戦国乙女の世界だとモブでさえそれなりに顔は整ってそうですよね。
ヨシモト様に案内されるままに茶室に着く頃になるとイエヤス様が手を放してくれた。放す際に俺の手を両手で持ってじっと見た後、何か納得したように頷いていたのでイエヤス様的には満足というか、問題ないと判断してくれたのだろう。
その様子を見て今川様も首を傾げていたので、いつも徳川様といる今川様をして珍しい行動であったようだ。
「イエヤスさん。もう結城さんの手を握らなくてもよろしいのかしら?」
「はい、もう大丈夫だと思います。あ、でも今は、なのでまた今度手を握らせてもらって良いですか」
「えっと……任務で駿河を訪れることがあれば、ということでしたら構いませんが……」
あれ、おかしいな。今疑問系ではなかった気がする。
いやそれでも徳川様に手を握られていると何故か楽になること、無茶はしてはいけないという言葉。その二つから考えられるのは、徳川様は俺の為にそうしてくれているということだ。それならばそれを断る理由はない。
まぁ、定期的に訪れることが出来るのか、と問われれば答えに窮するのだが。
「それで構いません。……カシン居士と手を繋ぐ。ということでも良いのですが……あまり頼りたくはありませんね……ですが私がそうするように言っていた。と言えばきっとそうしてくれるとは思います。
……嫌そうな顔をする可能性はありますけど……」
なんとなくではあるが、それは予想がつく。ユウサイ様の姿であれば話は別だろうが、カシン様の本来の姿であれば確実に嫌な顔をする。そして嫌味の一つや二つ言われるだろう。
まぁ、それでも多分ではあるが、手を握るくらいはしてくれるだろう。というか、何故このようなことをしなければならないのか、なんとなくではあるがわかった気がする。
徳川様とカシン様は強力な魔法使いと呪術師だ。その二人に、何らかの手助けを求めなければならない状況と言うことは、そういうことなのだろう。ヤバイ、自覚するとなんだか体が重くなった気がする。
「大丈夫ですよ、結城。あなたの内にそれがある限り、そうそう取り返しのつかない状況にはならないはずです」
「それ、というのが何かはわかりませんが……徳川様がそう言うのでしたら、そうなのでしょうね……」
こういうことに関して徳川様は答えてくれないのだろうな。というのを今日だけでなんとなく理解してしまった。いや、完全に答えてくれないということではなくて、答えるべき時に答える。というのが正解なのかもしれない。
俺が聞かなければならないのはきっと、俺の内にあるそれ、というのが何なのか。ということだろう。
そういえばカシン様にも「お前のそれがどうなるか、私は楽しみで楽しみで仕方が無いのです」と言われたことを思い出した。ということは、カシン様は徳川様と同じで俺の内にある何かに気づいていて教えてくれなかったということになる。
本当に重要なことや必要なことを教えてくれない人だな、と少しだけ頭が痛くなった。
「むぅ~……イエヤスさんとお互いにしか通じない話をするなんて羨ましすぎますわ!
さぁ、イエヤスさん!私ともお話をしましょう!例えば……今日どんな格好をするか、乙女同士の内緒話でも!!」
頬をぷくっと膨らませて不満があることを表現していたかと思えば、すぐに自分の欲望に忠実に動き始めた。またファッションショーでも始める気だろうか。
……観客として巻き込まれると面倒そうだし、適当に逃げたい。でも徳川様から話があると言われた以上はそうすることは出来ないのだが……本当に厄介だ。
「セーラー服か、ブレザーか……いえ、いっそのことギャップ狙いの学ランという手も……!」
真剣に考えているようではあるが俺としてはどうでも良い内容であり、観客になることを免れないなら免れないでさっさと決めて欲しい。
そんなことを考えていると、今川様と目が合った。そして何かに気づいたようにハッとすると口元に手を持っていきワナワナと震え始めた。
「わ、私としたことが、失念していましたわ……!」
俺を見て何かを気づく。というのはやめてもらえないだろうか。嫌な予感がしてしまう。それに何で俺を頭の上からつま先まで観察しているんだろう。
「女性のためのファッション。それは当然のことですわ。それでも、男性のファッションについてはまったく考えていませんでしたわ……!
結城さん!今度是非私の選んだ服を着てはいただけませんか!?そうすればきっと私はファッションリーダーとして更に上を目指せる気がしますの!!」
ガッと俺の手を両手で掴むとそんなことを言ってきた。確かに今川様は女性のファッションについてはファッションリーダーの何恥じぬ程に詳しいが、男性のファッションについてはほとんど知らない。というか、知る必要はないはずだ。
それなのに何故か今度は俺を標的にして男性のファッションについてのスキルアップを考えているのだろうか。
だいたいファッションリーダーとは言っているが、コスプレに片足を突っ込んだようなファッションなのに何を言ってるんだか。
「あー……別に構いませんが……」
それでも断れない。何故なら今川様の目が絶対に逃がさないと如実に語っているからである。いや、むしろ血走った目で俺を見てくるのだ。逃れられそうにない。何でこの人はこんなどうでも良いことで全力なのだろう。
「ご協力、助かりますわ!ではお茶会の後に方々に声をかけて色々と探しますから、楽しみに待っていてくださいまし!」
「それならお姉様が準備している間は私が結城の話し相手になりますね」
「ええ、よろしくお願いしますわ、イエヤスさん。
あ、イエヤスさんに何か妙なことをしたら許しませんから、それを肝に銘じておいてくださいね?」
「あ、はい。それはわかってますから大丈夫ですよ」
女性相手に妙なことをするような、痴れ者ではないのでそれは大丈夫だ。
むしろ戦国乙女の方相手に不埒なことをしようものならぶっ飛ばされるのが必定である。そんな相手に何かしようと考える人間の方が少ないのではないだろうか。
とりあえずそれは置いておくとして、茶会の後に徳川様と話をすることがこれで今川様公認となった訳か。それは有り難い。内容を幾らか想定するとしても、あまり他人に聞かせるようなことでもない。
これが今川様公認でなければきっと話が出来なかっただろう。その心配がなくなっただけ助かった。
ただ、探すと言っていたことからもしかすると一番早くて今日、もしくは明日くらいに着せ替え人形にされそうな気がして仕方が無い。
どうしよう。今の時点から気が重い。
「それは良かったですわ。さ、それではお茶会としましょうか。
私の自慢の茶室とお茶、とくとお楽しみくださいまし!」
気が重くなっている俺とは正反対の楽しくて仕方が無いと言わんばかりの笑顔で言ってのける。
それを見て気づかれないように小さくため息をつき、徳川様を見る。何らかの助けを期待してそうしたのだが、徳川様は徳川様でそれは名案だとでも言うように手を打っていた。
あぁ、これはダメだなと理解して、無駄な抵抗をせずに諦めてしまう。着せ替え人形くらい我慢しよう。それで角が立たず、一応は丸く収まるはずなのだ。
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茶会とは斯くも辛いものだったとは、思いもしなかった。
ある程度の作法は出来ていたのだが、所々で直すべき点などがあり今川様から厳しめに指摘されたのだ。そして指摘だけでは飽き足らず、正しい作法などを叩き込まれたのだ。
徳川様はそんな今川様とは反対に、直すべき点を優しく指摘して正しい作法を教えてくれた。まるで飴と鞭である。まぁ、ヨシテル様の忍として恥ずかしくないように。と考えていたので正直言うと有り難かった。
ただそれでもやりすぎな感が否めなかった。茶の点て方なんてものは知らなかったし、そうすることもないと思っていたのに何故俺は茶の点て方を覚えてしまったのだろう。それも今川様が納得するレベルの茶の点て方だ。
松永様と茶会を、という話を聞いていたがそれには納得してしまった。松永様も作法には厳しい方だった。そんな松永様に受け入れられる程の方だ。今回のこれは当然のことだったのだろう。
「少し厳しめにしましたのに、ついてくるなんて……どうにも私は結城さんのことを甘く見ていたようですわね……」
「確かに厳しくはありましたが、師の修行に比べればまだ……」
事実、師匠から課せられた修行の方が圧倒的にきつかった。まだ幼かった頃から修行をつけてもらっていたが今にして思えばあんなものは子供がやることじゃない。それに兄弟子に話を聞いたがある程度修行を積んだ自分たちでも辛いと言われたのだ。
何故そんな修行をさせたのか、と師匠に聞いた時は確か「結城なら出来るって思ったからだよ」と言われたのだったか。子供だった俺は、それが師匠から期待されていると思って「ま、まぁ、そこまで言うなら僕だってやってやりますよ!」とか答えた記憶がある。
あぁ、なんて単純な子供だったのだろうか。その結果が更にきつい修行だったのだが「期待されているんだ、頑張らないと!」なんて張り切っていたな。そう思って遠い目をしてしまう。
「……結城さんがそのようになるなんて、本当に大変だったのですね……」
「結城、強く生きなければなりませんよ?」
可哀想な者を見る目をしながら俺を見た二人はそんなことを言った。今川様は口元に手を当てて一歩引き、徳川様は俺の方をぽんと叩くというオマケ付きである。
いや、今となっては遠い思い出で、そのおかげである程度は強くなったのだ。だから別に問題ない。むしろ助かったとさえ思っている。まぁ、気持ち的にはたまに思い出して軽く憂鬱になることはあるのだが。
「あ、いえ、師には感謝することの方が多いので大丈夫ですよ」
ネーミングセンスは微妙だし、用意が良いというか手癖が悪いというのもあるし、俺に対してだけ修行をやりすぎるし、困ったところは結構あるが悪い人ではない。
むしろ良い人すぎるくらいに良い人、なのである。色々な恩があるために師匠には本当に頭が上がらない。
「それならば良いのですけれど……」
良いのですけれど、と言いながら未だにその目には哀れみの色が見える。これはもう少し続きそうである。根が良い人であり、なかなかに感受性も高いような今川様であるから仕方が無いのかもしれない。
とりあえずそんな今川様は置いておくとして、これからのことを考えなければならない。徳川様と話をする必要があり、また今川様のファッションの研究のために着せ替え人形にされる。
微妙に憂鬱になるが、それくらいなら良しと考えよう。むしろそう考えなければ俺の精神安定上あまりよろしくない。
「ところで今川様。ファッションがどうとかって話でしたが……」
「はっ!そうでしたわ!
早速声をかけて探しますので楽しみにしておいてくださいな!」
言ってから何処かに去っていく今川様を見送り、残るのは俺と徳川様のみになった。
とりあえずこれで徳川様と話が出来るということだ。
「さて、徳川様。話を、ということでしたが……」
「ええ、私の部屋で話をしましょう。結城にとっては少しきつい話になるかもしれませんが……」
「あー……いえ、なんとなくの予想はついているので……」
まぁ……そこまで何も知らない、わからないということもないので予想は出来てしまう。思い当たることが多々あるせいでその予想が外れてはいないであろうと確信さえ持てる。
ただ、全てが予想出来ているというわけではないので、俺の知りえない、想像し得ない何かがあるのではないか。とも思ってしまう。
具体的には榛名に関わるような何かのことである。榛名自体調べる前なのでわからないことだらけで、知っていることと言えばカシン様から話を聞いたことくらいだ。
「そう不安がらなくても大丈夫ですよ。力になりますからね」
「それは……そうですね、心強いです。徳川様」
天然で予想の斜め上を行く徳川様であるが、こういうことに関してとても心強い方である。カシン様もとても心強いのだが、本人の楽しみのために大事なことを敢えて伝えない。ということをするのであの方には困ったものである。本当に、ほんっとうに困った方である。
「ただ……結城のことを心配している方たちが居ます。ですから、戻った際にはその方たちのことも気にかけてあげてくださいね?」
心配している方たち、と言われて思い浮かぶのはヨシテル様と義昭様、そしてミツヒデ様だ。
確かにあの方たちは俺の状態を知れば心配するのだろう。というか多分カシン様が話をしていそうなので心配してくれていると思う。
どうしよう。どんな顔をして会えば良いのかまったくわからない。俺が心配することは今までに何度もあったが、心配されるようなことはなかったはずだ。そう振舞ってきたのだから。
だというのに本当にどうしよう。いつも通り何事もないように、何も知らないように振舞うか。理解していて心配しなくても大丈夫だと言うか。
あぁ、本当にこれは憂鬱な気分になってくる。あの方たちに心配なんてかけたくないのに。
……素直に話をするべきか。こういうことを黙って自分で何とかしようとする方が余計に心配をかけるものだ。ヨシテル様が思い詰めていたあの時のように。
「わかりました。戻ったらヨシテル様と話をします。
まぁ……あれですね。今まで散々心配をさせられましたし、次は俺を心配してもらいますよ」
苦笑しながら徳川様にそう伝える。冗談めかして言った言葉は、半分ほどが本気だった。たまには心配される立場になっても良いだろう。
「ふふっ……それくらいの気持ちで良いかもしれませんね。
一人で全て背負い込む必要はありませんからね」
そう言って微笑む徳川様と未だに苦笑を浮かべる俺では随分と差があるが、致し方なしだ。
とりあえず今はそう思っておこう。二条御所に戻ってどうなるかはわからないが、現状優先すべきは徳川様から聞く、詳しい話なのだから。
ヨシモト様とファッションショーを開きたい。そして眺めたい。
とりあえずヨシモト様のファッションショーって女性限定?
単純にその対象になる男が居なかった可能性を考えて、結城を着せ替え人形にしてしまおうかなと。