我らこそは天が遣い八咫烏(笑)   作:ナスの森

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やっと投稿できた・・・・・・お待たせしてすみませんm(_ _)m


奈落と火影

 ――――3人が木の葉を訪問する前。

 

 とある木造の屋敷の畳の敷かれた和室にて一人の男性と一人の少女がいた。

 男性は20代前半の男だった。

 少女の方は10代後半辺りといった所の見た目だった。

 

 男は座布団の上に座り、事務用の分机の上にある大量の資料に目を通しながら、必要な事項と情報を整理していた。

 一方、女の方はそんな男の正面に立ち、光を灯さぬ目で見下ろす。

 

「……それで、態々私を呼び出して何の用なの、頭」

 

 女性は訝し気に男性に問う。

 普段はこんな堅苦しく狭い部屋などに呼ぶことなどせず、集合室などに隊員をまるごと招集して連絡事項を伝える筈であるのに、態々自分の部屋にまで呼び出して何の用なのか。

 

(むくろ)、暫くの間ここをお前に任せる。私の代わりに殿の警護を務めろ」

 

「……それつまり、暫くの間あなたの代わりをしろという事?」

 

「そういう事だ」

 

「……どうして?」

 

 骸と呼ばれた女性――紺色のロングヘアーでまるで人形のような雰囲気を醸し出した美女はほんの少し面倒くさそうに目を細める。

 面倒くさいというのもあるが、何より自分の所属する組織の頭領が態々しばらくの間その代わりを任せてくるというのだ。

 訝しくもなる。

 

「殿の命令で木の葉を訪問する事となった。奈落の首領として火影様への情報提供、および報告も兼ねてな」

 

「……情報提供や共有は今まで通り部下たちに任せればいいじゃない。何なら(ペット)達を遣わして済ませればいいだけ……」

 

「そういう訳にもいかん。今回は少々特殊だからな」

 

「……?」

 

「我ら奈落は忍達で結成された暗殺組織であると共に、殿に仕える御徒歩士組でもある。……この意味が分かるな」

 

奈落(わたしたち)はただ忍んでいればいいのではない。殿や姫様に仕える忠臣として、それを周囲に示さなければならない……そういう事?」

 

「端的に言えばな……」

 

(ぶっちゃけ、火影様が伝文で俺の顔を見たいって言ってたのが一番の理由だけど……)

 

 もはや奈落はただの忍組織ではなくなった。

 木の葉の暗部のように常に影の中で行動する事は難しい。

 奈落は国の暗部であると共に、大名お墨付きの護衛部隊でもある訳だ。

 時には表沙汰にはできないような冷酷無比の仕業も、時には盗賊から大名親族やその要人などを守護するなど名誉ある任務も同時にこなしている。

 木の葉は普通の忍びと暗部でそれらを使い分けているが、奈落という組織は一つしかない。

 ……両方とも平等にこなしていかなければならない……大名への忠義の下にだ。

 

 そして、今回伝令する内容は火影直々に宛てられるものだ。

 忍びとしてなら部下に任せるなり烏を遣わすなりすればいいが、今回は大名が火影に直々に宛てられた巻物を届けるのだ。

 ……火影に自分たちの大名への忠義を見せつけるためにも首領が自ら赴くぐらいの事はしなければならない。

 

(奈落が設立されたせいか原作にあった「守護忍十二士」が結成されてないままなんだよなあ……あれ、という事はもしかして俺や骸含む奈落三羽がアスマや地陸の代わりに裏の世界で賞金首として知られてる、なんて事はないよね? 角都あたりに狙われたりしないよね?)

 

 そして、ここまできてそんな可能性に今更気付くバカが一人……彼は今日も今日とて八咫烏(笑)なのであった。

 己が尊敬する首領のそんな内心を知りもせずに骸と呼ばれた女性は、男に問うた。

 

「……けど、何故態々あなたが行く必要があるの? 他の上忍クラスの奈落の隊員に任せればいいだけの事……貴方が行く必要なんて微塵も感じられない」

 

「そういう訳にもゆくまい……何せ火影様直々に私をお呼びになっているからな。姫様は反対気味のご様子であったが、殿は快く了承なされた」

 

 木の葉の忍であった男が此方に来るきっかけを作った姫様、所謂大名の娘は彼が彼方に戻る事にはあまり快く思ってはない。

 一方、火の国の大名は火影の頼みとあらば無下にすることはできず、向こうもかつての部下の顔を久々に見たいのだろうと思い、了承したのである。

 

「……でも、やっぱり分からない。組織の頭領自らが出向くなんて……。何なら私を行かせたっていい。私だって奈落三羽に数えられる者……木の葉の出身でもあるし、貴方以外の適任にもなりうる筈……」

 

「お前は駄目だ」

 

「…………どうして?」

 

 人形のような彼女であったが、男の一言で僅かに眉間に皺を寄せ、程度こそ分からないが不機嫌さが伺えた。

 

「木の葉には根のダンゾウがいる。奴は木の葉を守る為にはありとあらゆる手段も辞さない。うちはの殲滅を提案したのも奴だ。そして……その際にうちはの者たちの死体から大量の写輪眼を収集した。里を守るために里の牙を折り、そしてその牙の再利用までしようとする男だ。現在、うちはの生き残りの中で居場所が判明している者はうちはサスケとお前だけだ。ダンゾウの奴がおまえに目を付けていない筈がなかろう」

 

「……ダンゾウは私が万華鏡写輪眼の開眼者である事には気づいていない筈。……ただの写輪眼二つの為に人員を動員してまで私を狙うにはさすがにリスクを伴う。それに……万が一国に仕える組織の幹部を襲ったと知れ渡れば、ただでは済まない事くらいダンゾウも分かっている筈よ……」

 

「確かにお前の万華鏡写輪眼の能力はその特性上、目の模様が他人に目視される事はまずない。大抵の忍はただの時空間忍術と勘違いして終わるであろうな……」

 

「……なら――」

 

「奴を甘く見ぬ方がいい」

 

 頑なに男が木の葉に向かわなければならぬ事が納得いかないのか、骸は引く様子がない。だが、男としても骸を木の葉に向かわせる訳にはいかなかった。

 

「気づきはせぬとも、おそらく勘付いてはおろう。何の理屈も分からぬ時空間忍術……飛雷神のようにマーキングする訳でもなく、瞬身のようにただ単純に速く動く訳でもない。……奴なら勘付いてもおかしくはない筈だ。

 それに……奴はこういうリスクのある所業をこなすのが得意だ。たとえお前に手を出したりしても、他里の忍の仕業と見せかけ己へ牙が向くのを回避する裏工作をするくらい造作もなかろう」

 

「……」

 

 男の正論に、骸と呼ばれた女性はただ反論できずに伏し目になるだけであった。

 事実、ダンゾウという男は抜け目のない輩であり、里を想う気持ちこそ本物ではあるものの、野心家としての私情も入り混じっている為、そのやり方は懐から見ればとてもではないが良いとは言えぬモノ(奈落(かれら)が言えた事でもないが)。

 故に、裏世界では「木の葉の闇」を代表する者として知れ渡っている訳であるが。

 

「それでも……なんで頭が行く必要があるの? いくら火影様の頼みとはいえ、別に強制している訳でもない。

 

 ――――なんで……貴方がまた()()()()に戻る必要があるの?」

 

 張り詰める空気。

 ……漏れ出す殺気。

 彼女から漏れ出される殺気は男に向けられた者ではなく、目の前にいる男を持ち上げては下げ、持ち上げては下げる事を繰り返した彼の地。

 その彼の地へ、彼女は憎悪にも似た感情が漏れ出す。

 その光のない目はいつの間にか三つの勾玉模様が入った紅い目に変質し、その視線だけで常人を射殺しそうな鋭い威圧が放出された。

 だが――――

 

 

「――(むくろ)

 

 

 しかし、その威圧は更なる静かな威圧によって押し返される。

 

「――っ!?」

 

 とっさの威圧に気圧された骸は驚いてその写輪眼を見開きながら、男を見る。

 ……それは、先ほどの自分のモノとは比べ物にならない威圧だった。

 少年時代に第三次忍界大戦で常に最前線で戦い続け、「木の葉の白い牙の再来」とまで言われた男の、ただの威圧だった。

 

「…………ごめんなさい、失言だった…………」

 

 写輪眼を戻し、骸は再び光のない目に戻し、その目を伏せて反省の色を見せた。

 ――――そうだ……里に怒りと不満を一番抱いていたのはこの男だ。里に前線でこき使われ、時にはその里から命を狙われ、それでも里を……いや、里と国を想ってこの男はこの地位にいるではないか。

 今の発言はその男の覚悟を無碍にする行為……男が怒るのも無理はないだろう。

 己が過失を自覚した骸。

 一方、骸の殺気を更なる殺気で押し返した男はと言うと……

 

(やべえ、やべえよこの子。滅茶苦茶怖いんですけど……、一瞬ちびりそうになったんだけど、思わず反射的にチャクラをちょっと荒立てちゃったんだけど……!?)

 

 第三次忍界大戦時、少年時代に前線で戦わされ続けてきた男は任務では敵の殺気を受け、それ以外では唯一分家で呪印を持っていないという事で他里の暗部から狙われたり、とにかくそれらに敏感になってしまった男は思わず骸の殺気にビビッて反応しただけであった。

 無論、この事が骸に知られれば全て台無しになるわけだが、そこには触れないでおこう。

 

「とにかくだ。同じく奈落三羽である(こころ)が奈落の養成機関に派遣され不在な今、ここを任せるに適任なのは骸、お前だけだ」

 

「…………頭がそう言うなら」

 

 渋々といった様子で了承する骸。

 色々思うところはあるものの、男が自分を頼りにしてくれているというのであればその期待に応えなければならない。

 

「失礼します」

 

 廊下から声が掛かる。

 

「入れ」

 

 男の許可と共に、障子の引き戸が開けられる。そこに編み笠を被り、黒い御徒歩士組の姿をし、手に錫杖を持った二つの人影が入ってくる。

 

「頭、そろそろお時間です」

 

 一人は男、一人は女。

 (むしろ)(いばら)だった。

 

「分かった、すぐに行く。……骸、暫しの間ここを任せるぞ」

 

「……ええ」

 

 骸にそう言い残した男は、筵から錫杖を一本受け取り、障子を閉めて部屋から出ていく。

 その出ていく直前の男の背中を見て、骸はただ一人呟いた。

 

「……本当は、ダンゾウが私なんかよりも貴方に目をつけていることくらい……わかっている癖に……馬鹿な人……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……え? 初耳なんだけどそんな事……)

 

 そして、骸の呟きを地獄耳で聞き取っていた男、(おぼろ)は内心でキョドってしまう。

 骸のつぶやきを聞いても、自分にそんな心当たりなどないし、そもそも自分は木の葉に不利益な事は何一つした覚えはないので、そんな事を言われても困るだけである。

 ……強いて言うなら、自力で日向の呪印から抜け出した事か。

 

 ――――そこで、朧はハッとなった。

 

 思えば、何故自力で呪印を解いた自分に対して、日向宗家は勘当するだけで特に実害を及ぼすような事はしてこなかったのか。

 

(そういえば……大戦時に戦ってきた他里の暗部達の中に、やけに火遁を多用してきたり、木の葉に馴染みのある動きをしてきたりする奴が多いなとかちょっぴり思ったりしたけど……え、何? そういう事? つまりそういう事なの!!?)

 

 ここにきて、この馬鹿はようやく気付いたのであった。

 白眼の力が他里に渡る事を恐れた日向宗家の者たちが、自分に対して何もしてこない訳がなかった。

 ……もし、宗家の一部の者たちがダンゾウ率いる根と接触していたのだとしたら。

 ……その結果、日向宗家の者たちと同様に白眼の力が他里に渡る事をよしとしなかったダンゾウが、その宗家の者たちの意思を汲み取って実行したのだとしたら……。

 ……そして、その根の忍たちが他里の暗部に化け、自分を狙っていたのだとしたら……。

 

(あっれ~、おかしいなあ~……木の葉に行く気力が急に失せてきたぞ~? ……とか言ってる場合じゃねえよ!! どうする、俺!?)

 

 最初は大名の伝文を伝えるついでに火影様にちょっくら挨拶してこよーっと、と気楽な気分でいた朧であったが、その実自分達がかなり危ない所に自分は足を運ぼうとしている事に気付いてしまった。

 しかも下手すれば後ろにいる部下二人もとばっちりを食らう可能性がある訳だ。

 

(どうしよう……やっぱやめようかな、木の葉に行くの……)

 

 木の葉へ向かう意志が薄れていく中、やはり烏たちに任せてしまおうかと後ろの部下二人をチラリと見るが――――

 ――――一生あなたに付いていきます、的な目で自分の背中を見つめる(むしろ)

 ――――まるで憧れの人を見るかのような憧憬の目線で自分の背中を見つめる(いばら)

 

(あ、これは無理だわ)

 

 今更、こんな目で自分を見る後ろの二人に向かって「やっぱり木の葉行くのやめるぞ」など真顔で言える筈もなく、言ったとしても格好悪いだけである。

 

(どうしよう……今更木の葉への訪問を取りやめる訳にもいかんし。ダンゾウ率いる根が何もしてこなければ万々歳なんだけど、万が一という事もあるし。いざという時は問答無用でやっつけるという選択肢はまあ最終手段として、なんとか説得して引いてもらうという選択肢はダンゾウの性格からしてまずありえないし、いや、そもそも何で俺はダンゾウが何かしてくると決め付けてるんだ? これではまるで部下の言葉を鵜呑みにしてるだけだし、頭の隅にとどめておく程度でいいのでは、いやしかし――――)

 

 

 ――――そのうち朧は考えるのをやめた。

 

 

     ◇

 

 

「久しぶりじゃの、コヅキ……いや、今は(おぼろ)と言ったかの……」

 

 椅子に座り、「火」のマークが付いた傘帽子を被った老人――――三代目火影、猿飛ヒルゼンが、錫杖を床に置き片膝を立てて、己に頭を垂れている三人にそう言う。

 見た目こそ初老の老人だが、その眼光はまさしく修羅場を渡り歩いてきた強者そのものであり、それでいて他者を包み込む甘さと優しさを併せ宿っていた。

 そして、その老人の隣には覆面をした白髪の男が付き添いとして立っていた。

 

「其方こそ。ご壮健で何よりで御座います、三代目」

 

 三人の内、先頭にいた深編笠を被った男は老人を三代目と呼び忠を尽くす姿勢を示しながら挨拶をした。

 ――――とりあえず根と鉢合わせしなくてよかった、と三代目の事はそっちのけで深編笠の下ではそんな事ばかり考えていたが……。

 

「主らも、儂の我儘で態々忙しい中、済まないの……」

 

「他ならぬ貴方様の頼みです。それに、殿が三代目に直々に執筆なされたこの伝文を届けるとなれば、忠臣たる我らが赴く事は必須。三代目が気に病む必要は何処にもありませぬ」

 

「……そうか。ならよい」

 

 申し訳なさそうに目を伏せるヒルゼンであったが、それには及ばないという男の言葉を聞いて安心したかのように顔を上げ、本題に入る。

 

「ここまで態々御苦労じゃった。さっそく、大名様が直筆なさった巻物を拝見させて頂くとしよう」

 

「どうぞ、お受け取りくだされ……」

 

 言って、朧は懐に手を入れそこから一本の巻物を取り出す。それはヒルゼンの被る笠帽子に入っているのと同じ「火」の模様が入った巻物だった。

 ヒルゼンの傍にいた白髪の男――――はたけカカシが朧の前に歩み寄り、その巻物を受け取る。

 カカシは巻物の紐を解き、予めその内容を確認する。

 ……文の内容ではなく、里の最高責任者たる火影の身に危険がないかを確かめる為に、巻物に怪しい仕掛けや術が仕込まれていないかを確認する。

 無論、カカシは朧がヒルゼンに対してそのような事をする人物でない事は分かっているが、忍の世界に生きる者として気を抜く訳にはいかない。

 やがて巻物に何も仕掛けがない事を確認したカカシは、次に巻物に書かれている文字の筆跡を確認した。

 

「……確かに、大名様直々の執筆です、三代目」

 

「ふむ。どれどれ……」

 

 筆跡から大名が書いた物だと判断したカカシは、それをヒルゼンに手渡す

 ヒルゼンはそれを受け取り、顎鬚を少し弄りながらその巻物を覗き込んだ。

 

(そういえばカカシ先生……さっきの一件から俺たちより早くここまで回り込んだのか……いや、回り道をしていたのはむしろ俺たちだけど)

 

 火影が巻物を読んでいる間にそんな事を考える朧。

 

 となれば、カカシはあくまでナルトの見張り役を火影に命じられた訳ではなく、自分たちが木の葉に来たかどうかを伝える役目を命じられ、待ち伏せしている時に偶然ナルトが迫害されているのを目撃してしまった……大体こんな所だろうと朧は予測する。

 だとすれば自分たちがナルトを助けた事はむしろ正解だと言えよう。

 火影直属の部隊として知られる暗部は民衆からの信頼を削がれる事を避ける為、その立場からナルトの迫害に介入することはできないが、火影直属ではなく大名直属の組織である奈落(自分達)は木の葉の民衆から嫌われている為、別段介入してもさして問題は起こらない訳だ。

 カカシもナルトを助けたい一心であっただろうに、よくぞ割り切って耐えたものである。

 その気持ちを代弁して自分たちが代わりにナルトを助けたことでかなり安心感がある筈だ。

 ナルトに対する迫害はあれでなくなるという訳ではなかろうが、自分に味方をしてくれた人達がいた、というだけでもかなり心の支えになるはずである。

 まあ、それ以上に……

 

(泣き顔で懇願してくるかわいい幼女には逆らえない……はっきりわかんだね)

 

 それ以上にヒナタの泣き顔懇願に逆らえなかったのが大半を占めていたのだが……暗殺組織の長としてそれはどうなのか疑問ではあるが、結果良ければ全て良しなので今となっては些細な事である。

 

「ふむ……成程、わかった」

 

 一通り巻物に目を通し終わったヒルゼンは納得した面持ちで、片膝を突いている朧たちに向き直った。

 

「巻物に記された内容、確かに承った。大名様にもよろしく伝えておいてくれないかね」

 

「承知いたしました」

 

 朧は再度頭を下げ、了承の返事を返す。

 とりあえず大名の遣いとしての使命は遂げた。

 後は、火の国の忍びの一員として、火影や暗部に各国の情勢や状況を報告する任が残っている。

 

「続けて、三代目、および暗部の者たちへの情報提供を致します」

 

「うむ、よろしく頼む」

 

 言って、先ほどまで温厚だったヒルゼンの目がより真剣なものに変わる。

 里からすれば大名からの伝言よりもやはり、こちらの方が重要であろう。

 里よりも国と国同士の情勢に詳しいのはやはり国に仕える組織――――つまり天照院奈落に他ならない。

 国と里は基本的に対等だ。

 初代柱間が提唱した権威と権力を分かつための里システムは里と国の対等な関係を樹立したものの、その分互いの距離は近くなったかといえばそれは違う。

 隠れ里と呼ばれる通りに、里は国の中にありながら、結界に覆われて隔離状態にある。

 国が依頼し、里が動くといった関係は功を成しはしたものの、対等な立場ではあっても対等な者同士としての距離感があるのかは微妙な所。

 その為、里と国は互いの情勢や状況には疎くなりがちである。

 いや、武力と機動力に富む里は国からの依頼を通して国の状況を比較的把握しやすいが、逆はそうでもない。

 だからこそ、奈落(かれら)がいるのだ。

 里にとってもまた、里ではなく国に遣える組織として自分たちとはまた違うネットワークを持つ奈落(かれら)がもたらす情報は貴重なものとなりうる。

 

「まずは一つ――――三忍が一、大蛇丸が作ったと思わしき実験施設跡を発見しました」

 

「何だと?」

 

「それはまことか!?」

 

 朧の言葉に、上からカカシ、ヒルゼンが静かな驚愕を口にする。

 

「大蛇丸が作った、とまでは断言できませぬが、おそらく無関係ではないでしょう。部下が見つけた廃棄されたと思しき実験体の血液から、大蛇丸のチャクラらしきものが検出されました」

 

「……」

 

「何と……」

 

 廃棄された実験体(・・・・・・・・)――――その言葉を聞いたヒルゼンは己が無力さにほんの少し項垂れてしまう。

 つまり、大蛇丸によって捕らえられ、実験体にされ、そのまま捨て去られてしまった被害者達であると暗に表現しているようなものだった。

 

(儂はまた、あやつを……)

 

 ――――止める事ができなかった、と後悔の念がヒルゼンに襲い掛かる。

 ……だが、火影たるものこれくらいで悔やんではいけない。

 まだ聞くべき情報があるというのに、この程度で一々悔やんで時間をかけては、態々足を運んでまでやってきた彼らに申し訳がたたない。

 

「如何にして、其処を見つけた。場所は一体何処じゃ?」

 

「火の国の北の国境沿いである山頂にて、大名家の親族、およびその一行を護衛していた時です。いつ他里の忍が一行を狙わないか分からない状況の中、白眼を発動しながら警戒しておりました。……その時、かなり距離の離れた地点にて空間にチャクラを目視しまして。おそらくは認識阻害の類の結界がかけられていると踏み、一行の護衛の任を全うし帰還した後、早急に部下をその場所に向かわせました。すると……」

 

「……すると?」

 

「あったのは、既に破壊され、荒らされ廃墟となった実験施設だけでした」

 

「「……っ!!?」」

 

 朧の言葉に二人は目を見開く。

 朧の言葉から察するに、彼の部下が廃墟となった実験施設跡を直接目撃したのは、彼が護衛任務を終えてからであり、そして彼自身はあくまでその結界しか見ていないという事。

 つまり――――

 

「其方が結界を目撃していた時点では、まだ実験施設は健在だった可能性が高いのう、それは……」

 

「普通に考えれば、奈落の首領に所在が知られるのを危険視して自ら施設を切り捨てたと考えるのが妥当でしょうが……」

 

「抜け目のない大蛇丸の事じゃ。廃棄した実験体を残したまま行くといったヘマはまずしない。つまり――――」

 

 朧が結論をいう前に、カカシとヒルゼンはその可能性にたどり着く。

 やはり大戦を生き抜いてきた猛者たちは一味違う。

 さすがはこの二人だな、と朧は内心で舌を巻きながらも、二人が既に思い至ったであろう結論を口に出す。

 

「はい。おそらくは私が帰還し、部下を遣わすまでの間に何者かの襲撃を受けたものかと思われます。その証拠に、廃棄された実験体とは他に何者かに傷を負わされて倒れている者も混ざっていました。廃棄された実験体と同様に大蛇丸のチャクラが検出された事から大蛇丸の現実験体であった可能性が高いかと……」

 

「やはり……」

 

「……」

 

 カカシとヒルゼンはより一層真剣な面持ちになる。

 大蛇丸の足取りを途中までとはいえ掴めたという事もあるが、何よりその大蛇丸の実験施設を襲撃した者たちについてもだ。

 ……少なくとも、大蛇丸が廃棄した実験体を処分したり、現実験体を連れて逃げる余裕がない程の実力は備わっているという事。

 何故それほどの実力者たちが大蛇丸を狙うのか……それについても調査する必要が出来てきた。

 

(順当に考えるのならやっぱり暁かな……いや、それを抜きにしても大蛇丸はS級犯罪者だし、多くの恨みを買っていない筈もないから断定はできない、か。そういえば……この時期って大蛇丸がそろそろ音隠れの里を興す時期じゃなかったっけ? じゃああの施設の次の新たな隠れ蓑が音隠れって訳かな?)

 

 大蛇丸の施設を襲撃した犯人たちについて目星をつけるも、そもそも何故暁が大蛇丸の抹殺を企んでいるかという経緯をこの二人が知る由もなく、そもそも暁であるとも限らないので朧はあえて黙っておくことにした。

 

「――――一つ目はこれで以上です」

 

「うむ。貴重な情報、まことに感謝する。その大蛇丸の実験施設跡らしき所、後で儂も暗部の者を調査に行かせよう。詳しい場所は、後々知らせてくれて良いか?」

 

「お望みとあらば。その時はウチの者を一人付いて行かせましょう。案内はその者に任せます」

 

「度々迷惑をかけてすまない……」

 

「いえ、これも奈落(われら)の務め。では、二つ目の報告を――――」

 

 その後、朧はいくつかの情報をヒルゼンに提供する。

 無論、朧が一方的に情報を提供するだけではない。

 ヒルゼンもまた暗部を率いる者として、奈落の首領たる朧に情報を提供する。

 普段は部下や口寄せ動物、または烏たちを介して行われるやりとりが、此度は本人達同士が直接会って行われた。

 

「儂等からの情報提供も、以上じゃ」

 

「貴重な情報提供、まことに感謝いたします」

 

「これも儂等の務め(・・)じゃからのう……」

 

 先ほどの朧の発言を真似るかのように言うヒルゼン。同じく暗部を率いる者としてのちょっとした対抗心だった。

 これで一連のやりとりは終了した。

 互いにもう伝えることなどないし、今回は少々特別でもあった。

 ……しかし、まだ終わりではない。

 ヒルゼンが、深編笠で覆われた朧の顔を真剣な眼差しで見つめてくる。

 

「まことにすまないが、朧。今日、お主をここまで呼んだのは他でもない……お主と二人っきりで話がしたいのだが、構わぬか?」

 

(ああ、やっぱりこうなるよなあ……)

 

 でなければ、態々ヒルゼンが自分を直接呼び出したりなどしないだろう。

 一応、強制されてはいなかったため、ここに来たのは紛れもない朧自身の決断だ。ならば従うとしよう。

 

「…………お前たち、一旦外に出て待っていろ」

 

「「はっ」」

 

 後ろにいた(いばら)(むしろ)にそう命令する朧。

 二人は床に置いた錫杖を持って片膝を突いた体勢から立ち上がり、扉に向かって歩いていく。

 

「では三代目、自分もこれで――――」

 

「うむ、ご苦労だった」

 

 カカシもまた奈落の二人と同様に扉に向かって歩いていく、そして扉を開き、朧の方を一瞥しながら三人で出て行った。

 ……二人きりになるヒルゼンと朧。

 ヒルゼンは椅子に座ったまま、朧は未だに片膝を付きながらヒルゼンの言葉を待つ。

 

「一度、お主とこうして話がしたかった。あの時は任務を出す時にたまたま会うだけじゃったからのう」

 

「……」

 

「お主がああなってしまうのを予期できなかった不甲斐ない儂は、せめてお前と一度こうして話をしたいとここに呼んだ。……どうか、深編笠(それ)をとってはくれぬか」

 

「貴方様がそう仰るのであれば……」

 

 言って、朧は被っている深編笠を脱ぎ、錫杖が置いてある側とは逆の方の床に置く。

 ……そして、その顔は露わとなった。

 

「――――」

 

 その顔を見て、ヒルゼンは何も言えなくなる。

 昔と変わらない、いや、一層深くなった。

 

 ――――なんて、顔をしているのだろう。

 

 端正な顔立ちではあるものの、お世辞にも整っているとはいえない白髪。顔に付いた斜線状の切り傷。そして……冷徹さと威圧感を感じさせる刃物のように鋭い眼。

 なまじ瞳もなく薄紫の入った白色のそれは、その眼の冷徹さと威圧感をより一層際立たせる。

 正に大名直属の暗殺組織の長を名乗るのに相応しい――――

 

 ――――闇を背負う者の顔だった。

 

(なんということか……)

 

 これと同じ目をした男をヒルゼンは知っている。

 自分とは幼馴染の間柄にして、三代目火影の座を巡って互いに切磋琢磨しあい、競い合ってきた男であり、ヒルゼン自身の甘さ故に里の闇をその背中に背負わせてしまった男、志村ダンゾウ。

 それと同等の闇を背負っている目だったのだ。

 

「カカシから聞き及んでおる。……ナルトを助けてくれた事を、まずは礼を言いたい。儂とカカシでは、どうする事もできなかっただろう……」

 

「卑しい鼠共(ねずみども)の矛先を、(きつね)からこの(からす)に向けさせたまでの事。……尤も、鼠共がいくら叫んだ所で、空を飛ぶ烏には届きなどしないでしょう」

 

「そう言わないではくれぬか。彼らとて……大切な者を失った身、どうしようもなくやり場のない屈辱を抱えているんじゃ。許せとは言わん。だがせめて……彼らを責めないでやってほしい」

 

「……いえ、此方も出過ぎた失言を働きました。――――何卒、罰をお与えくだされ」

 

「い、いや!? 別にそんな事などせん、顔を上げんか!」

 

 自らの非を認め、自分に罰を求めてくる朧に対し、ヒルゼンは慌ててそれを止める。

 

 ――――どうして、そんな事ができようか。

 

 里と国のために、国に忠誠を誓い、国の闇を背負う覚悟を決めた男に、どうしてそんな事ができるというのだ。

 ……その闇を背負わせてしまったのは紛れもない木の葉の里(自分たち)に他ならないというのに。

 ……下手すればこの男もまた、あの「木の葉の白い牙」と同じ末路を辿っていたかもしれないというのに。

 

「第三次忍界大戦が終わった後、大名の娘を護衛しきった事で大名様に気に入られた主は、9年前に大名に里から引き抜かれ、護衛役として抜擢された。……それから直後じゃったな、火影になって間もないミナトに、まだ少年でしかなかったお主が大名直属の暗部を結成すると申し出たのは」

 

「……」

 

「儂もミナトも、おそらくはダンゾウも、最初はお主の正気を疑った。里こそが国の武力であるというのに、更に違う武力を加えればどうなるか分かったものではなかった。だが……お主は、正しかった」

 

「……」

 

 遠い所を見つめるような目で天井を見ながら、ヒルゼンは懐かし気に語る。

 朧は表情こそは変えていないものの、内心ではヒルゼンと共に懐かしんでいた。

 

(いやあ、懐かしいなあ。殿や姫様の恩に報いよう、と思ってさっそく奈落結成に動いたもんだよ。平和方針に物申して小国に切り捨てられた忍里とかを殿からいただいた恩賞で買い取って、奈落の養成機関に建て直したり、またそこの現役の忍びや各国に潜んでいる腕の立つ抜け忍を力づk――――ゲフンゲフン、OHANASHIしてスカウトしたり、餓鬼の見た目も相まってすごい辛かった……。今では皆ついてきてくれているけれど……)

 

「里は国の武力ではあるが、同時に里と国は対等……この時点でもう矛盾しておった。儂やミナトですら向き合わなかった問題を、お主はあの歳でそれに気づき、そして向き合った」

 

 第一次忍界大戦、そこから第二次そして間もなく第三次と続けざまに国は戦争を繰り返してきた。

 第一次忍界大戦以前、初代柱間が提唱したとされる「国と里の対等な国造り」……これを機に里システムという物が導入され、それまで一族単位での組織であった忍達が束ねられ、やがて火の国の武力として木の葉の里が出来上がった。

 その背景の裏には当時忍で最強一族であったうちは一族と千手一族が結ぶ事で成り立っている。

 これに対抗するかのように五大国をはじめとした各国もまた、それを真似るかのように自分の国と縁の深い忍一族達を束ねて各里を設立するようになる。

 初代柱間の夢の一歩であった「里システム」が実現し、これからずっと「国」と「里」であり続けるのだと、そう思われてきた。

 

 だが、第一次、第二次、第三次と忍び里同士による大戦。

 戦争自体は国が起こしたものであるとはいえ、そこに力として出向くのはやはり「里」である。

 

 ――――だが、この戦争が繰り返される内、火の国にてある懸念が生まれたのだ。

 

 先ほども述べたように、戦争を起こすのはあくまで国だ。

 だが、国が始めた戦争のほとんどに携わるのは里である。

 国同士が一度戦争を始めてしまえば、後はほとんどが各国の里の動きにかかってしまう訳だ。

 そして、その戦争の中で忍達はありとあらゆる手段を用いて戦おうとする。

 その中でも国の大名やその要人、果てには何の力も持たない一般人すら人質に取ったり、はたまたある村で大量に潜伏する忍びたちを一網打尽にするためにその村ごと焼いたり、とにかく忍だけではなくそれ以外の者たちまでもが力なき者として利用される訳だ。

 ひどい時があれば、自国にある経済力のない貧しい村に態々おびき寄せた所を一網打尽にし、そして自分たちがやった証拠を隠滅させる方法などもとった。

 それらが頻繁に起こる紛争が三回も起きて、この懸念が生まれない訳がないのだ。

 

 ――――自分たちと忍は、国と里は、果たして本当に対等なのだろうか。

 

 彼らは自分たちとは違い超常の力を持つ。時にはその力を関係のない人々にまで向ける時がある……それが利用できるものであるのなら。

 忍世界において血継限界はその力の大きさゆえ迫害される事が多々あるが、一般人からしてみれば忍という存在こそソレではないのか。

 

「大名様に気に入られ、国の中心にまで連れていかれたお主だからこそ、儂にもミナトにも見れぬ物を見ることが出来た。忍の力を恐れ、里の反旗を恐れる大名たち、戦争に巻き込まれ大切な者を奪われ忍を憎悪する者達や、はたまた恐れる者たち。いくら形式上の立場が国の方が上でも、圧倒的武力の塊である里の方が力関係は上じゃ。もはや彼らにとって、(わしら)(かれら)が対等に見れる訳がなかった」

 

「……」

 

(……あれ? 何このシリアス……こんなんになるなんて俺知らないんだけど!?)

 

 とうの本人は奈落を設立する過程でそこまで深く考えてはいなかったため、ヒルゼンの申し訳なさそうな様子に内心慌てていた。

 

「だからこそ、お主は立ち上がった。国の民衆の忍に対する悪しきイメージを払拭するために、そして大名様と姫様を守るために、里から引き抜いた少数の仲間と共に各国を奔走し、腕のある忍をかき集めた」

 

 ――――それこそが、天照院奈落。

 かき集められた忍たちは当初こそ、自分の故郷でもない国に尽くす事を渋々やっていたが、やがて国の闇を背負わんとする彼の覚悟に胸を打たれ、ついてゆくようになった。(本人は本当にそこまで考えていなかったが)。

 

「奈落を築き上げ、元より『木の葉の白い牙』の再来と英雄視されていたお主は、より一層里から期待の眼差しをうけるようになった。国のために様々な功績を立て、忍に憎しみや恐れを抱いていた一部の国の者たちからの信頼を獲得し、忍は国の味方である事を示す事で、国の者たちの里に対する不安や恐れも消えていった。……みんな、お前たちのお陰じゃ。だが……あの九尾事件以降、里の者たちはお前を……」

 

 ――――安心しろ、(われら)(お前達)の味方だ。

 奈落が設立されてからの三年間……彼らは国に対して忠を尽くす事で、国にそれを知らしめた。

 その影響は里にもおよび、民衆の里に対する不安や恐怖も自然と解消されていった。

 里の者たちは朧をより一層、英雄視するようになった。

 

 ――――その最中に、ソレは起こった。

 尾獣の一角である九尾が突如木の葉の里に襲い掛かった。

 それはまさに厄災だった、里は多くの住民と忍を失い、そして四代目火影自らがその命を落とす事で里は滅ばずに済んだ。

 

 それだけならばまだいい。

 奈落はあくまで国に仕える組織であり、もしも里が滅びてしまった時のための予備軍は必要であるからだ。

 そもそも大名を守るために態々遠い所から忍を派遣させるなどをしないために独自の忍組織を結成したというのに、その奈落が態々遠いところまで里へ助けにいっては本末転倒だ。

 火事場泥棒の恐れもあるので、奈落が里へ駆けつけないのは当然である。

 それだけなら、里の住民たちはまだ納得したかもしれない。

 

 ――――だが、その奈落の頭領が里の英雄であったのがいけなかった。

 

 彼らは信じていた。

 少年は里を精一杯愛していたからこそ里に尽くし、やがて大戦にて「木の葉の白い牙の再来」とまで呼ばれるようになり、英雄となったのだと。

 たとえ奈落が駆けつけずとも、少年は駆けつけてくれるだろうと信じていた。

 

「お前はただ自分の務めを全うしただけだった。里に駆けつけたいという思いを抑え、必死に自分の務めを守り続けた。だが、里の者はそんなお前を恨んだ」

 

 ――――何故来なかった。

 ――――里を愛していたからこその、英雄ではなかったのか。

 ――――自分たちを見捨て、国に尻尾を振ったというのか。

 

 そもそも、少年にとって里はそんなにいい場所ではなかった。

 日向の天才児として持て囃されたにも関わらず、呪印を抜け出した事で分家の矜持に反した反逆児として陥れられた。

 その悪評は里中に広まり、木の葉もまた彼を使い捨てとしかみなかった。

 それでも里のために功績をあげる彼に対して、民衆は再び彼を里の英雄の一人として祭りあげることになる。

 そして、九尾事件を機に里の民衆は彼を「卑しい烏」や「国に尻尾を振った元英雄」などと蔑むようになった。

 

 里の者たちは彼を上げては落とし、上げては落とす事を繰り返した。

 それでもなお彼は、里と国を思い、こうして国の闇を背負って生きている。

 ……どれほど辛いのだろう。

 ……どれだけの覚悟があったのだろう。

 

「儂は、お前の事を見てやれずに、お前に……里の闇ではない、国の闇を背負わせてしまった……」

 

 自分の友であった男と同じように、自分の甘さゆえにその闇を一身に背負わせてしまった。

 ――――本当に、無力だ。

 自分はイタチもシスイも、ダンゾウも、そしてこの男をも救う事ができなかった。

 その甘さ故に、自分が背負う筈の闇を、彼らに背負わせてしまった。

 ヒルゼンは今ほど、己の無力さを悔いた事はなかった。

 

(やばい、どうしよう……何か言わないと。でないとこの重っ苦しい空気から逃れられん!!)

 

 そんなヒルゼンの苦悩をまるで裏切るかのように、内心で慌てる朧。

 何とか自分が今言うべき言葉を選び、朧は発言した。

 

「三代目、あなた様がそれを気に病む必要はありません。これは私自身が選んだ道……かつての私は言われるがままに里の為に動いていました。それ以前もまた、日向の分家としての務めを果たせと言われ続けてきた」

 

「……コヅキ」

 

「貴方が私をその名で呼ぶのはこれで最後で御座いましょう。日向には天才児として持て囃され、里には英雄として上げられた……そんな私がそれを自ら切り捨て、そして今、里からでもなく日向から与えられたモノでもない、私が己自身に課した八咫烏の矜持……奈落(われら)はただそれを貫くのみ」

 

「……」

 

「周りから押し付けられたのではなく、私が自分自身で定めたこの教え――――貴方に悔やまれる謂れなどない」

 

「……!!」

 

 朧の言葉に、ヒルゼンは呆然とした顔で驚く。

 今まで自分に敬語を使っていた彼が、急にその口調を変貌させ、「悔やまれる謂れなどない」と強く言われた。

 

 そうだ……彼自身が選んだ道を他人が悔やんだとしても――――それはただの侮辱にしかなりえない。

 ヒルゼンは、そんな自分の愚かさを突きつけられたのだ。

 

「私は――――奈落(われら)はその矜持の下に集った者達。ならば奈落(われら)はただその教えを守り続けるだけで御座います」

 

 言って、朧は法衣の上半身部分を脱ぎ、それをヒルゼンに見せる。

 ――――その、巨大な八咫烏の呪印を。

 

奈落(われら)は、この八咫烏の呪印(おしえ)と共にある――――」

 

「……そうか」

 

 朧の決心のこもった目を直視したヒルゼンは、まるで憑き物が落ちたかのように笑う。

 心なし、僅かに安心しているようにも見えた。

 ――――それが本当に良いのかは、未だに分からないままだった。

 今までの自分の後悔こそが、闇を背負わせてきた彼らに対する侮辱であるのだと自覚したヒルゼンは、複雑な感情を抱いたまま、己から背を向け去ってゆく烏の姿を見つめていた。

 




感想に朧の年齢描写が分かりづらいとの指摘を受けたので、ここに書いておこうと思います。

この時の朧は23歳です。銀魂で言うなら大体攘夷時代くらいの年齢と捉えて頂ければ。
大蛇丸が音隠れを興すのが原作開始から五年前あたりなので、朧をアスマや紅などの世代と同期だとすれば、大体それくらいだと思います。

天照院奈落のどんなところが好き?

  • 錫杖を使っているところ
  • 弓を使っているところ
  • 装束が好み
  • 単純に朧が好きなだけ
  • 全部

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