plus ultraを胸に抱き   作:鎌太郎EX

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50万UA記念 拳姫躍進編
episode1 出会いは拳から


 

 

 

 

 

『動島は表に立たない一族だ』

 

 父がそう言ったのを、覚は思い出していた。

 

『我々は武に生き、武に死ぬ。

 歴史には名を残さず、何もしない。

 当然だ。我らはそもそも強さを追い求めるだけの存在。名より実を取る一族』

 

 動島とは、武の体現。

 隠すわけではない、目立たないように生きている訳ではない。

 動島家宗家とはそもそも、そういう生き物なのだ。

 

『だが、時代は常に変化する。動島も時代とともに変化してきた一族であり流派。

 個性などという超常現象が出現したのだ、今更武の一つ程度で、人々も怯えはしないだろう』

 

 すでに個性は、ヒーローという仕事は世界に認知されている。

 だからこそ、表に立てる。

 動島というある意味異質な流派が、大手を振って歩いても良い時代。

 

『今では動島流の教えを受けたヒーローもいる。私個人としては興味のないものだったが……お前には、どうしてもなりたいものなのだろう。

 お前が15になった時に、自由に歩ませると決めていた』

 

 ヒーローという、人を守る職業。

 古い時代にとっては完全なる架空で、存在しないはずだった存在。

 それが目の前にいて――手に届く、自分がなれるかもしれないと思える所まで降りてきた。

 

 

 

『ヒーローになりなさい、覚。

 目的と成り果ててしまっている動島の〝武〟を、手段に変え、人を救けろ』

 

 

 

 父に背中を押されて、

 動島覚はヒーローを目指した。

 

 

 

 ……なんて思い返そうと何をしようとも、過去は変えられない。

 当時好きだったヒロインに憧れ雄英高校のヒーロー科に入り、死に物狂いで卒業して大物敵を1年目にして倒してフリーになり、自分の事務所を構えるまでに至った。

 それも学生時代に経営科に通っていたの友人のおかげとも言えるだろう。

 言えるんだろうけど……。

 

「やっぱ、なるんじゃなかったかなぁ、ヒーローなんて」

 

 小さく溜息を吐いてから、周囲を見渡す。

 人、人、人。

 人の山ばかりだ。

 覚が倒したのであまり文句は言いたくないというか、言ってはいけないのだろうけど、歩くのには邪魔な程度には積まれている。

 平和の象徴。

 オールマイトなんていう存在が現れてからだいぶ経つ。彼のおかげで組織犯罪というのは大方壊滅してしまったのだが、それはあくまで日本全てを揺るがす大きな組織がなくなったというだけの話で、中小の組織はそれこそ藪蚊の如く現れる。

 その一つ一つは平和の象徴などという存在に潰してもらう訳にもいかず、当然お鉢はもっと下のヒーロー達に回ってくる。

 覚はデビュー1年目にして華々しい活躍を見せたが、現在の地位は残念ながらそれほどではない。

 結局こういう雑な仕事を回されてくる立場という事だ。

 

「グッ、貴様、エクレアに楯突くとは、タダではすまさゲファ!?」

 

「はいはいそういうの良いから、ここにいる全員しか組織構成員いないの知ってるから。

 というか、なにエクレアって。お菓子の名前とか馬鹿にしてるの?」

 

 ――ちなみに、エクレアとはフランス語で「雷」や「稲妻」を表す。意味だけ引っ張るとかっこいい名前なのだが、あのお菓子の所為で意味まではあまり浸透していないのは確かだ。

 なんとか捨て台詞を吐こうとして、センシティに殴られた敵は、その意味も正しく理解出来ていた貴重な人間だった訳だが、あいにく即昏倒コースだった。

 

「ハァ、疲れた……ねぇ、ちょっと《ウィスパー》、警察に連絡して、もう仕事は終わったから」

 

 ヘルメットに付いている無線に連絡すると、雑音とともに向こうの音が聞こえる。

 

『ちょっと待ってください、まず確認します……うん、大丈夫。残党いません、お疲れ様でした』

 

 聴き耳ヒーロー《ウィスパー》。

 人が存在するという事は絶対に消せない。様々な音や匂いなどを総合した「気配」を彼は「囁き」として聞き取ることが出来る。彼に存在を悟らせないようにする為には、文字通り死ぬしかない。

 ここ数年、覚と行動を共にしている相棒(サイドキック)だ。

 こういう大人数が関わる捜査では重宝するのだ。

 

「お疲れ様……う〜ん、今日も疲れたなぁ。私このまま直帰して良い?」

 

『良い訳ないでしょう。何しれっと言ってるんですか。コスチュームも脱がずに帰るんですか、私物は?』

 

「……そうだった」

 

 ピッタリとしたコスチュームなので、携帯電話も含めた荷物は全て事務所のロッカーの中。コスチュームのまま帰ったらご近所からなんて言われるか分からない。

 プロフィールとして本名は明かしていないし、住んでいる場所もそうだ。

 もしコスチュームで家に帰ろうものなら速攻でバレて、毎日毎朝出かける度にパパラッチに追いかけ回される生活になってしまう。

 それはお断りだ。

 

「……分かった。じゃあ、警察が来るまでここで待機している。

 何かあったら連絡ちょうだい」

 

 ウィスパーの『了解しました』という言葉を確認してから通信を切る。

 そしてまた、1つ大きな溜息をついた。

 ……昔は憧れ、最初は楽しんでいたヒーローの仕事も、段々と憂鬱さが増していった。

 増える依頼。

 増える事務仕事。

 減っていく休日。

 去っていく男。

 ……まぁ、あまり好きになって付き合った男性達ではないけど。それでも好意を寄せてくれた男性が「君は俺がいなくてもやってけるし」とどいつもこいつも似たような事を言って去っていくのは良い気分ではない。

 ヒーローという仕事をする為にある種女を捨てている訳だが、そのヒーローという仕事も今では輝きを失っている。ただただやってきた依頼を、文字通り仕事として片付ける。

 昔の気持ちはどこに行ったのだろう?

 誰かを救えるヒーローになると決めた自分は、いつの間にかそこら辺にいるOLと大して変わらない生活を送っている。

 帰り道にコンビニに寄ってスイーツを買い、友達とご飯を食べにいかない場合は父と2人で食事をし、テレビをだらだらと見てから寝て、朝になればまた他人を救ける。オシャレにも興味はなく趣味はない。ついでにロマンスもない。

 昔はこういう女性を「干物女」と呼んでいたらしい。

 ……乾いているのは間違いないけど、なんか酷い。

 

『――センシティさん!』

 

 耳鳴りがするほどの大声量に、覚の取り留めもない考えは中断させられる。

 

「なに? 今ちょっと今日のコンビニスイーツ何にしようか考え、『呑気な事言わないでください、まだ倒していない敵がいます!!』――ちょっと待って。

 ――三段強化(サードブースト)・聴覚《ヒアリング》」

 

 ウィスパーを怒鳴りつけたい衝動を押さえ込んで、自分の感覚を強化する。

 個性《超感覚》。

 五感を自分の裁量で強化する事が出来るこの個性は、一見索敵などのサポートや土砂や瓦礫などから被災者を捜索する事に向いているように見える。

 だが、覚には別の使い方が――、と、そんな事を言っている暇はない。

 

「――本当だ。微かだけど、足音が聞こえる」

 

 遮蔽物が多い建物で大人数が倒れているため、視覚や嗅覚では意味がない。聴覚を最大限上げ、ヘルメットで指向性を上げると、確かに足音が聞こえる。

 だが、本当にこれは人間の足音か?

 この建物は5階建て。コンクリートなどの壁で多少は遮られているにしても、あまりにも小さな足音に困惑する。

 

『僕の方に入ってくる「囁き」も最低限、ついさっきまで気付かなくて――まるで、心臓が止まったまま動いているような、』

 

 ウィスパーの恐怖に染まった声に舌打ちする。

 使えない。男ならもっとシャキッとしなさいよ。

 

「……アンタは、出入り口を確保。私は対象を追う」

 

『なっ、1人じゃ危険です!!』

 

「アンタが居たってどうしようもないでしょう。5分……いや、10分経って私から連絡が来なければ、他のヒーローにも応援要請。

 良いわね?」

 

 早く対象を追いたい。

 そう焦った気持ちの所為か、言葉が荒くなる。

 一瞬、何かもの言いたげに息を呑む音だけが聞こえ、

 

『……分かりました』

 

 とだけ返ってきた。

 それを確認してから、覚――否、センシティは走り出した。

 

 

 

 

 

 単なる5階建てだと思ってたのだが、どうやら隠された地下室があったようだ。

 まるで壁と同化しているような扉は、センシティが来た段階で既に開いていた。

 調査が甘い。

 愚痴を心の中に押し留めながら、センシティは出来るだけ足を立てずに中に侵入する。

 中は照明がそれほどの数がないのか、それとも光が隠し扉から漏れないことへの配慮なのか、表よりもずっと薄暗い。

 ヘルメットの暗視機能を起動させ、センシティは1度だけ目を閉じる。

 

「――第一強化《ファーストブースト》・視覚(ヴィジョン)

 

 視覚を少しだけ強化して、見えやすくする。

 ……本当は別に掛け声なんかいらないんだけど、その方がカッコいいじゃない?

 少し言い訳がましくそう考えると、周囲を見渡す。

 階段を降りれば、それほど入り組んだ構造はしていない。そもそもどうやら、たった一部屋を厳重に警備するために作られているのか、警備員が常駐出来るように椅子や食べ物の備蓄が置かれている。

 その奥に、厳重そうな扉があるのだが……見事に破壊されている。

 

「なにこれ――」

 

 鋼鉄で出来ていたであろう扉が、まるで綺麗に裁断されたかのようなサイコロ状になっている。

 普通の腕力ではこうならないし、刀を使ったってここまで綺麗に斬れるのは父くらいなものだろう。

 何かしらの個性――どんな個性か分からないが。

 

「――あ、もしもし、リビング・ライフ? ごめん、ちょっと地下だから電波が悪いのかなぁ」

 

 推理していると、部屋の奥から声が聞こえるのに気付く。

 なんだろう、この妙に軽薄な声は。ちょと気持ちが悪い。などとくだらない事を思いながら、センシティはゆっくりと扉があった場所に近づき、中を覗き込む。

 コンクリートの箱と言った方が良い、飾り気も何もない部屋の中に、1人の男が立っていた。

 薄暗くて見え辛いのは、服装が真っ黒だからだ。一見して軍人のような格好をしているが、恐らくコスチュームか何かだろう。体格はそれなりに悪くはない。

 顔はこちらを背にしているので見えない。

 

「いやいや、本当だって、そんな事で君への連絡を怠る事はしないだろう?」

 

 どうやら軽薄な声の発生源は彼らしい。

 

「――ああ、やられたよ、持って行かれた。1つだけ残ってたけど、他は全部。これ一本じゃ、流石に囮にも使えないよねぇ。

 ……うん、向こうはこちらの動きもそれなりに把握している。用意周到な連中だな……把握しているのが僕らの動きなのか、それとも別の誰かの動きかは謎だけど」

 

 耳に手を当てて話している様子から、自分と同じく無線でもつけているのだろう(センシティの場合ヘルメットに機能としてついているのだが)、男は苦笑の声を上げながら話す。

 何かを探している。

 だがそれはもう既に持ち去られている。

 

(ここにいた組織と敵対している組織? でも、組織間抗争するような組織はいないはず……もしかして、)

 

 あの男もヒー「ねぇねぇ、ここで何をしているんだい?」――っ!!

 軽薄な声が耳元で聞こえた瞬間、覚は一気にその場から飛び退く。

 いつの間にか――本当にいつの間にか、男は覚が先ほどいた場所の隣に立っていた。

 顔は、やはり見えない。

 暗さの所為でも背中越しだからでもない。

 半分は笑い、半分は泣いている不気味な仮面を付けているからだ。

 

「っ――アンタこそ、ここで何してんの? 一般人は立ち入り禁止になっているはずだけど」

 

 警戒しながら発した声に、目の前の男は気楽に笑う。

 

「アハハ、大丈夫大丈夫、一般人じゃないから。

 俺は分壊ヒーロー《ブレイカー》だ。君とは別件の捜査を依頼されていてね」

 

 男の――ブレイカーの言葉で、センシティはヘルメットの中で眉を潜める。

 分壊ヒーロー《ブレイカー》。

 その名前は何度も、様々な人から聞いている。

 同業者(ヒーロー)を突き出す裏切り者(ヒーロー)。目的の為ならどんな手段も厭わないクズ。グレーゾーンを歩き過ぎて、警察も監視している。大物敵や自警員と親しくする場合もある、危ない奴。

 だが、その反面、違法な事を裏でしているヒーローや知能犯などを独自調査で根こそぎ捕まえている為、政府は文句を言うことができないという厄介な男。

 ついたあだ名が『査察官』。

 善と称される存在の痛い腹を探り、世間に公表する存在。

 

「そう、アンタが……お噂はかねがね」

 

「声の印象からするとマトモな噂は聞いてないんだろうね……でも、噂を聞いているのは俺も同じだよ。

 武闘派ヒーロー《センシティ》。優秀だって聞いているよ、個性も何も使わずに鉄板くり抜いちゃうって本当なの?」

 

「……くり抜いた事なんか一度もないわよ」

 

 貫通させた事は度々あるが、くり抜く何て中途半端な真似はしない。

 

「へぇ、誇張ってのはどこでもあるもんなんだね……まぁ、良いや。

 残念ながら、俺の目的だった物は持ち去られてしまったようだ。しょうがないから、俺はお先に撤収させてもらうよ」

 

 そう言いながら、男はセンシティの横を通ろうとしたのを、

 

「待ちなさい」

 

 腕を掴んで止めた。

 

「アンタさっき、なんか見つけたみたいじゃない。この組織に関わる物証は、全部私の管轄なのよ。何さらっと持ち逃げしようとしてんの?」

 

「……盗み聞きってヒーローとしてどうかな?」

 

 仮面越しに笑っているのが分かるが、目が笑っていないのも分かる。

 ヒーローだろうが何だろうが、自分の邪魔をする相手に容赦がないヒーロー。少し緊張しながら話を続ける。

 

「あら? 拷問や違法捜査はヒーローとして許されるの?」

 

「俺のやった事で救える命があるんだ、大事の前の小事だよ」

 

「ふざけないでくれる。人の獲物ネコババしようとして偉そうに言わないで」

 

「俺が手に入れた物が何かも分かっていないのに?」

 

 その言葉に、言い返す事が出来ない。

 センシティの依頼は、「エクレアという犯罪組織の壊滅」だ。それ以外の事は興味がなかったし、この組織が今まで何をしてきたのかも資料を渡されたが読んですらいない。

 興味がない。

 ただ潰せば良いという事が分かっているだけで、十分だと思ったから。

 

「……君、まさか資料とか読んだり、調査したりしないの?」

 

「っ――そ、そんなのヒーローの仕事に関係ないでしょう!?」

 

 図星を突かれて、思わずムキになって叫んでしまう。

 そんなセンシティの態度に、ブレイカーは視線を逸らす。

 あぁ、見なくても分かる。

 これは嘲笑だ。

 

「倒す相手の事すら真面目に見ていないのに、よくもまぁ……。

 君は殴った相手の顔を見ずに殴るんだね」

 

「――倒せと言われれば倒す。仕事だもの」

 

「それじゃ、そこら辺の人形と大差ない。

 ――武闘派ヒーロー《センシティ》。君はこの仕事に向いていないようだ」

 

 ブレイカーは、弱まったセンシティの手を振り払う。

 

「マスクを外さなくても分かる。

 どうせ、こんな雑魚敵の群れと戦うのは趣味じゃないとでも思っているんだろう?

 学生時代はあれだ、何の疑いもなく「私はきっと有名なヒーローになって輝かしい人生を送るんだわ、キャッ☆」とか思ってたんだろう?

 それが叶わなくて、仕事と割り切ってストレス発散か……醜いぞ」

 

「――――――っ」

 

 違う。

 私はそんな事を思っていない。センシティはそう叫ぼうとした。

 ただ栄光が欲しいからとか、金銭などに釣られた訳ではない。

 危険な場所に飛び込みたい、強い奴と戦いたいなんて少年誌的発想でヒーローになったわけじゃない。

 ただ、自分の得てきた強さが、信念が、誰かを救えると思っていたからだ。

 だからなのに――、声が出ない。

 

 

 

「随分つまらなそうに仕事をするな、センシティ。

 そんな顔をするくらいなら――ヒーローなんて辞めろ」

 

 

 

 その言葉が耳に入った瞬間、体が勝手に動いていた。

 爪先から力が駆け上る感覚をより強く感じる。

 力とは流れ。

 逆らわずに、相手の顔面に拳として叩きつける。

 

「――っ!?」

 

 木で出来た何かが割れるような音が、地下室に響く。

 顔面粉砕して吹っ飛ばそうとした拳は、仮面を割り、相手の鼻から血を流させるくらいにしかならなかった。どうやら、インパクトの瞬間に衝撃を殺されたらしい。

 

「痛ぁ、モーション速すぎだろっ、鼻折れちゃったじゃないか――ンガッ!?」

 

 現代アートの彫像のように折れた鼻を、男は文句を言いながら無理矢理治す。案外鼻は真っ直ぐに出来るものだ。

 仮面が壊れ現れた素顔は――意外と綺麗な顔立ちだった。イケメンと言われる部類。ホストにいそうなチャラさがあり、センシティの好みではないが。

 

「あら、ごめんなさい。頭吹き飛ばそうと思ったのにアンタが避けるから、余計な手間が増えたわ。

 ――証拠を渡しなさい。ここは私の現場よ。文句しか言わない能無しはとっとと消えて。さもないと、消すから」

 

 しっかりと構えをとって、一応警告する。

 どうせ聞きはしないだろうから、とっとと断ってくれると有り難いのだが。

 

「ヒーローの言う事じゃないなぁ――調子に乗るなよメスガキ。

 俺が今まで友好的に話してやったのは、お前は俺の獲物じゃないからだ。獲物になるって言うからには――遠慮なく壊すぞ」

 

 ゴキリッと手の関節を鳴らして、ブレイカーはそっと地面に触れる。

 

「――壊れろ」

 

 その瞬間、まるでセンシティに襲いかかるように地面の亀裂が向かってくる。

 

「っ!?」

 

 何がかヤバい。

 本能の訴えに逆らう事なく、センシティはその亀裂が到達する前に回避した。

 

 

 

 先ほどまで自分が立っていた場所が、クレーターのようにひび割れ、陥没する。

 

 

 

「――なにそれ」

 

 冗談じゃない、あんなの食らえば一発で死「余所見をするな」

 音も気配も何も感じさせず、ブレイカーはセンシティの背後にいた。

 

「っ――三段強化(トリプルブースト)・全感覚《オールセンス》!!」

 

 一気に、世界が広がる。

 自分の内側をひっくり返すように、内部の感覚も、外部の感覚も開ける。

 筋繊維の一本一本、骨の一筋、末端神経まで感覚が研ぎ澄まされる。まるで自分が精巧な機械のような感覚。

 当然だ、自分の肉体は最高のパフォーマンスを発揮する為の道具でしかない。

 それを完全に把握し切れれば、

 

 

 

 どんな動きも可能になる。

 

 

 

 もしこの時の動きを他人が見ていたならば、「ゴム毬」でも想像するだろう。

 まるで大人の力で叩きつけられるように、空中を蹴り(・・・・・)その場を離脱し、壁と地面を跳びはねて(・・・・・・・・・・)、逆にブレイカーの背中を取った。

 

「うわぁ、流石に速いなぁ」

 

 余裕の声だが、ブレイカーにも余裕がない。

 予想以上に速いし、早い。

 だが、そんな言葉を、センシティは聞く気がない。

 力を放つ準備をする。

 ――振一郎は川という想像をするが、センシティは長いホースを連想する。長いホース(からだ)(ちから)が駆け抜け、排出口(出し方)の形で自在に変化をつける。

 震撃習得時に学んだ感覚を、超感覚でフルパフォーマンスで発揮する。

 

「震撃――つらぬ『センシティさんストップです!!』――っ!!」

 

 感覚を強化しているせいで、大きな声はさらに大きく感じて、思わず顔をしかめて動きが鈍る。

 その一瞬の隙は、ブレイカーとの距離を開かせた。

 お互い、10メートルも離れていないが、その10メートルが大きい。

 油断していられる暇はない。

 

停止(オフ)――ちょっと何、ウィスパー。私今とっても忙しいの。

 邪魔するなら、アンタ後で酷いわよ」

 

 どす黒い感情を必死に押さえ込みながらマイクに向かって話しかける。

 

『忙しいから話してるんです。ブレイカーさんと戦闘中ならば中止です。

 上での話が着きました』

 

「――ハァ? 上ってなに? 私一応事務所の社長なんだけど?」

 

 現在個人事務所を立ち上げている。つまり実質的にセンシティが事務所の代表なはずなのだ。

 

『聞き分けてください。今から通信繋げます――『ヤッホー、覚ちゃん。お疲れ様〜』

 

 だが、経営を任せている親友の声を聞いて、センシティが静止する。

 久虜川(くろかわ) 蒔良(まくら)。雄英高校経営科に所属していたものの、小学生の頃からの大の親友。

 一緒にヒーローになろうと約束しながらも、彼女の個性《安眠》は寝ている相手の睡眠をさらに深くする個性だったので、結局雄英ヒーロー科に受からず、そのまま経営科に入ったのだ。

 もっとも、そっちの方が才能があったらしい。現在では、経営面・プロデュース面で覚を支えてくれている。

 

「蒔良……どういうつもり?」

 

『どういうつもりじゃないよ〜。何勝手に他のヒーローと喧嘩しちゃってるのぉ。

 さっきブレイカーの代理から連絡が来てねぇ「今おたくの所属ヒーローと戦ってるからそっちから止めてくれるように言ってくれ」って言われて、こっちはびっくりだよぉ』

 

 ――チッ、余計な事を。

 思わず目の前の男を睨みつけるが、ブレイカーは苦笑しながら首を振る。

 どうやら目の前の彼も寝耳に水だったらしい。

 

『とにかく、戦闘中止〜。じゃないと、覚ちゃんのお給料からブレイカーさんの治療費負担させるからねぇ。

 どうせ、もう怪我とかさせちゃったんでしょう?』

 

「………………」

 

 相変わらず察しの良い親友に、何も言い返せない。

 それが向こうも分かっているのか、溜息が聞こえる。

 

『覚ちゃんとは相性が悪い人だってのは分かってるし、苛立つ気持ちも分かるけど、抑えて抑えてぇ』

 

「……分かった。ただし! 帰ったらご飯奢ってもらうからね!!」

 

『うんうん、何食べたい? ちなみに私、今日イタリアンとワインの気分〜』

 

「……私もそれで」

 

 そう言ってから、センシティは顔を上げる。

 一旦勝負はお預けだと言おうとして。

 だが先ほどまで目の前にいた男は、影も形もなくなっていた。

 

「――ハァ!?」

 

 いまの一瞬でどうやって消えたというのか。慌てて周囲を見渡すが、本当にどこにも姿が見えない。

 ……立っていた場所に、小さな紙切れが一枚置かれていた。

 そこには、

 

 

 

『じゃあね、カワイコちゃん♡』と書かれていた。

 

 

 

 

「………………ルパンかよ!!!!!!」

 

 

 

 無線から聞こえる『なにが〜?』という蒔良の声が虚しく覚の耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 朝というのは清々しいものだ。特に晴れやかな日であったならば。

 しかし生憎、覚は良い気分ではなかった。

 

「……覚。申し訳ないがその口から漏れる溜息を何とかしてくれないか? 食事の雰囲気が悪くなる」

 

 今で2人っきりで食事をしていると、振一郎が小さく溜息を吐く。

 15の時に母が死んでから5年以上一緒に2人で食事をしているが、最近はどこか無気力そうだった娘が感情を発露させるだけの元気さを見せてくれるのは嬉しい。

 だが、それが憂鬱そうだというのがまた気に入らない。

 

「ごめん……でもどうにも昨日の仕事が気に入らなくて……というより、気に入らない男がいて」

 

 気を取り直すように明るく言ってみたものの、やはり気に入らないものは気に入らない。

 そもそもあの後の後処理(というか建物の損害賠償)を押し付けられたのもそうだし、書類は増えるし、蒔良と飲みに言ったら3時間中1時間は口とお説教だったしで散々だ。

 それもこれも、全てあの男。ブレイカーが悪い。

 何とかしてもう一度ぶん殴れないだろうかと心から思っている。

 

「お前の苦労も分かるが、仕事をプライベートに持ち込むな。

 どんな事でも、そういうのは大事だぞ」

 

「なによ、父さんは武術の話する癖に」

 

「私のこれは、仕事ではなく生き方だよ。全てに関わる事だろう?」

 

 あぁはいはいそうですね、とだけ返しながら食事をする。

 ……正直、覚は父が好きではない。

 発展の為生まれ、研鑽の為に生き、伝授の為に死ぬ。

 そんな徹頭徹尾、武術というものにのめり込んでいる父は、覚からすればちょっとした変態のように思えてくる。

 勿論、優しい人だ。情がないとは思わないし、自分も家族として愛している。

 しかし愛している事と苦手としないというのは、イコールという繋がりで結びつく事がないのだ。

 

「まったく……まあ良い。

 今日は家にいるのだろう? ならば、客人がくるから相手をしてくれないか? 私はどうしても出なくてはいけなくてね。少しだけ遅れるんだ」

 

 振一郎の言葉に、覚は顔を顰める。

 

「……私今日はゆっくり休みたいんだけど」

 

「休んだじゃないか。朝食と言い張っているが、今は昼時だぞ」

 

「お酒飲んだからよ……どうしても?」

 

「どうしてもだ」

 

 父の「どうしても」は実質「絶対」だった。

 

「……気の利いた事話せなくて良いなら」

 

 そう言うと、振一郎はこちらを見ずに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 昼食――覚にとっては朝食――を終え、振一郎が出て言ってから、かれこれ1時間が立った頃くらいだろうか。

 家のチャイムが鳴る音が聞こえて、覚は身を整えながら玄関に向かう。

 Tシャツにデニムという気の抜けた格好だが、どうせちょっとしか相手をしないのだから別に良いだろう。

 流石に髪の毛乱れているのはダメだけど。

 

「お待たせいたし――」

 

 慣れない笑みを貼り付けて挨拶をしようとして――顔を見て固まる。

 軽薄そうなイケメン――その顔は、紛れもなく、

 

「すいません、つい時間が余って早く着いてしまいました」

 

 昨日見た分壊ヒーロー《ブレイカー》の顔だった。

 だったので、

 

 

 

「震撃・貫鬼(弱)!!」

 

「ブゴファ!?」

 

 

 

 取り敢えず腹を殴った。

 

 

 

 

 

 

 




50万UA記念!!
いや、まさかここまで皆さんに読んでいただけるとは正直思っていませんでした、と言うと10万の時と同じですが、でもここまで色んな人に愛してもらえるとは思っていませんでした。
これは一応、記念ということも兼ねていますが、前に話したように本編の流れ的にも関係がある話なので、どうか楽しんでいただければ幸いです。

次回! 覚さんがブーブー言うぞ!! 文句言わずに待て!!


感想・評価心よりお待ちしております。

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