plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode10 学びと一時の敵対と

 

 

 

 

 

「今回の勝者はヒーローチームな訳だが……ぶっちゃけ皆凄い面とダメな面があるんだけどね!」

 

 訓練をが終わってすぐのモニタールームで言い放たれたオールマイトの第一声に、試験を見学していたクラスの大半の生徒が動揺し、ざわざわと騒ぎ始める。

 

「ハイハイ静かに〜。まぁ皆の気持ちも分かるよ。

 確かに、彼らの実力は飛び抜けたものだった。まさにプロ並み! しかしそれはあくまで〝並み〟なだけで、プロとはまだまだ距離がある。

 というか、なかったらここに来る必要性ないしね」

 

 HAHAHAと笑い声をあげるオールマイトに、先ほど試験に参加していた6人は抱いている感情は違えど、どこか暗い表情をしている。

 振武、百、峰田は悔しそうに。

 焦凍はどこか釈然としない顔。

 障子は心配そうに魔女子を見ており。

 魔女子は、立っている他の5人とは違い、近くに設けられた簡易ベットに寝かされている。

 使い魔を使用した場合のデメリット。

 痛覚の共有。

 ネズミほどの小さなサイズの使い魔であれば少し針で突かれた程度の痛みだが、その体が大きければ大きいほど帰ってくる痛覚は魔女子に影響を与える。

 振武を蛇で拘束した時の熱。

 自分の体を守るために出した狼が受けた銃弾。

 そして自分の体で行った核兵器へのタッチという名の正面衝突。

 最後以外は実際に魔女子自身が傷を負っているわけではないが、幻覚痛のように魔女子を苛んでいる。本物の傷ではないからリカバリーガールにも治せない、厄介なものだ。

 

「ふむ、そうだな。今回は細かく説明していこう。

 まず、動島少年と轟少年だが、この2人はまず周りが見えていないのと、考えの甘さが目立ったね。お互いを気にし過ぎた隙が動島少年の敗因だし、轟少年も、もし立場が違えば負けていたのは君だ。

 そして動島少年は塚井くんの強さを、轟少年は動島少年との相性を考慮できていなかった。これがもし実戦だったなら、どちらとも致命的だ。

 両者ともプロヒーロー顔負けの戦闘能力を持っているんだ、無駄にしてもらいたくはないと私は思うぞ!!」

 

「……はい」

 

「………………」

 

 振武は歯を噛み締めながら小さく返事をし、焦凍は口には出さないが小さく頷いた。

 

「次に八百万くん。まぁ概ね上手くいっていたんだが、仲間が捕まったからといって動揺していてはいけない。ヒーローである時でも、仲間が敵に捕まったりする可能性は十分あり得る。そんな中冷静な判断を維持出来ないのであれば、助けられるものも助けられない。

 動島くんの作戦をもっと吟味しなかったのも、マイナス点だよ」

 

「返す言葉もありませんわ……」

 

 オールマイトの言葉に、百は居心地が悪そうに肩をおとす。

 戦闘時点では考えがまとまっていなかったが、今にして思えばもっとやりようはあったかもしれない。後悔先に立たずとは、まさしくこの事だ。

 

「峰田少年はそもそも取り組み方がダメ! オトコノコである事は素晴らしいけど、そればっかりだから足元を掬われた。動島少年や八百万くんに任せるばかりではなく、もう少し自分自身でも意見を言うべきだったな」

 

「グゥ……オールマイトに言われるとなぁ」

 

 マイペースな峰田も自覚があるのだろう。

 悔しそうにしながらも、申し訳なさそうな顔をしている。

 

「そして障子少年。君のフィジカルも調査能力も素晴らしいが、今回はちょっと思考停止だったかな? 意見を出していた姿はなかなかだったが、もっと意見を言っても良かったんだよ」

 

「塚井の論には説得力があったが……すいません、気をつけます」

 

 マスクで顔を隠しているものの、やはりこちらも先ほどの訓練を鑑みて反省する点を自分で見つけられているようだ。

 

「そして塚井くん……君は、私の言いたい事が分かっているようだね?」

 

「……一応、ですが」

 

 オールマイトの言葉に反応し、少し辛そうに魔女子が起き上がる。

 

「まず、私自身の役割(タスク)の多さでしょう。動島くんの拘束、障子くんの補助、最後の特攻……私に比重が乗りすぎていました。もう少し仲間を信用して頼るべきだったと思います。

 そして情報収集の未熟さ。もっと最初の段階で峰田さんの個性を把握していればあのような特攻ではなくもっと安全な方法があった筈です」

 

 魔女子の言葉に、オールマイトは何度も頷く。

 

「その通りだ、塚井くん。素晴らしい頭脳を持っているようだね。

 だが、頭が良すぎるというのも問題だ。チームプレイとして形取っていたが、あれはチームプレイとは言い切れない。仲間の事をよく知り、よくコンビネーションを取れるようになろう」

 

「はい、解りました、頑張ります」

 

 塚井の言葉に、オールマイトも満足げだ。

 ……表面上だが。

 

(今回の訓練、大きく拗れていたのは動島少年と轟少年の諍い、なのだろうなぁ)

 

 先の戦闘、生徒達には会話内容が聞こえないようになっていたが、教師は別だ。何か問題が起きないように全ての会話を確認している。

 その中で聞こえてきたものは、とても友人同士が切磋琢磨しているものには聞こえない。もっとも完全にお互い憎悪し合って放たれる言葉でもなかった。

 どちらも真っ直ぐに。

 どちらも正直に。

 どちらも純粋に。

 自分達の考えを伝えていたように思える。

 背景を知らないので何を言える訳ではない。だがあんな終わり方をしたものが簡単に終わる筈がない。もっと荒れていく。

 ただでさえオールマイト自身の問題、自分の弟子である緑谷出久の問題、そしてこのクラスでの人間関係の問題。当然担任ではないオールマイトが直接何かしなければいけない事ではないが、出久のクラスメイトなのだから完全に無関係とも言えない。

 そんな所まで気を使う辺り流石オールマイトというべきなのだが、どこか

 

(……教師って、大変っ)

 

 表面上笑顔をとり繕いながら、クラスメイト達の方を向く。

 

「さぁ、次だ。どんどんやっていこう!!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 訓練は滞りなく進行する……とはいかなかった。

 緑谷出久と爆豪勝己の因縁の対決。音は聞こえなかったが、激しい感情のぶつかり合いが起こっているのは、映像を見ているだけでも分かるものだった。

 他の戦いも、一筋縄ではいかない。

 訓練とはいえ必死に考え、必死に戦う。

 振武も、そうだった……そうだった、はずだ。

 だがどこか視野狭窄になっていたのは確かだった。

 轟焦凍に対する拘り。譲れない思い。だがそれを変えるには、自分の考えを押し通すだけではダメなんだと、今回の訓練で改めて理解出来た

 戦術面、思考面での上達。

 魔女子ほどとは言えなくても俯瞰的に状況を判断する能力がどうしても必要になってくる。感情に流されて油断しているならば、それは今までの自分と何が違うのだろうか。

 

 

 

(……なんだよ、そう考えてみると何も成長できてないじゃん、俺)

 

 

 

 

 

 

 戦闘訓練終了後。足早に(本当に早かった)去っていくオールマイトの背を見送ってから、皆各々更衣室に戻っていく。

 

「振武さん、私達も戻りませんと」

 

 少し気遣うような雰囲気で話しかけてくる百に申し訳なさを感じながら、無理矢理笑みを作る。

 

「ああ、分かってる……んだけど、ちょっと先行ってて貰えないかな? ちょっと1人で考えたい事があって」

 

「ですが――」

 

「大丈夫だから」

 

 心配そうな百の言葉を、半ば止めて少し強く言う。

 

「HRには間に合うように、ちゃんと戻るから、な?」

 

 振武のその言葉に、強く出れなかったのだろう。「分かりましたわ」と気落ちした様子で、百は皆と同じ方向に向かう。人の気配がなくなり、1人になったのを確認してから、振武は小さく溜息を吐いてその場に座り込んだ。

 悔しさと虚しさが胸の中に込み上げてくる。

 誰かの前で明らさまに落ち込みたくはなかった。

 あの結果になったのは、全部が全部振武の責任とは言えないかもしれないが、それでも一端は担っている。もしもう少し自分が冷静であったなら。もう少し考えられたなら。甘く見ていなければと、後悔は尽きない。

 普段は小賢しい位考えるのに、ここぞという時に失敗するというのは、ある意味振武の最大の欠点のように思えてくる。

 

「もっと賢くならないとな……」

 

 ポツリと呟かれた言葉は、自分の中に染み込んでいく。

 戦術……というより、魔女子と同じ。冷静に、俯瞰的に状況を判断する能力。油断を消し、情報を収集する発想。

 戦闘ばかり得意だった自分が成長出来ていない点。

 個人戦レベルでなら得意だが、集団戦というのはとかく難しい。今回の大きな敗因はそこだろう。

 要は控えめに言っても、馬鹿なのだ。

 勉強が出来ても知識としてあっても、それを冷静に使う事ができない。

 

「……何やってんだろうなぁ、本当に」

 

 何をしてきたんだろうな、本当に。

 自分で自分が、本当に腹立たしい。

 10年。母親が死んで、必死に特訓した。強くなれているつもりだったが、今のこの実力は本当に〝強い〟という事なのだろうか。実際自分は魔女子の計略に負けた。

 個人での戦闘能力だったら絶対負けないと思っていた自信は、そもそも集団戦ではある意味機能していなかった。

 積み重ねてきたものが無駄だとは思わないが、それにしたってこの体たらく。

 師匠である祖父にどんな顔をして報告すれば良いか分からない。焦凍にだって、言った言葉がそのまま自分に適応出来る。こんな奴がヒーローと呼ばれるわけもない。

 悔しさと自己嫌悪が連鎖する。

 こんな所でこんな事を考えている暇があるならば、もっとやらなければいけない事があるのに。自分1人で考えてしまうと止まってしまう癖は抜けきれない。

 だから今まで、出来るだけ1人にならないようにしてきた。

 不安感が背中から追ってこないように。

 

「なのにわざわざ、1人でこうやって悩んでる辺り、本当に馬鹿なんだろうなぁ」

「えぇ、馬鹿ですわ」

「うん自覚して……ん?」

 

 自嘲の言葉に返事が返ってきて、思わず顔を上げる。

 目の前には、どこか不機嫌そうな百が立っていた。仁王立ちだ。

 

「……何してんだ、お前」

 

「何やら落ち込んでいる様子でしたので、やっぱり気になって戻って参りました。

 ……意外ですわ。振武さんもそうやって落ち込みますのね」

 

 そう言いながら、百もまた振武の隣に座る。

 せっかくのコスチュームが汚れるだろうに、と思ったが、よく見れば彼方此方に埃がついていたり、もう手遅れなレベルで百も汚れていた。

 

「俺は、案外メンタルが弱いんだよ」

 

「もっと自信満々だと思っていましたわ……振武さん。私が言う事ではないのですが、あまり落ち込まないでください。

 今回の事は、貴方の所為だけではありませんわ。チームなんです、私も峰田さんも悪かった部分があったのは、オールマイトが仰ってたんだから分かるでしょう」

 

「……まぁ、そうなんだけどなぁ。自分で言うのもなんなんだが、成長してねぇ〜な〜って。見方が甘い! 考え方が甘い!! みたいな。

 俺10年間頑張ってさぁ、色々乗り越えてきてんのに、進んでないじゃんって、ちょっと気分が落ち込んじまったわ」

 

 百に気を使わせたくない。ついそんなことを考えて、少し戯けたような言い回しをしながら、百の慰めの言葉に振武は苦笑を浮かべて答える。

 その顔を見て、百は一瞬悲しそうな顔をして、

 

 

 

「だから、そこが馬鹿なんですわ」

 

 

 

 両手で顔を挟まれた。

 勢いが良すぎて、挟まれたというよりは両頬を同時に平手打ちされたような気分ではあるが。

 

「……いへぇ」

 

 痛えと言おうとするが、桃の両手により口が上手く回らない。

 少し間抜けと言えるかもしれない行動だったが、百の顔は真剣そのもの、というより、少し怒っているようにすら見える。

 

「振武さんっ」

「ひゃい!?」

「振武さん、お幾つでしたっけ?」

「……15しゃいでふ」

「そうですか、私も9月が誕生日ですので、まだ15歳ですわ。

 で、今日は入学して何日経ちましたっけ?」

「……ふちゅかめ」

「そうです、2日目です。まだ授業も始まったばかりですわ」

 

 顔を挟まれたままなされる質問は、振武にとっても百にとっても今更な話だ。

 何が目的なのか分からず振武が困惑していると、百は真剣な表情で言う。

 

「振武さん。私たちはまだ15歳で、雄英に来てまだ2日目ですわ。

 つまり、まだまだ甘ちゃん。素人に毛が生えた程度です」

 

「きぇぎゃひや……毛が生えた程度って、お前、」

 

 答えづらくなって百の手を掴んで何とか顔の拘束を解いても、百の真剣な言葉は続く。

 

「毛が生えた程度です。

 貴方に今までどんな事があったとしても、どれだけの鍛錬を続けて来たとしても、どれだけの苦難を乗り越えてきたとしても……それでも、貴方は15歳で雄英に来て日が浅い、オールマイト先生の仰った通り、〝有精卵〟ですわ」

 

「………………」

 

「そしてそれは私も、峰田さんも、障子さんも、轟さんも、塚井さんも。まだヒヨコとすらプロに思われていない、ヒーロー候補生なんて言われるのも恥ずかしい人達ですわ。

 ですが、振武さんはなんですか? 1人で勝手に大人なつもりですか? 確かに貴方は強くて凄くて、優しいし、頭だってけして悪くはありませんわ」

 

 百の目には真剣さと、心配と、どこか優しいエール。

 見ているだけで、落ち込んでいた自分の心が落ち着いてくる。

 

 

 

「でも、まだまだなのは当たり前ですわ。

 私達は、これからなんです。序盤も序盤、最初も最初。成長し、挽回するチャンスはたくさんあります。1人で勝手に焦って、勝手に落ち込まないでくださいまし」

 

 

 

 百の言葉で、心の中で燻っていた物が勢いづく。

 精神年齢35歳……だが、結局それは中身も何もない25年分の記憶があるというだけだ。それが原点なのは変わらないが、今の動島振武の原動力ではあるが、結局それは動島振武ではない。

 動島振武は、結局どこまでいっても、ヒーローとしてはまだ卵な、15歳の小賢しいガキンチョだ。ヒーローとしての自分は昨日、ようやく始まったばかりだった。

 

「でも、俺、似たような失敗多いし、いい加減学んでねぇなって、」

 

「そんなの当たり前です。一度で出来るならば誰も苦労しませんわ。何度も失敗して人は学ぶんですのよ? 勿論、延々と同じ事の繰り返しならば向いていないと判断して別の部分を伸ばすべきですが……そうなんですの?」

 

「いや、流石に延々とって程じゃ、ない、かな。さ、3回くらい?」

 

 幼少期が1回目、中学校時代が2回目、今回で3回目。冷静な判断が出来ていないと思ったのは。

 1回目はそもそも自分には何も出来なかった。2回目は初めての戦闘だった。3回目は今度こそ出来ていると思って穴があった、という所。それを聞いて、百は小さく頷く。

 

「3回くらいならまだマシですわ。100回やっても出来なかった時に弱音を吐いてください」

 

「100回って、相当失敗する前提だな」

 

「まぁ100回は言い過ぎとしても、これは訓練。反省したのなら反省した分だけ、後悔すれば後悔する分だけ、自分が成長できる機会だと考えられますわ。

 当然、私もこのままではいられません。今回、私も頭でっかちで、動揺を抑えきれない部分があるのだと思い知らされました。

 だから振武さん。〝一緒に〟学びましょう」

 

 一緒にという言葉に、思わず目を見開く。

 

「一緒に、か?」

 

「一緒に、です。まさか1人で頑張ろうとしてましたの? 本当に馬鹿なんですから。

 ここは学校ですわよ? 一緒に悩める仲間と、アドバイスをくださる先生方がいらっしゃいます。冷静な判断能力や戦術を考える思考力が足りないなら、先生に聞いたり図書館で調べたり、一緒に学んでいけます。

 次こそはと学び、研鑽し、出来なければ出来ない部分をまた洗い出して、また研鑽していく」

 

 そのようにする場所でしょう? 学校という場所は。

 百は笑顔でそう言った。

 ……確かにそういう場所だな、学校っていう場所は。

 振武も笑顔を浮かべてそう言った。

 ったく、何考えてたんだ俺は。何を焦ってたんだ俺は。そう心の中で自分を笑う。

 これからだ。後悔して座り込んでいる暇があるなら、これから一緒に頑張っていけば良いじゃないか。幸いここの環境は振武が成長する上で役に立つ物がたくさんある。

 戦闘訓練中だってそうだ。

 自分がしっかりしなければと考えていた。百や峰田を引っ張って行かねばと思っていた。それは結局上手くいかずに空回りどころか、目の前のことしか考えられずに、結局迷惑をかけた。

 だが……こっからだ。

 冷静な判断も、これから皆で磨いていく。

 焦凍の事だってそうだ。

 まだたった2回目、失敗しただけだ。

 頑固さであれば負けてはいない。ここで引き下がるほど振武は諦めの良い人間ではない。いや、諦めの良い人間ではもうないのだ。

 努力と研鑽あるのみ。

 今までと何も変わらないように思えるが、隣に誰かがいる。他の人間と一緒に磨いていくというのは、今までずっと同じ位置に比べる人間がいなかった振武にとってはある意味新鮮だ。

 そういう意味でも、他の人をもしかしたら甘く見ていたのかもしれない、と今になって恥ずかしくなる。焦凍も魔女子もそういう相手だと認識しきれていなかったのだろう。

 スタートラインは少し違うのかもしれないが、今は皆同じ位置に立っている。油断も何も、本当はしてはいけない。

「……迷惑、かけたな」

 

 掴んでいた百の手を、今度は出来るだけ優しく握る。

 長年の修練で荒れてしまって手は触られて気持ちの良いものじゃないはずなのに、百は嬉しそうに握り返してくれた。

 

「言ったでしょう? 私達はもう仲間ですっ。

 仲間であれば、多少の迷惑は厭いません。それは振武さんも、同じでしょう?」

 

「……あぁ、確かにそうだな」

 

 そう言って、2人は笑いあった。

 何度も立ち止まって、何度も背中を押されて。

 本当に自分は学んでいない。

 だがこれから頑張って、頑張って、努力して。自分も同じように誰かの背中を押せるようになれば良い。そう思えた。

 

 

 

 

 百と手を握り合って恥ずかしくなって2人とも顔を真っ赤にしたのも、HRにギリギリになってしまったのも、余談中の余談だ。

 だが、ここから、振武の態度も大きく変わったのは確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……動島。少し顔貸せ」

 

 HRが終わり、皆でいざお互いの講評でもし合おうかとなった時。

 焦凍は振武に声をかけてきた。戦闘訓練の中で久しぶりに直接話をしたが、普通の時に話しかけてくるのは、これが久しぶりだ。

 

「……おう」

 

 焦凍の言葉で立ち上がりながら、魔女子と百にアイコンタクトをする。

 大丈夫だから、2人にしてくれや。

 そういう意味で投げかけたそれをちゃんと受け止めてくれたのだろう。魔女子は表情を変えずに小さく頷き、百はまるで自分が呼ばれたかのように緊張した面持ちで振武に、頑張れという意味なのだろう、小さくガッツポーズをする

 そこまで気にしてくれている2人に、ありがとうという意味で笑みを浮かべ、振武は焦凍に着いて行った。

 

 

 

 連れてこられたのはちょうど校舎の裏に位置する校庭側の所。

 焦凍は、真剣な表情で言う。

 

「お前、もう俺に関わるな」

 

 単刀直入。

 前振りもなく唐突に言われた言葉は、振武には納得出来ないものではなかった。

 今回の件で、もう振武と焦凍の関係は、戻れない場所にまで来た。それくらいは、振武にも分かる。もう同じ空間にいるのさえ、嫌なのだろう。

 

「動島。俺とお前はどこまで行っても平行線だ。お互い納得出来る事なんて1つもねぇ。

 分かってんだろう。お前の言葉なんざ、俺には関係ない」

 

 氷のように冷たい目。先ほどの氷柱のように、振武を貫く目の映るのは、はっきりとした否定の色。当然だ、焦凍は自分が否定されたと思っているのだ。否定された人間が、否定した側の人間に好印象なんて抱くわけが無い。

 今は異常なわけじゃない。

 今までが異常だっただけだ。

 

「……関係ないって面には見えないけどなぁ。

 まぁ、お前が良いなら良い。別にお前から俺に関わってくる必要性はないんだろうし、そこまで俺も止めねぇよ」

 

 振武もまた、訓練の時とは違い冷静に返す。

 しかし、

 

 

 

「けどな、関わんなってのは無理だ」

 

 

 

 同意する気もさらさらなかった。

 振武の予想外の否定の言葉に、焦凍の目は驚きで大きく見開かれている。

 

「何驚いてるんだよ。

 別に俺はお前が嫌いだからとか気に入らねぇから言ってるんじゃないんだぜ? ほら、俺世話焼きだからなぁ」

 

「……それが、大きなお世話だと言ったはずだ」

 

「大きなお世話はヒーローの本質って言っただろう? 友達だしな、まぁ諦めてくれ」

 

「友達だと言った覚えはない!!」

 

 絶叫に近い声を上げる。

 俺に構うな。

 俺の夢に構うな。

 俺の信念を否定するな。

 そんなはっきりとした拒絶を感じながらも、振武は目を逸らさない。

 

 

 

「ごめん、それでも俺はお前と友達だって言いたいんだ。だからお節介だってやめねぇ」

 

 

 

 子供の頃の約束。

 中学の時の約束。

 それだけじゃない。友達だからこそ、こんな辛い顔をしてヒーローを目指す焦凍を、振武は関係ないと言えないし、関わらないなんて選択は出来ない。

 

「……もう、良い。そうだ、俺がてめぇを気にしなきゃ良いだけだ」

 

 どうでも良いと言わんばかりに背を向けるが、歩き出そうとはしない。

 

「だがな、動島。もう一回言っておく。

 俺は夢をあきらめない。母さんの個性だけで、あのクソ親父を超える。トップヒーローであるエンデヴァーを、そして……お前も! 俺が完全否定する!!」

 

 その言葉に、振武も苦笑を浮かべながら頷く。

 

「あぁ、良いんじゃねぇの。お前のそれが本物だっていうなら、俺なんて軽々しく否定してもらわないとな。

 だが、俺も諦めねぇ。お前のそれが良い悪いとかじゃない。お前がキツそうな顔してヒーロー目指してんのが気にいらねぇ。お前を笑顔にするために、カッコ良くヒーローやってもらう為にも……。

 

 

 

 その拘りをぶっ飛ばす」

 

 

 

 

 

 

 会話は、それだけだった。

 時間にすればほんの数分。いや、もっと短かったかもしれない。

 当然だ、ここで話す事などない。あとは本当にぶつかり合う瞬間まで、言葉だけではお互いの考えを崩す事は出来ないのは分かっているからだ。

 何時になるかは分からない。

 だが、それでも。

 

 

 

 振武と焦凍は、どこかでまた必ず、思いをぶつけ合う日が来るから。

 

 

 

 

 

 

 

「こうなりましたか。まぁ、しょうがないですね。

 男の子というのは、本当に頑固です」

「……どうしますの?」

「どうもこうもありません。あれは外野がどう口を挟んでもどうにも出来ません。

 ……まぁ、私自身、轟くんのあの拘りはどうにかしたいので、暫く轟くんと一緒にいるつもりです」

「では、私は振武さんのお傍にいます。

 ……仲直り、しますわよね?」

「どうでしょうね。

 まぁ、大丈夫でしょう」

 

 

 

「あの2人、自分たちでは気付いてませんが、案外似てますから。

 今は少し、一時の敵対と言ったところでしょう」

 

 

 

 振武と焦凍が話していた場所を見ることができる二階で、2人の女生徒は、自身の友人達の会話を経て、小さく苦笑を浮かべながらも、そんな話をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ――夕焼けが、その場を赤く染める。その中に、出久と爆豪は立っていた。
 借り物の力である事。
 まだそれを制御しきれない事。
 自分のものにした時、幼馴染である爆豪を超える事。
 無意識だったが、それでも今まで親にすら隠していた事を、全て話してしまっていた。しまったと出久が動揺しても、もう手遅れだった。
 フラっと、まるで力が抜けるように爆豪の体が揺れる。

「……何だそりゃ…? 借りモノ…?
わけわかんねぇ事言って…これ以上コケにしてどうするつもりだ……なぁ!?」

 普段と変わらない怒声のように聞こえるそれは、しかし、いつもとどこか違う。悔しさと憎らしさが混ざり合った、良くも悪くも真っ直ぐな感情を表す幼馴染から、初めて聞いた複雑な感情。

「――だからなんだ!?
 今日…俺はてめぇに負けた!!! そんだけだろうが! そんだけ……」

 今までの足場が崩れてしまったようにおぼつかなく。
 何かをつかもうとして必死に叫び続ける。

「氷の奴と動島の戦いを見て、勝てねぇって考えちまった! クソ!!!
 あの使い魔の女に、頭で勝てねぇんじゃねぇかって思っちまった…!!!」

 クソッ、クソがッ!!!
 必死に否定するように罵倒の言葉を繰り返す爆豪は、出久が今まで見ていた堂々として自信に満ち溢れていた、憧れの幼馴染とは違う。
 振武や焦凍と同じ、必死に何かを手に入れようともがき、足掻く。
 1人のヒーローの卵だった。

「なぁ!! てめぇもだ……デク!!!」

 そんな真っ直ぐで、潤んでいる眼で爆豪はキッと出久を睨みつける。
 嘲笑がない、見下していない眼。出久にとっては、幼少期から見られたことがない強い眼で、

「こっからだ!! 俺は…!! こっから…!! いいか!?



俺はここで、一番になってやる!!!」



 紡がれた言葉は、如何にも自分の幼馴染らしくて。
 やはり、格好いいものだった。






はい、というわけで、雄英序章編終了です。
あとがき部分にものは、最初は本編に入れようかなと思っていたんですが、話の流れ情入れると空気が壊れると考え、あとがきにのせました。
さて、振武くんと焦凍くんの関係は、ここで一旦切れているように見えますが、これから、特に体育祭でぶつかり合うでしょう。
あれこそ、彼らが本当の意味で一対一になれる場はありませんから。
それまで、彼らの行動を温かく見守ってくださると幸いです。


次回! 振武が無自覚にイチャイチャしているぞ!! 爆発はされない…多分!!



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