plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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ここでお知らせです。
皆さんに期待されて、少し悩んだのですが……すいません、爆豪・飯田戦は書けませんでした。
一度書いたは書いたんですけど……なんて言うんでしょう、分量が膨れる膨れる。
これ書いてたら、決勝書くのがあと1、2話遅れんぞ!? って状況になってしまいまして。
期待していた方すいません。
というインフォメーションでした。
それでは、本編をどうぞ!!


episode13 勝利は……

 

 

 

 

 

 爆破による加速。

 脚力による加速。

 その2つの勝負は、意外な事になのか、加速を使えるもの同士だからなのか、思った以上に早く終わっていた。

 爆豪勝己。

 勝ち上がって来たのは、やはりこの男だった。

 

「飯田の個性だと、もう少し綺麗に早めに倒してくれると思ってたんだけどなぁ」

 

 控え室で百に持って来てもらった飲み物を飲みながら、なんとなく独り言として呟く。

 飯田の売りは高速戦闘だ。あの速さを常時維持するのは強い。振武もその方法を取り入れたから分かるが、「気付いた時には間合いが詰まっている」という状況はなかなか脅威だ。

 中・遠距離戦闘をメインとしている相手であればそれだけで自分の手を封殺される事になりかねないし、近接戦闘を得意としていても機先を制される訳だから、初手で潰せば確実に終わる。

 だが、レシプロバーストという飯田の必殺技を使っても、飯田は初撃で爆豪を潰す事が出来なかった。

 ――間合いを詰めるというのは、ただ速ければ良いというものではない。

 心拍、呼吸、目線、集中力の途切れる合間。

 そこを狙って近づくからこそ効果がある。

 だが、飯田は今回それが出来ていなかった。

 

「私と戦った時よりも、動きが落ちています。もしかしたら、飯田さんも疲れていたのでは?」

 

「う〜ん、そういう感じの動きには見えなかったんだよなぁ」

 

 まるで気もそぞろ、と言ったような動きだった。

 集中が出来ていない……もしかしたら、それこそナニカあったのかもしれないが。

 

「――って、振武さん! 他人の心配をなさっている場合ではありません!!

 ご自分だってかなりまずい状況じゃないですか!!」

 

「あ〜、まあ、確かになぁ」

 

 振武は曖昧に頷きながら、今も包帯がぐるぐると巻かれている手を開いたり閉じたりする。これだけなら、痛みはない。

 それくらいに治癒を施してもらったのだ。

『動ける体力を残して、ギリギリ自分の体重を支えられたり、バランスを取るために振れる程度に拳を回復してほしい』。

 それがリカバリーガールにした注文だ。

 リカバリーガールは呆れ顔ではあったものの、注文通りに直してくれた。

 いや、想像以上だ。震振撃は難しくても、普通に殴るだけであれば大丈夫なレベルまで回復してもらえた。体力面も完璧だ。

 ……まぁ、これでも普通に戦っていたら、確実に負けるかもしれない程、傷はまだ残っているんだが。

 

「あの口ぶりですと、何か爆豪さんと戦える算段がついているとは思いますが……ついてますわよね?」

 

「信用ないな。実戦だったら難しいんだろうけど、この試合だったら大丈夫だって」

 

 あくまで試合だからこそここまで無茶が出来るのだ。

 命がかかっている実戦であれば、流石にとっとと逃げている。

 

「どうでしょう。振武さんはご自分で思っていらっしゃる以上に、無茶をする性格ですから」

 

「あ〜……やっぱ、怒ってる?」

 

 気まずそうな振武に、百は笑顔で頭を振る。

 

「いいえ、怒ってはいません。心配なだけですわ。

 ……全く、本当に。私が追いつこうと必死なのに、振武さんはどんどん先に行ってしまうんですもの。酷いですわ」

 

 百は、少し寂しそうな顔をするが、すぐに笑みを浮かべる。

 気の強そうな、いつもの勝気な笑顔。

 

「でも、私だって負けません。応用力なら振武さんよりあるんです。

 絶対に追いついてみせますわ」

 

「……そういう所が、お前は前向きだよな。

 多分、お前みたいな女を〝良い女〟って言うんだろうな」

 

「そ、そんな! 私なんてまだまだですわ!!」

 

 真っ赤な顔で首を振っているあたり、百も褒められる事に耐性がない。

 それはそれで、良い所なのかもしれないが。

 コンコン。

 不意にノックの音が聞こえる。

 

「はい! どうぞ!」

 

 扉の向こうにも聞こえるように返事をすると、扉がゆっくりと開けられる。

 

「おや、お邪魔だったかね?」

 

 それは、見知った老齢の女性だった。

 

「リカバリーガール!? なんでここに!?」

 

「アホ。あんたは一応怪我の中無理して出場するんだよ? ギリギリまでケアしないと、私の気が収まらないのさ」

 

 リカバリーガールは呆れ顔でそう言うと、細い目を吊り上げる。

 

「ついでに、試合に呼んでほしいと頼まれてね……本当に、大丈夫なんだね?」

 

「ああ、大丈夫……全力でぶっ飛ばせます」

 

「そういう意味で聞いたんじゃないけどね……まぁ、無茶出来んのも若いうちだけと思えば、悪いものでもないのかもしれないね」

 

 勝気なその言葉に苦笑を浮かべられる。

 

「じゃあ、百、悪いけどその飲み物、とっといてくれない?

 飲みかけだから、流石に勿体無い」

 

 立ち上がって体を解す。

 少し疲れはあるものの、まだ動ける。

 あと一試合なら大丈夫だろうが……相手はタフネスの権化。長期戦になることも視野に入れて戦わなければいけないかもしれない。

 意表を突き、どこまで爆豪を完封出来るかが問題だ。

 

「は、はい……あ、あの! 振武さん!!」

 

 椅子が倒れそうな勢いで立ち上がった百は、振武の目の前に立つ。

 ? どうしたんだ?

 そう言おうとするより先に、両手をまるで脇の下に入れるようにすると、

 

 

 

 振武に痛みを感じさせない程度に、だがギリギリまで強く、百が抱きしめて来た。

 

 

 

 

 

 

 柔らかい。

 

 

 

 じゃなくて!!!!

 

「ちょっ、百!? 急にどうしたんだよ!!??」

 

「……さぁ、どうしたんでしょう、急にこうしたくなってしまったんですわ。

 嫌、ですか?」

 

 嫌なわけがない。

 むしろご褒美だ。

 

「……振武さん。私は心配しています。

 無茶してまた怪我が増えるんじゃないかって。もしかしたら、何か体に痕が残るような傷を受けてしまうかもしれません」

 

「……そうだな」

 

「でも、私もわがままなんです。

 振武さんに怪我を負ってもらいたくないという気持ちと同じくらい、振武さんが爆豪さんに勝って、優勝してしまうのも見てみたいんです。

 

 

 

 ――思いっきりやってください。私、見ていますから」

 

 

 

 ……参った。

 振武は、良くも悪くも男だ。

 良い女にこんな事をされて、こんな事をされて、気合が入らない訳がなかった。

 

「――おう、勝ってくる」

 

 一度だけ、自分もぎゅっと百を抱きしめると、そのまま扉に向かって歩き始めた。

 振り返りはしない。

 勝った時には、笑顔が見える。今は少しだけ我慢だ。

 

 

 

 絶対に、勝つ!!

 

 

 

「……あんたら、付き合ってんのかい?」

 

「は? いや、違いますよ。あれはほら、励ましみたいなもんでしょう? 抱きしめたくらいで付き合ってるか、なんて、そんな訳ないじゃないですか」

 

「あぁ、はいはいそうかい……あの子も難儀な男に惚れたもんだ」

 

「?」

 

 舞台上に行くまでに、そんな妙齢ヒーローと朴念仁の会話があったり。

 

「ど、どうしましょう……あ、あああああんな破廉恥な事をしてしまいました!! は、はしたないとか思われていないでしょうか!? 思ったより胸板が厚かった……じゃなくて!!!!」

 

 控え室で、そんなウブな乙女の絶叫が、あったりなかったりしたというのは、あくまで噂程度の話だ。

 

 

 

 

 

 

 会場にいる全ての人間が固唾を飲んでいた。

 今大会、1年生というまだ青田と言える集団の競い合い。正直、スカウトに来ているプロヒーロー達の多くがそこまでの期待をしていなかった。

 実戦を経験した1年生達がいるという程度。

 そういう意味では興味をそそられても、相手は所詮1年生。数ヶ月前まで中学生だったような、まだヒヨコとすら言えない卵。

 多少良さそうな子供がいたらオファーを出そう。

 その程度の気持ちしかなかった。

 だが、今では見ている全員の目が違う。

 卵?

 子供?

 数ヶ月前まで中学生だった?

 そんな細かい事情を吹き飛ばすほど、どの生徒も優秀で強かった。

 その頂点が、今決まる。

 

『さぁ、なんやかんやあったが、今回の大会もいよいよ大詰め!!!!

 色々あったよなー本当にー……例年に比べて無茶苦茶だったな!!』

 

『何名かが無茶苦茶だっただけだ……動島は説教するから、あとで先生のところに来なさい』

 

『イレイザーここでそういう事言わないで!

 つうかボケとツッコミ代わってない? 俺がボケ! お前がツッコミ! オーケー!?』

 

『実況と解説だろうが』

 

『こいつはシヴィー!!』

 

 ボケとツッコミ……否、実況と解説のまるで漫才のようなやり取りが、会場中に響き渡る。

 

「説教……嫌だなぁ」

 

 あの相澤先生の事だ、きっとネチネチしてんだろうなぁ。

 少し憂鬱な気持ちになりながらも、振武はゆっくりと前を見た。

 ――誰だ。

 そう一瞬聞きそうになってしまうほど、正面から向き合っている爆豪勝己の雰囲気は今までのそれとは違っていた。

 嘲笑も、

 怒りも、

 気負いも、

 何も浮かんでいない。

 ただ、目の前にいる相手を倒す事しか考えていない目。

 純粋な敵意と、こっちにまで熱が伝わってくるほどの戦闘意欲。

 今までの爆豪では想像出来ないほど真っ直ぐで純粋だ。

 

「……腕ぇ、良いのか?」

 

 いつものウザったらしいくらい大きな濁声ではない、冷静な声で振武に問いかける。

 

「……これからぶっ倒す敵の心配か?」

 

「ちげぇよふざけんな死ね。テメェが全力で来れないと意味がねぇんだよ」

 

「そうか、お気遣いどうも」

 

「耳イカれてんのか、リカバリーガールに治して貰えクソが」

 

「イカれてねぇよ正常だよ。

 ……安心しろよ、お前倒すには十分な位治癒貰ったよ」

 

「ハッ、俺に倒される、の間違いじゃねぇのか、とっとと地面舐めて死ね」

 

「お前語彙力なさ過ぎんだろクソ下水煮込み」

 

 

 

「――コロス」

 

「――ヤッテミロ」

 

 

 

 もうこれ、試合でもなんでもなく普通に殺し合いとかそういうバトルロイヤル的何かなのではないか。

 振武と爆豪の会話を聞いていたミッドナイトはそう思った。

 だが、爆豪からすれば通常会話で既にこんな感じだし、振武にとっても挨拶程度にしか思っていない。

 そもそも言葉なんて馬鹿らしい。

 ここまで来たら、もうお互いぶん殴り合うくらいしかする事がないのだ。

 

『サアサアそんな事より選手紹介だ!! 頂点がこんな問題児対決になると誰が予想した!? 俺はしなかったね!!

 その強さ、天井知らず!! どいつもこいつも拳でぶっ飛ばし、奇想天外な技を使うが地力だって油断出来ねぇ、ボロボロになっても挑む格闘バカ!!! ヒーロー科、動島振武!!!!』

 

 バカは余計だよ。

 そう思いながら、振武は構える。

 いつもの構え……ではない。拳をメインにすればすぐにつかいものにならなくなる、出来るだけ最後まで取っておく為に、足だけはすぐに動かせるような構えにした。

 

(バーサス)!! 口は悪いがその実力は本物だ!! クレバーな動きと強力な爆破攻撃で相手の弱点を突いて来たが、今回はどうなるかな!? 同じくヒーロー科、爆豪勝己!!!!』

 

 爆豪も、何の反応も返さず、手に文字通り火花を散らしながら構える。

 お互い油断など微塵もない。

 全力で叩き潰す。

 そう目が語っている。

 

 

 

『泣いても笑ってもこれが最後!! 今大会の頂点を決める戦い!!

 ――――――START!!!!』

 

 

 

 

 

 

 爆豪の手が、文字通り爆ぜる。

 振武の足が、強力な力で地面を蹴る。

 少し開いていたお互いの距離が一瞬で無くなる。

 当然だ、何せ向こうは自分より速く間合いを詰める手段を持っている男だ。これぐらいの速度は想定内。だから爆豪は、そのまま手を構える。

 動島振武の拳は確かに脅威だ。本気の一撃だったら爆豪も受けようとは思わなかっただろう。

 だが振武の拳は万全ではない。

 拳を振るうのであれば、それは本気の一撃とは言えないだろう。その拳であれば、爆豪は受け止められると思った。

 そしてその拳を、初撃で使用不可能なダメージを与える。

 振武の格闘技が拳で戦う事を前提に置かれているのが分かった時から考えていた事だ。

 あとは、ひたすら爆破をかまして、場外にでも再起不能にでもする。

 それが狙いだった。

 

 

 

 だが、拳を注視しているのが問題だった。

 

 

 

 いきなり、爆豪の視界が横にブレる。

 まるで、横合いから殴られたかのような衝撃が頭に、脳に走る。

 

「――ガッ」

 

 思わず声を上げる。

 脳が揺れている所為か、視界が歪む。

 すぐに何が起きたかは分からない。

 主観では、振武の拳は動いていなかった。

 いや、拳すらつくっていない(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 飛んで来たのは、()だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「脚技!?」

 

 尾白は驚きの声を上げる。

 クラスメイトたちも驚いている。

 当然だ、今まで振武が見せた脚技なんて、戦闘訓練の時に見せた踏鳴りや、どうやって速さを出しているのか分からない、瞬刹と踏空くらいだった。時々蹴りを放っているのは見た事があっても、彼のメインは殆ど拳。

 だから皆思い込んでいた。

 振武は今回も、怪我を負っていても拳で戦うのだと。

 

「でも、足運び的にも、あいつの格闘技って拳で戦うの前提だと思ってた……」

 

 格闘技経験者の尾白は小さく呟いた。

 拳を放つ時の姿勢や足運びと、蹴り技のそれは違いがあるのは当然だ。

 バランスの取り方から威力の出し方まで、コツが違う。

 

「……なかった(・・・・)んじゃねぇか?」

 

 尾白や周囲の疑問の言葉に、焦凍が静かに返す。

 

「どういう意味だ?」

 

「あ〜、焦凍くんは言葉が足りないので、私が、私が、補足説明を」

 

 何故か焦凍の隣に座っている魔女子が、2回ほど自己主張してから話し始める。

 

「そもそも、動島流という格闘技には、脚技はあまりなかったのではないか、というのが、焦凍くんと私の見解です」

 

「脚技がないって……えっと、でも活殺術なんだよな? 格闘技的にそれって……動島流って新しいものを取り入れる事に、抵抗がないって聞いた。

 それなのに、脚技がないってのはおかしいんじゃないか?」

 

 尾白の言葉に、魔女子は小さく頷く。

 

「確かに、普通に考えればそうです。でも、だからこそ、こういう形に収まったのではないかと」

 

「どういう意味だ?」

 

 

 

「その流派が新しいものを取り入れた〝結果〟、脚技を捨てた可能性です」

 

 

 

 もし現在の形になっていく過程で、つまり何代か前の動島流宗家、あるいは習得者の誰かが、拳を極める技術に、動島流活殺術をシフトさせてしまっていたならば。

 可能性は、なくはない。

 動島流はそれこそ自由なものだ。使い手の数だけ方法論が変わったりする場合もある。根幹は同じでも、派生の仕方が違う。

 だから積み重ねられていく過程で、変質していく。

 

「これは動島流に限ったことではありません。

 古武術である柔術と、現代のスポーツ格闘に変換して言った柔道では違うように、歴史によって違いが出るのは当然です。

 勿論、蹴りや脚技が完全に無くなる事はなかったでしょうが、殆どないと言っても過言ではないでしょう。」

 

「それを、動島が復活させたって?」

 

「どうでしょう、復活というより、あれは新しく動島くん本人が模索している形の1つだと言えるでしょう。見ていれば分かります」

 

 爆豪に間断なく蹴りを放ち続ける振武に注視する。

 良く言えば、千変万化。

 悪く言えば、ごちゃ混ぜ。

 その言葉が似合うほど、振武の動きは奇妙なものだった。まるで様々な格闘技の動きを取り入れたようなチグハグな動き。

 時には体を回転させて旋風脚を放ったかと思えば、

 今度は逆立ちで体を回転させて蹴るカポエラのような動きで入れる。

 普通は組み合わせ的に隙が生まれてしまいそうなそれを、動作の速さで補っている。

 

「まだちゃんと形になってないっていうか……無茶苦茶、だな」

 

「はい、ようは彼の中でもまだ「試作段階」でしかないものなのでしょう。様になっていても、そこにはいくつかの弱点が見受けられます……尾白さんくらい格闘技に詳しいなら、分かると思いますが、どうでしょう?

 あ、いえ、決して偉そうにしているわけでは無く、これが私の喋り方の基本で、決して尾白さんを馬鹿にしているわけでは無くてですね、」

 

「あぁ、うん、分かってる分かってる」

 

 少し申し訳なさそうな魔女子の言葉に、尾白は苦笑を浮かべ、振武の動きを見ながら考える。

 

「……隙がある、ってのは皆も分かると思う。慣れていないから、攻撃そのものが拳よりも弱いし……あのめちゃくちゃ速い移動術も、あれじゃ使うのが難しいかもな」

 

 瞬刹は前にも説明したがデリケートだ。

 姿勢や力の入れ方1つで使えなくなる場合もある。だからこそ、片足一本でバランスを取らなければいけない蹴り技とは相性が悪い。

 踏空も同じだ。

 つまり、蹴りをメインに据えた場合、どうしてもインファイトに終始しなければいけないのだ。

 

「その通りです……つまり、キルゾーンです」

 

 爆豪の間合いにい続ける。

 それはかなり危険だ。賭けみたいなものだと言っても良いだろう。

 

「微妙な状況ってわけか……あー!! この場合どっちを応援すりゃ良いんだ!?」

 

「どっちもで良いじゃん」

 

 話を聞いていた鋭児郎の悩ましそうな叫びに、芦戸があっけらかんと言う。

 一応2人とも同じクラスの仲間なのだ、芦戸のように気軽に割り切れている人間も少ないだろう。

 

「……勝てる可能性は、ありますの?」

 

 必死な様子で黙って試合を見ていた百は、初めて魔女子にそう聞いた。

 その言葉に、魔女子は渋い顔をする。

 

「……冷たい事を言うようですが、今の状況では無理ですね」

 

「……そう、ですわよね……でも、」

 

 試合が始まる直前までの振武に、不安も動揺もなかった。

 嘘を吐いていたわけではない。

 

『勝つ』

 

 そう言っていた彼には、むしろ自信すらあったように思える。

 自分達には考えつかない、とびっきりバカで凄い事をしてくれるに違いない。

 百も、魔女子も、焦凍も、他のクラスメイト達も、そこは疑っていなかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 出来るだけ速く、

 出来るだけダメージが残る場所に。

 それだけを考えて蹴りを入れる。

 魔女子と尾白が話している内容にさらに言葉を加えるならば、彼自身が蹴り技を実際に使うのがここが初めてだという事と、個性を最低限にしている事も挙げられるだろう。

 鍛錬は積んでいる。

 だがあくまでまだ実戦で使えると判断できる程昇華できてはいない。個性を全開で使ったフルパワーは、大きな隙を生む。

 

「ウラァ!!」

 

 BOOOMという爆発音が振武の足を掠める。

 熱が表面を焦がす感覚を覚えるが、構わず振武は蹴りを放つ。

 狙うのは側頭部。

 

「――ッ!!」

 

 だが、一度食らった攻撃を簡単に受けてくれる相手ではなかった。

 当たる寸前に、体を屈めるようにしてその蹴りを回避してくる。

 ――先ほどより反応が早い。

 慣れてきてくる。

 

「チッ、成長早過ぎんだろ!!」

 

 そのまま勢いを殺さず、一回転して旋風脚を爆豪の横に食らわせる。

 

「っ!?」

 

 避けきれない。

 そう判断したのか、腕で防御した爆豪を、そのまま横に吹き飛ばす。

 うまく威力を殺されたのか、そう遠くまではいかなかった。

 だが、距離は開ける。

 そのまま振武も瞬刹を使ってさらに距離を広げた。

 仕切り直しだ。

 

「……あいつの爆破、どんどん強くなってってるな」

 

 スロースターターなのは障害物競走でなんと無くわかっていた。

 だから初撃で脳を揺らして動けない間に畳み掛けたかったが……そこは流石タフネス、そう上手くいかない。

 何より、

 

「思った以上に、器用だな……頭良いだけはあるわ、本当に」

 

 感情的な攻撃に見えるが、その実攻撃はしっかりしている。

 隙を見つけては躊躇なく攻撃してくる。しかもその攻撃は趣味の悪いことに、脚は無理でも、本当の意味で「手が届く場所」なのだ。

 

「この状況で、使えってか、拳を」

 

 自分に本気を出させる為の誘導。

 脚技がまだ完全なものではないのは確かだが、一定の水準は超えている。仮にも1つの格闘技をしっかりと学んでいるし、蹴りのノウハウが0な訳ではない。

 その一撃一撃は、常に相手を倒す事が出来るだけのものだ。

 それでも、足りない。

 そう爆豪勝己は言外に言っている。

 行動で示している。

 自分を倒すのであれば、本気のお前で殺しに来いと。

 

「ハァ……無茶しないって約束したのになぁ」

 

 小さく溜息を吐きながら、振武はゆっくりと包帯を取る。

 両手の包帯を。

 もし本気で拳を振るうならば、この包帯は邪魔だ。

 少しの変化で、簡単に拳の威力も打つ場所も変わってくる。

 それを、限りなく少なくする。

 

「――おせぇ」

 

 小さい声だったはずだが、嫌にはっきり聞こえる。

 爆豪は、笑顔を浮かべていた。

 地獄の悪鬼みたいな、暴力的な笑みだが――、

 

「――うるせぇ」

 

 振武も、多分同じような笑みを浮かべているから人の事は言えない。

 最後の一撃。

 振武の腕では一回本気で使う事が出来る程度だし、爆豪も分かっているのだろう。

 本気で戦う。

 完膚なきまで勝利というものに固執する爆豪は、きっと乗ってくれる。

 ――おそらく、爆豪勝己は本気で自分を叩き潰すだろう

 だが、全力は出さないはずだ。

 振武が爆豪を倒す一撃を放とうとした、隙を狙っているはずだ。

 だとすれば、

 

 

 

 その上を行けば良いだけだ

 

 

 

 立ち止まっていた時間は、ほんの一瞬だった。

 爆豪が、爆破を使って上に跳躍する。

 高さはそれほどではない――だが、勢いをつけると言う意味では、充分。

 

「――――死ね、動島振武っ!!」

 

 体が重力に引っ張られる瞬間、加速し、まるで駒のように回転する。

 推進力も含めた爆発力の向上。

 壁も作れないような男1人を倒すのには過剰すぎる火力。

 それすらも避けられるかもしれないと考えての一撃。

 隙を作らない自信。

 

「――やっぱ、ここにいる奴はどいつもこいつも凄いんだな」

 

 それは目の前の、散々煽った爆豪だって例外じゃなかった。

 それだけでも、振武には嬉しい事だ。

 

 

 

 

 

「――――榴弾砲・着弾《ハウザーインパクト》――――!!!!」

 

 

 

 

 

 轟音が会場に鳴り響く。

 爆豪の限界ギリギリまで威力を高めたそれは、まるで絨毯爆撃のように向けた方向全てを灰と瓦礫にしかねない火力。

 セメントスの個性で実質的な被害は抑えたものの、その爆発の風圧で、飛びそうになるのを必死で近くの何かに掴んで難を逃れた人間もいる程。

 瞬間的な威力だけならば、轟焦凍の最大出力にすら勝るかもしれないその攻撃を、

 

 

 

 振武は瞬刹の連続使用で、強引に間合いを詰めた。

 

 

 

(よめてんだよ、クソが!!!!)

 

 爆豪は心の中で叫ぶ。

 拳を回避しながら、腹に今出せるギリギリの火力を叩き込む。

 それで戦闘不能にして勝利する。

 そこまでの自信があった。

 振武の拳は確かに速いが、爆豪も素早い戦闘を基本として戦っている。集中すれば一撃だけなら避ける。

 そう思っていた。

 

 

 

 だが、爆豪が「相手の弱点を突く戦い」が好きなように、

 動島振武は、「相手の予想を裏切る戦い」が好きだった。

 

 

 

 

 

 

「――――――――震振()散華(はららばな)

 

 

 

 

 

 拳が来ると思って構えていた爆豪の腹に、今蹴りに乗せる事が出来る力の全て、個性の最高出力で、5回連続の蹴りをぶちかます。

 まるで突風で吹き飛ばされた花弁のように、1発1発が強力なその脚が丁寧に爆豪の腹に叩き込まれた。

 

「――カハッ」

 

 予想を裏切られる攻撃。

 来ないと思っていた場所から来る攻撃。

 それに対処する方法は爆豪にはなく、

 

 

 

 そのまま、場外に突き刺さるように吹き飛ばされた。

 

 

 

 ……簡単に言えば、最初からブラフだった訳ではないのだ。

 脚技に自信がないのは本当。

 まだ実戦で試していなかったし、形になるまでにはもう少し時間がかかるのは確かだった。

 しかし振武には悪い癖がある。

 個性を使っての技開発。

 趣味と実益と悪癖が混ざり合ったそれは、「脚の必殺技もいるよな」という結論を出し、実際に作り出してしまった。

 だがこの技には欠点が多い。

 放つ時に隙が大きすぎる、使ったら足にダメージを受けて動けなくなるなど、まだまだ改良が必要な技だ。

 だが、相手が放たれると思わなければ?

 相手にも隙があり、おまけに相手が「別のところ」を警戒していれば?

 ダメージが入る。

 そもそも、この技は5連撃。一撃でも当たれば相手が怯み、そのまま残りも喰らわせる事が出来る。

 つまり、簡単に言ってしまえば、

 

 

 

「包帯取ったからって誰が拳で攻撃するって言った?」

 

 

 

 という事だった。

 

「あ〜、王道には全ッ然程遠い!!

 もっと万全な時に、ちゃんと戦いたい!!」

 

 痛む足の為、その場に座り込みながら振武は悔しそうに叫ぶ。

 今出来る事で全力で。

 そう決めて挑んだ訳だが、個人的にはやや不満な部分が残る試合だった。それもまた、自分の自業自得な部分がある。

 まだまだ未熟者だ。

 反省点は数多い。

 だが、

 

 

「爆豪くん、場外! よって――――動島くんの勝ち!」

 

 

 

 

『以上で全ての競技が終了!! 今年度雄英体育祭一年優勝は――――…

 A組 動島振武!!!!』

 

 

 

 

 

 

「まぁ、とりあえず勝てた。約束は守った」

 

 主審と実況の宣言により会場中が震えるほどの歓声の中、振武は小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 




王道とは、ちょっと違う戦い方をしましたが、こういうのも一種の成長なのかなと思います。
なんとか勝ちました。
さて、そろそろこの雄英体育祭の章も閉じれそうです。
長かった……次回をどうかお楽しみに。

次回!! 誰かと誰かがゴッツンコ!! 寝て待て!!


感想・評価心よりお待ちしております。

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