他の方がどう思うかは分かりませんが、正直自分がここまで書けるとは思ってもいなかったですし、ここまで自分が好きで書いているものが受け入れてもらえていると思うと嬉しく思います。
この物語は正直いえば、書く必要のなかった話です。
でも多分、こういう優しいお話が書きたくて、僕は小説という方法を選んだんだと思います。
楽しんでいただければ幸いです。
はぁい、皆さん!!
僕の名前は濵田拓人!! 26歳!! フリーター!!!
極めて凡庸な名前だよね!?
そう……僕は無個性なのさ!!
………………いや、なんて自己紹介をしてみたが、僕は自己紹介をするほどの人間ではない。
人口の2割ほどいる無個性。多いような少ないようなって感じだろうけど、案外いるもんなんだよ。それなりに、ね。
でもこの社会は、無個性にあまり優しくない。ヒーローにはなれないし、僕は他の面で才能がなかったからね。
小中学では虐められて、高校、大学と必死に勉強をし、友達も出来、恋人も出来、教授にゴマをすっても、……就職を斡旋してくれるような都合の良い話もなく、僕は結局就職浪人。
で、今ではその就職すら諦めて、幾つかのバイトを掛け持ちして生活している。
このファミレスの接客もその1つ。
性格の悪い店長に毎日いびられながらも働いているのは、時給がそれなりに良いのと、賄いが出て1食分浮くから。適当に仕事をしながら、この先の人生を思い浮かべたりするんだけど……途中で怖くなって止めるの繰り返しだ。
今日も、そうだと思っていた。
……あのお客さん達が来るまで。
どこのファミレスでもそうだと思うけど、お客さんが入って来るとセンサーが反応してリズムの良いアラームが鳴るようになっている。
それが鳴ったから、僕は裏から急いで出入り口の方に走り寄る。
「いらっしゃいませ、――4名様ですか?」
いつも通り、傍目から見れば愛想よく振る舞う。
その団体客は……見るからにリア充といった感じの高校生4人組だった。
男の子の1人は黒い髪を短く切っていて、鋭い黒い目。見るからに身体つきがゴツい。僕からみたら不良そのものだ。
もう1人の男の子は、半分赤く半分白い髪をしている。こちらも目付きはあんまりよろしくない。髪の毛は生まれつきそう言うのでも、珍しくはないが、こいつもきっと不良だ。
女性2人のうちの1人は、ボリュームのある黒髪ポニーテイル。気の強そうな目をしているが、プロポーションは素晴らしい。羨ま死ぬ。
もう片方は水色のロングヘアをそのままにしている。蒼い目はクリッとしていて、小さくて可愛らしいタイプの女の子。プロポーションは……さておき、美少女と言えるだろう。クソッ。
そして4人が4人とも、あの雄英高校の制服を着ている……やっぱり、典型的リア充ってやつだな。
「あぁ、はい、そうです。禁煙席でお願いします」
黒髪の男の方が、見た目よりもずっと礼儀正しく返事を返して来る。
ふむ……不良ではあるもののDQNではなかった。
というか、有名公立校にも不良っているのかな?
「かしこまりました、ではお席におご案内致します」
お願いしますと言った言葉で、僕は席に案内する。
その間もずっと僕は、4人の話を聞いていた。
「ここがファミレスですか。暖色系の壁紙で、どこか暖かい印象です」
「暖色系は見ている人間の時間感覚を緩やかにします。つまり、時間が長く感じられるんです。そうやってお客の回転効率を上げるためにそうしているそうです」
「まぁ! 魔女子さん詳しいですのね!」
本当だ、詳し過ぎる。
……やっぱりエリートになると、そういう雑学的なものにも詳しいのだろうか。
「詳しいと言うほどでも……というか、ファミレス自体初めてですしね、私も」
おい待て。
うら若き女子高生が「ファミレスが初めて」だって!?
どういう箱入りで育てられればそうなるんだ? 家族で来るかはその家の方針次第だが、普通友達同士で来るだろう!?
「それは私も……ついでに言えば焦凍さんも同じですわ。
このメンバーで来た事があるのは、振武さんだけです」
「俺も来るのは久しぶりだけどな……ほら、うちの親父はこういう店あまり来たがらないから」
「お父様、料理に凝ってらっしゃいますもんね」
「凝るってレベルじゃないけどな、あれは」
自分の後ろで仲良く談笑しているが、正直会話内容もぶっ飛ぶ。
4人中3人がファミレスに来た事がないとは、どういう生活をすればそうなるんだろう。自分が学生時代は、こういう所によく来ていたんだが……。
いや、待てよ。
雄英なんていう進学校に通っているんだ。もしかしたら彼らはどこぞの金持ちの子息令嬢(こう言う言い方で合ってるかな? 合ってなかったらごめん)なのでは?
あそこ、学費も高そうだしなぁ。
いや、公立だからそういうの免除なのかな。
「えぇっと、お客様、こちらで御座います」
禁煙席の中でも最も厨房に近い席に通した。
この4人、なかなか不思議な集団だ。興味が出た。この位置からなら、自分が裏で作業している時も話を聞いていられるだろう。
「ああ、すいません、ほら、皆ここだって」
「……案外せま「は〜い焦凍く〜ん、余計な事言っちゃダメだぞ〜」ムガ」
何か赤白髮の少年が失礼な事を言いそうになるが、黒髪の少年に口を塞がれる。
やっぱりそういう、お金がある家に住んでいる人たちなんだろうか。案内した席、そう狭くないと思うんだけど。
金持ちで、有名公立校学生で、しかもリア充。
……仕事中じゃなかったら堂々と喧嘩売りそうだな。いや、黒髪の少年が怖くて出来ないけど。
そう思っている間に、皆席に着いたようだ。
「注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンを〝ピーンポーン〟押してくださいと言おうとしましたがもう決まったんですか?」
「あ、すいません、つい押したくなってしまって」
おい水色余計な事すんな。
「……塚井、次やったらデコピンな。
すいません店員さん、ちょっと初めてのファミレスではしゃいでるだけなんです勘弁してやってください」
黒髪の男の子が、これも意外と丁寧に謝罪してくれる。
……もしかしたら、この子は割とまともなのかもしれない。
「いえ、構いませんので……それでは、決まったら、〝決まったら〟ボタンを押してお呼びください」
もう一度皆に意味が伝わるように繰り返すと、一礼して裏に戻った。
幸い、お客さんは彼らを含めて数組。しかも料理は出し終えたしドリンクバーなので、多少放置しても問題ない。
僕は少し食器などを拭くふり(実際は汚れているお皿はない)をしながら、耳をそばだてる
「ったく、何してんだよ。そういうのは、そうポンポン押すもんじゃねぇんだよ」
「すいません、ボタンがあれば押すタイプなんです」
「じゃあ学校にある非常ベルも押すんだなお前」
「いえ、その時は不屈の精神でなんとか」
「今回は使えなかったか、不屈の精神」
「品切れです」
「買い足せ」
「ま、まぁ落ち着きましょう。今はお腹をいっぱいにするのが大事ですわ……魔女子さん、今度は私に押させてくださいね」
「貴女も同志でしたか」
「? おい、振武。料理これしかねぇのか」
「それは期間限定メニューが書いてある方だよ、普段のはこっち」
……愉快かっ。
なんなんだ、あの会話聞いているだけで面白い連中は!
……名前を覚えておく気もないので何と無くしか聞いていないが(僕は記憶力も良い方じゃない)、どうやらあの黒髪を突っ込み役にして全員ボケのようだ。
ツッコミ1に、天然3といった様子。
多分声からして黒髪男子がツッコミだろう。だんだん哀れになって来た。
しかし、彼らがファミレス初めてなのは本当らしい。あの呼び出しボタンを押すという小学生レベルの事を率先してやりたがる辺り、嘘ではないだろう。
僕も小学校の頃は楽しかった。
だとしたら、彼らはわざわざファミレスを選んだ理由はなんだろう。
もっと他に良い店は山ほどあるだろうに。
「にしても、まさかあの噂の〝ふぁみりーれすとらん〟と呼ばれるものに来る事になるとは、素晴らしいですわね!」
「そこまで興味が湧くもんかね。正直貰った金があれば、他にもうちょい良いとこ行けただろう?」
「そうですけど、やっぱり庶民の経験というのは大事ですわっ、貴重な体験ですわ!!」
……どうやら声からして、あのポニーテイル女子の意見らしい。
多分彼女が行きたがり、他の天然2人が賛同し、じゃあと黒髪男子が案内して来たんだろう。不思議と絵が浮かぶ。
「随分色んな食事を取れるんですね。和洋折衷です」
「ハンバーグ、オムライス、和食もあるようですね……おや、このお子様ランチ? というものは気になりますね」
「本当ですわね、色々乗ってて、旗もついて楽しそう! でも、私的にはちょっと量が……」
「百さんは意外と食べますもんね」
「個性がそういう関係なんだっけ?」
「えぇ、自分の脂肪やエネルギーを元にしていますので、食べる事が結構重要なんですよね」
「なるほど……食べるから、そんなに大きいんですね」
「……身長の、話ですわよね?」
「どちらにしろ、お子様ランチは年齢制限あるからな」
「なんと!……子供でいられる時間のなんと短く儚い事か」
お子様ランチで哲学を語り出した。
すいません、それはファミレスの専門外です。
にしても、随分楽しそうだ。声の雰囲気で分かる、今この瞬間が1番楽しいんですって感じ。
……懐かしい。僕だって、学生時代の頃は楽しかった。無個性で虐められた時代もあったが、高校、大学になって来ると普通に友達だっていたし、恋人が出来た時代もある。
まぁ今は友達は皆就職して会っても気まずいだけだし、彼女は数年前に「将来性を感じない」と言って別れたけどね。
昔の悲しさと切なさを含んだ記憶を思い浮かべていると、いきなりあの4人組の席からそれなりに大きい、でもそんなに荒っぽい音じゃない音がする。
なんだろう、メニューを広げながら倒した音のように聞こえた。
「……おい、振武、どういう事だ」
「? なんの話だ?」
「ここには、色んな料理があるんじゃねぇのか」
「あぁ、実際あるだろう?」
「ふざけんな、お前俺に嘘を吐いたな」
「え、そんなにシリアスに言う事ってなに?」
おっと急展開だ。
何やら知らんうちに、黒髪男子が……赤白髮の地雷を踏んだらしい。
一体どんな地雷だ?
女の子2人と談笑していたから怒ってる? もしかしたら片方は彼女なのか?
それは面白い、良いぞ殴り合え。
「……蕎麦が、ないじゃねぇか」
――申し訳ありません当店では取り扱っておりません。
「蕎麦って……あぁ、ここのチェーンはないな、確か」
「振武、俺は蕎麦が食いてえんだ」
「焦凍くん、貴方はこの世の終わりのような顔をしていらっしゃいますが、お昼も蕎麦食べたじゃないですか」
「家で姉ちゃんの作ったもん食うなら別だが、自分で選べるなら絶対蕎麦を食いたい」
「えっと、轟さんはどうしたんでしょう? 何故あそこまで蕎麦に拘りが?」
「ご心配なく、百さん。好きと言うより依存症みたいなもんです」
「人生詰んでんじゃねぇか、なんだよ蕎麦に依存って」
僕も嫌だわ、蕎麦
蕎麦湯飲んだらテンション上がるのかしら。
「とりあえず、落ち着け焦凍。嘘は言っていない、何でもあるとは言ったが蕎麦があるとは言っていない」
「どうにかならないのか?」
「ならない……つうか、普通に考えればファミレスじゃなかろうが、メニューにないものは注文出来ないの」
「……そうか」
「あ、カレー饂飩ならあるぞ?」
「饂飩なんていらない」
「なんてとは何だ表に出ろ」
今度は黒髪男子が暴走している!
何が地雷なんだ!? 饂飩か? 饂飩なのか!?
「振武さん、落ち着いてください」
「あ、あぁ、悪い悪い……いやまぁ俺は別に焦凍ほどジャンキーじゃないからな? 制服のままカレー饂飩は流石にまずいし」
「そうですね……あ、私パスタが良いです。たらこパスタが割と美味しそうですよ」
「あ、良いですわね! 私は……ハンバーグとエビフライのプレートに、ライスとお味噌汁付けて欲しいですわ」
「俺は……久しぶりに、オムライス食いたいな、ビーフシチューの」
「……蕎麦がねぇなら、この雑炊かな」
「随分ヘルシーなものを頼むんですね」
「帰って蕎麦食うからな」
「どんだけ……」
どうやらメニューが決まったようだ。
「で、では、僭越ながらこの八百万百が押させていただきます!」
「百待ってちょっと声が大きい……あと、そこまで気合い入れるほどのものじゃないからね?」
「でも、庶民の皆さんは一度は押されるんですよね?」
「いやまぁ押されるけど……」
「…………」
「あぁ、ダメですね、真剣な顔なさっています」
「……作法とか、ないんですの?」
「ないからさっさと押せ」
人差し指で機械の凸をちょっと押すだけの事で、ポニーテイル女子は何を迷っているのだろう。
こっちは今か今かと注文を待ちわびているのに!
――〝ピーンポーン〟。
鳴った瞬間、すぐに僕は駆けつけた。
「ご注文はお決まりですか?」
「キャッ……び、びっくりしましたわ。こんなに早く来れるものなんですのね」
暇ですから!
「はい、お願いします。俺は、ビーフシチューオムライス1つ」
「あ、わ、私はこの、ハンバーグとエビフライ、和食セットで」
「私はたらこと貝柱のパスタを」
「雑炊」
思い思いに告げられる料理をハンディターミナルに打ち込んでいく。
……いや、ぶっちゃけ聞こえてたから裏で用意しちゃっても良かったんですけどね。
「あ、あとセットドリンクバー4つお願いします」
ドリンクバー……だと。
まさか、このファミレス初心者共にドリンクバーを経験させるのか黒髪男子!!
実際僕の驚きは出していないわけだが、約2名(ポニーテイル女子と赤白髮男子だ)はポカンとしている。水色女子は何か心当たりがあるようで、特に大きな反応は見せていない。
彼らがどうドリンクバーと呼ばれるものに反応するのか、楽しみだ。
「ご注文を繰り返させていただきます。ビーフシチューオムライスが1つ、ハンバーグとエビフライ和食セットが1つ、たらこと貝柱のパスタ1つ、和雑炊1つ、ドリンクバー4つでよろしいでしょうか」
「はい、それでお願いします」
「かしこまりましたっ」
僕は素早く注文の確認を終えると、即座に裏に戻った。
すぐに伝票を厨房に渡し、すぐに先ほどの定位置に戻った。
……え? 「おいお前店員なのに仕事してなくて大丈夫なのか?」大丈夫、他にも店員はいるし、今の時間って微妙な時間だからお客さんも来ないのさ!!
「あの、振武さん、その、どりんくばー、とはどういう物なんですか?」
「バーって事は……酒か?」
「だ、ダメですわ飲酒なんて!!」
「いや、ドリンクって付いてるでしょうが、ソフトドリンクオンリーだから」
ドリンクバーでアルコール出したら、どんな安い居酒屋でしょうという話だ。
「ドリンクバー……聞いたことがあります」
水色女子が何やらシリアスな声で溢す。
「ドリンクバー……それは中高生の味方。
なんと、ワンコインで様々な種類の飲み物が何杯でも飲むことが出来るという……伝説の」
すいません当店は伝説も取り扱っておりません。
「わ、ワンコインって……500円!? す、素晴らしいですわ!! そういうの、価格破壊って言うんですのね!!」
「いや、多分言わない……」
うん、言わないと思うな、黒髪男子に一票!
「あと、ここのドリンクバーはセット250円くらいだから、ワンコイン以下だ」
「――なんだと、」
「――そんな、」
「伝説は伝説以上でしたか……」
だから当店では伝説は取り扱っておりません。
「まぁ、安いとは思うが、大事なのは自分で取りに行くところだ。人件費がかからない。あと、飲み物はまとめ買いで、お前らが普段飲んでいる物と比べんなよ」
「やすさには理由があるんですのね……」
「全員分俺が入れてきても良いんだが……皆何があるか知らないもんな。皆で行くか」
「おう……蕎麦湯は「ない」……そうか」
「私は紅茶の気分ですね〜、百さんは?」
「どうせなら普段飲まない物を飲みたいですね、紅茶は家でよく飲んでいるので」
そう言いながら、4人で仲良く飲み物を取りに行った。
……本当に仲が良いんだな。
僕は正直、あそこまで仲の良い友達はいたんだろうか。
小中はもう何も言えないが、高校の時の僕だってあんな仲が良い友達も仲が良くはなかった。
いつも怖かった。無個性で、何の取り柄のない自分が、いつ裏切られるか。ビクビクして生きて……結局まぁ、裏切られた訳だけど。
小さく溜息を吐きながら皿を拭いていると、どこか慌てたように同僚が入ってくる。
「お、おい、見たか!? あの高校生4人組!!」
「僕が案内したんだからそりゃ知ってるよ……変わった人達だよね」
「そういう問題じゃない!! お前テレビ見ないのか!?」
同僚の言葉に首を傾げる。
まぁこの際敬語を忘れている事には突っ込まないとしても、実際テレビは見ない……というか一人暮らしのフリーターにテレビを買う余裕はない。
そんな僕を信じられないという顔をする(彼は大学生で家も裕福だからね、分からないのさ)が、すぐに気を取り直して叫ぶように僕に言った。
「あいつら、雄英高校ヒーロー科だぜ!! 2日前テレビでやってた体育祭に出てたんだよ!!
女の子2人ともベスト8、赤と白の髪の男は3位入賞! 黒髪の男なんか、雄英体育祭1年の部で優勝だぜ!!!?」
「……へ?」
放心する僕をよそに、サイン貰おうかな〜と能天気なことを言いながら同僚は去っていった。
……ヒーロー科? つまりヒーローの卵。
あんなに普通で、ちょっと抜けているような、普通の高校生(ちょっと普通ではないかも)が?
彼らと僕とは、いくつかの点で違うのかもしれない。でも僕より抜けているような人達が、ヒーロー科。
じゃあ、僕は……どうしてこんな所にいるんだ?
そのあと放心してしまっていた僕の代わりに同僚が料理を運んでくれたらしく(サインを貰ったかどうかは分からない)、今は4人で飲み物を飲んで一息ついている。
「ボリュームは割とありましたわね」
「ですね。味は凡庸そのものでしたが、その凡庸さが病みつきになってしまう感じで……」
「塚井、それ多分褒めてない。焦凍はどうだった?」
「味は悪くなかった、な。玄米茶も悪くない……強いて言えば、蕎麦がねぇのが悪い」
「良い加減拘るなよ」
気落ちしている僕をよそに、彼らは随分楽しそうだ。
……妬む、と言うほどではないけど、羨ましいな。
「あ、すいません、私ちょっと花を摘みに……あれ? 鷹を狩りにでしたっけ?」
「それは男性が使う方ですわ。私もちょっと行って参ります」
「お、じゃあ俺も」
「なんだよ、皆して行くのか」
「振武さんは宜しいんですの?」
「後で行くよ、まだいるだろう?」
「そうですわね……わかりました。良い子で待っててくださいね」
「ガキじゃねぇんだから」
ポニーテイル女子と黒髪男子のじゃれ合いの言葉が聞こえると、複数人の足音が去って行くのが聞こえる。
……ちょうど良い、皿を片付けよう。
「失礼します。お済みのお皿、お下げしても宜しいですか?」
「ああ、はい、大丈夫ですよ」
黒髪男子に断りを入れると、僕はお皿を片付け始める。
皆綺麗に食べてくれたので、重ね易くて助かる。
「すいません、なんか騒がしくて」
「……いいえ、仕事ですから」
笑顔の仮面を貼り付けて、丁寧に答える。
……どうして?
頭の中の僕が言う。
嫌だなぁ、仕事に私情は持ち込まない主義なのに……もっとも、今まで持ち込む機会なかったけど。
皿をすぐに片付けて、水差しを一個持って行き、黒髪男子の席に近づく。
「あぁっと、ドリンクバーのがあるんで水は「雄英の、ヒーロー科の方ですよね?」……あぁ〜、まぁ、そうですね」
どこか気恥ずかしそうに黒髪男子は答える。
「……良いなぁ。きっと凄い個性を持っていらっしゃるんでしょうね」
つい、非難めいた言い回しになってしまう。
「す、すいません、変な言い方でしたよね」
慌てて謝罪すると、黒髪男子は人の良さそうな笑みを浮かべる。
「いや、良いですよ、気にしてません。
……でも、俺は残念ながら、個性そのものは結構普通ですよ? そりゃあ、あればあるだけ良いんでしょうけど他の3人に比べれば、全然」
謙遜だ。
「そんな事はないでしょう? 僕は残念ながら拝見出来ませんでしたけど、体育祭、1位だったそうじゃないですか」
「……それは、そうですけど。
でも、個性のおかげって訳じゃないんですよ」
黒髪少年は、僕の前で拳を握り締める。
さっきは会話を聞いたり、顔を見ていたから気付かなかったが、その拳はボロボロだった。星の形のようにハッキリ形が分かる傷から、様々な傷跡が残っている。
僕の生っちょろい腕とは、大違いだ。
「うち、武術の道場をやっているんです。
だから、5歳の頃から鍛えてたんです」
5歳!?
そんなの、鼻水垂らして外で遊ぶのが楽しい、本当に子供じゃないか!!
「驚かれますよね。結構言うと驚かれるんです。
正直、体育祭で戦えたのはこれがあったからで……個性があるだけじゃ、ここまで来れなかったかもしれません」
って、俺が言うと皮肉に聞こえますよね、すいません。
そんな風に僕に謝る黒髪男子に、僕は、いえ、としか答えられなかった。
「なんで、そこまで頑張るんですか? 痛く、ないんですか?」
怖く、ないんですか?
そう僕が聞くと、黒髪男子は少し驚いてから――すぐに笑顔を浮かべる。
「正直言うとね――めちゃくちゃ痛いし、めちゃくちゃ怖いです」
まるでなんて事のないように言う。
「でも、痛くても、怖くても、ヒーローになりたいって気持ちが強いんです。
どんなに辛い思いしても、そればっかりは諦めきれない」
「……でも、それは、個性があるからです」
思わずそう呟いていた。
「個性がない人間には、所詮何も出来ません……」
黒髪男子は、何かを察したのだろうか。
それとも、何も僕の言葉から察してはいなかったのかもしれない。
でも、ハッキリと、凛とした声で僕に言った。
「……んな事ないですよ。
何も出来ないってのは、流石に嘘です」
「そんな事、」
「今日っ」
黒髪男子が僕の声を遮る。
「今日、俺の友達は楽しそうでした。
ここで飯食って、初めてドリンクバー飲んで、居心地の良い席で、長く喋りました。こんなにあいつらと喋れるか心配だったけど、でも楽しかった。皆も、俺も笑ってました。
それを叶えてくれたのって、貴方も含めた店員さん達のお陰ですよ」
「そ、それは言い過ぎです……綺麗事が過ぎますよ」
申し訳なくなって、思わず目を伏せる。
だけど、
「すいませんね、綺麗事吐くような仕事、目指してますから。
――大丈夫ですって、店員さんが何にも出来ない何てこと、本当にないです。
むしろこっちは、今日美味しいもん食わせてもらってありがとうって、お礼が言いたいくらいですから」
その言葉に、思わず泣きそうになる。
何年ぶりだろう。
ありがとうと面と向かって、ここまで心を込めて言ってもらえたのは。
いつもダラダラ仕事して、給料貰えればそれで良いやって適当にしていた。
それなのに、僕よりずっと年齢の低い彼にお礼を言われて、とても嬉しいなんて。
単純だな、僕は。
「? おやおや動島くん、イジメですか?
いけませんねぇ、クレーマーは嫌われますよ」
戻ってきた水色女子が、どこか悪戯っぽい顔で黒髪男子を見る。
「失敬な、俺は別にお礼言っただ〜け」
「ふむ、そうですか……では、私からも、ありがとうございました、美味しかったし、楽しかったです」
「私も宜しいですか?」
そう言ってポニーテイル女子と、赤白髮男子が近づく。
「ファミレスがこんなに楽しい所だったなんて、想像もしていませんでしたわ。また来たいくらいです」
「俺もだ……正直、蕎麦があればなお良い。ぜひメニューを改善してくれ」
「まだ言うかっ! つか店員さんに無茶いうなっつうの!!」
「そうです、さすがに失礼ですよ」
4人は笑顔で、そう言った。
あぁ、ちくしょう。
ヒーロー志望の子ってのはこんなお人好しばっかかっ。正直他にヒーロー志望の子なんて知り合いにいないから分からないけどさ!
そんで、こんな簡単な、お礼なんかに嬉しくなってる自分も信じられないよ!!
「ありがとうございます、また来ていただければ、僕も嬉しいです」
僕も出来るだけ本当の笑みで、そう答えた。
「いや、まだいるけどね?」
……そうだった。
「いや〜、流石に雄英校のヒーロー科だけあって、オーラが違いましたねオーラが!!」
「え、うん、そうだね……良い人達だった」
「濵田さんなんか話してましたよね? 羨ましいな〜、何話したんです?」
「ん〜、君が喜びそうな事はなにも」
「え〜教えてくださいよ〜」
「本当に、何でもないような事だよ。
――ねぇ〝動島〟って名前が付く道場って、どこか知ってる?」
「どうじま?……あぁ〜、そういや何駅か先に、動島流って武術教えてくれる道場があるとかないとか。
え、入るんすか?」
「う〜ん、まだ分からないけど。
僕も、ちょっと色々頑張ってみたいなって思えてさ」
それから数日後、僕はその道場の門を叩いた。
厳しそうなお爺さんがいる道場。でも不思議と温かみのある笑みを浮かべていて、もしかして親類かなぁと予感させる。
――で、結局僕と黒髪男子こと、動島振武が再会するのは、色々あって2週間先なんだけど、これは残念ながらお見せできない。
頑張っているとはいえ、僕はこの物語じゃ端役だからね。
……嘘みたいな話?
御都合主義?
いや振武くんめっちゃ偉そうに言うてるやん良えの?
そうかもね、君らにとってみれば。
でも僕にとっては、ちゃんと現実で、ちゃんと筋が通った話で、彼の言葉だって全然偉そうには聞こえないのさ。
いやぁ、人生分かんないもんだね、本当に!!
如何だったでしょうか?
本当はずっとギャグでも良かったんですけどね。
不思議と「面白いものを書く」のと「自由に書く」のとは少し違うんだなと実感させられます。いえ、本編だって自由なんですけどね。
何でもない男ですが、こういう人間もまた、振武くんの救いたい人間の1人だしなぁと思うと、自然と文字を打ち出していました。
これからも、こう言うやり方で、誰かを救える物語が書ければ良いなぁ、何て思っております。
それを認めていただけるかは、読者さん達がご自由にどうぞと言う他ありませんが。
総合評価5000は皆さんの応援のおかげです。
本当にありがとうございます。
これからもどうか、この作品を応援していただければ、作者も、登場人物達も幸せです。
感想・評価心よりお待ち申し上げております。