厨二感が漂うような、やっぱり漂う感じ。
ユウサイの姿でヨシテルの目の前に座るカシンは以前と変わらず、何を考えているのか分からない笑みを浮かべていた。その姿は、結城が評したような人の神経を逆撫でするような不快感を与えるもので、それを正面から見ているヨシテルの表情は酷く険しいものになっていた。
カシンはそんなヨシテルの様子が愉しくて愉しくて仕方が無いとでも言うようにくつくつと笑う。
「何が可笑しい、カシン」
その言葉には、普段のヨシテルを知る者であれば信じられない程の棘があった。
「あぁ、これは失礼しました。ただ、ヨシテル様の様子が随分と愉快なものでしたので……」
そう言って嗤うカシンの目には誰でもわかるような愉悦が浮かんでいる。こうして人に不快な思いをさせることで、自分に対して嫌悪の感情を向けさせる。その感情を愛おしく感じているカシンにとって今の状況はとてもとても愉しいものなのだろう。
「私はお前を楽しませるために話をしようとしているのではない。
話してもらうぞ、結城が今どういう状態なのか」
「ええ、構いませんよ。ヨシテル様はそれを知ったとしても、何も出来ないのですから」
「御託は良い。話せ」
「おぉ、怖や怖や……」
睨みつけるようなその視線に怯えた様子など見せず、それでも口だけで恐ろしいと言う。
それがより一層ヨシテルの神経を逆撫でする。
「さて、結城の状態でしたね。簡単なことですよ。あれは呪われています。いえ、私が呪ったのですが」
「お前が……もしや、あの時か」
あの時、というのは結城がカシンを相手取り、時間を稼いでいた時のことだとヨシテルには容易に想像がついた。
滅びを齎す術式を発動させないために強力な呪術師であるカシンと一人で戦い、ヨシテルを含む戦国乙女たちが駆けつけるまで不退転の覚悟にて攻防を繰り広げて見せたのだ。
「結城はどうにも自己評価が低くてなりませんね。儀式の為に力を割いていたというのはありますが、あの時の私は確かに全力でした。
本当に、あれは本人が自覚する以上に呪術に対して耐性があり、また才能に溢れています。
そうあるべくしてこの世に存在する私には劣りますが、そうした存在ではないただの人間にしては規格外と言えるでしょうね」
そう語るカシンの声と表情にはその有り方を知っている人間にとっては信じられないほどの情愛が含まれていた。
話の繋がりを考えるのであれば、その感情を向けている対象は結城になる。人を憎み、恨み、怨み、妬み、嫉み、そうして生きているカシンがである。
現にヨシテルはそれを理解して驚愕の表情を浮かべていた。それに気づいていないのか、気づいていてそうしているのか、カシンは言葉を続ける。
「もはや今の私に以前までの憎悪も力もありません。全ての憎悪を呪いの起源として結城を呪ってしまいましたから。
本来ならばそうして呪われた以上は死ぬよりないはずでした。ですが結城は今も尚、生きています」
「……それは、何か問題があるのか」
「ありますとも。あれは呪いが魂を蝕むことを自らの呪術で停滞させ、封印術が得意な者の手によってどうにか封印することに成功しています。
とはいえ、私の最大の呪術とも言える呪いは封印術だけでは意味がなく、常に結城自身が呪いへの対抗をし続けなければなりません。それが一体どれだけの力を消費し続けることになるのか」
「まさか、月の魔力が必要だ。というのは……」
「ええ、そうしなければならないほどに力を消耗しているからです。
そして何よりも可笑しいのは、そんな状態でありながら結城にはその自覚がないということ。
あれは無意識にそうして対抗を続けている」
「このままそれを続けると結城はどうなる?
話を聞いている限りでは、あまり良い状態ではないように聞こえるが」
「死んでしまうでしょうね。いえ、普通ならもう死んでいるはずです。
はっきり言ってしまえば結城はそれらに対抗するだけの力は既に尽きているのですから。
ですがヨシテル様の心配することはありません。死ぬことはありませんから。死ぬことは、ね」
言ってからカシンは酷薄な笑みを浮かべる。まるで、死にさえしなければ構わないのだろう。とでも言いたげなその笑みに、ぞっとする物を感じたヨシテルは反射的に鬼丸国綱へと手を伸ばす。
それを見たカシンはヨシテルを馬鹿にするように鼻で笑った。
「私を斬りたいというのであればご自由に。それこそヨシテル様の求める答えを得る機会が永遠に失われるだけですので」
「くっ……!カシン、貴様……!」
カシンの言葉を聞いてヨシテルは鬼丸国綱から手を放す。だがその顔に浮かぶのは隠しようのない怒りだった。
ヨシテルにとって結城はかけがえのない存在であり、結城の為になるのであれば無茶でさえ通すだけの覚悟がある。故にそれを利用するカシンに対しての苛立ちは、普段のそれを遥かに上回るものであった。
「少し遊び過ぎたようですね。別に結城が死なないけれど酷く苦しむことになる。というのを私も良しとはしません。あれの中にある物が変質するであろうと考えているので、それだけは気になりますが」
結城の中にある物。それが何かヨシテルにはわからない。だがどうにも話の流れから、それが重要な物であることだけは理解出来た。
「さて、それが何なのか教えるのも構いませんが……少し事前知識として確認をしておきましょうか。
私は卑弥呼の闇の部分の力を受け継いだ存在であり、イエヤスは卑弥呼の陽の力を受け継いだ言わば私の対極の存在、そして戦国乙女というのは卑弥呼の闇や陽などの括りなく力を受け継いだ者たち。それは理解していますね」
「あぁ、それは理解している。だがそれがどうかしたというのだ。
結城には関係のない話ではないのか?」
「ありますとも。無駄に引っ張る必要は無いので教えますが……結城から話を聞いているでしょうから榛名をご存知ですね」
榛名。卑弥呼が制御し切れなかった強大な力を封印した勾玉である。それはヨシテルも知っている。
結城がカシンから聞いた話を又聞きした程度ではあるが、それで充分だと判断したヨシテルは調べるようには言っていなかった。しかし、カシンはまだ伝えていないことがあるようだった。
「結城には教えてはいませんが……榛名の欠片と言うものが存在するのですよ」
「榛名の、欠片……?待て、それはどういうことだ……?
封印の塔にあるはずの榛名の、その欠片というのが存在するということは榛名は既に砕けているということか?」
「いえ、違います。榛名の欠片とは力そのものを指します」
榛名が砕け、その欠片が結城の中にある。ということではなく、実体を持たない力が宿っているとカシンは言う。それを口にするカシンがどこか忌々しげにしているようにヨシテルの目には映った。だがそれもすぐに消える。
「まぁ、端的に言えば結城は榛名の欠片を宿してるために自らの力を使い切って尚生きていられる。ということです。
死ぬことはないでしょう。ただ、榛名の欠片、その力は言わば無色のそれです。陽の力に染まった欠片となるか、闇の力に染まった欠片となるか……このまま手を打たなければ確実に呪いによって変質し、闇の力に染まった欠片を宿すことになるでしょう。
それがどのような結果を齎すのかは私にもわかりません。ですので結城のことを想うのであれば闇の力に染まる前に手を打つべきではありますが……
そうですね。元より呪術に対して適性があるのは何らかの要因によって闇の力に傾いていたからということでしょうから、闇の力に染まるのも時間の問題かとは思いますが……」
カシンの話はヨシテルには理解し難い話であった。だが、冗談や嘘としてそれを言っているような様子はなく、淡々と真実を話しているようだった。
そしてその話にヨシテルが衝撃を受けていると襖が開き、義昭とミツヒデの二人が入ってきた。
「随分と面白そうな話をしていますね。私にも聞かせていただけますか」
言ってからミツヒデの用意した座布団に座る義昭の姿はヨシテルとは違って余裕があるように見え、またミツヒデはそんな義昭に付き従うように沈黙を守っている。
先ほどとは違う意味で衝撃を受けることとなったヨシテルを意にも介さずカシンは口を開く。
「これはこれは義昭様。ですが子供が聞くようなことではありませんよ」
「ええ、そうでしょうね。ただし、それが結城に関わることであれば話は別です。
姉上にとって結城はかけがえの無い存在であるように、私にとってもそうですからね」
小馬鹿にしたようなカシンの態度に一切怯むことなく堂々と言い切った義昭はふわりと笑みを浮かべた。
それは義昭からカシンに対するちょっとした意趣返しであり、引くつもりはないということを言外に伝える物でもあった。
そして少し呆けているヨシテルを見て表情を引き締める。
「姉上。確かに驚いてしまって呆けてしまうのも仕方ないのかもしれませんが、それよりもどうするべきなのか。それを聞かなければなりません」
「義昭……そうですね、確かにその通りです。
……カシン、お前は私にはどうすることも出来ないと言っていたが本当か?」
「ええ、本当です。ですが、そうですね……榛名の欠片を変質させたくないのであれば諸国を回り、陽の力を帯びた乙女たちと接触すると良いでしょう。
闇の力に天秤が傾いているのであれば、陽の力に傾ければ良いのです。気休め程度ではありますがね……」
根本的な解決にはならない。それでもやらないよりはマシなのだとカシンは言う。
それを理解していて尚、そうする以外にないのだと。
「なるほどな……では、結城には諸国を回り各地の戦国乙女の様子を確かめて欲しい。と言って任務に行かせるのが良いということだな?」
「ええ、本当に気休めですが。しかし……忌々しいことにイエヤスであれば結城に魔力を譲渡する程度は容易いことでしょう。
あれはとてもお優しい。であればこそ、何も言わずともそうするでしょう」
お優しい。その言葉に込められるだけの皮肉を込めて言うカシンではあるが、イエヤスならばそうするであろうことがわかって言っている。
そこまで嫌いなのか。とヨシテルは思ったが確かに今の状態になる前から酷く嫌っていたのを覚えている。それどころか世界を、戦国乙女を憎むそれ以上の憎悪を向けていた。
「では結城にはそのように言いましょう。それで少しでも結城が楽になるのですから。
……ただ、傍に居たのに気づけなかった。そのことがどうしようもなく悔しいですね……」
ひとまずの対処が出来る。それに安心したような風にも見えたが、それ以上にカシンに言われるまで気づけなかったことが悔しいと、義昭の表情が曇る。
だがそれ以上にヨシテルの表情が優れない。当然のことだ。
ヨシテルは結城のことをかけがえの無い存在だと思っている。ヨシテルが苦しい時に支え、不甲斐ない自分を助けてくれた恩がある。だから結城の為に何かをしたいと思っていた。
だというのに、今回の事態に気づくことができなかったのだから。
「……私は、結城の為に何も出来ないのですね……」
「姉上……」
悲痛な表情でそう零すヨシテルに、ただ呼ぶことしか出来ない義昭。それを見て目を細めて愉しそうに笑むカシン。
「……ヨシテル様。そうして悲しむより、これからどうするのかを考えるべきかと思われます。
確かに今のヨシテル様であれば結城には何も出来ないのかもしれません。ですが、今回のことに片を付けそれから何が出来るのかを考えれば良いのです」
そんな三人を見て、沈黙を守っていたミツヒデが口を開いた。いや、見ていたというよりも見かねて、と言うのが正しいのかもしれない。
「私とて結城には助けられています。だというのに私は結城を助けることが出来ない。
それは心苦しいものです。ですが……今は私たちが個人の感情で躓くわけにはいかないのです。
結城の為に何も出来ない、ならば出来ることを探せば良いのではありませんか。
……カシン、現状では何も出来ることはないとして、対処法を見つければ我々が結城の為に出来ることがある。そういう状況にもなるのだろう?」
「可能性は確かにありますね。ですが必ずしもそうなるとは言い切れませんよ。
結局、ヨシテル様は何も出来ない。そうなったとしても何らおかしくはないのですから」
あくまでも可能性があるという程度で、ミツヒデの言うようにヨシテルたちが結城のために何か出来るようになるとは限らない。そしてそうなる方が可能性としては高いのだとカシンは言う。
それでも、ほんの僅かでも可能性があるのならそれに縋り付くのが人間なのだろう。
「……カシン、心当たりはあるのか?」
「ええ。まだ確証がないので教えることは出来ませんが……」
ヨシテルに問われて答えるカシンは少しだけ思案するようにそう返した。だがその思案した内容が思い当たることがあるが確証がないからなのか、まだ教える必要はないと考えたからなのか、それを判断することは出来なかった。
「それでも良い。話せ」
だからと言ってそれを聞かないという選択肢はない。
「やれやれ……仕方がありませんね。
榛名を求めなさい。あれを用いれば私の呪いを解くことも出来るでしょう。ただし、呪いの起源たる憎悪が私に戻る可能性はありますがね……」
「本来ならば、お前に憎悪と力が戻ることは忌避すべきことだ。それでも、私は結城が助かるのなら私はその道を選ぶ。
……もしお前が戻った力を使い、再び乱世とするのならばその時は容赦なく、お前を殺すことになるだろう」
「ええ、構いません。構いませんとも。
いえ、そうでなければ面白くありません。どうぞ、出来るものならば、ね」
自らの選択によってカシンに憎悪が戻れば再度この世は乱世となるだろう。ならばそれを止めるのは、選択してしまった己の役目なのだと、ヨシテルはその決意を込めてカシンにそう言った。
しかしその言葉には出来ることならば殺したくなどないという想いも込められていた。敵になるとしても、今こうして話をして結城を助けるための手段を教えてくれた相手だ。であるからこそ、そうした想いを抱いてしまう。
ただ、それを理解しながらもそうなったのならば殺して見せろというのだからやはりカシンの性格の悪さというか、性根の曲がり具合というか、捻くれ具合というか、そういうものは相変わらずと言えるだろう。
「では後はご自由にどうぞ。私はわざわざヨシテル様たちと協力するつもりはありませんので」
「わかった。ただ、情報の提供には感謝する」
「いえいえ……この先どうなるのか、楽しみにさせていただきますので……」
言ってからくつくつと笑ったカシンだがすぐにそれは鳴りを潜める。
「……話も一区切りつきましたし、これまでにしておきましょう。結城が此方に向かっているようですしね」
その言葉にヨシテルは頷き、義昭とミツヒデに目配せをする。目配せの意味としては、結城にはこの話は内密に。ということであるが、それを正確に理解した二人は頷いてヨシテルに応える。
とりあえずは結城に諸国を回るように任務を与え、そしてそこから自分たちで榛名の情報を集めなければならない。そのことを考えてこれから少し大変になるな。などと思いながら、それでもヨシテルの心は少しばかり軽くはなっていた。
結城のために何も出来ないと思っていた自分が、もしかすると何か出来るかもしれない。それは結城に対する恩返しになるのだ。それがヨシテルにはどうしようもなく嬉しいものでもあったのだろう。
だからこそヨシテルの心は少しだが軽くなった。しかしそれと同時に不安もある。榛名を求めても尚、結城が助からなければどうなるのだろうか、と。
故にその表情は未だ硬いままで、纏う雰囲気もまた険しくもなるのだ。
あぁ、これからが大変だ。だがなんとしても成し遂げなければ。そう決心するヨシテルを見て何処か羨ましそうにしていたカシンには誰も気づかなかった。
シリアスとか似合わないですけど、ちょっと真面目に。
尚、結城本人はこの時点で知らないので好き勝手考えてたりします。
カシン様を疑ったり、このタイミングでこの任務は必要性なのだろうか、とか。