我らこそは天が遣い八咫烏(笑)   作:ナスの森

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注意:前半の描写注意です。前半を見たくなかったら◇マークの所まで飛ばしてください。



波の国篇
始まり


 森の中を木の上を足場にしながら疾走する複数の人影があった。

 その者たちは霧隠れの額当てを身に着け、衣装もまた霧隠れのソレを身に纏った忍たちだった。

 その忍たちはただ恐怖のまま逃げていた。

 ……任務の失敗。……およびその不手際から発生する、自分たちに向けて差し向けられた追手。

 

「隊長、まだ追ってきます!」

 

「どうすればっ」

 

「うるせえ! とにかく逃げるぞ!」

 

 今は考える余裕などない。ただ逃げることしかできない。

 振り返る余裕などなく、そんな必要などない。

 振り返らなくとも彼らには聞こえていた。

 

 ――――後ろから聞こえてくるシャラシャラとなり続ける、錫杖の鐘の音。

 

 到底敵う相手ではなかった。

 個々の実力も、仲間同士の連携も、その全てにおいて彼らはその追手達に劣っていた。

 

 彼らはある任務を請け負っていた。

 火の国の要人の暗殺が彼らの任務だった。

 霧隠れの忍に化けて彼らを襲う事で、暗殺の罪を霧隠れの里に押し付け、自分たち抜け忍は依頼主から報酬金を貰うという最高の結果が待っている筈だった。

 駕籠に乗る要人およびそれを運ぶ護衛の侍たちを木々の上から囲んで一網打尽にする筈だった。

 ――――だが、護衛の侍たちも駕籠も、そしてその中に入っていた要人も皆、“烏たち”が変化していたものだった。

 大名の護衛を担う御徒歩士組にして国に仇なす者の抹殺を担う暗殺組織・天照院奈落の忍達は、自分たちが暗殺を決行する事も、そしていつ襲ってくるかも読んでいたのだ。

 結果、仲間たちは奈落に次々と容赦なく殺されてゆき、残った彼らは無様な撤退を強いられた。

 ……だが、それを逃がす烏たちではなかった。

 

『ぐあっ!?』

 

 左右、そして後ろから手裏剣が襲い掛かってくる。

 その手裏剣を大量に受けた者、もしくは急所にもらってしまった者が次々と木から落下し、その人生を終えていく。

 

 ――――後ろからだけでなく、左右からも!?

 

 追手は後ろからだけではないと悟った抜け忍の隊長はふと横に目を見やる。そこには手裏剣を両手に持って構えている奈落の忍の姿があった。

 奈落が投げた手裏剣は真っすぐと隊長の男の首へ――――否、そこを通りすぎて彼の隣にいた仲間の首筋へ刺さった。

 その仲間は声一つ上げることなく木の下へと散ってゆく。

 

「くそ! くそ!」

 

 隊長の男はただそれだけしか言えなかった。

 ……彼らを舐めていた。

 所詮、一人の餓鬼上がりの上忍風情が設立した組織。

 しかも設立されてからまだそんなに時が経っていない新興の暗部。ただ規模がでかいだけの寄せ集めの組織など、取るに足らないと思っていた。

 ……なのに、蓋を開けてみれば自分たちの行動は筒抜けで、しかもいつどこで自分たちの存在、および計画がばれたのかさえ分からない。

 

『ぎゃあっ!』

 

『ぎぃっ!』

 

『ぐえっ!』

 

 ただでさえ任務失敗時に大多数の仲間が殺されたというのに、こうして逃げている間にも後ろから仲間の断末魔が聞こえる。

 悲しい訳ではない、いくら自分が隊長であるとはいえ、それはこの限りのものであり、自分も彼らも所詮は独り身の抜け忍でしかない。

 だが、聞こえてくるのだ。

 後ろで仲間の断末魔が聞こえてくる度に――――次はお前の番だと死神が耳元でささやいているみたいに。

 

「くそ、追手が増えてるぞ! 何とか――――」

 

 隣にいた部下が隊長の男に呼び掛けようとしたその時、更に高い木の上から降ってきた奈落の忍が振り下ろした刀によってその部下は無残に切り裂かれ、絶命してしまった。

 

「ひぃっ!?」

 

 今まで一番近くにいてくれた部下すら失い、彼は恐怖の悲鳴を上げる。

 気が付けば逃げているのはもう自分だけ。

 残りは全て八咫烏の羽からは逃れられずに無残に散っていってしまった。

 

 ――――標的が一点に絞られ、自分ただ一人に集中する殺気。

 ――――もはやトラウマになりつつあるシャクシャクと鳴る錫杖の音。

 

 気が狂いそうになるも、まだ隊長の男は諦めなかった。

 任務は失敗したが、まだ自分たちが霧隠れの忍でない事はばれていない。うまくすればまだ霧隠れの里に罪を押し付ける事は可能だ。

 

(それに、この先にある合流地点に向かえば……)

 

 連絡係として待機させた仲間たちが待っている。

 これが里の忍びであるのなら追手を撒かないまま仲間と合流させる事になり、御法度であるのだが、生憎と自分も彼らも抜け忍。そんなルールは存在しない。

 うまく彼らを囮にして、自分だけでも生き残れれば……

 

(報酬は……全部俺のモノに……!)

 

 そんな一途な希望を抱き、ただ一人生き残った隊長はただその合流地点を目指す。

 そして、その合流地点が見えてきて、隊長の男はやっとだと歓喜の表情を浮かべた。

 

(これで……少しは……!!)

 

 

 生き残れる確率が上がると、意気込んでそこたどり着く。

 

 しかし、そこにあったのは自分の囮になってくれる筈の仲間たちではなく

 

 

 

 

 

 

 ――――ただ烏達が啄む、大量の惨死体だけが転がっていた。

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

 その光景を目にした隊長の男は、呆然とした表情で両膝を突き、ただそれを眺める事しかできなかった。

 ……が、その惨死体を啄んでいた烏たちが錫杖を鳴らしながら此方を振り向き、すぐさま正気に戻る。

 

「……ッ!!」

 

 正気に戻った隊長の男はすぐさま後退し逃げようとするが

 

「――――ッ、ガハッ!?」

 

 先ほどまで自分たちを追っていた追手の烏たちの事を忘れていた隊長の男は、数人の奈落の忍たちから錫杖を叩き付けられ、そのまま仰向きに倒された。

 そして四肢を一本ずつ錫杖で押さえつけられ、そして喉元に数本の錫杖を突き付けられ、その退路を断たれてしまった。

 

「この男で間違いないか?」

 

「ああ。この男が隊長格だ、相違ない」

 

「他は全て殺ったか?」

 

「全て殺った。死体から情報を抜き取り次第、死体処理班に処理させるつもりだ」

 

「さすれば残るはこの男の尋問だけ」

 

「了解。この男を尋問次第、他の者たちと同様、死体処理班に処理に当たってもらう」

 

「承知した。――――おい、」

 

 

「……あ…あぁ……」

 

 編み笠を被る者たちの淡々として口調を聞いていた隊長の男はただただ恐怖で怯えてしまった。

 まるで、自分を忍とも、人間とも、いや生き物とすら思わない、ただの物として見るような目をした者たちが、自分に語り掛けてくる。

 まるで、自分は既に“生き物”ではなく“もの”であるのだと錯覚しそうになる。

 

「……恐怖で口がまともに動かない……水遁の術をかけろ」

 

「了解」

 

 一人の奈落の者が水遁の印を結び、口から水を放出する。

 バシャア、と水を顔にかけられる。

 

「――――ッ!?」

 

 その衝撃で男の意識は再び現実に引き戻される。

 

「印を結べぬよう両手の指を何本か切断しておけ。あまり切りすぎると失血死する、数本でいい」

 

『――――』

 

 男の首元に錫杖を突き付けていた奈落の忍の内の一人がそう指示すると、男の右手を押さえていた錫杖から仕込み刀が抜かれ、左手を押さえていた方の錫杖の仕込み刀も同時に抜かれる。

 そして、男の両手の指を一本ずつ切断した。

 

「ギャアアアァッ!!?」

 

 正気に戻った途端、両手の指を一本ずつ切断された彼はその悲鳴を上げる。

 痛み、そして忍の生命線が失われた事から来る絶望感。

 

 そして男が絶望に打ちひしがれ、悲鳴を上げている所で一人の女性の声が聞こえた。

 

「……ご苦労だった。尋問班はそのままソイツを拘束し続けて」

 

「……?」

 

 女性の指示を聞くや否や、男を錫杖で押さえている者達以外の奈落の忍が整列しながら道を開け、その道から男に近づいてくる影が一人いた。

 かろうじて保てる自我で男はその女性の姿を見上げる。

 ……他の奈落の者と同じ黒い僧服の装束を身に纏い、そして腰に長鞘の刀を差した女性だった。編み笠で隠れた顔も下から見上げればはっきりと映り、黒い長髪の女性が男の前にたっていた。

 

「その……長鞘の刀に、黒い長髪……お前、まさか……奈落三羽の――――」

 

「喋らないで」

 

「……ッ!?」

 

 女性はいつの間にか抜刀したのか、男にそれを気づかせぬうちに、その首に刀の刃を数ミリ食い込ませていた。

 

「今の貴方にその口を動かす権利などない。……あるのは、私の質問に対して答える義務だけ」

 

 女性の口調は物静かであるにも関わらず、そこに有無を言わせぬ強制力を併せ持っていた。

 

(詰み、か……)

 

 ここで、男はようやく己の人生の終わりを自覚する。

 ――――こんな奴らを相手に、任務を遂行できる筈がなかった。

 まだ手立てがあるのなら最後まで抗うが、生憎とその手段は見つかりそうにない。

 ……ならば、ここで潔く逝くのが楽な選択肢だった。

 

「私の質問に答えてもらう。答えなければその」

 

「その首を刎ねる、か? なら好きにしろ」

 

「……」

 

 ああ、これで終わりだ。

 彼女は何の躊躇もなく自分の首を刎ねるだろう。

 何の慈悲もなく、自分を殺すだろう。

 だが、こんな美女に殺られるというのであれば、他の野郎に殺されるよりかは幾分かマシかもしれない。

 そして、男はその首に彼女の刃を受け入れ――――

 

「いいえ」

 

 受け入れずに、彼女の刃は――――

 

 

 

 

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアァッッ……!?」

 

 

 

 

 

 

「貴方の、○○(ピー)よ」

 

 女性の刀の刃は男の首を切り落とさず、男の股間部にあるモノの内の片割れを切り離し、切り離されたソレは計算されたかのように、仰向けとなった男の胴体の上に落ちた。

 自分の股間から切り離されたその“片割れ”を否が応でも見せつけられるハメとなった男は余計その痛みと絶望を水増しされた。

 

「ちょ……ちょっ……と、ま、待てえ……!? 何故に、ソコ……――――」

 

 を切り落とす!?、と聞こうとするや否や、男の上に乗っかったその“片割れ”は女性の刀によってさらに真っ二つにされた。

 

「喋るなって言ったよね?」

 

 自分から切り離された“物”が更に目の前で真っ二つにされた事に男の表情は更に青ざめてゆく。最早切断された指の痛みなど気にならないくらいにそれは最悪の尋問だった。

 

「だ、だ、だだだだから……待……て……!? お、おおおおかし……だろ、どう考え……!!」

 

「はい余計な事喋ったからもう一回」

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアァッッ……!?」

 

 男は女性の尋問のやり方に必死に抗議するも、それは虚しく、女性は容赦なく男のもう一方の“片割れ”を男の股間から切り離す。そしてまたしても計算されたかのようにそのもう一方の“片割れ”は男の胸の上に転がり込む。

 男の眼前には見事に自分の股間から切り離された二つの“ソレ”が並んだ。

 

「ハァー、ヒィー、ア……アアアアアアァッッ……!?」

 

「はい余計な事叫んだからもう一回」

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアァッッ、ヒィー、ハァー、アアアアアアアァッッ……!!」

 

 もはや切り離す“片割れ”がなくなった男は、今度は本体の方を切り離され、今度は男の胸の上には転がらずに地面に無残に転がった。

 

「……早く吐いて」

 

 男が自分の質問に答えない事にいい加減痺れを切らしたのか、女性は男の首根っこを刀を持っていない方の手で掴み、男の顔面を自分の顔にぶつけた。

 

 そして、女性の瞳が深淵の黒から黒い勾玉模様の入った赤目へと姿を変える。

 

 ――――その眼を、男の目に向けて、幻術にかけた。

 

「アァ、ア……」

 

 幻術にかかった事で痛覚が遮断されたのか、男の悲鳴は急に止み、もがき苦しんでいるレベルにまで落ち着いた。

 

「まずは一つ目。貴方たちは霧隠れの忍じゃないわね。……雇い主は何処の誰?」

 

「……――――の、――――です」

 

「……ッ!?」

 

 返ってきた男の答えに女性は一瞬だけ顔を見開いたがすぐに戻し、二つ目の質問をした。

 

「その雇い主は今どこに……?」

 

「……分からねえ……俺たち、は……仲介人……を、通して、……依頼された」

 

「他に雇い主についての情報は?」

 

「……ねえ。俺たちは、所詮……抜け忍、雇われ……奴が、隠れ場所……提供し、俺たちが、うまく……」

 

「……」

 

 女性は瞳をいつもの色に戻す。

 途端、男性もまた力尽きたかのように体をぶらんと下げ、それきり動かなくなった。

 女性は遺体となった男性の体を地面に置き、周りの部下たちに命令を下した。

 

「散開してそれぞれの抜け忍たちの遺体から情報をできる限り抜き取って。各々がそれぞれ殺した者の遺体につく事。死体処理班がもうすぐ到着するから、これ以上抜き取れないと判断したら彼らに一任して頂戴」

 

『――――』

 

 女性の指示を聞き取った奈落の忍達は、無言の返事を返すと一気に散開し、死体からの情報の抜き取りにかかった。

 

「……(まどろ)

 

「はっ」

 

 それを見届けた女性は、まだその場から動いていなかった一人の奈落に声をかけた。

 

「現場の指揮を貴方に一任する。私は(かしら)の所へ報告に行ってくる」

 

 そう言って、女性は現場を後にした。

 

 

     ◇

 

 

「ああ!私の可愛いトラちゃん!!死ぬほど心配したのよォ~~」

 

「ニャァァァァ‼」

 

 肥満体型の女性が嬉しそうな表情で猫の体に頬ずりをするが、その猫は苦しそうに喚きながら悲痛の表情を醸し出していた。

 如何に飼い主が愛情を注ごうとも、それが猫にとって益にならぬものでは意味がないのだと、しみじみと三人は実感していた。

 

「ざまあねえってばよ、あのバカ猫」

 

 そんな猫の心情などお構いなしに、ナルトは散々苦労をかけられた猫に向かって罵倒する。

 

「逃げんのも無理ないわね、あれじゃ……」

 

 一方、サクラはトラと呼ばれた猫に対して同情の目線で語るものの、任務なので仕方なしと思ったのか、止める気はなかった。

 いや、そもそもその飼い主は火の国の大名の妻なのだ。

 止めるにせよ、自分ごとき下忍が口出しするのは恐れ多い……愛想自体は良さそうなのだが……。

 

「ああ、トラちゃん。今度こそ懐いておくれ……、いつもは朧さんや骸ちゃんとか見かけるとすぐ駆け寄ったりするのにどうして飼い主の私には……」

 

 愛おしそうに、しかし悲哀を含んだ表情で猫を見る。

 ……猫の表情は未だに恐怖に満ちたままだった。

 そもそも猫は自由な生き物だ。

 過度な愛情で縛り付けるだけでは嫌われてしまうのも必然。だからこそ受身で接してくれるあの2人には懐くのだとこの女性は未だに知らずにいた。

 任務を受けた担当上忍のカカシもそれについて突っ込みたい所だったが、任務成功したから関係ないというドライな心で猫を見つめていた。

 

「――――っ!? ばっちゃん、あの人の事知ってんのかってばよ!?」

 

「へ?」

 

「こらナルト! 相手は大名様の奥方様だぞ! もっと敬った言い方をしろ!!」

 

 ナルトが突然豹変した様子で大名の妻に食いつき、それに対し大名の妻は一瞬だけ呆気に取られた様子になり、それを見たイルカがナルトに怒鳴りつける。

 仮にも大名の妻だ……失礼な態度を取ればどんな処遇が待ち受けるか分かったものではない。

 

「ほっほっほ、まあそんな怒りなさんな……」

 

「しかし、奥方様……」

 

 大名の妻、マダム・しじみは怒るイルカを笑顔で構いませんわよ別にと言った後、ナルトへ向き合った。

 

「坊や、あの人の事知りたいのかい?」

 

「ウンウンウンウン! 俺ってば、“ならく”って所に入って、あの人の隣に立ちたいってばよ!」

 

「あら~坊やったら真っ直ぐなのねえ」

 

 両手をガッツポーズさせて興奮するナルトに、マダム・しじみは微笑ましい子供を相手にするかのようにナルトを褒める。

 大名の妻と知っても物怖じしないナルトを気に入ったようだった。……単に頭のネジが外れているだけなのかもしれないが。

 

「ねえ、カカシ先生。ナルトの言う“ならく”ってあの天照院奈落の事ですよね? あまりいい噂は聞かないけれど、どうしてナルトは……? それに、奥方様が言っていた“おぼろ”と“むくろ”っていう人も……」

 

 2人の会話を聞いていたサクラは小声で自分の担当上忍であるカカシに聞く。奈落が里から嫌われているにも関わらず、何故ナルトがそこに入りたがるのか不思議だった。

 しかも火影がいるこの部屋であの発言など、下手すれば里全体を敵に回すような発言である。

 

「……まあ、ナルトにも色々あるのさ」

 

 五年前の出来事を思い出し、マスクの下で表情を若干曇らせるカカシ。

 あれ以来、ナルトはある人物に憧れてしまった。

 自分ではどうしようも出来なかった状況を瞬く間に覆し、そして更に自分に対する大人たちの対応まで変えさせたその人物に。

 だから、ナルトはその人物が属している奈落という組織に入りたいと思ったのだが……。

 

(ナルトの性格からして、絶望的に向いてないよなあ……いや、それ以前に里が人柱力を安々と他勢力に渡す筈がない、か……)

 

 窓口で門前払いを食らった理由もおそらくは後者がほとんど占めているだろう。

 だがそれを抜きにしてもナルトは奈落には入れないだろう。そもそもナルトは奈落がどういう組織なのか分かっていないのだ。

 ナルトはどうしても憧れのヒーロー達みたいな目線で奈落を見がちだが、実際は国を守るためなら如何なる手段も問わず、必要とあらば冷酷無比な所業もこなす暗殺組織なのだ。ナルトが思い描くようなキレイな組織などでは断じてない。

 

「とは言ってもねえ、私もあの人の事はよく知らないのよ~。何というかその……取っ付きにくいというか……トラちゃんが懐くから悪い人ではないのだろうけれど……」

 

「ええ~なんだよソレ~」

 

「娘だったらもっと何か語れたのでしょうけれど、生憎と私はあまり、ね……」

 

 ごめんね坊や、とマダム・しじみはナルトに手を振り、報酬金を支払った後に再びトラをお構いなしに抱きしめながら部屋から出て行った。

 

「ちぇ、せっかくあの人の事聞けると思ったのにさ……」

 

「ちぇ、じゃないだろナルト! 奥方様が優しい人だったからよかったものの、普通だったら……」

 

「まあまあイルカよ、そう荒立つ事もないだろう」

 

「しかし、火影さま……」

 

「何、奥方様もあのように仰っていたことであるし、それに……心配せずともそんな事で彼ら(・・)は動かんよ」

 

「……」

 

 自分の考えを火影に見透かされ、黙るイルカ。

 イルカがこうしてナルトを怒鳴りつけるのも、全てはナルトを思っての事であるのはヒルゼンも分かっていた。

 もし大名の妻が短気な人柄であるならば、ナルトの無礼な態度を気にいらないと思い、奈落が出張ってきたって不思議じゃないのだ。

 里と国をつなぎとめた存在として既に自分たちにとってもなくてはならない存在とはなっているものの、国に忠誠を誓う事で成り立っている彼らが里に牙を向けないという保証はどこにもない。

 しかし、それは否、とヒルゼンは言った。

 

「それに奥方様は彼らを動かす権力は持っておらん。独立遊撃暗殺部隊である彼らの権限は強く、故に彼らを動かせるのは大名様か自力でその権利を勝ち取った姫さまのみだ」

 

「……それでも、設立されてからたったの十四年であそこまでの組織になるとは、少し末恐ろしいです、俺は」

 

「……確かにのお」

 

 最初は力を持て余した抜け忍たちの集まりであったというのに、いつの間にか大名やその娘以外では動かせぬ程の権限を持った組織へと成長していたのだ。しかもその首領は設立した当時14歳から今年28歳に至る現在まで未だにその組織の頭に立っている。

 奈落の忍たちからの尊敬も計り知れないものとなっているだろう。……相変わらず木の葉の民衆や忍たちから今なお誹謗と中傷を受けているが。

 

(改めて思うと、色々と規格外な男じゃな……)

 

 ただでさえ実力は日向に一度生まれるかそうでないかのぶっ壊れだというのに、それに加えて大勢の暗殺者たちを従えるカリスマまで併せ持っている。これを規格外と言わずに何というのか。

 

(そして、ナルトの奴がその男に憧れ奈落に志願するとは……何とも皮肉な事じゃ)

 

 大名の妻から朧の話を聞けずにがっかりするナルトを眺めヒルゼンは思った。

 ナルトはその性格上奈落に絶望的に向かないという事もあるが、何より人柱力を他勢力に渡すわけにはいかないという事情がある。

 結局の所、ナルトは里の者から迫害され、更にはアカデミーの教員たちからも疎まれ蔑まされてきたにも関わらず、それでも里はナルトが外へ属するのを許さないのだ。

 ……ヒルゼンにとっては否が応でも自分を含めた里の人間たちのエゴを自覚させられるのである。

 

“貴方に悔やまれる謂れなどない”

 

 その言葉は今でもヒルゼンの身に染みていた。

 結局は自分もエゴ全開の、里の民衆たちと何ら変わらないという事を思い知らされた瞬間だった。ダンゾウに闇を背負わせたのも、イタチにああさせてしまったのも、やらせてから後悔していては闇を背負う覚悟をした者に対する侮辱に他ならない。

 ――――闇を背負わせて後悔するならば、最初から背負わせるな。

 あの時の朧の眼光はそう語っているようにも見えた。朧からしてみれば、ヒルゼンが直接的な関わりがある訳でもなく自らの意思で闇を背負った自分に対し勝手に同情と後悔の念を向けてくる事が尚更侮辱に見えたに違いない。

 

(結局、儂もナルトを迫害した者達と何ら変わらないという訳か……)

 

 朧は内心で自分の事をどう思うだろうか。……ナルトに何もしてやれず、しかも火影という立場があるとはいえ里のエゴでナルトをその場所へ縛り付ける自分を内心で愚か者と嘲笑うだろうか。……他人に闇を背負わせた後から自分勝手に後悔する自分を半端者と嘲るだろうか。それとも――――。

 いずれにせよ、ヒルゼン自身の愚かさを自覚させた彼には感謝すべきだろう。例え彼が自分をどう思おうとも。

 

「さて、カカシ隊 第七班の次の任務は……ふむ、老中様の孫の子守に隣町までのお使い、芋掘りの手伝いか」

 

 感傷に至るのをやめ、第七班の任務を続けて言い渡すヒルゼンであるが――――

 

「駄目ー! そんなのノーサンキュー!」

 

 あまりにも温すぎる任務の内容にナルトはいい加減煮えくり返ったのか、両手でバッテン印を作って叫んだ。

 

「オレってはもっとこう……スゲー任務がやりてーの! 他のにしてぇ!!」

 

(一理ある……)

 

(も~……面倒くさい奴!!!)

 

(は~……そろそろ駄々こねる頃だと思った)

 

 ナルトと同様にサスケも顔に出さずとも任務の内容の温さに多少の不満を抱いていたのか、内心でナルトに同意する。対してサクラは呆れたような表情で内心でナルトに対して悪態を吐き、カカシは兼ねてからナルトの心情を察していたのか、やっぱりかとため息を吐いた。

 

「馬鹿野郎!! お前はまだペーペーの新米だろうが! 誰でも初めは簡単な任務から場数を踏んで、繰り上がって行くんだ!」

 

 イルカが机を両手で叩きながら立ち上がり、ナルトを叱るが、鬱憤を溜めていたナルトはもはや聞く耳を持たなかった。

 

「だってだーって! この前からずっとショボイ任務ばっかじゃん!! もっとこうさあ、大名の護衛とか、お姫様の護衛とかさあ!!」

 

「馬鹿かお前は!? そもそもそれは里の忍びの仕事の範疇じゃない、奈落が請負う仕事だ!」

 

「いーじゃん別に! オレをならくに入れちゃってさ、そしたらオレが向かってくる奴らどんどんぶっ倒して護衛してやんだからさー!!!」

 

「だからお前に奈落(あそこ)は向かんと何度も言っているだろう!? いいか、暗殺組織だぞ!? 暗殺だ! あ・ん・さ・つ!! 今のお前が入った所で任務中に必要以上に騒いで組織の足を引っ張るのがオチだ!!! それに暗殺や護衛だけじゃない、その他色々他言できないような汚れ仕事もやらされるんだぞ!!?」

 

「だー!!! もうイルカ先生ってば言ってる事が難しくてよく分かんないってばよ! とにかくオレってばグエッ!?」

 

 

「いい加減にしとけ、コラ!」

 

 まだ下忍の立場であるにも関わらず駄々をこねるナルトに業を煮やしたカカシはナルトの頭に拳骨を一発かました。

 拳骨を食らったナルトは痛そうに頭を押さえながらそこに蹲ってしまった。

 

 その様子を見かねた三代目火影のヒルゼンは、キセルを吹かすと同時にため息を吐く。

 

「ナルト! お前には任務がどういう物か説明する必要があるな」

 

「いつつ……あ?」

 

 ヒルゼンの真剣な声に、ナルトも痛がるのをやめてヒルゼンの方へ顔を上げる。……相変わらず不真面目な表情だが、本人なりに真剣に聞こうとしている姿勢だった。

 

「良いか。火の国には二つの忍勢力が存在する。一つは天照院奈落、彼らは主に国や大名を守るための御徒歩士組としての役割、および国に仇なさんとする者たちの暗殺、もしくは殲滅を担う暗殺集団」

 

 一応、奈落に関する説明も入れるヒルゼンだが、果たしてナルトが理解しているかどうか……。

 本当はそれだけではなく国と里を繋ぎ止める中間組織のような役割も担っているのだが、これはあくまで裏の話であるため、ヒルゼンは話から省いた。

 

「そして、もう一つは古くから国と対等の立場として存在してきた我々木の葉の里だ。里は奈落とは違いその仕事の幅は広い。要約すれば、奈落が国の中心を守る部隊ならば、我々木の葉は国、もしくは外部からの依頼を幅広い範囲で請け負う遊撃隊のような存在。

 故に里には毎日多くの依頼が舞い込んでくる、子守から暗殺までな」

 

 ヒルゼンはキセルを机の上に置き、説明を続けた。

 

「依頼リストには多種多様な依頼が記されておって、難易度の高い順にA、B、C、Dとランク分けされておる。里は大まかに分けてワシから順に上忍、中忍、下忍と能力的に分けてあって、依頼はワシ達上層部がその能力に合った忍者に任務として振り分ける。……で、任務を成功させれば、依頼主から報酬金が入ってくる訳じゃ。

 ――――とは言っても」

 

 ヒルゼンはキセルを持った手の指をナルト達の方へ指し、言い聞かせるかのように言う。

 

「お前らはまだ下忍になったばかり、Dランクが精々いいとこじゃ。――――うん?」

 

 分かるか、と言わんばかりに鼻を鳴らすヒルゼンであったが、当のナルトはというと。

 

「昨日の昼はトンコツだったから、今日はミソだな」

 

「聞けぇっ!!」

 

 難しい話や長話が大の苦手であったナルトはヒルゼンに背を向き今日の昼飯について考えていた。

 ナルトの生い立ちを考えればこの捻くれ具合も仕方ないと分かっているとはいえ、ヒルゼンは我慢できずに怒鳴ってしまう。

 

「ど、どうもすみません!」

 

(こいつ……理解していたかそうでないかはさておいて奈落の話は割かし真面目に聞いてたのに里の話になった途端……)

 

 里の話になった途端にヒルゼンから背を向けたナルトに対してカカシはため息をはいた。

 ――――やっぱりアカデミーに戻すべきだったかなあ……。

 カカシからしてみれば別にナルトに里想いであってほしいという気持ちはないが、この傾向ははっきり言ってまずい。

 まず本人が奈落がどういう組織なのかを根本的に理解しておらず、その上で奈落以外ほとんど眼中にない状態になってしまっている。その気持ちは仲間を危機に落としかねない。

 だがそれは仕方のない事だ。

 カカシ隊 第七班はまだ結成されたばかりであり、この三人の絆もそんな深い所までは行っていない。

 ――――里想いでなくていい、せめて目の前の信頼できる仲間を大切にできるような忍に成長してくれればいい。

 カカシが彼らに求めるのはその一点だ。

 

「あーあ、そーやって爺ちゃんはいっつも説教ばっかりだ! けどオレってばもう、いつまでも爺ちゃんは思ってるような悪戯小僧じゃねーんだぞ! ……ふん!」

 

 ブー、とそっぽを向き、再びヒルゼンに背を向けるナルト。

 本人は至って真剣に言っているのだが、傍から見ればただ駄々をこねるだけの小僧にしか見えない。

 だがこうなってはナルトは今までよりもやり甲斐のある任務を与えなければ梃子でも動かない。

 

(はぁ、後でどやされるなあ、俺……)

 

 頭の後ろをかいてカカシは内心でそう悪態をついた。

 サスケも表情には出していないが内心でナルトに賛成している事はカカシでも分かった。うちは一族の生き残りなだけあってそのプライドが人一倍高いのが仇になってしまっている。

 なんだかんだで今この三人の中でまともな思考をしているのはサクラなのかもしれない、とカカシは思った。

 

「……フッ」

 

 そんなナルトの思いが行き届いたのか、ヒルゼンもキセルを咥えながら微笑み、イルカもそっと微笑んだ。

 

(悪戯でしか自分を証明できなかった此奴が、そんな事を言うようになるとはのお……)

 

 成長した、とまでは決して言えぬだろうが、少なくとも下忍になったことでナルト本人もまた変わろうとしている、という事にヒルゼンは喜びを覚える。

 奈落に憧れるのが良いことであるかは分からないが、少なくとも今のナルトには憧れる人物がいて、そして目指すところがある。

 結果がどうなるにせよ、今はそれで良いではないか。

 

「よし、分かった!」

 

『――――ッ!!?』

 

 ヒルゼンの高らかな声に第七班の四人が顔を上げる。

 

「お前がそこまで言うのなら、Cランクの任務をやってもらう。ある人物の護衛だ」

 

「ホントッ!?」

 

 ヒルゼンの発言にナルトは再び顔をヒルゼンに向け、嬉々とした表情を見せる。

 

「だれ? だれ? 大名様!? それともそれとも、お姫様!?」

 

「いやだからナルト、それは奈落の仕事だってイルカ先生が言ってたでしょうが……」

 

 相変わらずのナルトの分からず屋な発言にカカシは小声で突っ込んだ。しかしそんなカカシの声もむなしくナルトは浮かれた様子でヒルゼンに問い詰める。

 

「そう慌てるな、今から紹介する。 ……入ってきてもらえますかな!!」

 

 後ろの扉へ向けてヒルゼンがそう呼びかける。

 ナルトやサスケ、サクラやカカシもまたそこへ顔を向ける。

 

 ガラー、と窓のついた引き戸が開けられる。

 そこから現れたのは……

 

「なんだァ? 超ガキばっかじゃねーかよ!」

 

 右手に酒瓶を持ち、がに股の姿勢の老人がそこにいた。

 

 




最近はこの小説を書く上での参考資料として銀魂の各長編の奈落(主にモブ共)の戦闘を繰り返し見る日が続いています。
思ったんでですけれど、彼らって感情があるのかないのか分からないですよね(笑)
仲間の死にもさして動揺せず、自分が死ぬことすら恐れていない。番兵を虐殺した2人なんかは正に無感情そのものでした。
……その割には朧の左目が切られた事に動揺したり、銀時や土方に対して「貴様ら……!!」と激昂したり……。

なんかちょっと可愛く見えてきました。

天照院奈落のどんなところが好き?

  • 錫杖を使っているところ
  • 弓を使っているところ
  • 装束が好み
  • 単純に朧が好きなだけ
  • 全部

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