plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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10月暇になるので、どんどん行きましょう。
理由は……すまん、聞かないでくれ(真顔)
それでは、本編をどうぞ!!


episode6 熱

 

 

 

 

 拳がこちらに向かってくる。

 鼻、

 頬、

 胸部(しんぞうのうえ)

 鳩尾、

 脇腹、

 丹田、

 出久の振るっている拳そのもの、

 肘、

 肩、

 太腿。

 拳の届く所、効果がありそうな場所、ありとあらゆる場所にその振動と彼本人の力で振るわれる拳が向かってくる。。

 

「――クッ!」

 

 それを1つ1つ丁寧に、だが確実に逸らし、叩き落とし、ギリギリ最小限のダメージに留めるように回避する。

 体力を残しながら、全力を出す(・・・・・・・・・・・・・・)

 まるでパラパラと中途半端に降り続ける雨粒を払いのけるようなその拳はいつ止むのか、いつその勢いを弱めるのか分からない。

 容赦なく。

 間断なく。

 その拳の速度についていくのが精一杯。

 このある意味において乱戦と称しても良い戦いの中で、もし隙があれば攻撃を放てるかもしれないなどと淡い期待を持っていた少し前の自分の愚かさを、緑谷出久は噛み締めていた。

 隙なんてなかった。

 そんな心優しさなど、手心を加えてくるような油断を、目の前で楽しそうに拳を振るっている動島振武にはなかった。

 戦闘を楽しんでいる狂戦士のような風に豹変したと思ったのに、その頭の中には享楽を優先させると言う発想がない。

 武人。

 武人とはそもそもそういう生き物だ。

 相手を尊敬し、その尊敬出来る相手を競い合う喜びに打ち震える一方で、その相手を尊敬するからこそ油断などしない。

 相手に失礼がないように、完膚なきまで叩き潰す。

 ……拳は刻一刻と変化していく。

 より速く、

 より強く、

 より正確に。

 まるでその場で技術が、筋力が、洞察力が、全ての戦うという行為に必要な要素が、その場で相手を倒すために向上していくのが、拳をある意味で相殺し回避し続けている出久には分かった。

 

「――ハハッ」

 

 思わず、笑い声が出久の口から漏れた。

 こんな状況で、こんな嵐のような拳の応酬の中で笑える自分に驚いた。

 嬉しいのだ。

 目の前の、こんな凄い人が。

 戦うという観点で常に上を見続ける人が、

 真っ直ぐに自分を見ている。

 認めてもらえている実感。

 それは今まで褒められた事よりも何よりも嬉しい事で、

 

 

 

 だからこそ、目の前の男に勝ちたいと思えた。

 

 

 

(でも、この拮抗状態も長くは続かない)

 

 自分の体力の限界ではない。

 振武の拳に触れるからこそ分かる感覚。

 人体ではあり得ないほど熱くなり始めている腕の熱が、彼の個性の限界を感じさせる。

 振動をすれば熱を発生させる。

 それは当然の事だ。そのオーバーヒートと腕の筋繊維や骨の限界を狙っている。

 ある意味狙い通りにことは進んでいた。

 だがそれでも、振武自身には限界に感じていない。

 自分の腕がそろそろ限界なのには気付いているだろうが、それでも拳の精度が変わらない、むしろ上がっているという点で、彼の強さが分かる。

 どこで弊害が出るのか。

 どこでそれが隙として現れるかは分からない。だがそう遠くもない。

 当然自分にも限界がある。

 拳の威力を殺しダメージを最小限に食い止めているとしても、それは蓄積されていく。

 拳の皮が擦りむけ、血が出ている。

 体がギシギシと音を立てている。

 拳が当たったところは当然痛みからくる熱に苛まれている。

 だがこの至近距離で逃げられないタイミングで、自分の全力を、100%の攻撃を相手にぶつければ、

 

 

 

 動島振武を、倒せるかもしれない。

 

 

 

(さぁ、まだまだ我慢比べだよ、動島くん)

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 全力の拳を出久に向ける。。

 鼻、

 頬、

 胸部(しんぞうのうえ)

 鳩尾、

 脇腹、

 丹田、

 出久の振るっている拳そのもの、

 肘、

 肩、

 太腿。

 拳の届く所は、どこでも彼の攻撃範囲。

 遠慮などしない。

 相手が油断できないからこそ、確実に倒す為の部分、確実に相手を行動不能にする為の攻撃を、今の自分に振るえる最速で振るい、一撃で壊す為の最強を振るった。

 

「――クッ!!」

 

 だが、それは全てが徒労に終わる。

 まるで柳の枝。

 まるで空中に浮遊する薄い紙のように。

 常に必中の気持ちで放つ拳は逸らされ、叩き落とされ、ギリギリ最小限のダメージに留められるように回避される。

 マジか、これも避けるのか?

 頭の中でそんな驚愕が頭の中に浮かぶ。それを喜びに変えて拳を打ち続ける。

 

「――ハッ」

 

 体を動かし、既に息は荒い。

 肺が痛いなんて経験は何年ぶりだろう。

 動島流を極める為。

 ヒーローになる為。

 そう言って鍛えていった体はもう既に少々の運動では息が上がらない。疲れも感じない。

 だが、今はどうだ?

 試合が始まってどれくらいの時間がたったか分からない。

 すでに2時間は戦っているような気もする。

 まだ10分しか経っていないようにも感じられる。

 だが、2時間だろうと10分だろうと、普通の鍛錬だったら、普通の相手だったらここまで息は上がらない。

 自分をここまで動かしておいて、出久はまだ立っている。

 今の自分が出せる最高の拳。個性をフル活用して威力と速さが増しているそれを、目の前の出久はまともに1発も浴びていない。

 

(普通の奴だったら、苛立つんだろうな、こんな時)

 

 自分がそうなると思ってそうならなかった場合、人は憤りを感じる。

 人間としては自然な反応だ。それが向けられる相手にとってみれば理不尽極まりないものだったとしても、関係なく感情は沸き起こる。

 自分の感情は、常に自分勝手だ。

 だが振武の中には、そんな感情はない。

 むしろ、

 

 

 

(ああ――俺はなんて幸せ者なんだ!!)

 

 

 

 ここで倒れない相手がいてくれた。

 自分と競い合ってくれる相手がいたことの嬉しさに、まるで魂に自分の個性を使ったように〝振るえる〟、〝熱を帯びる〟。

 如何に当てるか。

 如何に相手を倒すか。

 それだけを考え、拳の速さを、強さを、正確さを調整し、上に、ただ上に直向きにその場で極めていく。

 自分を同じ位置に立ってくれる敵に、振武は喜びを感じていた。

 しかし、

 

(――そう、長くは続かないよな)

 

 腕の熱を感じて、寂しい気持ちが湧き上がる。

 振動による熱と疲労。

 普段コスチュームで上げられている上限が、今は振武の体を内側から責め立てている。

 どこまで鍛錬をしても超えられなかったもの。

 それが徐々に振武の腕を蝕み、筋繊維を傷つけ、だんだんと腕が軋み始めているのが分かる。

 限界が近い。

 後どれくらい戦えるのかは分からない。だがそう長くもない。

 幸い振武のこの欠点で受ける傷はそう強いものではない。

 もし腕がここでダメになったとしてもリカバリーガールに一回治癒をかけて貰えば治してもらえる。

 だが、戦いの最中にそれが起きれば、

 そのタイミングで出久が全力の攻撃を放てば、

 

 

 

 ――自分は、緑谷出久に敗北する負けてしまう。

 

 

 

(さぁ、まだまだ我慢比べだ、緑谷)

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

「すげぇ……」

 

 観客の誰かが口にした言葉が、客席の中に木霊する。

 会場は、異常な静けさを生み出していた。

 皆が皆、固唾を飲んで会場を見ているのだ。

 小さな嵐。

 そう表現出来る動島振武と緑谷出久の戦いは、少し離れた場所から見ている観客には、一体何をしているのか分からないという者も少なくはない。

 戦っている事は解る。

 だがその拳1つ1つがどこに向かってどうなっていっているのか、詳細を理解できる者は少ない。

 速すぎる。

 人間の体はこんなに早く動けるように出来ているのか。

 個性という超常の力を手に入れ、それを使い、社会の平和を維持するヒーロー達でも、あの領域の戦いを繰り広げた経験は少ない。

 良くも悪くもヒーロー飽和社会。

 あれほどの強さが必要な事件というのは早々ない。

 暴れ回るのはチンピラレベルの奴らばかり。個性にかまけて鍛錬を怠る奴らだ。

 だから目の前の戦いは、そのプロのヒーロー達からしても異常な光景だった。

 そしてそれは、教師達にとっても同じ事だ。

 

『おいおいなんなんだアイツラ!? 本当にこりゃ目の前で起こってんのか、CG映像観てる気分だぜ! お前の生徒マジ何なのイレイザー!!』

 

「……俺に訊くな、ドアホ」

 

 興奮を隠さずに叫ぶプレゼント・マイクに相澤はどうでも良さそうに言葉を返す。

 実際、彼にも分からない。

 動島振武は……もうツッコミ不要だろう。

 彼はどこか力を隠している、抑えている節があった。何せあのトンデモ流派で幼少期から鍛錬を積み重ねていた人間だ、多少の事は出来て当たり前だ……それが例え、普通の人間からすれば異常な鍛錬で、異常な成果であったとしても。

 対して緑谷出久はどうだ?

 正直そちらの方が驚きだ。

 何せ彼はつい最近まで個性の制御すらままならなかった、相澤からすれば見込みなしとは言わずとも、他の生徒に比べればまだまだの生徒だったはずだ。

 しかしこの大会中に何かを得たのか。

 まるで人が変わったように振武に食らいついている。

 成長が早過ぎる。

 元々学習能力が高い出久だが、ここまで成長するほど異常なものではなかったはずだ。

 何かが変わったのだろう。彼の中で。

 

「……マイク、試合開始してからどれくらい経ってる?」

 

『え? あ、あぁ、だいたい15分くらいか? 1回戦が結構早く進行したから、結構長ぇくらいだ』

 

 脈絡もない質問に律儀に返事をするマイクの言葉に、相澤は小さく頷く。

 

「最後は一瞬で終わるぞ、あんまり余所見すんな」

 

『どういう事でWhy!?』

 

 マイクの妙なボケには突っ込まず、話を続ける。

 

「15分あの速度で動き続け、お互い個性を使っている。とてもじゃないが両方とも体力が持つわけがない。そろそろ決着が着いてもおかしくはないんだよ」

 

 お互い鍛えていても、全力で動き続けるというのには限界がある。

 動島振武は個性の弱点も含めて体力消費は普通の人の何倍も激しく、緑谷出久は慣れない個性を制御しながらあの猛攻に耐えているのだ。

 そう長くない、もう直ぐ最後の攻撃に移るだろう。

 

「お互い最後の一撃を打ち合って、どっちが勝つか、だな」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 観客の反応も、解説をしている声も、何もかもが雑音だ。

 拳と拳の応酬はまだ止まない。

 狭い場所でのインファイト。

 ダイナミックに動いているわけでもない、まるでお互い縛り付けられて離れられないようにした試合であるかのようにお互いが一歩も引かない。

 ここで倒す。

 絶対に倒れない。

 シンプルで、強固な意志だけでの全力の殴り合い。

 だが、それももう直ぐ終わる。

 終わってしまう。

 

 

 

「――っ!?」

 

 

 

 ギシッ、という、油をさしていない錆だらけの歯車が発するような嫌な音が、振武の腕から響く。それと同時にやってくる鋭い痛みは、否が応でもその存在に目を向けざるおえない。

 筋肉が悲鳴をあげている。

 もう動けないと叫んでいる。

 ついに熱と疲労が、許容量どころか限界量すら超えたのだ。

 その一瞬の静止。

 一瞬の躊躇が、

 

 

 

 命取りだった。

 

 

 

「っ――!!!!」

 

 

 

 

 すでにボロボロの体を必死で動かし、弓の弦を引くように目一杯体を、腕を後方に逸らす。

 この隙を作るために、延々と続く拳を耐え、必死で最後の力だけは取っておいた。

 それを解放する時は――今だった。

 腕に、見えない電流が走る。

 制御する気もない膨大な力が、出久の腕に一点に集まる。

 ただ一撃。

 一撃を確実に、動島振武にぶちかます。

 絶対にここで!!

 

 

 

「――――勝つ!!!!

 デトロイトォ、スマッシュ!!!!」

 

 

 

 一瞬の静寂。

 拳が衝突した瞬間のインパクトは、周囲の衝撃波を発生させ、動島振武の胸の一点に降り注がれる。

 

 

 

 ――はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

「――震振・灯籠流し」

 

 

 

 出久拳がぶつかるはずだった胸の前に、振武の手のひらがあった。

 まるでキャッチャーミットでも構えるような。

 今まで攻撃を避ける事に終始した動島振武が初めて、

 

 

 

 明確に、防御姿勢を見せたのだ(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 振武の足元のコンクリートが剥がれ、まるでそこから水が溢れ出すように威力はそのまま流される。

 振武は後ろを気にしていないが、観客席には被害は出ていない。セメントスの個性で何層も作られた防壁が、ギリギリの所でその被害を食い止めたのだ。

 暴れ川の中に立っているような、力の奔流。

 それを、前から後ろに流す。

 力のコントロールを命題として掲げ続ける動島流の防御技。

 ――出久の考えをそのまま活かすとすれば、動島振武は自身を避雷針のような役割に仕立て上げたのだ。

 衝撃、力という強力な雷を受け止め、地面に流す。

 ――勿論、それは完全なものではなかった。

 

「がフッ」

 

 まるで小一時間サンドバックとして利用されたかのように、衝撃が全身に爪痕を残し、ダメージを与え、振武の息を一瞬だけ止める。おそらく服を脱げば打撲や内部出血だらけだろう。幸い骨は無事だったが。

 威力の8割。

 それが震振・灯籠流しで抑えられる威力。

 つまり、今ダメージを受けたのは抑え切れなかった2割の威力が振武に与えたもの。

 2割で、振武は立っているのがギリギリの状態にまで追い詰められた。

 だが、そこで止まれない

 

「――――」

 

 何故、

 どうして、

 そんな言葉が聞こえてくるような表情を浮かべ、バキバキに折れている右腕を抱える緑谷出久に、拳を向ける。

 振動は最大。

 すでに自分も手加減している余裕などない。強いていうなら、相手の傷にならないようにギリギリで出久を押し出すように衝撃の性質を変えるのが限界。

 それ以外は、全力全開。

 油断も、

 遠慮も、

 憂慮も、

 配慮も、

 手心も、

 何もかもを度外視した。

 

 

 

『震 振 撃―――― 十 六 夜 !!!!』

 

 

 

 動島振武の一撃が、容赦なく緑谷出久を襲った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ケホッ……どんな風にすればこんな威力出せるのよ」

 

 もうもうと立ち込める土煙の中で、ミッドナイトは口元を押さえて立っていた。

 ――正直に言ってしまえば、彼女は途中からこの試合を止めようと思っていた。いくらリカバリーガールに治して貰えると言っても、こんな無茶苦茶な戦いはどちらかが死んでしまう可能性もあったからだ。

 だが、それでも止めなかったのは、止まらないと分かっていたからだ。

 彼らには、既に彼らしか見えていない。

 観客や解説というものを無視するどころか、主審である自分の存在すらも忘れてお互いのぶつかり合いに終始していた。

 いくら青春フェチ、熱血フェチのミッドナイトでも笑えないレベルの熱さ、執念。

 そして2人の攻撃で起こった衝撃に吹っ飛ばされながらも、何とか立ち上がり、舞台へと登ってきたのだ。

 舞台は、もう既に舞台の体裁を残していないほどボロボロだった。

 当然だ。

 本来は天気すらも変えてしまうほどの威力を持っている攻撃と、それと同等の威力を持った拳の両方が使われたのだ。会場が吹っ飛ばされてもおかしくはない威力。

 威力だけ見れば、今大会最強のカードと言っても良いだろう。

 徐々に晴れていく土煙の中、ミッドナイトは必死に対戦を行っていた生徒達を探した。

 探して――見つけた。

 舞台の中心に、たった1人。

 地面をじっと見て、ギリギリの所で立っている少年が1人。

 

 

 

 動島振武の姿があった。

 

 

 

 そして、緑谷出久も、座っているのがやっとという様子だった。。

 ――場外、観客席を隔てる壁を背にしながら、なんとか。

 

 

 

「緑谷くん場外――動島くん、3回戦突破!!!!」

 

 

 

 歓声は上がるものの、どこか小さい。

 とんでもない力の応酬。それを見て、動揺しない人間はいなかったというの事だった。

 時間にして20分。

 戦っている本人達にとっては、まるで一瞬のようで、永遠のようにも思えた戦いは、

 他人から見れば、長いとも短いとも断言し辛い時間で決着を付けた。

 

 

 

 

 

 

「イタタタタ、リカバリーガールもっと優しく、優しくしてって痣めっちゃ痛い!!」

 

「痛くしてんだから当たり前だよ! 全く、あんたらは何でそう無茶が好きなんだろうねぇ」

 

「いや無茶したくてしたわけじゃイタタタタ!!」

 

 医務室などの検査結果も含めてこの戦いを評価するならば、動島振武の勝ちだった。

 緑谷出久は自分の個性で折ってしまった腕も含めて、ダメージと体力の減り方が異常だった。個性を使っての戦いである事も含めて、もしここで勝っても次の試合に出る事は難しかっただろう。

 対して、動島振武は、

 

 

 

 とても、元気だった。

 

 

 

 制御を無視したワン・フォー・オールの全力での攻撃を受けたにもかかわらず、全身の打撲、腕の靭帯に軽度の損傷、毛細血管がブチ切れた程度で済んでいるというものに比べれば、緑谷出久の負傷はまだ普通の事だろう。

 勿論それでも普通ならば次の出場を辞退すべきレベルなのだが、そこはリカバリーガールの強めの治癒で簡単に治ってしまうという話だ。

 体力面に関してもそうだ。未だ疲れが染み付いて叫ぶなんてことが出来なかった出久とは違い、すでに振武は叫ぶほど元気が出ている。リカバリーガールの治癒で体力を奪われても、だ。

 怪我をし慣れている事もあって、その回復力も出久とは違う。

 次の試合の事も視野に入れ振り返って見れば、今の緑谷出久が今の動島振武に敵う項目はなかったという事がはっきりと分かるものだった。

 

「あ、あははは」

 

 それを見て、出久も苦笑するほかない。

 勝てる算段を付けて挑んだ戦いだったのだが、こうして蓋を開けて見れば、その算段はそもそも計算が成立していないようなものだったのだから。

 

「はいよ。本当だったらここで休んで行きなさいというか、ぶっちゃけ次の試合も出るなという所なんだけど……出れそうだし、出る気だろう?」

 

 リカバリーガールの、呆れを通り越して面倒臭そうな顔に、振武は苦笑しながら頷く。

 

「はい、ちょっと調整が必要でしょうけど、この程度だったら動けます。まだもうちょい時間があるし、その間には回復してますよ」

 

 ゆっくりとその場で柔軟体操をしている振武には、先ほどの疲れは何処へやら、頬や体のいたるところに一応と貼ってもらった湿布が無ければ、怪我など最初からなかったかのような様子だ。

 爆豪と同レベルか、それ以上のタフネスさだ。

 

「緑谷は……大丈夫じゃなさそうだな。最後の最後、全く遠慮しなかったから、」

 

「う、ううん! 大丈夫だって!!」

 

「大丈夫じゃないだろう!!」

 

 振武の心配そうな様子に首が一周しそうな勢いで横に振る緑谷に、思わずリカバリーガールは突っ込む。

 

「あんたは個性使ってギリギリ後ろに跳んだから内臓平気だっただけで、シャレになるような攻撃じゃなかったんだよ!?

 動島、あれ今後人に向けるんじゃないよ!!」

 

「分かってますって……あの時余裕がなかっただけで、流石にもう向けませんってえぇ」

 

 リカバリーガールの説教に必死で頭を下げる振武の姿を見て、出久は少し可笑しそうに笑った。

 ……震振撃・十六夜の瞬間、出久はバックステップの要領で後ろに下がった。

 制御していない、100%の力で、全力で。

 いくら相手を傷つけないようにというギリギリのブレーキを踏んでいても、震振撃・十六夜はそれだけで人を殴殺するに足る力を持っている技だった。

 勿論、当たっても死にはしないように調整されたが、それは死んでいないだけというレベルになっていたかもしれない。

 ここで緑谷が疲れた表情を見せながらも話せているのは、ダメージが少ないのは、あのコンマ1秒の反応を求められる状況で大幅にダメージを削ったからだ。

 勿論、結局両足が折れて場外になっているのだから、元も子もないのだが。

 

「……ハァ〜」

 

 そんなやり取りをしていると、振武はわざとらしく溜息を吐いた。

 わざとらしくというより、わざとだ。

 

「ど、どうしたの動島くん? 僕、なんか変かな??」

 

 ベットの上で両足と右腕をギブスで固定されながら右往左往するという器用な事をし始める出久に、振武は苦笑を浮かべる。

 

「変じゃないよ。

 その、なんつうか……最後の最後で、負けたと思ったんだわ」

 

 あの時。

 既に出久は自分に攻撃出来る状況ではなかった。自身の必殺技が決まらなかったという動揺で生まれた、一瞬の隙。そこを突くように動いた攻撃は、振武が言うのも何だが完璧なタイミングだった。

 絶対に決まる。

 最後の最後にそう思った攻撃を、出久に見事に無効化された。

 試合としての結果は自分の勝利だが、実質は最後まで攻め切れなかった自分の負け。

『勝負に勝って喧嘩に負ける』という諺をまさか体感するとは、振武も思っても見なかった。

 

「そんな……僕は、最後の最後まで、動島くんには勝てなかったよ。想像してたのの10倍、動島くんが上手だった」

 

 単純な戦闘能力もそうだが、自分の計画を見抜いて、付き合って、それでも上を超えてきたのだ。

 特に最後の防御技は、自分の予想を超えた。

 てっきり回避型だと思っていた振武が、100%のワン・フォー・オールを真正面から止めたのだ。

 手が止まってしまうのもしょうがない話だ。

 

「いやいや、あそこでもう1発来てたら吹っ飛んでたのは俺だって」

 

「どうかな? 動島くんなら避けていた気もするけど?」

 

「それは――どうかな? 正直俺にも分からない。あの時はお前よりも早く攻撃を打つ事に必死になってたし、その考えはなかったかも」

 

「あはは、僕も無効化されて、頭真っ白になっちゃった。あそこで勝つって思ってたから」

 

「そこはお互い様だな。俺も最後は完全に決まったと思ったから、あの手応えの無さには驚かされた」

 

 それを第三者として聞いているリカバリーガールからすれば、

 

(どっちもどっちだよ、阿呆)

 

 という感想しか浮かんでこなかった。

 どちらもギリギリ。

 どちらも全力。

 どちらも異常だった。

 何度もそういう戦いを見てきたし実際今回の大会でも何度かあったが、これは何方かが相手を凌駕する事も無い、圧勝とは口が裂けても言えない戦い。

 自身が出来る事を全部引っ張り出して掴んだ辛勝で、

 自身が出来る事を全部引っ張り出して逃した惜敗だった。

 主観ではあっという間の戦いに思えているから、余計に自分の出来なかった事が目立つのだろう。

 戦いとしては、上位に来るものだったとしても。

 

「なぁ、緑谷、ちょっと手出せよ」

 

「?」

 

「いや怪我してる方を無理に出そうとするなバカかお前は」

 

 振武の唐突な言葉に吊っている腕を出そうとする緑谷を制し、一応無事な(それでも包帯が巻かれている)左手を出させ、無理やり自分の左手を握らせる。

 握手だ。

 

「まぁ、本当は右手の方が良いんだろうけど……ここは、引き分けって事にしないか?」

 

「引き分け……?」

 

 ポカンとする出久に、振武は大きく頷く。

 

「お互い、全力出して真正面から戦って……まぁ試合としては俺が勝ったが、それでも結局お互いを倒し切れなかった。

 ――だから、いつか必ず、もっとお互い強くなって決着をつける。これはそういう約束だ」

 

 お互い、まだ1年生。

 直接対決をする機会は多々あるだろうし、何より体育祭はあと2回あるのだ。そこでまたぶつかり合い、今度は全力で相手を圧倒する。

 今度こそ本当の意味で超える。

 今はまだ、何とか超えられた程度。指の先だけラインを超えただけ。

 だから、次はもう一度。

 

 

 

「次は負けねぇぞ――出久」

 

 

 

 振武の言葉に、出久は大きく目を見開き――泣きそうな笑顔で、握られた左手を強く握りしめる。

 

 

 

「うん――必ず追い付くよ、振武くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ――戦いはまだ終わらない。

 

「――ようやくです」

 

 舞台が直されている間のしばしの時間。

 魔女子は緊張した面持ちでその舞台に続く廊下に立っていた。

 そう、緊張している。

 今まで極力出してこなかった感情を、誰もいない廊下で1人で口にする。

 ようやくだ。

 これを、この舞台を手に入れる為に自分は散々な事をして来たのだ。

 誰にも邪魔をされず、轟焦凍と一対一で正面から戦える場を求めて、魔女子は他人を押し退け、自分を悪役にしてでもやってきたのだ。

 初めて自分が抱いた我儘を叶える為にここまで来たのだ。

 最後まで油断なく戦うつもりだが、それでもここまで来れた事に喜びを感じている。

 自分の能力は、他の者の個性に比べれば便利だが、それでも出せるのは現実に存在する動物の力のみ。火力という観点においては他の者と比べれば落ちる。瞬発力はあるものの、だ。

 1回戦で勝てたのは、上鳴が冷静ではなかったからだし、徒競走は直接的な戦闘能力は関係がない、騎馬戦は集団戦で、幸いそれは魔女子にとって得意分野だった。

 ここまで来れたのは、運による部分も大きい。

 もし途中で振武や爆豪などの直接戦闘で強い人間とこのトーナメントで当たっていれば負けていたかもしれないのだから。

 

「――ようやくです」

 もう一度呟く。

 ここが自分の本番だ。

 きっとここで成果を出せなかったら、今までやってきた事は無駄になるし、今まで培った信頼は全て無に帰す。

 ――後者は、それほど重要ではない。

 別に自分が孤独になる事には慣れている。

 でももし目的が達成出来なかったら。

 きっと自分はもう立ち上がれない。

 

 

 

「――救けます、轟くん」

 

 

 

 自分が自分で、彼の笑顔を取り戻す。

 その手伝いを、今から始めるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




2話で終わると思わなかったでしょう?
俺も「やばい際限なく膨らむ」と思いまして、コンパクトに纏めました。雰囲気出せているか少し心配な所がありますが、結末としては綺麗になったのでは? と思っています。
速さを出さなければいけない戦いって、文章で表現しようとすると難しいですね!
さて、2回戦第一試合は終了し、次は第二試合。
……これはこれでまた複雑な話ですが、頑張って書いて行きたいと思います。


次回! ネズミの群れがわんさかするよ!? お楽しみに!!


感想・評価心よりお待ちしております。

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