駿河で過ごした数日はとても内容の濃い物だった。
今川様のファッション研究という名目で着せ替え人形にされたり、徳川様に頼まれてお菓子を作ったり、宗易様に少しだけ茶道について学びながら言葉遊びを流したり、色々な衣装を押し付けられたり、徳川様と二人でコスプレをさせられたり、とにかく色々あった。
その中で織田様の現状について話をした際に、今川様は冗談だと思ったようで笑って流していたがその後に配下の忍からの報告と言う名の証言を聞いて固まっていた。そして、酷く青褪めながら嘘だと言って欲しそうに俺を見てきたので静かに首を振った。
発狂までは行かなくとも、精神的に強い衝撃を受けたようで宗易様が茶を煎れることでなんとか平静を取り戻していた。悪いことをしたような気もするが、見ていて楽しかったので良しとした。
そんなことがあった駿河を離れ、京へと戻る最中の俺はとある人物に絡まれていた。まぁ、前田様なのだけれど。
道中の茶屋で一息ついているところに偶然現れた前田様は俺を見るなり何やら吠えた。かと思えば食って掛かってきたので反応に困るのだ。
「前田様、落ち着いてください。犬っぽいとは前から思っていましたが、そうキャンキャン吠えていては本当に犬かと思えてしまいますよ」
「うがーっ!!またそうやって犬扱いする!!オイラは犬じゃないって言ってるだろ!!」
「はいはい。あ、すいませんが団子の追加をお願いします。それと茶は少し濃いめで」
吠える前田様を置いて、茶屋の主人に団子と、駿河ですっかり気に入ってしまった濃いめの茶を頼む。宗易様が煎れた物には当然劣るのだが、こうした茶屋でもついつい頼んでしまうのはどう考えても宗易様が悪い。まぁ、抹茶と煎茶では全く違うのだが。それでも気分的には違うのだから仕方が無い。
それと、団子で思い出したがチョコレートは今川様にも好評でしょくらあとやその他の材料さえあれば作れると伝えたところ今度用意する。とのことだった。次に訪れた際に用意されているようなら作ることになるのだろう。
まぁ、それくらいなら別に構わない。ただ声を大にして言うのならば、お菓子ではなく忍者食として作ったことを忘れないで欲しい。
「おいこら!話を聞けー!!なんでそんな普通に団子食ってんだよ!良いか!オイラはな、いっつもオイラのことを犬扱いする結城に怒ってんだからな!!」
「髪型が犬の耳のように見えますし、織田様に褒められた際には尻尾があるように見えますし、そうして噛み付いてくるのも同じく。といったところですので仕方ないかと」
「よーし、わかった。結城はオイラに喧嘩売ってるんだな?
だったら遠慮なく買ってやる!!」
何やら一人で盛り上がっているが、やはり前田様で遊ぶのは楽しい。こうして前田様で遊ぶのは織田様にも見られたことがあるが、その時は織田様も笑っていたので容認してくれているはずだ。
ただ、前田様は遊ばれていることに気づいていないようで毎度良い反応を返してくれる。
「前田様。そんなことよりも茶屋を前にして何も注文しないというのはどうかと思いますよ。
ほら、丁度店主もいますから団子でも頼んだらどうですか?」
「ん、んー……?ま、まぁ……確かにそうだけど……いや、それよりも結城をとっちめないと!!」
「ここの団子は思っていたよりも美味しいですよ。一本差し上げますので試しに食べてみてください」
言ってから丁度出てきた団子を一つ前田様に差し出す。なんだかんだで子供なので、こういう団子などの食べ物を出されるとついつい流されてしまうのが前田様だ。
「お、おぉ……?た、確かにそうだな、結城をとっちめるのは後でも出来るし、折角だしもらっとくよ」
一瞬首を傾げて考えようとしたらしいが、目の前に差し出された団子に思考が持っていかれて、結局流されてしまったようだ。流石前田様。そういうところも犬っぽいです。
団子を受け取ると、迷うことなくそれを食べ始めた前田様だが、随分と幸せそうな顔になっている。やはり甘味というのは偉大らしい。
「団子で思い出したんだけどさ、少し前にヒデヨシのやつがノブナガ様に内緒で城下の茶屋に団子食いに行ったことがあるんだよ。そうしたらそれを知ったノブナガ様が凄い怒って、怖かったなぁ……」
「あぁ、その話なら知ってますよ。豊臣様から聞きましたから。
けどそれって豊臣様が食事の前に食べていたのが原因ですよね?それに食べ過ぎているのも」
「そうなんだけどさー。それがオイラにまで飛び火して、団子禁止って言われたんだよ……
まぁ、オイラはそこまで酷くないし、すぐに解禁したけど」
そういえばあの話を聞いた際には前田様について何も言っていなかった。それは前田様の言うようにすぐにその話から除外されたから、ということだろう。
しかし、こうして前田様を前にして思うことは、何故少し前に尾張を訪ねた際に居なかったのか、ということだ。いや、たぶん修行でもしていたとは思うのだが。
まぁ、なんというか……顔を合わせることがなかったのは、微妙にお互いタイミングが悪かったのだろう。
「前田様。実は俺、少し前に尾張に居たんですよ」
「え?オイラそれ知らないぞ!?あ、でも団子の話を知ってるってことはそうなるのか……じゃなくて!
ヒデヨシの奴が結城がいつ来るかって毎日毎日楽しみにしてたのに来る気配がないからまだ来ないと思ってたのに!!」
「基本的に俺は京を離れる場合はヨシテル様の命がある場合ですからね。尾張を訪れるとしても急なことになるのは仕方ないと思いますよ。まぁ、先に書状を出してから、という場合でもそれを運ぶのは俺ですしね」
ヨシテル様が向かう。という書状を相手に渡す場合は当然のように俺がその任務に就く。俺がいない場合はミツヒデ様の役目となるのだが、遠い場所まで短時間で移動出来る俺の方が重宝されている。
適材適所と言えば良いのかも知れないが……どうしてミツヒデ様は時折忍である俺が受け持つはずの任務に就くのだろうか。それも本人の意思で。
やはり前に義昭様が言っていた、ヨシテル様に頼ってもらえない。という風に考えてしまうからなのだろうか。そういった雑務は俺がこなすが武将としてしなければならないことであれば、ヨシテル様はミツヒデ様に頼っているというのに。もしかするとそうして頼られるだけでは足りないのか。
「なんだよそれー!折角ならさ、俺が行きますーって感じの書状を他の忍が持ってくるとかしないのか?」
「いや、忍が行くってことを他の忍を使って知らせるってなんですかそれ」
まるで意味がわからないぞ。というかそんな無駄なことに俺は部下を動かしたくない。
「というか、なんで前田様は俺を待ってたんですか?」
「え、べ、別に待ってないぞ!?」
「いや、来ないと思っていたから修行に出ていたんじゃないんですか?」
「そ、そうだけどさ……ってあれ、オイラ修行してたって言ったっけ?」
「前田様が織田様から離れるのは大抵修行のためですから。豊臣様よりも強く、というのはなかなか難しいと思いますよ。潜在能力で言えば戦国乙女一だとされていますから、この先まだまだ強くなるでしょうからね」
「うっ……そ、そうだけどさ……だからってヒデヨシよりも弱いままじゃいられないし……
オイラだってわかってるんだよ。ヒデヨシの方が強いし、ヒデヨシの方がノブナガ様に信頼されてるし、ヒデヨシの方が胸が大きいし……」
最後だけいらない気がする。大体それで言うならばカシン様だって似たような大きさだと思う。ユウサイ様の体の場合は更に小さいのだが。
なんだったか、巨乳のいる世界なんて滅ぼしてやる。とか自分の胸に手を当てて言っていたことがあったような、なかったような……いや、思い出すのはやめておこう。なんだかカシン様が可哀想になって来る。
「でもさ、やっぱりオイラはヒデヨシのライバルで、ノブナガ様の家臣なんだ。弱いままじゃいられないんだよ!」
立ち上がって決意の篭った目をしてそう言った前田様には普段の子供のような、犬のような、そんな雰囲気はなかった。前を見据える、立派な戦国乙女の姿そのものであった。
老いにより長の座を退いた先代が、子供の成長する姿を見るのは何よりも楽しいものだ。と言っていたのがなんとなくだが理解できた。まだ俺自身が若いのに、それよりも若く、もしくは幼い誰かの成長する姿には感じ入る物がある。
「そうして決意するのは大変素晴らしいことだとは思いますが、団子くらい置いてください。台無しです」
それなのに何故団子の串を握り締めているのだろうか。折角の姿が台無しだ。
というかなんだこれは。つい先日どこかで団子にまつわる似たようなことがあったような気がするぞ。ライバルだとかなんとか言っているが、微妙に似ているところが多くて姉妹のようにすら感じてしまう。
「……そ、そういうのは、思ってても言わないもんだと思うんだけど……」
恥ずかしそうに、もしくは拗ねたように言いながら再度座ると手に持った団子にかぶりついた。先ほどまでよりもだいぶ豪快なその様子を見るに恥ずかしかったのではなく、完全に拗ねているのがわかる。
ただし、そういった感情も長続きしないのが前田様だ。
「……そういえば結城はなんでそんな格好してるんだ?いっつもはこう……もっと黒いのに。
いや、似合ってるとは思うんだけど……全体的に結城の趣味じゃなさそうな格好だよなーって思ってさ」
「これは宗易様が用意した物ですからね。俺の趣味じゃないのはそれが理由です。
悪いとは言いませんがこれ目立つんですよ。町を歩いててもこっちを見る人とか、通り過ぎてから振り返る人とか結構いてなんとも微妙な気分になりました。
忍の身としてはもう少し忍べる格好が好ましくはありますが……まぁ、機能的ですからそれなりに気に入ってはいますよ」
「ふーん……あ、でもなんかその格好見てるとオイラと似たようなもんだな。って感じはするかも」
「似たような……あぁ、前田様の刺青ですか」
「そうそう。オイラとノブナガ様の絆の証だ!結城の場合はえっと……ヨシテル、様とだろ?」
そういう意図は俺にはなくとも、宗易様はそうした思いからこの装束を用意した可能性は高い。お揃いだとか、隣に並び立つだとか、そんなことを言っていたのだから。
にしても、そうか。そう考えてみると前田様と同じような動機でこの格好をしていると思われるのか。
「……やはり着替えるべきでしょうか」
「えっ……いやいや、折角用意してもらったんだろ?だったらちゃんと着ないとダメだって!
それに似合ってないわけじゃないんだぞ?」
「そういう問題じゃないんですけどねー……」
俺はヨシテル様とお揃いだとか、そういう考えは全くないのに周りからはそういう意図で着ていると思われるのは、なんと言えば良いのか……少し恥ずかしいような気がする。
俺の性格上そんなことはない。と断言しそうな方もいるのだが、その人数は少ないのだから。
「んー……まぁ、良いじゃん。似合ってるし便利なんだろ?」
「……まぁ、そうですね。ぐだぐだ言っても仕方ありませんし……この格好を必ずヨシテル様に見せるように、と今川様と宗易様に言われていますしね」
少し考えればわかることだ。見せなくてもばれないと考えて、いつもの格好で京に戻ったとしても何処からかそのことを聞いた今川様と宗易様に何を言われるか。
それならばいっそ身内の笑い話程度に納めてしまうのがまだマシだ。未だに迷いがあったが、諦めてこの格好のまま京へと戻ろう。
「そうそう。男ならぐだぐだ言ってないで即断即決くらいじゃないとダメだぞ。まぁ、オイラも基本的に即断即決!ノブナガ様が言ったことなら尚のことな!」
「前田様らしいです。で、話を戻しますけど俺に用があったんですか?」
「なんでそこで話を戻すんだよっ!良いじゃんか今の流れでそのままなかったことにしてもさ!」
「いえ、何か重要な用件がある可能性もありますから」
「そんな重要なことじゃないからどうでも良いだろ!!」
前田様としては重要なことではないと言っているが、あんな反応をされたら気になるのが人だ。というか普通に気になる。
「前田様。どうでも良いような些細なことなら聞かせてくれても別に良いんじゃないですか」
「嫌だ!言いたくない!!」
そんな俺に聞かれるのが嫌な理由とはなんだろうか。というかもし俺が尾張に行ったときに前田様がいればそれについて話しているはずなのだから、別に話しても良いと思うのに。
まぁ、どうしても嫌だと言うなら無理に聞き出すつもりはない。
ただ……前田様はなんだかんだで、こういったことは話したがる性格をしている。言いたくない、とは言うのだが内心では話したいと思っていることが多い。
「……まぁ、結城がどうしても聞きたいってんなら、仕方ないから教えるけどさ」
こうしたところもやはり子供だ。言いたくないだのなんだの言いながらもそれはあくまでも気を引くために言っているのであって、本当に言わない。ということの方が少ないのだから。
「そうですね……どうしても聞きたいので教えてもらっても良いですか?」
だから前田様が欲しがっている返答をすれば、どこか得意気な表情をしながら教えてくれた。
「実はさ、結城にちょっと聞きたいことがあっただよ」
「聞きたいことですか?」
「そうそう。ノブナガ様が厨房に立って料理するようになって、ヒデヨシの奴は何が出てくるのか楽しみだっていっつも待ってるんだけど……それでオイラも同じように待ってるだけってもどうかと思うんだよ。
だからいっそのことオイラもノブナガ様と並んで料理とかしてみようかなーっとかって思って……いや、オイラは料理できないけど、これを機に覚えるのも良いかなって思うしさ」
織田様が料理というだけでも意外なのに、そこに前田様まで加わるのか……。想像してみたが少し無理があるような気がしてならない。というか多分そんな曖昧な理由では織田様はそれを許してはくれないと思う。
「悪くはないと思いますが、今はまだやめておいた方が良いと思いますよ」
「ん?悪くないと思ってるんだろ?なのに何で今はやめとけって言うんだ?」
「織田様が料理するのを楽しくて仕方ない状態だからです」
それに現在の織田様は料理をしてそれを豊臣様や前田様に食べさせて、美味しいと言われるのが楽しい状態になっている。単純に料理が楽しくて、食べてくれる人がいるのがもっと楽しい。そんな感じだ。
俺も昔に師匠や奥方様にそうして振る舞っていた時期があるのでわかる。自分の作った料理を美味しいと言ってもらえるのは意外と嬉しいのだ。
そういう状態だからこそ、前田様は豊臣様と同じように料理を楽しみにして、沢山食べて美味しいと伝えるのが一番だと思う。そのことを前田様に伝えると感心したほうに何度も頷いていた。
「なるほどなぁ……確かに料理してるときのノブナガ様はすっごい楽しそうだし、ヒデヨシが美味しいです!って言うと当然じゃ!とか言いながらなんか嬉しそうだったな……
わかった。ノブナガ様と料理するのはまたその内ってことにして、今はノブナガ様の料理を沢山食べることに集中だな!とりあえず、ヒデヨシよりも食ってやる!!」
やはりそこは豊臣様と張り合うのか……ヒデヨシ様がどれほど食べるのか近くで見た身としては本当にあれ以上に食べられるのか心配になってしまう。食べすぎは良くない。
「前田様。豊臣様はあの見た目からは想像出来ないほどに食べますから無理だけは禁物ですよ。
食べ過ぎて動けないだとか、お腹が痛くなるだとか、そんなことがあれば織田様に何を言われるかわかりませんしね」
「うっ……た、確かに……前にヒデヨシの奴が食べ過ぎてお腹痛いって言った時のノブナガ様、凄く呆れてたしな……オイラはあんなことはないようにしよう……うん」
その時のことを思い出しているのか、少し呆れたような表情をしている。豊臣様の状態を思い出してのことだろうが……あの方は一体何をしているのだろうか、と思ってしまった俺は悪くない。
まぁ、豊臣様がそうなったことがある。という話を聞いても普通に納得できてしまうのが豊臣様らしいと言えばらしいのかもしれない。
「いやー、それにしてもやっぱり結城に聞いて正解だったな。これで料理しようとしたらなんて言われたか……
別に怒られるとかはないだろうけど、ノブナガ様の楽しみを邪魔するなんてダメだもんな」
「そうですね……織田様がある程度満足したら料理を教わるのが良いかと思います。
織田様は誰かを教え導くことが出来る方ですので、しっかりと教えてもらえると思いますからね。それに料理が出来るようになると、今度は誰かに教えてみたくなったりしますし」
「はぁー……そういうのもあるのか……オイラじゃ全然思いつかなかったな……」
「一つの案として、ですよ。ちゃんと織田さまと一緒に料理がしたいから料理を教えて欲しいと言えば、織田様が前田様を邪険に扱うようなことはないでしょうから」
というか織田様は豊臣様と前田様のことを大切にしている。だから仕方ないとか言いながらちゃんと教えてくれるはずだ。
ただ、織田様の性格から考えるとそうして料理を教えるだけでも随分と厳しいのだろうな、と簡単に予想がついてしまう。
「そんなの当然だろ!なんてったってノブナガ様だからな!!
よし、そうと決まればちゃんと修行もしたし、尾張に帰らなきゃな!」
そう言ってから前田様は一つ気合いを入れるように自分の頬を叩くと、店主に料金として金子を幾らか渡してから俺を見た。
「結城、ありがとうな!相談に乗ってくれて助かったぞ!
あ、でも今度はちゃんとオイラがいるときに尾張に来るんだぞ、わかったな!それじゃ、またなー!!」
そして言いたいことだけを言って走り去ってしまった。
俺をとっちめるだとか言っていたと思ったが完全に頭の中から消えているのだろう。俺としても面倒なことにならなくてとても助かる。それと同時にあんな単純で良いのだろうか。とも思ってしまう。
ただ、ああした姿を見るとなんだかんだで和むので別に良いかな、とも思えてしまうのだが。
とりあえずは俺もそろそろ京へと戻ろう。そう長い時間離れていたわけではないのだが少しだけ懐かしいように思える辺り、自分で思っていた以上に京は、というか二条御所は俺にとっての帰るべき場所になっていたようだ。
それに、ヨシテル様や義昭様、ミツヒデ様の顔を見ていないとどうにも落ち着かない。
……少しだけ、急いで戻らなければ。報告を待っているだろうヨシテル様を待たせるわけにはいかない。そういう理由だ。決して俺が早く戻ってヨシテル様たちの顔を見たいとか、そういうことではない。
そんな誰に向けたのかもわからない言い訳を頭に浮かべながら、前田様と同じように店主に金子を渡すのだった。
トシイエ様はわんこ可愛い。
ご主人様に尻尾振って、誰かがご主人様に近づくとキャンキャン吠える仔犬くらい可愛い。
新武将は残りヒデアキ様か……たぶん、三人の中で一番大変かも……