我らこそは天が遣い八咫烏(笑)   作:ナスの森

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戦の後には烏が哭く

 己が何者なのか分からない。

 オレだけじゃない――おそらく忍であれば誰もが思う疑問だ。

 忍がなんだと問われればオレの答えは一つ――それは只の道具だ。

 道具というのは使い物にならなければ直ぐに捨てられる。より優れた道具があれば、人はすぐ其方へ持ち替える。

 オレが白を傍に置く理由なぞ、あいつが便利な道具であるからでしかない。そして、オレはアイツ以上の道具を知らない。

 

 なら――オレ達、(しのび)はいつまで道具であらねばならない?

 

 使い終わったら己の役目すらも悟ることなく終わっていく道具(なかま)たち。道具(なかま)捨てる(すてる)道具(オレ)

 それが日常になると、不思議なことにそれを疑問にも思わなくなっちまう。

 人をヒトと思えば、もう殺せなくなってしまう。

 だからこそオレ達は、自分も、そして相手も、仲間も、全てをヒトではなく道具として扱う。それが忍としてあるべき鉄則だ。

 心の底から、そう扱うのだ。

 自分自身に常に己は道具だと言い聞かせているようなバカは、必ず足下を掬われる。それが自分より何歳も年下の子供であろうとだ。

 

 なら――いつまでそんな世が続く?

 

 簡単に道具として捨てられちまうような世を改革するためには、己自身も道具に徹さねばならない。

 オレはオレの理想のために、オレの理想の道具となる。オレの意志が抱いた理想に、それ以外のオレの意志の介入など不要なのだ。

 ただ理想のために道具を使い潰し続けろ――鬼兄弟も、白も、己自身すらも。

 そうやって、オレはオレの理想を志す。

 オレの理想の道具であり続けろ。

 

 だが――やはり、何処かで限界を感じてしまうんだ。

 

 水影暗殺に失敗し、あの血腥い里を鬼兄弟や白と一緒に飛び出して、それでもオレ達ならばやれると思っていた。

 やれる、やれない、ではない。絶対にやるのだ。

 そんな意気込みでいた。

 同胞の蒸発した血で出来上がった霧の里を、もう一度、真っ白な霧に染め直すのだと。

 そのためには、力が必要だった。

 裏の仕事を引き受け、資金を集め、同志を集める。

 オレにも、それができる筈だと思っていた。

 

 だが、それは到底至難の業なのだと思い知らされた。

 

 どれだけ資金を集めた所で、人なんざついてこない。

 今なら分かるんだ――あの男が烏どもをかき集められたのは、決して金だけではないということを。

 理想に突き進もうとすればするほど、思い知る。

 自分とあの男の違いを。

 

 木の葉の里の対の勢力として設立された、火の国が擁するもう一つの忍勢力――暗殺組織・天照院奈落。

 忍に関係のない大名や要人、市民を忍の戦火から守るために結成された組織。

 

 オレの理想に、近いと思った。

 

 あの血霧の里に並ぶ勢力を築き上げることができれば、クーデターを血で染め上げる必要もなく、抑止力になれると。

 国の武力と、里の武力で、互いに抑止力として機能する。

 

 五大国の中で、自国から信用されない忍び里がどこかと問われれば、まず霧隠れ、通称血霧の里だ。

 皮肉なことだ――オレ達霧隠れの里は、任務遂行のためならば仲間の犠牲すら厭わず、終始里の道具として在ってきたはずなのに、国からは道具としてすら信用されていないのだ。

 それでも、忍び里は他の強国と渡り合っていく上での最重要のファクターだ。国側もおいそれと武力の象徴である里を切り捨てることはできない。

 いいや、もしくは恐れているのか。

 資金というただ一つの首輪さえ失えば、その首輪を失った狂犬の牙がどこに向かうのか、分かったものじゃない。

 水の国が霧隠れに政治への介入や意見を許さないのも、そういった環境をよしとする感性を持つ者達に対する恐れと、その閉鎖的な貿易体制が原因だ。

 そこに信頼なんてありはしない。あるのは金という名の信用だけ。

 閉鎖的故、自分達がおかしいのではないかという疑問さえ抱かせない。

 戦火を呼び込む血継限界持ちを徹底的に迫害してきた歴史があるが、今や里全体が国からそういった目線で見られていることに何故気付かない?

 内側からも、外側からも信頼がない。

 故に、大名たちに忍の有用性を間近で伝えることで理解させ、そうすることで里の忍の信頼を保つ組織が必要なのではないか。

 そうすれば変わるのは外側だけじゃない。抑止力の発生によって生まれる不信と警戒は確かにあるのだろうが、そうなれば多少なりとも国と里の両者は歩み寄れるのではないか?

 国が独自の勢力に頼り始めれば、里は危機感を抱く。だがその危機感こそも、里側から国に歩み寄る一助になるのではないか。

 そこから里の閉鎖的な姿勢が少しでも改善されれば、あんな仲間殺しが飛び交う馬鹿げた環境も変わるんじゃないか?

 

 何故、あの男は霧隠れに生まれてくれなかった?

 何故、木の葉なんていう安穏な里に生まれ落ちた?

 お前のような男こそ、水の国と霧の里の間には必要だったのではないか?

 

 何故、オレはお前のようになれない。

 どうすればあんな大国の里に並ぶ程の勢力を集めることができる?

 大戦後の各国の軍縮によって抜け忍が溢れかえった時代に、まるで野良犬を拾うかのように抜け忍を集めることができたからか?

 それとも大戦の戦果の褒美として得た大金があったからか?

 それとも……力か?

 

 時代、金、力……全てが揃っていた。だからこそ集められたのか?

 

 その男が成したことと、オレの理想は、近いが根本的な違いがある。

 奴は里を保つため。オレは里を変えるため。

 だが、理想を叶えるのには、結局あの男と同じくらいの力と勢力が必要なのは確かだった。

 力だけならば、自信はある。

 だが、時代と金だけは掴めなかった。

 全ての機を掴み、モノにしてみせたあの男との違いを思い知るのだ。

 

 抜け忍になってからは、カラス共とも鉢合わせになる機会は幾度とあった。

 刃を交えて思い知る。

 奴等の動きは、バラバラの寄せ集めができるものではない。連携も、練度も、大国の忍里を思わせる程に纏まっている。

 撃退しても、残るのは勝利の余韻ではなく、言いようのない募る敗北感だった。

 一騎当千の個の力ではなく、組織としての力を見せつけられては、余計に己の理想が遠く感じられてしまう。

 

 それでも、オレは止まらない。

 首切り包丁を手に、今日もオレの理想の道具であり続ける。

 止まれない。

 走り続けるしかないのだ。

 

「知っている筈だ」

 

 なのに。なぜだ。烏ども。

 

天照(てんじょう)に仇為し賊の定めは、ただ一つ」

 

 後ろの部下どもは、掴み取れなかったオレへの当てつけか――

 

「この烏たちの羽からは、何者も逃れられはしない。(てん)に刃向かいし、咎人達よ」

 

 雑多の烏どもだけならばともかく、なぜあの男までもがここにいる……!?

 

 

     ◇

 

 

「な、何じゃ……後ろのガトーの部下達が急に……!!」

 

 さっきまで夢でも見ていたのか、と言わんばかりにタズナが目をごしごし擦っては、ガトーの後ろにいる集団を見るという動作を繰り返している。

 

 呆気。悪寒。戦慄。

 ナルト達も、再不斬と白も、拘束された雲隠れの忍たちも、その他の抜け忍たちも、誰もがそんな感覚を抱いた。

 仕込み刀を刺されたガトーは、口から血を吐きつつも、青ざめた表情で自分の部下だった筈の者達に振り返っていた。

 

「存外食えぬ男であったな。お前達が利用したこの人形も……」

 

 奈落の忍たちの先頭にいる朧が、怯えるガトーを見下しつつ、雲隠れの忍たちに語り掛ける。

 

「火と水を争わせる火種として力を与えたにも関わらず、あっさりとお前達の存在に勘づき、出し抜く算段を立てていたぞ。……愚かなモノだ、糸を引くつもりが、逆に引き摺り出されるとは……天に歯向かった結果がこれだ」

 

『……………ッ!!』

 

 朧の言葉に、雲隠れの忍たちは表情を苦渋に歪める。

 ガトーごときに出し抜かれたことも屈辱であったが、何よりそのガトーの目論見すらも見抜き、こうしてガトーの更に後ろから機会を伺っていた奈落に対してもだ。

 彼らは真っ先に粛清すべき対象であるガトーをすぐには殺さずに、こうして隠れ蓑として利用することで自分達雲隠れに気付かれないようにしつつ、この機会を伺っていた。

 木の葉との戦いで消耗した自分達をガトーと共に叩ける、絶好の機会を。

 いつでも殺せる筈のガトーをあえて泳がせ、ガトーと同じように糸を引く存在を見抜き、あえてガトーの策略に乗りかかり、そうして炙り出された自分達をガトーと共に叩く算段を立てていたのだ。

 いつの間にか、ガトーを糸を引いて操る存在が、雲隠れ(自分達)から奈落(彼ら)にすり替わっていた。自分達は逆にそのガトーから更に糸を引かれる存在にまで落ちぶれていたのだ。

 天に歯向かっていた筈が、気付かぬ内に地に落とされていたのである。

 

「……や、やっぱり…………いたってばよ……」

 

 思わぬ再会に、ナルトは言葉さえも忘れていた。

 会いたいと思っていた。認められたいと思っていた。

 だが、いざ会ってみれば、どんな言葉を口にしてみればいいのか分からなかった。

 状況も状況なだけに、ナルトは唖然としたまま声を上げることができなかった。

 

(……あの時、オレを助けてくれたときに被ってた笠の下は、あんな顔だったんだな……)

 

 五年前に助けられたときは、顔全体を覆うような笠(天蓋)を被っていたためにナルトからは彼の顔は分からなかったが、こうして五年越しの再会でナルトは彼の顔を見ることが叶ったのである。

 思っていたよりも、恐い顔だった。

 ナルトが初めて会ったときに感じた“恐怖”から連想していた顔よりも、更に。

 顔立ちこそ整っているが、優しく笑う表情がとてもではないが連想できない冷酷な表情。眼は透き通るように白く、その分目下の隈が目立ち、彼の纏う闇を余計に引き立たせている。

 

(そして、後ろの人たちは、あの人の……)

 

 朧の背後にいる部下達に、ナルトの視線が移る。

 錫杖を携えた黒衣の集団――奈落の(しのび)たち。

 その黒衣の者達を率いる姿に、憧れた。自分もその中の一人になって、そしてあの人に認められたいと。恩を返したいと。

 そう思って来た。

 

「カカシ先生、あの人達は一体……」

「……あれは、天照院奈落の忍たちだな。このタイミングで来るとは……」

 

 奈落の忍たちを目の当たりにするのは初めてなのか、そんなサクラの問いにカカシが答える。

 

「あれが、奈落……? なんか、木の葉の人たちと全然違う……」

 

 あんなナリをした者達が“(しのび)”であるということが、サクラには信じられなかった。

 あの先頭にいる男も含め、彼らが着ている服は忍というよりは、まるでどこかの寺の僧みたいではないか。

 忍の証である額当てもしてはおらず、手に持った錫杖は戦闘や殺しに向いた代物にはとても見えない。

 

「な、奈落だと!?」

「烏共が、何故ここに来て……!」

 

 抜け忍たちも驚愕する。

 五大国の忍里にも匹敵する規模の勢力を持つ忍組織が、これほどまでの数を揃えてここまでやってきたのだ。

 ガトーの背後にいたのがガトーの本当の部下たちであれば、今の状況に比べてどれだけ救いがあったことか。

 

「あの時思い知った筈だ。貴様らの遠吠えは天には届かんと。牙を向ける大儀さえ失ったというのに、何故、貴様らはここにいる?」

『…………ッ』

 

 歯ぎしりをする雲隠れの忍たち。

 日向の一件での、奈落の報復。

 木の葉からの報復であれば、いくらでも予想ができた。報復をしてくるのであれば、今度こそ条約を盾に白眼を頂いてやろうと。

 雲隠れには力があった、当時の木の葉を凌ぐくらいの力が。

 だが、予想もしない横からの、まったく別勢力からの報復。

 警戒の目線が木の葉に向かっている隙に、その横槍が入れられた。

 ――卑怯だ。

 まったく己の手を汚さずに報復を成した木の葉。

 国という力を盾に、まったく別の大儀を以て報復を実行した奈落。

 

『この、卑しいカラス共が……!!』

『貴様らのおかげで、雷影様は……!!』

『貴様ら、貴様らだけは絶対にッ!!」

 

 報復により妻子を失った自分達の長は、荒れに荒れ狂った。

 最早、大義名分など関係ない。

 報復してやる、復讐してやる、家族の仇を取ってやると――だが、雷影もバカではない。

 木の葉だけではなく、奈落も同時に相手取ればどうなるか。

 故に、あの時の木の葉のように、手を汚さない報復の手段を選んだというのに……また、カラスたちに邪魔をされた。

 その怒りを声に乗せた雲隠れの忍たちであったが、怒りの矛先を向けられた当人は、話にならん、といわんばかりに取り合うことはなかった。

 

「言った筈だ。貴様らの声はどこにも届かんと。これで終わりだ」

 

 朧が言い終わると同時、後ろにいた奈落の忍たちが一斉に錫杖を構え、臨戦態勢に入る。

 青ざめたのは、雲隠れの忍たちだけではなかった。

 抜け忍たちは分かっていた。

 奈落の牙が向けられる先は、雲隠れの連中だけではない。

 間違いなく、自分達もその対象なのだと。

 

 元より、彼らは雲隠れや奈落のように潜り込んでいたわけではなく、最初からガトーに雇われていた忍だ。

 そのガトーが奈落の凶刃に倒れた今、抜け忍たちはもう本当の意味で戦う理由などない。ならば、取る選択はたった一つ。

 

「……撤収するぞ。何としてでも生き残る……」

『……………』

 

 一人の抜け忍がそう言うと同時、周囲の抜け忍もまたそれに同意し、ここから逃げる算段を立て始める。

 木ノ葉との戦いで消耗した彼らが、こんな数の奈落を相手に勝てる筈もない。

 ならば、勝つのではなく、生き残る算段を考えるのだった。

 

「――()()()()?」

 

 だが、彼らが縋る希望の光すら、朧は遮るように言う。

 

(いな)。貴様らはここで、全員果てる運命(さだめ)だ」

 

『………?』

 

 

 朧の発言に、誰もが訝んでいると――海の向こうに、波の国から出て行こうとする数隻の船が見えた。

 朧がそこへ一瞥すると同時、全員が「一体何事かと」とそこへ目を向ける。

 

 

「あ、あ………れは、私の、船?」

 

 ガトーが、途切れ途切れの声で言う。

 部下には、誰一人としてこの国から出るように命令をした覚えはなかった。

 なのに――ガトーカンパニーの船がガトーの断りもなしに、この国から出て行こうとする意味。

 

「ま、まさかあいつ等、私を、裏切っ、て……!」

 

 つまり、あの船に乗っている者達は、ガトーを見限ったのだ。

 町に派遣され、殲滅された部隊の生き残りが、何とかガトーのアジトに待機している仲間たちと連絡を取り、もう波の国にはいられないと悟ったのだ。

 故に、彼らはこうしてガトーカンパニーの船を強奪し、この国から去ろうとしている。

 しかし――

 

 

 それらの船は、一斉に爆音を立てて、動きを止めた。

 

 

『――――――ッ!?』

 

 

 誰もが目を見開き、驚愕する。

 煙を立てて停止したガトーカンパニーの船たちは、暫しした後にさらにすさまじい爆音を立てて爆散していく。

 これでは中にいる乗員たちも、無事ではあるまい。

 

 

「い、一体何が……」

 

「お、おい……あれを見ろッ!」

 

 

 誰もが困惑する中、爆散したガトーカンパニーの船の残骸らの奥から――さらに、巨大な船が姿を現した。

 黒い船体。甲板の上に城のような建物が建っている城船。

 その建物の煙突から黒灰の煙を立てながら、その船はゆっくりと、橋から見える位置の波の国の大陸から突き出ていた桟橋に停まる。

 

 

「な、なんじゃあれは⁉ 超でけぇ船が……!!」

 

 驚くタズナ。

 周囲も騒然とする。

 誰もが敵味方を忘れ、その光景に唖然とするばかりだった。

 

「カ、カカシ先生……あの人、一体何を言ってるんだってばよ? ここで全員、果てるって……」

「……奈落は、ここでガトー一派を一人残らず殲滅するつもりなんだ」

 

 状況を理解できないナルトの質問に、カカシは答える。

 

「殲滅って!?」

「……まさか!?」

 

 カカシの回答にサクラは驚き、サスケも目を見開く。

 

 

 汽笛が鳴り響く。

 直後、陸から突き出ている桟橋に通路が降ろされる。

 その通路のゲートが開くと、その中から、大勢の奈落の忍たちが出動してきた。

 船から下ろされた通路を下り、桟橋を渡った大勢の烏達はそのまま波の国の地へと足を踏み入れていく。

 

 

「お、同じ格好をした奴等が超大量に……!? あれは一体なんじゃ!? お前達は一体!?」

 

 タズナが朧に叫んで問い詰めるが、彼らは答えない。

 

 その光景に、ナルトたちが呆然となる一方で、カカシはさらに説明する。

 

「さっきの、筒のようなものを見ただろう? あれはガトーカンパニーが開発した兵器なんだ。ガトーはあのような物を各国に売り込み、戦火を広げて膨大な利益を得ることを企んでいた。

 今、ここでガトーが倒れこそしたが、その技術が消えることはない。雇い主を失った部下達は、またその技術を各国に売り込んで、戦火を広げ、私腹を肥やそうとするだろう。さっきガトーを裏切って船から逃げようとしていた奴等も、そんな連中だ。

 つまり、ガトーを殺したところで、この火は止められない」

 

 

 カカシの説明が続く中、橋の上から見えるその光景で、上陸した奈落の忍たちが、この国から逃げようとしていたガトーの部下達を切り殺していく。

 ならず者たちも、抜け忍たちも、一人残らず。

 波の国の地が、血で染まっていく。

 

 

「奈落は、その火が広がらない内に、ここで全てかき消そうとしているんだ」

 

 

 船から出てきた奈落の忍たちが一帯の殲滅を終えると、散開して国中に広がる。

 ガトーの戦力が集中しているこの時こそが好機。

 この波の国中にいるガトー分子を全て皆殺しにすべく、烏達はこの地を飛びまわる。

 

 

 そんな光景が、橋の上にいる全員の目に映った。

 

「全てを殺し尽くし、戦火を広めぬようにと……」

 

 

     ◇

 

 

 橋からは離れた別の場所。

 棘たちの隊に連れられて避難所へと連れられている途中のツナミとイナリの目にも、その光景は映っていた。

 

「か、母ちゃん、アレ……!」

「ッ!!」

 

 橋付近に停留したものと同じ船が、この近くの海沿いにも来ていた。

 桟橋のない砂浜に座礁し、船の上から大勢の奈落の忍が次々と飛び降り、波の国へと乗り込んでいく。

 その者達の姿は、今現在自分達を保護し、護衛している者達と同じ格好をしていた。

 

(こ、この人たちは……本当に、一体?)

 

 これほどの力を持つ者達が、何故ここに来ているのか。

 どう軽く見積もっても、ガトーよりも遥かに大きな力を有しているではないか。

 ツナミの、彼らへの疑問は募るばかりであった。

 

 それでも、今のツナミにできることは、ナルト達と父の無事の帰還を祈るより他なかった。

 

 

     ◇

 

 

 朧率いる潜入部隊に続き、後方に待機していた骸率いる火消し部隊までもが乗り込み、奈落は本格的なガトー一派殲滅を開始した。

 既にガトーと雲隠れの企みは潰え、そこには屍を啄まんとするカラスの群れが飛び交っている。

 誰もが、恐怖し、絶望した。

 

「お、終わりだ……」

 

 血を吐きながら、ガトーは青ざめた表情で呟く。

 自分が利用してきた者も、自分を利用してきた者も、自分が裏切った者も、自分を裏切った者も、自分が築いてきた全ても――烏達の鳴き声によって無に還っていく。

 

「私も、お前達も、全員……もう終わりだ……ア、アハハ、ハハハハハッ!!」

 

 青ざめたまま、狂ったように笑うガトー。

 ガトーだけではない。

 雲隠れの忍たちも、抜け忍たちも、皆して敵味方を忘れ、この状況に絶望していた。

 ――最早、逃げることは叶わないのだと。

 

 一方、ナルトは瞬く間に変化したこの状況に、何も言えないままでいた。

 念願の再会が叶ったというのに、次々と語られる真実に頭が追い付かず、再会を喜ぶ暇さえなかった。

 だが、次の朧の言葉で、ナルトの目は覚めた。

 

 

「さらばだ、贖い人たちよ。せめてその御魂、この烏達が還してやろう」

 

 

 朧の合図のもと、後ろで待機していた奈落の忍たちが、一斉に雲隠れや抜け忍たちに躍り出たのだ。

 錫杖の音を鳴らしながら、死神たちが迫ってくる。

 数はほぼ互角、しかし既にナルト達との戦いで消耗している彼らにとっては厳しい状況であった。

 

『グぁ、ギィッ!?』

『く、逃げ――ぐぁッ!?』

 

 まるで相手にならない。

 抜け忍と雲隠れの忍たちは、次々と奈落の忍の凶刃に倒れていく。

 錫杖を突き刺され、仕込み刀や打刀で切り殺され、あちらに見えたものと同じ光景が、この橋の上でも再現されていた。

 

「こ、こんな事って……!!」

 

 口を両手で抑えながら、サクラが狼狽える。

 サスケも必死に歯を噛みしめながら、その光景を見ていた。

 

 相手に、もう戦う意志はないではないか。

 ガトーの企みも潰え、もう彼らに戦う理由なんてどこにもないではないか。

 

 なのに――どうして?

 

 

「な、何を、しているんだ……」

 

 

 体を震わせながら、ナルトは朧を見つめる。

 こんな事、聞いていない。

 だって、奈落は里ではなく、国を守るために結成された独立組織で。

 国の偉い人達や民を守るための人たちだって、聞いていたのに……。

 

 

「な、何だってばよ、これ……!?」

 

 

 戦えない弱き者を守るのではなく、戦えない弱き者を一方的に虐殺している。

 まるで、屍を食らいに来たカラスのように。

 

『く、くそ……!?』

『退け!退けぇ!!』

 

 拘束されていた雲隠れの者たちが切り殺され、それでも尚も止まらないカラスたちを見た抜け忍たちは、次々と退却していく。

 逃げ場が、もうどこにもないことはわかっていた。

 この波の国は既に、国中がカラス達の羽に敷かれている。

 それでも、彼らは逃げるしかなかった。

 

「も、もういいんじゃ――!!」

 

 そんな逃げる彼らを見たナルトが、朧にそう叫ぼうとするが――

 

「追え」

 

 朧のその言葉がナルトの耳に入ると同時、手を伸ばそうとしたナルトを(からす)たちが通り過ぎる。

 ナルトを通り過ぎた烏達は、ナルトに一瞥もくれることなく、逃げた抜け忍たちの追撃に向かうのだった。

 

「一人たりとも逃すな」

 

 ナルトの言葉に取り合うことなく、朧は彼らに指示を出す。

 一人も逃がすな、皆殺しだ、と。

 

 

「何、で……」

 

 

 あまりにも冷徹、あまりにも無慈悲にそう言い放つ朧に、ナルトは今度こそ言葉を失ってしまった。

 ふと、ナルトの脳裏に、イルカの言葉が過る。

『だからお前に奈落(あそこ)は向かんと何度も言っているだろう!?』

『暗殺や護衛だけじゃない、その他色々他言できないような汚れ仕事もやらされるんだぞ!?』

 奈落に入りたがるナルトを心配してでの言葉――その言葉が咄嗟に過った理由を、ナルトは暫く理解できなかった。

 

 放心するナルト。

 

 いつの間にか、再不斬と白の姿が見えなくなっているということにすら、ナルトは気付けなかった。気付く余裕もなかった。

 あの2人だけでなく、共に戦ってくれた追い忍の女性の姿すらないことにも。

 

 

     ◇

 

 

(やばい……どうしよう……やっちまった……)

 

 殲滅の指示を出す一方で、朧は信じられないような目で此方を見て来るナルトを一瞥し、冷や汗を流していた。

 念のため、原作通りに事が運んでいるか確認するため、こうして配下たちと共にガトーの部下達に扮して様子を見に来た朧であったが、まさかガトーが先にナルトをやろうとするとは思わず、つい手が滑って仕込み刀をガトーに投げつけてしまったのである。

 ガトーには法的裁きを受けてもらう予定なので、かろうじて理性が働いて殺すことはなかったが、今にも治療しないと死んでしまいそうな勢いである。

 

 そこからはもうヤケクソになり、部下達に変化を解かせ、自身もナルトたちの前に姿を現すという大仰な行為に及んでしまった。

 

(ああ、もう何だよ⁉ 『この烏達の羽からは何者も逃れられはしない』って……単に尻尾を出しちまっただけだよコンチクショウ!!)

 

 尻尾を出してしまった自身の失態を誤魔化すかのように出てしまった言葉に、朧はもう恥ずかしくなるばかりだった。

 その恥ずかしさをさらに誤魔化さんと殲滅を指示してしまう間抜けっぷりである。

 図ったなガトーめ、と朧は理不尽な呪詛をガトーにぶつける。

 

(あーやばい、ナルトの視線がやばい。絶対オレを痛いヤツだって思ってるよこれ……やめてくれよ、つい手が滑っただけなんだよ……勘弁してくれよぉッ!!)

 

 自己嫌悪に陥っていた朧は、ナルトの言葉に取り合う事すら恥ずかしくてできず、こうしてヤケクソで殲滅命令を出してしまったのである。

 同時に、朧は実感する。

 ――もう、これ原作ルート無理じゃね、と。

 せめてナルトが白と再不斬の生き様を見るまでは手を出さないでおこうと思っていた朧であったが、それすらも不可能な所まで来ている。

 

(まあ、土台無理な話か……水影さんからも2人の保護を頼まれちゃったし、あの2人の生き様を見せつつ、かつあの2人を捕らえるなんて……)

 

 屍には既に指示を出し、動けなくなった白と消耗した再不斬を傀儡で捕らえさせた。

 この混乱の中だ、気付かれずにうまくやったことだろう。

 だからといって、原作崩壊が避けられたというわけではないのだが、とりあえず水影との約束は果たせそうだった。

 

(けど、まあ……)

 

 ちらりと、此方に(いたい)目線を向けてくるナルトを一瞥する。

 

(あの様子からして、多分白とはそれなりにやりとりしたみたいだし……大丈夫、か……?)

 

 ナルトの視線の意味も理解せず、相変わらずこの馬鹿は根が楽観的思考のままだった。

 

 

     ◇

 

 

「……見つけた」

 

 橋付近に停留した奈落の城船。

 その中で、橋の上にいるタズナを遠くから見つめる骸の姿があった。

 




多分次回で波の国篇は完結だと思います。

天照院奈落のどんなところが好き?

  • 錫杖を使っているところ
  • 弓を使っているところ
  • 装束が好み
  • 単純に朧が好きなだけ
  • 全部

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