plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode13 約束と贖罪

 

 

 

 

 細道を抜けて大通り――江向通りに出てくると、閑散としていた。町中で脳無なんていう化け物が暴れていれば当然の話だ。

 

「皆、すまない。俺が不安だったばっかりに……」

 

 ネイティブと名乗ったプロヒーローが申し訳なさそうにするのを、支えられている出久が首を振る。

 

「いえ、一対一だとヒーロー殺しの〝個性〟は強過ぎました……。それに、もしステインに対抗出来ていたとしても、あのオートマーダーって子が参戦すればそれで終わりです。実際僕らも一瞬でも彼女に圧倒された。

 動島くんがいなければ、きっと僕らも、」

 

 出久の言葉に、振武は少し困ったように笑う。

 

「皆がダメージ与えててくれたし……あいつ、一瞬だけ戦いの事を忘れていた。隙を自分から作っていた」

 

 振武の言葉に、彼はどれほど揺り動かされていたのだろう。

 自分が危険だという事も、戦いの最中だという事も、振武以外の存在すら考えから外れていた。それほど、今振武が背負っているヒーロー殺し・ステインの望む答えに近かったのだろうか。

 だが、その状況が無ければ、もしかしたら全員殺されていたかもしれない。

 ステイン個人の力でもそれは出来ただろう。

 さらに、――《自動殺戮(オートマーダー)》と名乗った少女。

 動島流的な言い方をすれば、まだ未熟。

 個性の使い方も乱発しているというイメージを感じさせる荒っぽいもの。

 だが、強い。

 個性と武術が上手い事噛み合わさっているような戦い方。あの少女の師匠は、動島流と個性をどう合わせていくかという事をよく考えて教えているようだった。

 

「――とてもじゃないが、あれを1人で相手にしていて勝てたとは思えない。

 お前らがいなきゃ、普通に倒されていただろう」

 

 時間にすれば10分ほどだったように思うが、その何倍もの時間を戦ったように感じた。

 

「――む!? んなっ、なぜお前がここにいる!?」

 

 閑散とした道に響いたのは、老人の声だった。

 

「――グラントリノ!!!」

 

 出久が声をかけた老人は、少し古めかしいコスチュームに身を包んだ老人だった。マントに目を隠すマスクはまさしく古き良きヒーローコスチューム。だが、その服装とは裏腹にと言って良いのか、体躯は出久の頭一個半くらいしかないだろう。

 おそらく、出久の研修先のヒーローなのだろう。

 

「座ってろっつったろ!!」

 

 走ってきた勢いのまま、グラントリノの呼ばれた老人は出久の顔面に蹴りを入れた。

 おそらく出久の事だ。彼の指示を守らずに街に駆け出したのだろう。彼らしいといえば彼らしいのだが。

 

「まァよぅわからんが、とりあえず無事でよかった……ん?」

 

 ようやくこちらに気づいたようで、こちらに顔を上げる。

 

「えぇっと……どうも」

 

「振一郎!?」

 

「いきなり!?」

 

 いきなり自分の顔を見て祖父の名前が出てきて動揺する。

 

「えっと、祖父とお知り合いかなにか、ですか?」

 

「……まぁ、そんなもんだ。お前、顔の下半分隠すと祖父さんソックリだな、あいつだけ若返ったかと思ったわ」

 

「それはまぁ、よく言われます」

 

 主に祖父の昔を知っている師範代連中は特に言ってくる。

 

「細道…ここか!!」

 

 グラントリノの登場をきっかけにしたかのように、次から次へとヒーロー達が集まってくる。見かけた顔がないことから、恐らくワープワーヴのサイドキック達ではないのだろうが。

 ざわざわとし始めたのを見て、振武は少し安心して、ステインを壁を背に座らせるように置く。

 全てが終わりを迎えた。

 何が出来たかは分からない。結局救えた命はほんの少数、傷を負った者も、死に瀕している者もまだいるだろう。

 全てを自分一人で出来る訳ではない。未熟者であれば尚更だ。

 まだまだ鍛錬がいる。

 そう思って小さく溜息を、

 

 

 

「――――――まだだ」

 

 

 

 地獄から這い寄るような声。

 その声がした瞬間、ステインを拘束していたロープがまるでマジックのようにあっさりと解かれる。

 手には、小さな折りたたみナイフ。

 全ての武装を外し切れていなかったのだ。

 その動きは一瞬だった。

 振武の胸倉を掴み、振武と自分の体の位置を入れ替えるようにして、振武の体を壁に押さえつけ、そのナイフを振武の首元に突きつける。

 ほんの少し横にずらせば、頚動脈を切断出来るほど近いそれは、刃の鋭さが温度に影響を与えているかのように冷たい。

 

「――振武!!」

 

「まだ動けたのか!!」

 

 焦凍とその場にいた全員が動こうとする。だが、

 

「――俺達の語らいの邪魔を、するな」

 

 たった一言。

 ステインから放たれた一言で、全員の動きは止まる。まるで個性を使われたかのように縛り付けられる。

 まるで不純物の一切ないような濃厚な殺気。

 それを感じれば、痺れたように動けなくなる。

 押さえつけられた振武ですら、寒気を感じる。

 これがステインの――信念一つでヒーローと社会に戦いを挑んだ男の殺気。

 

「ハァ……お前の信念は立派だ。輝かしく、それだけならば平和の象徴にすら匹敵するほど強い。それを抱き続けている限り、貴様は真の英雄として生きて行くだろう」

 

 それに構わず、ステインは振武に話しかける。

 目の付けているマスクはすでに取れていた。

 削ぎ落とされた鼻。殺気を体現する鋭い眼光。表情や感情の全てを、振武に真っ直ぐ向けている。

 

「――だが、人は歪む。時間が、無情が人を変える。叶わないと認識した瞬間、どんな高潔な魂さえ折れる」

 

 大きな夢を持ってヒーローになった人間は多い。

 誰かを笑って救える、全てを幸せに出来ると願ってヒーローを目指す。

 だがそれは、簡単に現実の重みと無情に叩き潰されるものだ。

 かつてのステインがそうだったように。

 目の前の少年にそれが出来るのか。

 目指している間に折れないという保証はあるのか。

 そんなものはない。

 あってもそれは虚飾だ。

 本心から言っているのは分かる。しかしだからと言ってそれが永遠に変わらないと誰が規定出来る?

 永遠など存在しないというのに。

 

「だから約束だ。もしお前が道を違え、歪み、そこら辺の偽物と変わらない存在になったならば、

 

 

 

 ――俺がお前を殺しに行く」

 

 

 

 心しろ。

 重き夢は、命をかける覚悟でなければ為し得ない。

 

 

 

「――おう、ありがとう」

 

 

 

 その言葉に対する振武の返事は、感謝だった。

 今、明らかに脅迫を受けている状況なのに、笑みを浮かべてお礼を言った。

 それは当の本人であるステインだけではない、この場にいる出久も、飯田も、焦凍も、グラントリノも、ネイティブを含めたプロヒーロー達も驚愕する。

 ナイフを突きつけられ殺すと脅され、それでも本当の笑顔を浮かべていられる人間がいるのかと。

 

「何驚いてんだ。当然だろうが。

 つまりお前が俺の目の前に現れ殺しにくるって事は――俺が道を間違えている証明だ。その時こそ、自分をまた軌道修正出来るチャンスだろう?」

 

 時間が人を変える。

 現実が夢を潰す。

 そんな事は当たり前で、当然だ。前世で自分は何度も経験しているし何度も見ている。自分は人間だ。人間は良くも悪くも変化する。それに自分が気付けない時もある。

 だが、ステインはそれを自ら命を張って知らせてくれるというのだ。

 間違えても、歪んでも、俺が止めると。はっきりとそう宣言してくれたに等しいじゃないか。

 

「……殺されても良いというのか?」

 

「ハァ? 嫌だよ」

 

 ステインの惚けたような顔で聞かれた質問に、振武は笑い飛ばす。

 

「言っただろう。俺もお前も皆も救うんだよ。

 だったらそこで俺は殺されない。また夢を抱いて、軌道修正して、お前も殺さず捕まえてやるよ。

 

 

 

 お前こそ覚悟しろ――俺は死ぬほど諦めが悪いんだ。

 お前も救うという言葉、嘘になんかしてやらねぇ」

 

 

 

 何も諦めない。

 前に進む。

 友と、まずは出来る事から少しずつ。

 

「――出来ると思うか?」

 

「やるか、やらないかだ」

 

 死ぬ気でやるんじゃない。

 殺す気でかかるんじゃない。

 全力で死なない。全力で殺さない。

 

 

 

 全力で生きる為に戦い、たすける。

 

 

 

「――名を聞こう、未来の英雄」

 

 ステインは、ナイフをそっと下ろしながら振武に問う。

 殺意も何もない。

 ヒーロー殺しのステインではなく、ヒーローを糾弾する信念を持つ男でもない。

 1人の人間。どこにでもいる、ただ絶対の正義を信じ願う1人の男が、振武に問う。

 其の名は、

 

 

 

「動――いや、振動ヒーロー《ヘルツアーツ》だ」

「《ヘルツアーツ》――覚えたぞ、名を」

 

 

 

 そのまま、2人とも意識を失った。

 ステインは重度の怪我によるショック。振り返ってみれば、何故あそこであそこまで動け、あそこまで喋れたのか分からないほどの怪我を負っていた。

 振武は疲労による気絶。三日間の戦闘と今回の出来事で気力を全て使い果たしたのか、そのまま落ちるように眠りについた。

 ……だが周りから見れば、まるで同時に倒れるような光景だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 すでに事件は収束していた。

 暴れていた脳無、ステインは当然逮捕。裁判とその他様々な手続き、そして治療の為に拘束され、警察に連行されていった。

 まだサイドキックやヒーローが街に残ってはいるものの、事件は終わったとして事務所に戻るヒーロー達も少なくはない。

 人員は多すぎても困るのだ。

 ここからは、街の被害などを直すヒーローや業者の仕事だ。戦闘に携わったヒーローは邪魔をしないように出るしかなかった。

 特に、ステインと戦った……否、戦ってしまった4人の雄英生の監督を担う4人、いや5人のヒーローは病院に行かざるをえない。

 1人の軽傷、2人が命に別状がないものの重傷、1人は怪我はないものの重度の疲労で眠っている状況だ。この状況で何もお咎めがない、という事もないだろう。

 特に、分壊ヒーロー《ブレイカー》は。

 

「………………」

 

 病院の屋上で、仮面を外したブレイカー……動島壊が外の景色を眺めていた。

 ……自首をする前に、外の景色を眺めておきたいと思ったから。

 動島壊がやった事はどうあっても犯罪だ。振武にした事は1億歩ほど譲って隠せるとしても、あの雑魚敵に対する誘拐と暴行(という名の半ば拷問)、殺人未遂は隠しきれるものではない。

 ――彼を殺せないならばそれで良かった。その時は自分が代わりに振武に殺されるつもりだったから。だがそれすらも出来なかった今となっては、有罪確実なのは確かだ。あの雑魚敵が訴えれば、即座に警察が捕らえてくれるだろう。

 だがそれでは壊が納得出来ない。

 自分の罪を、自分で償わなければいけない。それが、息子があそこまでしてくれた事への報いになるはずなのだ。

 

「……でも、饂飩は食べさせてあげたかったなぁ」

 

 約束を破る事になる、と思いながら小さく呟いた言葉は予想以上に自分の心に重くのしかかる。

 人を殺そうとした事よりも、息子との約束を守れないという事が、壊にとってはよっぽど重く感じてしまうあたり、やはり自分は歪んでいるのかもしれないなどと思いながら。

 不意に、ポケットに入っていた携帯端末が振動する。

 取り出して表示された通話相手を見れば――自分の妻の父、義父の名前。

 

「もう知られたか……参ったなぁ、師匠の説教はごめんなんだけどな」

 

 動島振一郎は、動島家が何年もかけて培ってきた警察などの政府機関とのコネを持っている。当然彼個人で作ったものもある。そんな中、彼にこれまでの行動を知られていなかったのは自分の努力とほんの少しの偶然だ。

 事ここまで至ってしまえば、バレるのは時間の問題と思っていたが、想像より少し早い。

 一回だけ深呼吸して、壊は通話ボタンをタッチしてから耳に当てる。

 

「――お義父さん、この度はすいませんでした」

 

『……そんな殊勝な言葉が出るという事は、要件は分かっているね?』

 

 静かに怒りを内包している振一郎の声に少し恐怖を感じながらも、壊は小さく、はい、とだけ答える。

 

『……無茶をしてくれたものだ。ここまでの事をする理由が、私には理解出来ない』

 

「えぇ、そうでしょうね。師匠は、いえ、お義父さんは《武人》だ。振武が後悔しない、無駄死にでなければむしろ褒めるくらいでしょう。

 けど、僕は違う。僕はお義父さんと違います」

 

 振一郎は情がないわけではないが、希薄だ。

 嘆きもしよう。

 悼みもしよう。

 悲しみもしよう。

 だがその信念を貫いた結果の、武人視点での「名誉ある死」であるならば、彼の中でそれは「良い死に方」になる。

 そんな事は壊には到底受け入れられない。

 良い死に方?

 ふざけるな。

 死に方に良いもクソもない。

 

『……分かっている。私の考えが君と合わない事も、私の考えが正しいとも思わない。

 だが、それは君も同じだ。生きる為に人を殺させても良いというのは常人の考えではない』

 

「はい、その通りです。僕は間違えました――お義父さん、あの子は僕が想像しているよりもずっと強い子でした」

 

 壊の思惑や願いを飛び越えて、答えを見つけ出し、実現しようとしている。

 それを抱え続ける強さが備わっている。その点は、壊が過小評価していたと言えるだろう。

 壊は振武を思うあまり――大切なものを見落としていた。

 

 

 

 あの子は自分の子供だが。

 動島覚という、自分が愛した世界で1番強い女性の息子だったという事を。

 

 

 

「僕が出来る事はありません――ですが、息子のこれからの道の邪魔だってしたくない。

 お願いです、僕を旧姓で裁くように、お義父さんの力でなんとかしていただけないでしょうか」

 

 動島という名前とは関係がない、旧姓、触合瀬壊として裁かれる。

 そうすれば、表面上で最低限であるものの、動島振武のゴシップとして名を連ねるリスクを下げる事が出来る。

 振武はその事を気にしない――というより、これを本人に言ったら多分怒られるだろう。

 だがそれでも、そのゴシップ1つでヒーローの信用が失われる可能性だってあるのだ。彼の先行きの暗雲になってしまうのは、壊には耐えられない。

 

 

 

『――言いたい事はそれだけか、愚か者』

 

 

 

 電話の向こうで、まるで悪鬼のような低い声が響く。

 あぁ、まずいと壊はそこで気付く。

 電話をした最初からそうだったのだ。

 動島振一郎は――本気で怒っている。

 

『まったく、振武も詰めが甘い。君のような手合いは根本から叩き直さないと性根は治らんと、今度教えなければいけない。

 ――いつまでそのように1人で背負う事を癖にしている? 何故もう少し私に我儘を言おうと思わないんだ。君に背を向けられては、救えるものも救えず、助けられるものも助けられないだろう』

 

「いえ、それは、でも、僕の罪は僕のものです! 動島本家やお義父さん、振武に迷惑をかけるわけには、」

 

『そこだ』

 

 振一郎のたった一言が、壊の慌てるような弁明を止める。

 

『そもそも其処がおかしい。まず、君の罪は君1人の物ではない。

 私は長年君の闇に気づいてやる事が出来なかった……私も老いたな、若い頃であれば看破出来ていたものを……そこは、申し訳ないと思っている』

 

「そんな事は!」

 

『まあ最後まで聞きなさい。

 ……だが、許せないのはな、君はいつまでも私に他人のフリをしている事だ。君はすでに触合瀬という姓ではない。「動島」だ。君が我ら一族を裏切らない限り、義理だろうがなんだろうが、私達は親子だ。家族だ。

 家族とは、迷惑をかけて当然だ。ほんの少し迷惑を被った程度で息子を捨てる親は、私は親ではないと思っている』

 

「家、族、」

 

『やはりそういう意識は薄かったようだな。いい加減に目を覚ませ、動島壊。

 ――馬鹿な子だ。私だって薄いが情くらい持ち合わせている。子が無茶をすれば、悲しみを背負うのは親だというのが、分からないのか?』

 

 初めて聞く義父の優しい言葉に、涙が溢れる。

 家族はもういないと思っていた。

 自分の家族は振武だけ。そう思っていたのに――こんなに近くに家族がいる事に、壊は何十年も気づけずにいた。

 その涙は嬉しさと、申し訳なさと、自分への呆れの涙だった。

 

「で、でも僕の犯罪は流石にお義父さんにも隠蔽出来ません。それは、やるべきでは無い」

 

 どんなに家族として振一郎が動島流の全てを駆使して壊を守ろうとしたとしても、状況が許さない。証拠はあるし、証人もいる。前者は消せても後者は何も出来ない。というより、してはいけない。

 それは、もっともヒーローがしてはいけない事。

 壊が今までブレイカーとして裁いてきた者達と同じになってしまう。

 

『ああ、私も分かっている。君の罪を私が許したところで罪は罪だ。法的に罰せられるならば、尽力はするがしょうがないと思っていたさ。

 ――だが、少々事情が変わった』

 

「変わった、とは、」

 

 壊の困惑した声に「うむ」とどこか安心したような声で答える振一郎。

 

『君が誘拐と拷問、そして殺人未遂をした犯人なんだが……君に「誘拐された」とも「拷問された」とも「殺されかけた」とも、一言も言っていないというんだよ。

 これには、流石に私も驚いた。耳が悪くなったかと焦ったよ』

 

 ――なんだって?

 

「あ、ありえない!!

 僕は顔を殆ど見せていないが、ブレイカーとしての姿は晒しているし、僕の特徴を聞けばヒーローだと突き止めるはずです!!」

 

『ああ、ブレイカーの話はしていたな。『悪事を計画していた所に突入されて捕まりそうになったが、逃げ出し隠れていた。だが自分の罪に耐えかねて自首した』と言っているそうだ。

 ――まあ、ざっくり言ってしまえば、『改心した』という事なんだろうね』

 

「そんな都合のいい話が、」

 

『ああ、都合が良い。良すぎると私も思った。

 だからオフレコで、先ほど私が直接話を聞かせてもらったのさ』

 

 警察のトップに話をつけ、保須の署長にも話をつけた。

 幸い今は警察も大忙し、こちらを疑っている余裕もなかったし、幸い保須市の署長とは警察に指導しに言った際に知り合って酒を飲む中だ。すぐに話は聞き出した。

 紙袋と通称されるチンピラ同然の敵。ベッドに横たわっている彼は、それでも必死で話してくれた。

 

『……「救われたから」。そう言っていた。

 1度目は傷つけようとし、2度目は殺そうとも思った。3度目は何も出来なかったが、本当に殺そうと思っていた。

 そんな相手に、救われてしまったら……、とてもではないが悪事を働く気にはなれなくなってしまったと』

 

『俺に、「逃げろ」って言ったんだ、アイツ。そりゃあアイツにとっては弱かったかもしれないけど、俺、殺そうとして、自分だって、殺されそうな状況だってのに――逃げろって、必死に、俺を守って、アイツは、どうなった、生きてんのか? 死んで、ないよな??

 死んでないなら――俺は、アイツに、借りを返さなきゃいけないんだ、嘘でもなんでもつく、刑務所にでも何にでも入るから、だから、』

 

 どうやら、彼は拷問中ずっとブレイカーの話を聞いていたらしい。壊も良心の呵責に耐えられなかったのだろう。肝心な所は話していなくても、通して聞いていれば大まかな事情くらいは察することが出来たそうだ。

 振武を守る為に人を殺させようとするヒーロー。

 他人から見ればなんと醜い存在なのだろうと思っただろう。彼も実際そうだった。

 だがそれでも、それもこれも自分が犯罪を犯していなければという後悔の助けにはなったようだ。

 だから嘘を吐いた。

 ブレイカー、動島壊のことはなんとも思っていないだろう。むしろ恨みすらあったはずだ。だが、それでも振武に何が咎めが及ばないかと心配して必死で全てを嘘で覆った。

 振武への殺害計画やブレイカーにそこを襲撃された事は真実だし、彼には前科があったので何も問題なく書類送検された。

 

「――そ、そんなの、信じられませんっ」

 

『多少私が手を回したのは否定しない。彼に補完するように情報を渡し、説得し、君の部分を軽く修正してもらった。だが、それでも大筋はこんなものさ。

 脅したり、無理に納得させた事は1つとしてないと、動島の名に誓おう。ある意味示談のようなものだろう。勿論、彼の社会復帰時には私も尽力すると約束した。求められてはいなかったがね。

 そして君にも、当然罰がある。1年間、君は無報酬でとあるヒーローの下で働かなければいけない。これは、正直言えばかなり重い部類だろうね』

 

 土下座した。

 ベッドに寝ている彼に、土下座をして頼み込んだ。

 許せないかもしれない。

 卑劣な行いをしているかもしれない。

 だがもし君が許してくれるならば孫だけではなく、義息にもチャンスをくれないか。誰よりも誇り高く矜持がある1人の武人が、必死で言葉を紡ぎ、必死で頭を下げた。

 あの敵も、元来悪い人間ではなかったのだろう。

 どんな事情を持って敵という道を歩んできたか、振一郎は聞かなかった。だが家族関係に何か問題でもあったのか、ブレイカーと振武の関係を少し説明すれば、顔色を変えた。

『……俺の言葉で、あの2人は、親子は、仲良くやっていけますか?』

 その言葉に、ああ勿論さと振一郎は頷いた。

 他にも警察関係者、ヒーローのライセンスに関わる官僚、様々なコネを使い、頭を下げ続けた。

 振武がステインと、壊が脳無と戦って居る間も、振一郎は戦っていたのだ。

 家族を守る為に。

 

『卑怯だと言われるかもしれない。確かに、大人の汚いやり口と言われてもしょうがない事を私はしただろう。

 だが、動島壊。君が裁判を受けて、牢獄に入る。関係を全て捨て、たった1人で罪を背負う――それは、私にとって欠片も贖罪とは思っていない』

 

 法の下裁判を受け、刑を執行し、牢屋の中で罪を贖う。

 これもまた1つの方法だろう。

 だが、それで動島壊の罪が消えるとは思わない。

 

『――罪は、絶対に消えない』

 

 傷跡が薄くとも残ってしまうように、罪は決して消えない。

 どんな方法を使ったとしても、重石のように背中に背負い、人生を歩んでいくしか方法はない。その石は小さくなる事もなければ、ましてや無くなるという事はないのだ。

 正規の方法でも、非正規の方法でも。

 

『だが、私はこれを、君が変わっていける「転機」だと捉えた。その罪を背負い、もう一度誰かを救えるヒーローになりなさい。

 ……今まで君の変化に気付かず何も出来なかった私の、これがせめてもの罪滅ぼしだ。私に謝るならば、家に帰ってからゆっくり聞くから、では』

 

 そう有無を言わせず、振一郎は電話を切った。

 ……しばらく、何も考えられなかった。

 罪を背負ったはずで、裁きを受けるはずだったのに。父と敵の優しさで、自分はそのまま外に放り出されてしまった。

 

「……探したぞ、壊」

 

 まるで狙い澄ましたように、エンデヴァー……いや、マスクを外しているので轟炎司が近づいてくる。

 茫然自失。

 そんな顔をしながら、壊は炎司に話そうと口を開く。上手く舌が回らないと感じながら。

 

「炎司……僕は、」

 

「何も言うな。話は聞いた……というより、俺の携帯端末にも似たような話が書かれたメールが送られてきた。

 ちくしょう、貴様の義父はどんだけ根回し良いんだ。というか、何故俺のメールアドレスを知っていたのだか……」

 

 渋い顔をしながら、炎司は隣に立つ。

 

「……どうすれば良いんだろう、僕は。許されるなんて、思っていなかった」

 

「正確には許されていないだろう。お前はその罪を一生背負っていく事になったんだ。

 むしろ、犯罪者として牢獄に入れられるよりキツい事をしたぞ、動島翁は」

 

 服役や罪を償うというのは、被害者や遺族に対しての事だけではない。

 犯罪者が罪を償うチャンスを与え、心を回復させ、もう一度立ち上がる事を促す側面も持っている。

 そういう意味では、動島壊は受動的に救われる方法を失ってしまった事になる。

 

「そうだね……義父はもう一度誰かを救えるヒーローになれと言った。

 でも、出来るわけない――僕の手は、すでに汚れているんだから」

 

 今回の事だけではない。様々に悪い事をした、それが正義だと信じて。

 それを背負ってもう一度ヒーローになろうなどと、烏滸がましいとすら思える。だが既に、罰を受けるもっとも簡単な方法は、振一郎と誘拐した敵の手で封じられてしまった。

 

「僕は、もう救われなくて良いんだ。僕は、もうここに居るべき人間じゃ……振武や、お義父さんや、炎司の側にいて良い人間じゃないんだ。

 なのに、こんな許され方をされたら、僕は、どうすれば良いんだっ」

 

 壊の絶叫は屋上に一瞬木霊して、風に流され消えていく。

 まるで迷子になってしまった気分だ。

 ちゃんと自分の道を決めて進んでいたはずなのに、「他にも目指す場所がある」と勝手に道は無くなり、目の前にはどこに進んで良いか分からない。足を踏み出して良いかどうかすら分からない。

 降って湧いたようなソレは、壊には到底受け入れられるモノではなかった。

 

「……動島翁の文章にも書いてあったな。「壊は多分この結果を受け入れないだろう」と。話を聞いてみればなるほど、お前のした事は大きい。考え過ぎる所があるお前はそうなるだろうな」

 

 炎司はそう言いながら、壊の正面に回る。

 いつもの不機嫌そうな目でも勝気そうな目でもない。昔から自分を見る時の目は、冷静で真っ直ぐなものだった。

 

「安心しろ。対処法もしっかり書いてあった。

 そしてそれは俺がそもそもやろうとした事と同じだ。ありがたい話だな」

 

「……何を、してくれるんだい?」

 

 目を腫らしている壊に向かって、炎司は力強く微笑み。

 

 

 

「ああ、簡単だ――取り敢えず、殴る!!」

 

 

 

 思いっきり、拳をその顔面に叩き込んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はおまけコーナーをちょっとお休みして、本編の話を。
正直、この解決の仕方で良いのかは悩みました……悩んでばっかのように思われるかもしれませんが。
救い方としては、ちょっと「狡い」のは確かですしね。
でも、王道の救いが全て救いなのかと言うとそうでもないし。
誰も傷つけない「狡い」であれば、きっと自分は否定するべきものではないと思っております。


次回! 壊と炎司が怒鳴りあい、静かに待とう!!


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