本編が主人公一人称なので、保管しきれない情報などを補完、ちょくちょくこういう話は作っていこうと思います。
では、楽しんでいただければ幸いです!
また文章量が増えてしまった……。
――正義なんてものを、私はトップヒーローでありながらそれほど信用も重要視もしていない。いや、トップヒーローだからこそ、なのかもしれないのけれど。
それは勿論、私だって最初は正義の味方としてのヒーローに憧れた。
可愛い女性ヒーローや、カッコいい男性ヒーローに目を輝かせ、自分も「いつかヒーローになりたい」と目を輝かせて(私としては、輝かせていたつもりだ。)いたし、ヒーローになろうと邁進していた学生時代はそもそもそんな事を考えている余裕はあまりなかった。
正直言って、雄英の授業って今も昔も異常だと思う。あの時に比べれば現役時代の今はそれなりに楽だ。嬉々として危険を放り込んでくる人間がいないだけでもずいぶん平穏だ。
しかし、実際ヒーローになり、活躍していけば活躍していくほど。ヒーローとしての正義や勇気、平和なんていうものに無頓着になっていった。
日々の戦い、増える書類仕事、苦手なのにやってくる番組出演やCM出演の依頼、人の気も知らないでバッシングするネット住民、「君は1人でも生きていけそうだから」と去っていく男達。
もっと良い思いをしていると思っていたヒーロー業は想像の何倍もきつい事が多かった。
格闘技をそれなりに極め、相性がなまじ良かった所為でもあるけれど、妙にとんとん拍子で上がってしまった所為で、仕事量はどんどん増えていっていた。
自慢でもなんでもない、結果として本当にそうなってしまったのだ。
(もうやめちゃおっかな……私が辞めても、いっぱいヒーローいるから誰にも怒られないし)
そんな事を毎日、終電で誰もおかえりを言ってくれない自宅に帰って思ったものだ。
今思うと、あれが多分ノイローゼとか、そんな感じだったんだと思う。
そんな時だった。
『君は、随分つまらなそうに仕事をするんだね。
そんな顔をするくらいだったら、辞めてしまった方が良いと思うよ』
こんな事を、その日初対面の彼に言われたのは。
はっきり言ってしまえば――激怒した。いつも通り表情にこそ出なかったが、その場で彼の顔を全力全開でぶん殴ってしまうくらいなんだから、私の気持ちだって解ってくれると思う。というか解って欲しいわ。
そんな彼を見返したくて必死に戦って、突っかかって……今思うとあの当時から私は彼に惚れていたのかもしれない。未だに彼はこの話になると必ず『いやいや、俺の方が絶対覚ちゃんの事大好きだからね、徹頭徹尾、最初から遠い未来まで!』と言ってくる。
この会話をすると、どっちが先で喧嘩になってしまうからお互い話さないけど。
……まぁ、そう言われるのは、すごく嬉しいのだけれど。
でもそうなっても、それほど私の中での心情は変わらなかった。壊くんと結婚しても『君は仕事を続けるべき人だよ』と言われて、それを機に辞めることは出来なかった。
でも、大きく変わった瞬間があった。
息子が……振武が生まれた時。
どんな有名な
あの感動には勝てない。
あの子を初めて抱きしめて、手を握って思った。
『あぁ、私はこの子の未来を守る為に戦ってきたんだ』って。
「――さん、センシティさん!」
「あ、ごめんなさい、我が子の事を考えてぼ〜っとしていたわ」
気づいてみれば、ここは東京都心から少し離れたこの廃ビルだった。ここに、ヴィランの集団が潜入しているという情報を聞きつけ、センシティは数人のサイドキックを引き連れてきたのを、本当につい先ほどまでセンシティは忘れていた。
「勘弁してくださいよ……センシティさんが息子さん大好きなのは知ってますけど、今は仕事に集中してください。これが終われば、長期休暇に入るんでしょう?
出来るだけ、気負いなく休んだ方が良いんですから、それにはちゃんと仕事を片付けないと」
「……えぇ、解っているわ」
少し釈然としないまま、センシティは小さく首肯する。
センシティのサイドキックは自分と合うようにと出来るだけ素直な新人を雇うように心がけているはずなのに、皆どんどん
本人は疑問に思っていることではあるのだが、実際は簡単な話だ。
彼女は、非常にマイペースだからだ。
部外者は彼女のその無表情さと冷静な声色から真面目で厳しく、そして冷静な人物像を想像し、入ってくるサイドキック達も同様のイメージを持ってセンシティの元に集まる。
しかし彼女の場合、感情が表面に出ないだけで、実はかなりの激情家であり、思い立ったら自由に行動、協力なんて度外視の一匹狼気質であり、やりたくない事は極力サボるというのが本性だというのは、入社して1週間で解る事だ。
まずこの現実を受け入れる事が、センシティ専属のサイドキックの第一の試練と言っても過言ではないほどだ。
……後に、彼女のサイドキックを一時期勤めていた抹消ヒーロー《イレイザーヘッド》はこう語っている。
『あの人は、合理性そのものを物理的に殴るタイプだ。
簡単に説明すれば、堂々とした某ガキ大将だ。劇場版で良い所を見せる分、彼の方がまだマシだがね』
それほどの人間であれば、サイドキック達がセンシティに対してつっけんどんになってしまうのも、しょうがない事なのかもしれない。
そして基本的にサイドキック達の言葉が正しいからこそ、彼女も黙って説教を受ける事が多いのだ。
しかし、今回に限り、彼女にも弁解したい気持ちがあった。
(振武、大丈夫かしら……あの時、かなり様子がおかしかったし……正直、こんな仕事放っておいて早く振武の傍についていてあげたいのだけど)
ビル突入前に、装備の最終チェックや敵の人数の把握などをしながらも、センシティの頭の中では息子である振武事で頭がいっぱいだった。
動島振武。
センシティ――動島覚が世界同列1位(もう1人は勿論夫だ)で好きな、大切な息子。
1週間前。4歳になっても個性の発現が見られなかった振武が個性を発動させたその日。あの時から、息子の様子はおかしくなった。
本人は隠し切れていると思っているのだろうが、そこは親を舐めていると言っても良いだろう。覚も壊も、自分たちの最愛の子供が今までと違う事ぐらい、その場ですぐに見抜いた。
確かに元々自己主張をあまりせず、我儘も子供らしい甘えも我慢するタイプの〝良い子〟だった振武。
しかしあの日から、その目にはもっと別の大人びた色が見えた。
『理性』と『達観』。
もしこれが自分の息子ではなかったならば、覚はそんな相手に関わらないようにするだろう。
無力感、無気力感というのは、伝染する。それの所為で、現場で死んでいったヒーローやサイドキックを、覚は多く見てきた。そういう人間とは、関わり合いにならない事が最上。
だが……、
(振武は、私の大切な息子だもの。関わらないなんて事になったら、寂しさで死んじゃうわ……私が)
覚の中でそんな選択肢は存在しなかった。
……そもそも、そういう事になったのは、自分の所為ではないのか。覚は心の中でそう思っている。
個性の遅れ。
母親が仕事にかまけて息子と満足に関わってこなかった。
そのようなものが、積み重なった結果振武の中であのような形になってしまったというのならば、それはやはり自分の責任だ、と覚は思っている。
これを壊が聞いていたのであれば、憤慨し、そんな事はないと説教を始めるところだろうが、彼女の周りには仕事仲間しかいないし、声にも出していないので届くはずもなかった。
(それに、あの子の個性……ちょっと強力すぎるかも知れないし)
振武本人には『手に持った物や手そのものを超振動させる個性』と伝えるというのが、今の覚と壊の決定だ。振武の個性は、ただそれだけの個性ではなかった。
手だけではなく、足、試してみなければ分からないが、全身どこでも超振動を起こすことが可能だろうというのが、調べた結果分かったことだ。
正直に言えば、これを自覚して使用するのは、まだ早い。その個性にだって弱点はあるのだ。
振動から生じる摩擦熱と、超振動する自分の体をコントロールする術が、今の振武にはない。下手をしたら、命に関わる危険性。熱で体内から火傷を負ってしまうかもしれないし、重要な器官を超振動させ、制御出来なければ本当にそのまま死んでしまう事もある。
だからこそ、覚や壊が傍で見守り、振武を導かなければいけない。
そうなれば、自ずと彼女の中では、答えは導き出されていた。
(振武の為に、時間を割く。あの子の為に出来るだけ傍にいる。
そしてどんな事をしようとも、あの子に笑顔で幸せになって貰うために、全力を尽くす)
その為には、仕事を片付けなければいけない。
そう思いながら、覚は
――こうなってしまえば、近接戦闘で彼女を止められる者は、世界広しといえど、そうはいなかった。
疾風のように。
形容詞としては、かなりの速さを出せばそう表現しても然るべきだろう。
個性というものが当たり前となってしまったこの世界では、その形容詞を貰える人間は、かなり多い。
しかし――彼女ほど、鮮やかな動きができる者は、きっといないだろう。
「――シッ!」
短く小さな気合の声とともに放たれた彼女の掌底打ちが、一瞬腕が分裂したように見えるほどの速さで、建物の警戒に当たっていた敵の水月に繰り出される。
「ガフッ」
なにが起こったか分からない。理解出来ない。
そんな顔を一瞬だけ男はするが、それも本当に一瞬の事だった。あまりの衝撃に、男はそのまま白目をむき、ゆっくりとした動きでその場に倒れこんだ。
説明するだけならば、このようにあまりにも簡単だ。戦闘にすらなっていない。相手にも何かしらの個性があったはずだが、応戦するどころか、反応も出来ない。
極まってしまった〝武〟とは、もはや描写すら簡潔にしてしまえるほど、鮮やかで、速い。
(これで5人目……ほんと、センシティさんはどうしてあんなに感情的なはずなのに、体の動かし方は綺麗なんだろう)
まるで淀みを感じない。まるで水面に一滴だけ水滴を落としたような、調和の保たれた動き。
そのようなことを思いながら、彼女のサイドキック――《ワープワーヴ》、本名・
元々戦闘能力にあまり特化していないワープワーヴが手を出す必要性がないほどの強さ。どんな敵でも徒手空拳で渡り合い、相対した敵は必ずノックアウトしてしまう女傑。
これでその格闘の威力そのものに、個性は少しも絡んでいないというのは、超人社会になって長いこの世界でもかなり異質な部類に入るだろう。
どんなにマイペースであっても、彼女の実力は本物なのだ。
(ただ、未だに初めて会った時の挨拶のインパクトが抜けないし、どうにも変な人だってのは、変わらないんだけどなぁ)
『私に正義や勇気、自己犠牲精神を期待しているなら、勘違いしないで。
私はね、息子に胸を張っている為だけにヒーローやってる所あるから』
まさかあんな事をはっきり言われるとは、ワープワーヴも思ってはいなかった。
「転々寺くん、あと何人いるんだっけ?」
センシティの言葉に、ワープワーヴは小さく眉をひそめる。
現場では本名ではなく、ヒーローネームやコードネームで呼び合う。この業界の鉄則を、目の前にいるNo.10ヒーローはあっさりと破ってしまう。
「自分の名前はワープワーヴです、忘れないでくださいよ。
というか、自分はここには主犯も含めて30人だって言いました――よ、ね、」
何時ものように強めの口調で言ったその言葉は、センシティの姿を見て尻すぼみになっていく。
鬼気迫るというよりも、まるで冷気を出す個性でも出したかのように、体感温度が下がっていた。
センシティの個性は『超感覚』。五感を強化し、周囲や、時には遠方の状況すらも把握できる。彼女が対人戦闘、一対多数の戦闘が得意な理由だ。
そして、センシティが全力で感覚を強化していると、不思議と周囲の温度が寒くなったように感じる、と語る者は多い。
実際に温度を下げている訳ではない、そんな個性ではない。しかし、彼女の集中し、意識を研ぎ澄ませているその気迫は、それだけで人を震え上がらせるほどの威力を持っていた。
それだけにワープワーヴも先ほどまでの砕けた態度をやめ、真面目な表情を浮かべる。
「敵が増員出来るような組織だった可能性は?」
「……ありえないです。確かに頭は多少は名も知れた悪党ですが、それでも所詮三流、コネクションも何もない青二才です。
そんな奴に、これ以上人員を集めることは難しいです。そもそも今いる連中だって、部下というよりもツルんでいる仲間という感覚が近いです。これだけ多いのは、カリスマがある証拠でしょうけど」
「君が青二才っていうと、少しおかしい気もするけど……調査不足ってわけじゃないかな、動きが少しおかしいし」
「何か、あったんですか?」
「そういうわけでもないんだけど……私の感覚が正しければ、ちょっと厄介そうな人がいるのよね」
小さく言い淀むセンシティには、少しの不快感と面倒臭さがにじみ出ていた。
実際にセンシティが想定している相手がここにいるとすれば……少々厄介だ。共闘というだけでも面倒なのに、あの相手と共闘するなんて本当ならば嫌でしょうがない。
しかし実際、受けてしまった仕事でもある。ここに彼がいるということは、依頼してきた警察は共闘を前提に考えているのだろう。三流ヴィランにここまでやるとは、警察も慎重だ。
「……この先に、私の嫌いな人がいるんだよね。本当、なんであの人がNo.2なのか……理解できないわ」
ゴウッ!!
業火は、激しく、しかし狙ったものを確実に燃やしていた。しかしそこはプロヒーローらしく、殺すほどではない。単に周囲を燃やされて酸欠になっている場合が多かった。
このビルの大きな吹き抜けになっている場所があった。元々はパーティーをするための会場として設計されていたのか、建物の奥にある割には広々としている。
そこで、1人の男が暴れていた。
体全体に炎を纏った男。普通ならば火達磨になっているだけのようにも見えるだろうが、彼には熱さも何も、一切関係がない。
彼にとってしてみれば、炎なんていうものは、自分の手足と対して変わらないものだ。
炎の化身、豪炎のヒーロー。
《エンデヴァー》が、今ここに降臨していた。
「応援要請を受けて駆けつけてみれば……ただの雑魚掃除じゃないか。
こんな事で俺を呼び出すなど、あとで警察には抗議でも入れんとな」
イラつくように言いながら、おそらく主犯の手下である男たちを炎で一掃する。
いくら新進気鋭のヴィランが纏めていると言っても所詮烏合の衆、No.2であるエンデヴァーからすれば、机の上のゴミを払う以上に楽なことだった。
何故こんな簡単な仕事に呼ばれたのか、理解できない。
しかも、誰か他のヒーローにも依頼したようだ。警察がエンデヴァーを信頼していないわけではないのだろうが、万全な状況を求める警察らしい、胸糞の悪い発想だとエンデヴァーは思っている。
もし、やってくるヒーローが使えない人間だったなら、
「気絶させて、俺だけでとっとと終わらせよう」
「それ、ヒーローとしてはどうなのでしょう。相変わらずクズですね、エンデヴァーさん」
ゴスッ!
「ガハッ――」
エンデヴァーの背後で、苦悶の声と人が倒れる音がする。
振り返れば、そこには1人の女性が立っていた。
無骨なヘルメットと
……あいにく、エンデヴァーはその女性を見知っていた。
「――センシティ……では共闘する相手というのは貴様、という事か」
「そういう事、みたいねぇ。まったく、警察も心配性過ぎるわね。私と貴方の2人で取り組むような仕事ではないと思うんだけど」
「そうだな、貴様のような雑魚の手は借りん」
センシティの言葉に、小さく鼻を鳴らし、エンデヴァーは小馬鹿にしたような顔をする。
「……なに、私に喧嘩売ってます? 個性〝だけ〟が取り柄のヒーローのくせに」
「……ぶん殴る事〝しか〟考えていないゴリラ女が、俺と喧嘩など100万年早い」
「ゴリラ女って。夫も子供もいる女性に対して酷い言葉ですね」
「ふんっ、あいつの気がしれん。こんな暴力女の何が良いのか」
「――ヴィランを捕まえる前に、貴方をボコボコにするのも良いのかもしれません」
「……やってみろよ雑魚個性、主犯の前に貴様を灰にしてやっても構わないんだぞ」
「ふ、2人ともやめてください! いくら仲が悪いからって現場で喧嘩しないでください!」
今にも掴みかかりそうな勢いの2人の間に、ワープワーヴは無理やり入る。
燃焼系ヒーロー《エンデヴァー》と武闘ヒーロー《センシティ》。この2人の仲の悪さは、業界でもかなり有名だ。
普段はヴィラン一筋、どちらも仕事の姿勢に関してはプロ中のプロであるにも関わらず、現場で鉢合わせれば、常にいがみ合う。
ヴィランを先に確保しようと、街の被害を度外視して競争を始めたり、
ヴィランそっちのけで、口喧嘩から本気の喧嘩を始めたり、
年末に行われたヒーロー達の懇親会では飲み比べを始めたり。
とにかく、何かにつけてお互い譲らず争いが始まってしまうのだ。だから出来るだけ2人が現場で鉢合わせないようにするというのが現在のヒーロー業界の暗黙の了解なのだが……今回依頼を出した警察は、ヒーロー業界の事情に疎い人間が担当だったらしい。
「ちっ……」
(舌打ち!?)
今日は特にセンシティの機嫌が良くなかった。
「――で、どうします? 残りの手下達は貴方と、外でウロウロしている貴方のサイドキックが倒してしまったわけですけど。ここは一応、一応共闘という形になっているんですから、主犯の捕縛は私達に任せて頂けないでしょうか?」
「ハッ、ふざけた事を言うな。ここまで来たんだ、ここで主犯を譲る必要性がない。普段であればこんな雑魚共に興味はないが、お前の邪魔を出来るというだけ、その主犯とやらにも多少価値がある」
「……相変わらず爽やかにクズですね、そういう人だと知ってましたけど。
でもあいにく、今回の敵と貴方はちょっと相性が悪いと思いますよ」
「……どういう事だ」
「あら、聞いていないんですね。あの主犯の個性は、」
「ファーハッハッハッ!! 貴様らか、俺様の部下を倒したヒーローってのは!!
なんだなんだ、No.2にNo.10が来てくれるとは! 俺様も偉くなったもんだなぁ!!」
音量調整でも間違えたのかと思えるほどの大きな声が、広間に響く。
その広間の、舞台のように高くなっているところ。そこに声の主は立っていた。
炭のようなツヤのない黒髪に、ボディビルダーにも見えるほど筋肉質な巨漢が立っていた。顔はワイルドなイケメン……と言えるが、今現在は下品に口元が歪んでいるせいか、まったくそんな印象はなくなっていた。
炭素《すみしろ》 金剛《こんごう》。ただのチンピラから、地元でそれなりに名の通った犯罪者グループのリーダーになった、新進気鋭のヴィランである。
欠点は、目立ちたがり屋なせいで暗躍という行為を行えない事である。
「……おい、奴がそうなのか? ただの目立ちたがり屋な馬鹿にしか見えんぞ。普通なら隠れたりするだろう」
「そうですね。馬鹿だからここで止められるんじゃないですか?」
「おいおい、何を楽しそうにお喋りに興じてんだてめぇら!
ここはてめぇらの仲を深める場じゃねぇぞこの野郎!」
炭素は苛ついているのを隠そうともせず、舞台から降りてくる。その姿は、全くの無防備と言ってもいい。
何か絶対の自信があるのか、よほどの馬鹿か。
「ふんっ、まぁ良い。出てきてくれたおかげで、わざわざ足を使って探す手間が省けた。礼を言う、ぞ!!」
ゴウ!!
周囲の水分を一瞬で無くすほどの猛炎がエンデヴァーの身を包み、その炎は炭素をも飲み込んだ。相手を灰にするどころか、跡形も残さないレベルの火力。それをあっさり放ってしまえる彼の実力は、センシティから見てもやはり一流のそれだった。
しかしセンシティはそこで終わったと思ってはいない。彼に先ほど言った言葉は間違いでないとするならば――、
「フハハハハ! 何だこの炎、暖を取ってくれたのか!?
だが残念だが、むしろこれから暑くなる時期だぜぇ、今はよぉ!!」
――炭素は、ひりつく様な熱に動揺することもダメージを受けることもなく、全く気にもとめずに炎の中から出てきた。
その体は、黒く染まっていた。
燃えたのではない。まるで鉱物にでも変化してしまったように硬そうで、関節を動かすたびにギリギリと石が擦れ合うような音がする。
「……どういう事か説明しろ、センシティ」
「だから言ったじゃないですか……あいつの個性は『炭素結合』。
体内の炭素を結合させて、硬度をダイヤモンド以上に強化する。炭素は3652℃で昇華しますから、簡単な炎ではやられません。かといってそれ以上の熱を出されると、いくら廃屋であってもやめて欲しい所です。実際警察もそうおっしゃっていましたし」
「むぅ……仕方ないか、今回は引いてやろう。お前の専門分野なのは確かだしな」
エンデヴァーは本当に悔しそうな顔で、その炎を収め、一歩下がる。
――もし他のヒーローがこの場にいたのなら、顎が外れるほど驚くだろう。毛嫌いしているセンシティに敵を譲るという事もそうだが、仕事に貪欲な彼が他のヒーローに敵を譲るというこの行動そのものが、他の者からみれば異常な事に思えただろう。
勘違いされる事は多いのだが。エンデヴァーは確かにハングリー精神の強い男だ。常に1位を取ろうという気概の持ち主であり、ヴィランを自分の手で倒す事に誇りを持っている。しかし、だからと言って自分の専門外の事に口を出す事はない。
そう。
このような状況の中で、もっともスマートに仕事を終わらせる事ができる人間はセンシティしかいない。
毛嫌いしていながらも、彼女の事をそう認めているのだ。
「だから最初からそう言って……もう良いです。ここまでスピーディーに解決したのは、エンデヴァーさんのおかげなのは確かですしね。
これでようやく仕事も終わります。息子の寝顔くらい見れるかもしれませんし」
そう言いながら、センシティは炭素の前に立つ。
拳をゆっくりと握り込み、力を込める。
いつもと変わらない。意識を集中するまでもなく、何もする必要はない。
いつも通りの行動だ。
エンデヴァーが炎を扱うのと同じように。
他のヒーローが個性を使うのと同じように。
自分にとっては個性と同じくらい。いや、もしかしたら個性以上に、
「あぁ!? なんだセンシティ、まさか俺の体を殴る気か?
おいおい冗談だろ! さすがのお前もダイヤモンド以上に硬くなった俺に攻撃できるわけが、」
「――ごめん、ちょっとうるさいわ、あなた」
彼女が拳を振るった瞬間、
「動島流活殺術――〝震撃〟」
まるでその拳の周りの空間だけ、〝波打つ〟ように歪んだ。
「――はい、これで主犯含め30人、確認終わりました。報酬は査定後になりますので」
「はい、それで結構っす……あ、それとブッキング担当した人に言っておいて欲しいんすけど、今度からうちのセンシティとエンデヴァーさんをダブルブッキングするのはやめていただきたいんですけど」
「あぁ、すいません、緊急で新人が任されたのでこんな事になってしまって。
その新人には指導しますし、あとで署長からもお詫びのご連絡を差し上げますので」
「本当に勘弁してくださいよ、俺らサイドキック、心臓潰れそうになる程緊張するんすから」
戦いは呆気なく終了していた。そもそも、トップクラスのヒーローが2人も集まって雑魚狩りをしたような形になったのだ。本人達が良いか悪いかではなく、そうなってしまった。そんな状況で彼らヴィランが逃れられる術はなかった。
捕縛された者達は、半ば強引に護送車に乗せられていく。時間が経って多くの者が気絶から回復していたが、1人、炭素金剛だけは気絶したままだった。
絶望と苦しみに染まったまま顔は固まり、能力で硬質化されているはずの体には、所々に罅が入っている。その中心になっている場所は、拳の形に綺麗に凹んでいた。
「……本当に、化け物のような女だな、貴様は」
「……だから、女性にその言葉はどうなんですか。
やはり、相変わらずのクズですね、エンデヴァーさんは」
「フンッ」
エンデヴァーは小さく鼻を鳴らす。警察とサイドキックが集まっている場所から少し離れた所に、エンデヴァーとセンシティが立っていた。
(こいつ、相変わらず気に入らん……あいつと比べればまだマシだと思っていたが、それでもやはり気に入らない部分がある。それが何かは分からんが……)
頭の中に小さな苛立ちを募らせながらも、エンデヴァーは必死でそれを押さえ込んでいた。流石に嫌いな相手だからといって、警察の目の前で私闘を演じるのはヴィランのそれと対して変わらない。
どんなに他人からすれば傍若無人に見えるようなエンデヴァーであっても。
――しかし、だからと言って憎まれ口が治るわけではないのだが。
「まったく……まぁ良いです。私には子供が待ってますんで。引き渡しが終わったならさっさと帰らせていただきます」
くるっと背を向けるセンシティの背中に向かって、エンデヴァーは小さく呟く。
「はっ、子供などに拘っていて、よくヒーローが務まるものだ。
そこまで子供の傍にいたいのであれば、ヒーローなど辞めてしまえば良いものを」
――その言葉がはっきりと聞こえたのか、センシティは足を止める。
その言葉は、どうしても許せなかった。
くるっと振り返り、エンデヴァーの前に立つ。
「ふん、なんだ、言いたい事があるならばとっとと言えば良いだろう」
その反応に少し溜飲が下がったのか、エンデヴァーは余裕の笑みを浮かべる。
ヘルメットの所為で表情だけは伺い知れない。しかししばらくじっとエンデヴァーを見つめるようにしてから、ふふっ、と小さく笑いを零す。
「……エンデヴァー。貴方、子供に絶対嫌われますよ」
「――っ」
「あら、もうすでに手遅れだったみたいですね。子供相手にくらい、優しくしてあげたほうが良いですよ。
正義や勇気なんて、時代やなんかで変わっちゃうもんですけど――子供への愛ってのは、どんな時代だって変わらないものなんですから」
そう言って、彼女は再び自分が向かうべき方向に振り返り、歩み始める。
時間は日付が変わってすぐ。急いで事務所にヒーロースーツを返し、自宅に帰れば振武の顔が見れる。時間に余裕があるから、朝まで一緒に添い寝だって出来るかもしれない。
勿論、もうすでに自分は休暇だ。明日から自分の愛する息子と一緒に長い時間過ごせるのだ。その事実だけで、センシティ、いや、覚の疲れは一瞬で吹っ飛んでいく。
自分にとっての、正義の証。
息子の笑顔を見るために、センシティはヒーローを続ける。
誰がなんと言おうと、それがセンシティにとっての原動力だった。
戦闘シーン、三人称……久しぶりに書いてみると、どれも下手くそに見えて仕方がない感じです。
というわけで、お母さんの話でした! この作品、主人公以外のオリキャラはチートキャラが多くいる予定なんですが、たぶんその中でもお母さんは最たるもののような気もします。
感想、批評、どしどしお待ちしております! では、また次回。