元服済み~20代前半くらいのイメージ。
義昭様の言葉を受けて、ヨシテル様のいる執務室へと向かう。その道すがらすれ違う部下や侍女、兵士などから近況を聞いておく。
ミツヒデ様の言葉を信じない、ということではなく単純に幾つもの視点から見た情報が欲しいからだ。
そう思って話を聞けば、ミツヒデ様から聞いたのとは別の話を聞くことが出来た。
どうにも最近琥白号の様子がおかしいらしい。いや、おかしいというよりも以前よりも元気がない、とのことだった。ヨシテル様や義昭様が世話をしているとそうでもないのだが、それ以外では元気がないという。
まぁ、馬の世話をいつもしている兵士が言うには元気がないというか物足りないというか。そんな風に見えるらしい。それと、その原因は俺が暫く離れていたせいではないか、とのことだった。
俺に懐いている、というのもあるだろうが多分走らせていないのが原因ではないだろうか。俺は義昭様と遠乗りに出ることがあるが、最近そういったことはないとも聞いた。ならばいっそのことヨシテル様と義昭様で琥白号に乗って遠乗りにでも出てもらおうか。
世話をするのも良いが普段はしない遠乗りに二人で出かければきっと楽しいはずだ。まぁ、流石に護衛なしと言うわけにはいかないので俺か他の忍、もしくはミツヒデ様がついていくことになるとは思うが。
そうした予定を勝手に頭の中で組みながらヨシテル様が待つ部屋の前に辿り着き、声を掛ける。
「ヨシテル様、戻りました」
「待っていましたよ、どうぞ中に入ってください」
その声を受けて襖を開ければ、座っているヨシテル様の正面に座布団が置かれており、その間には一振りの刀が置かれていた。一目見ただけでどうしてか、普通の刀とは違う物だということがわかった。
そして、魅入られてしまったように目が離せない。
「さぁ、そこに座ってください。
……どうやらこの刀が気になっているようですね」
「あ、す、すいません……どうしてか、目が離せなくて……」
「いえ、良いのですよ。それにこれを結城に渡そうと思っていましたからね。その反応を見る限り、私の記憶は正しかったようで安心しています」
ヨシテル様の言葉を聞きながら座るがやはりその一振りへと向けられた目を逸らすことが出来なかった。何か惹かれるものがあるような、この感覚。
そういえばこの感覚は初めてヨシテル様と顔を合わせたときに感じたことがある。厳密に言うならば鬼丸国綱を見たときか。名刀であるから惹かれたということではなく、その一振りが宿していた霊験に惹かれたのだろう。ともなれば今回もそうなのだと思う。ただ、一介の忍に与えるような刀にこれほどの霊験が宿っているものなのだろうか。
「さて、なんと言えば良いのでしょうか……まるで新しい玩具を前にした子供のようで、結城の意外な一面を見れた気がしてもう少し見ていたくもありますが……
いえ、これくらいで良しとしましょうか。あまり長くお預けなんてしても結城が拗ねてしまうかもしれませんからね」
「確かに子供のようだったかもしれませんが……拗ねません。いったい幾つだと思ってるんですか」
流石にそんなことで拗ねるような子供ではない。元服だってとっくに終わっているしもう充分に大人なのだから。というかヨシテル様に子供扱いされるとかなにこれ屈辱。
普段のポンコツっぷりを知っている俺からすると少しばかり刀から目を離せなくなった程度で子供扱いされるなんてあって良いはずがない。それに子供扱いされるのはヨシテル様やミツヒデ様ではないだろうか。
チョコレートに釣られてしまう様はどう考えても物に釣られる子供そのものだ。義昭様を見てみろ。そんなヨシテル様とミツヒデ様を見ながら苦笑いを浮かべている様子なんてどっちが子供なのかわからなくなるというのに。
「ふふ……ごめんなさい、ちょっと可笑しくて。それにしても……義昭の子供らしい一面は見れないのに、結城のそういった一面が見れるなんて思いませんでした。なんと言えば良いのか……最近の頼もしい姿との差があって可愛らしく見えてしまいましたよ」
「とっくに成人した男に可愛らしさなんて必要ないと思います。そういうものは義昭様のような幼い方か、ヨシテル様やミツヒデ様のような女性に求めてください」
「そんなこと言って……その言い方こそ拗ねてるように見えますよ?」
拗ねてません。だからそう言ってからクスクス笑うのをやめてください。美人にそうされているってだけで気恥ずかしいんですから。決して顔には出しませんが。
まぁ、これ以上言ったところでどうにもならないだろう。ヨシテル様にとっては、現在俺は拗ねている子供のようなものでしかないのだから。だったら諦めて話を進めよう。
それにしても……この刀はどこかで見た覚えがある。それも俺の記憶が正しければ一介の忍が持つような刀ではないはずなのだが……どういうことだろうか。
そういえば、もし俺の思っている通りならばその時も同じように魅入られた記憶がある。ただその時はじっと見つめるような時間もなかったのだが。
「それよりもヨシテル様、その刀ですが……」
「はいはい。仕方ありませんね……どうぞ、今この時よりこの刀は貴方の物です。大切にしてくださいね」
「あ、いえ、催促ではなくてですね……見たことがあるな、と思いまして……というか、なんだかこれ鞘と柄が鬼丸国綱と同じ拵えになってるような気がするんですけど」
「あぁ、特に意味はありませんよ。ええ、意味はありません。ただ、少々綻んでいたような気がしたのでいっそのこと新しくしようと思っただけです。その際にちょうど鬼丸国綱を持っていたのでそれに合わせて新調するようにお願いしただけですよ」
特に意味はないと何故二回も言ったのだろうか。まぁ、そんなことよりもやはり鬼丸国綱と同じ拵えになっていたのか。ただそれを除いても見たことがある気がする。
「本来そう簡単に誰かに譲るような刀ではありませんが、結城にならば安心して託せると思ったのでこの一振りを選びました。
……結城は既に自分の状態について、気づいているのでしょう?」
「俺の状態、ですか……カシン様の呪いとこの身に宿っているという榛名の欠片についてであれば、徳川様から話を聞いたこともあって理解しています」
「やはりそうでしたか……であれば、私が霊験の宿っているこの刀を選んだ理由もわかりますね?」
「ええ、なんとなくですが。ところで……銘を聞いてもよろしいですか?」
ヨシテル様が俺の状態を理解した上で選んだ、強力な霊験の宿る刀。なんとなくだが嫌な予感がしてならない。それにヨシテル様は誰かに譲るような刀ではない。と明言したことを考えるとただの刀であるはずがないだろう。
それに見たことがある。と思ったが俺の頭の中で行き着いた答えで合っているのであればとんでもない刀を持ち出したものだ。そしてもしそれをぽんと渡そうとしているのであればヨシテル様は頭がおかしくなったのではないか、とさえ思ってしまうだろう。
「この刀の銘は大典太光世と言います。天下五剣の一振り。足利家が誇る宝と言えるでしょう」
「なんて物を渡そうとしてるんですか!というかやっぱり大典太光世じゃないですかこれ!天下五剣なんて忍が持つような物じゃありませんよ!!」
「え……な、なんでそんな怒っているのですか?あ、鬼丸国綱の方が欲しかったとかなら、申し訳ありませんが流石に鬼丸国綱は譲れないので……」
「違います!良いですかヨシテル様。天下五剣と称される刀を忍に与えるなんて本来あってはならないことです。
そうして与えるというのであれば最も信を置く武将に、というのが普通だとは思いませんか?例えばミツヒデ様のように昔から仕えてくれている相手とか」
そう、普通はそういうものだ。長い間仕えてくれた相手に対して感謝を込めるだとか、それほどに信を置いているとか、武勇に対しての褒美だとか、そういうことがあって渡すべきだろう。それが天下五剣の一振りともなればどれほどの相手になるのだろうか。
とりあえず、俺のような忍に渡すなんてのは有り得ない。というか、普通は忍にそれほどの逸品を渡すようなことはないのではないだろうか。だというのにヨシテル様は一体どういう考えでこんなことをするのだろう。
いや、まぁ……ヨシテル様のことだから、自分がそうしたいと思ったから。もしくは必要だと思ったから。とかその辺りだとは予想がつくのだが。
「ミツヒデに聞かれると悲しまれるかもしれませんが……今私が最も信を置いているのは結城、貴方なのですよ。
それに結城は私に仕えることと、あの言葉を受け取って欲しい。たったそれだけしか望みませんでした。あの時は、その……とても嬉しかったのですよ?でも、後になって思うとやはりそれでは私の気が治まりません。
ですからこれは信を置き、私を支えてくれた結城に対する感謝の気持ちだと思ってください」
「……そう言われると色々と思うことがあっても受け取れません。なんて言えないってわかって言ってますよね」
「ええ、結城ならこう言えば受け取ってくれるとわかった上で言っています」
普段のポンコツっぷりからは考えられないがちゃんと考えた上でああいう言葉選びをしたらしい。これでは本当に受け取る以外の選択肢がないではないか。
……まぁ、なんと言うか……大典太光世ほどの刀ともなれば欲しいとは思ってしまうのだが。というか口ではああして言っているし、理性では有り得ないと思っている。だが一度魅入られてしまっている為か本音で考えるのであれば素直に受け取っておくべきだ。
ただそれでもついつい口に出してしまうのは忍という立場だからだろうか。
「結城、素直に受け取ってください。これは私の感謝の気持ちなのですから。
それに……結城が大典太光世を手にしたところで、足利の皆は悪いようには言いません。結城は自分で気づいてはいないようですが、足利の誰からも認められるだけの働きをしてきました。ですからこれはこうして然るべき物なのですよ。
大体、結城は自己評価が低すぎます。忍だからなんだと言うんですか。私や義昭、それにミツヒデや他の皆も忍だからと結城を軽視などしません。
……結城は自分が忍だということを理由に色々と逃げているような気もします。いえ、結城にそういった考えはないのかもしれませんが……私にはそんな風に思えてしまうのです」
俺が逃げている。というのはどういうことだろうか。まったく心当たりがないのだが。
「結城も自覚はない、と……まぁ良いでしょう。少し心に留めておいて貰えればそれで構いません。
それに今はそんなことよりも、大典太光世を受け取ってもらわなければなりませんからね」
「……わかりました。ありがたく受け取らせて頂きます」
これ以上何かを言ったとしてもヨシテル様は引かないだろう。というか何故か俺の方が押されている気がする。普段であれば俺があれこれ言って俺のペースで話を進められるというのに。それにしても自己評価がどうだの、逃げているだの言われると何故か言い返せない。一体どうしてなのだろうか。
ヨシテル様の言葉に、胸の中で何か引っかかるような、そんな感覚を覚えた。
いや、そんなことよりも今はヨシテル様が言うように大典太光世だ。
「ええ、それで良いのですよ。さぁ、どうぞ手に取ってください」
そう言いながら大典太光世を手にしたヨシテル様がそれを俺に差し出した。
もはや受け取ると言ってしまった手前、大人しくそれを手にする以外の選択肢はない。
内心ではまだ納得できていない部分もあるが、それを抑えて受け取る。すると何故だか先ほどまで魅入られていたはずなのに、その感覚が消えた。そしてどうしてかわからないが、こうして手にしていることが自然のことのように思えてしまった。
「大典太光世。鬼丸国綱と同じく随分と特殊な刀です。そして足利家にあって誰も手に取らず、宝の一つとして扱われてきましたがそれには理由があるのですよ。
この刀にはちょっとした逸話があります。これが納められていた蔵の屋根に止まった雀は皆急死してしまい、屋根から滑り落ちてしまったそうです。そのせいか、その蔵の周りにはいつも雀の死骸が幾つも転がっていたとのことです。
ですがそうして蔵に納めていて雀の死骸が常にある状態は流石によろしくありません。それ故に結城も知っていると思いますが大典太光世は封印を施して地下に祀られていました」
「ええ、知っています。御神体とはまた別に祀られていましたね……って、待ってください。それって普通に人に渡しても大丈夫な刀なんですか」
「人間が手に取るだけならば本当はなんら問題はありませんよ。あくまでもあの小さな雀が急死してしまう、という話です。ただこの刀を振るおうものならば酷い吐き気や頭痛に襲われてしまうのでいつからか誰も手に取らなくなったのです。まぁ……そうですね、本来ならば誰かに渡すものではありませんね」
「なんて物を渡してるんですか!!」
どうしよう、確かに強大な霊験を宿しているのは知っていたし、祀られているのも知っていた。だがそんな逸話までは知らない。
それにそんな危険な代物を平然と渡すなんて一体何を考えているんだ。
「落ち着いてください。大典太光世に関しては実はある程度のことは既にわかっているのです。
まず、切れ味もとても鋭いのですがそれ以上に宿っている霊験。これは鬼丸国綱と同等かそれ以上のものとなっています。そして大典太光世に認められた者でなければ扱うことは出来ません」
「それって俺が所有者として認められなければ宝の持ち腐れ。ということですよね」
「あぁ、それに関しては大丈夫ですよ。大典太光世は自らの所有者を選ぶと言いましたが、手に取って初めてわかる。と言うものではありません。
ただ大典太光世を見た際に、魅入られたような感覚があったでしょう?あれは大典太光世に認められた証なのです」
「なんでそんなことがわかるんですか」
「私も認められた人間なので。それに過去に大典太光世を振るうことが出来た人間が皆そうであった。と残されていますからね」
まぁ、確かにそういった特殊な刀であれば何らかの文献に情報があるのかもしれない。それに先人たちがそうであった、という確かな情報があるので信じても良いのかも、とも思う。
ただなんと言うか……やはりヨシテル様も認められた人間であるらしい。その割にはヨシテル様が大典太光世を振るっている姿なんて一度も見たことがない。
それに少し考えてみると俺が認められる保障は何処にもなかったのにどうしてこれを渡そうとしたのだろう。
「まぁ……私には鬼丸国綱がありますから、大典太光世を使うことはありませんでした。それに以前結城が僅かな時間でしたが魅入られていたのは知っているので丁度良いと思いましてね。
ただ祀られているよりも、扱える誰かが持っている方が良いでしょう?更に言えば今の結城には強力な霊験の宿るこの大典太光世は丁度良いですからね」
「あー……気づいてましたか……本当に短い時間だったんですけどね……」
「あの頃はまだ結城のことを信用し切れていませんでしたから幾らか警戒して観察していたので。
もしそうしていなければ結城が大典太光世に認められたなんて気づかなかったでしょうが」
「本当に、警戒しなければならない相手に対しては一切抜かりのないことで……普段からそうしてくれると個人的に助かるんですけど……」
話を聞く限りではちゃんと警戒していればそうした周りの動きにもちゃんと目が向けられるようだ。本当に普段からその警戒心というか、周りの動きを見るというか、そういうことをして欲しい。
それと問題なのは一度信じた相手を疑うことをあまりしないことだ。毛利輝元様なんて完全に怪しいのに何故か怪しいなんて欠片も思っていないし、警戒なんてするわけがない。
以前から何度も言っているのに、どうしてこの方はこうも真っ直ぐというべきか、純粋と言うべきか……俺もミツヒデ様も苦労していることを察して欲しい。
「大丈夫です。警戒すべき相手はちゃんと警戒していますよ。例えばカシンとかですね」
「カシン様もですが毛利輝元様も動きが怪しいので警戒しておいてくださいよ。
……それにしてもこの刀は手にしてみると随分としっくり来ると言うか、なんと言うか……」
「認められているから、でしょうか。何にしろ結城が気に入ってくれたようで何よりです。
どうでしょうか、この後少し剣を交えてみませんか?以前に私が剣術の指南をして以来になりますし、ちゃんと腕を磨いているか確認したいので」
「……ヨシテル様と剣を交えるなんて嫌なんですけどね……
どう考えてもヨシテル様の方が強いですし、絶対にやりすぎますよね」
剣に関してはついやりすぎてしまうヨシテル様と剣を交えるなんて絶対にしたくない。途中で火が点いて本気を出し始めるに決まっている。
そうなれば俺程度の腕前でどうにかなる相手ではないし、周りにも被害が出てしまう。兵士たちが普段使っている鍛錬場でするにしても後片付けが面倒になることは間違いない。
しかもヨシテル様はやることがあるので俺が一人でその後片付けをすることになるだろう。面倒過ぎだ。
「結城は私を何だと思っているのですか……私だってちゃんと手加減出来ます。
というわけでこの後は鍛錬場に行きましょう」
「勝手に話を進めないでください」
「そうだ、義昭も剣術を学んでいますし丁度良い機会です。
義昭には見学をしてもらいましょう。それと兵士たちにもたまには私が戦えるところも見せておかないと……」
「ヨシテル様、それ見せる必要ありませんよ。誰もヨシテル様の腕を疑ってなんていませんし、誰が最強の戦国乙女が戦えないなんて思うんですか。いえ、ヨシテル様の戦う姿が好きだと言う方もいるので喜ぶかもしれませんが」
「それならば尚のこと皆に見学してもらいましょう!」
どうしてこの人は変な方向に話を持っていて勝手にやる気になっているのだろう。
付き合わされる俺のことも考えて欲しいのだが。
まぁ、そんなことを言ってもヨシテル様は聞いてくれないだろう。既にやる気に満ち溢れている以上俺が何を言っても意味がないのはそれなりの付き合いで理解している。
とりあえず怪我をしないように、それと周囲に被害が出ないように立ち回れるだけ立ち回ろう。
「ふふふ……結城は私の一番弟子ですからね。どれほどの腕前になっているかしっかり確認しなければなりません!」
ただまぁ……なんだかんだでヨシテル様が楽しそうならそれでも良いかな。とか思う辺り自分でもある意味で重症だとは思う。
いっそのことミツヒデ様でも巻き込もうか。俺一人でヨシテル様の相手をするなんて荷が重過ぎるしそれくらいは許してもらえるのではないだろうか。ミツヒデ様が何て言うかはわからないが。
そんな考えを浮かべながら、意気揚々と立ち上がったヨシテル様の後に続いて鍛錬場に向かうのだった。
ヨシテル様は剣に関してはきっとついついやりすぎるし、熱くなると思う。
大典太光世に関してはタグにある独自設定がもりもり。
尚、雀の逸話は本当にある模様。
ヨシテル様と剣を交えるシーンは全カットの運命にあります。