plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode6 絶対に

 

 

 

 ――振武が脳無を吹き飛ばせた理由は、至極単純だ。

 自分の力(````)は一切使わず、それ故に脳無の〝ショック吸収〟の効果は発揮しなかったからだ。

 脳無はあの時、相澤に攻撃しようとして力を入れていた。その脳無の足を引っ掛け、腕に篭っていた力を少し誘導しただけ。

 動島流柔術の初歩の初歩。

 技としては名前がないし、自分の力はほぼ使っていないから体力も減ってはいない。棒でも出来る事だが、本気の戦闘で棒術をメインにするのは少々心配だと仕舞ったのが、逆に上手くいった理由だろう。

 何度も何度も練習した事が、実った形になった。

 しかし、

 

「あんなに吹っ飛ばすつもり無かったんだけどなぁ……」

 

 壁に突き刺さっていった脳無に、焦りを顔に浮かべる。

 この技は(というより、動島流柔術は)殆ど相手の力で投げられている。よってその威力も相手の力に影響を受けてしまう。

 小さい力ならば小さい威力にしかならず。

 大きな力ならば大きな威力になる。

 勿論、それでは技として意味がない。小さい力相手にも活用できる補助技もあるのだが、今回は相澤への攻撃を止めるという目的だけで、攻撃力は度外視。

 ただ距離を空けるだけで良い。

 そう思っていたのが、このような結果になったという事は、相手の力が相当高いという事だ。

 

(最初の一撃にそれって……うわぁ、本当に厄介な相手なんだな)

 

 強力な身体能力を持っている脳無相手に、今から自分は戦うのだ。

 ……勝てるかな?

 思わずそんな弱い自分が囁くが、無視するように相澤に近づく。

 

「先生、怪我大丈夫……ですかって聞こうと思いましたけど、大丈夫そうじゃないですね」

 

 肘を見てみれば、皮膚が剥け筋繊維がはっきりと見えている。少し骨も覗いている位だ、痛みは相当なはずだ。

 

「っ、そんな悠長な事を言っている場合かっ! お前はさっさと出入り口付近に走れ! ここは俺が、」

 

「嫌です」

 

 肩で息をしながら必死で叫ぶ相澤の言葉を、振武は最後まで聞こうとはしなかった。

 ここで先生を置いて、出入り口に向かう? ありえない。

 ここまで来たからというのもあるが、形勢はどう見たってこっちが不利。勿論出入り口付近も危ない場所だが、あそこはあそこで何人かが行っている。

 

(焦凍とか、なんだかんだ塚井を気にしているし、爆豪もあのモヤゲートぶっ倒すって息巻いているみたいだったからな……ここに今の時点でいないって事は、そっちのフォローに回ったんだろう)

 

 あの2人ならば、もしかしたらあの黒い霧の奴を倒してこっちに合流出来るかもしれない。そんな可能性さえ、振武には浮かんでいる位だ。

 その振武の表情を見て、相澤はチッと思わず舌打ちする。

 

「そんな所まで母親似か……だが、どんなに言っても俺はお前を逃すよう動く。お前は生徒で、俺は教師だ。守る対象に守られるなんて合理的じゃないだろう」

 

 肘からは変わらず血が滲むようにじわじわと出ているが、それでも相澤は何でもない風に装う。

 生徒の前で自分自身が弱気な態度を取れば、生徒は敏感にその不安を感じ取る。それが分かっているからこそ、意地を張り続けなければいけない。

 それは、振武にも分かる。

 自分が邪魔をしているのかもしれない、とも思う。

 けど、ここでは引けない。

 

「先生、それを言うなら俺だけじゃなく、ここにいる全員に、言った方が良いと思いますけどね」

 

 苦笑を浮かべ、周囲を見渡す。

 ここにいるのは、振武だけではない。

 

「どりゃ!!!」

 

「グフォ!!」

 

 怒号とともに、鉄のように硬い拳が敵の腹部に突き刺さる。

 切島の動きは、試験や戦闘訓練で見た通り危なさを感じさせない安定した戦い方で、敵達に正面から戦いを挑んでいた。

 勿論、それだけではない。

 

「蛙吹さん、峰田くん、お願い!!」

 

「任せて、緑谷ちゃん!」

 

「あぁ、もう、終わったと思ったらまた危ないじゃねぇか!!!」

 

 緑谷の指示のもと、蛙吹と峰田が切島のフォローに回る。

 当然の役回りだ。緑谷は個性の制御が出来ないのもあるが、洞察力や動きの把握は魔女子と同じくらい冴えている。

 蛙吹はその柔らかい体と跳躍力を生かして、突っ込んでいった切島をサポートするように縦横無尽に動き回り、敵達をけん制し、倒せる者を余裕を持って倒している。

 対する峰田は……情けなく見えるほど半泣きだが、あの個性で一部の敵の動きを見事に封じている。

 ……皆が、一緒に戦ってくれている。

 だからこそ、振武は恐怖心を消す事が出来ているのだ。

 

「……お前ら、」

 

 相澤の表情は、怒りや焦りというより、もはや呆れに近いものに変わっていた。

 こんな人数で押しかけてきたら、もうどうしようもないだろう。まぁ退却しようと思えば出来るだろうが、この生徒達を納得させるように出来る時間などありはしない。

 ここは戦場のど真ん中なのだから。

 

「という訳で先生、フォローさせてください。

 俺、先生には聞きたいこと、一杯あるんで」

 

 突き刺さった壁から抜け出し、こちらにその眼光を向けてくる脳無に対して構えを取る。

 逃げる気はありませんよ。そう相澤に意思表示するように。

 

「……無茶はするな。下手をすれば死ぬんだ、最悪の状況になったら、必ず逃げろ。

 というか本来なら、お前も他の雑魚を相手してて欲しいんだがな。いくら強くてもお前じゃ無謀だ」

 

 片腕であの布を操りながら、相澤は反対側にいる死柄木に向き直る。

 丁度背中合わせ。

 お互いの背中を守り合うように。

 

「それは無理でしょう。こんな状況では、素直に離脱させて貰えると思いません。

 それに俺、」

 

 四肢の振動数をゆっくりと上げる。

 頭は冴えている。

 体は動く。

 恐怖心と不安は必死で押し殺す。

 相手はちょっと強そうだが、それでも対峙できないほどじゃない。

 

 

 

「無理とか、無茶とか、無謀とか聞いちゃうと、逆に燃えるんすよね」

 

 

 

 ――戦いを、始めよう。

 

 

 

 

 

 

「動島、お前は俺のフォローに「固い事言うなよ、せんせー」なにっ!?」

 

 相澤は振武を庇おうとするが、影を縫うように動いた死柄木に邪魔される。

 その顔には、愉悦の表情が変わらず浮かんでいる。

 

「折角生徒が勇気出すんだ、応援するのがせんせーの仕事だろう?

 

 

 

 ――その生徒を殺せ、脳無!!!」

 

 

 

 先ほどまでただ立ち尽くすだけだった脳無が、死柄木の言葉で一瞬で攻勢に出る。

 弾丸。

 そう形容しても良い速さ。

 だが、

 

「……瞬刹っ」

 

 それを見ている振武もまた同じく、瞬間移動でもするかのように素早く、突進するようにこちらに殴り込んできた脳無を避ける。

 拳に力を込めると同時に、使い慣れた個性が振動と熱を発揮する。

 狙うは脇腹。

 

「震振撃――八極!!!」

 

 大きな熱量と衝撃が、振武の拳から一気に放たれる。

 震振撃・八極。

 ヒーロースーツを使わなくても、デメリットなく使用出来る技は、ヒーロースーツを着ればその熱すらも攻撃に転換出来る。

 十六夜に比べて当然威力は落ちるが、それでも攻撃力は高い。

 普通の人間には直接震えない技だ。

 だが、

 

「――――――っ!!!」

 

 脳無は一瞬だけビクッと動きを止めただけで、すぐに行動を再開する。

 

「っ、マジかよ!!」

 

 迫り来る相手の手を掻い潜り、何とか間合いを作る。

 だが、今の目の前で起きた現実は覆せない。

 

(なんだ、震振撃が効かない? 確かに攻撃はアイツに当たっているのに、〝当たった感触すらしない〟ってのはどういう事だ)

 

 今までの戦いの中で感じた事のない感覚に、心の中で不安が強くなる。

 何かしらの個性で威力が無効化されているのか……だとすれば、物理攻撃は確実に効果がない。

 しかも、熱でもって表面を焼いているはずの皮膚は、まるで早戻しでもしているかのように治癒が進んでいく。

 自身を回復させる個性。

 中学校の時に出会った敵達と、同じ。

 

「ぐっ!!」

 

 こちらの気を知ってかしらずか、脳無は間断なく攻撃を仕掛けてくる。

 拳と掴み。

 こちらから見れば、余りにも芸がない、本当にただ力だけで振るわれるそれ。だがその力というのが驚異的だった。

 体は完璧に避けているはずなのに、風圧でこちらの体勢を崩される。ただ拳が衝突しただけのはずなのに、地面にクレーターが生まれ、街灯は飴細工のようにあっさりと折られる。

 まるでコミックスに登場する怪物のような力とスピード。

 ……しかしそれは、昔テレビで見たオールマイトの戦い。それを彷彿とさせるような怪力と速さだった。

 

「チッ、本当に勢いがある、なっ!!!」

 

 脳無の拳が振武の横を通り過ぎる勢いに身を任せ、一気に懐に入る。

 自身の拳は通用しない。ならば、自分の力を使わなければ良い。

 力はいらない。膨大な威力を持っている拳を、体とほんの少しズレさせる。

 それだけで、

 

 ゴキュッ!!!

 

 鈍い音が、中央広場全体に低く鳴る。

 

『………………?』

 

 その音に全く反応せずに拳を放とうとする脳無は、なぜか力が入らない自分の腕に疑問を抱いているのか、ダラリと垂れ下がる腕を見つめる。

 関節外し。

 脳無の攻撃力をそのまま、破壊能力に転換する。

 関節を外すならば、自然治癒でどうにか出来る訳がない。

 これならば、そう思った。

 

 

 

 ガコッ!!!

 

 

 

 だがそれは、再び鳴り響いた鈍い音に否定される。

 

「……なんの躊躇もなしかよ」

 

 自ら入れた腕を確認するように振るう脳無の姿を見て、絶望にも似た感情が振武の中に広がる。

 ……関節を入れるなんていう行為は、常人では出来ない。修羅場を潜り抜けた人間でさえ躊躇する、下手をすれば腕が動かなくなる事だってあるからというだけでは無い。相当な痛みを伴うからだ。

 昔祖父に嵌められた時は、あまりの痛みに気絶した。

 それを、何の躊躇もなく、痛みを感じる様子もなく行う。

 

「っ――そうか、コイツが切り札……」

 

 物理攻撃が通用しない個性。

 強力な回復能力を持つ個性。

 オールマイト並みのパワーとスピード。

 躊躇も痛みも、何も恐れず何も感じない。

 ――これが、敵達の確固たる自信。

 

 

 

「対平和の象徴、改人『脳無』……喜べよ、ヒーローの卵。お前がそれに倒されるなんて、ラッキーなんだぜ」

 

 

 

 相澤と戦っているはずなのに、死柄木の声が妙に耳元近くで感じる。

 対平和の象徴。

 対オールマイト。

 目の前で対峙している敵は、この国で最も強いヒーローを殺す為だけに生み出された、怪物だという事だ。

 

「はっ……道理で、強いわけだよ」

 

 本能的に脳無から間合いを取ると、噴き出すように流れる冷や汗を拭う。

 相手――脳無の強さに怖がっているわけでは無い。強さという意味では、祖父だって強い。そういう問題じゃ無い。

 

 

 

 本当に怖いのは、脳無と呼ばれる改人から、何の意思も、殺気も感じない事だ。

 

 

 

 人を殺すという事は、人を傷つけるという事は、どんな形であれ人に影響を与え、人に意思を持たせる。どんなに達人であっても、不安、怒り、恐怖心がある。

 それらの感情を達人は覇気や殺気に変換し、相手に叩きつけ、威圧として使う。

 今まで戦ってきた相手、手合わせをした人間。弱い人間であれ強い人間であれ、その中のどんな人間にも、なんの意思も感情も出さずに戦える人間などいなかった。

 動揺も怒りもしない、ただ冷静に、ただ無感情に目の前のものを破壊するだけの存在。手加減する分、入試の0ポイント仮想敵の方がまだマシだ。

 怖い。

 膝がガクガク笑う。

 これが、本物の無感動の狂気。

 ただ人を破壊しようとする、いやそんな気持ちすらない敵。

 しかもそんな存在が、自分より格上の存在――

 

 

 

「――ははっ、良いじゃん。負けらんねぇなぁ!!!」

 

 

 

 それでも必死で笑みを作る。

 こんな所で笑み1つ浮かべられない自分だったら、そもそもヒーローなんて目指せない。

 こんな事で退くような自分であったならば、そもそも雄英になど入っていない。

 こんな所で怖がっていたら……今まで泣いて、強くなりたいと思った自分に、申し訳ない。

 腰のポシェットから、装備の1つを取り出す。

 同じ方の2本のナイフ……いや、これはナイフというよりも、小振の(マチェット)という方が相応しいほど長く頑丈なものだ。

 短刀術や剣術をしよう出来るように長さを調整されているそれは、籠手や棒と同じ金属で生み出されたもの。当然それも、振動と熱に強い。

 殴るのがダメなら、斬るのならばどうか。

 ほんの子供の浅知恵で、必死に戦おうとして出した答えだ。

 

「来いよ、木偶の坊っ。律儀に待ってんじゃねぇよっ」

 

 鳴りそうになる歯を必死で押さえつけながら、脳無に言い放つ。

 それに威嚇するように、感情が無いはずの脳無は、

 

『――――■■■■■■■■■!!!』

 

 

 

 

 獣の様な咆哮を上げた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「おい、緑谷、そっちは!?」

 

「うん、全員倒したよ!!」

 

 周囲の雑魚と評しても問題ないレベルの敵達を、鋭児郎、出久、蛙吹、峰田の4人は倒しきっていた。

 プロヒーロー達を牽制する為に集められたメインの部隊だったが、そもそも路地裏に屯していたようなチンピラを纏めただけの集団だ。いくら出久が怪我と出力の問題で戦えず実質的に3人で戦っていたとしても、それほど大きな支障は出ない。

 それよりも、

 

「にしても、どうするアレ……ツッコミてぇが、明らかに邪魔になるぞ」

 

 鋭児郎がそう言いながら見ている方向を、出久も固唾を飲んで見る。

 自分達を守る為に、死柄木と戦っている相澤。

 そして、その先生を助ける為に、脳無と戦い始めた振武。

 ――戦いは、激しいものだった。

 一定以上の実力を持っている人間同士の戦いは、容易に割って入れるものではない。そんな戦闘の法則の1つを、出久達は知らないうちに肌で感じ取っていた。

 

「スゲェ、動島の奴、あんな奴と渡り合ってるぜ」

 

 鋭児郎は感嘆の声を上げる。

 先ほどまで教師が苦戦した相手に、振武は互角以上にやり合っているように見えた。

 ……緑谷出久以外は、そう思っていた。

 出久は焦ったように渋い顔をする。

 

(……多分、動島くんも分かってる)

 

 あの脳無と呼ばれた化け物の力は、振武でも超えられないものだと。

 いや、それ以上だろう。殆ど戦いに参加出来ずさっきまでの戦闘を俯瞰して見れた出久だからこそ分かる。

 物理攻撃力を無効化する個性。

 自分の受けた傷を回復する個性。

 そして高い身体能力。

 3番目はそれほど脅威ではない。振武の回避速度は高く、強力な攻撃は当たらなければ意味がない。

 だが、1番目と2番目は厄介だ。

 振武の攻撃力は、絶対的なその格闘技術にある。

 体を無駄なく鍛え、効率よく動かし、強力な打撃で敵を倒す。その実力を見れば、それだけでもプロヒーロー級。すぐにでも実践で戦えるレベルだ。だが1番目との相性は絶望的に悪い。無効化されてしまうならば、どんなに強い拳でも、やはり意味はない。

 振武も分かって戦い方を変えたようで、関節が外れる嫌な音がこちらにも聞こえてきた。だがそれもアッサリと元に戻されている。

 痛覚がないというより、躊躇とそれを感じる理性が見えない動き。

 

(負けない、と思いたいけど……このままじゃ、勝てない)

 

 いつか、必ず追い込まれる。

 部分部分で優り、対処出来るとしても限界がくる。

 

(どうする、考えろ、考えろ……)

 

 自分がどう動けば良いのか。

 他の皆がどう動けば良いのか。

 どうすれば良い結果に導けるか。

 

「っ、やりたくないけど……応援を呼ぶしかない、よね」

 

「応援って、そりゃあ無理そうじゃねぇか? あれに突っ込んで行ける奴なんて、俺らの中じゃ数人だろうぜ」

 

 轟とか、爆豪とか、と鋭児郎の言葉が続く。

 確かにそうだ。今ここにいるメンバーが弱い訳ではないが、同時に強い訳ではない。切島鋭児郎や蛙吹梅雨は確かに強いが、あのレベルの戦闘について行けるとは思えない。

 自分や峰田実などはそもそもその土俵にすら上がれない。能力的な側面で直接戦闘に向いていない峰田と、出力が100か0かでしか使えない自分。論外だ。

 ここにある手札だけではない。他からも手札を引っ張ってこないと。

 

「……塚井さんは、多分この状況が見えている。こっちはこっちで状況を崩せない事が分かってくれれば、すぐに行動を起こしてくれるはずだ。でも他人に頼るばかりでもダメだ。僕らが出来る事を……」

 

 どちらに手を貸すのがまず大事か。

 どちらに手が出しやすい状況か。

 

「……相澤先生をまず助ける。あの手が沢山ある敵の個性は分からないけど、脳無って呼ばれた化け物に、僕達だけじゃ対抗し切れない。相澤先生の個性なら、もしかしたら脳無って敵の個性を無効化出来るかもしれない」

 

 その決断は自分達が相澤を合流させる間、振武1人で脳無の相手をしてもらうという事だ。

 危険な賭け。だがそれが1番確実で、1番安全なように思える。

 

「……良いのね? 緑谷ちゃん」

 

 蛙吹は、真っ直ぐに緑谷の目を見つめながら問いかける。

 力の小さな自分達では、選択肢は限られてくる。それは蛙吹も分かっているからこそ、もう一度問いかけたのだ。

 その言葉に、出久は小さく頷く。

 

「あぁ、それしかないと思う」

 

「……あぁ〜、お前らどんだけ危なっかしいんだよ!! 普通に逃げるとか、そういう発想わかねぇの!? バカじゃねぇの!!」

 

 出久と蛙吹の会話に、峰田が割って入る。その顔は恐怖心の所為か水難ゾーンにいた時と同じように涙でボロボロだ。

 ……本当ならば、峰田が言っている事が1番現実的で、最善に近い答えだろう。ここで相澤を救おうという事からすでに、生徒の考える事ではない。峰田以外の誰もがそれを理解している。

 だが理解しているからこそ、止まれない。

 

「なぁ、峰田。違うんだ。そういう事じゃねぇんだよ」

 

 出久や蛙吹の代わりに、鋭児郎がゆっくりと峰田に語りかける。

 

「ここで俺たちがする事じゃねぇってのは分かってる。どんなに粋がったって、所詮15歳のガキンチョだ。

 だけど、ここでヒーローを目指す奴が、逃げちゃいけないんだ」

 

 かつて、振武に言われた言葉を思い出す。

『そんなの、格好良くない。俺は、胸張ってヒーローだって名乗りたいんだよ』。

 あの時は、男らしい。ただそれに尽きる言葉だったが、今は、それだけではないんじゃないか、とも思っている。

 逃げないという事は、時にどんな事よりも優先しなければいけない。

 それが愚かで、くだらないものだったとしても。

 

「俺は乗ったぜ、緑谷。どうせだったら、最高の結果、目指そうぜ!!」

 

「っ、うん!!!」

 

 鋭児郎の言葉に、すぐに出久は笑顔を浮かべた。

 

「あぁ、もう!! お前らカッコつけすぎなんだよ!! おいらだって、そうしたいし……そうするよ、ちくしょう!!!」

 

 自暴自棄に近い峰田の言葉を聞き、3人は嬉しそうに頷いた。

 

 

 

「さぁ、やろう!! まずは先生を自由にするんだ!!!」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ――灼熱の色に染め上げられた刃が、脳無の体を切り裂く。

 振武の考えは、間違ってはいなかった。

 対オールマイト、対徒手空拳用にデザインされた脳無には、確かに斬撃は有効な手段だった。

 衝撃としてではなく、斬撃として放たれるそれは、暴風のように振るわれる脳無の腕を容赦なく切断し、その傷口を熱で焼き潰し再生を遅らせる。

 何も間違えていない。

 間違っていたのは……その再生能力とタフネスさだった。

 

「くっ……」

 

 脳無の拳をギリギリで回避する。

 それでも体力は削られる。その拳が纏っている風圧は、振武でなければ吹き飛ばされるレベルのものに昇華されていた。

 

(どんどん速くなってる……あぁ、手加減やめたって話か)

 

 焦る気持ちがある一方で、嫌に冷静な自分がそう囁く。

 確かにここにくる前に戦闘を行った。ここにくる為に、最高速度で突っ走り、瞬刹を多用した。しかし鍛えられた肉体はそれでも余裕で戦える体力を残していたし、脳無とだって何だって戦える自信があった。

 ――だがその自信は、拳の勢いで体力が削られるのと同じようにジリジリと削られ、その代わりに不安と絶望感が心の中に滲み出始めていた。

 

「ハッ!!!」

 

 拳を回避し、今度は肘から下の左腕を斬り落とす。

 最初は躊躇した。

 いくら生命に関係の無い部分だったとしても、人間の形をした存在の腕を斬り落とす。慣れていない人間であればそれだけでトラウマになる。

 振武もそうだ。

 ヒーローとして人を殺してはいけないという意識が強い分、その抵抗はさらに強いと言ってもいいだろう。

 それでも、そうでもしないと止まらない。勝てないと判断したからこそだ。

 ――だが、それは杞憂でしかなかった。

 

『■■■!!!』

 

 脳無が無くなった左腕の代わりに右腕を放つ。

 それを回避しながら視界の端に捉えてみれば、斬られて無くなっている左腕はまたも早戻しのように〝再生〟していく。

 骨、筋繊維、血管や神経、そして衝撃を吸収している忌々しい黒い皮膚まで、何もかもがそのままの形で元に戻っていく。

 先ほどから、ずっとこの状態が続いている。

 脳無が攻撃し、振武がそれを避けながら斬り、脳無が再生しながら次の攻撃を放つ。

 傍目から見れば単調に見えるその攻防は、だが普通の人間では目で捉えきれない速度で繰り広げられていた。

 

(……ざまぁない、よな)

 

 まるでスローモーションのように感じられる戦闘の中、その表情は自嘲の笑みが浮かんでいた。

 助けられると思っていた。

 自分ならば先生を、相澤を救えると本気で思っていた。それだけではない、自分には仲間がいる。だからこの場を乗り切れるんだと本気で思っていた。

 だが、勝てない。

 この目の前の脳無という改人に自分が勝利できる可能性はない。

 ハッキリとそう判断出来る自分が恨めしく思う。

 ここでもう少し楽観的物事を見れるならば。そうすれば恐怖心も少しは鳴りを潜めてくれるはずなのに。勝つというゴールまでの道筋が見えない。

 パワーもスピードも、何もかも騙し騙し。衝撃を吸収してしまう個性の打開策を編み出せても、超回復を超えるほどの速度で斬撃は放てない。

 詰んでいる。

 そう心の中で結論は出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……だから、どうした」

 

 心の中の恐怖心に逆らうように、自然と言葉が溢れる。

 勝てない?

 詰んでいる?

 だからどうしたおい良い加減にしろ動島振武。

 そんな、そんな小さな理由(`````)で、逃げ腰になる訳には行かないだろう。

 一歩も引けない。譲れない。

 この後ろには、まだ戦っている相澤先生、切島、緑谷、蛙吹、峰田がいる。出入り口では黒い靄の敵を抑え込んでいる塚井、轟、爆豪、それだけじゃない、13号先生や他のクラスメイトだっている。助けに行かないと決めた百も、山岳ゾーンで戦っている。

 

「ここで引いたら、そのうちの誰かが傷つく……っ」

 

 オールマイトがここにいない以上、彼らが次に何をするかは目に見えている。

 自分たちが来たぞという証明のために、先生たち、生徒たちを手にかけるだろう。

 振武が大事な人達を。

 振武の、仲間を、友人を。

 

「それは、それだけは……!!!」

 

 

 

 絶対に、許せない!!!

 

 

 

「だりゃぁああぁあぁああぁああぁあぁ!!!」

 

 間抜けにも聞こえる怒声を上げて、振武の持った2本のナイフが今まで以上のスピードで、丁度目の前に見えている脳無の両腕を肩から斬り落とす。

 

『■■■!?』

 

 動揺……ではない。腕を斬り落とされて、再生しようとしているのだ。

 再生には一定のタイムラグがある。

 時間にしてみれば、瞬きを何回か出来る程度。

 だがそれで良い。

 そだけだで振武には――十分だ。

 

「どりゃぁああぁああぁあぁあぁぁ!!!」

 振武はナイフを交差させ、そのまま脳無に――体当たりを食らわせる。

 ただの体当たりではない。

 瞬刹の勢いを利用した、自分の足を蹴り潰す勢いの突進。

 足はもうこれで使い物にならない。だが、

 

(コイツを完全に、地面でも壁でもなんでも良い、縛り付ける!!!)

 

 勝てないと分かったならば選択肢は、時間稼ぎの戦闘か拘束か。

 前者を選んだ振武は、その限界に達していた。

 ならば最後は、動きを止める。

 

 

 

「俺と一緒に、吹き飛びや、が、れぇ!!!」

 

 

 

 先ほどの脳無が弾丸と評されて差し支えがないのであれば、振武のそれはまるでミサイルの弾頭のようなスピードと威力。

 それは一瞬でも、脳無のそれを凌駕する。

 衝突した瞬間、それは爆発と言っても良いほどの破壊力を生み出した。

 

 

 

 

 

 

「……、ゼェ、……、ゼェ、」

 

 呼吸が苦しい。

 まるで全身を勢いよくプレスされたような衝撃で、肺が言うことを聞かない。

 口に広がっているのは血の味、見れば胸元にも飛び散っている。

 ……肋骨、多分2、3本イッてるな、これ。今まで修行の中で受けた経験が、医者に診せないでも何とはなしに自分の状態を感じさせる。内臓がひっくり返っているようで、肋骨などで傷などは出来ていないようでも、振武に血を吐かせるには十分の衝撃だ。

 目の前に広がるのは土埃と、粉々になったコンクリートと、

 

 

 

 目の前で悠然と立っている、脳無の姿だった。

 

 

 

「っ、グ、ガッ、フ、」

 

 声にならない声を上げながら、必死に立とうとする。

 両手両足は、痛みが走るものの動く。必死で近くに転がっているナイフを拾い、逆手に持つ。

 まだ、戦わなければいけない。

 まだ、引けない。

 ここで、俺が死んだら……誰かが死ぬ(`````)

 それは、どうしても、嫌だ。

 

「ハッ――ギッ」

 

 しかしそのナイフを持った手は、脳無の手で、文字通り握り潰される。

 痛みの上限が超えたのか、鈍痛程度しか感じないそれは、それでも歯を食いしばらなければ耐えられない。

 ……両足は、もう使えない。逃げる事は出来ないだろう。

 腕は一本使えない。左腕は何とか生きているが、この体勢では震振撃どころか、震撃すらまともに打つことが出来ない。いや、出来るだろうが、それが振武の人生最後の一撃になるだろう。

 内臓は、破裂とまでは行かなくてもボロボロ。呼吸をするのにも全神経を使うほど。

 

(これは……あぁ、ちくしょう、)

 

 負けてんじゃねぇよ、俺。

 声に出そうとして、上手く出ない。

 遠くの方で、小さく鋭児郎や出久の声が聞こえる。必死でそちらに向けば、2人は必死の形相でこちらに走ろうとする。

 バカか、来んなよ。

 硬化の個性や、出力は高くても1発しか放てない物理攻撃では、脳無を倒す事はできない。それは今までの戦いの中で振武が見せてきたじゃないか。

 何で分からないかな、本当に。こいつらバカだ。

 ……いや、バカなのは、自分だ。振武は必死で拳を握り締めながら、自分を叱咤する。

 最後だ。最後の最後。ここでもう一度、脳無に攻撃する。

 震振撃・十六夜。

 今自分の中で最高の必殺技。それをただ、相手の内部に通すことだけを考える。

 効かないだろう。

 それは分かっている。でもここで引けない。

 まだだ。まだ。

 無様で、愚かで、間抜けで、何も出来ていない、何にもなれていない自分だけれど。

 

 

 

 ここで誰も救えないんじゃ、それこそ何にもなれない。

 

 

 

 自分の脳の錯覚なのか、ゆっくりと脳無の拳が上げられる。

 そのままフルパワーで降り下ろされれば、振武の頭など西瓜のようにあっさり割られる事だろう。

 それでも、良い。

 ここまできて自分の保身なんて考えない。

 皆を、大切な仲間を、友達を、親友を、

 

 

 

 救、け、――

 

 

 

 だが、そんな振武の覚悟も、振武の危機も、すべてを払いのける者がいた。

 重厚な出入り口を、まるで木っ端でも吹き飛ばすように突破したそれは、

 

 

 

 

 

 

「――もう大丈夫、私が来た!!!」

 

 

 

 

 

 

 羅刹のような顔で、しかし誰もが安心する姿で、現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりの戦闘シーンだからなのか、それとも大事なシーンだったからなのか。
何度も何度も書き直して、ようやく今の状態になりました。
振武くんを脳無に勝たせるかどうか。一応自分の中でプロットは出来ていても、それでも書いているうちに悩みましたが、これからの成長の為にと、ここで負けるように動きました。
ようやっと、オールマイト登場。これからどうなるのか、どうかお楽しみに。


次回!! 振武くんが苦しそうに状況説明だぞ!!! クーラーは28度に設定して待て!!!


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