plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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えぇっと、一日で何話分書けるのかなと思って暇な日に書いたら……三話書けちゃいました。
一本一本はちょっと短いですが、楽しんでいただければ幸いです。


episode5 追い立てる

 

 

 

 ――振武がとある廃ビルで理不尽な訓練をしている時。

 緑谷出久もまた理不尽な訓練を受けていた。

 山梨にあるボロボロに4階建てのビルの中で。振武のいる場所ほどではないが、ここでも十分汚れている。

 その中で、出久は倒れていた。

 ボコボコ……と言うほどでもないが、しかしグラントリノの動きに翻弄され、今では地面に寝転がっている状態だ。

 いきなりコスチュームを着させて実戦形式の手合わせ。振武が受けているものに比べれば優しい、だが普通の感覚であればそんな無茶な職場体験ありなのかと思われるかもしれない。

 だがグラントリノからすれば、それがごく普通だ。

 寧ろ初っ端からゲロ吐かせた某平和の象徴の時よりは、グラントリノにしては優しい対応と言っても過言ではないだろう。

 

「ふむ……まだまだ扱いが硬いが、意外と使えとるな。まぁ動ける事自体は分ってたが」

 

 グラントリノは少し思案顔で、体を庇いながら起き上がる出久を見る。

 雄英体育祭で見た限りでは動きは悪くなかったし、腕をバッキバキにしながらも個性を使えているのだから見込みがないと言うほどではないだろう。

 だが、それ以上に個性のコントロールが思った以上に丁寧に出来ている。グラントリノの予想ではもう少し荒っぽいやり方をしていると思っていた。

 何せ師匠(マスター)は俊典――オールマイトなのだ。あの馬鹿にそこまで上手く人に教える事が出来るとは思っていなかった。

 その言葉に、出久は少し自慢げに笑顔を浮かべる。

 

「え、えへへ、ありがとうございますッ……あ、でも、これは、ちょっと友達にコツを教わったというか、なんと言うかっ」

 

 急に自信がなくなるのは、あの俊典と似ているなと、グラントリノは溜息を吐く。

 

「コツ? 個性のか?」

 

「は、はい……えぇっと、なんて言ったっけな、『力は、常に体の中で流れ続ける』とか、『出口がなくて体の中で循環してるだけ』とか。

 それでイメージが掴めたって言うか、」

 

 

 

『グラントリノ、貴方はどうしてそう力み過ぎるんですか。バカみたいに力入れて蹴り上げれば良いって話じゃないんですよ。

 良いですか、力とは流動であり、常に体の中を循環しています。体の中に常に流れる川のようなものです。私達が力を出す時は、』

 

 

 

「『ただそっと、出口を作ってその流れを導いてやれ』……か?」

 

「そう! それに近い事を言って……って、何でグラントリノがそれを?」

 

 ポカンとする出久に、グラントリノは苛立ったように鼻を鳴らす。

 

「それを言ったのは、動島の孫だろ……ったく、あいつらの言いそうな事だよ」

 

 しかもあの連中、簡単にそれ言いやがるんだよ、とブツクサ文句を言うグラントリノに、出久は驚く。

 

「動島くんの事、知ってるんですか!?」

 

「あんなガキは知らん! 知ってるのはソイツの祖父さんだっ」

 

 祖父さん……と聞いて、出久の顔に微妙な表情が浮かぶ。

 あーこれは……俊典にぜんっぜん聞いてないな。振武には祖父がいると言う話自体聞いているかも怪しいものだ。

 

「あのバカ話していないのか。俺とそのガキの祖父さん――振一郎、そしてお前からみりゃ先々代の、3人で連んでた時代があるのさ。

 俊典も振一郎から色々教わってたみたいだな」

 

「えっ――つまり、オールマイトも動島流を、」

 

 

 

「それはない」

 

 

 

 どこか興奮したように話し始める出久を制止して断言する。

 

「結局奴は、今の今までずっと俊典を門下生だとは認めてねぇ。

 多分、今後もねぇだろうな」

 

 何の拘りなのか、振一郎はまるで弟子扱いする気は無いらしい。

 まぁ、生粋の武芸者だ。

 他人の唾がついた奴をお下がりでもらおうって考えが、そもそも性に合わないんだろう。

 

「そうだったんですか……あれ? でも、動島くんからオールマイトと知り合いな感じ、全然してなかったけど……」

 

「知らないか、もしくはそう深くまでは事情を知らないんじゃねぇか?……まぁ、お前がその話ししたって「何で知ってるんだ?」って言われそうだがな」

 

「あぁ、そうか!!」

 

 確認出来ないじゃないかと凹んでいる出久を尻目に、グラントリノは小さく溜息を吐いた。

 3世代に渡って続いているワン・フォー・オール保持者と動島流宗家の縁。わざわざ狙って結んでいるわけでも無いのに……いや、それこそ縁というものなのか。

 そもそも、ヒーローとしてのライセンスも持っていない、言わば『自警団(ヴィジランテ)』に分類されるような行動をしていたのは、振一郎が悪の道に走った同門を斬る為とか、随分時代遅れな事をやり始めていたからだ。

 しかもたまたま止めたのが自分と奈々だっただけ。

 それが何の因果か共闘し、八代目である俊典まで関わってしまった。

 さらに、振一郎の孫と9代目の緑谷出久が同い年、同じクラスとは……どうすればそう言う話になるのだろうと、当の本人であるグラントリノですら驚いている。

 しかし――もしそれが緑谷出久を助けているのであれば、それはそれで良い事なのかもしれない。

 出久は素直で頭の回転も早い。少し話を聞いただけで個性の調整を行えているならば上々。想定していた段階を2、3段はすっ飛ばす……いや、もっと別の方法に切り替えた方が良いのかもしれない。

 ――もしかしたら、これから襲いかかってくる敵は、少々どころかかなり手強い可能性だってあるのだから。

 

「個性の制御をより確実にすんのと……上限上げるのが、今の目標だな」

 

 楽しくなってきた。

 出久に見えないように、グラントリノは笑みを浮かべた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 廃ビルは全20階建て。少なくともそれは案内図をチラリと見ただけでも把握できる事だ。

 元々は分譲マンションだったのだろうか、一部屋一部屋が広く、共用部分はそう大きくは無い。廊下と階ごとにあるエレベーターホール、そして最初にいたエントランスだった。

 空はもうすっかり暗くなり、夜だという事が分かる。

 何せ部屋ごとに開放感を感じるように窓が取り付けられており――枠だけ残してガラスは全部割れているのだから。

 しかし律儀に電気系統だけは整備している痕跡があり、通路には灯りが灯っている。

 普段であればここで何があったのかと、想像を巡らせるのかもしれないが……今の振武に、そんな余裕はなかった。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 肩で息をしながら、必死に歩く。

 身体中擦り傷と痣だらけ。コスチュームを脱げばかなり酷い状況になっているに違いない。

 ……エントランスでの衝突の後、ずっと鬼ごっこが続いている。

 何せ衝撃まで相殺されるのだ。とてもではないが此方が相手をしていられない。

 逃げて連絡を取ろう――そう思ったが、生憎スマホは鞄の中。しかも鞄とって逃げる余裕なんかなかった。

 中が複雑な構造で慣れていない振武にとっては迷路のように感じる廃ビルの中を逃走し、事ある毎にブレイカーが襲いかかってくる。

 両手に触れなければ良いのか。そう思って死角からの攻撃、棒によるリーチで対応しようとした。だがブレイカーは、死角からの攻撃に慣れているのか、簡単に回避する。棒に至っては触られて分壊された。

 そして自分を弱らせる為にやっているのか、個性を使わず、普通の攻撃でこちらを痛めつけて来るのだ。

 かなり鍛えられた拳、脚で叩かれ、投げ技や関節技をくらった。少なくとも右肩と左肩は一回ずつ外れた。その度に全力で逃げ、自分ではめ直した。

 正直、死ぬほど痛かった。

 しかも逃げる場所も限定される。

 部屋は出来るだけ入らないようにした。逃げる経路が限定される。

 エレベーターもそういう意味では使えない……もっともご丁寧に「故障中」という張り紙があった。

 15階から上は外階段内階段ともに閉鎖されていて、通る事は出来ない。最悪の場合は逃げられるが、上に逃げれば逃げるほど、自分が追い詰められていると実感する。

 

「ハハッ、無茶苦茶だっつうの……」

 

 振武の口から弱音が漏れる。

 神出鬼没の暗殺者を相手にしているような気分。

 いつ、どこから出て来るか分からない。恐怖というのは、「知らない事からくるネガティブな予想」だ。

 目的も、行動原理もまるで理解出来ない敵。個性の範囲も他にどんなものを分壊出来るかも分からない。全力の攻撃も分からない。

 そこからやってくる「もしかしたら、そこの角から出て来るかもしれない」「どこかで監視しているかもしれない」「行動が読まれているかもしれない」。そんな「かもしれない」は振武の心から余裕と落ち着きを奪っていく。

 鍛錬で鍛えたから何とか足は動いているが、普通だったら一歩も動けないくらいに体力的にも精神的にも辛い。

 ……だが、いくつか分かった事もある。

 

 一つ目。殺すと言っていたが、まずあれは本気ではない。少なくとも初日や、中途半端なタイミングで自分を殺そうとは思っていない。

 先ほど言ったように、何が目的かは分からないが、彼の何かしらの事情で今の段階で殺すのはよろしい事では無いらしい。そうでなければ、今までの間で20回くらい自分は死んでいる。

 

 二つ目。ブレイカーは間違いなく同門だ。

 自分に使った投げ技や関節技。特に相手が拳を振るってきた勢いを利用して関節を外す技はUSJでもやっていた……まさか自分が気付かずに引っかかるとは思ってもいなかったが。

 動島流柔術……だが、自分のそこそこの腕を超えた、本物だ。師範代に選ばれていない方がどうかしていると思えるレベルだ。

 しかも、距離を詰めるあの技と、自分を襲って来る時の気配の恐ろしいまでの無さは、多分、隠密術も学んだんだろう。大分アレンジされているが、細かい部分で類似点がある。振武も数回教えてもらった程度でしかないが。

 

 そして三つ目。ワープワーヴへの根回し、人気のない、だが人を延々と追いかけ回すには絶好の建物をチョイスしているあたり、かなり事前に綿密な計画がされているという所。

 よっぽどブレイカーはこの件で失敗出来ないと考えているのだろう。だとすると、タイムリミットは1週間。それが近づけば近づく程、相手も余裕が無くなっていく。もし突くのだとすればそこだ。

 

 

「……つまりなんだ、今俺は目的不明・行動原理不明・意味不明の同門に、どこに建っているかも分からない廃ビルの中で、取り敢えずジワジワ責め立てられているって事ですか、」

 

 疲れて途切れ途切れになってしまってはいるが、まとめて見ればそういう事だ。

 口に出してみれば、アクション映画とパニック映画を足して2で割ったような状況だ。とても現実的にありえる事だとは思えない。

 映画にすればそれなりに売れそう……いや、良くてB級だ、そんな糞食らえな設定。

 

「……取り敢えず、どこか休める所を、」

 

 1日の大半を動き回っていたので、もう限界だ。

 食事すら取っていない。

 せめて部屋で休みたい。

 そんな欲求に勝てなかった振武は、今まで入らなかった部屋に入る決意をし、とりあえず手近の部屋のドアを開ける。

 

 

 

 部屋の中も、割れたガラスなどの破片が散っているが、なぜか取り残されたようにおいてあるベッドの影がある。それで少しは休めるだろうと、小さく安堵のため息をついた。

 手探りでスイッチを見つければ、外と同じくこちらも電気が通っているのか、微妙に暗めの色ではあるものの、光源はしっかりしていた。

 その部屋の真ん中に、

 

 

 

 ――水が入った一本のペットボトルと、おそらくホットドッグらしきアルミホイルの塊が置いてあった。

 

 

 

 

「――っ」

 

 一瞬呼吸が止まる。

 振武が何故この部屋に入ることを予想出来たのか。一瞬思考が何故という迷路に閉じ込められそうになる。本当に何処かで監視しているのでは無いかという、不安がよぎる。

 そういう疑問と不安と恐怖が頭を駆け巡り――それを無理やり振り払う。

 

「……上等じゃねぇか。

 少なくとも餓死で死なせる腹づもりじゃねぇって事だな……」

 

 精一杯虚勢をはる為に、わざと明るい声を上げる。

 ホットドッグに触れてみればまだ温かい。それそらも今の振武には馬鹿にしているようにしか思えないのだ。

 どうして、

 どういうつもりで、

 自分をこれからどうしていくのか。

 それは分からないが、

 

 

 

「絶対に――てめぇなんかに負けねぇからな!!!!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

『絶対に負けねぇからな!!!!』

 

(ありゃ……予想外だな。想像以上のタフネスだった)

 

 右耳に付けているイヤホンから聞こえてくる息子の元気な声に、少し驚く。

 マジックは、タネを明かしてみれば実に単純明快だったりする。振武が一瞬息を止めるほど驚いたアレも、答えは実に簡単。

 全部の部屋に水とホットドッグを置いているだけだ。

 ちゃんと後で回収しなければいけないが。

 どの部屋に入っても良いように。

 ……ちなみに、ここの建物だって何か曰くがある訳でも何でもない。数十年前に東京から外れた、だがそれなりに栄える傾向があった街――保須市中心部の少し外れに、とある資産家がマンションを建て、家賃収入で儲けようと考えていただけ。

 そんなオーナーは、ビルが建った直後に破産。

 この建物も売りに出すしかなかったのだが、街が発展したとしてもここまで交通網が伸びなくて、使い勝手が悪い事が判明。

 しかも突貫工事の弊害なのか、中は迷路のようだしこの建物の中は電波が通らない仕様になっている。

 これならば建て直した方が良いがそれはそれで費用がかかる。

 どうしようかと悩んでいたその時の持ち主に、ブレイカーが保護・監禁そのた諸々の為に一括で買い上げたのだ。当時のブレイカーは、それなりに金があったから。

 まぁ多少荒れ放題にしてはいるが、実は上部の階に行けば綺麗な部屋だってあるのだ。

 だが階段は封鎖されているし、エレベーターは使えるが、振武には「使えない」と思い込ませた。

 人間不思議なもので、「故障中」と張り紙一枚貼ってあげれば確認するまでもなく「壊れているんだ」と判断する生き物だ。

 気付いた時は、エレベーターから追い出していつも通り分壊しておこう。

 そう思いながら、ブレイカーは、マスクをお祭りのお面のようにズラして、自分もホットドッグを食べる。

 振武の位置を把握し追って行けたのも、追跡装置、兼、盗聴器と、共用部分や部屋一つ一つに仕込まれている隠しカメラのお陰だ。追跡装置は豆粒サイズだし、適当な場所に貼り付けておけば問題ない。

 カメラの映像は、仮面の右目部分に表示出来るようになっているから、手持ちのリモコンで常に追っていけるようになっている。

 直接的な戦闘能力以外は、全部小手先とトリック、そして道具頼りでしかない。

 それでも、「分からない」事は十分相手を追い詰める効力がある。

 

「完全に壊しちゃいけない……さりとて、平静でいさせてもいけない」

 

 相手を追い詰める鉄則。今回はそれが重要なポイントになってくる。

 振武の正気を保ちながら判断能力を鈍らせないと(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)いけない。

 そうしなければ、必要な状況が揃わない。揃わなければ、ここでこんな事をしている意味もなくなってしまうのだ。

 ……だが、息子は長年の動島流の鍛錬のおかげで精神力も人一倍、下手をすれば二倍三倍は強い。普通の人間だったら、1日追いかけ回せば根を上げるような追い詰め方をしたつもりだったが。

 

「にしても……転々寺くん、余計な事してくれたなぁ」

 

 ――予想外と言えば、それもある。

 当初の計画では、振武には最初から廃ビルの住所を教えさせ、自らの足でここに来るように仕向けなければいけなかったのに。何を思ったのか、転々寺は自分の事務所まで振武を呼び、ここまで転移させたようだ。

 もうこれで、彼をかばう事は出来ない。

 最初からブレイカーが計画した事で、転々寺には最初から最後まで関わっていない、むしろ被害者だという形にしたかったのに。

 

「転々寺くんは、きっとこれで僕が危ない事をしないようにって思ったんだろうなぁ」

 

 優しく、面倒見の良い彼の事だ。

 自分の行動が少しでもブレイカーのブレーキ(ちょっとダジャレみたいだ)として機能してくれればと思ったのだろう。

 

 

 

「――甘いなぁ」

 

 

 

 そんな事で、このブレイカーが、――動島壊が、止まれるわけがないじゃないか。

 

 

 

 転々寺には悪いが、巻き込まれて貰おう。

 彼も振武の事を弟分のように思っているところがある。彼の為と思って貰うしかない。本当にダメだった時は、自分が何とかすれば良いのだ。

 

「ん゛ー! ん゛んー!!」

 

 ブレイカーから少し離れた距離にある椅子に縛り付けられた男が、ガムテープ越しに何か叫んでいる。

 おそらく、もう聞き飽きてしまうぐらいに聞いた命乞い。助けてくれとか、そんな所だろう。

 何日か前であれば、「オレに手を出せば痛い目に合うぞ、お前死ぬからな!」などと偉そうな事を言っていた。一緒に倒された仲間との友情は相当に厚いとでも思っているのだろう。

 友情が厚かろうが薄かろうが、彼らにここを見つける事は無理だろう。ブレイカーが何者かという情報すら彼らは知らない。

 脛に傷がある人間が危険を冒してブレイカーを探すくらいであれば、役に立たない仲間の1人や2人は遠慮なく見捨てるというデメリットは目を瞑ってくれるだろう。

 だが途中からいい加減うざったくなって、2日間ぶっ通しで可愛がったら(・・・・・・)流石に態度も大人しくなった。

 最近の若い人は、素直な人が多いのでこちらが助かる。

 だが、声を出せる程度には体力が残っているようだ……まぁ、自分がそうなるように微調整したのだが。

 

「あぁ〜、大丈夫大丈夫、上手くいけばそうだな……うん、2日後には帰してあげるかも。そのタイミングくらいが、多分振武も思考能力ギリギリだろうし。

 ――まぁ、帰る時にその騒がしい口が動かせるのかどうかは、知らないけどねぇ」

 

「ん゛〜!!」

 

 もう彼の顔は涙でグチャグチャだ。彼のトレードマークを被せたらその涙で破けるのではないか、と少し面白くなって笑みを浮かべる。

 

「ん゛ん゛〜!!!!」

 

 そうしたら、余計に男が怯えた表情で泣き始めた。

 ?……何かしただろうか?

 

「……あ、やば、ケチャップ付いてた」

 

 口の周りを真っ赤にしながら誘拐犯が泣き叫ぶ被害者を笑顔で見つめていれば、それは怖がるのは当然だった。「メンゴメンゴ」と出来るだけ気楽に話しかけながら口元を拭く。

 脱水症状で死んでもらっては困るし、彼の涙は3日目にとっておいて貰わないといけないのだ。

 ……彼がこの後どうなるのか。どういう結果に落ち着くのか。それはどちらに転んでも良いように準備だけはしてある。

 だが出来れば、自分の思い描いた通りに進んでいってもらいたいものだ。少なくともブレイカーはそれが振武の為だと本気で(・・・)思っている。

 ――親は子供に期待する。こうなって欲しい、こうして欲しいなという願望を抱く。

 それはそれそのものが良い悪いの話ではなく、そういうものだと言うしかないだろう。基本的にはどんな親であれ子を思って考えている事だ。ようは、それを無理矢理に押し付けなければ良いというのが、概ねの親の判断だろう。

 しかし、ブレイカー――動島壊の願いはそれではダメなのだ。

 恨まれても憎まれても何でも良い、無理矢理な押し付けになってしまっても良い。

 良いから、その願いを叶えたいのだ。

 

「……振武、ホットドッグちゃんと食べたかな?」

 

 手作りだから食べて欲しいなぁ。

 そう言いながら自分の手に持っていた分のホットドッグを食べ終え、もう一度口の周りを拭ってから、仮面を元に戻して立ち上がる。

 食事を終えた後というのが1番警戒心が緩む。空腹感を覚えている時は何に対しても余裕はないが、腹が一時的に満たされれば少し落ち着く。

 そこに強襲を掛ければ、もう少し振武の心を追い詰める事が出来るだろう。

 ついでに各部屋にばら撒いていた物も片付けよう。勿体無いから、ついでに男の食事の代わりとして渡してしまえば良い。

 

 

 

「ごめんね、振武――これも、君の為だから」

 

 

 

 そう言いながらブレイカーは、未だに泣き叫ぶ男を置き去りにして部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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