plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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episode8 救えて良かった

 

 

 

 さて。

 この人質事件は文字通りの狂言。

 自分の親族が人質に取られても冷静に状況を判断し救い出すことが出来るか、生徒達の精神力を試す為のものだ。

 もの、なのだが、

 

 

 

(あ、煽り過ぎたーーーーーーー!!)

 

 

 

 犯人役を務めるオールマイト(トゥルーフォーム)は今すぐにでもヘルメットを取って狂言だと宣言したい。

 自分の親族のように思えている生徒のトラウマをわざわざ抉ってしまったのだ。

 正直罪悪感に押し潰されそうだ。

 

 

『オールマイトさん落ち着いてください。こういうのも最初から込みでの演習でしょう』

 

 ヘルメットに組み込まれている無線から相澤の冷静な声が聞こえてくる。

 いやいや確かに言った。確かに教師内での話のすり合わせは出来ている。そもそも経歴だってそういう経験を振武がしてきた事だって、相澤もオールマイトも知っている事だ。

 だが、保護者達はどうだ?

 あぁこういう事なら事前に説明しておけば良かった!

 

『事前に説明しておけば良かった、なんて言わないでくださいよ。そういうのも込みで考えているんですから、こっちは』

 

 ――覚悟を求められているのは生徒達ばかりではない。これは保護者にも言える事だ。

 例年に比べて特に(ヴィラン)達が活発化しているのだ。つい数ヶ月前にヒーロー育成機関の代名詞である雄英にまで攻撃が行われ、職場体験では情報は伏せられているものの、4人の生徒が危険に晒されている。

 身内(じぶんたち)ヒーロー(せいとたち)が失うかもしれない。

 その逆も当然あり得る。

 事前に罪悪感に苛まれる可能性はあると説明し、リカバリーガールに親と生徒両方のカウンセリングの準備をして貰っているのは、親達に子供達が目指している職業の現実を理解してもらわなければいけなかった。

 いけなかったけど、

 

(やっぱり気が重いなぁ。外部の人間に頼めなかったかなぁ)

 

『頼めるわけがないでしょう』

 

 ……心でも読んでいるのだろうか、相澤くんは。

 

『一度は壊さんに頼んだんですけどね……「もう2度と息子を追い込むような事はしたくない」と断られました』

 

 何があったんだ動島親子!!

 

『とにかく、保護者の皆さんにはちゃんとフォローを入れますから、その時も頼みますよ』

 

 ……気が重いなぁ。

 そう思いながら、オールマイトはヘルメット越しに生徒達を見る。

 皆必死だ。肉親の命が掛かっていると本気で思っているのだから、当然なのだが……何より1番真剣なのは、動島振武だろう。

 彼の境遇は分かっている。

 折れても良い頃だ。そうでなくてもここで激怒したり動揺したりするだろう。

 だが、彼は真っ直ぐな目で自分に――いや、犯人に言った。

 

『この場にいる誰も死なせない――俺も、皆も、人質も、そしてアンタもだ』

 

 犯人すら生かして救う。

 そんな事を考える人間はそう多くない。何せ敵は完全な悪なのだから。

 法を犯しているという意味では確かにそうだろう。人を傷つけようとしているのだから、そうとも言える。

 だが、敵はコミックスに出てくるような存在ではない。

 心臓を動かし、呼吸をして、この瞬間を生きている〝人間〟だという大前提を、人は時々忘れがちだ。

 直接相対しない人間は勿論、ヒーローであっても。

 極限の命のやり取りの中だ。自分も、宿敵と戦う時は意図して無視した。

 

(――全部救ける、か。僕もそうしたかったなぁ)

 

 平和の象徴と全てを救う事はイコールで結ばれない。

 自分の信念と振武の信念は、同じ土地に立ちながら全く別の存在だ。どちらが良いというわけでもなければ、悪いという話でもない。

 それでも羨ましい。

 そうやって真っ直ぐに意思を貫こうとするのを、素晴らしいと思える。

 しかし――、

 

(そりゃ、常人の考えじゃないぞ、動島少年)

 

 会話をしながら、頭の中で教え子の将来を心配した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 無駄話と分かっても良い。

 時間稼ぎだと見破られても良い。

 とにかくこちらに注視しなければいけない。

 振武だけではなく、様々な人間が様々な話を振る。

 だが、それももう限界というところまで来た。

 

「ウルサイレンチュウダ……イチバンウルサイセイトノ、オヤヲコロセバ、スコシハシズカニナルカナ――」

 

 そう言って、足を止めた瞬間、

 電流を纏ったスタンガンが、犯人の足元に迫る。

 だが、

 

「――ドウヤラ、ミエナイコバエガ、マギレコンデイタナ!」

 

 最初から気づいていたのだろう、犯人は足を振るってそのスタンガンを蹴り飛ばす。

 スタンガンは――ギリギリで、落ちなかった。

 それに安堵する(・・・・)。犯人は振武達の気持ちには気付かず、マントの中から1つのライターを取り出した

 

「ヒトリヒトリ、ジックリクルシメタカッタガ、ヤメタ。ミンナ、ナカヨク、ジゴクニイコウ」

 

 そう言って、男はライターを放り投げようとして、

 

「……アレ?」

 

 静止する。

 そりゃそうだろうな。

 

 

 

 何せ穴は、途中から氷の板で塞がれているのだから。

 

 

 

「がそりんヲ凍ラセルノハ難シイ。

 デスガ、ソノ途中デ氷ノ膜ヲ張ルコトハ可能デス」

 

 急に聞こえた、自分のそれとは違うぎこちない声に、犯人が振り返る。

 一羽の九官鳥が、こちらをじっと見て話しかけて来た。

 

「厚サ約10cm。ソレナラバ、らいたーヲ落トシテモ火ガツキマセン」

 

「――カッタツモリカ、オロカナ!!」

 

 そう言いながら、犯人はマントの中から小さなスイッチを取り出す。

 恐らく――いや、間違いなく爆弾のスイッチ。

 

 

 

「予想シテアリマス。

 ダカラ(・・・)話シカケタンデス」

 

 

 

 九官鳥の思わせぶりな言葉が、犯人の耳に届いた瞬間、

 

 

 

 犯人の腕が凍らされ、スイッチを押すどころか、肘から上を動かす事も出来なくなった

 

 

 

「ナッ――」

 

 しまった、意識を逸らされた。

 そう思った時には遅かった。

 

「はい、捕まえたっと!!」

 

 次にいち早く駆けつけた振武が、そのまま犯人の凍っていない方の腕を掴み、関節技の要領で相手を地面に叩きつけた。

 ――作戦は三重構造だ。

 まず葉隠が麗日の個性で近づき、百のスタンガンで無力化する。ここで成功すれば良いが、しなかった場合でもブラフになる。ここまでは出久が考えた。

 そこまでの間、犯人の意識がガソリンがある穴に向いていない間に、焦凍がガソリンのある部分から少し上を凍らせる。ガソリンそのものを無効化出来ないなら蓋をするという考えだ。

 勿論、一気にやれば慌てた犯人が慌てて火をつける事も考えて、まるで水に薄い氷が張るように全体的に、ゆっくり、慎重に行った。

 その所為で厚さは……正直1cm程度。硬度がある氷でも、中心部分と周り壁に張り付いている部分以外は支えがない。自重で崩れる関係もある中ライターなどの金属が落とされたら簡単に割れてしまう可能性があった。だから、ライターを持った段階で魔女子が九官鳥で意識を逸らしたのだ。

 魔女子が生み出した九官鳥はブラフであると同時に相手に最後の手段を出させる囮。

 ガソリンが使えないとなれば、犯人が取る行動は2つに1つ

 失敗したと逃げ出すか、

 個性、あるいは最後の手段として用意されているものを脅しのために、それ見たことかと見せびらかす事。

 それを見てしまえば、後は簡単。

 焦凍にそれを封じさせ、だめ押しで振武に拘束させる。

 三重でブラフを張っているため、相手にブラフではないかと思わせる余地がないように1つ1つの間隔は短めに、視線を誘導してなど細かい手段があったが、個性が分からない以上、不安要素は消えなかった。

 

「ご静聴ありがとうございます――えぇ、見事に引っかかってくださって感謝します」

 

 焦凍が作った橋を渡りながら、魔女子は微笑みながら言う。

 片腕は凍らされ、片腕は振武に拘束させている。

 これならば、他にどんなモノを持っていたとしても持つ事もスイッチを押す事も出来ないだろう。

 

「ヒヤヒヤしたぞ!! つうか、ちょっと博打が過ぎないか!?

 全部騙せたらの話だろうが!!」

 

 犯人が身動きを取れないようにしっかりと手を抑え込んでいる振武が叫ぶと、魔女子は呆れ顔になる。

 

「実際出来ました。

 それに犯人さんは、もうちょっと雑にやっても気付かなかったと思いますよ?」

 

「――ナゼ、ソウイイキレル」

 

 ヘルメットの奥から魔女子を睨みつけているのか、犯人は顔を上げて言う。

 

「いえ、簡単な話――貴方、それ見えづらいでしょう?」

 

 ヘルメットを指差しながら言う。

 

「視界にかなり制限がかかっているでしょうし、色の判別も難しいのでは?

 氷かガソリンか判別するには波立っているかどうかという部分くらいですし、それを一瞬で判断するのは無理です。

 周囲の気配には敏感でも、流石にライターやスイッチなんかは視界に頼らなければいけませんし、遠くの方で何かやっていても気にかけられない」

 

 賭けの要素はあったが、同時に出来ないレベルの作戦ではなかったのだ。最初から。

 

「まあ、後は皆さんを信じて動いたと言うところでしょう……皆さん、ガヤご苦労様でした」

 

『ガヤ言うな!!』

 

 橋を渡って次々と保護者の救出にやって来た、犯人の気をそらす役をこなしていたメンバーが同時にツッコミを入れる。

 牢屋は鍵などかかっていなかった。まぁこのような場所にいる時点で逃げ場はない。それなりの力量を持っているなら――、

 

「――待てよ?」

 

 なんか、詰めが甘くないか?

 相澤という実力を持ったプロヒーローを単独で倒し、これだけの人質を大人しくしておけるだけの力を持っているならば、もう少し抵抗があってもおかしくない。最悪拘束まで含めて出来なかった可能性も高いはずだ。

 だから、賭けの要素が強いはずなのだ。

 だが実際犯人はこうやって捕まり、牢屋から解放された保護者と生徒は感動の再会。

 下手をすれば単独犯ですらないと思っていたのに、未だに犯人の仲間が救けに来る様子はなく、犯人も個性を使う様子がない。

 どころか……なんだこれは。

 まるで骨を握っているのではないかと思えるくらい、犯人の腕は細い。

 個性メインで戦うタイプだったとしてももう少し鍛えてもおかしくはない……異形型の可能性はあるが、それにしても妙な点が多すぎる。

 

「……皆、早くここから離れて、警戒しないか?

 このままで終わるのは、ちょっとおかしい」

 

「う、うん、そうだね。皆を安全な場所まで避難させないと」

 

 振武の言葉に出久や他のクラスメイト達も率先して避難誘導を始める。

 そもそもその輪に続くように、振武も犯人を立ち上がらせる。

 

「さて、話を聞こう――何隠してる?」

 

 皆の後をついていくように歩き始めると、ヘルメットはこちらを向く。

 表情はこの至近距離でも全く見えない。

 

「カクシテル……ソウダネ、タシカニ、カクシテル

 デモ、ソンナコトヲキクヒマ、ナイトオモウヨ」

 

「? どういう、」

 

「3…、

 2…、

 1…、

 

 

 

 ――0」

 

 

 

 犯人がそう言った瞬間、衝撃と共にドンッという音が周囲に響き渡る。

 

「なっ――!?」

 

 すぐに手元を確認するが、氷は溶けてはいないし、拘束している手にはスイッチらしき物はない。

 

「――時限式かよ!!」

 

「ソノトオリ――ナカヨク、ジゴクイキダ」

 

 リンゴの芯のような形をした塔は、すぐには崩れない。だが、そう時間はかからない。

 

「っ、皆、走って!!」

 

 ヒビが入り始めた氷の橋を、全員が走り出す。

 橋の向こう側で焦凍が必死で補強しているが、支えている部分が崩れているのだ、すぐに無理が出る。

 振武は犯人の腕の拘束を解き――首根っこを掴む。

 

「グエッ、シマル、シマル、」

 

「ちょっとだけ我慢だ馬鹿野郎!――常闇!! ちゃんと受け止めろ!!」

 

 その言葉とほぼ同時に、振武は振動の力と合わせて、思いっきり犯人を、向こう岸にぶん投げた。

 2人で走るには間に合わない。

 最悪振武だけならば、瞬刹と踏空で逃げられるから。

 

「っ――承知!!」

 

 一瞬だけ戸惑った常闇は、すぐに黒影を出し――見事に、犯人をキャッチした。

 周囲をさっと見渡し、他に逃げ遅れた人がいないか確認すると、振武もすぐさま走り出した。

 氷の橋が間に合うかどうか、

 

「キャッ!!」

 

 バキリッという嫌な音を立てて、氷の橋の隅にヒビが入り、大きく欠ける。

 他の人を支えて走っていた女性が、そこにはいた。

 ――白い髪の毛に、赤い髪の毛がチラホラとメッシュのように入っている、独特な髪色をした、眼鏡の若い女性。

 その顔は、どこかで見たような――

 

 

 

「――姉ちゃん!!!!」

 

 

 

「――――ッ!!!!」

 

 

 

 焦凍の悲痛な声に、技名を叫ぶ暇もなく瞬刹を使う。

 斜め下に突っ込んでいくかのように、真っ直ぐ。

 焦凍の姉の落下スピードはそう早くはない。すぐに追いつき、そのまま抱き上げる。

 

「――すいませんお姉さんどこでも良いんでしっかり掴んで!」

 

「は、はい!!」

 

 相手が弟と同い年くらいの年下だと認識する余裕もなく、敬語で叫びながらしっかりと振武の首に抱きつく。

 人1人分の重み、意外と落ちている状況――自力で飛び上がるのは無理そうだ。

 それを直感で察した振武は、そのまま穴の壁面に足をつけ、できるだけ上に上がれるように振動の力で思いっきり蹴り上がる。

 

「瀬呂、テープ!!」

 

「分かってんよ!!」

 

 振武の飛び上がる正面に、瀬呂のテープが飛んでくる。

 振武はもう一回だけ、踏空を使い、さらに加速してそのテープを、

 

 

 

 掴んだ。

 

 

 

「――衝撃きます! 離さないで!!」

 

「はい!……はい!? えぇええぇえぇえぇ!!?」

 

 テープを掴んだ場所から、ゆっくりと重力に従って降下していき、まるでターザンのような状態で壁に向かっていく。

 女性の叫び声によって起こった耳鳴りに顔をしかめながら、それでも上では、瀬呂の気張る声と、他の力自慢が支えている声が聞こえる。

 これで上が堪え切れなくなって落ちるという心配はない。

 あとは、

 

「震振・灯篭流し――応用!!」

 

 膝、足首、果ては小指や腰。

 バネを生み出せるあらゆる場所を利用して、壁に足を叩きつける。

 一瞬体の中を突き抜ける衝撃に苦悶の表情を浮かべるものの、衝撃を受け流し、壁には振武の両足の跡が残るまでに留まった。

 

「――てぇ!! 痛いわ!!」

 

 衝撃を無くしたことによって身体中の筋肉が軋んでいるのが分かるが、少なくとも骨がやられたような痛みは感じない。でも次の日体の節々が痛そうだ。

 テープを掴んでいる手にも、女性を抱き上げている手にもダメージはない。これならば、しばらく掴んでいても大丈夫・

 その事実を確認してから――振武は大きく溜息を吐いた。

 

「ぎ、ぎりぎりセーフ……」

 

 正直全く何も考えずに飛び出したので、ここまで上手くいかないかと思っていた。最悪、女性だけでも投げ上げて自分はガソリンの海にダイブするかもと。

 薄くとも氷が張ってあるので着水の衝撃は問題がないが、全身ガソリン塗れは勘弁願いたい

「えっと、大丈夫ですか!? 怪我とかは!?」

 

「な、ないです、何とか……」

 

 必死で首に捕まっていた女性は、この数十秒の間に全てのエネルギーを使ったかのように疲れ切った顔をしていた。

 だが、パッと見ても外傷などはない事に、振武は再び安堵する。

 

「良かった。今引き上げるんで、もうちょっと力は抜かないでくださいね」

 

「うん、ありがとう……えぇっと、君は?」

 

 形としては抱き合っているせいか、妙に距離が近く、女性も振武もお互いの顔をマジマジと見る。全部が全部ではないが、少し雰囲気は似ている。

 焦凍はどちらかと言えば父親似の顔立ちをしている(本人は激しく否定したいだろうが)ので、こちらは母親似なのか、少し目元が柔らかいが。

 

「動島振武って言います、焦凍くんの友達やらせてもらってます。

 そちらは確か、焦凍のお姉さんの……」

 

「轟冬美……本当に、救けてくれてありがとう」

 

 冬美の笑顔に、振武もぎこちなく笑顔を浮かべる。

 救けられて良かった。

 今はその充足感で胸がいっぱいだった。

 

「大丈夫ですか、お二人とも!」

 

「振武さん、お怪我などは!!」

 

 上から降ってくるように聞こえる魔女子と百の声に、振武は顔を上げる。

 

「おう、こっちは保護者ともに無事だ!! でもさっさと引き上げてくれ!! まだ大丈夫だけど、腕疲れてきた!!」

 

 穴を覗き込んでいる魔女子がその言葉に頷きながら――ニヤリと笑みを浮かべる。

 あ、この顔やばい。

 からかいモード発動だ。

 

「それは別に結構なんですけど

 

 

 

 ――美女を抱き上げて救けるとは、中々やりますね動島くん」

 

 

 

 ――え?

 魔女子の言葉に、振武はもう一度自分の姿勢を確認する。

 着地した足を壁面につけているとは言え、今も冬美の体を支えているのは腕一本。まるで冬美を抱え込んでいるようにしている。そして冬美も振武の首に抱きついている。

 ……あぁ、まぁ、抱き合っていると言えなくもない、のか?

 

「――!?」

 

 魔女子の言葉に冬美もようやく状況が分かったのか、顔を真っ赤にしながら体を離そうとするってちょっと待って!!

 

「ちょっ、冬美さん、もうちょっとだけだから落ち着いてください!! 本当にすぐですから!!」

 

「そ、そそそそうだけどこれはちょっとマズい!! 大人として恥ずかしい!!」

 

「分かってます分かってますから落ち着いてマジで!!

 瀬呂、早く上げてくれ、色んな意味で限界!!」

 

「せ、瀬呂さん私も手伝いますからお早く!!」

 

「ちょっ八百万急に引っ張んなって、無理に引くとテープ切れちゃうから!!」

 

 その場は一気に騒然となった。

 ……さっきまでのシリアスな意味ではなく。

 

 

 

 

 

 

「――オメデトウ、コレデ、ジュギョウハシュウリョウダ」

 

「いや格好付けているけど、お前今の状況わかってるか?」

 

 爆弾のスイッチ諸共凍らされていた手を解凍され、百が創り出したロープで縛り上げられている犯人に、切島が怒りを噛み殺しながら告げる。

 全員無事だったとは言え、自分たちの家族を、大事な存在を傷つけようとした存在なのだ。切島だけではなく、皆似たり寄ったりの顔をしている。

 

「いや待て皆、私刑はどんな理由があっても許されない!」

 

 飯田は自分でも経験があるからなのか、犯人と生徒達の間に立つ。

 その姿に、魔女子も大きく頷いた。

 

「同意見です……もっとも、私はそれだけではありません。

 彼には、相澤先生の居場所を吐いて貰わなければいけませんから」

 

 犯人が殺した事を暗示させるような事を言った相澤。

 簡単に死ぬとは思えない。だが彼の自信満々な言葉を聞いている限り、無傷でいるとも思えない。

 その場の空気が、一気に暗くなる。

 そんな中で、魔女子は冷静だった。

 

「……まぁ、多分大丈夫だと思いますよ」

 

 ――誰が? 相澤先生が?

 ――え、なんでそんな事言えるの?

 皆その言葉に不可解な顔をするが、

 

 

 

「はい、先生はこっちですよ。

 つうか、やっぱ塚井は読んだか。1番冷静なお前らしいよ」

 

 

 

 答えはすぐに出た。

 

「――ああ、そういう事か」

 

 振武は小さく呟く。それと同時に、何人かの人間は察したらしい。が、大半の生徒は呆然としたままだ。

 

「嫌な仕掛け使いますね、焦ったじゃないですか」

 

「あぁ〜、それに関しては悪いな。ちょっと予想していたものとは違った流れになってな」

 

「ちょ、待った待った!! どういう事!? なんで先生無事なの!? つうか、先生出てきた途端、保護者全員も緩い空気出し始めたけど!?」

 

 相澤先生が登場した途端、親同士で雑談を始めた状況に、上鳴が動揺する。

 

「簡単な話――ドッキリだよ」

 

 相澤の言葉に、その場にいた全員が絶句する。

 ――道理で詰めが甘いはずだ。そりゃあそうだろう。この危機を生徒達だけで解決させなければいけないのだから、普通の敵よりも杜撰な計画を作るはずだ。

 まさかこんな大掛かりな事をするとは思わなかったが、

 

「塚井、参考までに聞くがいつ気付いた?」

 

「……お恥ずかしながら、最初は本当に騙されていました。

 ですが、上手く注意を引きつけ過ぎていたので……それに、この雄英のシステムを一人で掌握できる程の実力者ならば、もっと頭の良い方法を取るでしょう」

 

 そもそも学校では救けを呼べば、何十人ものプロヒーローが逮捕に駆けつけてくるのだ。それならば、生徒の情報を探り、一人一人ゆっくり消していった方が効率的。

 感情的になったと考慮に入れても、それでももう少し上手くやれるはずだ。

 

「なるほど、今後の参考にしておこう。

 今回は、大切な存在が危険に晒されている状況でどれだけ冷静に動けるかと、救ける人間の命の重みを実感させる事だった訳だが――もう1つ、これに関しては、保護者にも謝罪しなければいけません」

 

 そう言って、相澤は保護者全員に頭を下げる。

 

「今回は、約1名事情があって保護者が出席出来ない生徒の為の、もう1つの目的がありました。これは話してしまえば、保護者の皆様が演技を出来ない可能性がありましたので、敢えて伏せました。

 本当に、申し訳ありません」

 

 相澤先生が頭を下げる。

 保護者よりも生徒達の方がびっくりしている。いつも無茶苦茶な事をしている先生が、謝罪しているのだ。

 

「どういう事か、説明して貰えますか?」

 

 保護者の中の1人――緑色の髪を持つふくよかな女性が聞く。

 

 

 

「はい――過去を思い出すような状況で、動島振武が動けるかどうかを、今回は試しました」

 

 

 

 父親や祖父を人質として使わない代わりに、動島振武は別個に試さなければいけなかった。

 トラウマ。

 過去、母を目の前で失った動島振武は、身内が、大切な存在が死んでしまうかもしれない状況というのに激しく動揺を示すかもしれない。

 感情的になるくらいならばまだ良い。下手をすれば茫然自失とし、指一本動かせないようになるかもしれない。

 ――だが、それはヒーローの卵である今だからこそ確認しなければいけない。

 彼が過去を思い出し、何も出来なくなるのか。プロになってしまえば1秒だって固まっていられない。状況は刻一刻と危険な領域に足を踏み入れていく。

 だから確認しなければいけなかった。

 多少荒っぽい方法になったのは認めるが、危機的状況にならないと、そういう心の奥底にある問題は見つける事が出来ないし、見つける事が出来なければ解消する事も出来ない。

 

「保護者の皆様にはご心労をおかけしました。

 ……あと、動島。必要とはいえ、古傷抉るような真似をして、すまない」

 

 保護者にもう一度頭を下げると、今度は振武に頭を下げてきた。

 

「え? あ、いや、あれは俺の中で整理ついてますから……気にしてないっちゃ嘘になるけど。

 でも、確かにこういう状況でも無けりゃ見れませんもん。納得はしてます」

 

 古傷を抉るという言葉を使われたが、振武としてはそこまでのダメージはない。

 無感情と言う訳ではないが……それ以上に、あの時は目の前の誰も死なせない事に必死だった。自分の過去があるからこそ、目の前の人々を救う為に力を振るえたのならば、

 

 

 

「良かったです! 皆無事で!!」

 

 

 

 最高じゃないか。

 

「……えっと、動島くん?」

 

 ゆっくりと、ふくよかな女性が近づいてくる。

 

「初めまして、緑谷インコと言います」

 

「え、緑谷のお母さん――あ、えっと、動島振武です!!」

 

 言われてみれば、目元など雰囲気がそっくりだ。

 思わず姿勢を正すと、インコは少し申し訳なさそうにして――なぜか涙目で、手を伸ばし振武の頭に触れる。

 優しい手つきと温かさ。

 

「気にしていないって言うのは、もう分かったわ。

 でも、私からも謝らせて欲しいの――ごめんなさいね」

 

「は、あ、いえ、そんな……」

 

 むしろそんな申し訳なさそうな顔をされると、こちらの方が申し訳なくなってくる。

 

「あぁ〜、俺達も申し訳ないね」

「ごめんなさいね」

 

 緑谷母を皮切りに、ぞろぞろと保護者の皆さんが集まって来て、優しく触れて来たりしながら謝罪の嵐。

 皆同情というより優しい目だ。

 

(……強がり言ったと勘違いされてない? なんか慈愛の目で見られてない!?)

 

 本人達の罪悪感もあるのだろうが、それ以上に何か心配されている。

 

「おやおや……モテモテ?」

 

「違う、絶対違うからそれ!! ちょ、皆さん、本当に大丈夫ですから!! 全然気にしないでください本当に!!」

 

 魔女子の言葉にツッコミを入れてから、慌てて保護者の方に言うのだが、「うんうん大丈夫大丈夫」と話を聞いてくれそうにもない。

 流石ヒーローの親や近親者、優しさと強引さは極まっている。

 違うから!!

 こんなの望んでないからマジで!!

 

 

 

 

 

 

「えぇっと、振武さん……お疲れ様です」

 

「あぁ、うん、そうね、疲れたね」

 

 保護者達と分譲しているバスの中で、百に慰められながら振武は肩を落とす。

 優しさとは時に暴力になるものだ、と分かってはいたのだが、読みは甘かったらしい。

 ……嬉しくなかった、訳じゃなかった。保護者の皆に褒められ、優しくされたのは。

 

「これから教室に戻って手紙を読むんでしたっけ?……面倒な。あの場でやってくれたら良かったのに」

 

「魔女子、言い過ぎだ……同意見だがな」

 

「お二人とも率直過ぎますわ」

 

 前に座っている二人が振り返って話しかけて来たのを、百が呆れ顔で嗜める。

 ようやっと一仕事終えたような気分だ。

 これから羞恥プレイがあると思うと、とても落ち着いていられる状況じゃないのだが。

 

「そう言えば、振武さんのお父様はこれからお見えになるんでしたね」

 

 心でも読んだのだろうか、丁度いいタイミングでそう聞いてくる百に頷く。

 

「ああ、もう着いてんじゃないかな……あぁ〜、こっから父さんに手紙を読むのかぁ。面倒臭い事にならなきゃ良いけどなぁ」

 

「大仰ですわねぇ……あ、いえ、あのお弁当を作る方ですもんね」

 

「リアクションは大きそうですよねぇ……どうします? 読み終わったあと拍手メチャクチャし始めたら。

 多分、全保護者巻き込みますよ? この流れだと」

 

「嫌な予想立てんなよ現実になりそうだから!!」

 

 魔女子の言葉に思わず顔に手を当てて伏せる。

 そんなの絶対嫌だ!!

 

「そう言えば、姉ちゃんが改めて礼したいし、友達だったら家に呼べってよ」

 

「……フラグ、立ちましたかね?」

 

「へし折りますわ」

 

「? 旗なんかうちにねぇぞ」

 

 先の展開が絶望的過ぎて話に集中出来ない。

 そうこうしている間にもバスは到着したのか、止まってドアが開く。

 正直精神的に足が重いのだが、百に引っ張られて降りた。

 着いたのは、本校舎の正面玄関付近。

 すでに保護者達のバスは先についていたのか、ひと塊りで談笑している。

 その中心には、

 

「なっ――」

 

 振武の父親である動島壊と、

 

「――なんで、」

 

 何故か轟焦凍の父親、エンデヴァーが立っていた。

 二人共ヒーローコスチュームではなくラフな私服だが、保護者の輪に入って仲良く談笑している。いや、エンデヴァーは娘である冬美と話しているだけなので、メインは壊なのだが。

 

「動島くんのお父様でしたか、息子さん大活躍でしたよ!」

「え、本当ですかぁ。うちの息子優秀だから、目立っちゃったかな――あ、八百万さん、お久しぶりです」

「ご無沙汰しております。最後にお会いしたのは10年前ですのに、お若いですわ」

「自作のヘチマの化粧水をお風呂上がりに塗るだけで効果がありますよ、何だったら後で作りかた教えます」

 

 ――主婦か。

 

「冬美! 何故俺に教えてくれなかったんだ!! 前半に間に合わなかったではないか!!」

「お父さんが来ても多分参加させてもらえなかったと思うよ? っていうか、よく分かったね」

「お前らが出て行った後FAXを見つけたんだ!! 壊が行こうとしていたのに便乗した」

 

 こっちはこっちで、焦凍不運な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局その後教室で壊への手紙を読んだら、号泣し始めた壊を止めたり、

「何故俺への感謝の手紙がない」とエンデヴァーがブチ切れてあわやバトル勃発という状況になったが、ここでは割愛しよう。

 ……話すと、寧ろこちらの方が振武にとってのトラウマ、黒歴史になりそうな状況だったからだ。

 

 

 

 

 

 




とりあえず、あと1話で小説版の話は終わり、それが終われば次の章のフリです。
次の章は、50万UA記念も兼ねまして、一章分使ってスピンオフを。
どうかお楽しみに。


次回! 炎司が呑むぞ!! ウコン飲んで待て!!


感想・評価心よりお待ちしております。

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