我らこそは天が遣い八咫烏(笑)   作:ナスの森

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前話までの誤字報告、感想ありがとうございます。
最新話をどうぞ。


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 ナルトは何も五年前のあの出来事の直後から奈落入隊の夢を持ち始めたわけではない。

 自分を認めない木の葉の里の住民達を見返してやりたいという気持ちは今でも残っていないというわけではないのだ。

 火影になれば、里の奴らも自分を認めてくれる――だから、必死こいてでも火影になることを夢見ていた。

 あの出来事――偶然通りかかった奈落の首領に助けられてからも、火影への夢は持ち続けていただろう。むしろ一層夢への熱意を深めたといってもよい。

 自分の面倒を見てくれた三代目火影とは違い、表舞台で堂々とナルトを身を挺して助けてくれた彼ら。最初は部下に自分の腹の妙な模様に向けて刀を突き立てさせたりして怯えた記憶があるが、それでも彼らは里の住民たちの矛先を自分から逸らしてくれた。わけあって彼ら、天照院奈落という組織は里の住民から嫌われていたようであったが、何故嫌われているのかは未だにナルトは理解できないでいた。そもそも、自分が迫害される理由すら当時のナルトは知らなかったので、そこについては言わずもがなといったところであろう。

 とにかく、たかだか一度助けられたくらいで簡単に自分の夢を変える程ナルトは柔な性格ではない。むしろ、ナルトは精神的な支えを経て、いっそう火影への熱意を強めた。

 一時とはいえ、身を挺して自分を助けてくれた人たちがいたという事実は、ナルトの心の中の強き柱として刻まれた。

 あの後、ナルトは三代目の所へ乗り込み、彼らのことについて問い詰めた。

 

『じっちゃん! あの変な黒い格好をした人たちは誰だってばよ!!』

『変な格好って・・・・・・仮にも大名直属の者らの装束じゃぞ・・・・・・』

 

 そう叫びながら乗り込んでくるナルトに対して、三代目火影・猿飛ヒルゼンはため息をついて呆れる。確かに木の葉の里やその他の里が着る忍装束とはかなり毛色が違う格好なのは確かであるのだが。

 呆れつつも、はしゃぐナルトに対してヒルゼンは彼らのことについて少しだけ教えた。曰く、「里の者ではない、国直属の忍組織の者達である」、と。そしてナルトを助けた彼はその中でも最強の使い手として知られる、組織を束ねる頭領であると。

 名は、(おぼろ)というそうだ。

 

 組織の名は、天照院奈落と呼ばれるものらしい。当時のナルトはうまくその名を覚えられず、とりあえず「ならく」と呼ぶことにした。

 組織の細かいところまでは教えられなかったが、とりあえず、ナルトは自分が思っていたよりも随分と偉い人に助けられたということがわかった。

 

『決めたってばよ、じっちゃん! オレ、火影になってえらくなったら、今度はオレがあの人を助けるってばよ!』

 

 拳を掲げて宣言する幼いナルトに、ヒルゼンは優しく微笑み、「そうか」とだけ返した。

 ナルトが火影を目指す理由が一つ増えた。最初は自分を認めない里の者達を見返してやることだけだったが、新しく自分を助けてくれた人たちに恩返しをしたいと思ったのだ。

 

 その直後であっただろうか。

 急に、ナルトの、火影に対する熱意が冷めていったのは。

 

 あの後すぐだった。

 里の人間たちの自分に対する実害は目に見えて少なくなった。未だに陰口を叩かれることもあったり、怒鳴られることはあれど、直接手を出されることはなくなった。

 里の店に入れば拒絶の意は見せられるものの、店から蹴り飛ばされるということはなくなった。

 幼いながらも自分を助けてくれた恩人の影響を実感したナルトが自分の火影になりたいという夢を再確認した、その時だった。

 別の誰かが、自分と同じように陰口を叩かれたり、周囲から拒絶されているのが目に入ったのだ。

 その人たちに、ナルトは見覚えがあった。あの日、揃ってナルトに暴力を振るっていた里の大人達だった。ナルトを助けに入った朧に言い負かされた里の大人達。

 その大人達が、以前の自分と同じように、同じ里の者達から虐められていたのだ。

 

 迷わず、ナルトは助けに入った。

 相手は自分を虐めていた里の人間だ。それは十分に分かっていた。

 それでも、虐められる気持ちと辛さが分かっていたからこそ、ナルトは助けに入ったのだ。

 虐めていた方の人間は、ナルトが入り込んでくるや否や、苦い顔をしながらも立ち去っていった。去り際に陰口を叩かれたりしたが、そんなものは既に慣れっこだった。

 意に介さずにナルトは虐められていた里の人間に手を差し伸べようとした。

 

 しかし。

 

『化け狐が! オレに触るな! お前が、お前さえいなければ、アイツらさえいなければ、俺は・・・・・・こんな事には・・・・・・ッ』

 

 返ってきたのは、拒絶。

 ナルトの手を振り払った里の人間もまた、ナルトから逃げるように去って行った。

 

 しばらく呆然とするナルト。

 立ち止まりながら、ナルトは里の人間たちについて思い返していた。

 まるで、自分の代わりになったかのように、今度は自分を虐めていた里の人間たちが、虐められる側に回っていた。

 だから、今度は自分を助けてくれたあの人のように、自分が助けると決意して、この有様だ。

 

(――ああ、なんだ)

 

 胸にせり上がっていた熱が、次第に失われていく。

 気がつけば、膝をついたまま、うまく立ち上がることができなくなっていた。

 拒絶された悲しみではなく、空しさに項垂れた。

 

 胸の内の想いは消え去り、(うつろ)だけが残った。

 

(別に、オレでなくてもよかったんだってばよ・・・・・・)

 

 里の人間たちが、自分に揃いも揃って「化け狐」と呼んでいたのを、ナルトは思い出す。

 別に自分が化け狐と罵られる謂われは知らないが、ともかく里の人間たちはその「化け狐」が憎いのだろうということは、頭のよくないナルトでも分かった。

 それが自分の腹の中に封印されている化け物のことをさしていたのだと知るのは、まだ五年も先のことであった。

 

 それでも、当時のナルトには分かってしまったのだ。

 里の人間にとって、忌むべき「化け狐」は()()()()()()()のだと。

 ただ己の鬱憤をぶつけられる、都合のいい「化け狐」がいればそれでよかったのだ。

 本当に憎むべき本物の化け狐には立ち向かう勇気もない。

 いや、化け狐でなくてもいい。ただ憎しみを吐き出せるナニかがあれば、何でもよかったのだ。

 

 そんな奴らに、今まで認めさせようとしていた自分が、とてつもなくバカに思えてきてしまった。

 自分を認めない里の人間たちを見返す――ナルトの火影になりたいという夢の大本の部分を占めていた理由が、失われた瞬間であった。

 だが、まだ理由は残っていた。だがその理由単体では、火影への夢にはたり得ない。

 

 なぜなら、火影にならなくても、それを叶える方法があるのだから。

 

『ならく・・・・・・』

 

 虚空を見上げて、ナルトは呟く。

 

 そうだ。火影でなくても、あの人の隣に立てれば、あの人に役に立つことはできるのではないか。

 ナルトは思いを馳せる。

 国の忍として全国を駆け回り、手柄を立て、やがてあの人の隣に立っている自分を。

 あの変な黒い格好をした成長した自分が、あの人の背中を守っている姿を、夢想した。

 

 (うつろ)になった胸に、再び熱が戻ってくる。

 ナルトの熱い目は、既に里ではなく、国の中心にいる彼へと向けられる。

 

『・・・・・・よしっ!』

 

 思い立ったが吉日。

 拒絶されたショックなど嘘のように消え失せ、ナルトは火影邸に乗り込み。

 

『じっちゃん!! オレ、じっちゃんのいってた“ならく”ってところに入りてーんだけど、どうすりゃあいいんだってばよっ!?』

『ブふぉっ!?』

 

 乗り込むや否や、そんな爆弾発言をかましてくるナルトに、驚きのあまり呑んでいた茶を吹き出してしまうヒルゼン。

 火影への夢を改めて自分に語った昨日の今日でこれである。

 一体ナルトに何があったのかをヒルゼンは小一時間問い詰めたくなるのであった。

 

 

     ◇

 

 

 

 時と場所は打って変わってタズナ達の家では、カカシ達率いる第七班は現在、テーブルの上でツナミが淹れてくれた茶をご馳走になっていた。

 決して狭くはない家内だったが、心なしかそれよりも広く感じてしまうのは、果たして自分の気のせいだろうかと、カカシは思った。

 その理由を知るきっかけを、カカシの部下であったサクラが作ることとなった。

 

「あの~。なんで破れた写真なんか飾ってるんですか?」

 

 両手を後ろに回しながら、サクラが壁に飾ってある写真の前に立ち止まり、タズナに聞いた。7班の依頼主であるタズナ、娘のツナミ、そして息子のイナリが笑顔で写っている。

 イナリの左側にタズナが、右側にツナミが、それぞれ小さいイナリに合わせるかのようにかがみ込む体勢で写っていた。ここまではまだ普通の家族写真のように見える。

 だが、写真に写っている人影はタズナやツナミ、イナリだけではなかった。

 もう一人、イナリの頭の上に手を乗せ、撫でている人物が写っているのだが、その人物の顔が写っている部分が写真の左上からかけて破られていたのだ。

 体つきからしておそらく鍛えられた成人の男性だということがみてとれた。

 

「イナリくん、食事中ずっとこれ見てたけど、なんかうつってた誰かを意図的に破ったって感じよね」

 

(・・・・・・サクラ、そこは多分触れちゃいけないところだと先生は思うぞー?)

 

 内心で部下にそう突っ込みつつも、カカシもやはり気になっていたのか、タズナたちを一瞥する。

 そこには、表情に影を落とす家族三人の姿があった。

 タズナは深刻そうな顔で視線を下に、ツナミは食器を洗う手を止め、イナリに至っては俯いて表情を確認できない。

 

「あ・・・・・・」

 

 そんな三人の重い空気を感じ取り、サクラはようやく己の失言を自覚する。

 木登り修行に明け暮れていたナルトやサスケとは違い、一日中護衛としてタズナに付き添っていたサクラは、二人よりも多くこの国の現状を目撃している。

 活気のない町民たち、店とは名ばかりのほとんど何も置いていない店舗、路上の隅で座り込んで寝ているボロボロな姿の子供、平気で盗みを働こうとするもの。

 とにかく、この国の町民は皆貧困に苦しみ、活気は消え、諦めと絶望に満ちていた。

 さっきまでツナミが出してくれた料理を遠慮なく吐いては食べているナルトやサスケはその事情を深く知れず、故にカカシ以外にサクラの失言に気付けたのは他ならぬサクラ自身のみだった。

 

「ご、ごめんなさい。やっぱりなんでも・・・・・・」

「いいのよサクラちゃん。その人は・・・・・・私の夫よ」

 

 一瞬、食器を洗う手を止めていたツナミがサクラを慰めつつ、答える。

 

「・・・・・・かつて・・・・・・国の英雄と呼ばれていた男じゃ・・・・・・」

 

 タズナがそう口ずさんだ瞬間、突然席を外すイナリ。

 そのまま食卓から立ち去り、ドアを開けて部屋から出て行ってしまった。

 バタンッとドアが思いきり閉められたことから、口は動かずとも相当感情的になっていることは誰がみても明らかだ。

 

「イナリ!」

 

 ツナミもまた慌ててイナリの後を追うように部屋から出て行く。

 しばしの沈黙。

 気まずそうに、サクラは二人が出て行ったドアを見つめ、自分も追った方がいいかと思い悩んだが、カカシが首を横に振り、暗に「そっとしておいてやれ」と伝える。

 

「カカシ先生・・・・・・」

「・・・・・・イナリの前で、アイツの話をしようとすると決まってああなるのじゃ・・・・・・」

「何か、ワケありのようですね」

「・・・・・・ああ。イナリの前で言うのは気が引けたが、それでも、儂はお前達に話す義務があるじゃろう。わし等家族が、こうなってしまった理由(ワケ)を・・・・・・」

 

 間に沈黙を置き、すぅっと息を吐いたタズナは話し始める。

 

「イナリには血の繋がらない父親がいた。超仲がよく本当の親子のようじゃった。あの写真のように、あの頃のイナリはほんとによく笑う子じゃった」

 

 破れた写真を見上げ、懐かしそうにタズナは語る。

 

「・・・・・・しかし・・・・・・しかしッ」

 

 タズナの体がプルプルと震え始める。

 ポトリ、とタズナの頬を伝ってソレは食卓の上に垂れ落ちた。

 タズナは、悔しそうな表情で涙を流しながら、続けた。

 

「イナリは変わってしまったんじゃ・・・・・・父親のあの事件以来・・・・・・」

 

 タズナは説明する。

 三年前、イナリはある男と出会った。三人のいじめっ子がイナリが飼っていた犬を取り上げ、一人がその犬を海へ投げ捨てた。投げ捨てたいじめっ子は続けてイナリも海へ突き落とす。うまく泳げず海に溺れそうになり、もがくイナリ。

 同じく海へ投げ捨てられた犬、ポチは犬かきを覚えて自力で陸に上がったのだ。・・・・・・イナリには目もくれずに。

 いじめっ子からも、飼っていた犬からも見捨てられ、溺れて意識を失ったイナリを助けたのは、一人の男だった。

 

 男の名はカイザ。国外から夢を求めてこの波の国にやってきた漁師だったのだ。

 

 ごくり、と誰かが息をのむ。

 タズナの話を聞いて息をのんだのはナルトだった。

 

(まるで、あの人みたいだってばよ・・・・・・)

 

 思わず、ナルトはそう思った。

 勿論、ナルトとその人の関係と、イナリとカイザの関係はまったく異なる。

 片や一回助けられ、一方的に憧れているだけ。

 もう一方は、助けられて以降、実の親子のように生活してきた仲。比べるのがお間違いというものだろう。

 それでも、里の人間が助けてくれない中で、唯一ナルトを助けてくれたのはあろうことか里外の人間であったこと。同年代の子供に虐められ、友達からも見捨てられ、そんなイナリを助けてくれたのは国外の人間であったこと。

 同じく外の人間に助けられたという面でナルトはイナリにシンパシーを少しだが感じたのだ。

 

 ナルトの感傷を余所にタズナの説明は続く。

 助けられて以来、イナリはカイザになつくようになり、タズナやツナミが家族の一員としてカイザを迎えるようになるまでに時間はかからなかった。

 そして、波の国の人々からも熱い信頼を受けていたカイザはあることを契機に、波の国の英雄と呼ばれることになる。

 雨により川の堰が開いてしまい、D地区が全滅の危機に陥ってしまう。

 堰を閉じる手段はロープをかけて堰を引っ張ることだが、それには誰かが激流の中を泳いでロープを堰までかけなければならなかった。

 誰もがその役を引き受けたがらない中で、その役を引き受けたのがカイザだった。

 激流の中を泳ぎながらカイザはロープを堰にひっかけ、彼の活躍によりD地区は救われた。

 この件で、イナリはカイザをより慕い、憧れるようになったのだ。

 

 ・・・・・・だが、その英雄の最期はあっけなかった。

 ガトーがこの島に来て、そしてある事件が起こった。

 

「カイザは皆の前で・・・・・・ガトーに公開処刑されたんじゃ!」

「え?」

 

 呆然となるサクラ。

 ナルトとサスケも目を見開いて冷や汗を流す。

 

 財力と暴力をタテに入り込んできたガトーに、カイザは波の国を守るため異を唱えたのだが、ガトーは目障りなカイザを、テロ行為を行い国の秩序を乱した犯罪者として捕らえ、カイザを慕っていた多くの島の人間たちへの見せしめとして、両手をもがれ、十字架に磔にしたカイザを部下に処刑させたのだ。

 

「それ以来イナリは変わってしまった・・・・・・そしてツナミも、町民も・・・・・・」

 

 如何に国を救った英雄であろうと、圧倒的な力の前には何も成す術もなかったのだ。

 自分にとっての憧れの父親を、自分にとっての英雄を目の前で殺されたイナリは、己の無力に苦しみ、ガトー一派の力に対して絶望してしまった。

 父親を奪われた怒りに燃えようとも、そんな力は自分にない。

 ずっと自分を守ると誓ってくれた英雄の死、仇を討つことも出来ない己に対する失意のあまり、諦めてしまったのだ。

 

(・・・・・・イナリ・・・・・・)

 

 食卓に突っ伏せた状態で顔だけを上げながら、ナルトはイナリのことを考える。

“ヒーローなんてバッカみたい。そんなのいるわけないじゃん!”

 ここに来てから、自分に対して冷たく言い放ったイナリの言葉が脳裏に過る。

 最初は苛立ちのあまり突っかかってしまったが、あの後、ナルトはイナリが自分の部屋で何度も「父ちゃん」と連呼して影で泣いていたのをナルトは知っている。

 ナルトには生まれたときから親と呼べる存在がいない。

 故に、親を失ったイナリの気持ちを理解できるとはいえない。

 

 でも、ナルトは知っている。

 あの日自分を助けてくれた背中を。

 顔は見せてくれず、その男はただ背中だけで語った。

 顔も合わせず、言葉も交わさなかった。

 

 それでも、ナルトはその男から勇気をもらった。

 自分を助けてくれた人がいた――自分と何の分け隔てもなく接してきてくれた人間は何人かいる。でも、あんな風に身を挺して助けてくれた人がいたのだ。

 その事実は、これまでのナルトの心を支える柱となった。

 

 だから、証明しなくては!

 

 なのに、なのに!

 

(震えが・・・・・・止まんねえ・・・・・・)

 

 手の平を見つめれば、またあの光景が蘇る。

 生暖かい感触、赤く濡れた掌。

 いくら洗っても、その返り血を拭い取っても、その光景だけは頭から離れない。

 これが武者震いであればどんなによかったことか。

 

(武者震い、なんかじゃねえ。本当に怖えんだ、オレってば・・・・・・)

 

 一度味わってしまった感触は、中々離れない。

 自分の血なら腐る程見てきた。だけど、他人の血には慣れていない。

 だから、この震えは当然のもの。

 それでも、やらなければならない。

 

(だから・・・・・・頼む、止まってくれってば・・・・・・! 震えるんなら後からだってできる。今は、今は――!)

 

 気がつけば、ナルトの足もまた外の玄関へと向かっていく。

 イナリやツナミが出て行ったドアとは、正反対の方向。

 逃げるのではなく、証明すべくナルトは立ち上がった。

 

「何やってんのナルト・・・・・・」

 

 立ち上がったはいいものの、修行の疲労で勢い余ってこけてしまったナルトにサクラが突っ込む。

 ナルトの意図を察したカカシが、制止の声をかけた。

 

「ナルト、修行なら今日はもうやめとけ。チャクラの練りすぎだ。これ以上動くと死ぬぞ?」

「・・・・・・へへッ、カカシ先生。オレ、決めたってばよ!」

「・・・・・・ナルト?」

 

 あの人は、ずっと自分の英雄だった。

 例えあの人が自分を覚えてくれなかったとしても、今までずっと自分にとって心の支え(えいゆう)として頭の中にあった。

 イナリは、自分の中の英雄を見失って、道に迷っているだけなんだ。

 だが、ナルトは思う――見失っているだけで、イナリの中にはちゃんと英雄カイザが残っていると。

 その英雄を思い出させるためには、まずは自分が証明しなければならない。

 

「この()()が・・・・・・この世に英雄(ヒーロー)がいるってことを、思い出させてやる!!」

 

 気がつけば、震えは止まっていた。

 

 

     ◇

 

 

 ガトーのアジト。

 ガトーの居座る社長室にて、その騒ぎは起こっていた。

 

「おい、ガトー」

「ガッ、アッ――」

 

 口を包帯で覆い、右腕に松葉杖を持った男――桃地 再不斬が、あろうことか雇い主のガトーの首根っこを左腕でつかみ、掲げるように持ち上げていた。

 

「は、離しやがれこの――」

「この、何だぁ?」

「ヒ、ヒィッ!?」

 

 苦渋に満ちた表情ながらも文句を言おうとしたガトーであったが、再不斬の眼力に怯えて言葉を失ってしまう。

 ――こいつ、つい先日まで動けなかった筈だろうッ!?

 ガトーは内心で自分の首を掴んで持ち上げている化け物に悪態をつく。

 まだまともに戦える状態ではなく、松葉杖を突いて歩くのが今の再不斬の精一杯だ。

 それなのに、もうここまで力があるこの男は、ガトーにとっては化け物以外の何者でもない。

 

「抜け忍たちの間でちょっとした噂があってなぁ――テメエ、カラス共に手を出したっていうのは本当か?」

「カ、カラス!? 一体何のこと――」

「天照院奈落。火の国大名直属の暗殺組織――同じく火の国が所有する木の葉隠れの里と対をなす忍勢力だ。知らねえとは言わせねえぞ?」

「ぐッ・・・・・・」

 

 ガトーは視線で護衛の二人――ゾウリ、ワラジに目をやるが、肝心の二人は部屋の隅で白に取り押さえられている。

 今ここでこの騒ぎを伝えようにも、その前にこの男が自分の首を握りつぶすであろうことくらいは目に見えている。

 故に、ガトーは抵抗できない。

 

「戦争を起こして金儲け――ああ、結構だ。好きにやりゃあいい。オレのような抜け忍にも金が入るようになる。

 だがな――オレがテメエから受けた依頼はタズナっつーじーさんの始末だ。その護衛の木の葉の奴らの相手はまだしも、奈落の相手をするとは聞いてねえ。

 答えろ。テメエ、奈落を敵に回しやがったのか?」

「ま、回して、なん、か、いねえッ・・・・・・確かに、戦争を、起こすために、火の国の大名に・・・・・・刺客は、放った・・・・・・けど、私の仕業とは、バレて、ねぇ・・・・・・」

「ほぅ、なら聞こうか? その刺客は帰ってきたのか?」

「・・・・・・そ、それはッ・・・・・・」

「テメエの仕業とバレねえ保証が何処にある? 捕まった刺客が喋っちまったとかは考えねえのかよ?」

「どのみちッ・・・・・・手なんか、出せやしねえ・・・・・・ッ、こっちには人質がいる。この国だけじゃねえ・・・・・・今まで乗っ取ってきた国、企業、そいつら全員、人質だ・・・・・・ッ」

「奴らに、そんな道理が通じると思ってんのか?」

 

 ガトーの楽観的思考に再不斬は呆れる。

 天照院奈落――第三次忍界大戦終戦直後、一人の英雄によって設立された暗殺組織。里のためではなく、国のために動く彼らは、終戦直後の国に及ぶ里の火種を消して回るため暗躍し、瞬く間に各忍び里に名前が知れ渡った組織だ。

 瞬く間に木の葉と並ぶ程の勢力に達した成長力。国におよぶ火種を消すためならいかなる冷酷非道な手段も辞さず容赦なく暗殺もしくは粛正に回った組織。組織の設立者にして組織の首領である朧は、木の葉の闇と謳われるダンゾウと並んで各国、各里から警戒される人物である。

 そんな彼らが、今更人質程度で戸惑うものか。

 

「おい、ガトー。約束しろ。タズナの始末は引き続き続行してやる。だが、もし奈落を相手にするようなことがあったら――」

「わ・・・・・・っかった。払う。追加分の金を払う・・・・・・ああくそッ、態々、高い金・・・・・・払ってるのに・・・・・・この、がめつい野郎がぁ・・・・・・ッ」

「――ふん。その言葉、忘れんなよ」

 

 ガトーを床に置いて手を離す再不斬。仮にも雇い主、しかも隠れ家を提供してくれる金づるだ。そう簡単に死なれては再不斬も困るというもの。

 

「・・・・・・大変なことになりましたね、再不斬さん」

 

 白が近づいてくる。

 

「ハッ、新参のカラスどもにオレをどうにかできるわけねえだろ。無論、カカシにもな」

「・・・・・・あまり無茶はしないで下さい。やっと歩けるようになったんですから。奈落や木の葉の皆さんを相手取る前に、まずは体の方をどうにかしないと」

「・・・・・・分かってる。奴の写輪眼は既に見切った。次は、仕留める」

 

 

     ◇

 

 

 時は既に深夜。

 タズナ達三人家族も眠りにつき、部下達も夢の世界へ旅立っている頃、カカシは一人タズナの家を出てナルトを探していた。

 そして案の定、木登り修行に使っている木の下でナルトは熟睡していた。

 

「・・・・・・やれやれ、こんな所で寝ていたら風邪ひくぞー?」

 

 カカシはナルトには聞こえていないと分かりつつも、困ったように笑いながらナルトの隣に座る。昨日まで人殺しで一人震えていた子供だったのが嘘であるかのように、間の抜けた面でナルトは熟睡している。

 寝る子は育つ――いい傾向だなとカカシは一人納得し、再びナルトの寝顔を一瞥する。

 

(とりあえず、ある程度は吹っ切れたか)

 

 ほっと安心したようにカカシは息を吐く。

 初めて人を殺した恐怖を味わい、さらに再不斬がまだ生きていると知りながらも、この少年は立ち直った。

 一時はどうなるかと思ったが、ナルトはカカシが思っていた以上に意志が強かったようだ。

 

「・・・・・・英雄を思い出させる、か・・・・・・」

 

 修行に出る前のナルトの言葉を、カカシは思い出す。

 タズナの話を聞いたことでナルトは更にイナリのことが放っておけなくなったようだ。

 ナルトの中の英雄――それは間違いなく、あいつだ。

 

「・・・・・・」

 

 彼の顔を、カカシは思い浮かべる。

 一時は掟を破った忍びと見下した、一時はコンプレックスを抱いた、一時は羨望を抱いた、一時は彼を追いかけた。

 ナルトにとっての英雄である彼は、カカシにとっては大変複雑な感情を抱かせる人物だった。

 話したことはない。顔を合わせたのも、4代目や3代目を通しての数回きりだ。

 ガイが「カカシがライバル視するのであれば、奴もまたオレのライバルだ!」とか叫んでいたが、ライバルはどう考えてもあり得ないだろうと思う。

 

「・・・・・・結局、追いつけなかったしなぁ」

 

 自嘲するようにカカシは笑う。

 彼に劣等感を抱くことをやめた後も、カカシは彼に追いつくことを諦めたわけではなかった。

 むしろ、オビトのおかげで父親への誇りを思いだしたカカシは、だからこそいっそう彼に追いつこうとしたと思う。

 だから、自分を暗部へ配属させた師が、彼も暗部へ招き入れるつもりだとカカシに言ったとき、どうしようもない高揚感に見舞われたのを覚えている。

 オビトやリンを失って後悔と失意に藻掻き苦しんでいたあの頃の自分が、唯一鼓動をならした瞬間であったといえる。

 

 ――なのに、あいつは。

 

 大戦が終結し、そろそろ大名護衛の任が解かれるであろうタイミングを見計らって、ミナト先生が彼を暗部へ所属させようと打診している所に急にあいつは現れて、独自に暗部を作り出すとか言い始めて。

 そして――あいつの背中は、余計に遠くなった。

 そのときの四代目火影――ミナト先生の呆然とした表情は未だに忘れられない。きっと、自分も同じ表情をしていたと思う。

 

 ナルトにとって、あいつは英雄。

 なら俺にとって、あいつは一体何だったのだろうか。・・・・・・結局のところ、それは分からない。

 まあ、今はあいつの事はいい。

 もしかしたら介入してくるかもしれないが、今は再不斬とあの追い忍の姿をした子供について――

 

「・・・・・・?」

 

 その時だった。

 カカシの横を、ナニカが横切る。ナルトが修行に使っている木に刺さった。

 カカシは立ち上がり、木に刺さった何かに近づく。

 

 それは、矢だった。

 紙をくくりつけられた矢だった。

 

「これは矢文? 一体誰から・・・・・・これはッ!?」

 

 矢を外しくくりつけてあった紙を広げたカカシは、思わず目を見開いた。

 一見、何が書いてあるのか分からない文字列らしきもの。

 木の葉の暗部が用いるものでもなければ、奈落が用いるものでもない。

 

 それは、木の葉暗部と奈落が共同任務の際に用いていた専用の暗号だったのだ。

 カカシは過去に暗部に所属し、奈落の忍びとも何件か共同任務をこなしたことがあったため、この暗号を解読することができた。

 

「指定場所は・・・・・・あっちか」

 

 文を握りしめ、文に書いてあった場所の方へカカシは顔を向ける。

 とりあえず、ナルトをタズナの家まで運んで布団に寝かせた後、カカシは大急ぎでその場所へと移動した。

 

 木々のヴェールをかける。

 やがて指定した場所の木の下に着地すると、そこに彼らは待っていた。

 チャイナドレスのように足の付け根から下にかけて左右にスリットの入った黒い着物。その着物の袖を、白い布を用いた襷掛けでまとめ上げ、着物のスリットからは彼らの履く括り袴の布地がはみ出ている。

 顔を編み笠で隠し、錫杖と腰の刀で武装した集団。

 それらが7人ほどの小隊でカカシを待っていた。

 

(・・・・・・奈落!! 既に波の国に入り込んでいたのか・・・・・・)

 

「・・・・・・また会えて光栄です、カカシ上忍」

 

 奈落の小隊のうちの一人が前へ出て、カカシへ挨拶する。

 その声の主に、カカシは覚えがあった。

 

「お前は、確か――」

(いばら)です。貴方とは、共同で任務に当たったことがありましたね」

「・・・・・・ああ、随分久しぶりだ」

 

 多くの構成員を持つ奈落の面子の中で、カカシの中で奈落三羽の次に印象に残る奈落の構成員はこの女性――棘といっても過言ではないだろう。

 カカシが奈落としての彼女を初めて見たのは5年前――あの男がナルトを助けに割って入ったとき、男の付き添いとしていたのがこの棘だった。

 その後、暗部と奈落の共同任務で当たったことがあり、互いに顔を覚えることとなった。

 カカシの場合は暗部の面を被っていたため顔自体は彼女に見せたことはなかったが、暗部としてではなく既に『写輪眼のカカシ』としても名が売れるようになっていたので、彼女の記憶の中にある左目の写輪眼からカカシを認識したようだ。

 

「それで、文の内容についてだが――」

「・・・・・・我々は、文の内容については聞かされていない。我々に与えられた任務は、それをお前に届け、返答を骸様に伝えることだ」

 

 棘の後ろにいた小隊の一人がカカシに説明する。

 文の内容によれば、状況はカカシが思っていたよりも混沌と化していた。

 ガトーが火の国と水の国の戦争を引き起こし、波の国を拠点として自社の兵器を売り捌くことで多大な利益を得ようとしていること。

 さらにはその兵器も問題で、忍界の戦争の体系を覆しかねないものばかり。あくまでガトーが売り捌こうとしているのは忍具ではなく、“兵器”なのだ。

 さらに、ガトーの背後にいるであろう存在。

 候補は色々上がるが、関連勢力との因縁や技術力、国力の面も考慮して一番怪しいのは雲隠れ。

 ガトー一派、霧隠れ、奈落どころの話ではない。雲隠れすらもが関わっている可能性がある。

 こんな狭い島国において、これほどの複数の大きな勢力の思惑が交差している現状を、混沌と言わずしてなんと言おうか。

 つまり、今回、カカシ達第7班はそんな危険地帯に1小隊で送り出されたという危険極まりない状態なのだ。

 

 故に、奈落側から、カカシ班に対して2つの選択肢を用意する。

 

 1つ目――部下をむざむざ死なせたくないのならば、即刻任務を放棄してここから去れとのこと。元々ランクを偽っての依頼、投げ出しても其方に非はない。火影様にも話は通しておくとのこと。しかしその場合、予定を狂わせたタズナの命は確実にない。

 2つ目――このままタズナを守り続けること。この選択肢を選ぶのならば、任務が続く限り、木の葉の問題に奈落は基本介入しない規則に則り、奈落は第七班含めてタズナに手出しはしない。しかし、状況が状況なだけに、タズナ含めて第七班の生命の保障は極めて難しい。

 

 2つに、1つであると。

 

「こんな、選択ッ・・・・・・」

 

 カカシの表情が苦渋に歪む。

 元々、カカシは危惧していたのだ。

 だが、どっちを選ぶにしても、あいつらにとっては、少なくともナルトにとっては地獄になる。

 前者を選んだ場合、ナルトは己に課した忍道に背くことになる。せっかく立ち直ったというのに、タズナたちを見捨てたという事実はナルトの心に大きな影を残すことになる。

 仮に後者を選んだ場合、任務の危険度自体もそうであるが、例え生き残ったとしても、ナルトは憧れの奈落の軍隊が敵とはいえガトー一派を容赦なく殲滅する所を目撃することとなる。めったに見る事はないであろう奈落の実態を、人を殺してしまった昨日の今日で目撃してしまうことになる。

 

「・・・・・・ここからは独り言ですが、ガトー一派たちが貴方たちに手を出すまで少なくとも数日はかかるでしょう」

「・・・・・・隊長?」

「独り言です。幸い、貴方が初日にガトー一派の抜け忍たちを一網打尽にしたことで、ガトー一派はすぐ攻勢に出るのを戸惑っています」

 

「・・・・・・」

 

「時間がまったくないわけではありません。ですが、できるだけ早急にご決断を。

 ――撤収するぞ」

 

 文の内容を知らされずとも、なんとなく内容を察していた棘がカカシにそう言い終えると、先とは打って変わって奈落らしい冷たい声で部下達に指示する共に、小隊と共に姿を消した。

 

 残されたカカシは、残り少ない時間で何方かを選ぶしかなかった。

 

 

 




奈落のモブ達って、一国傾城篇だと武器が錫杖だけなんですが、将軍暗殺篇以降だと錫杖とは別に腰に刀も帯刀してるんですよね。錫杖振り回してるイメージ強いけれど、暗殺篇以降だと腰の刀使っている奈落もちらほら散見されますね。

・・・・・・尚、一国傾城偏での松陽を連れ去る回想でも実は帯刀している模様。

護衛とかの激しい戦闘を想定していない場面では錫杖一本で、戦場に駆り出す時とか、自分達から攻勢をかける場合は刀も帯刀するのか・・・・・・とかそんな無駄な考察をしてみたり。

天照院奈落のどんなところが好き?

  • 錫杖を使っているところ
  • 弓を使っているところ
  • 装束が好み
  • 単純に朧が好きなだけ
  • 全部

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