plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode6 親愛とは

 

 

 

 

 

「――はい、それではそういう事で、失礼します」

 

 そう言って相澤は電話を切る。

 ここは雄英高校の職員室。整然と机が並べられている。同じ椅子、同じ机なのだが、その机の上はは個人の好みや使い勝手に合わせて置かれている小物などが違うので、その人の特徴をよく表してる。

 相澤の机は――極めて普通。無駄な物を置かないという質だからか、趣味もないのでほぼ仕事に必要なものしか置かれていない。

 そんな机の上には電話が1つ。パソコンのキーボードと、生徒の個人情報が表示されているモニターだ。

 近々行われる授業参観の件について、父兄に参加する際の事前情報などを説明しているのだ。

 ……轟家もそれなりに面倒な家だが、次の家はもっと厄介だ。

 憂鬱な気持ちを抑え込むために大きく溜息を吐くと、さっきまで同僚と騒いでいたマイクがこちらにいつも通りの軽薄な笑みを浮かべて近づいてくる。

 

「Heyイレイザー!! 浮かない顔してどうしたよ!?

 Monster!? Monsterが出たってのかい!?」

 

「そういうんじゃねぇよ……次の家に電話をかけるのが、ちょっと憂鬱でな」

 

 相澤の声を聞きながらモニターを見たマイクも、明るい笑みはなりを潜めて、微妙な顔をする。

 

「あぁ〜、こいつの家なぁ……ここ、結構ヤバいだろ?」

 

「お前の軽薄な言葉を借りたくはないが……確かにヤバいな」

 

 またも憂鬱な溜息を吐く。

 轟家は良い。まだ他に的確な人間もいるのだから。

 だがこの家は、ちょっとまずい。何せ誰を呼んでもプランに支障が出る人間ばかりだ。というか、この人達を呼んだらプランそのものが成り立たない。

 

「どう対応するんだ?」

 

「……事情を説明して、遅れて来てもらうのが1番だと思う、んだが……」

 

 これから電話をかける相手が相手だ。

 遅れて来てくださいなんていうのは、こちらに事情があったとしても荒れるだろうなぁと簡単に予想出来る。

 

「そう言えば、イレイザーってそこのお家とはご縁が深いんだっけ?

 母親のサイドキックしたり、その関係で父親とも祖父とも知り合いって話だったけど」

 

 今度は隣に座っているミッドナイトが話しかけてくる。

 

「ええ、まぁ……だからこそ、厄介さが分かっていると言いますか」

 

 これから電話する人間の愛情過多っぷりを十分理解している相澤の難行だった。

 

「まぁ、電話しねえ訳にもいかないってとこだな、人生シヴィーーーーーー!!!!」

 

「うるせぇ山田」

 

「ちょっと本名呼ぶのマジでやめてお願いだから!!」

 

 個性を使わずとも煩い声を無視しながら、相澤は慎重に電話番号を押し、電話をかける。

 トゥルルというよくある電話のコール音が数回鳴ると、

 

『はい、動島です』

 

 受話器から若い男性の声が聞こえる。

 昔聞き慣れている声。

 ……声もそうだが、この人はあまりにも年齢を感じさせない。不老の個性でも別に持っているのではないかと思えるほどだ。

 ヒーローという鉄火場メインの仕事をこなしているのだ、そうそう老けても居られないのが常。なのでヒーローはそれなりに若い容姿を保っている人間も多いのだが……それにしたって、若すぎるという話だが。

 

「もしもし、どうもお世話になっています。振武くんの担任のあいざ『あぁ相澤くん!! うわぁ凄い久しぶりだね!!』……お久しぶりです。一応確認しますが、動島壊さんでお間違い無いでしょうか?」

 

 相変わらずのハイテンション。

 間違いなく本人だろうが、手続きに沿って話をする。

 

『嫌だなぁ僕の声忘れちゃった!? 知ってる? 若年性アルツハイマーって30代でもなっちゃう人はなっちゃうんだよ』

 

「マニュアルに沿って話をしているだけです、忘れているわけではありません……」

 

『うん知ってる!!』

 

「………………」

 

 面倒くせぇ。

 動島家の人間と相澤は、あまり相性がよろしく無い。

 母親である覚のサイドキックを務めていた時もそう、何かの機会にお呼ばれされて壊にあった時もそう。動島流の稽古のために当主である振一郎と会った時もそう。

 振一郎はギリギリ合う可能性があったが、あの人はあの人で修行の時は無茶苦茶だから、もはや合う合わない以前に怖い。

 ……振武はそれなりに対人スキルがあるので何とか保つが、あの子もあの子で、頭が悪い訳ではないのに無茶苦茶だ。「優等生であると同時に問題児」という意味では、爆豪とどっこいどっこいである。

 

「……今日は、先日お知らせした、来週行われます授業参観の件でお話をさせていただこうと思いまして」

 

 取り敢えず、今はビジネスライクに。

 そう思い、何とか文句を噛み殺して必要以上に丁寧に話を進める。

 

『ああ、プリント見させてもらったよ。雄英でもこういうのやるんだねぇ。僕士傑だったから、いまいち雄英の催しとか分からなくて。

 あ、その件で僕も相談があったんだ』

 

「? はい、何でしょうか」

 

 まさか、授業参観の意図を読んでくれたのだろうか。

 ――あり得なくもない。

 普段は子煩悩な親バカである動島壊の裏の顔。

 分壊ヒーロー《ブレイカー》は戦闘技術のみならず、グレーゾーンな情報収集まで得意とする、本来ではトップ10に入れるほどの凄腕ヒーローだ。授業参観の内容くらい、ちょっと話を聞かなかった事にしたい方法で探り出す事も可能かもしれない。

 そして、彼は親バカだ。

 どういう授業内容で進むのか、また子供のどんな活躍を見れるのかと考えて情報を探る事くらいは普通にやりそうだ。

 ……本当にヒーローなのか、疑わしくなってくるが。

 

『ああ、実は……、

 

 

 

 当日の服、迷っててさ』

 

 

 

 ………………知らねぇよ

 

 

 

 心の底からどうでも良い。

 何を考えているんだこのバカは。

 

「……なんでも、良いのでは?」

 

『良くないよ!!

 良いかい相澤くん。君は子供がいないから理解出来ないかもしれないけど、そもそも授業参観とは、子供の成長を見守る大事なイベントであると同時に、親御さん同士の戦いでもあるんだよ!

 どんな服を着ているかで、そのご家庭の生活水準や、どんなセンスを持っているかが競われるんだ。

 つまり!! 授業参観は、親同士の見栄の張り合いでもあるんだよ!!』

 

 そんな場ではない。

 断じてそんな場ではないのだ、授業参観は。百歩譲ったとしても、本来の目的はあくまで普段どのように生徒達が勉学をしているのかというのを親に見てもらう場だ。

 親同士の争いの場では無い。

 相澤は止めようと口を開くが、壊の勢いは止まらない。

 

『それに!!

 もし僕がダサい格好で行ってごらんなさい!! 振武は友達から「プーッ、お前の父ちゃんダッセェ」と揶揄われる可能性だってあるんだよ!? 下手をすれば、それが原因でスクールカーストの最下位に叩き落とされてしまうかもしれない!!

 僕のせいで、息子の学校生活に支障をきたすなど、あってはならない事なんだよ!!』

 

 壊の中で、動島振武はいったい小学校何年生の設定なのだろう。

 そんな事になるような幼稚な年齢ではないし、幼稚なクラスではない。何せ雄英高校ヒーロー科。他人の親見てからかう暇があるなら自分の実力を上げるために努力するような連中ばかりだ。

 起こらない。

 そんな事は起こらない。

 

『と、いう訳で!! 僕は今回5パターンの衣装を用意してあるんだ!! その中でどういうのが授業参観という状況に合っているのか、一緒にかんが「では連絡事項を」聞いてよ!!』

 

「聞きません。服は自分で決めてください。

 それより、大事な連絡があるんです」

 

 これを話したくて、今回電話をしたのだ。

 決して動島壊ファッションショーを音声で聞くという不毛なイベントに参加した訳ではないのだ。

 

『え? なに、親が参加する授業でもあるの?』

 

「何でそこだけ勘が鋭いんですか……そうです、今回親御さんにご協力願って、訓練をしようかと思いまして」

 

『あぁ〜、良いね。親という存在が関わってくれば、生徒のやる気も上がるでしょう。

 多分騙しちゃう形になっちゃうし、僕はあんまりやりたく無いんだけどなぁ……』

 

 その言葉に、ちいさく胸をなで下ろす。

 乗り気で無いなら好都合だ。

 

 

 

「それなら安心してください。

 壊さんには、その訓練には参加して頂かないようにお伝えしようと電話したので」

 

 

 

 ……数秒の沈黙の後、ガチャンと受話器から音が聞こえる。

 どうやら、受話器を落としてしまったようだ。

 

『……ごめ〜ん、うっかり手ェ滑らせて聞いてなかったヤァ、アハハ〜

 で、なんだって? 是非参加して欲しいって?』

 

「いえ、その訓練には参加して頂かないように『やめて!! それ以上言わないで!!』……どっちなんですかアンタ」

 

 相澤の呆れるような言葉に、壊は今にも泣かんばかりに話を始める。

 

『酷いよ! 普通は参加してくださいはあっても、参加するなってないでしょう!?

 僕も振武の活躍を間近で見たい!!』

 

「お気持ちも言いたい事も分かりますが、今回親御さん達には被害者役を担当していただくんですよ?

 被害者の中に現役ヒーロー混じってたら、流石に不味いでしょう。普通にバレるでしょう?」

 

『だったらヒーローなんて辞める!!』

 

 息子の授業参観を見るためにヒーローを辞める男。

 ……ダメだ、とても正気とは思えない。

 

『ほら、なんだったら僕、気絶するから! 演技派なんだよ、僕!!』

 

「貴方が参加しないという方向性の方が1番手っ取り早いんですよ……それに、壊さんが気絶するという状況も、ちょっと考え辛いでしょう?」

 

 動島流柔術と、動島流隠密術を極めている男だ。

 個性を使わなかったとしても強い人を気絶させられる敵……強さの設定がおかしくなる。なんとか生徒達の手でのみ救出させようと考えているのに。

 他の生徒にはバレなくても、振武にはバレる。

 敵役の人を本気で倒しにきそうだ……それをやってしまうと、救助訓練ではなく戦闘訓練になってしまう。

 

「本来の目的に沿う形にするには、そうするしかこちらには方法がありません。

 幸い、後半は普通の授業を予定しております。そっちだけの参加で妥協してくれませんかね?」

 

『嫌です!!』

 

 断固拒否の構えだ。

 

『僕は何が何でも参加したいです!!』

 

 聞き分け0だ。

 本当に大人なんだろうか。

 

『そもそも、人質を救出するのが目的なんだから、戦闘を行なったって別に良いじゃ無いか。

 人質に怪我を負わせなければ良い訳だし』

 

「そういう訳にもいかないからこうして話しているんでしょう」

 

『それでも嫌なものは嫌――ガフッ』

 

 完全にこちらの話を聞く気がない壊の話が続くかと思えば、なぜか苦悶の声が聞こえた?

 

「? 壊さん?」

 

『――先ほどは家人が大変失礼を致しました。動島家の家長を務めております、動島振一郎で御座います』

 

 老齢だが力強い声に、思わず姿勢が正される。

 声だけのはずなのに、まるで目の前にいるような存在感溢れる声。人を冷静にせざるを得ない声だ。

 

「――ご無沙汰しております、動島翁。振武くんの担任を務めさせて頂いております、相澤です」

 

『ああ、相澤くんだったか。久しぶりだね。最近はこちらにも中々顔を出さないから、心配していたんだよ。

 振武から聞いて知ってはいたが……そうか、ヒーローとしては幼かった君も、人を教える立場になったんだね。あの頃は、想像も出来なかったが』

 

 なんとも不思議な話だろう。

 あの頃の相澤は、まぁ合理主義は相変わらずでもまだヒーローとしては独り立ちしていない微妙な時期だった。

 その頃に修行をつけ、結局修めるには至らなかったかつての弟子が自分の孫に教えているのだから、縁というのも馬鹿には出来ない。

 

「私が貴方のお孫さんを教える立場になるとは、正直思っていませんでした」

 

『君はヒーローとしての才能があった、その経験と知識を後進に伝えるのも、また君の役割だったという話さ』

 

「有難いお言葉です……で、壊さんはどうやって止めたんです? 不穏な声が聞こえましたが」

 

『ああ、気にしなくて良い。何やら興奮しているようだったから、落ち着かせる為に気絶してもらっただけだ』

 

 落ち着かせる為に気絶。デンジャラスな方法ではあるが、壊には有効だっただろう。

 それに振一郎ほどの腕前であるならば、後遺症も残らないはずだ。

 

「では、説明させて頂いてもよろしいでしょうか」

 

『ああ、構わない。何故うちの息子がこのように取り乱したのか、知りたいしね』

 

 

 

 

『なるほど……すまないね、うちの息子は子煩悩が過ぎる所があるから』

 

 一通りの説明を終えると、振一郎は苦笑しながらも言う。

 

「いえ、こちらにも説明の不備があったのかもしれません。ですが正直、貴方に出て来ていただけて助かっています。

 せめて、その訓練中の参加を止めていただけないでしょうか?」

 

『承知した。こちらも授業の邪魔をするつもりはない。縛ってでも止めよう』

 

 振一郎はこういう話の通じる男であった事に、相澤は嬉しさを噛み締めていた。

 

「ありがとうございます、では『ただし、条件が1つ』……なんでしょうか?」

 

 電話を切ろうとした途端かけられた声に、少し動揺しながら冷静に答える。

 

『なに、簡単な話さ。雄英は確か、そういう訓練に関しては記録映像を残していると聞いている。

 授業参観時の映像だけで良いから、くれないか?』

 

 それは、

 

「構いませんが、どういう事です? 外部の人間に見せるのは困るのですが……」

 

『それはないよ。

 理由としては、まず壊くんを納得させる手段としてだ。実際に見る事は出来なくても、多少それで妥協してくれるかとも思ってね』

 

 なるほど、映像で残っていると言えば、あの親バカな壊も納得してくれるかもしれない。

 

『そしてもう1つ……単純に私が見たいのだよ。祖父としても、師匠としても。

 振武のヒーローとしての実力。武術家としてはそれなりの域に来てくれたと思ってはいるが、普段の修練ではそれを見る事ができない。

 それに……振武が格好良く活躍する場を見たいという壊くんの気持ちは、私も同じだ』

 

 その言葉に、相澤は思わず目を見開く。

 動島振一郎。

 自分の知っている彼は、武という物の頂点に近づこうという修行者だ。

 武というものに強い拘りを持っているが、それ以外への執着が普通の人よりもずっと低い印象を持っていた。

 武こそ動島の本懐と。

 

「失礼な言い回しになりますが、少し意外です。家族という存在に対して、貴方は少しドライなように思っていたので」

 

『君も壊くんもそうだが、少々私に対して誤解があるね。

 確かに。私は武術バカと言われてもしょうがないだろう。娘にも孫にも、親や祖父としての愛よりも、武術の技を授ける事を優先した』

 

 幼少期から今まで。

 どこか遊びに連れて行った事があっただろうか。

 欲しいものを買ってやった事があっただろうか。

 可愛がり、慈しみはしても――それは常人の感覚から離れている。

 教えを継承させる。それこそ振一郎にとって大事な事であり、娘にも孫にも重要な事だと思ってそうして来た。

 時には、それらを傷付ける事すら厭わない。

 結果として技を習得出来るのであれば、厳しくしたりもした。

 

『だがね、相澤くん。私は、愛していないわけではないのだよ』

 

 立ち上がり、歩き始め、技を磨き、誰かを助け、名誉を得る。

 それを嬉しく思わない父が、祖父が……家族が。一体どこにいよう。

 子供や孫の成長と、立派さを褒め称えない親がどこにいるだろう。

 ……振武や壊にすら隠している事だが。ちゃんとセンシティの活躍の記録は残している。覚が死んだ事で止まってしまったが、しかしその数は何十冊にもなる。

 振武のものも同じだ。

 まだ卵であるが故に少ないが、雄英体育祭で1位になった記事もちゃんと取っておいてある。

 愛がないわけではない。

 常人と基準が違い、表にあからさまに出さないだけで。

 愛はあるのだ。

 

『孫が活躍する姿を見て、喜ばない訳がないだろう』

 

「……お孫さんの活躍を確約は出来ませんが。

 正直に言えば、クラスの中でも優秀なグループに入りますよ、動島振武は」

 

 勉学でも、訓練でも。

 かなり上位の成績を取っている。本人は周りに凄い人が多いから自覚出来てはいないが、確実に前に進み、成長し、他とは比べる必要性がないほど強くなっている。

 少々無茶をやる部分があるものの、ヒーローらしいと言ってしまえばヒーローらしい。

 

「覚さんがいれば、きっと彼を褒めるでしょう」

 

『……その言葉は、今度うちに来て、遺影にでも報告してくれ。

 きっと、覚も君の顔を見れば喜ぶ』

 

「ええ、是非」

 

 そう言って、相澤は一通りの挨拶を済ませて電話を切った。

 1番面倒な相手は終わった。安心したような、満足感のような不思議な感情を抱きながら、相澤は受話器を取って他の生徒の親に電話を掛けた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ……しょっぱい。

 壊の作った味噌汁を最初に飲んで思ったのはそれだった。

 いつもより味噌が多いのだろう。妙に味が濃いのだが、飲めない訳でもない微妙な味噌汁だ。

 

「……なんかあったの?」

 

 不機嫌そうに食事を取る壊と、何でもない風に食事をしている振一郎に聞いてみる。

 

「なに、ちょっと問題があってね。どうやら仕事の関係で、壊くんは振武の授業参観に遅れるようなんだよ。

 その事で拗ねているのさ」

 

 あぁ、なるほどと納得する。

 それにしても、そんな事で拗ねるとは……子供の頃から、振武の授業参観など何度も見ているはずなのに。

 

「父さん、途中からでも来れるんだから良いじゃん」

 

「良くないよぉ、振武の活躍は最初から最後まで見たいのに……」

 

 活躍という言葉に、振武は苦笑する。

 そんな大仰な言い回しもないだろう。言っては何だが所詮授業。しかもないような親への感謝の手紙を読む、なんて羞恥プレイなのだ。

 ……むしろ、来なくても良いような気がしてきた。

 

「あ、そう言えば、授業参観の事なんだけどさ。

 ちょっと父さんに頼みたい事が「何!? 振武もお父さんの服装ちょっと気に、」ならない」

 

 壊はオシャレだ。

 モデルをやるくらいだしそれなりにカッコいいし、服のセンスは抜群。正直何を着ても似合うんだから、そこに自分が口を挟む気もない。

 ――というか、興味がまるでない。

 

「そうじゃなくて、焦凍から言われたんだけど、エンデヴァーに授業参観の話はしないでくれってさ」

 

 未だに焦凍とエンデヴァーの関係性は良くならない。

 焦凍本人からの話と、壊がエンデヴァーから聞いた話を統合してみると、「関係性はを修復しようと頑張ってはいるものの、エンデヴァーのやっている事が的外れで効果が出ていない」という印象を受ける。

 もっとも、それを哀れとは思わない。

 エンデヴァーのやって来た事を焦凍がそう簡単に許してはいけないのだ。それだけの

 事を、あの男は自分の息子に強いてきた。

 だから、振武は焦凍の味方をするように立ち回る。

 

「あ〜、焦凍くんお父さんに来てもらいたくないんだ」

 

 それが分かっているからか、壊も微妙な顔をする。

 ようやく仲直りした親友だ。味方をしたい気持ちはあるのだろう。だが彼も事情を知っている人間としては、焦凍の気持ちもまた理解できるようだ。

 

「うん、父さんに隠し事させるのは申し訳ないんだけど、これだけはお願い」

 

「うん、分かった……あ、なら条件として僕のことしばらくパパって読んでくれると「呼ばない」交渉には応じない! さすが振武!!」

 

 何が流石なのだか、一向に分からない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 夜中の2時。

 暗くなった道場の真ん中で、動島振一郎が座っていた。

 考えている事は――今後について。

 動島流の人間、しかも宗家からの血を受け継いでいる人間が敵方についている。しかも、動島家の縁が深い、ワン・フォー・オール保有者の仇敵――オール・フォー・ワンの下にいる。

 振武には好きなようにしろと言った。

 自分の孫には自分の孫なりの信念があり、それを否定する言葉を振一郎は持っていない。人を殺さない、全てを救うというのであれば、そうすれば良い。

 だが、動島流が敵になるというのは、生易しいことでは無い。

 今まで長い歴史の中で培われて来た、血筋と技術を絶やす事にもなりかねない。

 そして、離反者には、動島宗家当主が直接手を下すという決まりもある。大昔の取り決めであり、現代に則さないそれを守る必要性は無いのだが――しかし、もしかしたらそういう手段を取らざるを得ない事があるかもしれない。

 未来は不確定。

 全ては状況に応じて変化し続ける。

 もし、相手を殺す必要性が出て来た場合にはどうするべきか。

 

「……やれやれ、壊くんのことを馬鹿に出来たもんじゃないな」

 

 相手をどう殺すか考えている時点で、自分も同じ穴の狢だ。自嘲の笑みを浮かべながら振一郎は立ち上がり、道場の奥にある扉を開く。

 そこは弟子や振武、壊にすら開ける事を禁じている場所だ。

 そこには――1つの甲冑が置かれていた。

 ドラマなどで出てくるちゃんとしたものとは違い、その当時の技術で作られたそれは、体の右半身を覆う甲冑以外は、戦装束ではあるものの装甲はない。

 鎧とも本来は呼べない装備だが、見た目以上の防御力を備えている。

 何せこれは――嘗てグラントリノや七代目と共に戦った時に使っていた、動島振一郎のコスチュームなのだから。

 その昔振一郎は離反者を討つ為に、自警員となって戦っていた。無論違法。だが様々な動島家のコネを使い、限定的な使用許可をもぎ取った。

 目の前に置かれているそれを見れば、あの頃の感覚が今でも蘇ってくる。

 

「……最後の仕事と思えば悪くないかもしれないな」

 

 何十年も前に自分が取り損ねた種が芽吹いた結果。

 それを刈り取るのは、当然、それを見過ごしてしまった自分が行うべきなのだ。将来がある人間に任せる事ではないのだ。

 

「少し、根回しをしなければな」

 

 真剣な表情でそう呟くと、振一郎は大きな覚悟と共にその部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 




もうわかっている方がほとんどでしょうが、小説の話です。
出来るだけネタバレしないようにしないようにしようと思いましたが、話の流れ的に難しいですね!
分からない人は、小説のご購入をお勧めします。


次回! 動島くんが冷静に話すよ!! 静かに待ってて!!


感想・評価心よりお待ち申し上げます。

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