず目は笑ってない。目に感情が映るか、口元が少し動くかってだけで、それ以外は感情が出ないのは確かだけど……表情が出ないから、感情がないってわけじゃないのは、今は分かる。
「でもね、お父さんに出会って、貴方が生まれて……それが変わったのよ」
「変わった?」
「――そう、変わったわ」
彼女はそう言って、微笑みを浮かべる。
今まで、一度も見たこともない、本当に幸せそうな笑顔。俺はあまり宗教に詳しくないし、前の世界では何も信仰していなかったから分からないけど。
でも聖母の笑顔っていうのは、多分こういう笑顔のことを言うんだろう。
「――貴方が生まれてね、とても嬉しかったの。どんなヴィランを倒すより、どんな犯罪を食い止めるより、どんなに皆に褒められても、貴方を生んだ以上に嬉しいことなんてなかった。
それにね、貴方が生まれて本当の意味で理解できたんだと思う。私が守っている〝誰か〟も、他の誰かにとって大切な人なんだって思えたの。そしてその誰かを守るって事が、また別の誰かを守るって事になるって。
他の沢山の誰かを守れば、同時に貴方も、お父さんも、守ってられるって」
……ああ、これは勝てない。
最初から勝ち負けで考えていたわけじゃないけど、こんなの俺じゃとてもじゃないけどなれないじゃないか。
【動機と意思の強さ。それを学べば、俺の諦め癖も治るって?】
【馬鹿だな、俺は何を考えていたんだ】
母親特有の愛情ってだけじゃない。俺程度の器でこれから何を学ぼうって言うんだろう。他人を守ればさらに別の人をも守れる、そんな高尚な考えなんてちっとも思い浮かばなかった。
【そもそも、俺は何をどうすれば変わるっていうんだ】
【1番の無理無茶無謀って、俺が変わるって事じゃないか】
【何を馬鹿な事を考えているんだ、】
【本当に、俺は――】
「……ふふっ」
いきなり、少しこらえていたのを吹き出したかのような、高い笑い声。
「えっ……おかあさん、いま、わらった?」
「え? あぁ、ごめんなさいね。別に振武の事を馬鹿にしたわけじゃないのよ」
いや、そこに反応したわけじゃないです、あんたが声出して笑ったのに少し驚いただけです。
「振武は、ちょっと深く考えすぎなのね。別に私がヒーローだからって変に気負わなくても良いのよ? 別に、ヒーローになんかならなくても良いし、他の道だっていくらでもあるわ」
違うよ、母さん。
俺はそういう意味で悩んでいたんじゃないんだ。
俺は、あんたの元にやってくるずっと前からダメな奴で、それがダメな事だって気づきもしないほど馬鹿な奴で、あんたが思っているような素直な子供じゃ――
「貴方は、なりたい自分に、何にでもなれるわ。
ヒーローになりたいならばなれるし、どんなお仕事だって出来る。だって貴方は凄い子だって、私は分かってるもの」
……この両親は、この世界の両親は、どんだけ俺を泣かせようとすれば気が済むんだろう。
何で2人して、俺が言ってほしい言葉を的確に言えるんだろう。やっぱりそういう“個性”でも持っているんじゃないかな、お母さん“個性”2つ持ってる?
頭の中で頓珍漢な事を考えながら、出てきそうになる涙をぐっと堪え、必死に誤魔化す。
「……え、振武、泣いてる? 最近壊くんが『振武は最近涙もろくなってる』って言ってたの、本当だったんだ」
誤魔化せていなかった。
「ち、ちがうよ、これは、ちょっと、眠かったの。
ほらっ、ほいくえんだと、おひるねするから」
「あぁ、そういえばそうだったね。気づかなくてごめん、無理させちゃったね」
母はそう言って、少し考える素振りを見せてから、自分の座っている位置を調整し始める。ちょうど、片方のスペースに大きな余裕ができる座り方だった。
「ほら、振武、ここ」
「いや、ここって言われても……」
自分の膝をポンポンと叩きながらこちらに顔を向けてくる彼女の眼には、多少のワクワク感と、なんだろう、擬音にすると『ドヤァ』みたいなのを付ける感じが、あるようなないような。
……俺も父親を馬鹿にできない。こんな短時間で母親の感情が読めるようになってきてしまった。
「ほら、振武が大きくなってから、仕事が忙しくってスキンシップしてなかったじゃない?
こういうのお父さんとはよくやるんだけど……振武は嫌?」
なんか両親のいらない情報が入ったような気がするけど……良いんだろうか。
自分の母親なんだし俺は5歳だから対外的には良いんだろうけど、まだ母と実感しきっていない女性の膝枕を、中身25歳の野郎がされてしまっても良いのだろうか。
「い、いい、の?」
「? ダメなわけないじゃない。ほら、おいで」
彼女は引く気はないらしく、先程からずっと膝を叩き続けている。多分俺が大人しく膝枕されるまでやり続けるつもりなんだろうなぁ。
「……じ、じゃあ、しつれいします」
おずおず、という言葉が似合うほど動きがぎこちないのは勘弁してもらいたい。
俺が膝に頭を乗せると、彼女は俺の頭に優しく手を乗せた。その手つきは慈愛に満ち溢れているのが、顔を見なくてもわかる。
「変な遠慮して。そんなに私優しくしてなかったかな、表情硬いし。
何度も謝るようだけど、ごめんね。私昔から表情筋が全く発達していないみたいで……私のお父さんにも言われたわ、『顔の筋力どこに落としてきた?』って」
(母さんも母さんだけど、お祖父ちゃんの言い草凄いな)
そう思いながらも、その気持ちよさに思わず目を細める。
そういえば前の世界でも、あんまり頭撫でられた記憶ってないなぁ。
……前にも思ったけど、今日改めて再認識した。人間はそう簡単には変わらない。起こっている出来事が濃厚過ぎて忘れてしまいそうになるが、俺が記憶を取り戻して、まだ2週間しか経っていない。
たった2週間で、25年培われた性格を治そうなんて、どだい無理な話なんだ。
――でも、
もう、前の世界での俺を引きずる事はしたくなかった。
俺はもう『動島振武』で。
彼女は、俺の母さんで。
彼は、俺の父さんで。
それで良いじゃないか。
前の世界に戻れないならばそれで良い。俺が薄情なのも、しょうがない。
でも少なくとも、この世界で俺は、動島振武として、頑張っていきたい。
ヒーローになるのか、ならないのか。他の職業にするのか、しないのか。
まだまだ自分の中でどうしたいか、どうなっていきたいかなんて、全然定まっていないけど、5歳なんてそんなもんなのかもしれないし。
少しずつで良いから、頑張っていこう。
まず最初は、2人をちゃんと家族と思う所から、かな。
このへんてこりんで、チグハグだけど、優しい両親を。
「たっだいま〜、いや〜打ち合わせ長引いて疲れちゃったよ……って振武膝枕とか羨ましい! ちょっと覚ちゃん、俺も膝枕して!」
「おかえり壊くん、えぇ、私も愛してるわ」
「あからさまに誤魔化した!? でも俺も愛してる!!
ちょっと振武〜お父さんにも譲ってよ〜」
「え〜、今日はお…ぼくが、お母さんひとりじめ、したい」
「あら、振武がそんな我儘言うなんて、珍しいわね。
良いわ、今日はもうお仕事おしまいにするから、いっぱい甘えてね」
「ちょ、それは父親的には嬉しいような仲間ハズレにされているようで寂しいような! せ、せめて家族でイチャイチャしようよ! 俺も混ぜてよ!」
「おとうさんはべつにいいかな」
「振武!?」
ちょっとだけ騒がしいけど、ちょっとだけ幸せだ。
そう思える、午後だった。
お楽しみいただけたでしょうか?
ちなみに自分、動島夫妻めちゃくちゃ好きです、一章は登場数が半端なくなります。
では、次の話をお待ちいただけると幸いです。
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