やはり一色いろはは先輩と同じ大学に通いたい。 作:さくたろう
「先輩……?」
「一色? おま、えっ!?」
思わぬ再会に、わたしは口が勝手に動いてて。
でも、先輩はわたし以上に驚いてるみたいだった。わたしの顔を見るなり、幽霊でも見たようなリアクションをするんだもん。
さすがに失礼すぎませんかね先輩? わたしなんて、先輩に会えただけでこんなにも胸がドキドキって高鳴ってるのに。むぅー、なんか悔しいんですけどー……。
「先生ー、早く始めてくださいー」
「ああっと、すまん……えっと、きょ、今日はここから始めるから」
先輩が状況を上手く把握出来ずに固まっていると、前の席の女の子が注意した。
慌てて教材を開き、ホワイトボードに書き始める。
先輩が板書をしている最中、さっき先輩を注意した女の子が急にくるりと振り向いた。
「っ――!?」
え、なんで今わたしを睨んだの?
意味がわからないんですけど……。
困惑しているわたしを置いたまま、女の子は何事もなかったようにホワイトボードに視線を戻してしまった。
ホントなんだったんだろ……。 授業遅れたことに怒ってるのかな。
「ねえねえ~」
わたしが悩んでいると、横にいる碧がウキウキしながら見つめてくる。
なんだろう。その顔、すっごくバカにされてるみたいで腹立つ……!
「なに……?」
「比企谷先生でしょ、あんたの好きな人」
「なっ――な、ななななにいってるのかな碧ちゃん? わ、わたしが? ないないありえない絶対ないから!」
「そこ、静かに」
思ったよりわたしの声が大きかったのか、板書をしていた先輩に注意される。
「す、すみません……」
先輩が再び板書に戻ると、隣の碧がくすくすと笑いを堪えている。
なんなのもう……碧のばかばかばか! 先輩に怒られたんですけど!
今日のわたしの感謝の気持ち返して? っていうかホント碧さんは何言ってるんですか? 全然意味がわかりません。大体なんで気づくの? そんなにわたしってわかりやすい!?
「ばればれだよ、いろはちゃん」
碧はキメ顔でそう言った。
「碧、少し黙ろっか」
わたしはキレ顔でそう言った。
「ひっ――!?」
「あんまり変なこと言っちゃだめだからね?」
「わかったからその顔やめて? 怖いから……」
む、こんな可愛いぴちぴち女子高生に向かって怖いって、失礼しちゃうなぁ。
大体、全部碧が悪い碧が。
「でもさぁ」
それでも碧は懲りてないらしく、話を続ける。
「実際のところどうなの? あんな顔したいろは、あたしみたことないよ?」
「あんなって?」
「なんていうのかなぁ。まるで『あっ、わたしの王子様に会えた!』みたいな? すっごい乙女な感じ。いや、あれはむしろメスの顔をして――」
パァンという音が室内に響き渡り、先輩を含め授業を受けていた生徒たちが一斉にこちらに振り向く。
わたしは手にしてた教材を前に突き出し、必死に言い訳を考えて、
「あ、えっと、大きな蚊がいましてー……」
「はぁ……。一色、少しは大人しくしててくれ」
「はい……すみません」
なんでこうなっちゃうんだろう……。原因はわかってるけど。
隣で鼻をさすっている碧をキッと睨む。
「いろは、いたひ……」
「碧が悪いんだからね」
「でもあれね、その反応は当たりってことよね」
「なんでそうなるのかな……」
「だっていろは、違うなら本当に興味なさそうに聞き流すでしょ。いつもそうだし」
まったく……、この子はわたしのことよく見てるなぁ……。
「はいはい、白状すればいいんでしょ。碧の言うとおりだよ」
「やっぱりねー」
うんうんと頷く碧。
まぁ碧ならほかの人に言いふらすとかそんなことは――しそう。凄くしそう。
「安心していろは。この秘密は墓場まで持っていくからっ」
親指を伸ばした拳をわたしの目の前に突き出し、にかっと微笑む碧。
ごめんね、不安しかないよ……。
「でもねー」
「うん?」
急に碧は表情を変え、意味ありげな様子で話始める。
「比企谷先生のことなんだけどさ」
「先輩が? どうしたの?」
「実はうちの塾の生徒たちに割と人気あるんだよね。特に女子に」
「えっ……なんで? だって先輩だよ? 目に生気なくて猫背だし、いつもやる気なさそうでめんどくさがりでいいとこないのに?」
あれ、わたしもしかしてひどいこと言ってる?
「あんた……さすがにそれは比企谷先生可哀想だから。……まぁなんていうかさ。なんだかんだあの人面倒見がいいんだよね。だから結構慕われてるわけよ」
「ああ……」
それはわかる。痛いくらいわかる。あと先輩って年下に甘いところあるし。ソースはわたし。
確かに、そういう先輩のいいところを知ったら好意を抱いてしまうのも無理もない。
「さっきあんたのこと睨んだ女の子いたじゃん?」
「うん。あっ……」
要するに、さっきのはわたしに対する威嚇だ。
急に湧いてきた敵に対する……。
でも、それはわたしだって同じだ。こっちは散々自分よりも素敵な先輩のライバルが二人もいた中頑張ってきたんだから――。
ただ、さっきの女の子はこの三ヶ月、わたしの知らない先輩と過ごしたんだろうなと思うと、少しだけ心がチクッとなった。
「そゆこと。それと……」
「まだなにかあるんだ……」
割と、今までの話だけでおなかいっぱいなんだけどなぁ……。
「あたしの知り合いのお姉さんも比企谷先生を買ってるのよねー。先生を誘ったのお姉さんらしいし」
「え、碧の知り合いのお姉さんって――」
質問を言い終える前に授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「ん、じゃあ今日はここまで。また明日あるやつはその時にな」
先輩の挨拶にみんながお疲れ様でしたと返す中、さっきの女の子が先輩に近寄っていく。
「お疲れ様です、先生っ」
「おいこら……三崎。そういうのやめて?」
見ると、先程の女の子が先輩の腕にしがみついていて――は?
何しちゃってるのこの子?
そこはわたしのポジションの予定なんですけど!
「も、もうあれだ。お前ら次あるだろ。んじゃ俺はいくから」
先輩がそう言って三崎という女の子の腕を剥がし、退室した。
いろいろと言いたいこともあるけれど……。特に三崎さんに腕を掴まれて照れてたところとか。
でも、それよりせっかく会えたのに全然喋れなかったのが寂しくて。
「なにしょぼくれてるの。先生なら今日はもう終わりだし、追いかけてみたら?」
「え、ホント?」
「うん、今日はもう帰るだけだと思うよ。いろはももう終わりなんだし、行ってきな」
碧、グッジョブ!
わたしはグッと小さくガッツポーズをとり、帰り仕度を済ませ教室を飛び出した。