思い出話を始めて最初にしたのは、全員とある程度打ち解けるきっかけになった話であった。当時の俺を思い出せば当然と言えば当然なのだが随分と警戒されていたものだ。
それでも今は充分に打ち解け、仲間としても信頼関係を築くことが出来ているので良かったと今では思う。あの頃の俺だったらきっとそんなことは考えもしないのだろうが。
いや、そんなことよりも次はどの話をしようか。幾らかは思い出しているので話をすることは出来るが、その中からどれを口にしたら良いのか考える。とりあえずはもう少し打ち解ける、仲良くなることになった出来事で良いだろうか。
「では次はヨシテル様がまた雨に濡れて帰ってきた時の話でもしますか」
「……私としては、忘れて欲しいような気もする話ですよねそれ……」
「いえ、折角ですので。まぁ……ヨシテル様がいつも通り挫折しそうになりながら雨に打たれてとぼとぼと帰ってきただけなのですが」
「言い方が悪いですよ!もうちょっとこう、ふわっと誤魔化すようにしてですね……」
「驚きましたよ。雨に打たれていると義昭が心配するという話やミツヒデ様に小言を貰う。なんて話を以前にしたはずなのにこの方は一体何をしているのかと」
「あの、私の話を聞いていますか?もう少し遠回しに言うとか、優しい言葉にするとか、そういうことをするべきだとは思いませんか?特に挫折しそうになりながら、とかとぼとぼ帰ってきた、とかの部分を変えるべきですよ!」
「様子を見てまた厳しい現実にでも直面したのか、と思いつつ見てしまった以上は放置も出来ないと迎えに出たのを今でも覚えています」
「待ってください!まだ私の話は終わっていません!というか私の話聞いていませんよね!?」
ヨシテル様が何か言っているがとりあえずは気にしない方向で行こう。それに話を聞いたとしても俺がこの話を続けることに変わりはないのだから。
また、思い出してみればこれはこれでよりヨシテル様のことが放っては置けないと思うことになった出来事でもある。話すものとしては妥当だろう。
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雨の中を消沈したように俯いて歩いているヨシテル様を見つけて、あの方はまた何をやっているのかと思いながらも傘を手に持って出迎えへと向かった。
そしてこれ以上雨に濡れないようにと傘を差して差し出したのだがヨシテル様はそれに反応することはなく歩を進めて俺へとぶつかり、漸く歩くことをやめた。
「あっ……ゆ、結城でしたか……すいません、ぶつかってしまって……」
「ぶつかったことはとりあえずは構わない、としておきます。それで、ヨシテル様は一体何をしているのでしょうか」
「えっと、その……少し、歩きながら考え事をしていまして……」
「なるほど。ですがその考え事は雨に打たれながら出なければ出来ないことなのでしょうか」
「いえ……そのようなことはありませんが……
……こうして、雨に打たれている私が何を言っても変わりませんね……」
「そうですね。それで、考え事は終わりましたか」
「……終わりません。まだ、どうしたら良いのか、答えが出ないのです」
「では、まだ雨に打たれていますか」
「そうすると、義昭に心配をかけてしまいますし、ミツヒデに小言を貰ってしまうかもしれませんから遠慮しておきますよ」
いつぞやに俺が言ったことを覚えていたようで弱々しく微笑みながらそう口にしたヨシテル様は、無理をしているのがわかる。微笑むことが出来るのであれば、なんてことは現状思うことは出来ない。というかこの方はどれだけ精神面が弱いのだろうか。
もしかすると俺がすべきことは与えられた任務を全うするよりも、この精神的に弱い主君を支えることの方が重要なのではないだろうか。
いや、それでもそれは俺よりもヨシテル様と親しく長い時間を共に過ごしている明智様の役目のような気もするのだが。
「ええ、本当にその通りです。ですが……考えても答えが出ないというのであれば、もう少し考えを巡らせるのも良いでしょう。ただし、もっと落ち着ける場所をお勧めします」
「落ち着ける場所、ですか?」
「そうです。雨に打たれて体が冷えているでしょうから湯浴みなどはどうでしょうか。
湯に浸かり体を温めてから落ち着いて考えを巡らせるというのも、答えには至らずとも何かしらの考えが浮かぶかもしれませんので」
「……それもそうですね……助言、感謝します」
「この程度の助言であればいつでも。どうぞ、傘は俺が差しますので浴場へと向かいましょう。
今の時間ですと火の管理をする侍女もいませんので俺がすることになりますが……火遁を使えば火の調整も簡単に出来ますので湯加減についてはお申し付けください」
「えっと、その、ですね……」
「主君の湯浴みを覗き見るような不埒者ではない、と言っておきましょう。信用出来ないようであれば手の空いている侍女を探して来ますので少々お待ちいただければ」
「い、いえ!そこまでしていただく訳にはいきません!
……疑ってしまい申し訳ありませんでした、結城。火の番、お願いしますね?」
「ええ、お任せください」
現状そこまで信用されているとは思っていないのでそうした疑いを掛けられるというのは予想していた。なので必要となれば侍女を探してこようと思っていたが……まぁ、任された以上は役目を全うしよう。
とはいえ火遁を使ってしまえば火力の調整なんてものは苦労することなく、場合によってはヨシテル様の話し相手くらいになるのではないだろうか。存外簡単そうな役目に見えて、ヨシテル様の状態を考えれば厄介かもしれない。
そんなことを思いながらヨシテル様を浴場へと連れて行く。傘は相変わらず俺が差しているが、風遁で雨を弾いている俺が濡れることはない。傍から見れば異様な光景ではあると思うが。
「ヨシテル様、着替えは侍女に用意させますのでどうぞごゆっくりと」
「ありがとうございます……あの、疑っているわけではありませんが覗かないでくださいね?」
「覗きません。馬鹿なことを言っていないでさっさと湯に浸かるなりしてください。
あぁ、俺の火遁と水遁を合わせれば浴場の湯程度すぐに用意出来ますのでご安心ください。では、外で火を見ていますので何かあれがお声をおかけください」
「す、すいません!」
「いえ、構いませんが。では失礼致します」
そう言葉を残してから浴場の外へと出て、火の番をするために移動する。
本来であればヨシテル様たちが入浴中は侍女が付きっ切りで火の番をしているのだが今はその時間からもずれているので居ない。それでもやり方自体は里の物と変わらないので俺でも問題なく出来る。
というか火遁を使うとなればこんなもの片手間で終わらせることが出来るに決まっている。実は火の番自体は特にやることがないと浴場の壁へと背を預けながらぼんやりと空を見る。
空から降って来る雨粒を眺めながら時折聞こえてくる雨とは違う水音を拾う。それも微かにする程度なのでヨシテル様は湯に浸かったまま考え事でもしているのだろう。
……長時間湯に浸かっていて逆上せて溺れる。なんてことにならないか、一瞬不安になってしまったが……ヨシテル様はそこまで子供ではないのできっと大丈夫だと思いたい。
そうして静かな時間が流れていたのだが、ヨシテル様に話しかけられたことによってその時間は終わった。
「……松永に、私の思想は甘いと、そんなことが出来るわけがない。そう断言されてしまいました。
誰も血を流さず、平和で穏やかな世にしたい。そのために話し合いでの和平を望んでいるのです。結城、貴方は私のこの考えをどう思いますか……?」
「非常に甘い考えです。話し合いでの和平?それが出来るのであればとっくに誰かがやっているのではありませんか。時として力を使わなければならないこともあるかと」
「やはり、貴方もそう思いますか……では、私の考えは間違っているのですね……」
突然話しかけられたが一言一句逃さずに聞き取ることが出来たので、素直に俺の思っていることを答えた。
そうするとヨシテル様は何処か悲痛な声で、自分の考えは間違っているのではないか。そう零す。
確かに真っ向から否定しているような言葉を聞けば、弱っている状態ではそう思ってしまっても仕方ないだろう。だが、俺はそうは思わない。
「いえ、間違ってはいないでしょう」
「……え?」
「甘いと判断しているのは松永様と俺の考えです。
ヨシテル様にとってはその考えはぱっと頭に浮かんだだけですか?それとも色々と思考を巡らせた結果ですか?」
「それは……どうするべきなのかと考えた結果ではありますが……」
「であるなら胸を張って自分はこのように考えて、そしてこの考えを貫き通す。くらい言ってください。
自身の中に一本筋を通せ。その筋は自らの信念である。と里の先代の長に言われた記憶があります」
「自身の中に……自らの信念……」
「他人に何かを言われた程度で揺らいでどうするのか、と言わせていただきます。
ヨシテル様のその思想は信念足り得ないようなものなのでしょうか」
先代の言葉を思い出しながら、それをヨシテル様に告げてからヨシテル様はどうなのかと問う。
これで言い返すこともなく考え込んでしまうようであればそれはきっと信念と言えるものにはなっていないのだろう。だが逆に、はっきりと自身の想いを口にすることが出来るのであればそれは信念と言えるものになっているだろう。
だから、本来忍である俺程度が口にすることではないが敢えてヨシテル様に対してそう告げたのだ。
「……私の、誰も血を流さない、平和で穏やかな世にしたいというこの想いは……」
「俺や松永様に何かを言われた。その程度で揺らぎますか」
「いいえ!揺らぎません!揺らいで良いはずがありません!
私が諦めてしまっては、無辜の民に血を流させてしまうのですから!」
ヨシテル様の力の篭った言葉と同時に水の音が聞こえた。どうやらヨシテル様は湯に浸かっている状態から勢い余って立ち上がったらしい。
「そうです、私はこの道を進むと決めたのです。
だから、立ち止まれない、立ち止まるわけにはいかない!辛くて挫折しそうになったとしても、簡単に諦めて良いことではないのですから!
……あぁ、どうしてこんなことを忘れてしまっていたのでしょう。絶対に忘れないと、諦めないと心に決めたはずだったのに……」
「決意でさえ常日頃から思い出しておかなければ忘れるものですから。ですが、思い出すことが出来たのなら大丈夫でしょう。その決意、その想いを二度と忘れないことを願っています」
「……はい、二度と忘れないと誓います」
あれだけ精神的に弱っていたはずなのにもうこんなに元気になっている。ヨシテル様は俺が思っていたよりも単純な方なのかもしれない。まぁ、とりあえずは立ち直ったようなのでこれ以上気を遣う必要はないだろう。
「ありがとうございました、結城。貴方のおかげで私は大切なことを思い出すことが出来ましたよ」
「それは重畳。ですがその道を突き進むためにと無茶をするようなことはやめてください。皆が心配しますので」
「……その中に、貴方は入っていますか?」
「ええ、入っていますよ」
「そうですか……そうなのですね……わかりました、約束します」
「はい、よろしくお願いします」
なんて言っているがこの方は絶対に無茶をすると思う。なんとなくではあるが、そういう方だと察してしまった。そちらに関して幾らか気を回しておかなければまた面倒なことになりそうだと内心でため息をついて、それも俺に出来る役目か、と納得するというか諦めることにする。
だが、まぁ、そうだな。これはこれで今までとは違う役目を負ったことになるが、何故か存外悪くないような気がしてくる。
俺の生来の性質のせいなのか、それともヨシテル様のような困った主だからなのかはわからないが……そう、悪くないと思ってしまったのだ。
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「……ヨシテル様って本当に精神面ガタガタでしたね」
「言わないでくださいよ!私だって良く考えれば結城には弱いところばっかり見せてることに気づいて恥ずかしいんですからね!?」
「むしろ弱いところしか見てませんが。精神面ガタガタですし、カシン様と戦ってボロボロになってたりしてましたし」
「精神面はそうかもしれませんが、後者に関しては私よりも結城の方がボロボロでしたよね?」
「ええ、現在進行形で魂がボロボロらしいです」
「……あの、笑えないのですが……」
知っている。本当に笑えない状態になっているということはわかっているが、だからこそこうして冗談めかして言っているのだ。とはいえ、それに関してはカシン様の話を聞いているので希望は見えている。
だからこそこうして言える。ということもあるのだろう。
「でしょうね。ですが、カシン様と話をした結果として解決方法も見えてきているので何とかなるかと」
「…………そうですか、カシンが……」
「どうかしましたか、ヨシテル様?」
「いえ……こういうとき、やはり結城はカシンを頼るのだな、と思っただけです……」
「どうしてそこで不機嫌そうにするんですか」
「別にそんなことはありません。そんなことを言う結城なんてもう知りませんっ」
なんでヨシテル様は拗ねているのだろうか。俺がカシン様を頼ったというか、カシン様が好き勝手に言いたいことを言っていただけ。とも取れるのに。
いや、ヨシテル様の場合はそれを理解しているはずなのになぜ拗ねるのかが余計にわからないのだが。
「私だって……私だって結城の力になりたいからと色々と調べさせたりしているのに……」
「え?」
「確かに私ではそういった方面で力になれないかもしれませんが、それでも何かないかと……」
「あの、ヨシテル様」
「ミツヒデにも手伝ってもらって、ソウリンやドウセツにも南蛮からの品などに使えるものがないかと話を聞いたりしたのですよ?
それでも結局わからないことばかりで……それなのに戻ってきた結城は既にカシンと話をして解決策を見つけているようですし……」
「……解決策を見つけましたが、それが上手く行くかどうかはわかりません。
力を借りるにしても条件を出されていますし……いえ、それよりもヨシテル様に伝えるべきことがあります」
ヨシテル様が拗ねている理由はなんとなく理解出来た。だがそれよりもちゃんと伝えておかなければならないことがある。毛利輝元様の企みに関することだ。
「輝元殿の話であれば、既に竜胆たちから聞いていますよ。結城が以前から輝元殿の動向を気にしていましたから、何か不安なことでもあるのかと確認してみたところ何やら企んでいるようだ、と」
「竜胆……相変わらず気が利くと言うかなんと言うか……伝えたということくらいは言っておいて欲しかったですが、これは責めるようなことではありませんね」
「責める気があった、と取れますね……いえ、それよりも何か輝元殿について進展があったのですか?」
「はい、それを今から伝えさせていただきます」
言ってからカシン様と話をしてある程度掴んだことをヨシテル様に説明した。
ヨシテル様は話を聞いて驚いたようでもあり、必ず阻止しなければならないと思っているようでとても真剣な面持ちをしていた。
「なるほど……であればその呪具による集合体は私が鬼丸国綱で斬れば良いのですね?」
「ええ、いつ動くかまだわからない状態ですので……封印の塔へは誰よりも早く飛べる俺が向かいます。ですのでどうか京のことをよろしくお願いします」
「わかりました。この京の都は必ず守りきって見せましょう。
……ですが、結城。無理はしてはいけませんからね。どうにかなる目処が立っているとはいえ、貴方の状態はあまり良くないのですから」
「わかっていますよ。
しかし申し訳ありません。思い出話、なんて言っておいて話がずれてしまいましたね」
「いえ、必要なことですから構いませんよ。
では話を戻して……次は私が何か話をしましょうか。出来れば結城が少し恥ずかしいと思うような話をしたいですね?」
「……ヨシテル様の話を聞かずに話し始めたのを根に持ってますね……」
「いいえ!そんなことはありません。えぇ、ありませんとも」
良いながらヨシテル様は悪戯っぽく笑っているのでどう考えても幾らか根に持っていたとしか思えない。
それでもヨシテル様が笑っているのならそれで良いとか、こういう笑い方は普段しないから珍しい物が見れた。とか思ってしまう。
そして俺の反応を見ながら楽しげに思い出話を始めたヨシテル様に相づちを打ったり、こういうこともありましたよね。何て言葉を投げ掛けて話を盛り上げたり、違う思い出へと繋げて行く。
そうする中でヨシテル様と他愛のない話をしながら互いに笑むこともあれば、ヨシテル様にとって恥ずかしい話だったために顔を赤らめて少し怒った風にしている姿に思わず笑みが零れたり、当時の様子があまりにも今と違いすぎて思い出しただけで笑ってしまうというヨシテル様にちょっとした意地悪で返したり。
最近俺自身のことだったり、毛利輝元様のことであったり、義昭様の相手であったりとこうしてヨシテル様と腰を落ち着けて話をする機会はあまりなかったために、今こうしていると心が穏やかになる気がする。
なんてことはないありきたりな遣り取りをしている中でころころと変わる様々なヨシテル様の表情を見ていてふと思うことがあった。
恋だの何だのと言われても俺にはわからないが、きっと俺はヨシテル様を支えるだとか世話をしなければ、なんていうのは本当は違う。
本当は、俺がヨシテル様の傍に居られるように、適当に理由付けをしていただけだったのだろう。だって、この方の隣は俺が今までに感じたことがないほどに穏やかで温かな場所なのだから。
そう思えば、コタロウ様の言う俺がヨシテル様に恋をしている。ということが本当なのか、それがわかれば良いと思っていたが、今はあまり気にならない。
恋をしていようがしていまいがそんなことは関係なく俺はきっとヨシテル様の傍に居続ける。だから急いで自分の感情の名前を確かめる必要なんてないのだ。
だから今はこれで良い。いつか俺が本当にヨシテル様に恋をしているのだということがわかったのであれば、その時になってどうするか考えれば良い。今はただ、こうして何気ない日常を謳歌することが、泰平の世であることを噛み締めることにも繋がるのだ。
……それでも、その日はそう遠くない内に訪れるような、そんな気がするのはきっと気のせいではないのだろう。
とりあえずこんな感じに落ち着いて。
次は義昭様かミツヒデ様を挟んで安芸とかそこら辺予定。
すぐに恋だとか気づくよりは、オリ主らしいかなと。