plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode6 追い詰められる

 

 

 

 

 

 食事の時も。

 寝ている時も。

 トイレに入った時も。

 有りとあらゆる行動に、一切隙を見せる事が出来ない。気を抜く事が許されない。

 ブレイカーの襲撃は昼夜問わずだ。こちらの状況も御構い無しで攻撃をしてくる。

 おかげで熟睡は許されず、微睡むような睡眠を1時間、襲撃があるので小刻みで取るしかない。食事だって少量をさっさと食べる癖がついた。トイレの時に扉を閉める事を躊躇する。

 唯一の救いは鞄が手元に戻って来た(ブレイカーに気絶させられた時に側にあった)が、携帯は何故か圏外。恐らくこの建物はそういう構造になっているのだろう。欠陥住宅じゃないか。

 その中にあった大量のホットドッグと水で何とか腹は満たされる。

 だが意識を失うほどではないものの、正常な判断を維持出来るだけの睡眠を得られず、ぶっ通しで与えられる肉体的・精神的苦痛は鉋で両方をすり減らしていくように少しずつ、だが確実に振武を傷つけて行く。

 時間は2日目の昼。

 もっと時間が経過しているように感じたが、ようやっと丸一日だ。タイムリミットは残り5日間と半分。

 道のりは、長い。

 

「――っ!!」

 

 技名を叫ぶ余裕もなく、振武は瞬刹と踏空の応用でゴム毬のように廊下を跳ねまわりながら逃げていた。

 最初は普通に走っていたのだが、今追ってくる男は躊躇なく廊下を個性で壊して落とした。

 1階分の落下くらいならば対応可能だが、それにしたって心臓に悪いし隙が出来る。

 

 

 

「――バァー」

 

 

 

 まるで一瞬で先回りしたように進行方向にブレイカーが現れる。

 もはやこれくらいは驚くに値しない。恐らく構造を把握しているこいつが近道を選んだ、それだけだ。

 

「震振撃、四王天――乱打!!」

 

 マシンガンさながらの拳がブレイカーの体を襲う。

 だが、それも無意味。

 まるで宙に浮いている紙のように、拳の当たるか当たらないかのスレスレで回避し続ける。一見そういう軟体動物にでも見える動きだが、本来人間の関節はそんな動きが出来るように作られてはいない。

 

「チッ、どんな鍛え方すりゃそうなるんだよ!!」

 

『俺の出身校じゃこれくらいは教えてくれるさ――君にも教えようか?」

 

「結構だよこの野郎!!!!」

 

 こちらに掴みかかってくる相手の手首を払いのけ、そのままの勢いで相手の横っ腹に蹴りを入れる。

 一瞬の躊躇。

 それで良い、逃げるのには十分だ。

 

「――!!!!」

 

 今の自分が出せるギリギリの出力で加速し、上体が崩れた隙間を突破する。

 ブレイカーは……追ってこない。

 ヒットアンドアウェイの要領かと最初は思ったが違う。

 余裕なんだ。

 この中にいればブレイカーは何処からでも現れる事が可能だ。かと言って建物から出ようとすれば間違いなく奴は阻止する為に現れる。5回試してダメだったのだ、それは確かだ。

 本人自身も相当のタフネス。こちらより少量の睡眠の中で動き続ける事に慣れているのだろう。特殊部隊にはそういう訓練もあると聞いた事がある。

 ゲリラ戦、人間の心理を押さえて巧妙に人の精神を削って行く心理戦、しかも正面からの戦闘でも強いって?

 

「……勝てるのか?」

 

 そんな不安が頭の底に焦げ目のようにこびり付く。

 監視されているのではないかという疑問は確信に変わりつつある。あまりにも都合が良い出現の仕方は多分それ。自分の体に何かが取り付けられているのか、建物内にカメラでも仕込んでいるのか方法は分からないが。

 相手は振武の行動をよく分かっている。自分が次にどういう手を打ってくるか、3歩先まで見通している。しかも性根を疑うが、相手の心をへし折る事に関してはプロ並みだ。

 正面からの戦闘能力も、上手い。単純な強さではなく、経験と瞬時に判断する思考能力の俊敏さでまるで手が分かっているようだ。今まで死んでいないのは微妙な調整の中で自分が「生かされている」だけ。

 ……これでどう勝てというのだ。

 無理ゲーにも程があるだろう。

 

「……だが、」

 

 分かった事は昨日も整理した通りある。

 新しい情報だっていくつか手に入った。

 だがそれは振武の疑問と不安を余計に煽るだけのものだ。今の状況ではあまり意味がない。例えそれに気づいてブレイカーに話したとしても、相手が止まるかどうか分からない。

 

 

 

『困惑と疑問。

 不安と恐怖。

 恨みと憎悪」

 

 

 

 まるで見計らったように声が振武の耳に入る。

 

『良い感じに煮えているね。2日目のお昼にしてようやく、俺が求めている状態に近づいてきている。

 良い。すごく良い」

 

「……変態かよ」

 

 鞄が振り落とされないようにしっかりと体に縛り、天井を睨みつける。

 まるで自分が前世の頃見たアメリカの蜘蛛男のように天井にくっついている。どうやったらあんな事出来るんだと不思議だったが、よく観察してみればなんて事は無い。

 手の部分だけ少し分壊して、その穴に手を引っ掛けているだけだ。フリークライミングが出来る人間はそれくらい出来るし、個性がそれだけ微調整が効くのも分かっている。

 

「アンタ、本気で何がしたいんだ? 俺に恨みがあるのか?」

 

『トンデモナイ。

 むしろこれは君の為だ。ここまで追い詰められるゲリラ戦はそう経験出来ない……少なくとも、相手がどんな人間か分からない状況でのソレはね」

 

 仮面の奥で笑っているのが分かる。それがより一層振武の怒りを刺激する。

 

「わかんねぇな。アンタにこんな変態じみた愛を向けられる覚えがねぇんだけど」

 

 少なくともこんな方法を取る理由がわからない。

 

『……世は理不尽に塗れている。どんなに美しい信念でも手折ってしまう理不尽が。

 それに対抗するにはどんな手段があると思う?」

 

「……全力で目標をぶん殴ってとっ捕まえる」

 

 振武の言葉に、ブレイカーは声を上げて笑う。

 

『間違っていないがそうじゃない。そう出来ない。

 どんなに強くてもいつか倒される。より強い敵、油断、守るべき相手を庇って。だがそれも害してくる敵を殺せば何の心配もない」

 

「――ないわけ無いだろう、クソが」

 

 静かに怒りの炎を燻らせながら振武はブレイカーを睨みつける。

 

「陳腐な言葉だが、殺したらそれ相応の報いがくる。

 罪悪感、その殺した相手の身内から恨まれるし、法という縛りもある。上手くやろうが、回避出来るのは法くらいなもんだろう」

 

『ああ、それは簡単な話だ。

 まず罪悪感は心配ない。俺が消し方を教えてやろう。人の心理には一家言ある男だよ俺は」

 

「あぁそりゃあありがたいこって……もう一つは?」

 

『それも簡単な話だ。

 

 

 

 そいつも殺せば良い」

 

 

 

「………………」

 

『恨みを持って襲ってくるならばソイツも殺せ。相手がどんな存在だろうと関係ない。躊躇も予断も許さない。

 なに、1人も2人も大きく変わらないさ」

 

「……俺はヒーローになろうとしているんだ。敵になる気はない」

 

同じだ(・・・)。そこに大きな違いはない。

 法に則っているかどうかという違いであり、本質的にはヒーローと(ヴィラン)の違いはない。自警団(ヴィジランテ)という存在もいるくらいだしね」

 

 自警団……確かライセンスを持たず無許可でヒーロー活動を行う犯罪者。なるほど、そういう意味では確かにグレーゾーンだ。そこだけをフューチャーすればそんな気もしてくる。

 人間心理は不思議なもんだ。

 だが、

 

 

 

「――ねぇよ」

 

 

 

 それを許せるわけがない。

 

「俺は誰かを守るためにヒーローになったんだ。誰かを殺すためにヒーローになった訳じゃない」

 

『人を守る為に人を殺せ。

 振武くん、良いかい? 俺は選択肢を一つ増やして上げているだけだ。選ぶ選ばないは君に一任するけど、その選択肢があるだけで活躍の場は広がる」

 

 人を絶対に殺してはいけないと考えている人間と、

 状況如何では人を殺さざるを得ないと考える人間。

 どちらの方が自由度が高いか。

 

「そんなもんなら、俺は要らない」

 

 ハッキリと宣言する。

 

「目的の為に手段は選ぶなってか? 冗談だろ。

 目的の為に手段を選ぶんだよこっちは。誰かを殺して得られる救いなんざ糞食らえだ」

 

 目的と手段。

 別のものに見えるかもしれないが、確実に何か繋がっている。

 汗水垂らして稼いだ金で寄付するのと、強盗を働いて手に入れた金での寄付は等価か?

 人を殺して血に塗れた手で救われた人間は、心から救われたと思うのか?

 違う。

 全然違う。

 百歩譲って他の人間がそれを是としたとしても、動島振武は絶対に否と答える。

 

 

 

「……生憎、俺はあんたとは違う。

 どういう経緯でそう考えたのかは知らないが、俺があんたの同類になると思ってるならお門違いだ」

 

 

 

『……可愛がりが足りなかったなぁ。

 これはもう少し追い詰めないと無理かな?」

 

 天井から降り立つと、ブレイカーが構える。

 先ほどまでとは明らかに違う。濃厚な殺気。

 どうやら本気を出してくれたようでありがたい。

 こっちも、

 

「全力でテメェをぶん殴れるぜ!!」

 

 ボロボロの心に鞭を打って、必死に怒声をあげた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 薄暗いバーの中。

 本来は小綺麗に、丁寧に整理にされている筈のそこは、今はめちゃくちゃになっている。椅子は倒れ、刃物でつけられた傷が生々しく残り、血が染まっている。まるで凄惨な殺害現場を思わせる光景が出来上がっていた。

 当然だ、先ほどまでここでは戦闘が行われていた。もっとも交渉成立で終わったこの状況では、過去形だ。

 そこにいるのは合計6人。

 傷をつけられ、動けなくなっている黒い靄を纏った男――黒霧。

 至る所に傷を作りながらも立っている手を模した仮面をつけた男――死柄木。

 先ほどようやく刃物を収め立っている、爬虫類を思わせる顔の男――ステイン。

 そして、そんな危険な状況であるにも関わらず、素知らぬ顔で注がれたウィスキーを飲んでいる男装の麗人――動島知念。

 そして、それに習うように、バーの隅でジュースを飲んでいる獣のような風情の少年と、人形のような風情の少女。

 これだけを見れば、相当カオスな状況だったのが分かるだろう。

 何せ黒霧と死柄木がステインと格闘している間ですら知念(そして少年少女は)そちらに注意を外さないようにしながらも、手を出す事だけは絶対にしなかったのだから。

 

「っ……おい、動島ぁ、何を黙って見てんだ。とっととそいつ殺せ!!」

 

 苛つくように死柄木がステインを指差すが、それをチラリと見ただけで知念は何も行動を起こさない。

 

「断るよ、死柄木弔。

 私の雇い主は君ではない。あくまで私は〝先生〟から「死柄木弔の指示はほどほどに聞いてあげなさい」と指示を受けた。ここは手を出すような事ではなかったと判断するけど……先生、私の行動は命令違反だったかな?」

 

 ホワイトアウトしているように見えるテレビ画面に向かってそう言うと、通信を繋げ全ての状況を把握しているそのテレビの向こう側にいる人物――〝先生〟は『いいや』と答える。

 

『むしろ手を出していたら君を止めるつもりでいた。流石だよ、よく観察している』

 

「お褒めに預かり光栄だね……良いじゃないか死柄木くん。結果だけを見ればステインくんは仲間になったんだ。多少の狼藉やお茶目は見逃してあげれば良い。

 そこら辺の器の大きさがないと、一団の首領というのは務まらないものと思うけど?」

 

「テメェ……このクソババァ……」

 

 痛みに耐えながら睨みつけてくる死柄木に、知念は小さく溜息を吐いて睨みつける。

 

「今度ババァなどと言ったら、両手両足をこそぎ取って達磨の気持ちを体感させるぞクソガキ……〝先生〟、本当に彼が後継者で良いのかい?

 私に言わせれば、こんな奴は「対象外」だ。考慮にも値しない」

 

『君だって若い頃は似たようなものだった。今はまだまだと言うだけさ……彼が成長すれば、そのうち君すら振り向かせる男になるかもしれないよ?』

 

「私が求めるは「強者」であって「完全無欠の敵」ではない。そこらへんの価値基準は合わないね、いつまでも」

 

 動島として純潔といっても良い思考回路の知念に言わせれば、彼の思考が邪悪だろうとなんだろうとどうでも良い。善人であったとしても、心底どうでも良い。

 強いか、弱いか。

 喰う者か、喰われる者か。

 肉体的、精神的、技術的、理由特性に関わらず他を寄せ付けない絶対的強者。

 そういう存在にしか知念の興味はない。

 〝先生〟の求めに応じたのも、彼が間違いなく強者であり喰う側の人間だからだ。そうでなければこんな『ごっこ遊び』には欠片も興味がない。

 組織力というのも力の一つでそれはそれで興味はあるが、好む好まざるを言わせて貰えば好まないし。

 

「ハァ……無駄話をせずに、俺を〝保須〟に戻せ。

 あそこ(・・・)には成すべき事が残っているんだ!!」

 

 どうでも良い。

 そう思っているのは知念ばかりではなかった。

 そもそもこの敵連合という組織そのものがステインにとってはどうでも良い事なのだ。もし死柄木に興味を持たなければ、仲間に入ることを頑なに拒否していた事だろう。

 ここで殺さないのは、たったそれだけ。

 だが、そんなステインを先生が止める。

 

『まぁ待ちなさい〝ヒーロー殺し〟。君に一つ条件を付ける』

 

「条件?」

 

 その言葉と同時だった。

 人形を思わせる少女が立ち上がり、小さな足音を立ててステインから少し距離を置きつつ正面に立つ。

 近づけばより彼女が小さい事が分かる。かなり身長が高いステインに比べるまでもない小さな体躯。残念ながら体躯相応、年相応にしか見えない体には、腰に下げている太刀を本当に振るえるだけの筋肉があるのかどうかすら疑わしい。

 だがその歩き方と雰囲気には一定の実力を感じさせる。今立っているその立ち位置も、斬る為の踏み込みに二歩必要な位置。

 ……不快だ。

 他人の姿にどうこう思うステインではないが、しかしその目の前の少女の容姿は人形を感じさせるだけあって綺麗なものだ。

 なのに、見ているだけで言い知れぬ不安感と不快感を感じる。

 何かしらの個性か……と一瞬思ったが、そんな思考を中断させるように〝先生〟と呼ばれている人物が話し始める

 

『保須にいる間、彼女を同行させてやってほしい。

 勿論、君の「使命」に手も口も出さない。ただ君の仕事ぶりを是非見学させてやってほしい』

 

「……監視、か? そんなモノ、」

 

『間違っていないが、それだけじゃない……というよりも、それが主目的ではないさ。

 そうだな……職場体験と言えるだろう』

 

 職場体験?

 敵連合の首魁を操っている男にしては随分のんきな言葉が出てきたものだ。

 何も言い返さないステインに、〝先生〟はそのまま話を続ける。

 

『彼女は強い。実力も、才能も類を見ない程のものだと、私も知念も思っている。だが、実戦経験の乏しさはどうしようもない。知念くんが私の協力を受けたのも、それが理由の一つだ。

 君は刃物使いだろう? きっと良い影響を彼女に与えてくれると思ったんだ』

 

「俺には……ハァ……そんな義理はない」

 

『あるさ……仲間だろう?』

 

 まるでこちらの神経を逆なでする声に眉を潜める。

 正直ここで刃物を抜いて目の前の少女を切り捨て、ここにいる全員を相手取って戦おうとも考えた。

 だが、それは愚策だ。

 動島知念と名乗った女の実力は分からない。自分と同格……いや、下手をすれば自分よりも強い。ここで戦ってしまえばステインとは言え無傷とは行かず、使命を果たす事は出来なくなるだろう。

 ……それに、仲間として参画する表明をしたのはあくまで自分だ。それを逆手に取られてしまえば、他はどうでも良いと考えているステインも跳ね除けづらい。

 

『君に何かあれば当然彼女も助力するだろう。

 勿論、彼女が捕まらないようにする範囲内でのみだがね。その範囲で許される限り君の命令に従うようこちらから指示はしてある』

 

「……良いだろう。その申し出を受ける」

 

 ステインは小さく溜息を吐いて画面にそう吐き捨てる。

 部下などというものを持った事がない……いや、そもそも持つ事にさえ興味がないステインからすれば、自分の行き先についてくる小動物が一匹付いた程度の感覚でしかない。

 そのまま少女を睨みつける。

 殺気を飛ばしているのに顔色一つ変えない。挨拶程度だという事も分かっているのか、刀に手も触れない。

 よっぽど訓練されているか、あるいはそれに慣れているのか。

 

「ハァ……貴様、名前は?」

 

 呼ぶ時に何か呼び名がないと困る。

 その程度で聞いた質問に、まるでコンピューターが応えるような無機質な声がする。

 

 

 

此方(こなた)見聞木(みきき) 操子(そうこ)――ヴィラン名《自動殺戮(オートマーダー)》です。

 ご指導ご鞭撻宜しくお願い致しますステイン様」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 傷は増えていく一方。しかもギリギリ動けるが動く度に痛みを感じるという、悪辣な傷に嫌気がさす。

 本気のブレイカーとの戦いは、鉢合わせした9階を丸々ダメにしてしまうほどの苛烈なものだった。そんな中でも振武は圧倒され続けたのだ。

 だがこちらも本気でかかったお陰か、何発か良いのを入れられた。こっちがボロボロになっている分、相手の骨一本くらいは叩き折ってやったのだ。

 少しすっとした。

 

「……アイツを倒すなら、」

 

 ブレイカーを倒すなら――厄介なのはあの手、つまり個性だ。

 有形無形に関わらず分壊してくる個性は非常に厄介で、攻撃も防御も出来るというのだからチートも良いところだ。

 だが、どうやら手で触れないとあの分解の効果は得られないらしい。そこら辺はUSJで戦った死柄木弔と同じ。衝撃などを無効化出来てもそれに一度触れなければいけない分完全な相殺は出来ていない。

 実際最初の崩月だって、相殺しているはずなのに手が弾かれていた。様子を見る限りダメージとして期待する訳には行かないが、隙を作る上では重要。本人も分かっているからよっぽどの事がない限り回避に専念する。

 それなら、避けられない状態で衝撃を放って両手を弾き飛ばし、それから肩の関節でも外してしまえば無力化出来る。そのまま肩を入れる余裕がない内に、全力で倒せば良い。

 問題は、そういう流れに持っていく隙を作れるかどうか。

 相手はそういう精神力にかけても強靭で、とてもではないが真正面から突き崩す事は出来ない。こっちの攻撃にビビりもしないのだ。

 方法があるとすれば、

 

「……嫌だなぁ、これは」

 

 頭に思い浮かんだ考えに苦笑いを浮かべる。

 これは無理というより、やりたくないが正しい。

 確かに隙は出来る。対抗策としては最高の一手。だがそれを打てば、今まで自分が大切にしていたもの、知らなかったものをぶち壊す事になる。

 もっと上手い方法があるならば、

 そう思いながら、疲れた体を無理矢理動かして歩き続ける。

 自分が何が欲しいのか。

 振武は言った。『目的の為に手段を選ぶ』と。

 なら俺の目的はなんだ?

 何がしたい。

 何が望みだ。

 ――最初は、誰かの笑顔を守りたいと思った。

 皆に関わって、事件に関わって、それだけでは足りないという事が分かった。

 自分を死なせてはいけない。それはブレイカーも言った通りだ。死んだら元も子もない。

 だが相手を問答無用で殺すのは、受け入れられない。どんな相手だろうと、生きて何かしらの罰を受けるのが大事なのだ。殺せば何も残らない。

 ならば自分が求めるものは、

 

「……完全無欠のハッピーエンド、か」

 

 体育祭の時も言った言葉を呟く。

 どいつもこいつも、何もかもを救けて助け尽くす。

 あの時は、上手くいった。

 だがもし似たような、だがもっと危険な状況に追い込まれたら?

 それが出来るのか?

 胸を張って自分はその言葉を口に出来るのか。

 

「考えろ、考えろ」

 

 思考を止めるな。

 ブレイカーの考えを否定する自分の考えを見つけろ。

 信念を。

 自分なりの答えを見つけ出せ。

 抗え。

 どこかに答えがあるはずだ。

 道があるはずだ。

 

「……絶対に負けねぇ」

 

 1日目の前夜に言った言葉と同じ言葉を言う。

 だがその内容は違う。

 ブレイカーに、

 自分に、

 理不尽な状況に、

 絶対に負けないと言う覚悟と根性。

 必ずなにか答えがあるはずだ。

 そう信じて。

 

 

 

 振武は、一度も足を止めずに歩き続けた。

 誰も彼も、漏れ無く全部救い切る答えを探しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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