我らこそは天が遣い八咫烏(笑)   作:ナスの森

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皆さん、終局特異点「冠位時間神殿ソロモン」お疲れ様です!
それと投稿遅れて済まぬ!

追加投稿予定だった未完成最新話を書き足した物です。


搬送ルート乗っ取り、そして葛藤

――――この星の七割は海で出来ていると、誰かが言っていた。

 

 ……だとしたら、この陸の上で住む生き物たちはその水たまりに浮かぶ孤島に閉じ込められた囚人たちのようなものだと言っていいだろう。

 そして人は尚、国、社会、家族、友人、恋人等あらゆる牢獄に囚われる。……時に自ら望んで。

 人間たちは皆囚人でいたいのだ。そうしなければ生きられぬほど、自由というのは孤独で、心細いものである事を知っている。

 だからこそ人間たちは自由に焦がれるのだ、決して手に入らない冒険小説の宝物のように。

 ……故に生きるということは何かに囚われ続ける事を言うのかもしれない。

 

 だがその理論は何も知らない人物の戯言に過ぎない。

 人が本当に自由を求め、憧れるのは自分が住み慣れてきた『牢獄』が地獄であるからに他ならないのだ。

 生きるから『牢獄』に閉じこもるのではない、生きるから何かに捕らわれ続けるのではない。

 人間は弱い生き物だ。『牢獄』という安住の地を見つければ孤独を恐れるようになり、ずっとそこで人とふれあい続けたいと願い、そこに囚われるようになる。

 人とは元来自由な生き物である。その心地よい『牢獄(居場所)』に一生囚われ続けるか、そんな己に逆らって一生渡り鳥でいるという選択肢だって選ぶ事ができる。

 

 ――――ならば、それすら許されない人達はどうなる?

 

 渡り鳥になるという選択肢も、牢獄(安住の地)に留まるという選択肢も与えられず、ただ支配されるだけの人間はどうなるというのだろうか? 人が真に自由に憧れるのは、自分に平和と安心を与えてくれる牢獄(居場所)が存在せず、そしてそこで暮らしていく選択肢しかない時なのだ。

 

 己の居場所内にすら自由が存在せず、己が望むような牢獄にすら入ることができず、不自由な牢獄(地獄)で生きていかなければならない。

 それでも、例えそうであっても人は自由を諦めない、いや、諦めることなど出来ない。

 どれだけ自分に無駄だと言い聞かせても、もう諦めているつもりでいても、『自由』に対する憧憬を捨てることは絶対にできない。

 

 だから――――

 

 

 

「頭。船の制圧、完了しました」

 

 

 

 

 だから――――

 

 

 

 

「頭。戦闘の際の船の損傷はなし、このままこの船を牛耳ります」

 

 

 

 だから――――

 

 

 

 

「頭……」「頭……」「頭……」

 

 

 

 

(誰か俺をこの牢獄から解放してえええええええええええぇっ!!?)

 

 

 淡々とした口調で、しかし自分をまっすぐに見据えて指示を仰いでくる部下たちを前にし、とてつもない重圧に押しつぶされかかっている朧は、内心でそう叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――濃霧が漂う海上を走行する複数の蒸気船。船の中にいた作業員として雇われた抜け忍達の大勢が錫杖を持った僧服の集団によってその命を刈られ、船の上に残骸として倒れていた。ある者は首を潰され、ある者は心臓を一突きにされ、ある者は内臓に直接ダメージを与えられ見た目無傷のまま死んでいたりなど、様々だった。

 

 その惨状を作り上げた犯人たちは現在、血を流し動かなくなった者たちに代わって船を操作し、ガトーカンパニーの物資搬送のルートを乗っ取っていた。

 

 

「船内にいたものは全て始末しました」

 

「舵を握っていた者も始末し、各隊が乗り込んだ船それぞれに一人ずつ舵を握らせています」

 

 黒い僧服の装束を身に纏い、編み笠を被り、錫杖を手にした者たちが彼らの頭領と思しき男に報告する。

 白い法衣の上に八咫烏の紋章が大きく入った袈裟を架けており、同じく編み笠を被り、錫杖を手にした白髪の男――――朧は彼らの報告を聞くや否や、即座に指示を出す。

 

「こやつ等の死体は衣服をはぎ取った後、重りを付けて海の中に放り込め。重りを付けずに放すと波の国に漂流して我等の所業がばれる可能性がある」

 

「剥ぎ取った衣服を身に着けてこやつ等に成り代わり、ガトー一派の抜け忍を装え」

 

「お前達は船内に飛び散った返り血を拭き取れ。一滴たりとも残すな」

 

「残りの者達は潜入班として私と共に波の国へ入ってもらう」

 

「それ以外の者たちは指示された作業が終了次第、こやつ等に変わって物資搬送を続けろ。搬送の手順は霧隠れの間者から聞いている筈だ」

 

「以上、他の船に乗っている各隊にも同じ指示を伝えておけ」

 

『――――』

 

 朧の指示に無言の返事を返した彼らは、即座に立ち上がり、死体から衣服をはぎ取って身に着けた後各々で指示された行動に移る。

 朧もまた白眼を開き、自分が乗っている船とは別の船に乗っている部下たちの様子を見る。

 ペットの鴉達を通じて自分の指示がうまく他の船の部下たちにも行き届いているようで内心でそっと胸をなでおろす朧。

 

 そうしていたらまた一人の部下が朧に駆け寄ってきた。

 

「頭。海沿いに待機させている部隊から伝書烏が」

 

「見せろ」

 

 腕に烏を乗せた部下から伝書を受け取る朧。

 

 部隊からというよりは、筆跡と文からして骸が朧に当てた伝書みたいだった。

 

 

 

 

『 朧、三代目にガトーの件の事を伝えておいたけど、既に波の国に木の葉の忍たちが任務として派遣されているそうよ。しかもその依頼人がガトーではなくギャングや盗賊たちからの護衛と依頼書に表記して、Bランク以上ではなくCランクの任務として偽わってたみたい。せっかく奈落(私達)が予め木の葉にガトーに対しての注意を呼び掛けていたのに、その依頼人のおかげで全て台無しになった。どうする? その依頼人、標的の狸ジジイと一緒に斬る? 』

 

 

 

 

 

(………………まじで?)

 

 伝書の内容―—筆跡と口調からしておそらく書き手は骸――を読み終えた途端、朧の表情(内心)が一気に青ざめる。

 予想外の出来事に朧は内心であたふたしてしまった。

 原作イベントが起こる前にガトーを殺してしまう事に抵抗はあったが、まさか原作イベントと重なる事になるとは思いもしなかった。

 いや、それよりも重大な問題が立ち塞がる。

 

(確かに……普通に考えればその依頼人、多分タズナさんだろうけれど、許される事じゃないよなあ。だけど……)

 

 原作知識を振り絞って朧は考える。

 確かにタズナがした事はたぶん相手が木の葉でなければ決して許してもらえないだろう。これが霧隠れとかだったりしたらまず首が飛んでるといってもいい。

 

(タズナさん、物語の後半でちゃんとお詫びとして木の葉の復興に助力してくれるし、そのフラグを潰すのはちょっと、いやしかし……)

 

 だがそれはあくまで原作知識ありきな考えであって、周りの部下たち(特に骸)が納得できるような理由付けをしなければならない。

 しかも奈落は予めガトーに対しての要注意を呼び掛けていたにも関わらず、そのタズナが依頼内容にガトーがかかわっている事を表記せずに偽ったおかげで奈落の呼びかけが無駄になり、しかも行く先で木の葉の忍が介入してしまった事により、自分たちの手筈もかなり変更しなければならない羽目になったのだ。

 最悪、ただでさえ表向き仲の悪い木の葉と奈落の関係が更に拗れる可能性が出てくる。それを抜きにしても国の国力に当たる機関に偽りの依頼をする事は普通に犯罪である。

 木の葉が舐められているとみなされ、同時に同じ国の勢力として属する奈落も間接的に舐められているとみなされる。

 

(くそっ、擁護できる要素が見つからない! 詰んでんじゃねえこれ!? 一体どうすればいい……)

 

 里の問題に奈落は基本的に介入しないという暗黙の了解に乗っ取って何とか出来ないかとも考えたが、そもそもこの件にはそれをなしにして奈落ががっつり絡んでしまっているため、どの道にタズナを擁護する事は出来ない。

 

「『其方に一任する』と返しておけ」

 

 結果、朧は考える事をやめた。

 懐からみれば信頼できる部下に任せているように見えるが、その実組織の副官に責任を押し付けるだけのダメ頭領である。この男、早くボロを出して奈落をやめてしまった方がいいのではなかろうか。

 

 懐から取り出した白紙に朧に言われた通りの事を書いた部下は、再び烏に伝書を持たせて海の上に放った。

 

「波の国に入るまで時間はまだある。その内にお前も指示された事をしておけ」

 

 朧がそう言うと部下は何も言わずに種を返し、指示された作業に戻った。

 

(はぁ~、どうしてこんな事に……)

 

 一人になった朧は表情を変えずに内心でただただ項垂れた。

 まず……ガトーの波の国を乗っ取るに至る動機が原作よりも明らかにスケールの高いものとなっていた。それ故に各国に散らばる人員を集中させていると来た。

 本心を言うのであれば、朧はあまり波の国、もっと細かくいうのであればガトーにはあまり手出ししたくなかったのだ。原作知識を持つ者として、そして何より一国に仕える組織の頭領として。

 もし奈落がガトーを仕留めるといった事態が起きれば、ナルトが大きく成長するきっかけを与えたイベントがなくなってしまう。

 またガトーは乗っ取りという形ではあっても、周辺諸国をまとめる存在として必要悪みたいな側面もあったのだ。よしんばガトーを討った所で、彼が乗っ取っていた国の住民たちが彼の手から解放されたとしても、そこで状況がよくなっていくかと問われれば答えはノーである。今まで奴隷同然の生活を強いられてきた人間たちが解放されていきなり自由になった所で、彼らはそこから何をすればいいかなんて、余程の指導者がいない限りは見つけられないだろう。

 故に残念だと思う。

 

 火の国に手出しさえしなければ、彼の命はまだあったかもしれない。

 だが、それはもう遅い。

 

 これより、あの波の国の陸地が、彼らの首切り台となるのだ。

 

 

 

 

 

「せめて、我らの刃でその罪裁いてやろう。天に刃を向けし咎人よ」

 

 

 

 

 

 未だに見えぬ大地を見据えながら、朧はそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当は現実逃避がしたくて何となくかっこいい台詞を言ってみただけだった。

 

 

     ◇

 

 

 ――――ガチ、ガチ、ガチ、ガチ

 

 手が震える。

 時計の針が刻むリズムよりも早く、心臓の鼓動よりも早く、ナルトの手は寒気を覚えた赤ん坊のように震えていた。

 仕方のない事だ。

 こんな世の中なら誰だって責めたりはしないだろう――――そんな事は分かっている。

 

 それでも、ナルトの手は震えていた。

 あの徹底抗戦で自分の担当上忍が何とか助けに入ってくれたおかげで自分達七班は九死に一生を得て助かった。

 非常に喜んだ。

 これほどまでに『生きている』という事を喜んだのは今日が初めてだった。

 里の大人たちから迫害され、同い年からの子供たちからははぐれ者にされ、生きる価値が見いだせなかった己に対してその価値を与えるかのようにして、己の命を削ってまでして努力してきた少年は、『生きている』喜びという物を実感した。

 あれほど敵視していた筈のサスケとの連携も上手く行っていた……サクラはともかくとして。

 担当上忍、はたけカカシが散々言っていたチームワークも重視した上であのガトーの抜け忍達を相手に耐える事が出来たのだ。

 チームワークを持ってして自分、仲間たち、そして護衛対象の命を繋ぎ止める事が出来たのだ。

 そこは、素直に喜べた。

 

 それでも、それでも――――

 

 ――――ガチ、ガチ、ガチ、ガチ

 

 それでも、身体の震えは止まらない。

 仲間は無事生還し、チャクラ切れ倒れた担当上忍も未だまともに動けないとはいえ、あの鬼人を相手にしてギリギリ勝利を収めて生還してくれた。……未だに安心できる状況ではないが。

 

 ――――ガチリ、ガチリ、ガチリ

 

 それでも、身体の震えは一向に収まらなかった。

 痙攣するかのように震える。

 

 何故、ナルトがこのような状態に陥っているのかというと、元を辿ればそれは昨日のガトー一派の抜け忍達の戦いだった。

 数は圧倒的に向こうが有利で、しかもこちら下忍に成りたての子供三人と護衛一人。

 幸いな事に、相手はそれで手を抜いてくれたのかそれを突いたサスケが敵を一人ずつ確実に倒していき、敵も段々と油断しなくなっていったのだ。

 そしてついにサスケがピンチに陥り、サクラが何もできずにオドオドしている中で、ナルトが多重影分身の術を使ってサスケを掩護し始めたのだ。

 初めての実戦であるにも関わらず、ナルトとサスケのコンビネーションはさながら“兄弟”と言っても差し支えない程の連携を発揮した。

 時にはナルトの影分身たちがサスケやサクラやタズナに変化したり、またはサスケがナルトに変化してナルトの影分身達に紛れ込んで敵を混乱させたり。

 そこから様々な連携による奇襲を繰り返して、四人は何とかガトー一派の抜け忍達を相手に耐えていたのだ。

 

 気持ちがよかった。

 仲間とちゃんと連携し、上手くやっているという感覚をナルトとサスケは互いに感じていた。

 仲間と気持ちを通わせ、その連携を以てして相手を上回るというのはこれ以上にない気持ちよさがあった。

 

 だがそれでも有利になったという訳では決してない。

 状況は未だにじり貧であり、極め付きにはお荷物が二つもあったのだ。

 初めての“戦場”でどう対応したらいいのかわからないサクラ、ただの護衛対象で何の戦闘能力も持たないタズナ。

 いくら影分身や変化で誤魔化していたとしても、その動きまでは誤魔化せなかった。

 断じて二人が悪い訳ではない。むしろ初めての“戦場”の中でこれほどの連携の動きを見せる二人が異常なだけなのだ。

 

 相手とて中忍以下となれど、中にはそれなりの経験を持った忍だっている。

 それぞれがバラバラの里の出身であったがために連携が皆無であったため、その面でナルト達は上回る事が出来ていた。

 だが、中には連携が皆無などころか知るかと言わんばかりに突っ込む同業者を利用し、あえて後ろから傍観して動きを見極めんとする輩も当然出てくる。

 

 まずはナルトの影分身に紛れていたサクラを発見したその忍は一直線にサクラへと肉薄。懐から取り出した暗器でサクラの喉元を掻っ切ろうとしたのだ。

 運よくもこれに気付いたナルト。

 余りある影分身の内の少数をサクラの懐に向かわせるも、ある程度の手練れであったソレはナルトの影分身を次々と蹴散らし、サクラの懐に迫る直前。

 

 間一髪間に合ったナルトの本体の苦無が、その忍の喉元を突き刺していたのだ。

 

 念を入れた影分身の数と、サスケの掩護があったが故の芸当だった。

 故に、この芸当はナルト個人によるものではなかった。

 しかし、それでもナルトはそれをやってしまったのだ。

 

 ――――この手で直接、人を殺してしまったのだ。

 

 後々成長した彼が獲得するであろう螺旋丸や螺旋手裏剣などによる大技の術によるものではない。

 まだ人も殺したことない幼いナルトが、この手で、刃物という凶器そのもの、人の喉元を突き刺し、その命を“直接”絶ったのだ。

 

 ――――ガチガチガチガチ……

 

 体の震えと共に歯ぎしりも激しくなる。

 今でも鮮明に思い出せる。

 赤い液体が己の手と腕と顔に飛び散るその瞬間を、飛び散ったその感触を、ナルトはまるで未知の恐怖に蝕まれるように覚えていた。

 

 突き刺した当初は、その動揺も一瞬だった。

 突き刺した敵以外にも倒すべき者はたくさんいたのだし、カカシが助けに来てくれるまでの間、ナルト達は粘った。

 粘って、それが終わって、そして先ほどの動揺が、今度は鮮明なトラウマの光景として脳裏に映し出され、明確な恐怖に変わっていたのだ。

 

「なんで……」

 

 震えていた唇がようやく開く。

 先ほどの光景を何度も、何遍も思い起こしながら、まるでヤケクソで向き合うかのように、無理やり自分を奮い立たせる。

 己の心理にすら、ナルトは虚勢を張らずにはいられなかった。

 

「なんで、俺ってば……」

 

 こんなに怯えてるんだ、と続ける。

 ――――人一人殺した所で、どうともないと思っていた。

 所詮、同じ人間といえど敵は敵。

 そんな敵に恐れずに立ち向かって次々と倒していく姿を笑顔で思い浮かべていたあの日の自分は何処にいったのか?

 いずれあの人のように、国に仇名す逆賊を次々となぎ倒していって、いずれあの人の隣に立つ事を夢見ていた自分は何処へいったのだ?

 

「なんで……」

 

 繰り返し呟く。

 ふと己の手の平を見返す。

 昨日付いた返り血はとうに綺麗さっぱりふきとられており、その形跡は微塵もない。……ないのに、幻視してしまう――――赤く染まった己の手を、否が応にも。

 続けて思い出してしまう、あの喉元を突き刺した時の感触を。

 その度にナルトの身体は痙攣するように震えてしまうのだ。

 

「なんでだってばよ!?」

 

 座って壁に寄りかかりながら、ドン、と地面を叩く。

 

「くそっ、くそっ、くそぉっ!」

 

 言いながら、何度も何度も地面に拳を叩きつける。

 砂埃が舞い、ナルトの目に幾粒かが入り込む。

 眼に軽い痛覚が襲うものの、それに構わずナルトは地面に拳を叩きつける。……この間と同じように手が血に濡れようとも、それでもナルトは拳を叩き続けた。

 

「くそぉっ!」

 

「そこまでにしておけ」

 

 最後の渾身の一発を叩きつけようと振りかぶったその腕は、何者かの手によって掴まれた。

 その聞き覚えのある声の主に、ナルトはゆっくりと顔を向けた。

 

「まったく、ここから命に関わる任務だって時に何をやっているのさ」

 

「カカシ先生……」

 

 声の主の名を呼ぶナルト。

 両手に持っていた松葉杖の内の片方を手放し、ナルトの手を掴んでいるその人物はナルトにとっては頼れる人物でもあった。

 覆面の男、自分達第七班の担当上忍であり、その相も変わらず妙に気だるげな感じの雰囲気を漂わせるカカシを見たナルトは、何故だか妙な安心感に包まれ、幾ばか精神が落ち着いてきた。

 こういう時の大人の安心感という物は不思議な物である。

 

「いつもなら一番ヤンチャである筈のお前が、あの木登り修行中どこか大人し気でぎこちなかったもんでな。……まあ、何があったか、大方予想は付いてる」

 

「……」

 

 ――――ああ、やっぱりこの人にはお見通しだってばよ。

 ナルトは何処か諦めたようにそう思いながら、地面に顔を向けた。

 

「隣座るぞ。……それでどうだった、初めて“直接”人を殺めた気分は?」

 

「……ッ!?」

 

 松葉杖を壁に掛けて隣に座ったと思いきや、気だるげな雰囲気を保ちつつもどこか鋭い目付きでナルトに問うカカシ。

 そのあまりにも直球な質問にさすがのナルトの面食らってしまった。

 

「……」

 

「だんまり、か。まあそうなるわな」

 

 相変わらず何を考えているのか分からない顔でカカシは、地面を見続けるナルトとは対照的に星空を見上げる。

 ……夜天に見える星々は、それはまあ美しかった。

 

「ナルト。お前が今感じている事は、忍びであれば遅かれ早かれ誰もが通る道だ。忍として、生きていく以上はな」

 

「……じゃあ、サスケとサクラちゃんも?」

 

「いずれな。今回はまあ、運が悪かったとしか言いようがない」

 

 此度の戦いにおいて、サスケとナルト達が重視していたのは“敵を殺す事”ではなく“タズナを守る事”にあった。

 しかもそこに初めての実戦で動けなかったサクラが加わっていたため、状況は非常に厳しかったと言えた。

 故に、サスケ達の戦法は自然に敵を倒す事ではなく、敵を迎撃する事になる訳だ。

 否、それを抜きにしても子供の腕力や脚力だけで大人たちを殺せる筈もない、せいぜい気絶がいい所だろう。

 

 故に、その中でナルトは運が悪かった。

 腕力や脚力だけなら殺せなくとも、刃物で急所を突けさえすればそれは致命傷となる。

 そして相手は己の腕力や脚力だけでは到底止まらない相手だった。

 知ってかそうでなくてか本能的にそれを理解したナルトは、咄嗟に苦無という凶器を取り出して、投げるのではなく、直接突き刺したのだ。

 忍術や投擲で中距離から射殺すのと、直接手にかけて殺すのとでは感じる“重み”は数倍も違かろう。

 今回はその役目を、運悪くナルトが請け負ってしまったに過ぎなかったのだ。

 

「……」

 

 納得できない、と言った様子で黙り込むナルト。それに対してカカシが言えることは何もなかった。

 運が悪かった、それだけで済ませられる程本人にとっては軽くはあるまい。

 だが、これは本当によくある話なのだ。

 カカシの知り合いの忍の者達の中でも今のナルトと同じような状態に陥った者は数多くいた。忍術や手裏剣で殺せたのだから、“直接”手にかけても大丈夫だろうと高を括っていた最中に、それを味わってしまった。

 人を殺す感触が残らない忍術、手裏剣術。人を殺す感触を味わう近接武器。両者の違いを身を以て思い知った者達。

 覚悟を決めて尚、その道を突き進む者もいた。人を直接殺した恐怖に耐えきれず、医療に逃げ込む者もいた。はたまたそのまま忍者をやめる者だっていた。

 とにかく、様々な者達がいたのだ。

 そんな事を話すカカシに対し、ナルトは悲し気に笑いながら言った。

 

「へへへ。何だ、忍の世界ってこんなつれえ物だったんだな。てっきり、敵をぶっ倒し続けて手柄上げ続けて、それでもう認められりゃそれでいいんだって……そう思ってたってばよ……っ!」

 

「……」

 

 かみ殺して言うナルトの言葉を、カカシはただ黙って聞いていた。

 ナルトは他の二人よりも早く知ってしまった。

 ――――命を直接手にかける辛さ。

 ――――『生きる』という喜び。

 ――――『生きる』という残酷さ。

 人が生きるという事は、他の誰かの命を大なり小なり奪っているという事なのだ。それが無意識であれどうあれ。

 

「とりあえずナルト、この悩みは一旦置いておけ」

 

「カカシ先生?」

 

 壁に掛けていた松葉杖を再び手に取って立ち上がるカカシ。そんなカカシを見上げるナルト。

 

「四六時中任務でそんな事を考えていればそれは命取りになる。それは下手したらチームワークにだって影響が出る」

 

「――――っ、カカシ先生、でも……!」

 

「お前は自分の失態でサスケやサクラを死に追い込みたいのか?」

 

「……っ!!? それは……」

 

 カカシの言葉に言い淀むナルト。

 カカシは内心で溜息を吐き、このナルトという少年に感心していた。

 正直、あれだけの虐待を受けておきながら他人の命を奪う事に拒否感を感じる事ができるのは奇跡としか言いようがない。

 

「お前のそういう所は美徳だと俺は思ってるよ。だけど、任務中の余計な気の迷いは己、もしくは仲間の死に繋がる。辛いようだが、分かるな?」

 

「……」

 

 言われて、ナルトは思い出す。

 ――――あれだけ、仲が悪かった。

 なのに、そんな嫌いな奴と、あんないけ好かない奴との距離が縮まっている事を感じていたナルトは、心の何処かで嬉しかった。

 友達、というにはまだ早すぎるかもしれないが、連携という形で少しでも心を通わせる事ができたのが嬉しかった。

 そんな初めてできた仲間を失いたいなどと思うだろうか、いや思わない。

 

「悩むのは後からいくらでもできる。その時は俺もできる限り相談に乗ってやるさ。そのためにも、今は全員で生きて還る事を考えろ」

 

「……」

 

 ナルトにそう言い残してカカシはタズナの家へと入っていく。

 入っていく途中で、カカシはナルトの事について考えていた。

 

(この任務が終わった後、悩んでどうするかを決めるのはナルトだ。悩み続けるのもいい。覚悟を決めてしまうのもいい。いっそ忍者をやめてしまうのもいいだろう。だが……)

 

(それでも、お前は折れないと俺は信じてるよ)

 

 かつての師の忘れ形見であるナルトを暖かい眼差しで一瞥した後、カカシはタズナの家の布団の中に身を沈めた。

 

 

     ◇

 

 

 火の国と波の国と向き合った海沿い位置する港にて、彼らはいた。

 黒い僧服、手には錫杖、腰には刀を差し、それぞれ身体の部位に八咫烏の入れ墨が入れられた集団だった。

 皆、三度笠を被って顔を隠し、僧の恰好をしながら武装しているその様は正に得体の知れない集団そのものだった。

 更にはそれだけでなく彼らの頭上では、無数の烏が足に伝令の書いた紙を巻きつかせながら各グループにそれを万遍なく通達していた。

 彼らの統率は完璧だった。

 一切のズレ、一切の乱れのない動きと整列を以て海の浅瀬に巨大な巻き物を広げては浮かせている。

 その巻物を広げながら海に浮かせ、何かの準備をしているようだった。

 一つのグループの者達が親指から血を出し、広げた巨大な巻き物に一斉にその血を垂らしてソレを発動させた。

 

――――口寄せの術

 

 全員がそう念じると同時、巻き物の上から巨大な蒸気船が現れた。

 船の上には天守閣のような建物が建てられており、所謂「城船」というべき形を持った蒸気船だった。

 それに続くようにして並んでいた巨大な巻物から次々と同じ形の船が出てくる。

 彼ら、暗殺組織・天照院奈落の専用船として製造された船たちが今、一斉にこの船の上にて次々と現れていた。

 次にその船に石炭の燃料を入れたり、何か不備がないかを各グループで点検していた。

 

「一番隊。点検に不備なし。石炭準備よし」

 

「二番隊。同じく」

 

「三番隊。同じく」

 

「四番隊。同じく」

 

 各部隊の隊長が一斉にある箇所に集まり、報告していた。

 その場所は大凡この港を見渡せるほどの高さを持った崖の上、そこにて部下の報告を受けている一人の女性の姿があった。

 他の奈落の隊員たちと同じように黒い僧服を身に纏い、他の者達と違って錫杖を持たぬ代わりに、片手に長鞘の日本刀を持った美女がいた。

 黒い長髪、素顔を三度笠で隠し、異様な雰囲気を放つ女性だった。

 

「ご苦労。出航合図まで待機してて」

 

 女性がそう指示すると同時、各部隊の隊長達は一斉に散開し、元のシフトに戻る。

 彼女の足下にある崖の斜面には大量の烏が止まっており、この烏を使役して彼女は各部隊に指令を出していた。……最後の出航準備のみ各部隊の隊長が直接赴いて報告する事になっていたが。

 

「っ!」

 

 ふと、何かに気が付いたのか彼女は空を見上げる。

 ……一羽の黒い烏が羽を羽ばたかせながら女性、(むくろ)の元へと目指して飛んできたのだ。

 その烏を視界に入れた骸は即座に刀を持っている方の腕を前方にかざし、そこに飛んできた烏を止まらせる。

 その足には、伝書が巻き付いていた。

 巻き付いた伝書をもう片方の腕にて器用に解き取り、その内容を見た。

 

『其方に一任する』

 

 それだけ。たったの一文それだけだった。

 骸はご苦労、と懐から餌を取り出してソレを烏に与えた。

 カー♪、と嬉しそうに餌を嘴でキャッチした烏はそのまま骸の足下の崖の斜面で休憩を始めた。

 

「……決め兼ねてるのね、朧」

 

 伝書の一文で自分の上司の心情を察した。

 予想通りといえば、予想通りだった。

 いくら向こうの依頼人が偽りの依頼を出して、そのおかげで此方(奈落)の計画にまで支障をきたすとなれば、殺す以外に選択肢などあるまい。

 それは向こう(木の葉)にしても同じ事だろう。

 いくら恵まれた土地から来る風評で「甘ちゃん」と他里から罵られているとはいえ、仮にも忍五大国の一が保有する忍里だ。

 偽の依頼を出されるのは、もう舐められてるのも同然と見るべきだ。

 即刻依頼人も狸ジジイ(ガトー)ともども切るべきだと骸は断じている。

 だが、問題なのは――――

 

(三代目だったら、許してしまいそうなのが怖いわね)

 

 怖い、というよりは嘲笑うように言う骸。

 

(ふざけないで……)

 

 故に、骸は内心で憤る。

 思う通りに三代目ならば本当に偽の依頼を出されても、「貸し」と言っておいて、許すのも同然の発言をするのは目に見えている。

 ――――なら、コチラの言い分はどうなるの?

 偽の依頼人は殺すべきだ。いや、これが他里であるのならその依頼人はとっくに首を刎ねられているに違いなかった。

 それが未だに存命しているなど、三代目の甘さにはほとほと呆れる。

 彼女の上司である朧だって、内心で切る事に賛成しているかもしれないが(※してません)、結局は三代目次第となる。

 ――――なるほど、朧が自分に判断を委ねてくるわけだ。

 何故なら、現在三代目、ひいては木の葉に一番近い位置にいるのは骸が率いる部隊であるからだ。

 もしこれで依頼人の命を助ける選択を選んでしまえば、舐められるのは木の葉ではなく――――

 

(他の者ならともかく、貴方は、貴方だけは舐められてはいけない!)

 

 彼がどれだけ己の命を削って今の地位にいると思っているのだ。

 そんな彼の努力を、米粒一つ分でも無駄にするような奴らを、骸は決して許さなかった。

 

(朧……馬鹿な人、私の、運命の人……)

 

 あの頃から、ちっとも変わってない。

 あの時も、骸がダンゾウに目を付けられている事を危惧して、自身がそれ以上にダンゾウに目を付けられているであろうにも関わらず自分で……。

 今だって、あの水影と青という男に写輪眼を見せないようにと、表面上はただ上司として忠告しているにも関わらず、その実骸の事を心配してくれるのが丸わかりである。

 水影と青については何故そのような事を言ってきたのか分からなかったが、十中八九骸の事を思って言ってくれていたのが彼女には丸分かりだった

 ……昔から、不器用で、優しい人なのだ。

 

 彼に命じられるのであれば、如何なる叛逆者の首だって取ろう。

 大陸の向こうにいる大名の首を刈れと言われれば、すぐにでも狩りに行こう。

 彼が望むのであれば、彼の人生の根底を狂わせた日向一族ですら根絶やしにしてみせよう。

 更にドーナッツを大量にサービスしてくれるのであれば、一族郎党の首全てを持ち帰って、並べて見せよう。

 

 故に、その偽の依頼を出した叛逆人は――――

 

「……」

 

(どの道、殺るにせよ、殺らないにせよ。筋を通しておく必要はある)

 

 刀の鍔を鞘から押し出し、そこから刀の刀身の根本が少し顕になる。

 

「――――そうでしょう? 命知らずの依頼人(叛逆者)さん?」

 

 根本の刀身には、まだ見ぬ獲物を見定めるように光る、三つの黒い勾玉模様の入った赤目が映っていた

 

 

 




うちはだし、ま、多少はね?

天照院奈落のどんなところが好き?

  • 錫杖を使っているところ
  • 弓を使っているところ
  • 装束が好み
  • 単純に朧が好きなだけ
  • 全部

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