※WARNIG!
今回の話は、『卑の意思』が蔓延っております。それを不快に感じる方ブラウザをバックしてください。
‐追記‐
日刊ランキング二位……だと!?
――――木の葉の里。
あの九尾事件から7年が立ち、里は九尾の怪物から受けた被害がまるで嘘であるようにその活気を取り戻していた。
朝は忍術アカデミーの通学時間で登校してくるアカデミーの生徒たちが押し寄せ、更には商店街にはラーメン屋「一楽」をはじめとした小店が繁盛しており、木の葉の忍たちも、住民たちも、皆この平和を謳歌していた。
その木の葉の商店街にある喫茶店にて二人の忍びが、任務帰りの食事を堪能していた。
一人は上忍、もう一人は下忍の少年だった。
最初は互いに労いの言葉を駈け合い、今日の依頼主は少し変わった人だったとか、部下がちょっとしたミスをやらかしたとか、そんな他愛のない話だったが。
上忍の男は顔つきをほんの少し変え、ある話題を部下の下忍の少年に振った。
「そういえばお前、『天照院奈落』っていう組織知っているか?」
「“てんしょういんならく”? なんですかソレ?」
やっぱりか、と上忍の男は額を押さえて溜息をつく。
目の前にいる自分の部下はアカデミー卒業したばかりとはいえ、こういう知って当然の情報すらまったく知らない事がある。
本人が世情に疎い所もあるのだろうが、これは度が過ぎてるのではないか。
概ね、アカデミーで座学やそこらの授業は全て寝ていて、実技で成績を収めていた類の者であろうが。
「木の葉の暗部っていうのがあるだろう?」
「火影直属の暗殺戦術特殊部隊ですよね。それくらい自分も知ってますよ」
「そうだ。木の葉の里だけではなく他の忍び里もまたそれぞれ暗部を保有している」
言葉を中断し、上忍の男は手元にあった湯呑の中の茶を一気に飲み干し、テーブルに置いた。
「でだ。木の葉には――いや、この火の国には暗部が二つ存在している」
「え、そんなの初耳ですよ?」
「それはお前が阿呆なだけだ。それでな、一つは先ほども語った通り、火影直属の暗殺戦術部隊、つまり木の葉の暗部の事だ。そしてもう一つ、それが――――」
「それが?」
「火影直属の暗部に対し、火の国大名直属の暗部――すなわち先ほどいった天照院奈落と呼ばれている組織だ」
「そ、そんな組織……あったんですね」
言って、下忍の少年は驚愕の表情を浮かべる。
てっきり暗部は木の葉にある火影の直属部隊だけかと思っていたが、実はそうでもないらしい。
「だが、奴らは、この国の忍の組織でありながら、俺達木の葉からは嫌われている」
「え? だって、同じ国の忍びなのでしょう? 協力し合ったりとかはしないんですか?」
上忍の男の発言に下忍の少年は訝しげな表情を浮かべながら問う。
確かに組織としては別物でも、用途は一緒だから特に反目しあう事は無い筈である。
「さあな、俺も暗部ではないからそこまでの事は分からん。はっきり言えることは、あくまで奴らは『里の味方』ではなく、『国の味方』でしかないという事だ」
「里の味方ではなく、国の味方?」
「そうだ。独立暗殺集団である奴らを動かす事ができるのは、火の国の大名様かその娘のみ。
故に、奴らはこう呼ばれている――――」
――――天の遣い、八咫烏とな。
喫茶店の傍にある電柱に止まっていた烏が、鳴き声をあげながら飛んでいった。
◇
里を囲む崖の上に錫杖を持った三人の人影があった。
その内の二人は男性と女性。足の付け根から下にかけて左右にスリットの入った黒い布砲――チャイナドレスと着物をミックスしたような衣装といえば分かりやすいか――を身に纏い、その袖を白い布を用いた襷掛けで袖を纏め上げている。着物のスリットからは白い括り袴がはみ出しており、腰には帯刀、さらに三度笠を被って顔を隠していた。
そしてもう一人は白い法衣を身に纏い、白い八咫烏の紋章が大きく映った黒い袈裟をかけ、さらに深編笠(天蓋)で完全に顔を隠し、その姿は虚無僧を思わせる。肩に灰色の大きな数珠を掛け、後ろ腰に合口拵えの小太刀を上向きに差していた。
「……来たか」
虚無僧の恰好をした男が呟くと同時、他の二人もまたその方向へ向く。
虚無僧の恰好をした男が腕を前へ差し出す……里から、一羽の烏が鳴き声を上げながら崖の上まで昇り、差し出された男の腕の上に止まる。
烏は男の腕に止まるや否や、男の腕を痛くないように口ばしで何回かつき、まるで何かを伝えているかのように、羽根を動かした。
「……そうか、ご苦労だった。戻っていいぞ」
男はそう言うと懐から餌を取り出し、烏に与えた。
烏は幾分か嬉しそうに鳴きながら、再び男の腕から飛び去って行った。
「
飛んでゆく烏がいつまでも煙となって消えない事に疑問を覚えた女性。
普通、口寄せした動物は、契約主の頼みや依頼を達成、もしくは口寄せ時間が切れれば自然に元の場所へ返される筈であるが、あの烏は自分の羽で帰っているではないか。
「あれは頭が野生の雛を育てて躾けた密偵用の烏だ。我々奈落が烏を口寄せするのはあくまで緊急時のみ」
隣にいた同じ服装の男性がその質問に答えた。
口寄せ動物ではなくとも、カラスというのは元来かしこい生き物だ。
躾けさえすれば密偵として大いに役立ってくれる。
(前にいた世界でも八歳の烏好きの少女が餌を与え続けた結果、その餌を与えられた烏が恩返しとして貢物を置いていったという例もあるしな……)
虚無僧の恰好をした男――頭と呼ばれた男は深編笠の中でしみじみと前世の事を振り返る。
そもそも口寄せ烏に密偵を依頼すると、勘のいい忍びならばどこかの者の息がかかっている口寄せ動物だと勘付いてしまう。
普通の烏を遣いに出せばその心配もなくなる訳だ……多分。
「烏たちからの伝言だ。里もあの事件から息を吹き返し、繁盛している。だが妙な動きもある。一部の暗部の者達が一人の小童を監視しているようだ……」
(十中八九、ナルトか、もしくはサスケか……)
暗部が監視するに値する小童といえば大体該当するのはこの二人だろう、と虚無僧の男――――
ナルトは九尾の人柱力という事もあって、いつ暴走するか分からない身……もしくは三代目のお節介か。前者であるならばダンゾウ率いる根出身の暗部であろうが、後者であるならば三代目側の暗部の忍たちだろう。
残るはサスケ……もしかしたらこれは根の暗部である可能性が高いが、三代目側の暗部の者達の中にも独断で監視している者がいるかもしれない。
何せあのヤンデレ集団と呼ばれるうちは一族だ。
九尾事件の犯人とも疑われ、そしてあのうちはマダラの件がある。万が一の為に監視している可能性も否めない。
(どのみち、この二人と関わるにはまだ早すぎる。暗部の監視もある事だ、なんとか関わらずに火影邸に着きたいものだ……)
心の中でそう願う首領の男であったが、生憎、それは叶わぬ願いである事を後に思い知らされる事となる。
「行くぞ。
「「はっ」」
筵と呼ばれた男性、棘と呼ばれた女性――二人の部下を引き連れ、虚無僧の姿をした男は、木の葉の里へと足を踏み入れた。
◇
(関わりたくないと思った途端にこれか……)
せっかく深編笠を被っている事だ、周りにばれる心配もないのだし、白眼を発動させながら行けばよかったと後悔する虚無僧姿の男。
男の後ろにいた二人の部下も三者一様の様子でソレを眺める。
筵はもはや見慣れているのか表情は変えない。
――――対して、棘は編笠の中に隠れたその顔に青筋を浮かべながらその光景を見ていた。
それは迫害だった。
数人の大の大人たちが、揃いも揃って、一人の子供を迫害していたのだ。
『おらっ、思い知ったか化け物』
『お前のせいで!』
『貴様のせいで!』
大人たちから謂れのない暴力を受ける子供が一人。
地面に這いつくばらされ、力一杯に踏みつけられる。
何度も何度も。
自分たちの鬱憤が晴れるまで、そして子供の顔を見てはまた鬱憤が再発し、また暴力をふるい続ける。
……そして、周りにいる大人たちもまたソレを止めようとはせず、まるで子供に侮蔑するかのような視線を向けている。
「――――……っ、……ッッ!!」
子供は必死に耐えていた。
自分がこうして暴力を振るわれる理由は分からないが、反抗すれば今以上にひどい事をされるという事を理解していた。
故に、耐え続ける。
いつか、自分が大人たちを見返すその日が来るまで、子供は耐え続ける。
『お前のせいで、オレのお袋が……!!』
『息子が……!!』
『娘が……!!』
『弟が……!!』
そんな子供の苦悩などお構いなく、大人たちは憎悪のままに子供に暴力を振るい続ける。
我を忘れるかのように、あの事件の惨状を思い浮かぶ度、大人たちの子供に対する理不尽な憎悪は増大し続ける。
「か、頭……」
その光景が見るに堪えなかったのか、虚無僧姿の男の後ろにいた女性、棘は男に声をかける。
彼女はこれでも暗部よろしく公にはできない冷酷無比な任務をこなしてきている。
それでも、奈落に入ってまだ日の浅い方である彼女は、このような暴行を見過ごせる程冷徹にはなり切れていなかったのだろう。
――――助けてあげましょうよ、と目で男に訴えている。
男としても助けたいのはヤマヤマであったが、一組織を率いる者として私情で割り込む事はできない。
むしろ里の者達の矛先があの子供に向いている分、自分達が注目される事はないので好都合だ、と思考を無理やり卑劣モードにして通り過ぎようとしたのだが……
「……」
不意に男は足を止めた。
「頭?」
男が急に歩みを止め、その後ろにいた部下の男性、筵が男に声をかけた。
頭と呼ばれた虚無僧姿の男は筵の声に耳を貸さず、深編笠の下で白眼を発動させてあたりを見回していた。
――――物陰に暗部が一人。
――――別の物陰には子供が一人。
(はたけカカシと……アレはもしや、ヒナタか?)
白眼の透視能力を通して見える暗部の仮面の下に視える顔は間違いなくはたけカカシその人であった。迫害されている子供の姿を見ていられず、身体を震わせ今にもソコへ駈けつけたいという欲求を抑え、必死に我慢しているようだった。
ヒナタは電柱に隠れ、虐待されている子供を恐る恐る見つめる。顔に青筋を立てており、心配そうな表情で子供を見つめつつも、子供を虐待している周囲の大人のあまりの形相に身体が震えて動けない様子だ。
が。
「……?」
突如、電柱に隠れていたヒナタが、身体を震わせ千鳥足ながらも足を動かし、コチラに近づいてきた。
その様子に虚無僧姿の男は深編笠の下で眉を潜めた。
――何故こちらに?
――日向ヒナタは元来臆病な性格であり、自分達のような怪しい姿(自分で言っておいて何ではあるが)をした者達に近づくなどは考えられない。
……男がそんな思考をしている間にも、ヒナタという少女は自分達に近づいて来る。
そして、口を開いた。
「ぉ……がい……ます」
あまりにも気弱で、小さい声。
「おねがい……しま……す」
それでも少女は勇気を振り絞り、声をあげる。
「あのこを……ナルトくん……を、たすけ……て……」
震える身体を抑え、涙ながらに懇願する。
「ナルトくんを……たすけて……ください……!」
地面に涙がポタポタと垂れ落ちる。
あの少年を助けたくても、恐怖の方が勝って助けられなかったのだろう。
ならせめて、せめて周りに助けを頼もうとするも、そもそもこの里には少年を助けようとしてくれる大人など何処にもいない。
だからこそ、この里では見慣れない彼らが目に止まったのだろう。
――――この里のヒトじゃないなら、ナルト君を助けてくれるかもしれない。
そんな一縷の希望を、ヒナタという少女は零れ落ちる涙と共に、彼らに託そうとしていた。
『まだだ化け物め、コイツをくらえ!』
言って、虐待している大人たちは懐からガラス製の道具を取り出し、一斉に少年に向けて投げつける。
――どうせ死にはしないのだ。
そんな侮蔑の想いが込められた凶器が一斉に少年に投げつけられた。
「……」
気付けば、虚無僧姿の男は、ヒナタの視界から消えていた。
◇
シャラン、と独特の金属音が小さく鳴り響く。
その音と共に、子供に向けて一斉に投げつけられたガラス器具が、粉々に砕け散った。
『――――ッ!!』
その異様な光景と、そして先ほどまで自分たちが痛めつけていた化け物と自分たちの間に割って立ちはだかった妙な姿をした男に、里の大人たちは息を飲む。
先ほどまで虐待されていた子供もまた呆然としながらその背中を眺めていた。
「去ね」
貫禄と静かな威圧を感じさせる声が、我に返った大人たちの耳に響く。
立っているのは八咫烏の紋章が付いた法衣を身にまとう虚無僧姿の男。
大人たちはただただ呆然とするだけだった。
「聞こえんか、去ねと言ったのだ。お前たちの叫びも慟哭も、この小童には何一つ届きはせん」
男の後ろに更に、編み笠を被り同じ錫杖を手にした、男の部下である筵と棘が立ちふさがる。
それが、今この時点ではもうあのバケモノに手を掛けるのは許されないと、大人たちに警告していた。
しかし、男の次の言葉で……
「届くとすればそれは、小童に当たり己が虚無を満たさんとする貴様ら自身の醜悪さだけであろう」
『何……だとっ!!?』
男の威圧に言葉を失っていた大人たちであったが、男の言葉が引き金となり、彼らの頭に再度血の奔流が昇っていった。
――――お前なんかに、自分たちの何が分かるというのだ!
――――汚い烏共なんかに、何が理解できるというのだ!
――――
『ふざけるな! そいつは化け物だ、人の皮を被った化け狐だ!』
『そうよ! 私の家族を奪った……穢わらしい狐よ!』
『そんな奴、とっとと死んじまえばいいんだっ!!!』
「――――……ッッ!!?」
大人たちの罵倒が、男たちに守られている少年の心を一層抉り取る。
一方、男の方は……
(……よし、うまく食いついてくれたな)
後ろで泣きそうになっている小童に心を痛めつつも、自分の狙い通りに大人たちが食いついてきたことに内心でガッツポーズを取る。
男は、大人たちが小童にむけて『死ねばいい』という言葉を吐くのを待っていたのだ。
「ほう……ならば今ここで、貴様らの望み通りにしてやろうか?」
そして男が後ろにいた、付き添いの二人に合図をする。
すると、二人の部下の内の男性の方が先ほどまで男が庇った子供を大人たちに突き出す。
「……え?」
先ほどまで自分を庇ってくれていた男たちが、急に先ほどまで自分を虐めていた大人たちに自分を突き出した事に呆然としてしまう少年。
そして、男の指示で少年を大人たちの前に突き出した筵は、少年の上着を錫杖の先でたくし上げた。
……顕となった少年の腹にあったのは……化け物を封印する、渦巻き模様の封印式。
――――そして、筵は錫杖の仕込み刀を、少年の腹にあるソレに突き付けた。
『――――ッッ……!!!??』
そしてその模様を見て大人たちの顔は青ざめる。
見たことがなくとも、初めて目にするであろう者にも、勘が悪いものでもすぐに察することができよう。
――――その腹の中に、何がいるのかを。
そこに、まるで化け物が潜む藪をつつかんとばかりに仕込み刀が突き付けられている。
「この童の命は、貴様らの思いのまま」
『や、やめろ……』
そして、彼らは思いだす。
この腹をぶちまけれた先にいるであろう……あの事件の元凶たる厄災を、……あのおぞましい化け狐を。
「さあ、言うがいい。この小僧を殺すか否か。答えなければ十秒後にこの小僧の腹を掻っ捌く」
『――――ッッ!?』
答えなければ生かす……ではなく“殺す”。
それは、大人たちにとって如何に残酷な選択肢であるかを痛感させられる。
先ほど、自分たちはすでにこの男たちの前で、子供にむけて“死んでしまえばいい”と言ってしまった。
大人たちは本当は分かっていた……自分たちが憎むべきはその子供ではなく、その子供の腹の中に飼われている本当の化け物であるということを。
しかし、あの化け物に敵うわけがないと思っていた大人たちは、やり場のない怒りを子供にぶつけるしかなかった。
――――だからこそ、いざとなってその子供の命の危機が晒されたとき、それを自覚せざるを得なくなった。
……あの子供の腹を掻っ捌いた先に、潜んでいる化け狐を知っているからこそ。
「貴様らがこの小僧を迫害しておきながら態々殺さないように手心を加えていたのは、その先にあるものを恐れていたからであろう。ならばお前達の代わりに我等がそれを実践してやろう。
だが――鬼が出るか蛇が出るか……その責任は取れんぞ?」
『………………ッ』
制限時間が迫る。
迫ればあの厄災がまた来ることになる。
無論……男たちは本気でそれをしようとしている訳ではないが、既に正常な思考を破棄している大人たちにそんな考えに至る余裕はない。
「どうした……この小僧など死んでしまえばよかろう? 何故躊躇う必要がある」
どの口が言うのだろうか。
大人たちは何も言えなかった。
殺してくれと答えれば、もしくは何も答えなければあの厄災が再び巻き起こる。
しかし、殺さないでくれと答えれば――認めてしまう事になる……年端も行かないただの子供に八つ当たりしていた自分たちの惨めさを、醜悪さを。
故に、大人たちは何も言えずにただ黙るばかり。
しかし、その沈黙の間に制限時間はなくりなり……
「そうか、ならば決まりだな。――殺せ」
部下の男性にそう命令する男。
その言葉と共に、部下の男性は錫杖の仕込み刀を振り上げ、その切っ先を少年の腹に振り下ろした。
そして――――
『ま、待て!! やめてくれ!』
『お願い!! やめて!!』
『頼む、この通りだ!』
自らの醜悪さを認めてしまうよりも、あの厄災が再来することを恐れた大人たちは、切羽詰まった様子で叫ぶ。
――そして……部下の男が振るった仕込み刀の切っ先は少年の腹に当たる寸前で寸止めされた。
そして、男が合図すると、部下の男は仕込み刀を杖の中に納め、再び一本の錫杖となった。
「……所詮、お前たちはこの程度だ。己が怒りと殺意を年端もゆかぬ小童にぶつけ、しかしその先にいる己が本当に憎むべき仇を恐れ、殺さないように配慮しながら痛めつけることしかできない。……その愚行こそが、あの厄災を再び招く爆弾を刺激し、お前たち自身の寿命を縮めている事も知らずに……」
『…………』
もはや沈黙だけであった。
――――だが、これだけではまだ足りない。
ここで自分たちが去っても、この子供に対する物理的な迫害が終わるとは限らない。
彼らとて大切な者を失った身だ。
八つ当たりだと自覚しても、やめるとは限らないだろう。
(それに、ナルトを人目に映さずに逃がさなければならないしな……)
男は踵を返し、後ろへ向き去ってゆく。
二人の部下もまたそれに続いてゆく。
――――そして、男は去り際に更なる爆雷を投下することにした。
「それでも尚その愚行を続けるというのであれば――」
一瞬間を置き、言葉を続ける。
「四代目もあの世で嘆いていよう……己の命を
あえて里を守った英雄として犠牲となった四代目を話題に出すことで、彼らの琴線を更に刺激する。
(まあ……現在進行形でナルトの中から見ているだろうしなあ……)
『――ッ!』
四代目――その言葉が引き金となったのか、彼らの怒りは再び頂きに達し、顔を歪めた。
そして、再度その怒りが湧き上がってくる。
先ほどとは比べものにならない怒りだった。
先ほどから男の口車に乗せられている自覚もなく、大人たちは再び吠え始めた。
『そもそも、何であの時お前たちは来てくれなかったっ!!』
『そうよ! 国の為に様々な功績を立てておきながら、何故私たちを助けにこなかったのっ!?』
『化け狐と同じだ!! 四代目は命をかけて俺たちを守ってくれたというのに……お前たちは一体何をしたというんだっ!!?』
『卑しい烏どもめ!!』
『お前たちが――――』
『貴方達さえ――――』
『来てくれれば……!!』
(大体こんな所でいいだろう……)
大人たちの慟哭と叫びを一身に受ける男とその部下の二人。
しかし、それすら男の目論見の一つに過ぎなかった。
――これで、彼らの矛先は少年から完全に自分たちに向いた。
今の彼らは少年に目も暮れていない。
今がチャンスである。
(……棘)
(……はい、頭……)
男に小声で指示され、了承する女性。……その声は、心なし元気がなさげであった。
棘と呼ばれた部下の女性は袖に仕込んでいた紙切れを放つ。
放たれた紙切れは計算されたかのように風に乗り、それは少年の手に渡った。
「……?」
先ほどまで虐待されていた少年は何だろうと思い、その紙切れを覗く。
『 いまのうちに にげなさい 』
「――――ッ!」
呆然とした表情で、少年は男二人と女一人を見上げる。
……今まで、自分が受けてきた仕打ちを、彼らは一心に引き受けてくれていた。
少年は何も言わずに、ここから去ってゆく。
幸い、矛先が彼らに向いているおかげか、大人たちに気づかれることなく逃げることができた。
(行くぞ、二人とも)
(はっ)
(………………はい)
少年が無事逃げおおせた事を確認した男は、二人の部下に小声でそう言った。
部下の男、莚は小声ではっきりと答える。
部下の女性、棘は心なしか意気消沈しながらおぼろげに答えた。
三人は振り返ることなく去ってゆく。
……後ろから聞こえる罵詈雑言を気にもとめず……。
『何故あのとき来なかった!!』
『大名の守護を理由に、俺達を見捨てたのか!!?』
『なんとか言いなさいよ!!』
虐待していた大人たちは去ってゆく三人に必死で吠えるが、もはや聞こえてなどいないかのように気にも止められない。
……もはや、その声は届かない。
『……』
『ちくしょう……』
『何様のつもりだ、あいつら……!!』
三人の姿が見えなくなり、それでもその彼方を見つめる大人たち。
ある者は己の無力さに項垂れ、ある者は地面に拳を叩き込み、ある者は彼の者たちに対する憤慨を口にする。
――だが、彼らは周りから不穏な視線を感じ、ハッとなって周りを見渡した。
先ほどまで自分たちが子供を虐待していた所を、止めもせずに傍観していた人々が白い目で彼らを見ていたのだ。
……そう、それは先ほどまで自分たちが化け狐を見ていた目と、同じ目だった。
『――ッ!?』
『な、なんで……』
『な、何よあなた達……』
白い目で見られる者たちと、白い目で見る者たちの違いはたった一つだった。
――前者は化け物と忌み嫌われる子供に実害を及ぼしていた者。
――後者はそれを良しとし、傍観していた者。
どちらも大差はさして存在しなかった。
みんな、いまの化け狐には力がないから、いくらでも殴っても大した事はないという認識だった。
だが、舞い降りた一羽の烏の言葉でその認識は覆ってしまった。
あの子供を迫害する事は、まさしく爆弾を刺激するような行為であり、それが積りも積もってしまえば、あの厄災がもう一度起こりかねない事態だったのだと。
傍観していた者たちの認識はそのように塗り替えられていたのだ。
故に、化け狐の忌み嫌われる子供に実害を及ぼしていた彼らに、それとおなじような視線で見る。
『な、何よ。その目は……』
『お前らだって、あの化け狐が憎いだろ!?』
『だからこそ、傍観していたんだろ!?』
言って、白い目で見られる彼らは少年がいた場所に指をさすが――――そこに少年の姿はすでになかった。
『――ッ!?』
白い目で見られている者たちと、白い目で見る者たちが憎むべき化け狐は……もうここには存在しなかった。
そして同じく憎むべき烏共の姿もない。
彼らだけが、白い目で見られていた。
そして、彼らの脳裏に先ほどまでいた烏の言葉が過った。
――“お前たちの叫びも慟哭も、何一つ届きはせん。届くとすればそれは、小童に当たり己が虚無を満たさんとする貴様ら自身の醜悪さだけであろう”
まさかこの言葉が現実の物となるのは思いもしなかっただろう。
白い目で見られる者達の中にまるで呪詛のようにこの言葉は焼き付いた。
因果応報とは正にこの事を言うべきであろうか。
その後、彼らは子供と同様に白い目で見られるようになり、彼らはその視線をずっと浴び続けながら里で生活するしかなかった。
そして、化け狐と蔑まされてきた子供は実害的な迫害を受けなくなり、陰口で迫害される事はあったものの、逆に子供からの報復を恐れた一部の大人たちから庇われるようにもなった。
『卑の意思』を持って迫害していた者たちは、突如舞い降りた一羽の烏の『卑の意思』によって、今度は自分たちがその『卑の意思』を一身に向けられるようになってしまった。
◇
錫杖をシャランと鳴らしながら三人は道を歩く。
先ほどの出来事もあってか、今度は人目のつかない道を選んで回り道をして火影邸へと歩みを進めていた。
そして深編笠を被った虚無僧姿の男――――
……一応、理由は察しているのだが。
だが、このまま何も聞かない訳にもいかないので、朧は歩きながら部下の一人に話しかけた。
「如何した、
「頭……いや、なんでも……」
「……」
黒い御徒歩士の衣服に編み笠を被り、錫杖を手にした黒髪ポニーテールの女性――歳は17歳ほどの少女――棘は顔を逸らしてはぐらかそうとするが、じっと自分の顔を見つめる朧に根負けし、やがて話した。
「頭は、すごいですよね……」
「……」
「頭も木の葉のご出身なのでしょう? なのに……里の人たちから何を言われても、超然としていて……なのに、なのに……私、は……」
国の暗部と呼ばれる天照院奈落の構成員である忍びたちが、何故「木の葉の忍」ではなく「火の国の忍」という曖昧な言い方で表現されるのか……答えは単純明快である。奈落の構成員の忍のほとんどは、木の葉の出ではないからだ。
しかし、奈落が里から嫌われていると分かっていても、「里に尽くす」のではなく「国に尽くす」というレッテルを持つ奈落に入りたいと思うアカデミー生も少数ながら存在している。
……彼女もまた、その一人だった。
「すみません、こんな事を言って。覚悟は……して、いたつもりなんです。なのに、何で……こんな……気持ちに、……なるのでしょうか……?」
親から名づけられた名を捨て、天照院奈落の忍「
国の暗部よろしく、冷酷無比な仕業もいくつかこなしてきた。
そう、彼女はもう自分は「奈落の一員」になれたと思っていた。……なのに。
「棘、お前はまだ奈落に入ってから日が浅かったな……」
「……はい」
朧の問いに、棘は弱々しく答える。
「ならば、肝に銘じておけ。
「……」
「お前も、今では天に仕える身。日を浴びる一葉ではなく、日陰を飛ぶ一羽であることを心得よ」
「……はい」
「八咫烏の教えを忘れぬことだ。死を運ぶ烏がその羽根を散らした時、それを悼む存在など、何処にもいない」
「……っ、はい」
咄嗟に泣きそうになった顔を編み笠で隠し、棘ははっきりと返事をする。
しかし、零れ落ちる涙だけは隠せないのか、それがボロボロと地面に零れ落ちていた。
(あれ……もしかして泣かせちゃった? あれ? こんな若くてピチピチな女性を、俺が泣かせちゃった!!?)
威厳を感じさせる井上ボイスとは裏腹に、内心であたふたする朧(笑)。
(やばい、罪悪感で直死……じゃなかった、直視できない! 火影邸に着くまでには泣き止んでほしいけど……)
内心でそんな事を切に願いながら、朧は二人の部下を引き連れ、火影邸を訪問すべく足を動かした。
今回登場した奈落メンバー(オリキャラ)紹介
・棘(いばら)
木の葉出身の奈落の忍。冷酷無比な任務もいくつかこなしているが、甘さが抜けきれてない模様。年は17歳で根っこはとても優しいお姉さんである。
奈落の忍のほとんどは木の葉の里の出ではないが、彼女のようにアカデミー時代から「里に尽くす」のではなく「国に尽くす」というレッテルを持つ奈落に憧れて、入る者も少数いる。
朧は憧れの人。
・莚(むしろ)
ナルトの腹の封印式に仕込み刀を突きつけるという損な役回りを命じられた人。因みに木の葉の出身ではない。
朧には忠誠を誓っている。
朧の口調、どうでしょうか。
一応、「4代目もあの世で~」の下りは、原作(銀魂)の「松陽もあの世で~」のセリフのオマージュなのですが……
天照院奈落のどんなところが好き?
-
錫杖を使っているところ
-
弓を使っているところ
-
装束が好み
-
単純に朧が好きなだけ
-
全部