ブレイカー――動島壊は同じ事の繰り返しでは終わらせなかった。
襲撃するタイミング、相手の精神をすり減らす為の趣向を様々凝らして振武に振りまいた。どれか一つでも効果があれば良いという考えで。
休ませる機会も与えずにそれを実行した。
自分自身は良い。1週間で合計7時間も寝れば充分な訓練は積んでいる。
それくらいの猶予は振武にも当然与えているが、それで頭が回るような状況ではないだろう。
「……そろそろ、かな」
3日目の午前8時。
監視カメラの映像と盗聴器から感じられる振武の様子を見て、壊はそう判断した。もう追い詰められ、思考を働かせる余裕はないだろう。
……正直見ている事、聞いている事全てが嫌になる。
愛する息子を本気で傷つけようなどと誰が思う? 体力を、精神力を鑢で削りたいと誰が思う? 必要な事だとしてもそれに抵抗感を感じない親は、もはや親ではない。
壊もそうだった。
今すぐ仮面を脱ぎ去り、振武に泣いて謝りたい。
傷の手当てをし、体を拭き、お腹いっぱいご飯を食べさせ、寝かせてあげたい。
何でもない事で笑いたい、いつも通りの生活を送りたい。
2人で出かける機会もなかったから、そういう所に行くのも良い。遊園地や買い物に出る。振武はファッションセンスに難ありだから、自分が服を見立ててあげたい。
優しくしたい。
「――でも、無理だ」
そうしたい衝動を、仮面で押さえ込んだ。
今の自分は動島壊ではない。
目的のためならばどんな事でも出来る。
グレーゾーンの代名詞――分壊ヒーロー《ブレイカー》なのだ。
「……さぁて、君の出番だ、えぇっと……ごめん、名前は覚えてないや」
「ん゛〜……」
もはや叫ぶ元気すらないのだろう。拘束された男は小さく呻き声のような声を上げるが、ブレイカーは気にせず椅子を引きずって彼を連れ出す。椅子は頑丈な金属製なので、特有の嫌な音を立てるが、壊れそうな様子はない。
哀れだと思うが、都合が良い相手だ。
自分も振武も罪悪感を感じなくて済む。
そう思いながら、ズキズキと痛む脇腹を押さえる。
振武との戦いをして、肋骨一本だけ持っていかれた。最初は痛み止めと装甲の下にしているテーピングで誤魔化せたが、それも限界に近づいている。
ここで失敗したら――自分がどうなるか。
「さぁ、転機の訪れだよ、動島振武――《ヘルツアーツ》」
◆
立ち上がりたくない。
部屋の片隅で、振武はそう思った。
何度も何度も考えた。
この状況を跳ね除ける最上の答え。
出来る事出来ない事を精査し、相手を殺さないで得られる答えを探した。
誰も彼も救う方法を、必死に考えた。
それが無理だと気付くまでは。
今の状況はブレイカーの掌の上だ。
この掌から脱出しなければ、自分がどう考えても勝てる保証はどこにもない。そして、その掌がどこまで広いかも振武には分かっていない。ここから脱出して、外に仲間がいないとも限らない。彼1人である必要性など何処にもないのだから。
今の所、振武が折れていない事以外にはこの計画に穴はない。3階くらいから飛び降りて逃げようかとも考えたが、自分の手の内が相手に知られている以上何かしらの対抗策を立てられているだろう。試して失敗し、再起不能になっては意味がない。
ここに来た時点で、既に状況は終わっていたのだ。
「……あ、あははは」
折れてはいない。
だが折れかけている。
諦めかけている。
まるで泥のように温く抜け出す事が難しい諦観の感情。
そんな感情からの誘惑を受けたのは――震撃習得時のあの苦行の時。
あの時は自分の前世が幻覚として現れたが、流石に今回はそういう状況ではないらしい。正直、この嫌な感覚を脱せるならば幻覚でもなんでも良いから現れてほしいと思っているが。
「……なんだよ、ご丁寧に構えるのを待っててくれてるってのか?」
誰もいない。
だがその存在感がないという事が、彼の隠密術の問題点だった。
動島流隠密術の本質。それは活殺術とは真逆に力の流れを止める事にある。
出口を完全に断ち、存在している上で自然と発生する力を体の中にのみ封じ込める。そうすると、そこにあってそこにない存在になるのだ。
だがこれは同じ相手に何度もするようなものじゃない。
たとえ道端の石ころですら存在感を発揮する。存在を主張しているモノが溢れているこの世界で、存在しないというのは、逆に絵の中に一つの空白があるようなものだ。
動島流隠密術はそこらへんを考えられていない。
当然だ、どうせ同じ相手に使うのは一度きり。
そしてそれを知った相手は必ず殺す、というのが当初の思想なのだから。
『……迎えに来た。
この訓練もここで、一応の転機を見せる事になる」
いつの間にか。
という言葉がそのままの表現だ。
蹲っている振武をブレイカーは見下ろしている。
目は相変わらず隠されているが、しかしその雰囲気は静謐なものだ。
自分を散々痛めつけている相手の気配が静謐というのも、笑えない話ではあるが。
「なんだよ、何かイベントか?
それとも、ここで終わりにしてくれるとか?」
『それはないな。
むしろ、それを終える事で君は始まるんだ」
意味深な発言だ。
仮面の奥でどんな顔をしてそんな言葉を発しているのか。
「……その前に、一つ質問させてもらって良いかな?」
『……なんだ?」
ブレイカーの実質的な了承を受け、振武は顔を上げて相手を睨みつける。
目は直接見えない。
だがその相手の目を射抜くように睨みつける。
「……あんた、自分が嫌いだろう?」
――ブレイカーは答えない。
振武はそのまま話を続ける。
「仮面を完全に隠すのは表情や力む姿を隠すためじゃない。こんな事をしている自分を覆い隠す。その為にその仮面があるんだろう?
アンタ隠しきれていると思っているだろうけど……いや、あんた自身も気付いていないのか。
細かい所で腰が引けてんだよ」
自分を殺そうとして手を抜いているだけではない。
ほんの少し。本人も気付かないレベルではあるが躊躇が見られる。
武術をやっていると分かってくるが、人を傷つける、殴るとは結構な覚悟がいるのだ。
そういう反射的な嫌悪感や手加減を無視して相手に放つ鍛錬を積み、克服する事で本当の武術家が名乗れる。
振武だって10年かけてそれが出来るようになった。
だが、目の前の男はどうだ。
「偉そうな事を言っているが、アンタは
自分の考えが間違っていると思ってはいないが、心の中で思ってる。
『
だから逃げ場を作る。足掻ける猶予を俺に与えている。その気持ちはなんだ? そこまでする癖に、中途半端なんだよ」
声を届けようとする。
想いを言葉に乗せて。
「なぁ、俺に何かあったのか聞かせろよ。
最後のチャンス……とは言わないが、ここで答えが出るかもしれない」
『――くだらない。
実に、くだらない」
ハッキリとそう、ブレイカーは答えた。
『俺が自分が嫌い? あぁ、嫌いだ。そもそもこんな事をするヒーローをこそ憎むべき対象だな。
だが、それが理由でこれを辞めることも、君が俺の事情を聞く必要性も感じない。躊躇している? するさ、ここで死んでもらっては意味がない。
失敗するのであれば派手に殺さなければ」
振武の顔の真横にある壁に手を付く。
何も力を込めていないはずなのに、その部分だけ蜘蛛の巣のような亀裂が走り始める。
『君の担任と同じだ。
見込みナシと判断すれば君を殺す。本気だ。今君を殺さないのはまだ見込みがあると、
今まで逃れているからと調子にのるな――クソガキ」
殺気と敵意を振りまいてそう言うと、ブレイカーは手を離し、振武には背中を向ける。
問答無用。
そう言わんばかり。
『……荷物を持って1階エントランスまで、来い。
以上だ」
そう言って、ブレイカーは出ていった。
「……チッ、懐柔失敗か」
予想はしていたので、落胆は大きくない。
大掛かりに、綿密に、そしてストイックにここまでやってきた男がこの程度の言葉で引き下がるとは思えない。
だが、必要な弾丸は揃った。トリガーに指はかかっている。
あとは引き金を引くだけだ。
「……問題は、弾丸が貫くものは、」
ブレイカーの命なのか、
ブレイカーの、歪んだ信念なのか。
ふらつく体を押して歩いた所為か、エントランスは遠いように感じた。
「――なんだ、これは、」
その光景を見て、振武はそれしか言えなかった。
金属製の椅子に縛り付けられた男が1人、エントランスの中央に座っていた。ぱっと見怪我はないが、胸元や袖口から覗いている体には所々痣がある。
涙と疲労と絶望。そんなネガティヴなモノに染められている顔は、見るこちらが辛い程歪んでいる。
『さて、最終試験だ。
この男を、君は知っているはずだ」
その男の横に立っているブレイカーは、そう口にした。
「知らねぇよ!! いや、まず質問に答えろよ!! これはどういう事だ!!」
振武の怒声を無視する形で、話を続ける。
『……あぁ、そうだね。彼は君に素顔を明かしたことが無かったか。
まぁ雑魚だし、君は覚えていないかもしれないがね」
そう言いながら、ブレイカーか懐から何かを取り出す。
それは、紙袋。
目の部分だけ切りとられた、紙袋。
「……USJで襲ってきた奴」
最初も最初に倒したのであまり印象には残っていないが、それでも振武の頭の片隅には残っていた。
『付け加えるならば、君の中学校襲撃にも関与していた男だ。
性懲りも無く2回目の逃亡に成功してしまったようでね。お仲間とたむろしている所を俺が捕らえたんだよ」
振武は余裕のない頭で必死に考える。
正直目の前の人質になっている男に、振武は興味がない。何せ相手は敵だった。人質としての効果は薄い。勿論殺す訳には行かないのは確かなので有効だが、「人質」というには微妙な相手だ。
それにブレイカーが、そんな甘い事を言い出すわけがない。
「何がさせたいんだ……」
『簡単な話だ。
殺せ――彼を殺せば、君はここから抜け出せる。
訓練終了という事だな」
ああ、そういう事か。
「……腐ってやがんな、お前」
思わず漏れた言葉に、ブレイカーは鼻で笑う。
『腐っているのはこの男さ。反省する様子もなく、君の殺害計画を必死で練っていたんだぞ。3度目の正直と彼は嘯いていたが……そうなるのは彼の方だ。
殺せ。彼はこの世の害悪でしかない。救われない人間に温情をかける必要性なんてない」
「……嫌だ」
『さもなければお前が死ぬ。今度こそ本気でお前を殺す。
そうなったら周りはどうなる? お前を大事に想っている者の気持ちは? お前が将来救ける人々は? この世界の未来は?
振武――否、ヒーロー《ヘルツアーツ》。今はお前の命を最優先に救う事こそ至上の使命だ。
救われようともしないクズと自分を天秤に掛けてみろ、大事なのはどちらだ?」
ブレイカーの言葉が嫌に耳に届く。
振一郎は自分が死んだら跡取りを失うだろう。
焦凍はまた自分を責めるかもしれない。
魔女子は昔の自分に戻って冷血に、冷徹になるかも。
出久は泣いてくれるかもしれない。
クラスメイト達も。
爆豪はどうだろう……「勝ち逃げすんな」とでも喚きそうだ。
相澤はこんな事態を招いて、教師を辞めてしまう可能性もある。
百は――悲しむだろうか。
悲しむだろうな、情に篤い女だ。
嫌だなぁ。
あいつの泣き顔なんか――見たくない。
そんな想像が頭の中で回転木馬のようにぐるぐると巡る。
『仮に彼を殺さず君も死なない状況に持込めたとしても――目の前のこいつは反省などしない。
また性懲りも無く君を襲うだろう。いや君だけなら良い、愛する人達に害を与えるかもしれないのだぞ?
その時、君はその罪悪感を堪えながら生きる事が出来るのか?
それは、死にたいほど辛い事だ」
あぁ、それは――死ぬよりずっと辛い。
自分が何もしなかった所為で誰かが傷つくのは、死んだってゴメンだ。
『言い訳は用意してある。
この件に関して君が罪に問われる事は絶対にない。私がさせない。
そこで止まっているならば、気にする必要性などない。
私が君を守ろう」
出来るのか、そんな事が。
出来るんだろうな、この男なら。
きっとそこも計画のうちなのだろう。
最後まで、自分はこの男の思惑通りに進んでいるという事だ。
『自分の為とは言わない
家族の、仲間の、友人の、愛する人の為に――生きる為に、殺せ!!!!」
……静寂が流れる。
振武は何も考えられない。
もはや何が正しかったのかすらあやふやで、考えがまとまらない。
だが、体は自然と動いていた。
腰から、短刀術を使うときに使用するナイフを取り出す。二本ともだ。
ブレイカーは何も言わない。
安堵するような。
悲しいような。
不思議な雰囲気を出しているが、振武には何も言わない。
ゆっくりと近く。
震える手を必死で殺してナイフを構える。
大丈夫。
ほんの一瞬だ。
数秒も掛からず終わる。
「……ころ、さないでくれ、」
先ほどまでガムテープをされていた男の口がハッキリと囁く。
ブレイカーがわざと外したのだ。
命乞いをする相手を切れるかどうか――その為に必要最低限の体力は残るようにしていたのだろう。
「もう、お前を、ねらわない、なんだったら、じしゅしたって、良い、だから、おねがいだ、ころさないで、ころさないでくださいっ」
必死な訴えを聞きながら、振武は足を止めない。
一歩、一歩と近づいていく。
男の涙は出尽くしたと思っていたが、涙が溢れていく。
死にたくない。
生き物の至上命題であるそれに体と心が無意識に反応している。
――振武は、男の目の前でナイフを構える。
これで良い。
俺はこの選択肢を選ぶ。
誰の所為でもない。
俺の心が、これを選ぶ。
「――――逃げろ」
そう言った瞬間、いや、ほぼ同時と言って良い速度でナイフが振るわれる。
椅子の足に縛り付けられた両手両足、その両方の手錠を切断する。這いつくばって走る体力はあるはずだと。
それを見てすぐにブレイカーも行動を起こした。
手を広げ、逃げ出そうとする男に襲いかかるのを――振武の脚技が止める。
脇腹――ちょうど振武が折った肋骨に向けて。
「グッ――ハッ」
ブレイカーの息が止まる。
痛みが動きを止める。
その一瞬で、
「とっとと逃げろ! 死にてぇのか!!」
「ギ、ぎひぃぃいぃっぃ!!?」
振武の怒声とともに、逃げる男がいた。
逃げるほどの体力があったのか、それとも火事場の馬鹿力というものだろうか。這いつくばるようにして走る姿は、あっという間に出口に向かい、――消えた。
『この――阿呆ガァ!!!!
何故殺さなかった!! 散々俺が言ったことを聞いていなかったのか!?」
ブレイカーの本当の意味での、初めて見せた激情。
その怒声を聞きながら、振武は持っていたナイフを投げ捨てる。役目を終えたと言わんばかりに、カランと軽い音がエントランスに響く。
「何度も言わせんなよ、俺は目的の為に手段を選んだんだよ」
そう言いながら、ゆっくりと構えを取る。
――無理だ。
誰が見てもそう思うだろう。
肉体的精神的にギリギリの状態の振武では、とてもでは無いがここでブレイカーと真っ向勝負出来る筈がない。手負いとはいえ自分より格上……いや、手負いだからこそ危ないのだ。
だが、足がふらつき、手が震えても、その目だからブレイカーから逸らさない。
「あんたも例外じゃないからな。
あんたも殺さない。
俺も殺させない。
それが――あんたの考えに対する俺の答えだ」
『――本気でそう思っているのか?
無理だ、無茶だ、無謀だ。
俺が君より強いのは分かっているだろう」
ああ、嫌ってほど分かっている。
普通の状態でも勝てるか自信がないのに、こんな状況で勝てるとは当然思っていない。
だが、この状況を打破するのに、強さはいらない。
もう覚悟は決まっている。
戻れなくなっても進むと決めたのだ。
だから、
「知らなかったみたいだから教えてやるよ
――俺は、無理無茶無謀って言われたら、やりたくて仕方がなくなるんだよ!!!!」
――瞬きをする暇もないほどの速度で、間合いは詰まる。
振武は両拳を握りしめる。
ブレイカーは両手を開く。
お互い、躊躇もない。遠慮もしない。全力で振るわれたそれは、同じくらいの速さ――いや、ブレイカーの方がやや早い程度の速度。
触れれば終わる。
それがブレイカーの個性だ。
拳を振るう振武よりも早く触れてしまえば、自分が勝つ。
そもそも自分が負ける道理などどこにもないのだから。
なんの油断もなかった。
それなのに、
「……もうやめようぜ、父さん」
その言葉で、
「――え、」
躊躇が生まれる。
「震振撃、四王天――二極!!」
1番弱い攻撃が2つ、ブレイカーの両肩にぶつかる。
ガコンッ。無機質にも思える鈍い音が、エントランスいっぱいに響いた。
叫び出しそうな激痛。動かない腕。
だが、それにすら意識が向けられないブレイカー……いや、動島壊は、
壁に、そのまま吹き飛ばされた。
壊が吹き飛ばされて、どれくらい経過しただろうか。
もしかしたら1分も経っていないかもしれない。いやたっぷり30分経ったように思える。どちらとも感じられる時間、動島壊は倒れていた。
自分で立ち上がれる筈だが、動揺で立ち上がる事すら出来ない。
何故、どうして自分に気付いた?
自分を指し示す証拠は出していない。声も、機械で変えている。足運びだって日常的に武術をやっていないように見せる為、わざと崩して歩いているくらいだ。
動島壊と分壊ヒーロー《ブレイカー》を繋げる要素は何もなかった筈だ。
「……生きてるよな?
あんなんで死ぬようなあんたじゃないだろうし、ここで死なれたら俺の宣言がパァなんだけど」
いつの間に近づいてきたのか、振武が壊のマスクを奪い、顔を覗き込んでくる。
その表情は先ほどまでの憤怒の顔ではない。純粋に壊のことを心配している「家族」のそれだ。
「ちょ、ちょっと待って……頭が全く追いつかないんだけど?
振武はもう限界で、」
仮面を取られてブレイカーとして振る舞う事が出来ていない、いつも通りの動島壊が困惑したように話す。そんな壊の言葉に、振武は小さく溜息を吐いた。
さも面倒臭そうな感じで。
いつもの動島振武で。
「フリ、演技、ブラフ、……言い方はなんでも良いけど、取り敢えずそんなもんだよ」
つまり――疲弊した姿は、演技だった。
「そ、そんなっ、僕がそういう事に関して騙されるわけが、」
「まぁこれは父さんがブレイカーだって気付いた段階で試してみようと思ったのさ。
普段の父さんが嘘ではないなら、俺が弱っていく姿を嬉々として見たいとは思わないだろう? 多少観察眼も鈍るかなって」
上手く行って良かったよ、となんでもないように言ってはいるが、だとしたら相当な演技派だ。
「……いつから、」
気付いていた?
そう聞くと、振武は、
「1日目の夜」
自分が想像したのよりずっと早かった。
「なんで、どうして、どうやって、」
動揺で言葉が続かない壊に、振武は呆れ顔で言った。
「父さんさぁ……なんでそこだけ抜けてるの? いや、俺が甘く見られているって思った方が良いのかな。
俺が父さんの作ったもん食って味が分からない訳ないだろう?」
――あ、ホットドッグ。
思わず唖然として声が漏れる。
その表情を見て、振武は苦笑を浮かべる。
「10年も父さんに飯食わせてもらって育ったんだから、分かるよ。
父さんの手作りケチャップって、トマトの酸味が市販より強めなんだよね。
勿論、食事に詳しくない俺だから、100%父さんのだって確信はなかったけど……取っ掛かりぐらいにはなった。ブレイカーが父さんなら、手加減している理由とか、いくつかに説明つく。
――分からないのは、そもそもこんな大掛かりな事をした理由と、目的だ」
そう言いながら、振武は壊の胸倉を掴んで無理やり起き上がらせる。
「さぁ、答えてもらおうか。
なんでこんな事をして、俺に何をさせるつもりだったんだ?」
悲しそうな、だが真っ直ぐな目で振武は壊を睨みつける。
そういう所は、母にそっくりだ。
そんな事を考えている場合ではないのに、壊はふとそんな事を考えていた。
あの時も――そういえば、こんな目で見られていたな、と。
「――ここまで来たら、どうしようもないね。
話そう。僕の過去を」