『そうですの……つまり、皆さん無事という事ですのね?』
「ああ、取り敢えずそういう事だな」
病院の受付などが集まるロビーで、振武はスマートフォンに耳を当てながら話す。
――振武達は結局お咎めなしで終わりを迎えた。勝手な単独行動と命令無視をしている人間もいたし、何より個性の無断使用と戦闘を行なったのだ。振武達のヒーローになる道は閉ざされていたはずだった。しかしそこは署長の機転で、結局功績と引き換えにお咎めなしという事になった。
つまり、振武達がステインに襲われている時にエンデヴァーに救けてもらったという筋書きになったという事だ。
勿論、自分たちの研修先としての代表、グラントリノ、マニュアル、エンデヴァー、そしてワープワーヴは監督不行届で、それなりの処罰を受けるらしいが、それも大きくはならないらしい。
これから先の事を、大人達が考えてくれたからこそだ。
……父の話も、署長と通話してきた祖父から聞いた。
正道ではない。邪道とも言える方法。大人の裏技というやつだろう。
――振武はそれを否定出来ない。誰も傷ついてない平穏な結果を求めてやって、成功しているのだから、振武に何か文句を言う筋合いはない。
もっと力を付けて、立場を得て、そう言う事をしなくても良いように、これから自分が頑張っていくしかないのだ。
それが一夜明けた今日起こった出来事だった。その後、飯田の左腕に障害が残るか話をしたり、焦凍の「ハンドクラッシャー」発言に皆で笑ったりもしたが。
……良く良く考えてみれば、俺も体育祭で、飯田と出久も今回の件で腕の負傷しているから、あいつがそう思っても間違いではないが。どこからあのインパクトが強い名称が飛び出てくるのか謎だ。
それを――百には全てを話す事は出来ないが、それでも出来るだけ話せる場所は掻い摘んで話した。
『良かったですわ……もうっ、たまたま保須の近くにいたからって、ヒーロー殺しに相対するなんて! 今回は緑谷さんの救援要請があったからとは言え、無茶に突っ込んで行き過ぎです。
殺されてたかもしれませんのよ!?』
「あ〜、うん、ごめん……」
ステインを自分が止めた事を言えないのは少し口惜しいが、それを言った所で百が自分を心配する事に変わりはないだろうと自分に言い聞かせる。
彼女は友達想いの優しい子だ。どんな結果を得たとしても、こちらの心配をしてくれる。
「まぁ、俺の場合は重度の疲労だから。2、3日様子見で入院って言われたけど……正直退屈なんだよなぁ。腹筋やって良いかって聞いたら「ダメに決まってるでしょバカですか」って言われてさ」
『普通そういうものですわ……まったく、本当にしょうがない人ですね』
百の声に、少し安堵する。
死なない。
死なせない。
殺さない。
それをどんなに自分の中で決めていても、一歩でも間違っていれば死んでしまっていたかもしれない死地にいたのだ。百の声を聞いて、その緊張感から解放された気がする。
『魔女子さんには、この事は?』
「焦凍の方から話すってさ。俺はお呼びじゃないらしい」
焦凍と魔女子の関係も、今は友人以上ではあるものの、恋人には至っていない。
体育祭での魔女子の言葉や想いというのは伝えたはずだが、あの時焦凍はあれを「告白」ではなく「友人としての言葉」と受け取っているらしい。朴念仁らしい感覚だ。
魔女子も慌てて距離を詰めるつもりはなく、長期戦の腹づもりだ。
こんな時くらい、2人で仲良く話させた方が良いだろう。
「そっちはどうだ? 研修、上手くいってるか?」
『へ?……え、えぇそうですわね! 普通のヒーロー活動ですわ!! 決してテレビなどに出ておりません! CMなんて言語道断ですわ!!』
出たんだ、テレビ。
出たんだ、CM。
「……ちなみに、いつ解禁になるんだそのCM」
『1ヶ月程でとウワバミさんは――って何を言わせてるんですの!? だから出ていませんわ!!』
隠し事が苦手な彼女らしい嘘だった。
嘘とも言えないかもしれないが。
……どこで放送されるか後でチェックしないとな。
「……なあ、百。俺さぁ、色々あったんだ」
『? それは聞きましたわ。研修も大変だったようで』
「ああ、そうだ……でさ、俺、今回の件で決めたんだ。
「全部」をたすけるって」
スピーカーの向こうからは声は聞こえない。先を促されたと判断して、振武は続ける。
「今回の件で、色々分かった事があるんだ。皆、辛い思いや、強い信念、真っ直ぐな気持ちを持って進んでいた事が」
やり方は間違えたかもしれない。
どこかは歪んでいたのかもしれない。
だが、この4日間で出会った人達、出来事の中で、本当に悪人だと断定出来る人間はいなかった。まだ完全に事情を理解出来ない人間も中にはいたが、分かる範囲では。
ブレイカーである動島壊も、ステインも、あの胸糞悪いエンデヴァーだって、どこかに光はあったのだ。燻んで見えなくなっていても、それは確かに光り輝いていた。
敵にも、ヒーローにも、何でもない市民の中にもそれは確かにあるのだろう。
「だから、俺は敵も、ヒーローも、仲間や無関係な人達も、俺も、たすけたい。
皆を守れるヒーローになりたい。ずっと、どういうヒーローになれば母を超えられるかばかり考えていたけど……うん、俺はそういうヒーローになろうとしていれば、結果として母を超えるかもしれない」
手探りで進んでいた暗闇の中に光で道が指し示されたような気分だった。
その道は、側から見ればあまりに困難な道なのは分かっている。あらゆる困難が自分の道を塞ぐだろう。
だが、それでも、進みたい。
「でも、多分これは俺1人じゃどうにもならないんだ。俺の手の届く範囲は、限りがあるから
だから、もし百が良かったら……お前にも手伝ってもらいたいんだ」
振武の言葉に、スピーカーの向こう側の百は少しの間答えなかったが、暫くしてから大きな溜息を吐く。
『振武さん、ちょっといい加減にして頂けませんか?
……貴方、私や皆がそんな薄情に見えるんですの? 頼まれないと貴方を助けないとでも?
言われなくたって、私は手伝いますわ。私以外の方だって、「水臭い」というに違いありません』
――心の中に、火が灯る。
それはとても小さな火。1つだけでは消え去ってしまうような弱々しい、炎とも言えない小さな種火。
だが、それが2つなら? 4つなら?
きっとそれは炎となり、灯りとなり、照らすだろう。
実際、動島振武は今、その灯りに照らされたような嬉しさがこみ上げてくるのだから。
大丈夫だ。
自分の足は止まらない。
そう胸を張って言えるのだから。
「……ありがとう、百」
ただ、それだけしか言えないほど、振武は胸がいっぱいになった。
◇
「全く、オートマーダー……いや、操子。君には失望した。
確かに敵は4人。しかも1人我々の同門がいたのは否定しない。だが君が本当の意味での本気を出せばそれで勝てたかもしれないんだよ?」
暗闇の中で、動島知念はとても悲しそうに言う。
ここは動島知念が〝先生〟から与えられたアジトの1つだ。便宜上、敵連合に与しているもののあくまでそれは「協力」だ。知念達〝動島流〟は敵連合とは別組織。弟子達に修行をつけなければいけない理由もあり、別の建物を借り切っているのだ。
その中で、知念は見聞木操子――通称《
――四肢を4本の槍で縛り付けられている。
――右肩と左腿には矢が一本ずつ刺さっている。
――体には刃物で傷つけられた無数の傷と、棒などで殴打された痕がある。
――それは折檻という名の、拷問だった。
「……申し訳ありません師匠。
あの状況で本気を出すのは不適切と判断しました。師匠の計画上あそこで動島振武を殺してしまうのはいけないと愚考した結果です」
「……ああ、君の本気はそこまで制御出来なかったね、まだ。
だがそれも、君の修練不足が招いた結果だ……殺さないのは私の温情、可愛い一番弟子の才能を惜しんでだ。許す気もさらさらないという事を、よく自覚しなさい」
オートマーダーの言葉に、知念は未だに怒りが収まらないと言う目をしながら返す。
目の前の少女は自分の最高傑作だ。
もし本気で戦っていればあそこで4人を鏖殺する事も出来たし、このまま行けば現動島家当主に届く才能を持っている。
今回の結果は彼女の実力不足を表す結果になり……ひいては、動島知念の実力すら疑われる結果だった。
それが腹立たしくてしょうがないのだ。
……だが、彼女も大人だ。
いつまでも怒っているわけにもいかないし、今回失敗したからといって彼女を処分する訳にもいかない。
今回負けたからと言っても、オートマーダーが自分の最高傑作である事実は変わらないのだから。
――知念が観念したように手を振るうと、槍と矢が
「もう良い。傷をドクターに治してもらってから、鍛錬に戻りなさい。
次はこのような失敗を許すつもりはないからね?」
「はい……失礼いたします、師匠」
まるで傷など気にならないかのように丁寧な礼をすると、フラつきながらも部屋を出て行く。
『……教育者としては感心しないなぁ。痛みを伴う教育は限定された状況下でのみ効果を表す。暴力では人は成長しないよ』
「――これはこれは。暴力で一度はこの国を支配しようとした貴方が言う台詞とは、とても思えませんね」
いつの間にか起動していた画面に、知念は静かに返事をする。
『恐怖も暴力も、必要な時に適切に
「いつまでも
貴方と私……いえ、悪の道と武術は違う。強くない弟子を折檻するのも、師匠の務めですから」
『ほう――ではヒーロー殺し・ステインの勇猛さをネットで拡散するのも、君の仕事かね?』
知念は何も答えない。
〝先生〟はその反応に小さく笑い声を上げる。
『別に怒っている訳ではない。これで弔の下に様々な部下が集まる。私としては嬉しい事だ。
だが妙なのだよ……君の趣味とは思えなかったからね』
今現在ネットに拡散しているステイン――赤黒血染の情報と彼の思想の拡散。それは彼が予期していなかった事だった。
いや、やろうとはしていたのだが、予想よりずっと早い拡散の仕方に疑問を持った。
第三者の介入がある……そうして調べた結果浮かんだ人間は、彼にとっては驚くような相手だった。
強さ以外何も欲さない。
強さ以外のものを須らく否定する存在である動島知念がプロパガンダのような事をするとは予想していないのだ。
「……彼は強い。彼が忘れ去られるのを、私は看過出来ませんでしたので。
それに強い者は、より強い者を生み出す材料となり得ます。彼に感化され、動き出す強者もまた多いでしょう――
『つまり、より強い強敵を引き寄せる事も想定してのことか……それが私の邪魔になるとは、思わないのかね?』
「思いませんね。何せそれを破壊する貴方も私も
何も変わりません。何せ――貴方が父にしたような事も、似たようなものでしょう?」
動島知念。
動島流の真の後継者を吹聴する彼女は――どこまでも動島だった。
武人、戦闘狂としての動島流だけを煮詰めて濃くしたような圧倒的戦闘意欲。他を自分の強さを磨く砥石程度にしか考えていない一本の刀。
それはいずれ先生――否、オール・フォー・ワンまで敵に回す可能性がある存在。
善悪を超越した、数少ない化け物。
我ながら、とんでもないモノを育ててしまったと、自分の成果に対して笑みを浮かべる。
『知念くん……君が求めるモノは?』
「決まっているでしょう」
革靴の音を立て、空中に浮く武具達を従えながら、知念は笑みを浮かべて答える。
「より強い者との闘争、それでより強くなる私――ひいては、より強い動島を生み出す事です」
彼女の信念は、血に染まった刀のようだった。
◆
職場体験は無事――とも言えないかもしれないが、終わった。
その最終日。振武は父と一緒に電車に乗っていた。家に帰る前の寄り道に付き合ってもらっている形になる。
振武は最初に断ったのだが、どうしてもと壊のお願いに拒否出来なかった。
しかし、
「………………」
「………………」
電車の中は閑散としている。
保須へと再び戻る特急電車に乗っているのだし、今日は日曜なのだからもう少し人が乗っていてもおかしくはないのだが、少なくともこの車両に乗っているのは2人だけだ。
壊は自分に同行を頼んでから、まだ一言も話していない。目を合わせると気まずそうに目を逸らす。その割に、お茶やお菓子などを出し小まめに振武の世話を焼いているのだ。
……こっちの方が気まずいっての。
「……なあ、父さん。もういい加減気にしなくて良いよ。
今回はお咎めなしだったんだろう? 俺は謝ってもらったし」
病室の中で、しかも土下座で。
焦凍も出久も飯田も同じ病室だったのに、その眼も気にせず泣きながらしがみ付いて謝ってくるのだ、言い訳をしながら(3人にも壊のした事は秘密だったのだ)外に連れ出し話をするのも苦労したものだ。
何回か話を聞かせる為、落ち着かせる為に殴ったのは不可抗力だ。
むしろ「覚ちゃんにソックリ」といって喜んでいたのだから結果オーライだ。
「……でも、僕のした事は、」
「した事はじゃねぇんだよ。結果だけ見りゃ、俺は自分の目指す道を見つけて、父さんのやった事にも、まぁやり方は間違っていたけど納得した。
父さんはしかも、これから変わっていくんだろう? それで良いじゃないか」
本人達が納得しているのだ。これ以上何を追及しろというのか。
しかし壊の表情は一向に明るくならない。
「……振武、それだけじゃないんだ。
僕は多分、君が危険になれば、君の命を優先してしまう。きっと、君の信念を無視して動いてしまう」
子供を守るのは親の役割だ。
例え子供に恨まれたとしても。
その思想は変わらない。確かに今回の件で自分が大きな間違いを犯した。だがもし同じように息子が死地に向かって、もし命を落としそうになったら……守るべきものも、敵も気にせず、息子を救ける選択肢を選んでしまうだろう。
どうあってもそこは変わらない、変えられない。
振武に殺せとは、もう言えない。
自分が積極的に誰かを殺そうともしない。
だが全ての命よりも、振武を優先するだろう。
「そこに、後悔はない。でも申し訳なさはあって、それで、」
「くっだらねぇ」
壊の言葉を、振武は一蹴する。
「別に良いじゃねぇか、それで。むしろ、父さんが俺の事をそこまで大切に思ってくれてるってのは嬉しい。やっぱ、親に愛されるってのは悪い気がしねぇ。
でも、はっきり言っておく。
俺は、それすらも超えるように頑張る」
状況によっては振武の命を優先するというのであれば、その状況が出来ないくらいに強くなれば良い。
すぐには出来ないかもしれないが、そうなる為の努力を振武が惜しむつもりはない。
「だから、父さんに優先させるような事は何もないさ。
……まぁ、そうだな。それでもそういう状況になった時は自分1人で突っ込んでこないで、誰かに頼ってよ。あのエンデヴァーは正直まだ俺も好きにはなれないけど、父さんが助けてくれって言ったら喜んで助けそうだ」
もう、父は1人ではない。
ワープワーヴだけではない、エンデヴァーも振一郎もいるのだ。きっと1人で選択に迫られる事はもうないだろう。
誰かを頼る。
誰かに頼られる。
それさえ忘れないでいてくれれば、壊がどのような信念を持って行動しても、それは振武が口を出す事ではない。
それは、壊1人だけのものだから。
「……ああ、それだけは約束する」
壊はどこか気恥ずかしそうに、だが誇らしげに胸を張る。
その姿を見て、振武は小さく頷いた。
「……でも正直言えば、いまの状況だって僕は認めていないけどね」
「まだ言いますか……大丈夫だよ、ただ話をするだけだ」
不満そうな顔をしながら、お弁当箱を出している壊。どうやら説教はしてもそこだけはブレる気はないらしい。というかどこで作ったんだその弁当。持ってきていたのか弁当箱。
「そうは言うけどねぇ。ちょ〜と前に殺されかけた相手に普通話に行こうと思います? 思いませんよね? そういう突飛な発想は、本当に覚ちゃん似だよ。
あ、唐揚げにレモンってつけない派だっけ振武って」
「ちゃんと理屈の上では間違ってないって。倒しただけ、捕まえただけじゃ意味がないんだよ。戦ったからこそ、殺されかけたからこそ、話さなきゃいけないんだ。
うん、俺は要らないかな」
「似たような事言ってたなぁ覚ちゃんも。まあ危険はないと思うけどね……あと、個人的にはこの寄り道で饂飩の生地が痛まないか心配だよ。
はい、ウェットティッシュ」
「サンキュー……あぁ〜、それは嫌だなぁ。もう俺の中では饂飩って決まってんだけどなぁ。まぁ父さんの料理はなんでも美味いから、俺は気にしない。しばらく引き継ぎやら事務所の引っ越しで余裕があるんだろう? 父さんの飯食えるのは嬉しいよ」
「そう言ってくれて嬉しいよ……あぁ、でもやっぱり心配だ!
今からでもやめない? ステインに会いにいくの」
凶悪犯罪者専用の拘置所。そこにステインがいた。
個性が一般化して久しい。刑が確定していなくても危険な犯罪者を収監しておける施設がどうしても必要になってくる。当然市街中心部に置いておけるわけもなく、今の段階では保須の郊外に設置されているここにステインは収監されている。
その面会室に振武はいた。
鉄で作られた壁はいかにも近代的だが、色が白いのが少し目を刺激して疲れる。
ガチャリ、と会話が聞こえやすいように穴が開けられている特殊ガラスの向こう側で、扉が開く音がする。
そこから出てきたのは、1人の看守と、ガッチリと拘束具で固定されているステインだった。
「よぉ、ステイン。話しにきたぜ」
振武の言葉に、ステインは取り敢えず何も返事せずに椅子に腰掛ける。
包帯だらけの顔で一瞬逡巡すると、ゆっくりと口を開いた。
「ハァ……お前、何者だ?」
「久しぶりに会ったにしては、随分突飛な言葉だな」
「ほざけ。俺の面会など、普通は許可されん。どういう手を使えばこの状況を、ヒーローにすらなっていないお前が作れる」
――本来重犯罪者、特に思想に特徴がある犯人との面会は難しい。
特にステインの言葉や思想は、人を魅惑するに足るものだ。それを聞かせて面会者が脱走の幇助を行わないと誰が断言出来るというのか。
振武に対しても、それは例外ではない。
だが、そこは動島家のコネクションで何とか出来た。振一郎には少々お小言を頂いたが、この場を作るためには彼の力は必要不可欠だった。
距離的なことも含めて、頻繁に会う事は出来ないし長い時間話す事も許されていない。
だが面と向かって話をする事までは出来たのだ。
「裏技みたいなもんだ。本当は1人でこの状況を作れれば良かったけど……やっぱ、人間1人じゃ出来る事は少ないって事だ」
振武の戯けた態度に、ステインは表情を変えない。
「で? 俺に、ハァ……何の用だ?」
「だから、話しにきたんだ」
「なにをだ?」
「お前の全部」
「………………」
黙ってしまったステインに、振武は話を続ける。
「本名、経歴、何でその思想を抱くようになったのかとか、お前の話を、全部聞きに来た」
「……少し調べれば分かる事だろう。
聞いたぞ、今俺の動画が流れているらしいな」
わざわざコネを使い、様々なツテを頼ってくる必要性はまるでない。
そもそも、敵の話を素直に聞こうという考えが間違っている。
だがそれでも、振武は首を振る。
「お前から聞きたいんだ。全部。
お前をたすける為に、絶対に必要な事なんだ。お前から直接、聞きたいんだ」
「……やはり貴様は、阿呆だったようだな。
ここまでする者はいない」
ステインは呆れるような笑みを浮かべると、振武も勝気な笑みを浮かべる。
「そりゃあ当然だ。
誰もなし得なかった事をするには、誰もやらなかった事をするしかない」
平和、平穏を、だれかを救うときに必要なものはなんだと思う?
人を否定する武力か?
人を惹きつける魅力か?
権力や財力で押し潰すか?
それでは結局誰も救えない。
なら何が必要か。
対話と理解だ。
理解とは迎合ではない。相手を出来るだけ正確に、自分なりに受け入れる事だ。
スタートはまずそこから。
つまりステインと振武は、まだ始まってすらいない。
彼を救うのは、これからなのだ。
「話そうぜ、ステイン――先ずは自己紹介から。ステインってのは敵名だろう? 俺が名乗ったのだってヒーローとしての名前だ。
俺は動島振武。ヒーローの卵で、ご覧の通りお前の話まで聞こうってお人好しだ。よろしく!」
――ああ、本当の馬鹿というのはここまで眩しいものなのか。
ステインは目を細める。
正義というものに憧れた。
正義の味方に憧れた。
オールマイトに憧れた。
だがその輝かしい光の下にあるのは、それを模倣しようとして失敗している偽物ばかり。
ヒーローは、正義の味方ではなかった。
誰かを救うのは、金銭や名声、地位のために必要な
ステインが通った学校では、ヒーローとして如何にして金銭を稼ぐか、名誉を得るかという事しか考えない、俗物な教師と生徒しかいなかった。
本当に正義を想っていたのは、ステインただ1人だった。
だから殺した。
偽物を殺し、間引き、歪んでしまった社会を変える。
他人からすれば愚者と蔑まれるステインの思想と――動島振武の思想は、どこか符合する。
ようは、目の前の男も愚者だという事だ。
だが、その馬鹿さは、自分には出来ない馬鹿さだ。
愚かではあるが、きっとそれは自分よりも崇高な愚かさなのだろう。
だからなのだろうか。
そう思ったからなのだろうか。
「――赤黒、血染だ。好きに呼べ」
普段であれば、絶対に返事をしないはずなのに、返事をしていた。
少し。
ほんの少しだけ。
この馬鹿に乗って、馬鹿になってみるのも悪くない。
そう思ってしまった。
火種が、また1つ増える。
その火種は果たして――何を生み出していくのか。
悪因悪果と至るのか。
善因善果と為し得るのか。
それはまだ、誰にも分からない。
ヒーロー殺し編終了です。
ステインがいる場所とかはオリジナル設定にせざる終えませんでしたが、ひとまず終わりました。
次回から章を変えて、期末試験までの日常パートを書いていこうと思います。
最近はシリアスな話が多かったので、いい加減コメディー書きたいです!! どうかお楽しみに。
次回! お弁当三連発!! お腹空かせて待て!!
感想、評価心よりお待ちしております。