plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode9 たすける

 

 

 

 時間はすっかり夕方になっていた。エントランスに入った時間を考えれば、動島壊の話は長かった事を時間が教えてくれる。

 当然だ。半端な時間で説明できる半生ではなかったのだから。

 惨いというには、振武は近すぎた。

 酷いというには、振武は遠すぎた。

 ……瓦礫の中で、振武と壊は背中合わせに座っていた。話を聞き、何も返せなくなって、結局こうして座っていることしか出来なくなってしまった。

 三回の悲劇。

 そこから連鎖するように続いた悲しい出来事。

 自分がそれを受けたら耐えられるのだろうか。ヒーローなんて職業を憎まずにいられるのだろうか。日常を笑って過ごせるだろうか。

 本当は振武にヒーローなんて辞めろと怒鳴りつける事だって出来たはずなのに。

 壊がそう言った事は、殆どない。

 あったとしても、常に振武の意思を尊重してくれた。

 きつかったら、無理だと思ったら戻って来なさい。そう言って食事を用意して自分の事を待っていた。

 愛して、くれているから。

 

「……ごめん、俺は、それに気付かなかった」

 

 振武の言葉に、壊は乾いた笑い声を上げる。

 

「気付かれたら困るよ、隠してたんだから。

 ――この世界は、優しい人間に優しくないように出来ている」

 

 志を持つヒーローに。

 個性禁止という束縛の中でもがく人々に。

 なんの罪も犯していない無辜の民に。

 この世界は無情だ。

 割りを食ってしまうのは、常に優しい人々だ。狡猾で、人を傷つける事すら厭わない人間達が、そういう人間の生き血を啜って生き永らえている。

 それでも貫きたい人は貫けば良い、そう思うだろう――他人ならば。

 だが、それが大事な家族だったら?

 愛する人だったら?

 人はそんな無責任に肯定する事は出来ない。例え恨まれようが憎まれようが、その人が例え少しでも汚れてしまおうが――傷付かない事と、生きる事を願うはずだ。

 

 

 

「振武、お願いだ。

 何をしてでも良い、生きてくれ」

 

 

 

 それが、親が子に願う最低限の事。

 だから振武はそれに、

 

 

 

「父さん――いい加減にしてくれない?」

 

 

 

 悲しそうに文句を言った。

 

「振、武……?」

 

 怒られると思った。

 もしくは、何も言わずに流していたかもしれない。

 数パーセントの確率で、もしかしたら自分の考えを受け入れてくれるかもしれない。

 そう思っていた壊にとっては予想外の反応。

 口調はまるで怒るような言い方なのに、その目にははっきりと涙が溜まっているのは分かる。

 

「なあ、父さん。

 父さんは、ちゃんと俺を見ているの?」

 

 振武の言葉に、壊の心が止まる。

 

「なに、を、」

 

 戸惑う壊に、振武は言葉を続ける。

 

「ったくよぉ、本当にいい加減にして欲しいぜ。

 ――父さんが辛い経験してんのは分かった。それでその考えに行き着いちまうのも、分かる。俺を想ってくれて、俺を心配してくれんのだって、分かる。

 

 

 

 でも、俺はあんたの両親じゃない」

 

 

 

 その言葉に、心臓が跳ねる。

 

 

 

「俺は、あんたの弟じゃない、奥さんじゃない、その子供じゃない」

 

 

 

 遮りたいが、遮れない。

 

 

 

「俺は――母さんじゃないんだよ、父さん。

 それを、勝手に重ねてんじゃねぇよって話だ」

 

 

 

「振武、でも、父さんは、」

 

「父さん。俺は動島振武だ。

 人生何が起こるかわからない。もしかしたら死んでしまうかもしれない。なるほど、そりゃあ父さんの心配はご尤も。

 でもさぁ、同じくらい、俺がその人たちのように死なないって可能性だってあるんだよ」

 

 人の死は選べるが、それは限定的で、どこまで自分が死にたくないと思っていても死んでしまうかもしれない。でも、だから今まで父の人生で3回あった悲劇が、振武にも適応されるとは、全然、全く、一欠片も、思わない。

 だって振武はその人たちではないんだから。

 壊とっては等しく「大切な存在」なんだろうが、自分はその人達とは違う。

 母を超える。

 母が守れなかったものを、守る。

 それは母とした最後の約束なのだから。

 

「父さんの言葉には理解出来る部分はある。でも納得は出来ない。

 俺はやっぱり、誰かを殺して自分を救おうとか、周りを救おうとか全然思えない」

 

 誰かを救う為に、誰かを殺す。

 人の生と人の死を天秤に掛けて冷静に判断する。

 もしそれがヒーローなのだとすれば――今ここで誓おう。

 

 

 

 そんなヒーローにはならないと。

 

 

 

「父さん、俺は今日決めた。

 俺も周りも、敵だって……全部漏れなく救えるヒーローになる」

 

 

 

 ずっと疑問だった。

 悪と呼ばれる存在が、本当に悪なのだろうかと。

 母を殺した敵だって、やった事は悪いが、その気持ちが悪いと、追い詰められたお前が悪いと言われてしまったら、この世界に救いなんていうものは1つも無くなってしまうではないか。

 自分の気持ちを押し通すため、誰かに伝えるために戦わなければいけない時はある。振武は焦凍と戦った時のように。本気でぶつかり合わなければいけない時はある。

 だけど、誰だってそんな事はしたくない。

 誰かを傷つけたくてそうしている訳でも、

 誰かを殺したくてそうしている訳でもない。

 それ以外で自分の求めるものが解消出来るのであればそうしているだろう。自分が求めるものの手段がそれしかないと思っているからそうしているだけだ。

 性善説?

 綺麗事?

 それのどこが悪いんだっていうんだ。

 綺麗事も言わせてもらえないなんて、それこそ社会が、世界がどうにかしているんだ。

 どうあっても救えない悪人がいる?

 ハッキリ言わせてもらえば、それは手を差し伸べる人間がいないからだ。手を差し伸べる人間が、諦めてしまったからだ。

 振武は、そんな事をしたくない。

 もう、諦める人間にはなりたくない(・・・・・・・・・・・・・)

 

「――それでは、いつか死ぬ」

 

 壊は無情にも言う。

 いや、振武を愛しているからこそ情を殺して現実を突きつける。

 

「世界はお前が思っているほど優しくない。

 お前を傷つけようとする人間も、その信念を逆手に取ろうという人間もいる。

 お前一人じゃ無理なんだよ、振武」

 

 壊はその言葉を否定する。

 そんな事は絶対にさせない。

 

「俺、色んな事があったんだよ。父さんが知らない所でも、沢山、辛い事があったんだよ。

 俺が何もしない方が良いのかもしれない。俺が手を出す事じゃないのかもしれない。俺が出来る事じゃないのかもしれないって事が、本当に沢山。

 でも、1つ1つ、乗り越えられたよ。俺独りじゃ無理だったけど、でも独りじゃなかった」

 

 中学校の事件も、

 USJの時も、

 体育祭の時も、

 振武1人で何か出来たことはない。いつも誰かの力や知恵を借りて、皆で一緒に戦ってきた。

 無防備な振武の背中を守ってくれた人がいた。

 歩みが止まりそうになった時背中を押してくれる人だっていた。

 進路が間違ってくれたら教えてくれる人もいた。

 差し伸べる手が下がりそうになったら支えてくれる人がいた。

 呆れながらも一緒に歩いてくれる人がいた。

 遅いぞと振武を急き立てて、追い越そうとする人だっている。

 時には自分の前に立ち塞がってくれる人だっていた。

 皆がいてくれたからここまで来れたんだ。

 その人達がいたから、動島振武は今ここに立っている。

 その人達の名前は、動島覚だったり、動島振一郎だったり、動島壊だったり、転々寺位助だったり、リカバリーガールだったり、緑谷出久だったり、爆豪勝己だったり、切島鋭児郎だったり、尾白猿夫だったり、相澤消太だったり、オールマイトだったり、轟焦凍だったり、塚井魔女子だったり、八百万百だったり、名前を挙げた連中だけでもなければ、名前が分からない大勢いる誰かだったり。

 沢山辛い事があった分だけ、沢山助けられて、救けられた。

 皆が居たから、動島振武はここにいる。

 

「父さんも、母さんも、ちょっと勘違いしてる。

 俺は1人じゃない、独りじゃないんだよ。俺は、独りでここに立ってるんじゃないんだ。ここにいなくても、皆が俺の周りにいつもいてくれる。

 勇気を、言葉をくれるんだよ」

 

 例えここにいなくても、皆との絆は心の中(ここ)にある。

 ならば、1人で頑張ることはないじゃないか。

 

「大切な人達を、巻き込むのか?」

 

「巻き込まない。つうか、この世界で起こってる時点で、あいつらにだって関係がある。

 それに、俺が守らなきゃ生きていけませんなんて連中は1人もいない」

 

 戦う力だけじゃない。

 心だって、振武の周りにいる人達は強いんだ。

 ちょっと躓いたり、転んだり、起き上がれない時があるだろう。

 振武も、周りの人達も。

 でもそうすれば、今度は振武が助ける。自分にしてくれたように、自分がその人にしてもらったように。助けるし、時には救けに行く。

 相手を信じて頼るという事が。

 相手を信じて頼られるという事が。

『信頼』という言葉の正しい意味なのだと信じて。

 

「……俺は父さんの両親とも、弟とも、奥さんとも、その子供とも、母さんとも違う。

 俺は皆救うし、皆で救うよ。

 父さんが思っている以上に世界は優しいんだって、俺は知っている。だからそれを証明させる為に、俺はもうブレない」

 

「……振武、でも僕は、」

 

 壊は言い淀む。

 壊はもうその権利を放棄した。

 自分はもう、誰かに救われる事を拒否して、独りで息子を救おうとした。

 動島壊は、動島振武に助けられる資格も、救けられる資格もない。

 

 

 

「俺は父さんとは違う――だから、父さんも助けるし、救けるよ」

 

 

 

 手を差し伸べる。

 壊に傷つけられ、壊と戦ってボロボロなのに。もう手を差し伸べる力を出す事すらきついはずなのに。

 

「どういうやり方が正しいのか俺には分からない。

 父さんが犯罪者として捕まってしまうかも知れないけど……それでも、俺は父さんを見放す気はさらさらない。

 なぁ、父さん、」

 

 涙が流れる。

 暖かい雨のような涙が流れる。

 そこには確かに、

 

 

 

「――お願いだから、たすけさせてよ。

 ――たすけられる事を、諦めないでよ」

 

 

 

 愛が詰まっていた。

 

「――僕は、沢山君に酷い事をしたよ?」

 

「……うん」

 

「他の人にも沢山酷い事をしたよ?」

 

「……うん」

 

「犯罪者スレスレっていうか、もう犯罪者に片足突っ込んでるよ?」

 

「……うん」

 

「そんな僕が、たすけられちゃって、良いのかな?」

 

「分からない……けど、俺はたすけたい。

 家族だからってのはあるけど……父さんが家族じゃなかったとしても、絶対に俺は諦めないよ」

 

 

 

「――ごめんね、振武」

 

「――いいよ、父さん」

 

 

 

 救いとは、赦しだと思っている。

 誰かを救おうとした時に、その人がその人の罪に押し潰されないように、束縛されないように。

 まずはその鎖を、赦しで溶かそう。

 これが正しい答えなのかは分からない。

 でも人は1つ、信じられる何かを胸に抱いて進むしかない。

 それが動島振武という、世界に何百といるであろうヒーロー志望の少年が、たった1つ掲げた信念だった。

 誰も彼もを救い切る。

 1人で為せないならば、力を借りる。

 たすける事を、諦めない。

 苦行であり、無謀な挑戦。

 だがそれを胸に掲げている限り、

 

 

 

 動島振武は、誰にも否定される謂れもない――ヒーローだった。

 

 

 

 

 

 

 Pipon!!

 

 そんなシリアスで暖かな空気をぶち壊すように、聞き覚えのある電子音がエントランスに響く。

 発信源は、振武の鞄の中――つまり、振武の携帯端末からだった。

 

「………………ちょっと待って、頭が追いつかない」

 

 いきなり現実に引き戻された振武は目頭を押さえながら必死で考える。

 この建物は特殊な構造をしていて、逃げ回っている間は基本的に電波が入ることはなかった。つまりこちらからメッセージを送る事など出来ないし、当然向こうから届く事もない。

 でも、今、届いた。

 なんの通知なのか確認してはいないが、あれはおそらくいつも使っている通信アプリからの着信音で、つまりメッセージが届いたという事で、

 

「……あれ、気付いてなかったの?

 確かに他の階では通じないようになっているけど、エントランスは別だよ?」

 

 ……はい?

 

「……じゃあもしかしてエントランスに来るたびに俺を阻止したのって」

 

「逃さないのが理由でもあるけど、外部と連絡取らせない為だけど……え、なに、本当に気付かなかったの? 5回も来たから僕はてっきり気付いているのかと……」

 

 壊の意外そうな言葉に頭を抱える。

 勿論、エントランスに入った瞬間に壊に襲われていたから確認していなかった、というか鞄を開ける余裕は無かったわけだが……。

 それにしても、何故気付かない自分!!!!

 分かっていればもう少しマシな解決策を見つける事が出来ていたかも知れないのに!!

 つうかどんな構造しているんだこの建物!!

 色々な不満が頭の中で駆け巡る。

 

「あぁ〜、うん……もう良い、過ぎた事はしょううがない、うん。

 取り敢えず、ここで通じるなら転々寺さんに連絡するよ。今の状況をなんとかしないと」

 

 以前問題は解決出来ていない。

 振武と壊、そして転々寺だけが知っているならば、この件をなかった事に出来る可能性だってあった。何せ被害者である振武は、目的はさておき今回の件を、「ちょっと良い経験だった」というくらいにしか思っていない。

 だが問題は、自分が逃したあの紙袋の男だ。

 彼がどういう反応を起こすか分からない。振武が言うのもなんだが、自分にした事はさておき、あの男にしたのは完全に犯罪行為だ。

 彼が警察にそう言えば、簡単に壊は逮捕されてしまうだろう。

 罪は償わなければいけない。

 それは壊も振武も分かっているし、それを逃れよう、逃がそうなどとは思っていない。だが一応転々寺と相談しなければいけない部分はあるし、どちらにしても連絡は必要だろう。

 壊が小さく頷くのを見て、振武は鞄に近づいた。

 さっきの戦闘で埃は被っているものの、瓦礫にやられている様子はない。その事に胸を撫で下ろし、鞄を開けて携帯端末を見る。

 通知は2つ。

 1人は、緑谷出久。いつかの時、全員の連絡先を緊急用に交換しグループを作ったのだが、そこからの通知だった。

 もう1人は、轟焦凍。こちらは個人だ。

 だが、

 

「位置情報だけ?」

 

 緑谷出久の方は普通のものではなかった。

 一言も添えられず、ただ地図での位置情報が載っているだけ。

 さっと地図アプリを起動して場所を確認する――場所は、保須の繁華街路地。それがますます振武の疑問を深める。

 話を聞いている限り、確か出久の行った研修先は山梨だ。それがいきなり東京都内の位置情報を送ってくる? しかも、飯田の兄――インゲニウムが倒された、保須市の。

 何かの偶然でここに来ましたなんてお気楽な報告なら、そう書くはずだし、そもそも緑谷出久はそんな事を気楽に発言するような男ではない。根性がある男だが、普段は気弱で、こちらが勧めても「ぼ、僕がどこにいようが皆興味なんかないよ!」なんて言い出すだろう。

 つまり、何か〝理由〟がある。

 クラスメイト全員にこれを送らなければいけない理由が。

 そして、焦凍の発言も、奇妙なものだった。

『俺は行く、お前も来れたら来い』

 たったその一文。返事を期待していない断定口調。焦凍も筆不精で言葉足らずな事があるので、普段からこのレベルの文章しか送ってこないが、しかし妙だ。

 行くとはどこに?

 研修先にいる自分に「来れたら来い」とは?

 疑問が深まる。

 だが、手元にある情報から導き出される情報を並べてみれば、少し見えて来るものがある。

 保須市。

 飯田の兄が倒れた場所。

 今もステインが活動している可能性がある場所。

 飯田の憎悪。

 ただの位置情報を送って来た出久。

『来れたら来い』という焦凍の言葉。

 その中で、1番あり得る最悪の可能性は、

 

 

 

「……嘘だろう?」

 

 

 

 突飛な発想。

 少ない情報と可能性で導き出された答えはあり得ない事だった。

 そんな事をするはずがないし、出来るはずがないという気持ちが振武を安心させようとする。

 だが、飯田の顔。

 飯田の憎悪。

 それを思い浮かべれば――あり得ないという言葉こそ、あり得ない。

 

「――父さん、この建物はどこ? 現在地は?」

 

「え、なに急に……保須の郊外。繁華街までは、歩きで3時間くらいだよ」

 

 想像していた場所よりずっと近いが、それでも遠い。

 3時間。想像した事がもし現実に起こっているならば、それでは全然間に合わない。瞬刹も利用して、半分に短縮出来るか?

 この体力で?

 正直ここ最近、まともに休んでもいないこの状態で行ってどうなる?

 仮に間に合ったとしても、自分がどうにか出来る事はないんじゃないか?

 ――でも、知ってしまったんだからどうしようもない。

 

「父さん、俺は今から保須市の繁華街に行く。悪いけど転々寺さんに連絡して、すぐに保須に誰か寄越すように言ってくれないか」

 

「は、ちょっと待って、本当に急にどうしたんだ!?」

 

 鞄は……置いて行くしかない。そう判断してポーチに携帯端末だけ入れて立ち上がる振武を、壊は慌てて押し留める。

 

「父さん、なにを思ってここにしたのか分からないけど……そりゃあ、目的の舞台としては最高だったんだろうけどさ……今の保須市がどうなっているか分かるだろう?」

 

「保須市――ステインか」

 

 一瞬眉を顰めたが、すぐに壊も思い至った。

 それに、振武は小さく頷く。

 

「あくまで可能性だけど……俺の友達が、それと遭遇した可能性がある。

 いや、ステインじゃないかもしれないけど……とにかくピンチなのは確かだ」

 

 最悪の答えが現実になっていなかったとしても、緑谷出久が位置情報だけ一括送信してくるとなれば、それなりに理由があるはずだ。

 理由も説明できないほどのピンチ。応援を呼んでくれという意味なのだろう。

 だから今振武にできる事をする。

 

「ちょっと待って、だとしたら振武も危ないだろう!!

 分かってんの!? 君ボロボロなんだよ!? 僕がやったから言えた義理じゃないかもしれないけど!!」

 

 逸って建物を飛び出そうとする振武を無理やり押し留める。

 3日間、壊の肉体的・精神的な攻撃を受けて今の振武はボロボロだ。壊の想像以上に元気なのは見れば分かるが、しかしそれでも危険だと分かっている場所に素直に送り出せるような状態ではない。

 

「せめて僕が行くから振武が転々寺くんに連絡を、」

「父さんは動けているけど俺より重症じゃん! むしろ肋骨折れててなんで動けるの!?」

「痛みを無視するのは慣れている。今は痛み止めと、固定しているからなんとか動ける、最悪逃げるだけなら何とかなるから」

「それなら俺の方が可能性が高い。父さんじゃ時間短縮して現場に走れないだろう?」

「振武だって多寡が知れている」

 

「頼むよ父さん。

 俺は俺の言葉を嘘にしたくない」

 

 皆にたすけてもらっているからこそ、自分もたすけたい。

 さっき誓った言葉を、舌の根が乾かぬうちに破りたくはないのだ。

 

「気持ちは分かる。でも今の状況で出来る事はない」

 

 壊も譲らない。

 状態が万全ではない息子を、危険な場所に送り出す事は出来ない。

 

 

 

「……取り敢えず、この状況を見ていれば振武くんが上手くやってくれたんだなって事はよく分かりました」

 

 

 

 いきなりエントランスに、3人目の声がする。

 振り返ると、そこには、

 

 

 

「この台詞、人生で一度は言いたかったんですよねぇ。まさか2つ同時に言えるとは思いませんでしたよ、こっちは。

 ――事情は全て聞かせてもらった!! 大丈夫!! 俺が来た!!!!」

 

 

 

 転々寺位助がそこに立っていた。

 

 

 

 

 

「て、転々寺くん!?」

 

「転々寺さん!? なんで、どうして!?」

 

 困惑する動島親子の言葉に、転々寺は溜息を吐く。

 

「2人ともちょっと俺を舐めすぎじゃないですかね? 俺が大人しくしていなさいという言葉に「はい」と素直に従うと思ってんですか!? こっちはセンシティっていうワガママ脳筋ヒロインのサイドキックだったんですよ!?

 今でもブレイカー名義になっている建物や土地を、調べて、1番可能性が高い場所がここだと分かったのが3時間前!! ブレイカー……いや、今は壊さんの方が良いですか、あんたの情報操作が巧妙過ぎて探り当てるのに2日以上かかりましたよええ!!

 最悪誰かが死に掛けている事も考慮して人員を即座に集めて、俺も立ち会いたいから車を走らせたのが1時間半前!!」

 

 そもそも、転々寺位助は、ブレイカーの指示通りにやる義理も、つもりもなかった。

 書類上での物とはいえ、現在ブレイカーはワープワーヴのサイドキック……ようは、部下なのだ。それが違法行為をしているのに何もしないという事はあり得ない。

 即座に居場所を特定し、何か問題がないか調査し、マジで犯罪行為をしているのであれば決定的なものになる前に止める。

 そんな思いで最初から協力していた。

 していたのだが――ブレイカーはそもそもバレないように情報操作とコネをフル活用して自分たちの居場所と何をやっているかを隠した。

 彼を転移で送り届けたはずの場所(振武に伝えるよう告げられた住所)にはただの空き地が広がっていた。ここからどこかに移動したはずだが痕跡は発見できなかった。ともあれ、ここから辿ることは出来なかった。

 ワープワーヴの情報網だけでは、見付け出すのに大変な時間がかかってしまった。事が始まればブレイカーは自分を警戒する事が出来ないと踏んでいたのだが、予想が当たっていたもののそれでもブレイカーの事前準備は綿密で強固なものだった。

 なんとか当たりをつけてここに向かっている間に、保須は大変な事になっていた。

 

「今、保須市はステインだけが脅威じゃありません。脳みそ丸出しの怪人が3体も暴れ回ってます。

 おかげで、こっちも人員を2つに分ける結果になりました」

 

「――っ、脳無まで、」

 

 そんな偶然があり得るのか?

 ヒーロー殺しが現れた街に、今度は雄英を襲って来た敵連合の脳無が出て来るなんていう事が。

 ……そしてそんな中に、出久や焦凍も身を置いている。

 

「――転々寺さん、俺を、」

 

「保須市繁華街に送ってくれ、でしょ?

 正直俺も、壊さんと同意見で、君をあそこに送り出したくはないんだけど……正直、今は1人でも人員が欲しいのは確かだ。連絡によれば、脳無、だっけ? をあの街にいるヒーローだけで抑え込むのは無理がある。

 だから、振武くんと壊さん、どっちも前線に出てもらう。勿論、動けるかどうか確認してからだ!」

 

 転々寺はどこかもう諦め気味の表情を浮かべてから宣言する。すると、いきなり出入り口から何人もコスチュームを来た人間が入って来た。

 何人かは見覚えがある――転々寺のサイドキック。

 

「待ってくれ転々寺くん、僕は全然納得してな「だまらっしゃいブレイカー!!」……だまらっしゃいって、」

 

 壊の食い下がる様子に、転々寺は一喝する。

 

「アンタも振武くんも、今はこの転移ヒーロー《ワープワーヴ》の管轄です。貴方方の行動などにはこちらが指示を出します。当然責任も俺が背負います。

 もう好き勝手させません――良い加減、こっちも信用してもらえませんかね、悪いようには絶対しませんから」

 

 もう外野から何もしないで終わる事はしたくない。

 そういう意味でも、転々寺は壊の言う事に従う気は毛頭ない。

 

「俺がこのまま皆を転移させたら、貴方が指示をしてください。そういう風に事前連絡はしてあります」

 

「でも、僕は、僕なんかが、」

 

「――ちょっと、アンタぐちぐち言い過ぎなんだよ」

 

 どこか罪悪感を滲ませる壊を、無理矢理座らせる。

 

「アンタが何をしたかなんて今は、この際関係ない。俺は事情を知らないし。

 でも、アンタもヒーローなんだろう?」

 

 転々寺は壊を睨みつける。

 威圧するものではない。

 信頼からくる眼光。

 

「アンタがどういう人間かじゃない――今は人を救える人間が1人でも多く必要なんだよ。そして実力的にも、アンタはそれが出来る人だ。

 アンタがやって来た事への贖罪や、現在進行形でやらかしちまった事の追及はその後だろう。そん時は、アンタと一緒に罪背負ってやるっつってんだ。

 黙って今は、俺の指示に従う!! オーケー!?」

 

「は、ハイ!!……ごめん」

 

「謝んないでください、俺は勝手に首突っ込んでるんですから」

 

 その一方で、振武も回復が出来る個性を持っているサイドキックに様子を確認されていた。

 

「怪我自体はそう大きくない。俺の個性でも全快出来るだろう……けどごめん、傷より疲労の方が酷い。

 僕の個性はそこも改善出来るけど、精々疲れで震えないように出来る程度だ」

 

 随分年嵩があるサイドキックだ。

 最初の印象はそれだった。

 

「問題ないっす、これでも鍛えていますから。

 確かにちょっとキツいですけど……逃げる事に徹します。無理に戦いません、だから、」

 

「分かってる。ドクターストップなんてかけない。さっき言っただろう? 今は人手が1人でも欲しい状態なんだ。

 ――動島振武くん、俺にとって君は希望だ。絶対に足を止めないように、俺にも手伝わせてくれ」

 

 男はそう言いながら、手を翳す。

 不思議な暖かさが、その手から振武の体に癒しの力が流れ込む。痛みと、若干の疲れが解れていく感覚。

 ――既視感。

 どこかでこれと似たような事をされた覚えがある。そんな不思議な感覚が、振武の頭の中に灯る。

 

「――すいません、貴方のお名前は?」

 

 振武がそう聞くと、男は少し困ったような、悲しそうな顔をして、それでも――答えてくれた。

 

「……君は多分、《ヒーリングハンズ》と言えば思い出すんじゃないかな?」

 

 ――母のサイドキックだった人。

 ――自分の手の甲の傷を治してくれた人。

 ――振武と同じく、あの現場で母を救えなかった人の、1人。

 

「実は、ちょっと前まで殆ど引退しているようなもんだったんだけどね。ワープワーヴは俺の才能を惜しんでくれて、ライセンスの維持はしててくれてたんだ。

 でも正直、俺はもう人を救えないと思っていた。目の前で君のお母さんを死なせた事実から、どうしても前に進めなかった。

 10年以上……長い足踏みをし続けていた」

 

 振武の傷を直しながら、ヒーリングハンズは語る。

 

「でも、雄英体育祭。あそこにワープワーヴに誘われて見に言って――君を見つけた。

 俺よりもずっと辛い思いをしたはずの子が、前に進んで、あんなに必死で、あんなに応援されているのを見て――もう一度、頑張りたいと思った。

 単純に見えるだろう? でも、君の行動には、言葉には、ちゃんと力があるんだ。今ここにいる俺がその証拠だよ。

 自信を持って――君はヒーローだ」

 

 また涙が溢れる。

 振武は、自分が思っていた以上に涙もろいんだ。

 でもいつも泣かされる事実は、泣いている時の気持ちは、嫌なものではない。

 だってそれは、自分が何かを為せた1つの証だから。

 

 

 

 

「復帰して初めて助けられる人が、君で光栄だ。《ヘルツアーツ》。

 そしてどうか、そのままの君でいてくれ――動島振武くん」

 

 

 

「――はい、頑張ります」

 

 

 

 

 

 

 

 こんな風に、1人でも多くをたすける為に。

 

 

 

 

 

 




名前:動島 壊
旧姓:触合瀬 壊
所属:ワープワーヴ・ヒーロー事務所
Birthday:12月25日
身長:188cm
血液型:A型
出身地:東京
好きなもの:振武の世話・料理
戦闘スタイル:近接戦闘
個性:分解
手に触れたものを「分解」する個性。
ハガレンのスカー強化版だと思えば大体間違いはない。
死柄木の個性に似ているが、手を完全に着ければ本人の意思関係なく崩壊させる死柄木と違い、こちらは発動型。
触れないと効果がないが、その構造を把握していれば、空気などの気体、炎など形の無いものも破壊出来る。衝撃すらも分解し無効化するチート個性。
割と原理や法則が曖昧なヒロアカ世界の個性の中でも珍しい部類。

性格
明るい顔をする根暗。
ヤンデレ並みに愛が重い人。愛する人が死ぬ度に結構なダメージを受けている。
馬鹿っぽい姿は、振武の為を思ってと愛ゆえである。愛する者の為ならば道を踏み外しかねない危うさがある。昔も道を踏み外しそうになったが、その時は覚に救われた。
基本善人で、本当であれば戦う事すら出来ないほど心脆い人。
爬虫類と昆虫が苦手、特にG。
ファッション誌のモデルを依頼されるほどオシャレさん。振武のセンスの無さを憂いている。

パワー➡︎➡︎D
スピード➡︎➡︎➡︎➡︎➡︎A
テクニック➡︎➡︎➡︎➡︎➡︎➡︎S
知力➡︎➡︎➡︎➡︎➡︎➡︎S
協調性➡︎E


裏話☆メモ


能力は息子からのお下がり!!&暗い設定は初期から!!


以前主人公の個性はいくつか候補があったと話しましたが、壊さんの個性もそうです。
かっこいい能力で自分的にはお気に入りでしたが、これを使うと個性メインじゃない戦い方が出来ないような気もしたので主人公としてはボツにしました。
そして壊さんの過去の設定はかなり変更が多かったのですが、どちらにしても「人を救う為に違法行為を行う事に躊躇しない」のと「身内が死んでいる」という設定だけは変わりませんでした。
色々暗い設定ですが、個人的にはお気に入りキャラです。



さて、答えは出せたか分かりません。
ですが振武くんは壊さんの話を聞いてこう答えました。
楽しんでいただけたなら幸いです。


次回!! エンデヴァーがイライラしちゃうぞ!! ……あれ? いつも通りだね!!


感想・評価心よりお待ちしております。

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