plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode5 競いの楽

 

 

 

 

 

 太いワイヤーを渡る上で必要なコツは、バランス感覚だ。

 まるで陳腐な言葉だが、普通にそうだとしか言えない。

 体幹を鍛え、正しい姿勢を保てば誰でも出来るようになる。

 ――走る事だって。

 

『跳んでない時でも早いぞ動島!! まるで平地みたいに走ってやがる!! 先頭独走でクリアだ!!』

 

 実況のプレゼント・マイクの言葉に、そうなのだろうかと少し不思議に思う。

 振武程ではないにしろ、面白い渡り方している奴なんて後ろを見ればキリがない。というか、飯田に関しては……まぁ格好は微妙なものの、振武よりも早い。

 こんなの全然だ(・・・・・・・)

 

「よっと」

 

 最後のワイヤーを渡りきって振り向けば、焦凍との差は思った以上に大きくはない。

 振武のそれとは違いある意味個性での戦闘メインで近接戦闘を前提としていない焦凍であっても、ある一定まではやはり鍛えているようだ。

 それに、

 

「くそがっ!!!」

 

 小さい爆破の音が連続して聞こえる。

 飛び跳ねようと考えたのは、振武ばかりではなかった。爆豪の微妙な爆破の威力調整とバランスによって、すでに焦凍と同じくらいの位置にまできている。

 

「チッ、スロースターターかよ!!」

 

 その場を離れながら、振武は舌打ちをする。

 爆豪の個性。

 掌の汗腺からニトロに似た燃焼促進剤を出し、それに着火する事で掌から爆破を生み出している。そしてその汗腺は、あくまで普通の汗腺と同じ働きをする。

 動けば動くだけ。体が熱くなればなるだけ、その威力を高めることが出来る。

 だが、それ以上に――

 

(戦闘訓練の時も思ったが、あいつ想像以上に細かい性格してるんだよな)

 

 跳躍のエネルギーを殺さず、方向を操作する爆破の微妙な調整。

 着地した時にその推進力を殺さずに使う身のこなし。

 最短距離を即座に選択できる頭の良さ。

 落ちる可能性を考えてすらいない勢いの良さ。

 

(……あいつ、俺より凄いよな)

 

 爆豪だけではない。

 焦凍も、魔女子も、百も、他のクラスメイト達も。

 皆、自分よりもずっと凄い。

 自分はほんのちょっと要領が良かっただけ、皆より少し大人だっただけ。個性も、動島流の教えを受けられたのも、たまたまそこで生まれて得ただけの貰い物。

 誇れるのは、10年鍛えた事だけ。でもそれは、皆だって同じだ。努力していなかった奴なんてここにはいない。皆何かしらの苦労をして、どこかで血反吐を吐く思いをしてきた。

 だからこそ、思ってしまう。

 笑みが浮かんでしまう。

 

 

 

「……あぁ、もう、楽しいじゃねぇかよ」

 

 

 

 妄執も、確執も、今この瞬間だけ吹っ飛んでしまうほど。

 それを競え合える事が、とても楽しい。

 ……正面を見ると、有刺鉄線で囲われている場所。おそらく、障害物。

 

「っと」

 

 脚でブレーキをかけ、今までの勢いを殺す。

 何が待ち受けているのか分からない以上、いきなり突っ込んでいくのは無謀だ。

 

『そして早くも最終関門!!

 かくしてその実態は――――……一面地雷原!!! 怒りのアフガンだ!!』

 

「っ、地雷って……そこまでやるか普通!!?」

 

 とんでも無く物騒な単語に思わず聞こえないだろう実況に叫ぶ。

 有刺鉄線で囲われている場所は、目測でしかないがかなりの広さだった。この一面に目一杯地雷が仕掛けてあるなんて、どんな神経しているんだ。

 というか、地雷って学校で入手出来るものだったっけ!?

 

『地雷の位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ!! 目と脚酷使しろ!!

 ちなみに地雷! 威力は大したことねえが、音と見た目は派手だから、失禁必至だぜ!』

 

『人によるだろ』

 

「ちっ、先頭走ってる奴ほど不利になるって……性格悪いぞこれ考えた奴」

 

 必死で地面を見ながら、出来るだけ早く、だがゆっくりと進む。

 瞬刹と踏空はあまり使えない。すでに少し足が熱と疲労で疲れてきている、これからの競技で使う可能性があるので温存したいし、なによりこの地雷原の入口から出口までの距離では流石に届かない。着地した瞬間地雷に当たって吹っ飛ぶなんてしたくはない。

 瞬刹と踏空は、使い勝手が良いように見えて、繊細な技だ。最初の一歩目の踏み込みは、出来るだけちゃんとした場所でやりたい。

 一歩ずつ、確実に行けば、届く距離で安全な場所を、

 

 

 

「はっはぁ俺には――関係ねー!!」

 

 

 

 大きな爆発音とともに、爆豪が隣に並ぶ。

 

 

 

「こっちもだ」

 

 

 

 氷の軋む音とともに、焦凍が並ぶ。

 ――並ばれた。

 

『おーっとここで独走状態だった動島が並ばれた!!

 喜べよマスメディア!! おめぇら好みの展開だあぁああぁ!!!』

 

 プレゼント・マイクの声が、遥か遠くに聞こえるようだ。2人の肩を掴んで前に出ようとする。

 だが、簡単に倒せる2人ではない、逆にこちらが2人掛かりで後ろに引っ張られる。

 完全な団子状態。

 

「ハッ、行かせっかよ動島ぁ!! 俺は、テメェを、超える!!!」

 

「……俺の邪魔をするな、動島」

 

 彼らの個性のような、激しい怒りと冷徹な敵愾心が、こちらの脚を引っ張る。

 

「――…ふっざけんなごらぁ!!」

 

 体全体で、まるで2人を牽引するように進む。

 邪魔だ、どけ。

 俺が1番だ。

 絶対負けない。

 3人が3人とも、前しか向いていない。ただ頂点目指すために掴みあう。

 

(掴まれてちゃ瞬刹は難しい、重量オーバーだっつうの!!)

 

 1人で移動する為、間合いを詰める為の移動法だ、1人以上の重さで進めないし、跳べない。体重を軽くする方法があるなら別だが、そんな事をしては一緒にゴールに連れていく間抜けな事になりかねない。

 

(しゃあねぇ、こんな危険地帯で殴り合いしたくないし、している暇はないんだが、)

 

 出来るか?

 2人掛りで来るのを瞬時に倒して、1位を維持出来るか?

 ……難しい。

 そう思った瞬間、

 

 

 

 巨大な爆発音と共に、いきなり目の前に、緑谷出久が現れた。

 

 

 

 伏線も、展開も、何もかも吹き飛んだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 出久は、何も出来ない子供だった。

 少なくとも周りはそう見ていた。

 運動はそこそこ、勉強は多少は出来ても1位になれない。おまけに無個性だ。

 何をやらせてもダメで、しかも1番近くに何でも出来る爆豪が幼馴染として自分の前を走っていた。とてもではないが、無個性の普通の少年が超えられる存在ではなかった。

 下向きな考えが染み付いた。

 最下位であることに、無意識のうちに納得していた。

 ヒーローになると口では言っていても、心のどこかで「無理だ」と思っていた。

 でも、あの時。

 オールマイト(憧れの存在)に認めてもらえたあの時に、全てが変わった。

 個性を譲り受けた。

 鍛えて貰えた。

 雄英に入れた。

 そして雄英に入ってからは、出久が想像していた以上に大変で……同時に楽しかった。

 個性の扱いが上手い焦凍(轟くん)、自分よりも勉強が出来る(八百万さん)、作戦立案と分析力が高い魔女子(塚井さん)、自分と友達になってくれた麗日さんと飯田くん(優しい人達)

 

 

 

 そして、自分よりずっと前にいる動島振武。

 

 

 

 入試の時、偶然に会って、優しくしてくれた少年は、戦闘能力が誰よりも高くて、観察していれば簡単に分かる程、努力の人だ。あんな技や戦闘能力が一朝一夕で、簡単についた物ではないのが分かる程緻密で、長く鍛えたという自信に裏打ちされた動きが身につくはずもない。

『君が来た!ってことを、世の中に知らしめてほしい!!』

 オールマイトに背中を押された時は、それほどやる気が起きなかった。

 今でも十分恵まれている、自分が活躍出来るとは思えない。色んな理由が頭を掠めたが、オールマイトの言う通り、ナンセンスな考え方が染み付いているのも、原因の1つではあると思う。

 だけど、色んな人の話を聞いて、この障害物競走の時の――動島振武の顔を見て、全てが吹っ飛んでしまった。

 あのスタートゲートの時。

 必死に押し潰されそうな人の波の中をなんとか進んでいる出久達の頭上を、振武は軽々と飛び越えて行った。まるで律儀に地面を走っている、自分たちを嗤うように。

 ……ように、他の人には見えただろう。

 だがあの顔を見れば、誰もそうは思わないはずだ。

 

 

 

 余裕なんて1つもない、でも笑みだけは消さないように必死なあの顔を見れば。

 

 

 

 ――負けたくない。

 ――僕だって、ヒーローになる。

 ――勝ちたい。

 ――誰もが必死に1位を目指している。余裕がある人間なんて1人もいない

 

 

 

 ――だったら、僕も、

 

 

 

 第一関門の仮想敵から奪った装甲で必死に地雷を掘り出す。

 ここで抜けなければ、自分ではギリギリになってしまう。一回戦すら突破出来ないかもしれない。それは避けなければいけない。

 使えるものは、何でも使う。

 

「借りるぞ、かっちゃん!」

 

 

 

 小さな山のように積み重ねられた地雷に、装甲越しに飛び乗る。

 

 

 

 巨大な爆発の衝撃とGが、出久の体にのしかかる。あまりの勢いに頭を打ってしまったが、そんな事を気にかけていられる状況ではなかった。

 視界も耳も、周囲の状況を捉える事が難しい。それでも、皆の頭上を飛び越えている事が分かる。時間はそれほど長くない、あっという間に先頭集団に近づく。

 3人が、こちらを向いた。

 爆豪も、焦凍も、振武も、全員が驚きの表情を浮かべている。そうだろう、まさかここで出久が登場するとは思ってもいなかったはずだ。

 彼らは出久よりもずっと強い。

 彼らは出久よりもずっと賢い。

 彼らは、出久よりも……それを数えたらキリがない。

 でも、

 

 

 

(――僕だって、本気で獲りに来たんだ!!!)

 

 

 

 勢いはそのまま、3人の頭を飛び越え、

 

『抜いたああああ!!!』

 

 実況の声が、ようやく耳に入ってくる。

 地面が近づいてくる。

 

(――って、着地考えてなかった!!)

 

 爆速ターボで3人を追い越すまでは良かったが、他の事を一切考えていなかった。それだけ必死だったからこそ追い抜く事が出来たが、着地のタイムロスを計算に入れれば、このまま、

 

「デクぁ!!!!!

 俺の前を、行くんじゃねぇ!!!」

 

 背後から爆豪の声と文字通りの爆音が響く。本家の爆速ターボで、自分に猛追をかける。

 焦凍は地面を凍りつかせ、地雷の爆破を無効化して前に進む。今までしなかったのは後続に道を作らないようにするためだったのだろう、だがそのリスクすら飲み込んで、出久を追う。

 そして振武は、跳んでいた。

 

「緑谷、お前にだって、負けたくねぇんだ!!!」

 

 3人が、自分よりも実力のある3人が、自分を追う。

 優越感なんて感じられないほど、余裕がない程の危機感。

 だが考える余裕もなく、自分の速度がいきなり落ちた。

 

(――失速!)

 

 当然だ。自分はあくまで一回限りの推進力。このまま行けば、体勢を崩す。

 どうするどうするどうするどうする。

 必死で頭をフル回転させる。

 このままでは追い抜かれて、起死回生なんていうのは絶対に無理。

 このまま3人に勝つには、追い越したこの一瞬のチャンスを手放さない事。

 もし、追い越しが出来ないのであれば、

 

 

 

 追い越されちゃ、ダメだ!!!

 

 

 

 装甲についているコードを、まだ残っている勢いも上乗せして振るい上げる。

 普段だったら、それこそこんな装甲を無理やり上げるなんて無理だが、今の勢いがあれば違う。

 そのまま、それを

 

 

 

 全力で、目の前の地面に叩き落とした。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 油断していたわけではない。

 眼中に入っていなかったわけでもない。

 爆豪も、焦凍も実力者だが、緑谷出久だって警戒していた。

 原作の主人公だから?

 オールマイトから個性を譲り受けたから?

 次代の平和の象徴だから?

 ……そんな事、全く関係なく、緑谷出久は動島振武にとって十分警戒する相手だった。あの分析力やクレバーさは危険だ。個性なしで爆豪とやりあえる人間が、一体どれくらいいるというのだ。

 自分が背中を押したとはいえ、オールマイト(自分の師)を救う為とはいえ、あんなに真っ直ぐに危険に突っ込んでいける人間が、何人いる。

 そんな人間が、振武を脅かさない訳がない。

 そう思っていた。

 思っていたはずなのに、不意にやってきた膨大な熱と光、そして爆風が、跳び上がった体を下がらせる。

 空中に跳んでいる時の無防備な体勢を突かれた。

 

「ぐっ!!!」

 

 無理矢理力を脚に込め、脚はそのまま空中で、まるで地面を蹴るように力強く前に出た。

 

『さァさァ序盤の展開から誰が予想出来た!?

 今1番にスタジアムに還ってきたこの男――――――……』

 

 もう目の前には、爆豪も、焦凍の背中もない。

 あるのはただ1つ。

 自分より小さい背中で、だが自分よりもずっと必死に前に進む背中。

 

 

 

『緑谷出久の存在を!!!』

 

 

 

 緑谷出久の背中だけだった。

 

「っ、ハァ、ハァ」

 

 思った以上に息が切れる。

 心臓が悲鳴をあげる。普通に走っただけ、普段の運動量に比べれば10分の1どころかそれ以下なのに、普段のそれとは比べ物にならない。

 足は疲労もないのに、ガタガタと震えている。

 順位は、2位。

 少し前を見てみれば、出久が浮かんだ涙を拭いている。スクリーンは彼を大きく映し出し、振武などワイプに小さく映り込んでいるに過ぎない。

 

 

 

 ――悪くはない順位だ。あそこから焦凍より、爆豪よりも早く体勢を立て直し前に進んだ。空中に跳んでいたのは少しロスだったが、それでも結果だけ見れば爆発の土煙に巻き込まれなかっただけ僥倖だったのだろう。なんだ十分じゃないか最善の結果だ。

 

 

 

 

 

 

「――んな訳ねぇだろ、アホか」

 

 頭の中で言い訳をする自分を頭の中で殴り飛ばす。

 自分の力不足、役に立てなかった、弱かった。

 そんな悔しさだったならば何度も味わってきた。それを力に変えてきた。

 だが、今、この世界に生まれて初めて。

 

 

 

 振武は、誰かに超えられて悔しいと思っている。

 

 

 

 戦闘訓練の時とも、USJの時とも違う。

 似ていると思われるかもしれないが、振武からすればまるで違うものだ。

 

「……アハハ、すげぇ」

 

 だがそこに暗い感情はない。恨めしさや嫉妬なんか、抱けるはずもない。

 むしろ、嬉しい。

 自分が凄い人間だと思った緑谷出久は、本当に凄い存在だった。

 

「……うっし、次だ次」

 

 ここで立ち止まっていられない。

 彼との勝負だって、またどこかで着ければ良い。問題は次の競技。

 体を確認する。爆風と掴み合い、瞬刹と踏空を何回も使ったにしては、体の調子は良い。

 

「……振武さん? あの、どうかしましたか?」

 

 突然かけられた声に顔を上げる。

 どこか心配そうに見ている百がいた。どうやら、少し後ろにいただけで、案外早めに到着したらしい。

 

「? いや、どうもしていないけど?」

 

 何故そんな質問をするのか。そう思いながら聞き返せば、百は困惑した表情を浮かべている。

 

「いえ、その……振武さん、笑っていらしたので(・・・・・・・・・)、どうかしたのかと、思いまして」

 

 ――あぁ、なるほど。

 

「まぁ、1位奪われた男の顔じゃないわな」

 

「い、いえ、そういう意味では……最初見たときは、悔しそうな顔をしていましたから」

 

 百面相している振武を心配していたようだ。

 ……まぁ、否定は出来ない。そりゃ2位になった男が、悔しそうな顔をしてたのをいきなり笑顔にしたんだから、不思議に思うだろう。

 どころか気持ち悪いと思ってもおかしくはない。

 

「う〜ん、まぁ、悔しいけどな……

 

 

 

 でも、楽しい」

 

 

 

 何が起こるか分からない。

 どいつもこいつも実力未知数。どういう風に追い越されるか分からない、自分が倒されるか分からない。予想をいくらしても無駄に終わる可能性がある。

 その状況が、楽しい。

 この状況を、どう突破するか。

 どう打ち崩して、1位をもぎ取るか。

 楽しくてしょうがなかった。

 

「……怒りを思い浮かべたり、嫉妬したり、しないんですか?」

 

「しねぇよ。している暇があったら――追い越すように頑張るだけさ」

 

 百の動揺を隠せないといった顔が、妙に印象に残る。

 もしかしたら、最近まで迷っている事に関係がある内容なのだろうか。そう思って聞こうと思うが、今はやめておく。

 競技中という事もあるが、それ以上に、どう聞けば良いか分からなかったから。

 

「……とりあえず、お互い頑張ろう。この感じじゃ、俺らはとりあえず予選通過だろ?」

 

「え、えぇ、そうですわね……頑張らないと、」

 

 2人で、ミッドナイトがいる壇上に向かった。

 お互いの顔を、チラチラと盗み見ながら。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「――なんだ、あの体たらくは」

 

 観客席で、文字通りの烈火の如き怒りを嚙み殺すように言葉を漏らす男が1人いた。

 炎の仮面を持った。炎のヒーロー。

 フレイムヒーロー《エンデヴァー》。

 その体の周りは怒りで個性である炎が制御しきれていないのか、ユラユラと陽炎が立ち込め、その熱とNo.2ヒーローの般若のような姿を恐れてか、誰も近づこうとしない。

 

 息子である轟焦凍は、自分にとって最高傑作だ。

 

 上3人の子供達には上手く発現しなかったが、焦凍は自分の理想通りの複合個性が発現した。

 自分よりも強い存在。

 No.1を超える存在。

 そのようなコンセプトで作り出した存在を、育て、鍛えてきたのは自分自身だ。

 途中で妻が息子を傷つけるというアクシデントはあった。その事に、心の中のナニカが疼いたのはエンデヴァーも気づいていた。だがそれも無視したし、実際そんなアクシデントを乗り越え、轟焦凍は強く成長した。今の年齢で完璧に近い状態に仕上がった。

 当然だ、このエンデヴァーの息子なのだから。

 ――だが、完璧に近くとも、完璧ではない。

 なんの拘りなのか、稚拙な反抗心からエンデヴァーから遺伝した炎の個性を使わず、氷結の個性のみを使うようになった。自分がどれほど脅しつけても、頑なに使おうとしない。しかも時折、憎悪の表情を浮かべてこちらを睨みつける。

 

 

 

 くだらない。

 

 

 

 その時はそう思ったし、今もそう思っている。

 強さを欲するならば、ヒーローとして頂点に君臨するのならばそんな些細なものはその辺りに捨て置けば良い。

 今まで自分がそうしてきたように、息子にもそれを求めていた。

 しかしそれでもその拘りを捨てずに、息子はここまで来てしまった。

 ――それが、今の結果に繋がっている。

 

「――あいつらの子に、負けるなど、」

 

『子供相手にくらい、優しくしてあげたほうが良いですよ。』

 妙に苛つかせる、あの女の言葉が頭の中でリフレインする。

 

『炎司、君が考えているヒーローって、――僕達が考えているヒーローって、本当にヒーローなのかな?』

 

 いけ好かない、あの男の言葉も頭の中でリフレインする。

 あの2人の息子が――俺の最高傑作(むすこ)を超える?

 

「……ありえん」

 

 あんな生易しく、

 情に流され、

 広い視野を持てず、

 まるで向上心のなく、

 怠惰で、

 傲慢で、

 生意気で、

 そのくせ妙な所で頑固で、

 そのくせ妙に眩しくて

 邪魔で邪魔でしょうがない、しょうがなかったアイツラの子供に。

 

 

 

 動島振武に、

 

 

 

「――――――――俺の子供が、負けるはずがない」

 

 

 

 自分のやり方が間違っている証明など、認められるはずもない。

 認めてしまっては、今の、今までのエンデヴァーが根本から否定される事になる。強さこそ、頂点こそ全てだという考えを否定される事になる。

 それは、断じて許せない。

 今までやってきた労は一体なんだったのか。自分が憧れた存在は、自分が為したかった事はなんだったのかと思ってしまう事は、断じて認められない。

 その心に灯っているものは、すでに夢でも理想でも何でもない。

 妄執。

 ただそれだけのモノに成り下がっていた。

 それに、轟炎司――エンデヴァーは気付かない。

 元より前しか見ていないこの男には、それ以外になんの意義も見出してはいないのだから。情も何もかも、目的のために全てを捨てて来た男には、もはやその輝かしいものすら邪魔なものとしか見ていない。

 

 

 

 本当は、あんなに輝かしいものだったはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




思った以上に筆がのりまして、最新話です。
あの漫画のスピード感などを出せているのか、正直少し心配です。出そうとしてちょっと描写不足で、自分の実力がまだまだなんだな、と実感させられました。
一応次回に障害物競走の順位はあげますので、どうかお楽しみに。


次回! 九官鳥再び!!! 鳥の餌を用意しておけ!!!


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