我らこそは天が遣い八咫烏(笑)   作:ナスの森

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第18話

 島の端の森林の中にひっそりと建っている小屋の中。

 海のさざ波と風に揺れる木の葉の音が心地よく響く。そんな心地よい空気の中で、ナルトの目は覚めた。

 

「うーん・・・・・・んあ?」

 

 目をこすり、微睡む意識に鞭を叩く。

 ――あれ、なんでオレ、寝てんだろ?

 段々と意識が覚醒していくと共に、思考もまた明瞭となっていく。

 そんなナルトの耳に聞こえたのは、聞き覚えのある二つの声だった。

 

「ナルトの兄ちゃん!?」

「よかった、目を覚ましたのね、ナルト君!」

 

 傍にいたツナミとイナリが嬉しそうに声をかける。

 どうやら二人はここで眠っていたナルトを看ていたようだった。

 

「イナリに、イナリの母ちゃん? ここは一体どこで・・・・・・」

「あの人たちが、私たちとナルト君を助けてくれたの。それでここに・・・・・・」

「イナリとオレが・・・・・・そうだっ! 確かオレってば!! あのさ!あのさ!オレってば、確がガトーの抜け忍ってやつらにやられて、そして・・・・・・」

 

 段々と記憶が蘇ってくるナルト。

 いざタズナの護衛に向かおうと、イナリやツナミに背を向けた途端に襲いかかってきたガトーの抜け忍たち。慌てて影分身の術で迎撃しようとするも、叶わず、首を絞められたまま、それからの記憶がない。

 あれから一体どうなったのか?

 自分が生きているということは、自分は殺されたのではなく、敵に捕まってしまったということになる。

 ならば――

 

「イナリ、イナリの母ちゃん・・・・・・どこか怪我してねえか!? あれから一体どうなったんだってばよ!?」

「・・・・・・落ち着いてナルト君」

「おいら達はなんともないよ、兄ちゃん」

 

 微笑みながらナルトを宥めるツナミとイナリであったが、二人の表情からは不安が抜けきってはいなかった。

 

「それよりも、ナルトの兄ちゃんは大丈夫っ!?」

「ナルト君、首を・・・・・・思いっきり絞められていたのよ? まだ痛くはない?」

「オ、オレは大丈夫だってばよ! それよりも・・・・・・」

 

 ナルトはイナリとツナミをよく観察する。

 イナリの方は何ともなさそうだが、ツナミの方は包帯が巻かれた足を片手で押さえていた。しかし、逆に言えばその程度。

 アレほどの刺客がいる中で非戦闘員の二人がこの程度で済んでいるなど、いくら頭のよくないナルトでもおかしいと思った。

 ・・・・・・一度、息を吸って自分なりに冷静になるナルト。

 

「それよりも、あの後、一体何があったんだってばよ・・・・・・?」

「それは・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 しばし黙るツナミとイナリ。

 自分達を助けてくれた者がいた、と説明するまではよいのだが、彼らは自分達が何者なのかを教えてはくれなかった。

 ただここにいれば安全だと、ここの隠れ家にナルトと共に連れてこられただけ。

 彼らが何者で、何故自分達を助けてくれたのかが分からないからだ。

 

「助けてくれたんだ・・・・・・あの人たちが」

「・・・・・・あのひと、たち?」

「ナルト君が気を失った後、私達がどうしようもできなかった中で、黒い服を着た人たちが、助けてくれたの。その人たちが、ここにいれば安全だって言ってくれて、それで私たちとナルト君をここへ・・・・・・」

 

 一瞬、ナルトの頭の中が、真っ白になった。

 

(黒い服の人たち、それって・・・・・・)

 

 勿論、黒色の服を着た人間ならば何処にだっている。

 だが、ツナミの話を聞いてみた限りでは、集団単位で同じ服を着ていて、かつ抜け忍たちを退けられるだけの強さを持っているということになる。

 つまり、その人たちも忍だということだ。

 

「ふ、二人とも! その人たちって、その、具体的にはどんな恰好してた!?」

「えっと・・・・・・錫杖っていうのかしら? それを持ってて、後は笠を被ってて・・・・・・」

「後、侍みたいに腰に刀をつけてた・・・・・・」

 

 とりあえず二人が無事であることに安堵するのも束の間。食い下がるナルトの勢いに、ツナミとイナリは少し身を引きつつも、ナルトの質問に答えた。

 

「そ、それって・・・・・・」

 

 俯き、瞳を揺らせるナルト。

 黒い服、錫杖、腰の刀、そして笠を被った集団――ナルトの中で思い当たるそのような特徴の人たちは、一つしかない。

 そして、そんな彼らから連想されるのは、一人の男だった。

 白い法衣を着て、変な被り物(ナルトは知らないが、天蓋と呼ばれる深編笠のこと)をした一人の男のことが、ナルトの頭に思い浮かんだ。

 ・・・・・・もし、彼らがこの国に来ているのであれば、あの人ももしかしたら・・・・・・

 

「その人たちは今はどこに!?」

「わ、分からないけれど・・・・・・」

「あの人たちの仲間が、父さんの所に向かってるって・・・・・・」

「おっさんの所ってことは・・・・・・ああああぁっ!!」

 

 思いだして、ナルトは思わず叫んでしまった。

 そうだ、こんなことをしている場合ではない。

 自分達の所にガトーの刺客が放たれたということは、すなわち橋の建設をしているタズナやその部下の大工達、そしてその人たちを護衛している仲間たちにもきっとガトーの手の者が向かった筈。

 ここでじっとしているわけにも行かず、ナルトは飛び起きる。

 

「ナ、ナルトの兄ちゃん、まさかじいちゃんの所に・・・・・・!」

「無茶よ、ナルト君はさっきまで倒れていたのよ! それに・・・・・・あの人たちの仲間が向かっているのなら、無理してナルト君が行く必要も」

「そーいうわけにはいかねーってばよ!」

 

 ツナミとイナリが制止の声をかけるが、ナルトは止まるつもりなど毛頭無い。

 下忍とはいえ、自分はもう一端の忍なのだ。他の誰かが代わりにやってくれるなんていうのはただの甘えなのだから。

 

「おっさんのこと、ぜってー守るって誓ったんだ! なのに、オレだけあそこに行かないなんて、できるわけがねー! それに・・・・・・」

 

 ――もしかしたら、あの人に会えるかもしれねぇ。

 そんな言葉が出かかったが、ナルトはそれ飲み込む。

 今はそんなことよりも、タズナと仲間のことの方が大事なのは分かっているからだ。

 

「イナリ!」

「・・・・・・え?」

「もう、母ちゃんを任せても大丈夫だよな?」

「けど、ナルトの兄ちゃんは・・・・・・」

「オレのことなら心配すんな! さっきは、ちょっとユダンしちまっただけだってばよ! 今度は、あんなドジは踏まねえから・・・・・・」

「・・・・・・」

「さっきはちょっとカッコ悪かったけどさ・・・・・・オレを信じてくれねーか、イナリ?」

 

 信じていない、訳がない。

 それでも、あんな戦いを見た後では、イナリはナルトに行って欲しくはなかった。

 戦わなければいけない、それはナルトもイナリも同じだ。

 それでも、戦ってほしくないという思いも、芽生えてしまったのだ。

 ナルトに、カイザの二の舞になってほしくないがために。

 

 それでも、きっとナルトは止まらないのだろう。

 それが分かっていたイナリは、こくんと頷いた。

 

「・・・・・・うん! ナルトの兄ちゃんも、もうさっきみたいにやられんなよ!? やられちまったらまた怒鳴ってやるからな!」

 

 ナルトの言葉に、イナリもまた軽口で返す。

 イナリなりに発破をかけているつもりなのだろう。

 

「・・・・・・ナルト君、本当に行くの?」

「オぅ!」

「・・・・・・そう・・・・・・」

 

 言って、ツナミは諦めたようにため息を吐いた。

 この子が一度やられたくらいで折れるような子でないことは、ここ一週間の付き合いでツナミもよく理解していた。

 その明るさと根性は、父親を亡くして絶望の心境にあったイナリに勇気を取り戻させてくれた。

 それでも、いくらナルトが強くても、忍の中での平均的な実力よりはまだ低いというのはツナミでも理解できた。だからこそ、ツナミはナルトに行って欲しくはなかった。

 こんな将来のある子供を、あのような戦場へ行くのを見送るなんてしたくはない。

 一人、ガトーを相手に戦って死んでしまった夫と、重なってしまうから。

 

「ナルト君。私は忍じゃないから、こんなことを言うのは驕りなのかもしれない。けど、私とイナリ、見ちゃった。・・・・・・忍者同士の、戦闘を」

「・・・・・・イナリの母ちゃん・・・・・・?」

「今でも、思い出すだけで震えが止まらないわ。もしあの人たちが来てくれなかったら、私もイナリも、ナルト君も、確実に死んでいたのよ? 忍者たちって、いつもこんな戦いをしているんだなって、そう思ったら恐ろしくて・・・・・・」

 

 身震いしながら語り出すツナミ。

 ツナミが恐怖を抱いたのは、何もガトーの抜け忍たちに対してだけではない。自分達を助けてくれたあの黒衣の忍たちに対しても、同様の恐怖を抱いてしまった。

 こうして自分の足の治療をしてくれたおかげでか、いくら緩和されているとはいえ、一度抱いた恐怖は拭えぬものではない。

 

「・・・・・・それでも、ナルト君は行くの?」

 

 ツナミの真剣な問いに、ナルトは得意げに笑ってうんうんと頷く。

 そんな笑いが、余計にカイザと重なってしまう。死ぬ時も、最後まで笑っていた夫に。

 ああ、この子は何を言っても行くつもりだと、ツナミは悟った。

 

「ナルト君、こっちへ来て。渡したいものがあるから」

「・・・・・・へ?」

 

 行って、ツナミは懐からあるものを取り出した。

 それは、白一色のねじり鉢巻きだった。

 意味が分からずに首をかしげるナルトであったが、イナリはその鉢巻きに見覚えがあったのか、狼狽えた。

 

「か、母ちゃん、それ・・・・・・」

「ええ、あの人が、貴方の父ちゃんがいつも頭に巻いていた奴だよ。イナリも、よく真似をして同じ奴を巻いていたわね」

 

 悲しそうに、笑いながらツナミは言う。

 

「私も、この子と同じだった。あの人の死を認めたくなくて、必死にあの人のことを忘れようとした。けど、これだけは手放すことができなかった・・・・・・」

 

 一度は破り捨てようとも思った。それができないなら、物置のどこかに封印しておこうとも思った。結局、それすらできず、今もこうして懐に隠し持っていたのだ。

 

「父さんには、いつもイナリの前ではあの人の話はしないでって怒鳴ってたけれど、本当は私があの人のことを思いだしたくなかっただけ。・・・・・・滑稽よね、そうでありながら、結局これだけは未練がましく持ち歩いていたんだもの」

 

 自嘲するツナミに、イナリは口をぽかーんと開ける。

 母親も、自分と同じであったことに。二人の夫に先立たれ、影を落としつつも、イナリを守らんと気丈に振る舞っていた母親も、実はカイザのことを忘れたがっていたのだと。

 

「ナルト君、これを、君に託します」

「え? へ?」

 

 そっとナルトの掌を両手で包み込むツナミ。

 手を離すと、ナルトの手の上にはカイザの鉢巻きが置かれてあった。

 意味が分からず、戸惑うナルト。

 そんな大切な物を、自分に渡す意味が分からなかったからだ。

 

「橋が無事完成するまで、これを貴方に預けておくわ」

「い、いいのかってばよ!? そんな大切なもんを渡したりして、それにイナリだって――」

「いや、持って行ってくれ、兄ちゃん!」

「・・・・・・イナリ?」

 

 自分が持って一番納得がいかないであろうイナリが、そんな言葉をかけてくるとは思わず、ナルトは更に唖然となる。

 

「この鉢巻きは、父ちゃんがオイラ達に残してくれたバトンなんだ!! けれど、オイラたちにそんな力なんかない・・・・・・だから、悔しいけれど、じいちゃんに、兄ちゃんの仲間達に、このバトンを繋げてほしいんだ・・・・・・」

「イナリ・・・・・・」

 

 真っ直ぐにナルトの目を見つめて懇願してくるイナリ。

 

「ナルト君の言う通り、これは私たちにとって大切なものよ。だから必ず返してね、約束よ?」

「イナリの母ちゃん・・・・・・」

 

 優しく微笑んでそういうツナミに、ナルトはぽかんと口を開ける。

 言外に、必ず帰ってきてくれと、ツナミは言っているのだ。

 ナルトはようやくこの鉢巻き(バトン)を、二人を通じて、カイザから自分に渡った意味を。

 片や、希望を繋げてくれと。片や、必ず生きて帰ってきてくれと。

 たった一本の鉢巻きの筈なのに、不思議と暖かい重みを感じた。

 

「・・・・・・へへっ」

 

 重いけれど、不思議と力がわいてくる。

 

押忍(おす)! 必ず、この鉢巻き(バトン)もって、おっさんも、カカシ先生も、サスケもサクラちゃんも一緒に、全員必ずここに戻ってくるってばよ!」

「うん!」

 

 鉢巻きを巻いて啖呵を切ったナルトがイナリの前に拳を突き出すと、イナリもまた拳を突き返し、合わせた。

 

     ◇

 

 

 カー、カー。

 

 島の町中は静まり返り、そこには屍とそれを啄む烏たちで溢れかえっていた。

 ギャング、盗賊、抜け忍問わず――今回の出撃のご褒美を貰うかのように、腹を空かせた烏たちがその屍に集り、啄む。

 

 パク、パク。

 ムシャ、ムシャ。

 

 町民達によって斬り殺されたその屍たちは、その存在の跡を残すことすら許さんと言わんばかりに肉を啄まれていく。

 腹を満たした烏はまた羽根を羽ばたかせて飛び、町中を空から見下ろして密偵としての仕事を再開する。

 証拠隠滅のために屍を食わせたり、また密偵用の口寄せ動物として烏を利用する隠れ里は多く存在するが、あくまで口寄せ動物としてだ。

 証拠隠滅、密偵――あくまで口寄せ時の契約を達成すれば、その時点で烏たちは役目を終え、元いた場所へ帰る。それが忍界の間での常識だ。

 だが、ここにいる烏たちは違った。

 口寄せされたものではなく、雛の頃に拾われ、育てられ、ここに連れてこられた。この烏たちは口寄せの契約を果たすためにここにいるのではなく、()()()()()()()()()()ここにいるのだ。

 

 彼らの暗黒時代を知るものならば、誰もが察することができよう。

 ここまで烏たちを手懐け、使役する忍組織など一つしかない。

 

 生き残った抜け忍の小隊が町中の路地裏を走っていた。

 彼らに見つからぬように足音を立てずに、光の届かない路地裏を走り、なんとか退路を見つけ出そうとしていた。

 

「くそ、なぜ奴らがここに・・・・・・!!」

「どのみち、もうガトーは終わりだ。今はどうにかしてこの国を出るぞ!!」

 

 彼らは既に、雇い主たるガトーを見限っていた。

 彼がガトーに従っていた理由は、あくまで自里の追い忍から逃れるための隠れ蓑として利用できたからだ。

 乗っ取った小国を人質にされているが故に各国はガトーに手を出す事ができず、その庇護を受けていたからこそ自分達もその恩恵を授かることができた。

 雲行きが怪しくなったのは、突如として雇い主のガトーが全国に散らばせていた戦力をこの国に集中させたときだった。

 その場合、乗っ取られていた各小国の民衆達はどうなるだろうか?

 ガトーの勢力が一点に集中したことにより、ガトーの支配が手薄になった小国の民衆達は、これを機に決起する気運を強めるだろう。

 無論、それだけでは不安要素はない。数々の要素が重なってこその反乱であって、例え一時的にガトーの手下を追い返して自分達の国を取り戻したとしても、必ずガトーからの報復は来る。

 特に大名はソレを分かっている。故に、大名は民衆達に言い聞かせ、民衆達もまたそれに従う。ガトーの手の者が少なくなった所で、ガトーの戦力が削れた訳では決してないのだ。

 故に、それだけでは民衆達は動かない。故にガトーの支配が崩れることはなく、その庇護にいる抜け忍たちが追い忍に見つかることもない。

 

 だが、この状況で、しかも大国の刺客の侵入を許してしまった場合はどうなる?

 ましてや相手が()()()()()()()ならば。

 思えば、ガトーの戦力が集中してしまっているこの時こそが五大国にとっての好機となろう。

 この逃げ場のない島国で一網打尽にできれば、一気にガトーの戦力は削れ、支配力は弱まる。

 ガトー本人が生き残った所で、ガトーカンパニーという企業は、組織は、長くは保たないだろう。

 

 そうなれば、自分達抜け忍がガトーの庇護につく理由は最早ない。

 早々に見切りを付けるが賢明だ。

 

 故に、彼らは雇い主(ガトー)を見限り、どうにかして烏たちの目を逃れてこの国から脱出しようとしていたのだが・・・・・・。

 

 カー、カー!

 

 また、烏たちの鳴き声が響いた。

 抜け忍たちは路地裏の空を見上げる、頭上の烏が、自分達を睨み付けて鳴いていた。

 

「チっ!」

 

 しまった、と思った抜け忍たちの一人がすかさず苦無を投擲して烏を打ち落とすが、既に遅い。

 鳴き声として響いた時点で、既にその知らせは行き届いてしまった。

 

 パリィン、と頭上からガラスの割れる音が複数。

 烏の知らせを聞いた町民たちが、路地裏の建物の窓ガラスを破り、一斉に抜け忍たちの密集する路地裏に飛び降りてくる。

 最早隠す気すらないのか、彼らの手には刀の他に手裏剣や苦無などの忍具も握られている。

 忍の扱う刀と、侍の扱う刀では、大きな差異がある。

 忍は突きに特化した直刀を、侍は切ることに特化した反りのある刀を愛用する傾向にある。

 そんな中で、好んで後者も使用する忍たちの集団が存在する。国の要人を守る、忠義を第一とするかつての侍の在り方に倣ってのものなのかは定かではないが。彼らは、手に持つ直刀仕込みの錫杖とは別に、侍のように腰に刀を帯刀しているのだ。

 

 そして、今抜け忍たちを襲撃している町民の格好をした者達は、その手に持つのは侍の愛用する打刀でありながら、忍の業を行使していた。

 そしてその者達に使役されている烏たち――もう、一部の抜け忍たちに、この得体の知れない町民たちの思い当たる正体など一つしかなかった。

 

 暗殺組織、天照院奈落の刺客だ。

 

 一部の歴戦の抜け忍たちは、彼らの脅威を、その容赦のなさを知っていた。

 第三次忍界大戦を生き残り、その終戦直後に設立され、即座に頭角を現した彼らの所業とはそれ程にまで惨いものだったのだから。

 

「くそ、見つかったかっ!?」

「迎え撃て!」

 

 幸いにも、抜け忍たちには最初ほどの動揺はなかった。

 彼らがこれほどまでに敗走を許してしまった大きな要因として、何の活力もない弱き民衆たちが突如として反旗を翻してきたことによる動揺があった。

 しかし、その正体が自分達と同じ忍であると分かっている今ならば、比較的冷静に対処することができる。

 あくまで、比較的に、だが。

 

 路地裏という閉所において、数十人の忍たちがその刃を交える。

 片やこの国から脱出するために、片や頭の命のもと殲滅するために。

 刃と忍術の剣戟が響き渡る。

 しかし、最初の数の有利など最早ないも同然。それに加えて敗走による精神的疲弊により、抜け忍たちは次々とその刃の餌食となっていく。

 烏たちにとって、任務に失敗し、敗走途中の抜け忍など、最早啄むのみの格好の的の屍でしかなかった。

 

 あっという間に、血塗れの路地裏ができあがった。

 

 烏の目を掻い潜り、生き残っていた抜け忍たちも、結局は烏たちの目から逃れることはできなかった。

 

『おい、そっちはどうだ!? 全員捕まえたか』

 

 その時だった。抜け忍の屍から聞こえる、男の声。

 その声は彼らを雇っていた男の声。

 まさか自分の放った大勢の刺客が既に殲滅されたとは思ってはおらず、その声に緊張感はない。

 その声には、自分のやることが失敗する筈が無いという傲慢さが窺えた。

 一人の奈落の忍が、その無線機を抜け忍の屍から奪い取り、こう返す。

 

「全員捕縛した。これより橋の所へ連行する」

『分かった! なら私も橋の所へ向かう! ・・・・・・ククク、再不斬め、今に見ていろよっ!!』

 

 最後に悪趣味げな笑いが聞こえた後、通信はそのまま切れる。

 

「・・・・・・憐れだな」

「・・・・・・ああ」

 

 無線機を放り投げた奈落の忍が呟くと、周囲の仲間も同意する。

 既に自分の足下の地盤が崩れ去っていることにも気付かないまま、あのガトーという男は笑っていた。

 だが、実際にはこの有様。最早ガトーに逃げ道などない。

 長い間小国を乗っ取り、寄生し生きながらえてきた虫の命も、今日限りで終わるのだ。

 雲隠れに踊らされ、奈落を敵に回さなければ、まだ希望はあっただろうに。

 

 同情するでもなく、怒るでもなく、奈落の忍たちはただガトーという男を憐れんだ。

 五大国に苦渋を嘗めさせてきた一大企業の社長も、結局は五大国という強大な力に踊らされるコッペリアでしかなかったのだから。

 

 

     ◇

 

 

 濃霧に包まれた橋の上での乱戦。

 はたけカカシ、桃地再不斬。

 片やかつて木の葉の暗殺部隊に所属し、冷血カカシ、千の術をコピーしたコピー忍者、写輪眼のカカシとして名をはせた男。

 片や元霧隠れ忍刀七人衆の一人にして、音もなく標的を仕留める無音殺人術の達人、霧隠れの鬼神として知れ渡る男。

 最早敵味方関係なく暗黙の了解として成立しているのか、この乱戦の中で二人の戦いに手を出そうとするものは一人としていない。

 それもその筈だ。この霧の中で再不斬の動きに対応できる忍が、カカシをおいて他にいない。再不斬が選んだこの抜け忍の面子の中でも、このカカシを相手に再不斬のアシストが務まる忍は長い間彼の相棒を務めた白をおいて他にいない。その白は今、サスケを相手に付きっきりになっている。

 つまり、この状況が続く限りは当人たち同士でしか決着は付けられないということだ。

 

 状況はどちらが有利かと問われれば、確実に再不斬の方だった。

 濃霧により写輪眼は封じられ、再不斬の姿を捕らえられないカカシ。

 無音殺人術の達人である再不斬は、自らも目を閉じ、姿と音を眩まし、カカシの僅かな吐息や足音で居場所を特定し、一方的に斬りかかることができる。

 

 ここは波の国――海に囲まれた島国だ。

 水遁を得意とする再不斬には圧倒的に有利なフィールドである。特に再不斬の18番である無音殺人術を最大限に発揮できる霧隠れの術を行使しやすいのが再不斬にとっての大きなアドバンテージとなっている。

 

 ・・・・・・しかし、それでも再不斬はカカシを仕留めきれないでいた。

 写輪眼の洞察眼が封じられていることにより術をコピーされる心配もないため、その心配をする必要もなく、水遁の術を行使できる。

 だが、カカシは再不斬の攻撃に対応を見せていた。

 投擲した手裏剣は全て弾かれ、術は躱され、それどころか反撃に転じてきている。まだカカシからの攻撃は受けていない再不斬であったが、このままではまたじり貧になる。

 

(・・・・・・どういう事だ。奴にオレの動きは見えていない筈。オレの方は奴の姿が見えずとも、音で一方的に奴の居場所が分かる)

 

 再不斬に慢心はない。

 写輪眼を封じたからといって、はたけカカシは甘くはない。

 写輪眼に未来が見えるように再不斬に錯覚させた、その見事な心写しの方は間違いなくカカシ自身の技量なのだから。

 それを味わった再不斬が、油断する筈がない。

 

 だが、防がれる。避けられる

 明らかに、敵の姿が見えない者の動きではない。

 

(だからといって、奴にオレの姿が見えているのも考えがたい。現に押しているのは目を閉じている俺の方だ。・・・・・・となると、奴もまた、別の方法で俺の居場所を察知しているというのか・・・・・・?)

 

 そして、その正確性はおそらく再不斬の耳には劣っている。

 例えば、カカシが再不斬の方に手裏剣や苦無を投げつけたとしても、その僅かな風切り音で再不斬はそれを躱すことができる。

 カカシの場合であったら、目の前にそれが見えた途端、咄嗟に対処できる、という程度のものだ。

 つまり、カカシは音で再不斬の居場所を察知しているわけではない。

 

 再不斬はこれまでの戦闘を思い出す。

 カカシが今まで一番反応してみせた自分の攻撃は、決まってこの首斬り包丁で斬りかかる時だった。

 この首斬り包丁の攻撃だけは、カカシは、軌道、速さ、隅々まで把握しているように思えた。

 となると、考えられるのは、カカシがこの首斬り包丁に何か細工を仕掛けた、かだ。

 

(奴が首斬り包丁に何かを仕掛ける機会・・・・・・考えてみりゃあたくさんあった。なんせ、何回も斬りあってんだ。だが、決定的なのはおそらく、あの時だ。俺がこの刀を蹴りつけてオレの手を離れたとき・・・・・・あの一瞬だけは、首斬り包丁は奴の手元にあった。ならその時しか考えられねえ。一体何を・・・・・・)

 

 再不斬は目を閉じた状態で、耳を澄ますだけでなく、この手元の首斬り包丁に全五感を総動員した。

 そして、ある違和感に、たどり着いた。

 

(これは、何の匂いだ? 奴の血の匂いならば分かる・・・・・・だが、奴の血はこの首斬り包丁の刀身の修復に使われ、殆ど残っちゃいない。これは、血の匂いでは・・・・・・そうか、この匂いは・・・・・・!!)

 

 カカシが首斬り包丁に仕掛けたモノに再不斬が気付いたその途端――再不斬の耳に、此方に向かってくる手裏剣の風切り音が入った。

 

「チィっ!!」

 

 その手裏剣を弾いた再不斬は、首斬り包丁を地面に刺し、そのまま手放した。

 そして――カカシが再不斬のいた場所に、苦無で斬りかかると同時、金属と金属のぶつかる音だけが響いた。

 

「これは・・・・・・奴はどこに・・・・・・っ!?」

 

 自身が攻撃したのが、再不斬が地面に刺していった首斬り包丁であったことに気付いたカカシは、突如として背後から再不斬の蹴りを受けてしまった。

 どうにかして受け身をとるカカシであったが、対応が遅れる。

 

「ぐっ!?」

「イヌマンとは、やってくれるじゃねぇか、カカシっ!!」

 

 カカシの背後を取った再不斬がカカシの喉元を苦無でかっきろうとするが、カカシの苦無がまたそれを止める。

 

「オレは耳で、テメエは鼻で、互いの位置が分かってたってわけか。通りで水分身を使っても本体のオレの居場所がバレるわけだぁ」

 

 カカシが再不斬の位置が分かっていたわけは単純明快。

 カカシは再不斬が自分に斬り付けるとき、その時に出血した血に、イヌマンと呼ばれる香料を混ぜていた。

 ミミズを腐らせて作った極めて臭い物質であり、自身の血に僅かに混ぜ込んで首斬り包丁に付着させていたのだ。

 首斬り包丁の性質によりカカシの血液は刀身の修復に使われるが、イヌマンは吸収されずに残る。

 そのおかげでカカシは再不斬の首斬り包丁の攻撃に対応できていたのだ。

 

「だが、それも終わりだ。テメエの首斬り包丁に付けたイヌマンの匂いを頼りにしていた。だが、首斬り包丁を手放した今のオレの匂いを追うことはできまい」

「・・・・・・やっぱり、最初から躊躇するべきじゃないね」

「・・・・・・何だと?」

 

 凄む再不斬であったが、そんな状況でも焦る様子を見せないカカシに、再不斬は訝しむ。

 このまま、カカシの体を押さえ込み、その首をかっ斬ってやることは再不斬には造作もない。

 

「・・・・・・お前の耳になら聞こえるだろう、再不斬? 何処かで、印を結ぶ音が」

「・・・・・・また影分身か。無駄だぜ。匂いが分からねえんじゃ、オレと本体であるお前の位置も分かるまい。術を発動しようが、相手の居場所が分からなきゃ意味がねえんだよ」

「本当はさ、お前に匂いを付けたのは、お前の居場所を捉えるためじゃないんだよ」

「・・・・・・何だと?」

「ただ、予想以上にお前の刀に匂いが残ったから、そのままでも追えると思った。()()()()()()()()()

 

 カカシの言いたいことが分からず、再不斬は訝しむことしかできなかった。

 一体、この男は自分に対して何がしたいのか、目的が見えてこないのだ。

 殺気がないのもそうだ、一体この男は何を考えているのかと。

 

 だが、その瞬間。

 

 ボコり、と再不斬の足下の地面が所々、盛り上がっていく。

 その音を耳にした再不斬は咄嗟にその場を離れようとするが。

 カカシの首に手を回していた再不斬の腕をカカシが掴み、逃がさない。

 

「はな――」

 

 叫ぼうとするが、もう遅かった。

 

(足が、動かな――!?)

 

 足に鈍い痛いが迸ると同時、身動きが取れなくなる。

 直後、ソレを同じ痛みが再不斬の体中の箇所に襲いかかり、再不斬は身動きが取れなくなってしまった。

 

 盛り上がった地面の中から現れ、再不斬にとびかかり、それらは次々と再不斬の体へ噛みついていく。

 足には、最初に盛り上がった足下の地面から現れた忍犬が。足が動かない隙を見計らって、周囲の地面から同じように現れた忍犬が次々と噛みついていくのだった。

 

「これ、は――!?」

 

 体中に噛みついてきた忍犬たちに再不斬は言葉を失った。

 

「霧の中で目をつむっているからそうなる。オレの影分身が発動した、追尾専用の口寄せの術だ」

 

 土遁・追牙の術。

 口寄せ契約の巻物を渡されたカカシの影分身が、その巻物を使った術で忍犬たちを口寄せしたのだった。

 

「オレの鼻で追えるのは精々、お前の刀に付着したイヌマンの匂いだ。あくまで、()()()()()()()

 

 再不斬はカカシを罠にはめたつもりでいたが、それは逆。

 カカシが再不斬を罠にはめたのだ。

 カカシは確かに再不斬の首斬り包丁以外にも、苦無や他の武器に出血した自身の血に混ぜ込んでイヌマンを付着させていたが、濃度が薄まったイヌマンの匂いまではさすがのカカシも追えない。

 カカシは再不斬にソレを気付かせた。

 気付いたが故に、得意の得物を手放し、こうして口寄せされた忍犬による奇襲に対応できなかった。

 

 カカシの鼻では追えなくとも、犬の鼻ならばその僅かな匂いでも追える。イヌマンの匂いは勿論のこと、付着したカカシの血の匂いですらも。

 それでも、大量の忍犬が飛びかかってくるだけならば再不斬でも容易に対処できた筈である。

 それこそ、例え目を閉じていても忍たちが匂いで再不斬の位置が分かるように、再不斬もまた耳で忍犬の位置を把握できるのだから。

 

 だが、その時点で再不斬は首斬り包丁という得意の得物を手放してしまっていた。

 そもそも首斬り包丁のような大きな刀身の刀は、対多数に向いた武器だ。

 その対多数に向いた得物を手放していなければ、再不斬でも対処できた筈だった。

 しかし、カカシの術中にはまり、再不斬は得意の得物を手放してしまったのだ。

 

「・・・・・・さて、悪いが再不斬。お前には少しそこで大人しくしてもらう。こっちはタズナさんを守ることだけが目的じゃなくなってるんでね・・・・・・」

「道理で殺気がねえと思ったら・・・・・・さっきからどういうつもりだテメエ!! 態々オレを殺さず、動けなくして、一体何の目的でここにいるってんだっ!!」

 

 我慢できず、再不斬はついに怒声でカカシに叫ぶ。

 写輪眼を利用した猿真似の時といい、この男はつくづく自分を苛立たせる。

 もう写輪眼の術中に嵌まり、冷静さを失うことがないように努めていた再不斬であったが、またしても堪忍袋の緒が切れてしまった。

 

 再不斬の体から離れたカカシは、後ろを見やる。

 まだサスケとサクラが戦っている方向へ。

 再不斬が動けなくなったことにより、霧が段々と晴れていく。

 

 そして――一部の抜け忍たちが、動けないサスケと倒れている白、そしていつの間にか来ていたナルトの方へ一斉に飛びかかっていくのが、カカシの目に移った。

 

(来ていたのかナルト! こんなタイミングで・・・・・・)

 

 彼らは、この機会を伺っていたのだ。

 再不斬が動けなくなり、カカシも疲弊し。

 まだ、霧も晴れきってはおらず。

 サスケと白が動けなくなった隙を、彼らは狙っていた。

 

 狙いは、血継限界をもつサスケと白。そして人柱力のナルト。

 彼らにとっての理想の状況ができあがり、彼らは動いた。

 

 だが、カカシと(かばね)の狙いもそこにあった。

 

 ――ようやく、この場でやつら(雲隠れ)が尻尾を見せてくれた。

 

(オレの方からでは間に合わない!! だが・・・・・・!!)

 

 こういう時のために、奈落と盟約を交わしたのだ。

 自身が部下たちを守れない時のために、代わりに守ってくれる存在が、あそこにはいる。

 

(任せよ)

 

 そんなカカシの期待に応えるかのように、タズナとサクラの傍にいた傀儡師は仮面の下でほくそ笑んだ。

 




・・・・・・すんません、朧さんの出番は次話です。
ナルトの到着と奮闘もその時に描きます。

天照院奈落のどんなところが好き?

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  • 弓を使っているところ
  • 装束が好み
  • 単純に朧が好きなだけ
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