――個性としての力を制御した時、出久は今までになかった、どこか高揚感にも似た感情が湧いてきた。
それは間違っていなかった。自分は確かに個性を受け継いだが、それでもそれは自分の力とは言えないような、制御出来ないようなものだった。
だから、今まで自分が本当の意味で〝受け継いだ〟という実感が湧かなかった。
だが、騎馬戦でその手かがりを得る事が出来た。
でも、1回戦では活かせなかった。
当然だろう。何せ相手は洗脳の個性の持ち主だった。
それに対抗する上で必要だったものは個性の制御でもなんでもない。あの反則級に近い洗脳をどう解除するかだった。
ただ活かせなかったのは確かだったし、それに2回戦ではこうもいかない。
相手は動島振武。
クラスの中で近接戦闘で最強と言っても過言ではないのは、クラスメイト一同の共通認識。今の出久が同じ土俵に立てば、逆立ちしたって勝てない相手だ。
「最初は中距離でも使えるデラウエア・スマッシュで対応しようとしたけど1回戦を見るとそれも無理そうだ僕はあのB組の泡吹さんみたいに動島くんの機動力を封殺出来ないしそもそも中距離での攻撃方法を持っているならばそれは難しいでも近接で戦うのは難しいし個性の調整が出来ていても5%なんて出力の弱さじゃ動島くんの速さと攻撃の威力に対応出来ないしあの拳の速さじゃ避けられてしまうかもしれない事を考えるとやっぱり100%しか通用しないわけで――」
控え室でブツブツと考えをまとめる。
そも、振武の個性はなんなんだ?
超振動と言っているし確かに威力は高いが、それ以上に脅威なのはあの汎用性の高さだろう。引き出しが多すぎてどういう対応をされるか分からない。
付け焼き刃の柔術モドキでは抑えることは出来ない。彼の戦い方を見るにそういう技だって会得している。
あの武術も……、
「……センシティと同じ、動島流」
『もしかして、動島くんってセンシティってヒーローの関係者だったりするの、かな?』。
体育祭の1週間前、一緒に食事をとっていた時に、つい気になって聞いてしまった。
武闘派ヒーロー《センシティ》。
10年前になくなった、トップ10ヒーロー。個性は五感を強化するというものだったにも関わらず、他に戦闘に有利などのヒーローをも格闘技術で突破出来た、稀代のヒーロー。
話には、超人・超能力が当たり前になってしまったこの世界でも眉唾と言われてしまうものも多い。
曰く、戦闘の過程で山に1つ新しい洞窟を作った。
曰く、移動が速すぎて分身が生まれた。
曰く、ダイヤモンド並みの硬度を持つ敵を素手で倒した。
そんな話はネットでいくつも出ているし、実際現場を見た者以外にはガセとしか思えない情報ばかり。
だがその強さは本物だった。
テレビ露出をあまり好ましく思わない彼女だったが、それでも残っている数少ない実戦の映像を見れば分かる。
出久やオールマイトのような増強型でもなく、五感を強化するという、ある意味サポート向きの個性であの戦闘能力は、この個性社会においては異端だった。
しかし観察して見れば、その足運び、拳の振るい方、姿勢。動島振武とセンシティは似ている部分が多かった。
だから気になって聞いたのだ。
『? おお、センシティは俺の母さんだけど? え、今更?』
もっと早く聞いてくるかと思ったよお前なら、と、振武はアッサリ答えてくれた。笑顔で。
……なんで、そんな笑顔で答えられるんだろう。
出久はついそう思ってしまった。
10年前、センシティが死んだ時。彼は目の前でそれを見ていたと、当時の新聞や週刊誌で書かれていた。
『自分の子供を守るために死んだ、ヒーローとしては有るまじき行為』
『No.10ヒーロー、雑魚敵に不覚を取る』
『本当に彼女は強かったのか!? センシティの真実に迫る!!』
当時の週刊誌を漁って見れば、こういう酷い書き方をしている週刊誌も珍しくなかった。当時センシティが殺された敵は、本当にただの一般人の域を出ない人で、だからこそ、ヒーローとして期待されていたセンシティへの不満は根強かった。
現在まで登場したヒーロー達の中で誰が1番強いのか、ネットで議論になった時に決まって名前が出るのに、それが理由で貶される事だってある。
『あぁ、確かに当時の週刊誌は俺も見た。酷いよなぁ、今までの実績にまでケチつけ始めんだもん。あの業界の人間って暇なのかな?
……俺は気にしてないよ。俺はちゃんと、凄い母さんだって事は分かっている。他人にどうこう言われようがそれは変わらない。
俺が証明する……なんて馬鹿な事は考えてないけど、でも俺がトップヒーローになれば自動的に「現役トップヒーローに認められたセンシティはやっぱりトップヒーロー」ってなるだろ?……あれ? なんかややこしくなってきた』
まるで周囲の言葉を気に留めてすらいないその言葉に、酷く感銘を受けたのを覚えている。
他人に流されない確固たる自分を持っている人は、それだけで違うものだと。
……動島流。
センシティと振武の共通した戦い方。
ネットで調べても浅いところまでしか分からなかったが、多岐にわたる戦い方がある中で、彼はあえて徒手空拳で戦っている。
お母さんをリスペクトしているというだけではなく、単純に彼の個性との相性が良いのだろう。恐らく何らかの技術で振動の威力をそのまま攻撃に転換している。
「あの個性の特性を考えると、弱点がないわけじゃない」
立ち居振る舞いには隙がなくても、個性そのものは身体能力と同じく、使い過ぎれば、麗日の吐き気や飯田のエンストのような、何かしら行動に弊害を生む限度があるはずだ。
出力を調整し、小技を駆使してうまく隠してはいるが、実際限度が無いのであれば、障害物競走ではずっと上空を駆けていればよかったし、騎馬戦でその機動力を維持し続けられたはずだ。
今まで出て来た情報をかき集めてみれば、彼のヒーロースーツもそれを補う為の機能がメインになっている事もわかる。
「問題は、その限度の上限がどこか」
もし上限を試合中に超えられなかったら……良ければ、延長戦。会場の隅で鋭児郎と鉄哲が行なったような腕相撲だろう。腕が壊れる事を度外視すれば、こちらの方が少ないもののまだ勝ち目がある。
最悪なのは、その限度を見る前に自分の体力の限界が来る事。1つでも間違えれば一撃で倒される。
最高の結果は……途中でその限界を超え、振武の体が鈍る事。そこに、腕一本犠牲にしてでも1番強い攻撃をたたき込む事。
どちらにしろ、それをする為には、
ギリギリまで最後の一撃を放つ力を残して、振武を抑えながら戦い続ける。
……難しい事だが、自分に勝ち目があるとするならばそれだ。
先のことを考えての温存や、労力を惜しんでいては自分が振武を超えることは無理だ。最後の一撃のための余力はさて置くとして、中途半端に怪我をためらっていたらその隙はあっさりと相手に露見する。
勝つ為に、全力を注ぐしか無い。
◆
緑谷出久。
原作主人公。
このように改めて考えて見れば、途端に自分が彼の邪魔をしているのではないか、という不安に駆られる。
俺はここにいていいのか。
あいつの邪魔にはなってやしないか。
そういう迷いは、この世界で自分というものを取り戻してからずっと思っていた疑問だ。
明確にそう思っていた訳ではないが、頭の隅に疑問はあった。
何故自分はここにいる。
何をする為に自分はここにいる。
そういう疑問は尽きた事はない。
尽きた事はないが――いつも自分は、それを自分の力でねじ伏せた。
知った事か。
何故? どうして? そんなものになんの意味はない。
俺は今ここにいる。
俺は今緑谷出久のライバルとして此処にいる。
それ以外に理由なんかいらない。俺が勝ちたいから勝つ。
《我思う、ゆえに我あり》なんて哲学的な話だが、実際そうだ。
――
「……瞑想というのは、言わば「今この瞬間」を意識し無に至るものだと聞いていますけど、動島くんのは少し違いますね」
閉じていた眼をそっと開く。
ここは振武に割り振られた控え室で、今は試合前の調整中のはずなのに、何故か目の前に机にジュースとお菓子を広げて寛いでいる魔女子の姿があった。
「……自由過ぎんだよなんで此処にいんだよお菓子食うな」
「一遍にツッコミありがとうございます。
1人で観客席に座っているのは少し気まずいんですよね。だからここで、モグ、動島くんの緊張をほぐす係でも、ズゾゾゾゾ、しようかと」
「お菓子食って飲み物飲みながら話しすんなよ……普段だったら「そんな顔して嘘つくな」って言うんだろうけど、今のお前はそうなんだろうな」
冗談に聞こえるだろうが、魔女子は冗談で本当のことを言っている。
そりゃ、いちいち人の琴線に触るような事をしていれば、あの中での空気は気まずいものだろう。尾白は納得しているとは言え積極的に魔女子に話しかけようとはしないし、1回戦で当たった上鳴も珍しく落ち込んでいた。
……業が深いやり方を選ぶものだ。
「自業自得なのは分かっていますけどね……で? 勝利の鍵は手に入れましたか?」
「おお、それが聞いてくれよ――全くないんだわ、これが」
9割。
振武が出久に勝てる可能性だ。
自分の出来る事、出久に出来る事、全てを揃え比較して考えた結果、ほぼ負けなしなのは分かっている。傲慢ではなく明確な事実。
だが、それは〝9割〟で〝ほぼ〟だ。
絶対に勝てるなんて言えないどころじゃない。
どこでひっくり返されるか分からない。
「そうですね、否定出来ません。
緑谷さんは私でも何をしてくるか分からない人です。動島くんが強い事は百も承知ですが、しかし彼のクレバーさは油断出来ません」
「お前でもそうか……とりあえず、普段通り戦うしかないんだよなぁ」
常に自分の全力を。
それ以外に今のところ選択肢はない。勝つべくして勝つ戦いなどないのだ、修正などは臨機応変に行わなければ。
「自分の腕ぶっ壊すレベルの攻撃されたら、流石に俺も防ぎきれないし、回避も難しいんだよなぁ」
100%デトロイト・スマッシュ。
オールマイトの拳とほぼ同等の威力を持っている攻撃な訳だが、あの攻撃力ではダメージを負うのは必須だろう。
防御技がない訳ではないが、振武は一応回避型。そもそも当たらない事を前提とした戦い方なので、防御技は「ダメージを削れれば」程度のもの。拳そのものの速さも、100%のワン・フォー・オールなのであれば完全回避出来るか不安が残る。状況次第でもろに当たる可能性だってあるのだ。
油断なんて、出来るはずもない。
「――まぁ、ぶっちゃけ私は貴方がここで負けてくれれば良いなと思っているので、別に構わないのですが、一応忠告を」
「……お前敵なの? それともそれで味方のつもりなの?」
「友達です――ぶっちゃけ、出久さんに貴方が策を労しても意味がありません。
普通に勝てる相手に策を練るというのは、難しいからです」
策とは、力の上で勝てない人間に勝つ為に用いられるものだ。自分より強い、数が多い、自分たちの方が弱い、数が少ない。
弱者が強者の喉元に隙を突いて噛み付く為のもの。
だから、強者が弱者に対して策を講じようとすると途端に難しくなる。
「私が普段やっているのは、最低限力が拮抗している、もしくは敵が上回っていると想定出来るからこそ出来る事であって、自分達より弱い人間に相対した場合は何もしません。そのまま潰します」
「容赦ねー……」
「そういうものでしょう?
だから貴方に求められる事は……よく見ている事。緑谷さんの一挙手一投足を見逃さない事。そして何が起きても対応出来るようにする事。それだけです」
「……それって、「油断せずに、臨機応変に」と何が違うんだ?」
「本質は同じでも強さが違います――貴方は、1秒だって気を抜けないんです。瞬き1つも安易にしてはいけないという事です」
何がくるか分からない。
何が隙となるか分からない。
ならば隙になる可能性があるものを全て除外して行くしかない。そういう意味での、油断をしないという事だ。
「……すげぇ話だな。俺には余裕はないってか」
「まぁ、向こうも向こうで同じです。1秒だって気を抜かない。当たり前のことです。
元より、貴方油断なんて欠片もしていない。「何かくるかもしれない」と思っている段階で既に大丈夫なんですよ」
正直魔女子が忠告をするまでもない。
動島振武はお世辞でもなんでもなく強いのだから。
「……おう、ありがとよ」
「はて? 当たり前のことを言っただけで、私は何も」
「そういうのを、本気で思ってるんだからお前は、……いや、良いや。こればっかりは俺がどうこう言ってもしゃあない」
組んでいた脚をほぐしながら立ち上がる。
「行きますか?」
「ああ、行く。行って、」
扉に向かいながら、その眼光は、姿勢は、表情は。既に対戦相手と向かい合うような笑顔になっていた。
武人の顔。
強者と戦う喜びに満ちたもの。
「――勝つ」
『さぁ2回戦だ!! マスメディアに観客ども準備は良いな!? 良くなくても始めんぞ!!?』
『お前そういう煽り好きな』
『2回戦は、まずはこのカードから始めんぞ!』
『無視かよ』
会場は1回戦の時と変わらず熱気に包まれている。
変わったのは、自分の姿勢だろう。1回戦の相手に油断していたわけではないが、それでも今目の前に立っている出久に比べてしまうと、肩の力は抜いていたように思える。
「……超えるよ、動島くん」
出久にしては珍しく、挑戦的な言葉だった。
そんな風に自分の事を買ってくれているのが嬉しくて、笑みを浮かべる。
「おう、緑谷。
俺もお前を――超える」
どっちが上も下もない。
実力がどうというのもこの際関係ない。
ここまで来たら、自分達は対等だ。対等だからこそ、
お互いがお互いを、超えたいと思っている。
『今大会好成績で進んでいる2人! 両雄並び立ち、今!
緑谷
プレゼント・マイクの掛け声とともに、
「――瞬刹」
間合いは一気に詰められる。
瞬殺。緑谷に何かさせる前に叩き潰す。それが1番安全な行動だった。
拳を振らなくても、掴んで投げられそうな距離で、振武は拳を構える。
「震振撃――四王天」
1番出力が弱いものの、防御力0の相手を場外に吹き飛ばすのには問題ない。この近距離で放たれる攻撃に八極や十六夜を使っては、相手を完全に破壊してしまう。
だからこそだった。
そのまま吹き飛ばされてくれれば、と。
だが、それを許す緑谷出久ではなかった。
「5%――デトロイト・スマッシュ!!!」
振武の攻撃に、少し遅れて反応する。
殴る場所は、顔か――いや、顔ならば簡単に避けられる可能性がある。だとすれば出久が狙うのは腹か。
普通に考えればそうだ。
しかし、出久が狙って来たのは、
自分に向かって飛んでくる、振武の拳そのもの。
「――っ!?」
バチンッと、まるで静電気で弾かれるようにお互いの拳が横に弾き出される。
力は少しだけ振武の方が強い。
だがそれでも、正面からぶつけたのではなく、横から殴りつけるようにされたそれは、力をあらぬ方向に向ける。
手で叩くように振るわれるそれは、100%に比べれば、振武の拳と正面勝負は難しいが、
振武の拳を横へずらす程度の力はある。
「っ!!!」
傷ついた拳から少し血を流しながらも、出久は距離を取ろうとする。
速い。
足にまでワン・フォー・オールを使えているのか、その脚は何もしなければすぐに間合いを空けられるほど。
「――逃がさねぇ!」
それを、瞬刹ですぐさま0にする。
「震振撃・八極――乱打!!!」
両腕に振動を走らせ、拳を何度も振るう。
上下左右、あらゆる方向から放たれる拳は、嵐の中吹いている風のように速く、回避は難しい。
それを出久は、
「ぅ――うぉぉおおぉおぉおぉお!!」
個性で強化した腕で、まるで払いのけるように逸らせる。
簡単にブレるような拳ではない。だが5%とは言え強化された腕で全力でただ「横に動かそう」とする力で、ほんの少しだけ中心が逸れる。
緻密に計算され生み出されるその拳は、たったそれだけでも本領を発揮出来ない。
かするように当たる拳には、まるで手応えを感じない。
「お前、」
見えているのか?
俺の拳が。
振武の拳は速い。
何年も何年も、〝回避出来ない攻撃〟を目指して生み出されたそれは、普通よりもずっと速い。
個性を使って強化したそれは尚更なはずなのに。
――だが、当然限界はある。
どこまで加速しても、どこまで個性による影響で体の耐久値が上がったとしても、速度を出す前提として生まれ出ていない自分の拳では限界がある。
そこを見抜かれている。
「……君の戦いを何度も見て来たんだ。
君のお母さんの戦いも、何度も再生して頭の中に叩き込んだ。
目が慣れるように調整もしたんだ」
力を出す為に必死に歯をくいしばるその口から、出久の言葉が漏れる。
必死さが伝わる声。
5%とは言え、その速度は速い。
動体視力さえ鍛えていれば、振武の拳を追う事は難しくは無い。
「言っただろう――君を超えるって!!!」
――拳を回避された事はあった。
祖父のような人間には回避されるし、自分の拳が無敗だという自信はない。
だが同い年で、自分の拳に反応して、その拳そのものを跳ね除けようと考える人間はいなかった。
逃げ回っても、瞬刹には敵わない。
そう考えてこの策か?
一見理知的に見えるだろうが、割とクレイジーな考え方だ。
逃げれないなら、真っ正面から拳を逸らして、攻撃を当たらないようにする?
目の前の男は、勝つ為に1番リスキーな場所に立ったのだ。
――おそらく、振武の弱点を知った上で。
熱と疲労。
振動を使う上で、どうしてもそこだけはクリア出来なかった。
上限を上げる事はできても限界があって、使い過ぎれば内部の熱と筋肉の疲労で動きが鈍る。
それを越えれば、動けなくなる事すらある。
それを狙っているのか?
……おそらく間合いを開いて崩月を使っても、あの強力デコピンで防がれる。
デコピンとは言え100%の力だ、衝撃で自分の拳の威力は弾かれる。
出久のデコピンどころか100%デトロイト・スマッシュも無効化する為には十六夜しかない。
だが、あれは自分の腕も使い物にならなくする。少なくとも装備がない今は。
回避して近づけばまた今と同じ状況が生まれる。
何せ完全にではないものの出久は自分の瞬刹に反応しているのだ。
持久戦、我慢比べをしようと言っているのだ。
作戦は凄いがまるで自分の限界を考えていない。
考えていても無視している。
こいつは、
「――馬鹿じゃねぇの、お前」
頭の中で鳴り続けていた思考を、一気に外に追い出す。
邪魔だ。
理性的な考えは、今は邪魔に思えた。
自分はやはり、計算しながら戦えるタイプではないらしい。
真っ正面から不意打って倒す。出久はそう言っているようなものだった。
「――真っ正面から、全力で、突き崩す」
正面から戦う。
全力で。
対等な相手と。
あぁ、それは、
なんて楽しいんだろうか。
◇
「――あぁ、ダメですね、あれは」
控え室のテレビで試合の様子を見守っている魔女子は、呆れ口調で小さく呟いた。
会場の中心では、まるで小さな嵐でも起こっているかのように拳の応酬が続いている。
振武が拳を放つ。
それを出久が逸らす。
振武が当てれば振武の勝ち。
振武の限界を迎えさせ、隙を突ければ出久の勝ち。
両者とも、何度も離れて接敵。離れて攻撃したかと思えばそれを相殺しまた近接。
その繰り返し。
その繰り返しが、異常に速い。
動体視力以上に、個性の調整を覚えたのか、普段以上に速く動けている出久と、普段から高速での戦闘を行なっている振武だからだろう。
「出久さんの考えは、まぁ分からなくもない。結局彼は弱いのは事実。ならば多少のリスキーな方法でも突破しようと考えるのは、当然でしょう。の割に彼の考える作戦って結構脳筋ですけどね。
ですが、振武さんが乗る義理はない」
とっとと最高出力で踏み潰せばいいだけなのだ。
大真面目に真っ正面からぶつかる必要性は、振武にはないのだ。
ない、はずだが、
「……本当にダメですね、
――動島振武と競える相手はそう多くはない。
しかも近接戦闘という同じ土俵で同じように戦える人間は少ない。それは魔女子にも薄々分かっていた事だ。
つまり、競い合いという部分において動島振武は孤独だ。
同じクラスの尾白も無理だし、単純な戦闘能力という意味では爆豪や焦凍は同じような力量でも、それは大枠での戦いであって実はジャンルが違う。
同じジャンル。
同い年。
今まで経験した事がないそういう楽しさを今ここで知ってしまえば、振武はある種の本能を刺激されたのだろう。
曰く、武人の本質。
強者と戦う事を喜び、ギリギリの戦いに粋を求める、ある意味では逸脱してしまった思考回路。
その悪い面が出ている。
「油断はしていないようですけど……いえ、むしろ感覚はいつもより鋭くなっているでしょうね。あぁ〜あ、楽しそうに」
そう言いながらも、魔女子は別に馬鹿にしているわけではない。
戦いの中で、小技や作戦というのは、戦いを動かす上で実はそこまで重要ではない。特に一対一となれば尚更。
精神力で突破される事はままある事だ。
出久の作戦は今は効果を発揮しているが、この状況が良い事だと魔女子は思わない。
動島振武が本当の意味で全力を発揮しているこの状況は、下手をすれば、
「緑谷さんの作戦を超える動きをしますよ、多分」
小さく呟いた言葉は誰にも聞かれず、控え室の中で響いた。
今回書いてて改めて、「あ、俺って頭が良い戦い方が書けないタイプなんだ」と痛感しました。
もう少し利口な戦い方あっただろうと思いましたが、これはこれでちょっと出久さんっぽくて、相変わらずこの人も自己保身しないなぁとなんとなく思っております。
さて、次回も熱く戦えるのか、どうかお楽しみに。
次回! 動島くんが叫ぶ! そりゃそうだ!!
感想・評価心よりお待ちしております。