plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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レポート・テストの地獄を抜け、久しぶりの更新です!!
もう学校の方はしのごの言っても取り返しがつきませんが、こっちは頑張ります(え

久しぶりで少しごちゃごちゃした書き方になりましたが、どうかお許しを。


では、本編をどうぞ。


episode4 信頼

 

 

 

 

 

 倒壊ゾーンでは、今も激しくも一方的な戦闘が続いていた。

 次々と、波状攻撃というその名の通り波のように押し寄せてくる敵を、切島鋭児郎と爆豪勝己は危なげなく倒していく。両者とも、焦りのようなものは見られない。当然だろう。チンピラ程度に倒される2人ではない。

 だが、思った以上にスムーズなその戦闘は、2人だけの力ではなし得ないものだった。

 

『奥カラ3人、異形型2、発動型(仮)1接近、30秒トカカラズ来マス。オ気ヲツケテ』

 

「うっせぇ! 何上から目線で命令してやがんだこのクソ使い魔オンナ!!」

 

「爆豪、味方に喧嘩売ってる暇あるならフォロー頼む!」

 

「クソ髮もだぞ!! てめぇらモブに言われなくても分かってんだよ!!」

 

 魔女子の冷静な声、爆豪の暴言、鋭児郎の諌める言葉。

 どれを取っても、これが苛烈な戦闘中とは思えないほどマイペースで、だがそんな中でも少しのブレもなく発揮される連携と戦闘能力は素晴らしいものだった。

 使い魔である九官鳥が情報を伝え、硬化の個性を持った鋭児郎が突っ込んでいき、溢れたり鋭児郎が対応出来ない敵を爆豪が細やかな動きで処理する。

 思った以上の連携。

 思った以上のクレバーさ。

 鋭児郎や魔女子の使い魔だけではなく、爆豪の動きは見事という他なかった。動揺する要素さえなければ、彼は本当に才能の塊なのだろうと納得出来る。

 

『アトモウ少シデ敵集団ハ壊滅シマス。本当ニ広場ニ向カウンデスネ?』

 

「ハッ、決まってんだろうが!! あのモヤゲートをぶっ殺すって俺が決めたんだからな!!

 第一、あれは奴らの出入り口で、こんな程度の奴らに他の連中がやられるとも思えねぇ。分かりきってんだろうが」

 

 近づいてきた敵の顔面を鷲掴みに容赦なく爆破して、爆豪は笑みを浮かべる。

 モヤゲート……ある意味で的を射ている表現だ。ワープゲートの個性を持っている敵に対して、爆豪は随分執着しているという事もあるのだろう。

 合理的な判断とは無縁と魔女子は思っていたのだが、中々の観察眼だ。強いて苦言を呈するのであれば、自分自身のデメリットを考慮していない点だろうか。だがそれもまた、ヒーローを目指す者にはある意味付き物なのだろうか。

 魔女子も、他人の事は言えないが。

 

「俺もそれに付き合うぜ! 本当は他の連中を助けようと思ってたんだけどな! 男らしいバクゴーの選択にのった!」

 

『……男ラシイカドウカハ、分カリマセンガ、了解シマシタ。コノ九官鳥ハコノママ貴方方ノさぽーとニ周リマス』

 

 爆豪の言葉に迎合する鋭児郎に、九官鳥でなければ溜息を吐いているだろう雰囲気で少し面倒そうに答える。

 魔女子としては他のメンバーを助けに行ってくれた方が良いように考えていたが、確かにこの状況で貴重な戦力がこちらに加わってくれるのは悪い話ではないはずだ。

 もっとも、先ほどから暴言を吐き続けている爆豪を、魔女子はどうにも気に入らないのだが。

 

「おいっ、使い魔女!」

 

 その可愛らしくない呼び名も、気に入らない理由の1つだが。

 

『……ナンデショウ爆豪サン。無駄口叩クノハ、後ニシテ欲シインデスガ』

 

「てめぇ……まぁ良い。

 それより、あいつらはどうしてんだ?」

 

『アイツラ? スイマセンガ、私ハソンナ中途半端ナ言葉デ貴方ノ真意ヲ理解出来ルホド、貴方ト仲ガ良イ訳デハアリマセン』

 

 敵をなぎ倒しながらも、爆豪はイライラしているのが目に見えて分かる。

 勿論、魔女子もわざとだ。苛立ちを感じてるのはお互い様なのだから、これ位の軽口は許してほしいものだ。鋭児郎もそれを察しているのだろう、小さな声で「容赦ねぇな塚井」と爆豪に聞こえない程度の声で呟いている。九官鳥には聞こえているのだが。

 

「チッ……あの凍らせる個性持ってる奴と、クソ吊り目、それにクソデクだ!! あいつらは今何してやがんだ!?」

 

『……現在轟クンハ敵カラ情報ヲ。動島クンハ尾白クント、次ニドウスルカ考エテイル最中デス。緑谷サンノぐるーぷハ現在作戦立案中ト言ッタトコロデス』

 

 九官鳥から放たれる冷静な言葉に、爆豪はさらに苛立ちを募らせる。

 焦凍と振武が自分達より早く敵を倒している事。

 デクという格下が泣き喚かず戦おうとしている事。

 何もかもが気に入らない。

 あの戦闘訓練から、絶対に1番になると決めたのだ。こんな所で他に後れをとるわけにはいかない。

 勿論、冷静な判断を損なう程ではないものの、彼の強力な自尊心は今も健在だった。

 

「おいクソ髪!! とっとと終わらせるぞ!!

 おいクソ鳥女!! とっととサポートしやがれこのクソが!!」

 

「へいへい了解!!」

 

『私ノアダ名ガ悪化シテイルヨウニ思エルノデスガ……良イデショウ、さぽーとシテ差シ上ゲマス』

 

 鋭児郎の快活な返事と、九官鳥のどこか呆れた言葉と同時に、爆豪は次にやってきた敵達と対峙した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……分かった、僕達はとりあえず、中央広場に向かおうと思う」

 

 水難ゾーンでは、真剣な表情でそう九官鳥に話したところだった。

 船の上で蛙吹、峰田の2人と飛ばされた出久は、九官鳥を通しているという事を差し引いても普段のオドオドした様子ではない。まるで人が変わったようだ、と魔女子は思った。

 

(戦闘訓練を見る限り、土壇場の勇気と知恵は凄いです。個性の出力には難がありますが……ここは、私が何か挟む事はないでしょうね)

 

 九官鳥を通してそう判断した魔女子は、さらに九官鳥を操る。

 

『ソウデスカ、分カリマシタ。貴方達ガ1番中央広場ニ近イデスカラネ』

 

「それはそうなんだけど……それ以上に、皆がいるからね」

 

 出久のその言葉に、今度は蛙吹が反応する。

 

「緑谷ちゃん、皆って、クラスメイトの事?」

 

「そうだよ、あす……ツ、ッユちゃん……かっちゃんと切島くん、轟くんや、動島くんや尾白くんも動けるこの状況だから。僕らだけなら不安だったけど、広場に集まるにしろ、他の人の救援をするにしろ、人数は多い方が良い」

 

 言葉にはしないが、出久の記憶している中でも上位陣が集まっているように思える。自分は戦闘訓練を殆ど生で見ることが出来なかったが、映像で判断するレベルであれば。

 天性の才能を持った幼馴染、爆豪。

 防御力が高いフォロー役、鋭児郎。

 強力な個性での拘束力を持つ、焦凍。

 個性のおかげもあり小回りが効く、尾白。

 そして、1番近接戦闘能力が高い、振武。

 このクラスの中でもかなり上位に食い込むメンバーが顔を揃えている。

 

「もしかしたら、相澤先生を助けられるかもしれない」

 

 拳を握りこむ出久を見て、九官鳥は少し黙り込む。

 ……本当にそうだろうか(・・・・・・・・・)と。

 確かに、現在考えうる上で最強に近い人間が集まってくるのは間違いないだろう。攻撃・防御・遊撃・拘束。ある意味要素は揃っている。

 だが問題があるとするならば、圧倒的な実戦経験不足。

 敵達の中核を担っている彼らがどれだけ戦い慣れているのか、魔女子にも分からない。ワープゲートの個性を持っている人間以外はまだ戦ってすらいないのだ。

 そんな中、どんなに強くても10代の子供達が、どれほど戦えるのだろう。

 

(……いえ、それをここで言っても仕方がありません)

 

 わざわざ士気を落とす必要はないのだ。

 九官鳥では戦闘が出来ないが、サポートや陽動なら出来る。何かあれば使い魔を身代わりにすれば良いのだ。

 

『……デアレバ、マズココヲ乗リ切ル事ガ先決デス。

 ザット周囲ヲ見渡シマシタガ、水ヲ操ル個性ヲ持ッテイル人間ガ10名以上。対シテ此方ハ、カエルノ個性、クッツクぼーる状のモノヲ生ミ出ス個性、出力ガ高過ギル増強型、ソシテ飛ンデオ喋リシテ、アト可愛イダケノ使イ魔』

 

「可愛いって、自分で言うのね」

 

 思った事を何でも言ってしまうと自分で言っていた蛙吹は、自称の通りそのままツッコミを入れるが、今回ばかりはリアクションを返さない。あくまでタスクを増やしたくないだけだ。

 

『サテ、緑谷サン。貴方ノ考エヲオ聞カセ願エマスカ?』

 

 そうして、水難ゾーンを脱出する為の計画に入った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ……最も混沌とした戦場である山岳ゾーンは、混戦状態に突入していた。

 山岳ゾーンに飛ばされた生徒の1人、上鳴電気は、

 

「うぅわ!!!」

 

 異形型の敵が振るった拳を、当たるギリギリのラインで避けていた。

 個性〝帯電〟を持っている彼は傍目から見れば実に頼り甲斐がある人物なのだが、それはあくまで個性だけを見るならば、だ。実際この山岳ゾーンの中では1番冷静さを欠き、今のところ役に立っている様子は見受けられない。

 むしろ一緒に飛ばされてきた百、そして耳郎の方がよく戦っているように見える。

 

『……ココニハ、敵ノ数云々ダケデハナイ危険要素ガアリマシタネ。

 八百万サン、後ロカラキマス!』

 

 九官鳥の励ますような声に、百が素早く反応し、手に持った武器を薙ぎ払うように振るう。

 作り出した武器は、槍。銃火器などの方が攻撃力が高いが、このような乱戦状態では取り扱いに注意が必要だ。味方である耳郎や上鳴を撃ってしまう事もない、大人数でどんな個性を持っているか分からない敵を相手にするのであれば、長柄武器の方が良い。

 勿論、慣れていない人間が使えば味方にも当たってしまうが、百は世間でもお嬢様と言われる部類。特に幼少期に誘拐されてから、護身にと幾つかの武術を習い事の範疇で行っていた。

 

「ちょっ、魔女子ちゃん酷くね!? ほら、俺放電するだけで、皆巻き添えにしちゃうからこんななのであって、そんなに弱くないからね!?」

 

『しゃらっぷ! ソノヨウナ個性ナノデアレバ最初カラ指向性ノ補助クライ加エテクダサイ。通信手段モ使エナイ今ノ状況では、オ荷物ニシカナッテイマセンヨ! すたんがんヤッテテクダサイ!!』

 

「塚井さん、結構辛辣だね……まぁ、私も同意見だけ、どっ!!」

 

 泣き言を言う(本当に少し泣きそうな)上鳴に、九官鳥の使い魔は少し苛つくように叱咤する。

 その言葉には、百も大いに同感であり、近くで足についた大きなスピーカーから衝撃波に近い爆音を敵に放った耳郎も大きく頷いて追い打ちをかける。

 

(まさかこんな場所に通される事になるとは思いませんでしたわ……)

 

 不安と焦りの影響か、嫌な汗が頬を伝う。

 ――雄英高校に入るまで。自分は優秀だと、百は思っていた。

 強力な〝創造〟の個性。それを活用する為の知識力。個性を抜きにした身体能力も、個性の為に得た知識以上に勉強も、誰にも負けた事はない。

 だが雄英に入って思い知らされた。

 自分が井の中の蛙だったという事を。それは誰もが思っている事なのだろう。不出来な者も……強い力を持っている者も。自分からすれば遥か彼方を歩んでいるように見える振武も、戦闘訓練では年相応な悔しがり方をしていたくらいだ。

 百は、まだまだ未熟だ。今の状況で焦っている自分に、余計に苛立つ。

 

「八百万、そっち一気に片付ける!」

 

「っ、了解ですわ!!」

 

 耳郎の言葉に、返事をしながら避けると、見えない衝撃が横を通過していき、あっという間に敵を昏倒させる。

 個性〝イヤホンジャック〟。

 ヘッドフォンのジャックのようになっている耳たぶを差し込めば、自分の心音を何倍にも増幅することができる個性。聞く事にも強い彼女の個性は、攻撃にも強い。

 対して上鳴の個性も決して弱いわけではない。だがこの状況では有効に使う事が出来ないというだけの話だ。

 

(……方法は、ある)

 

 時間はかかるが、一気に敵を殲滅する事が可能な作戦は、百の頭の中で出来上がっている。すでにその為の準備も、百の体内で始まっている。

 油断も慢心ももうしない。ここでは戦闘訓練の時のような失敗は許されないのだから。

 

「――塚井さん。先ほどと状況は変わりましたか?」

 

 肘から作り出した網を飛ばして、何人かを無効化しながら問うと、九官鳥は百の肩に飛び移ってから答える。

 

『水難ぞーんハ行動ヲ開始。倒壊ぞーんハ戦闘ヲ終エソウデス。土砂、火災、共ニマダ移動シテイマセン』

 

「……そうですの」

 

 九官鳥の冷静な言葉を、百は頭の中で反芻する。

 振武は恐らく迷っているのだろう。自分がいる山岳ゾーンも暴風・大雨ゾーンも凌いではいるが、他人から見ればいつ負けてもおかしくない状況だ。もし百の立場だったならば、このどちらかに行くと思う。

 だが、振武は、

 

(あの方は……1番危ない橋を渡ろうとする人ですわ)

 

 自分を助けた時だって、本当はとても危険な行動をしていたはずだ。百を助けるために無茶をしたはずだ。

 戦闘訓練の時も。勿論それがある意味合理的な判断だったとしても、1番捕まる可能性があるのは振武だった。

 まだ再会して時間は経ってないが、無茶をする人なのだ。1番自分が危険でも、彼はそれが最善の答え、誰かを救う結果を手に入れられるならば、躊躇なく飛び込んでいく。

 今の自分では、どこも危険そうに見える。だが事が戦場ともなれば、きっと魔女子も振武も違う考えがあるのだろう。戦況や戦術という意味では魔女子が、戦闘という分野においての実感は振武の方が分がある。

 自分には見えていないものが、見えている可能性がある。

 ……悔しくないと言えば嘘だが、今の自分ではどうしようもない事は分かっているし、ここで拗ねる程子供ではない。

 だが、百にも矜持がある。

 

「魔女子さん、……伝えていただけますか?『こちらは心配無用です』、と」

 

 その言葉に、戦いながらも驚く耳郎と、「ちょっ、いや助けてもらおうぜうワァオ!?」と敵から必死に逃げながら叫ぶ上鳴がいた。

 

『良イノデスカ? ココハ、他ノ場所ヨリ人数ガイマス。増援ガ必要ト判断出来マスガ』

 

「まぁ、確かに傍目から見ればそうですわね……けど、大丈夫ですわ」

 

 上鳴、耳郎、そして百。不揃いではあるものの、作戦をいう絵を組み立てるという意味では、ピースは十分揃っている。確かに人数は多いが、しかし振武に〝助けて〟貰うほどではない。そこまで切迫しているとは思えない。

 

「……私、対等になりたいんですの。轟さんとも、魔女子さんとも、……振武さんとも。

 私、色んな点で貴方方に負けてますし、そりゃあ情けない面もあります。今も足が震えています。けど、」

 

 そこで言葉を止め、襲いかかってくる巨体の敵を避け、その横っ腹に力強い蹴りを入れる。

 

「これくらいのピンチ、どうにでも出来るんですの」

 

 別に百の意地だけでこんな事を言っている訳ではない。先程言った通り作戦はあるし、勝算もある。絶対という言葉は実戦では使えないのだろうが、それでも成功率は高いだろう。向こうの個性を知らない代わりに、向こうもこちらの個性の本質を知らないのだから。

 勝てる。

 だからこそ、

 

 

 

「舐めないでください。貴方方に、「助けてください」なんて甘い事、私言いませんから」

 

 

 

 同じクラスメイト。

 同じくヒーローを目指す者。

 だからこそ、ここで誰かの手を借りるほど自分は、落ちぶれてなんていない。はっきりとここで宣言し、自分自身も鼓舞する。

 

『……分カリマシタ。デアレバ、私ハ貴女達ヲ補佐シマス。

「友人トシテ」、ソレクライナラバ、嫌デハナイデショウ?』

 

 魔女子の感情が素直に現れる九官鳥の言葉は、どこか嬉しそうに、そして悪戯っぽさが混じっている。その言葉に、百も笑顔を作る。

 

「えぇ、当然ですわ。折角空から監視してくださる方がいらっしゃるんですもの、使わない手はありません。「友人として」お願いしますわ

 

 そう言いながら、ブンッと槍を振るう。

 

「……という事ですの、すいません、耳郎さん、上鳴さん。勝手に決めてしまいました」

 

 百が申し訳なさそうに言うと、ちょうど背中合わせに立っている耳郎は苦笑いを浮かべる。

 

「八百万がそんな熱い奴だとは思わなかったけど……ロックじゃん、私は止めない。八百万、結構頭良さそうだし、何か考えがあるんでしょ」

 

 負けはしたものの、戦闘訓練時も悪い動きではなく、今もこうして率先してくれている百の言葉を、耳郎も信じると決めたのだろう。その表情は少し落ち着きのないものだったが、覚悟を決めたように眼光は鋭い。

 対する上鳴は、

 

「いやいや、どう考えてもヤバいっしょ! 強い奴に任せちゃった方が無難『しゃらっぷデス、上鳴サン』なんか本当に扱い酷くない魔女子ちゃん!?」

 

 弱音を強制終了させられている。

 しかし、今自分が考えている作戦には、上鳴が必要不可欠だ。性格に多少難有りでも、百にとっては居てくれて嬉しい存在だと言っていいだろう。

 

「……さぁ、お二方、始めますわよ!!」

 

 そう言って、先ほどからずっと準備していた物を生み出した。

 

 

 

(――ここはお任せください、振武さん!!)

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 土砂ゾーンには、一種の現代アートのような光景が広がっていた。

 敵達が悠然と立っている姿をそのまま凍りつかされ、まるで冷蔵庫の中に放り込まれたような冷気が漂っている。そしてその中に立つ少年というのが、またさらにその現実味のなさを感じさせた。

 

『……容赦、アリマセンネ』

 

「わざわざこんな所に来てガキ相手に負けるような奴らだ。容赦なんて必要ねぇだろ?」

 

『ソレハ否定シマセンガ』

 

 凍りついている敵の肩に悠然ととまった九官鳥と話している事が、なお一層その不可思議な光景をより不可思議にさせた。

 

「……で、こいつらの言葉に動揺していなかったって事は、お前も何となく分かってた事なんだろ? こいつらがある程度の確証を持ってこの騒動を起こしてるってのは」

 

 焦凍の言葉に、魔女子の分身のような存在である九官鳥は答えに困る。

 ――情報は集まりつつある。勿論敵の正体は分からないが、先ほどまで行っていた焦凍の脅しで情報を手に入れ九官鳥の向こう側にいる魔女子が最初に思った事は「でしょうね」という納得だった。

 彼らは、確実にオールマイトを殺せると考えている。明確な手段として平和の象徴を捩伏せる力を保有しているからこそくる自信。そういうものがない限り、生徒を軽視している甘い敵とはいえ動かないだろう。

 それを持っているのがワープゲートの男なのか、手をたくさん付けた敵なのか、脳が露出した異形の巨漢なのか、あるいは……その3人ともなのか。

 とにかく、あの3人がキーマンである事は魔女子は元より、この九官鳥と話している焦凍も、火災ゾーンで同じく話をしている振武にも想像出来ている部分だろう。

 

『……デ、轟クンハドウスルンデスカ?』

 

「そんな分かり切った事を聞く必要性があるか?」

 

 九官鳥の方を見ようともせず、焦凍は出口に向かって歩き始めた。

 歩みに迷いはない。選択に困惑を見せた振武とは、大きく異なるだろう点だ。

 

『中央広場ハマダ戦闘中。相澤先生は、ジリジリト追イ込マレツツアリマス。行クナラオ急ギヲ』

 

「あぁ、分かってる……なぁ、塚井。一応聞いておく。

 他はどうしてる?」

 

 焦凍の言葉に、魔女子は溜め息を吐きたい気持ちに駆られる。もっとも九官鳥では吐けないのだが。素直じゃない、とは何度となく思った事だが、ここでもそんなに言いたくないのだろうか、と思ったからだ。

 彼が気にしているのは、振武だ。

 それ以外に焦凍が気にする相手といえば、自分で考える事も何だが魔女子自身しかいないし、自分の安全は今こうやって話している時点で保障されているようなものだ。

 

『……振武サンガ、気ニナリマスカ?』

 

「――おい、誰がアイツの話をしてるって言うんだ」

 

 貴方ですよ、貴方。

 とは口が裂けても言えない。言えば味方だろうと凍り付かせる程の怒気を放っている相手に言えるほど、魔女子も怖いもの知らずではないのだ。

 九官鳥が何も言わないと分かると、焦凍は小さく溜息を吐いて歩き続ける。

 

「どうせアイツの事だ。またぞろ1番厄介な所に突っ込んでいくんだろう。

 アイツの考えは気に入らないが、どうせそうなるって分かってるんだ、行動はしやすい」

 

 焦凍の言葉には、一切迷いがなかった。

 嫌っている人間に対する言葉というより、信頼している仲間に向ける言葉そのものだった。本人も気付いていない様子だが、それでも魔女子には不思議だった。

 嫌っている、だけど信頼する。

 自分の敵であり、同時に自分の仲間である。

 相反する言葉、相反する感情、相反する立場。それが同居しているというのは、不思議で、素直じゃなくて、でも興味深く、

 

 

 

(――振武さんが、羨ましい)

 

 

 

『……デハ、先導シマス。内部構造ハ把握シテイマスノデ、ゴ安心クダサイ』

 

 マルチタスクで分割されている自己ではない、しかし心の中にいる本当の自分が漏らした言葉を無視し、魔女子は九官鳥を制御して、焦凍を先行するように飛び始め、焦凍は何の躊躇いもなくその後ろを追う。

 これもまた信頼の形なのだが、余裕がない魔女子も、目の前の事に集中している焦凍も気付かない。それに気付くのは、まだ先の話だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「俺は、」

 

 どうすれば良い?

 何が最高で、何が最善か。何を選べば良いか、未だに振武の中で答えは出ない。

 ――いや、嘘だ。答えは出ている。だがそれを本当に言っても良いのか、本当にそれを行って良いのか分からないだけだ。

 

(もっと良い答えがあるんじゃないか? 〝これ〟は俺のワガママじゃないのか?)

 

 いつも、危険に首を突っ込んで、皆に心配をかけている。しかも、今の状況は少し判断ミスするだけで誰かが、自分が死ぬ。その可能性は十分にある。

 そんな中出てきたこの答えは、果たして正しいのか。

 だが時間はない。一瞬で勝敗が決まるという事は実戦では当たり前。一瞬の隙が命を左右する。振一郎との特訓で何度も経験した。

 だから、自分は、

 

「なぁ、考えてるところ、申し訳ないんだけど、良いかな?」

 

 冷静な尾白の声で、思考の迷路から抜け出し、視界は現実に返ってくる。

 尾白は、真剣な表情を作っている。戦闘中も、今も、恐怖や不安、動揺を感じていない筈がないのに、それを感じさせない程力強い。

 

『ソウデスネ、尾白クンノ意見ガアルデショウカラ。ドウゾ』

 

「あ、いや、意見っていうか、提案なんだけど……。

 なぁ、動島、塚井さん。2人の意見を合わせると、1番ヤバいのが中央広場。次点で山岳ゾーンと、暴風・大雨ゾーンなんだよな?」

 

 その言葉に、振武と九官鳥は同時に首肯する。それを見て、尾白も小さく、だが確認するように何度も頷いた。

 

「うんうん……だとすればさ、俺の実力じゃ、多分足手まといになるんだよ、中央広場に行くと」

 

「ハァ!? いや、尾白だって強いじゃないか!?」

 

 尾白の告白に、振武は動揺して声を荒げた。

 振武ほどではないにしろ、尾白だって十分戦えていた。それは第三者としてみても明らかだし、尾白がいなければここまで上手く事は運ばなかっただろう。尾白が足手まといなどと、振武は全く考えていなかった。

 しかし尾白は、苦笑を浮かべながら首を横に振る。

 

「いや、動島。少なくとも俺は、今の段階で一線級ってわけじゃないだろう? そりゃあ自分の力に自信はあるけど、冷静に考えて、爆豪や轟、塚井さんや動島には、一歩も二歩も劣っている。

 それに俺には、〝覚悟〟が足りない」

 

 もし広場に行って足が竦んだら?

 もし広場で皆の邪魔をしてしまったら?

 もし自分の所為で誰かが、自分自身が命を落としたら?

 そんな事を尾白自身が考えていた。いや、考えて〝しまった〟。そんな人間が、本当に命が懸かっている場所に足を踏み入れてはいけない。そう判断したのだろう。

 

「じゃあ、2人で他の場所に行こう。1番近い山岳に、」

 

「動島。俺はそれも、良くないと思ってる」

 

 動揺しながらも紡がれる振武の言葉を、尾白ははっきりと否定する。

 

「動島は、多分クラスで上位に入る強さだ。いや、下手をすれば今の段階じゃ1位にもなるんじゃないかな? 1番助けが求められるような場所でこそ、お前は動くべきなんだと思う」

 

 危険な場所に追いやっているようにも聞こえるその言葉は、しかし同時に信頼の証だった。

 動島なら、きっと多少の困難は払いのけてしまえる。そんな、自分の考えに自信のようなものをもっているのだろう。

 そんな人間が加われば、相澤もきっと心強いはずだ。

 だから、と尾白の言葉が続く。

 

 

 

「お前は中央広場に行ってくれ。俺と塚井さん…の、使い魔で、八百万達か、常闇達のところに行く」

 

 

 

「――そ、それこそ下策じゃねぇか!!」

 

 一瞬言葉に詰まりながらも、声を荒げて否定する。

 敵がどこに、何人いるか分からない状況で単独での行動は危険すぎる。いくら魔女子の使い魔がサポートしてくれるとは言え、ありえない。

 しかも1人で集団に襲われれば対処出来ない可能性だってあるのだ。

 そんな状況で分散するなど論外――、

 

「なぁ、動島。確かに俺はお前より弱いけど、お前が思ってる以上に強いよ。それは分かっているだろう?」

 

 疑問系ではあるが、断定された言葉が尾白から放たれる。

 その言葉は、まるで矢のように振武の図星を的確に射抜いた。

 誰も見くびっている訳じゃない。しかも自分が最強、などと烏滸がましい。

 だがそれでも、確かに振武は、尾白を〝心配〟していた。自分がフォローしないと、とも思っていた。心の深い部分で、振武は尾白を過小評価していた。

 振武が絶句している姿を見て、尾白はいっそ清々しく破顔する。

 

「アハハッ、別に気にしちゃいないよ。確かに動島に比べれば、俺は頼りないしね。

 でも、これだけは分かって欲しい。今さっきまで一緒に戦ったからこそ」

 

 尾白の拳が、ゆっくりと振武の胸を打つ。

 手は震えていたが、まるで熱を持っているかのように熱く、揺るぎの無さを感じる。

 

 

 

「頼ってくれ、動島。俺はちゃんと、1人でも戦える」

 

 

 

 真っ直ぐな目と、真っ直ぐな言葉は、振武の動揺を解きほぐすには十分だった。

 

「……悪いな、尾白」

 

「良いよ、言っただろう? 俺は別に気にしちゃいない」

 

 不安が消えたのか、2人はリラックスした笑みを浮かべる。

 

『……オ二人共、ココデ朗報デス。

 山岳ぞーんニイル八百万サンカラ伝言デス。『コチラハ心配無用デス』ダソウデス』

 

 2人の言葉を見守っていた九官鳥の言葉に、尾白は大きく頷く。

 

「分かった。なら、俺は暴風・大雨ゾーンに行くよ。案内とフォロー役として、塚井さんの使い魔を借りる。良いな、動島、塚井さんも」

 

 振武は、はっきりと大きく頷いた。

 

「あぁ、俺は案内図が頭に入っているし、多少の敵なら突破できる。塚井、尾白のフォロー頼む」

 

『承知シマシタ……デ? 結局、動島サンハドチラニ?』

 

 九官鳥の言葉を聞きながら、振武はゆっくりと身体をほぐす。

 先程までの戦闘のおかげか、体は十分温まっている。これならば最高速度で移動出来るだろう。誰よりも先に目的地に到着出来る。

 グッと拳を握りこみながら、振武は魔女子に伝える。

 

 

 

「中央広場に行って、1番ヤバい奴を、ぶん殴る!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




振武くん、他人頼るの下手くそです。
そして危険な場所に進んでいくあたり、これは根っこなので中々変わらないかもしれませんね。
次回は、いよいよ脳無や死柄木との対決……に、なるのかな? 書いてみて分量次第ですかね。



次回! 相澤先生がニヒルに笑うぞ! そこそこ時間かかるからポカリ飲んで待て!!


評価・感想、お待ちしております。

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