我らこそは天が遣い八咫烏(笑)   作:ナスの森

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(銀魂実写化を)消してええええええええええええ!!

リライト……しなくていいです。

今回は前半が過去話で、後半がダンゾウ視点となります。


奈落と根

 ――――木の葉の揺すり音が響く。

 

 森の中で木々の枝を足場にしながら疾駆する白髪の少年の姿があった。

 後ろ腰に小太刀を差し、木の葉マークが刻まれた額当てを巻いたその少年は、汗一つ掻くことなく森を疾駆していた。

 

「……」

 

 目を変える。

 眼の周囲の血管が隆起し、その視界は極限まで広がってゆく。

 白眼、勘当された唯一たる証拠の血継限界。

 その能力を使い、首を動かすことなく360度の視界を見渡す。

 

 ――――霧隠れの追い忍部隊が30人以上。

 

 前方に敵はなし、後ろから散り散りとなった敵たちがこちらに集結してくる形で迫ってくる。

 精鋭として抜擢された者たちなだけあって彼らの実力は並の忍の者たちよりもレベルは高い。

 それがざっと見渡しても三十人以上だ。

 何故仲間殺しのエキスパートと呼ばれる彼らがこんな人数を率いて少年を追っているのか。

 ……理由は簡単だ、少年の仲間が連れている人物こそ、自分たちの里を裏切った忍であるからに他ならない。

 ならば、何故その裏切り者ではなく、少年が追われているのか。

 答えは簡単だ。

 

 ――――少年は囮役だったのだ。

 

 ある一人の霧隠れの忍がいた。

 他里よりも徹底した秘匿主義である霧隠れの里の重要な情報の一部を偶然知ってしまったその忍。

 それだけならまだいい。

 木の葉の忍に捕まったその霧隠れの忍が、自分の命を保障する代わりに、霧隠れの情報を渡すと宣ったのだ。

 秘匿主義の霧隠れがこれを黙って見過ごすわけにもゆかず、霧隠れは追い忍部隊を派遣。

 自分たちの裏切り者を連れた少年の班を追いかけていた。

 

『いたぞ!』

 

『あそこだ!』

 

 そして、その囮を引き受けたのが、否、()()()()()()()()()のが少年だった。

 最初は天才として持てはやされ、周りからもその努力を認めてもらっていたにも関わらず、今では日向の矜持に反し、才能を持て余した反逆児として蔑まされている。

 ――――どうせ使い物にならなくなるくらいなら、囮にしてしまえ。

 悪く言えばそういう考えだった。

 その策に唯一反対してくれた少年と一緒の班の少女も結局は周りの総意に逆らえずに、どの道誰かを囮にしなければこの状況を脱せないのは事実。

 少年が噂通りの人物であったのであれば、善悪はともあれ忍としては正しい判断であった。

 本来、囮というものは戦力として使えないモノからいかせるのが定石。

 敢えて相応の実力者を赴かせる事で、囮となった実力者も含めて全員で帰還するという選択肢もありといえばありではあるが、今回のような極限の状況であるとそれはとてつもないリスクが伴う。

 少年は実力こそないものの、あの索敵能力などに長けた白眼持ちだ。

 敵の戦力を削ることはできないにせよ、あの索敵と感知能力を持つ少年であれば、多少時間を稼ぐことはできるであろうと……。

 

 ――まあ、それは表向きの建前に過ぎないのだが……

 

「死ね」

 

 死角から追い忍部隊の一人の刀が襲い掛かってくる。

 同胞を殺すことすら戸惑う事がない彼らは、その相手が年端もゆかぬ少年であろうとその刃を引っ込める事はない。

 本来ならばこの時点で勝負は決まっている。

 大人と子供では力も力量も、そして腕や足のリーチの長さも違う。

 追い忍部隊の一人である男の刀の前では、そのリーチの足りなさ故、しかもこの空中では反撃すらさせてもらえないだろう。

 状況は見るよりも遥かに理不尽というべきか。

 

 だが、その少年は違った。

 空中で体勢を変え、足で男の刀を白刃取りで受け止める。

 

「……っ!?」

 

 刀を足で掴んだまま、空中で体ごと捩り折った。

 パキン、と金属の割れる音が響く。

 まだ戦場をまともに経験していない筈の下忍の子供がそのような芸達者な動きをする事に動揺してしまう男。

 ……その隙を少年は逃さない。

 

「ッ!?」

 

 迷わず心臓を一突き。

 刀身に血と脂が染み込まないよう、即座に心臓に刺した小太刀を抜く。

 そして、先ほど捩じり折った敵の刀の破片を蹴り飛ばす。ただ蹴り飛ばしただけではない、蹴る瞬間に足からチャクラを放出し、それを刀の破片に流していたのだ。

 

「ガハッ!?」

 

 チャクラを纏った刀の破片はそのまま別の敵の心臓へと直撃、赤い液体をぶちまけながら為すすべもないまま木の下へ落下してゆく。

 それを目にも止めず、少年はその瞳力で敵を見渡しながら、その冷徹な目の中に斬るべき敵を焼き付ける。

 

(これぞ野獣の眼光……とかやってる場合じゃねえ!? あのクソ隊長……帰ったら絶対文句言ってやる……!!)

 

 其淫夢ネタで内心で現実逃避してみせる少年であったが、それも束の間。全身に受ける殺気を前にして内心でジョークの一つでも言わなければやっていられないのが本音であるが、そういう訳にもいかないのが現実。

 

 ――絶対いつか抜け出してやる、こんなブラック企業。

 

 少年、日向コヅキはそんな決意をしながら次々と襲ってくる敵を迎え撃つ。

 死角から手裏剣が飛んでくるが、それは相手から見た自分にとっての死角であって、少年に死角はもはやないようなもの。

 素手で手裏剣をキャッチし、投げ返す。が、敵もまたそれを刀で防ぐ。

 そして、少年のその隙を敵は逃さず、すかさず刀で切り掛かる。

 が、少年は小太刀で受け流し、そして両足で敵の腰をホールドした。

 

「……ッ」

 

 ――八門遁甲、第一開門……開!

 

 経絡を操る術を鍛え、その副産物として手に入れてしまった八門遁甲、身体にリミッターをかける八つの経穴の内の一つを開放し、足で敵をホールドした体勢から手を支えにして、後ろに一回転。

 二人は木から落下し、少年の足で拘束された追い忍部隊の男は、そのまま岩に脳天を直撃。

 

 ゴキ、と首の骨が粉砕する音が聞こえる。

 ドゴ、と頭蓋骨の砕ける音が聞こえる。

 グチャア、と脳味噌がぶちまけられる音が耳から離れない。

 

 嫌な手応えだった。

 頭蓋骨が砕け散り、脳みそはばら撒かれ、鮮血が飛び出す。

 360度の視界範囲を持つ白眼を不幸にも持っていた少年は、自分が殺した男のその惨状を目の当たりにしてしまう。

 

 まるで割れた花瓶のように砕かれた頭蓋骨、そこから露出する脳味噌の管、そして流れ出る赤い液体。

 ……吐き気を催す惨死体がここに完成していた。

 

「……」

 

 が、それを一瞥するだけで、少年はすぐさま敵の迎撃に集中していた。

 いくら前世がただの大学生だった彼であろうと、このような状況の中では一々そんな事で吐き気を覚えている暇はない。

 いや、一般人としての感覚はこの世界で生きてきた時点でもうとっくに消え失せたと言うべきか。

 人殺しに関する抵抗はもはや存在しない。

 少年の身でありながらその手は既に赤く染まっており、内も外にもドロドロとした物が死と生を表すかのように流れていた。

 

 それでも、いくら手を汚しても、いくら嫌われようと、自分は――

 

(それでも……生きるんだよォ!!)

 

 敵を切り伏せ、殴り倒し、次々と殺してゆく。

 一見無駄のないその動きは、まさしく彼の生に対する執念あってこその賜物であった。

 剣術、剛拳、柔拳を同時に使いこなし、彼は敵を次々と己の生の踏み台にせんと切り捨ててゆく。

 その度に鮮血が舞い、滴り、少年はソレを浴びる。

 眉一つ動かさず敵を殺してゆく様子とは裏腹に、彼の内心は正に夜叉のごとく吠えていた。

 

 敵の攻撃を受け流し、懐に入り込んで掌底を放つ。

 手のひらからチャクラが放出され、敵の体内の経絡へとねじ込まれる。

 ……そして、敵の内臓は文字通り壊れた。

 

「ご……は、ぁっ!?」

 

 血を吐き、地に伏す。

 少年に掌底を見舞われた男は白目を向き数秒痙攣した後そのまま動かなくなった。

 味方が次々と一人の下忍の少年に次々とやられていく光景を見て、追い忍部隊の者たちはそれに戦慄と焦燥を覚えた。

 

 ――――なんだ、こいつは?

 

 到底信じられぬ光景だった。

 おそらくあの下忍の子供が囮であろう事くらいは彼らも承知である。

 だが……まだ、子供だ。

 人員不足の中ではこのような子供までもが戦場に駆り出されてしまうのは戦争ではよくあること。

 故に、使えると踏んだ。

 まだ精神、覚悟共に未熟な子供ならば、自分の命惜しさ故に向こうの情報を吐いてくれるであろうと。

 何処からか流れた情報では日向の分家には一人だけ呪印を施されていない子供がいるというのがある。

 その情報の真偽は定かではないものの、仮に嘘であったとしても、子供が相手ならば殺さずとも生きたまま眼を頂く事もできるかもしれないと。

 

 ――――だが、現実はこれだ。

 

 霧隠れが誇る暗部、追忍部隊がたった一人の小童に手も足もでない始末。

 

 ……一体誰だというのだ、こんなモノ(化物)を囮にしようなどと考えた大馬鹿者は。

 この少年の実力を見計らう事もできずに囮に選抜したというのならば、これ以上に笑えるものはない。

 尤も……自分たちからしてみれば滅法に笑える物ではなかった。

 既に何人もの仲間が葬られている。

 霧隠れの術で状況を有利に持っていこうにも、“あの眼”の前ではそんな物は何の役にも立たない。むしろ自分たちが不利になるだけ。

 こうしている間にも、追い忍部隊(自分たち)は次々と倒れていく。

 仲間の命が惜しい訳ではなかった。何故なら同胞殺しこそが自分たちの本分であり、使命であるのだから。

 だが、無駄死にだけは頂けない。

 このまま白眼狙いで襲い掛かっても、余計にこちらが消耗するだけ。

 だからと言ってここで逃すわけにはいかない。

 この子供は危険だ。ここで逃せば、更なる脅威として自分たちの前に立ちはだかるだろう。

 ――――故に、そうなる前に殺す。

 それに殺してしまったからと言って前述の情報が正しいのであれば白眼が手に入る可能性はなくもない。賭けてみるのも一つの手だろう。

 

 その思考に至った追い忍部隊の隊長は早急に部下たちに指示を出す。

 

「奴に接近戦を仕掛けるな! この先にある広場に誘い込み、木々の上から囲んで一斉攻撃で仕留めろ!」

 

『ハッ!』

 

 隊長の指示を聞いた忍たちは一斉に散開する。

 この先にある広場で囲むための下準備である。

 木々のヴェールをかけてゆく。

 仲間たちにはあらかじめ印を結ばせ、備えておく。

 

(この先は……木々の広場か? 誘導されている、と見ていいだろうか)

 

 一方、今まで積極的に敵を狩らずに、あくまで逃げに徹し、襲い掛かられてから迎撃というスタンスを取っていた少年は、追い忍達の攻撃が急に止み、それどころ自身を後ろから囲むように散開してゆく姿を白眼で確認した。

 

 ――――一人一人を相手にしても倒し続けられる自信はあるものの、それでは時間がかかってしまう上、そろそろ逃げるのも疲れてきた頃合いだ。

 

(勝負に出るか、お互いに……)

 

 おそらくは向こうもその腹積もりであろう。

 広場におびき寄せて、一網打尽に仕留めて見せる。そう決心した少年は白眼で目視した広場へと突入する。

 

 ――――木々のヴェールを抜け、そこには木々に囲まれた野原が広がっていた。

 

 少年は木から飛び出し、野原の中心に着地しようとしたその時――――

 

「今だ!」

 

 追い忍部隊の隊長が隊員たちに指示を送る。

 既に広場を囲む木々にそれぞれ移動し終えた追い忍たちは、少年を既に包囲していた。

 彼らは大量の千本、および手裏剣を投げつける。

 

「……ッ!!?」

 

 直線を描いて飛んでくる千本。

 そして、直線ではなく卍の軌道を描きながら飛んでくる手裏剣。

 抜け忍を逃がさぬために鍛え上げられた技が、一斉に少年に襲い掛かる。

 

(あれは……八方手裏剣!)

 

 八方手裏剣――――通常の手裏剣(四方手裏剣)より純粋な殺傷力が劣る代わりに敵に命中しやすいのが特徴の手裏剣であり、四方手裏剣に劣る殺傷力を補うために刃に毒を塗られる場合が多い。

 おそらく、今この場で少年に向けて一斉に投げられた八方手裏剣にも例にもれずに毒が塗られている事であろう。

 まだ地面に着地し終わっていない少年がそれに対応しきれる筈もなく――――それでも、少年は見事にほとんどの手裏剣や千本を弾いてみせた。

 が、数本が腕や足に刺さってしまう。

 

「くっ……!?」

 

 体に回るのが早い毒なのか、その感覚は少年の体を一気に蝕んでゆく。

 苦渋の声を上げながらも、地面に足を付け、体勢を立て直そうとするも――――

 

「――――ッ!?」

 

 足が、動かなかった。

 

 ――――水遁・水飴拿原

 

 広場には超強力な粘着性を誇る水が広がっている。

 術者はもちろん霧の追い忍たちであり、広場を囲む木々からそれを少年に向けて垂れ流していた。

 

(ギャアアアアアアァァアアアアアアアアアアアァ!? ネチョネチョする!! きもい!! 何だこのG(ごきぶり)ホイホイは!!?)

 

 こんな絶望的な状況でも冷静な表情であるのとは裏腹に、内心でこのネチョネチョにすごく嫌悪感を示す下忍の少年。……というか、どう見てもそこに慌てるような状況ではない。其れに突っ込んでくれる人間がこの場にいないのは悲しい事ではあるが、それは些事であった。

 何せ、千本と手裏剣による猛攻はまだ終わっていないのだから。

 

「……」

 

 しかし、先ほどの規模には及ばないのか、足の動きを封じられた状態でも、チャクラを放出した手と小太刀で受け流し、または弾いていく。

 が。

 

「くっ……!?」

 

 それでも足の動きを封じられたというのは手痛い事であった。

 何とか急所への命中を避け、そしてかすり傷だけであろうとも、刃に塗られた毒は少年の体を命を奪う寸前まで追い込む。

 

「……」

 

 ――――少年はついに両膝を地面に突いてしまい、両腕をだらんと力なく垂れてしまう。

 もはやその様からは生気を微塵も消え失せ、急速に体の力が抜けていく。

 誰の目から見てもそう見えた。

 

(王手だ……!!)

 

「一気にかかれ!! 奴はもう毒でまともに動く事ができん、今のうちに掛かれ!!」

 

 好機と見た隊長は部隊に指示、少年が極限まで疲弊しているのを見据えた追い忍達は刀や苦無などの獲物を取り出して一気にかかる。

 足の裏にチャクラを纏い、水飴拿原の上をかけて少年へと迫る。

 いくら相手が少年で、そして死にかけであろうと、多くの仲間が目の前の少年によって殺された以上、油断はできない。

 一勢に少年にかかる。

 

 ――――それこそが、彼らの過ちであった。

 

 少年が立ち上がる。

 足からチャクラを放出し、水飴拿原からの干渉を逃れ、顔を俯かせながら覚束ない様子で立ち上がった。

 

『……っ!?』

 

 その様子に、霧隠れの追い忍達は少年があれほどの毒を受けても立ち上がる事に驚愕の様子を見せるも、その足を止める事はない。

 その様子では、立ち上がるのも精一杯であろう。

 追い忍達も、その隊長も、そう疑わなかった。

 

 

 

 

 ――――八卦掌回天

 

 

 

 

 子供の全身のチャクラ穴からチャクラが放出される。

 そのまま、体を高速回転させ、瞬間、チャクラの暴風が霧隠れの忍達に襲い掛かった。

 

『な、に……!?』

 

 少年に近づいていた追い忍達はそのチャクラの暴風をまともに食らい、彼らの世界はそこで断絶する。

 少年の周囲の霧隠れの追い忍達は次々とその暴風に巻き込まれる。

 

「くっ……!? 近づくな、引け――――」

 

 不幸中の幸いか、回天の攻撃範囲外にいた追い忍達の内の一人が仲間たちに指示しようとするも、それは途中で遮られてしまう。

 ――――体に、力が入らない。

 口すら動かす事がままならず、自分の体を見てみる。

 

 ――――数か所に針が刺さっていた。

 

 それを認識した時点で、追い忍の男の意識は途切れ、力なく倒れる。

 

『……ッ!?』

 

『何……だ……!?』

 

『体に力が……入らない……!?』

 

 襲い掛かるのは高速回転によるチャクラの暴風ではない。

 ――――それに乗っかるように飛んでくる無数の毒針(・・)だった。

 暴風の衝撃と回転の遠心力と術者本人の投擲力の三つの力が加わり超高速で360度全方向に向けて飛ばされる無数の針を避ける手段も、見切る手段も持たない霧隠れの追い忍たちは次々と倒れてゆく。

 

 出鱈目にばら撒かれているようで、追い忍たちの人体の“ある箇所”を目がけて投擲された無数の針は……

 

 

 ――――瞬く間に、霧隠れの追い忍部隊を全滅させた。

 

 

「な……一体、何…が……?」

 

 かろうじて意識を取り留めている追い忍の一人が顔を上げ、その惨状を目の当たりにする。傍に倒れている追い忍の仲間を見やる。

 ……そっと、その仮面に手を伸ばし、触れた。

 そして、ズレた仮面の中から大量の血がドロドロと溢れ出てくる。

 

「……ッ!?」

 

 その有様に、男は驚愕する。

 仮面をずらした仲間の口、そして鼻の穴から大量の腐った血が流れており、その命を断たれていた。

 ……この惨状を見るに、任務の失敗も明白。

 いても立ってもいられず、せめて自分の“主”に報告だけでもしようと思い、立ち上がろうとするも――――

 

 ――――突如、視界が霞み、倒れこんでしまった。

 

「ぐっ……!?」

 

 続いて襲い掛かるのは、とてつもない不快感と危機感を催す嘔吐。

 

「グヴォアァ……、ゲホォ――――!?」

 

 先ほど見た仲間と同じように、男の口と鼻の穴から大量の血液が溢れ落ちる。体中の血液が抜け落ちたかのように身動きは取れず、息すらまともにできなくなる。

 それだけではない――――霧隠れの追い忍が付ける仮面が、血液が地面に落ちるのを遮り、仮面の内側に腐った血液が溜まってゆく。

 

「ゲホォ、ウ――――オエェ、うぅ……ッ!!」

 

 ただでさえまともに息ができないのに、嘔吐した大量の血液が仮面の内側にとどまり、余計に呼吸を困難とする。

 人の死に際においてこれ以上に苦しい物は果たしてあるだろうか。

 

「……!」

 

 手足すら身動きがままならない。

 それでも、追い忍の男は、必死に手を自らの仮面へと伸ばし、何とか仮面を取ることに成功する。

 ……男の顔面は全面血まみれになっていた。

 目をあける。

 そして、体を必死に動かそうとする。

 

(な……ん、と、し、ぇも、ダン……ゾウ、様、に……)

 

 そもそも、男は霧隠れの追い忍などではなかった。

 木の葉の暗部の養成部門に所属する影の影……「根」の男だった。

 予め少年の隊の隊長を根の者とすり替え、少年を囮役に任命し、残りの根の者たちは霧隠れの追い忍部隊に紛れてこの広場に誘い出し、仕掛けた罠で少年を追い忍部隊ごと一網打尽にするのが手筈だった。

 

 ――――その筈だったのに、どうして……?

 

 どうしてこのような惨状になったのだ。

 罠を作動させる根の仲間もすでに毒針でやられており、かろうじて今生きている自分ですらその後を追いそうな始末。

 

(……針?)

 

 男はふと、かろうじて動く首を動かし、自分の肩に刺さっている投擲針を見やる。

 

(こ、こ、の……毒、針…………まさ……か、点穴に……!?)

 

 馬鹿な、あり得る筈がない、と男は頭の中でそう繰り返す。

 ただ点穴に針を投擲して命中させるだけならばまだいい。実際に霧隠れの追い忍たちはその技を得意としており、追い忍部隊に変装して紛れていた自分達()もそれは知っている。

 だが……いくら白眼をスコープにしていたとはいえ……高速回転しながら全方位にいる全員の敵に毒針を全て点穴に正確に命中させるなど……

 ――――そんなもの、人間技であってたまるか。

 

(いぃ……や、それ、より……も……)

 

 自分の懐に歩み寄ってくる人影が一つ。

 月光がその影を照らし、その正体が露わになる。

 

「は……ぁ……なっ、ぜ、動……ける!?」

 

 根の男の一番の疑問、それは今歩み寄ってくる人影の正体である少年が、何故動けているかだった。

 自分たちや追い忍達のように経絡に直接毒を盛られた訳ではないにせよ、毒が塗られた八方手裏剣も少年に深くは刺さらなかったものの、何発も受けていたはず。

 だから、自分たちと同じように毒で身動きすらまともに取れず、絶命している筈なのだ。

 

「何、故……そ……な、立って……いられる!?」

 

 精一杯、疑問を口にした。

 無理もない……少年に、疲弊している様子は微塵もなかったのだ。

 外傷も手裏剣による浅い刺し傷や切り傷だけ。

 ……冷酷な死神が根の男を見下ろしていた。

 そして、少年はそのまま口を開いた。

 

「……俺の技の最たるものは、敵の経を見切り攻めるものではない。己が経絡を自在に操り、経を最大限まで引き出すもの……」

 

「……」

 

「故に、活性、毒を排するも自在よ」

 

 ――――そんな事、あってたまるものか。

 根の男は頭の中でそんなことはありえないと叫ぶ。

 忍者にとっての生命線である経絡を、自在に操ることができるなど……そんな話など聞いたことがない。

 少年の言う「経絡を自在に操る」とはチャクラコントロールが自在だとかそんなレベルではない。チャクラではなく、経絡系そのものを何の外的要因も加えずに体内でそのまま操るという、前代未聞の域だった。

 一見何もしていないように見える所が、尚質が悪かった。

 

(そう……か……)

 

 だが、同時に納得もした。

 あれほどの動きを見せた少年が、ただ毒を仕込んだ大量の手裏剣を投げつけられただけで追いつめられるのは、今覚えば違和感がある。

 動きを封じる水遁の術に嵌っていたとはいえ、全身のチャクラ穴からチャクラを放出する事を可能とする日向一族が、本来ならばあんな術ごときに嵌められる筈がないのだ。

 

(嵌められたのは、此方の、方だった……か……)

 

 少年にとって毒などあってないようなもの。

 毒で身動きが取れないように見せかけた少年の演技に、自分たちはまんまと嵌ってしまった訳だ。

 

(申し訳……ありま、せん……、ダンゾウ……さ……ま……――――)

 

 ここまでかろうじて意識を保っていた根の男だったが、それももう限界だった。

 根の男の命は、そこで途切れた。

 

 

     ◇

 

 

 志村ダンゾウにとって、日向コヅキという男ほど思い通りにならない人間はいないだろう。最初はただ日向一族の出でそれなりに才能があり、努力家というだけで特に目をつけてなどいなかった。

 日向の分家としての矜持も幼き頃から肝に銘じているようにも聞いており、ダンゾウが目を付ける要素は皆無だった。

 

 だが、一部の日向宗家のものが自分に接触し、そしてダンゾウはある事実を知ることになる。

 ――――年端もゆかぬ少年が、日向の呪印を自力で抜け出したという事実。

 最初は真かを疑ったが、どうやら本当の事であるらしかった。

 さすがにこれにはダンゾウも驚いた。

 そもそもだ、日向の分家の者が自力で呪印を抜け出す事例など聞いた事がないし、彼らは一生宗家に仕え、そして宗家のためにその生を使い果たす運命にあるのだと。

 

 だが、その運命を覆した者が現れた。

 

 誰もが成しえなかった呪印からの脱出を、まだ下忍にもなっていないアカデミー生がそれを成し遂げてしまったのだ。

 

 ――――如何なる手段も問わない、日向コヅキを……あの反逆児を抹殺してほしい!!

 

 鬼気迫る表情で自分に懇願してくる日向宗家の者たちの要求を、ダンゾウは受け入れた。

 万が一のために自分の部下たちに呪印を付けている者として、彼らの必死さにダンゾウは幾ばくか共感できるものがあった。

 なるほど、確かに今まで誰にも絶対に抜け出せないとたかをくくっていたある日、一人の小童がそれをいともあっさり抜け出してしまったのだ。

 既にその噂は分家の者たちにも伝わっているだろう……そして――――その事実は彼らを刺激しただろう。

 今までどうしようもない運命だと受け入れていたにも関わらず、突如として自分たちの中からその運命から抜け出した者が現れたのだ。

 それだけでその少年の影響力は計り知れない。

 少年の影響で日向分家の中から、宗家に対してクーデターを起こそうとする者が現れたっておかしくない。

 ……いや、遅かれ早かれ必ず現れるだろう。

 そしてそのために彼らは、少年の下へ集ってゆくだろう。……少年を“運命から抜け出した第一人者”として祭り上げ、少年から呪印から抜け出す方法を聞き出し、それを実践するだろう。

 そうなれば日向一族はたちまち混乱に陥り、一族内で戦火が広がるという可能性も微々たるものだがある。

 それが一族内だけで済めばよいが、最悪里にも多かれ少なかれ被害が出るかもしれない。

 今まで鬱憤をためてきた獅子というのは恐ろしいものだ、もし分家の者たちが呪印という枷から外されれば、どうなるかは分かったものではない。

 

 ならばこそ、その火種を断つべく、少年を処理しなければならない。

 

 しかし、本家直々に少年を処分することはおそらく難しい。

 呪印を付け直そうにも、呪印から抜け出す術を持つ少年にそんなものは既に無意味だ。だからと言って直接手を下してしまえば、日向の宗家は「ただ一度掟を破っただけで年端もゆかぬ少年の命を奪う」という風評が広がってしまう。民からの信頼もなくす。

 少年は曲がりなりにもアカデミー生だ。

 今こそ「日向の矜持に反した反逆児」と蔑まされているが、だからと言って宗家が直接手を下してしまえば、今度は前述の風評がアカデミーを介して里中に広がる可能性もある。

 何より……それはそれで分家の者たちを刺激してしまう可能性がある。

 どの道、呪印を抜け出した者が現れた以上、少年が生かされようが殺されようが、分家から呪印を抜け出す方法を模索する者たちは続出してくるだろう。

 ならばせめてその元となった少年を始末しようという腹だが、先ほどの理由で本家が直接手を下す事は避けた方が賢明だ。

 

 ――――だからこそ、彼らは自分に接触してきた。

 

 確かに、今では里中に留まってはいるが、もし「日向の分家の者の中に呪印がついていない者がいる」という情報が流れれば、各国の里がそれに食いつくに違いない。

 もしそれで白眼が他里の手に加われば――――間違いなく木の葉にとって不利益な事態となる。それだけは何としても避けねばならない。

 

(何としても避けねばならんが……逆に利用もできるかもしれん)

 

 ダンゾウはこれをチャンスと考える。

 彼らからの頼みは受け入れよう。

 ダンゾウは代価としてその少年の白眼を貰っていいかと、彼らに契約を持ち掛けた。

 彼らは最初はそれを渋った。だが、他里の忍に渡るよりかは全然マシであると判断したのか、それを了承した。

 

 ――――日向コヅキはしばらくは囮として最大限利用する。そして疲弊した所で始末し、そして白眼を頂く。

 

 ダンゾウは即座に少年を抹殺する計画を練った。

 相手は曲がりなりにも日向の天才児として持て囃されていた小童だ。いまでこそ反逆児と罵られているが、それは「少年が日向の分家としての矜持」をやぶった事から来る偏見に他ならない。

 念を入れておいて損はないだろう。

 「唯一呪印を持たない日向の分家」というレッテルは囮として最大限機能する。

 

(まずは、その情報を敢えて各里にばら撒く事から始めるとしよう)

 

 そしてダンゾウは、裏で根を動かし、その情報を各国の隠れ里に広めた。

 そしてダンゾウの狙い通りに、まるで餌に食いつく犬のように各国の暗部が動き出す。

 血継限界――――それも瞳術となればそれだけで喉から手が出るほどほしいだろう。なまじ相手がまだ子供であるのなら、尚更であった。

 故に、第三次忍界大戦において、少年は囮として最大限の役割を果たしてくれた。

 

 ――――そこまでは、よかった。

 

 だが、日向コヅキという少年はダンゾウの予想の遥か斜めを行った。

 少年を囮として他里の暗部をおびき寄せ、その暗部に潜ませた根の忍の手で少年を他里の暗部ごと一網打尽にし、自分は白眼を持ちかえる事ができるという最高の結果が待っていたハズなのだ。

 しかし、少年は事あるごとに自分に迫りくる他里の暗部たちを単身で迎撃、これをすべて返り討ちに、紛れていた根の者たちも一人としてダンゾウの元へ帰らなかったという予想外の結果がダンゾウに衝撃を与える。

 その後もそれの繰り返しだった。

 囮として最大限役立ってはくれたものの、最終的にはダンゾウの思惑通りにはゆかず、根の者ごと他里の暗部を全滅させて幾度となく帰還するという所業をやってのける。

 そして、ついには三十人以上の霧隠れの追い忍部隊、しかも紛れ込ませた根の者も含めて約四十人の暗部達を相手に、単身で全滅させ帰還するという快挙まで成し遂げた。

 その出来事を繰り返したこともあってか、いつの間に日向コヅキという少年は『木の葉の白い牙の再来』という異名の元に英雄として周りから見られるようになる。

 その様を見ていたダンゾウの心境は、とてもじゃないが気持ちのいいものではなかった。

 

 ――――なんだ、この小僧は……?

 

 周りから賛美を受け、それでも表情一つ変えずに立っている少年を陰から見つめていたダンゾウは、心なしか苛立ちの感情を覚える。

 これでは、部下を無駄死にさせた上に、自分達()が彼を英雄とするために踏み台になったようなものではないか。

 他里の暗部を多数葬ることが出来たので、無駄死にでは決してないのだが、それでも肝心の目的を果たせなかった。

 ダンゾウは部下に情を一切持たない冷酷主義者であり、必要とあらば迷いなく部下を犠牲にしてまで目的を達成するが、今まで部下を無駄死ににさせた事は一つとてなかった。

 結局、少年は英雄として称えられたまま戦争は終了し、少年は大名の娘を護衛しきったその功績から火の国の大名に気に入られ、大名の護衛役として里から引き抜かれた。

 

 ――――そして、十五歳となった少年はいつの間にか、新たに設立された暗部の長となっていた。

 

 その暗部組織の名は天照院奈落――――大名の護衛を担当する御徒歩組集団にして、暗殺部隊で構成された大名直属の暗殺組織。

 聞けば、各地に散らばる腕の立つ抜け忍達をかたっぱしから集め、さらに平和方針を物申した小国から破棄された隠れ里を買い取り、その奈落の養成機関に建て替えたという。

 

 無茶なことを、とダンゾウは少年を小馬鹿にする。

 自里の掟に逆らい、抜けた者達が素直にまだ年端もゆかぬ小童に従う筈がない。さらにいうなれば、彼らは抜け忍として「信じられるのは己だけ」という思想を持って生きてきた者たち。

 そんな彼らを一か所に集め、なおかつ協調性を求めるなど正気の沙汰ではない。

 

 ――――ただ我武者羅に腕節の立つ者を集めただけの組織は、数日もしない内に瓦解する。

 

 そう思っていた。

 

 ――――しかし、ここでまた日向コヅキ……否、(おぼろ)という男はまたしてもダンゾウの予想を当然の如く覆した。

 

 ダンゾウの目に映ったのは――――つい最近まで協調性の皆無だった元抜け忍たちが、その大勢が朧を前にして片膝を突き、服従している姿だった。

 それぞれバラバラであった筈の彼らの衣装は、黒い御徒歩組の装束に統一され、編み笠を被り、腰には刀を帯刀、手には錫杖を持った軍隊と化していたのだ。

 

 ふと我に返ったダンゾウは、遠目で朧の目を覗いた。

 

 ――――覚悟の目だった。

 国と里の関係を取り持つ武装組織を率いる男の、里の闇ではない、国の闇を背負う覚悟をした一人の男の目だった。

 

(そう、か……)

 

 ダンゾウは目を瞑り、一人納得した。

 朧という男が自分にとって脅威である事に変わりはない。

 奴は里と国のために国に忠を誓う事を選んだ、そのためにいざ里と国を天秤にかけようものなら迷いなく国をとる決意をした。

 それはなんて――――矛盾めいた覚悟だろう。

 両方のために、一方を切り捨て一方を守る覚悟……それはあまりに歪な覚悟だ。

 それでも……

 

(日向コヅキ……否、朧よ。一先ずはお前の事を認めてやる。里と国の為に闇を背負い自己を犠牲にするその姿……まさしく忍が本来あるべき姿だ。だが……)

 

 しかし、それでもダンゾウのこの考えは変わらない。

 その歪な覚悟が、いざという時は国の為に里を捨てうる覚悟が、いやそれを抜きにしても朧という男は。

 

(だが、それでもお前は邪魔だ)

 

 ――――己の野望の為。

 ――――木の葉の真なる平和の為。

 

 今はそうでなくとも、天照院奈落はいずれ里の脅威になる。

 彼が頭領である内はまだ大丈夫であるが、いずれ野心を持った腐った者が現れるだろう。

 もしその者が彼に代わって頭領となれば、里と国は間違いなく戦争になる。

 

(故に、その者が現れる前にお前という八咫烏を始末し、それに群がる有象無象の烏共を瓦解させるまでよ、いずれな……)

 

 今はまだ、その時ではない。

 現状でダンゾウが朧に勝てている要素はない。個の実力はもとより、率いる組織の規模に差がありすぎる。

 自分にはあの男のような力も勢力もない。

 だがいずれ、火影となって里の権力と勢力を手にした時、ありとあらゆる手段で葬ってやる。

 

 ――――木の葉の真なる平和の為に

 

 




更新が遅れて申し訳ございません。
大学いけたら高校より楽になるとか思っていた自分を殴りたい気分です、はい。
科学実験のレポートが地獄です。それでもめげずに執筆と勉強を両立していきたいと思います。

天照院奈落のどんなところが好き?

  • 錫杖を使っているところ
  • 弓を使っているところ
  • 装束が好み
  • 単純に朧が好きなだけ
  • 全部

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